シラバス




【1.基礎魔導学専攻】
●封魔理論
 封魔術、封魔防壁に関する研究
 担当: アルティリス教授

●エーテル学
 エーテルエネルギーの制御に関する研究
 担当: ヌメル教授

●魔導物理学
 魔術現象の数式化に関する研究
 担当: ジェイド教授

●法陣魔術学
 魔法陣を用いる魔術、呪文詠唱に関する研究
 担当: サラ教授

●オーラ学
 オーラサーチ、オーラセーブに関する研究
 担当: シェムノ教授

●四元素魔術学
 炎、風、光、雷の4属性の魔術に関する研究
 担当: ルミナス教授

●情報構成子学
 情報構成子に関する研究
 担当: アルカン教授

●属性合成学
 多属性合成魔術に関する研究
 担当: レイン教授

●多点合成学
 コア合成に関する研究
 担当: サイトゥ教授




【2.応用魔導学専攻】
●魔獣学
 魔獣に関する研究
 担当: ノレリア教授

●神聖魔術学
 神聖術、封印魔術に関する研究
 担当: メリィ教授

●魔導光学
 幻術に関する研究
 担当: ナルセス教授

●地精学
 地精召喚魔術に関する研究
 担当: シナノ教授

●印譜術
 魔術護符、東洋魔術に関する研究
 担当: テレサ教授

●占星術
 占星術に関する研究
 担当: マリア教授、アリサ教授

●召喚魔術
 幻魔召喚魔術に関する研究
 担当: タルトス教授

●魔導医学、魔導薬学
 魔術を利用した医術(治癒術)、薬に関する研究
 担当: チナミ教授

●考古学
 歴史、遺跡に関する研究
 担当: ルイン教授




【3.魔導工学専攻】
●錬金術、魔導材料工学
 金属の分解と再合成の研究
 担当: クリクラ教授

●武具収束学
 武具収束術技、武具収束奥義に関する研究
 担当: リズロット教授

●鉱石、エレメント学
 魔導武具、魔導防具製造に利用する鉱石、エレメントに関する研究
 担当: レフィリア教授

●魔導制御工学
 ゴーレムなど、魔術を利用した物体制御に関する研究
 担当: メチル教授

●魔導建造学
 魔導制御工学を応用した建築、建造に関する研究
 担当: トニック教授

●魔道具加工学
 マジックアイテム作成に関する研究
 担当: ノノ教授

●魔導武具学
 魔導鍛治、古代武器に関する研究
 担当: ライザ教授

●防衛術学、魔導装具学
 防衛魔術、防具、アクセサリに関する研究
 担当: モル教授




















入学




 手渡された用紙に一通り目を通し終わると、
 同じく一読を終えたノムと目を合わせる。
 互いに小さくうなづき意思疎通。
 そして、目の前の人物に向き合う。

「是非、入学させてください!」

 ノムと私の声が重なり、夜の街路に響く。

 そう。

 ここから。

 ノムと私の、新しい魔術の物語が始まるのだ。



*****



PrimaryWizard2
〜星降りの魔術学院



*****




 私の名前はエレナ。
 エレナ・レセンティア。

 知らない?

 そんな人は先に、
 『Primary Wizard 〜ゼロから学ぶ基礎魔術理論』を読んでほしい。
 お願いします。切に。

 そんな宣伝はさておき。
 ウォードシティでの闘技場修行生活を終えた私は、親友ノムと共に、ただひたすらにまっすぐ東へ旅を続けた。



 西世界ミルティアと東世界オルティアを隔(へだ)てる、広大な山岳地、グレートディバイド。

 東世界の入り口であるオルティア西端大森林。

 東世界におけるマリーベル教の聖地、聖都オペラ。

 神話にも登場する、大地にぽっかりと空いた巨大な縦穴、グランドホール。

 東世界の中央に位置する大海、生海(せいかい)。


 そして今、この生海を大型船で渡り。
 ついに目的の地にたどり着こうとしている。

 その地こそが、『クレセンティア』。
 『星降りの学術都市』と呼ばれる、世界で最も魔術の研究が盛んであると言われる大都市。

 『全ての魔術の理(ことわり)はクレセンティアに集まる』

 そんな誇張されたキャッチコピーに惹(ひ)かれ、はるばる山を越え、海を越え。

 しかし、後に私たちは思い知ることになる。

 その言葉に、何の嘘偽りもなかったということに。





 そんな魔術の聖地への訪問を、誰よりも楽しみにしていたのは、紛れもなくノムである。
 クレセンティアへの旅の途中、冒険者、旅人、商人たちに、クレセンティアの話を聞いて回っていた。
 楽しそうでなにより。

 事前の予習はバッチリ。
 その予習内容は、船中の自室にて、これでもかと聞かされている。

 その話題の中で、私たちを引き付けたもの、2つ。
 1つ目は、世界最大の図書館、『クレセンティア第一図書館』。
 2つ目は、世界最高峰の魔術の研究施設、『クレセンティア魔術研究院』。

 残念ながら、後者は関係者以外立ち入り禁止であるが、前者の図書館は冒険者ギルドなどの何かしらの機関への登録を行っていれば、誰でも入場できるらしい。

 ウォードシティの図書館もなかなかの蔵書数を誇ったが、ここクレセンティアのそれは、これとは比較にならないと思われる。
 そして何より、魔術研究院で行われる魔術に関する最先端の研究の結果が、書籍としてこの図書館に寄贈されているのである。
 最先端の魔術研究に触れることができる。
 世界を見渡しても、このような稀有(けう)な場所は、ここ以外には存在しないであろう。


 そんな考察が終わると、私たちが乗った船、正確には『魔導船』というらしいが。
 魔導船が着岸。
 私は下船上陸の準備を開始した。

 早く行こうとノムが急かす。
 心なしか日頃よりも足取りが軽快になっているように感じる。
 そんな幼心を取り戻したかのような彼女に心の手を引っ張られ、私は新大陸への一歩を踏み出した。






*****





 たどり着いたのは、オルティア東大陸の海運都市『ヴェノヴァ』。
 ここからクレセンティアまでは、歩いて1時間もかからない。
 大量の交通(トラフィック)があるため、舗道は美しく整備されている。
 世界で2番目に美しい街道(かいどう)と呼ばれるらしい。
 ちなみに1番は華の都アルトリアの街道。
 月の聖地と呼ばれるクレセンティアと、華の聖地と呼ばれるアルトリア。
 過去、歴史を共有した彼女らは、今尚競い合う仲にあるらしい。
 ふと、そんな雑学知識を思い出した。

「見えてきたね」

 彼女の青い髪が、柔らかな風でなびいている。
 その髪の隙間から、わずかな笑みを見て取れる。
 かわいい。

 そして、彼女が指差す、その先と。
 心の奥から湧いてくる期待感を共有した。





*****





 城壁。
 見上げる高さの城壁が、街全体を取り囲んでいる。
 しかし、さらに上方、上空を見上げると、その城壁では覆い隠せないほどの高層建造物が複数確認できる。
 現在の世界においては、通常、これほどの高層建物は、権力者の城かマリーベル教会の施設くらいしか存在しない。
 そんな建物が1つのみならず、複数存在することが異常だ。
 まだ内部に侵入していない、この時点で、この街が持つ建築技術と財力のすさまじさを垣間見ることができる。

「クレセンティアが非凡であるのは、魔術において、だけではない。
 建築学、農学、医学、薬学、経済学。
 そんな全ての学問のレベルが最高峰。
 この街は自治区。
 国には属さない。
 しかし、一国を大きく超える力を持っているの」

 ノムも私と似たような考察をしていたらしい。

 予習は完璧。

 さあ。
 ついに目的の地に到着だ。












*****







 ゴツゴツとしたおっさんゲートキーパーにギルド登録証を見せ、あっさりと城壁を通過すると、巨大な街がその姿を魅せる。
 そしてその一瞬で、この街の経済的な回転力を認識できた。
 軒を連ねる様々な商店。
 そこに集まる多種多様な人々は、みな活気にあふれている。

 田舎者なのがバレてしまいそうなほどにキョロキョロしてしまう。
 食品店、雑貨店、武器店、アクセサリ店など。
 まずは自分に関係が深そうな店から、その位置情報を記憶していった。

「この辺のお店は、また後でくるから大丈夫。
 そのときゆっくり見ればいい」

 そんな私の落ち着きのない挙動を察したノムが諭した。
 いかんいかん。
 ここで改めて本来の目的地を思い出す。
 その目的の場所は、この広大な街のどこにあるのか。

 それは、非常に簡単に判断できた。

 一番高い建物。
 それがこの街のシンボル、クレセンティア魔術研究院である。
 そして、このお隣に、お目当の図書館があるらしい。

 青空の中に、一際高い建物がすぐに見つかった。
 わかりやすくて助かる。

 ノムも私と同じ方角を見つめている。
 深くうなづき。
 私を見つめて言った。

「寄り道をする」









*****








 PUB(パブ)。
 そう綴(つづ)られた看板を見上げる。

 クレセンティア到達記念。
 昼間から酒。
 おつまみ。
 ノムの奢り。

 そんな単語達が脳内に浮かぶ。

「まずはギルドに顔を出してから」

 そのノムの言葉で、雑念はすぐに消える。
 クレセンティア冒険者ギルド。
 それはこのパブに併設されている。
 本当は私も最初からわかっていた。
 ギルドとパブが併設されていることは、この世界ではよくあることなのだ。
 さよなら、たこわさび。


 冒険者ギルド。
 それは私達2人の生命線である。
 ウォードシティからクレセンティアまでの旅の資金は、冒険者ギルドが斡旋(あっせん)する仕事で稼いできた。
 おかげでウォードシティで貯めた資産も、あまり切崩さず済んでいる。
 
 ギルドというと、他にも商人ギルドなどもあるが、私達に関係が深いのは冒険者ギルドである。
 本当にお世話になっております。

 この世界には『ギルドネットワーク』というものがある。
 例えば、私たちはウォードシティの冒険者ギルドで冒険者登録を行い、ギルド会員証を作成した。
 この会員証は、遠く離れたこのクレセンティアのギルドでも有効なのだ。
 このギルド会員証には『冒険者ランク』なるものが記載されている。
 ギルドから認められればランクは高くなり、より高難易度高報酬の仕事を斡旋(あっせん)してもらえる。

 ウォードシティ出発時、私の冒険者ランクは『A−』。
 旅の途中で依頼を達成するうちに更新され、現在は『A+』である。

 ちなみにノムはランクS。
 
 ランクSの冒険者なんてものはそうそう存在するものではないらしく、ギルドの受付嬢さんに『ランクSですか!すごいです!』と驚かれるのが定番になっていた。
 さすがは大先生。

 一応言っておくが、ランクA+も実は相当すごいのである。
 ランクSの1個下。
 『後期高等』と呼ばれる、手練れの魔術師、魔導闘士達が名を連ねる階層。

 しかし、A+とSには海溝級の差があるのも事実。
 この差を埋めるためにも、この街で魔術について深く学びたいのだ。

 余談ですが。
 冒険者ランクは本来『C』からスタートするが、ウォードのギルド員さんが私の闘技場での活躍を見てくれていたらしく、『初級ランクC』『中級ランクB』をすっ飛ばして、A−からスタートさせてくれた、という経緯がある。
 世の中、どこで誰が見ているかわからない。

 そんな回想をしていると、ノムが先行してギルドに入っていく。
 私もすぐにそれに続いた。




*****



 酒臭い。
 むさいおっさん達が酒を飲んでいる。
 私はそのおっさん一人一人に即席であだ名をつけていく。
 『岩おとこ』。
 『悪いサンタクロース』。
 『やじろべえ』。
 『ほらふき豚やろう』。
 『筋肉先輩』。
 『トシコ(男)』。

 パブ全体を見回し、一通りの命名が終わると、1つの結論に達する。
 意外にも、女性が多い。
 しかも顔面偏差値も平均値超え。
 酒は飲んでいなそうだが、楽しそうに談笑している。
 美しいお姉さんの、かわいらしい笑顔、まじ眼福(がんぷく)。

 しかし得られた情報はそれだけではない。 
 彼女達から溢れる漏出魔力が教えてくれる。

 そう。

 彼女達もまた『冒険者』なのだと。
 魔術の嗜みがあることは間違いがない。
 そして。
 彼女達は、私よりも弱い。







 今回のクレセンティアまでの旅の中でも、多くの冒険者の漏出魔力を検知してきた。

 そして思い知ったことがある。

 どれだけ。
 どれだけ、アリウスやヴァンフリーブが強かったのか、ということを。
 そして、彼らとの戦いが。
 どれだけ、私を成長させてくれたかを。

 冒険者の街であったウォードシティ。
 その場所での1年間の修行の末、私は、自分よりも強い人間に出会わなくなるレベルまで成長していたのだ。
 そして、その私を超える師匠『ノム・クーリア』は、紛れもなく大魔術師だと。
 そう改めて確信した。

 ただし、『出会わない』ではあるが、『存在しない』ではない。
 ノム曰く、この街の魔術研究院には、ノムよりも強い魔術師がゴロゴロいるらしい。
 また、冒険者ランクも『ランクS』の上に『ランクSS』が存在する。
 ランクSのノムよりも強い魔術師。
 それは間違いなく存在しているのだ。

 世界は広い。
 まだ私の知らないことが多く存在している。
 その方が面白い。




「いろいろ聞いてきたよ」

 私が趣味の人間観察と即席命名を楽しんでいる間に、ノムはギルド職員と仲良くして、情報収集してきてくれたようだ。
 ご苦労であった。

 ちなみに、このギルドでの手続きというのは特段ない。
 このことは、『ギルドの会員証が世界中で使える』、ということを暗示している。
 このギルドでも、問題なく仕事を受注できる。
 というよりも、ランクA+とランクSだと言えば、むこうから喜んでを仕事を振ってくれるだろう。

「コスパの良さそうな宿を教えてもらった。
 図書館も、やっぱりこの会員証で入れるみたい。
 ギルドの依頼も、採取系も、討伐系も、よさそうなのがありそう」

「まだ備蓄もあるし、クエストはもう少し後でもいいかもね」

「高難易度の依頼を受けてくれってせがまれたけど断った。
 ランクSだと、いろいろ親切にしてくれるからありがたいけど、
 その分働かされそうだから困る」

 むすっとノム、かわ。

「ランクシステムのせいで自分の実力が筒抜けになっちゃう、っていうのは嫌だよね。
 まあランクの情報は機密情報だからギルド職員さんにしかわからないようにはなってるし。
 仕事もやらないと生きていけないし。
 まあ仕方ないけどさ」

 魔術師は無意識に体外に魔力を垂れ流している。
 これを検出して相手の魔術的力量を測ろうとするのが『オーラサーチ』の能力。
 逆にこれを相手に悟られないようにする能力が『オーラセーブ』。

 この『オーラセーブ』の能力は、ノムが最も得意とするものだ。
 それ故に、並みの人間には彼女の魔力的実力は判断できない。
 か弱い駆け出しおんなのこ冒険者に見えるだろう。
 そんなノムとずっと一緒にいたせいか、私もこのオーラセーブの能力が開花していた。

 この時点で、このギルドにいる人物の中で私達の実力に気づいているのは、ノムの冒険者カードを確認したギルドの受付嬢さんだけである。






 このときは、そう思っていたのでした。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 
「ほわぁぁぁ」

 ノムが当然変な声を出した。
 圧倒的な数の書籍達が作り出す荘厳(そうごん)な雰囲気に呑まれたのだろう。

 クレセンティア第一図書館。
 それが誇る在庫の数は、私達の想像を優に超えてきた。
 本の森。
 一生かけても全書籍を読みきることはできないだろう。

 しゅごい。
 たまげる。

 そんなへにゃっとした感想が湧いて起こる。
 図書館が広すぎて、どこから見て回ればいいのか迷う。
 その答えはノムに委ねることにする。

「すみません」

 するとノムは近くにいた人を捕まえて話しかけた。
 ・・・。
 子供?

「どういたしましたか?」

 10才前後かと思われる男の子。
 その小さな腕にはスタッフの腕章がついている。
 丁寧な受け答え。
 戸惑った様子は見られない。

「図書館のスタッフの方ですか?
 可能なら、この図書館について教えてもらいたいのだけど。
 例えば、魔術関連の書籍がどこにあるか、そういう内容を」

「はい、説明いたします。
 こちらへどうぞ」

 できた子だ。
 ふいに、ウォードシティーのゴーレム好きのクソガキを思い出した。
 爪の垢をなんとやら。

 男の子は、図書館の中を案内してくれる。
 掲示板の前に到着し、張り出された1枚の用紙を指差した。

「こちらが、この図書館の書籍の配置マップになります。
 現在地はここです。
 魔術関連の書籍はこちらの区画ですね」

 男の子は図書館奥の最も大きな領域を指差した。
 この領域の大きさから脳内計算して、魔術関連蔵書の多さを推定できる。

「各区画について、簡単に説明をしてもらえませんか」

「はい、わかりました」

 ノムの質問に嫌な顔1つせず。
 男の子は説明してくれる。

「まずは、こちらが魔術関連の区画です。
 区画内の詳細は、こちらの区画まで行きますと、そこにまたマップが掲示してありますので、そちらをご覧ください。
 この魔術関連の蔵書の多さが、この図書館最大の特徴です。
 これらは大きく、『基礎魔導学』、『応用魔導学』、『魔導工学』に分類されています」

 この後、『鉱物』、『医学』、『薬学』、『生物』、『歴史』、『神学』、『経済』、『文学』、と説明が続いた。
 このあたりの分類はウォードの図書館と大きくは変わらないが、蔵書の数、質は比較にならないだろう。

「他にご質問はございませんか?」

「貸し出しは行なっていますか?」

 ノムが質問する。
 それは私も聞きたかった。

「申し訳ございませんが、行なっておりません。
 例外として、魔術研究院関係者には貸し出しサービスがありますが、一般の利用者の方はご利用できません」

「むー」

「そっか」

 外でコーヒーでも飲みながらまったりと読みたかったが、残念。
 同じくノムも残念そうだ。

 『む』はノム語で『否定』を意味する。
 ちなみに『肯定』は『ぬ』。
 以上、ノム語講座でした。

 しかし、ノムの表情はすぐに切り替わり、次の質問が投げられた。
 
「あと1つ聞いてもいいですか?」

「はい」

「この図書館に秘密の書棚が存在すると聞きましたが、本当ですか?」

 なんだそれ!?

「ここで『あります』と私が言えば、その時点でそれは『秘密』ではないのでは?」

「むー」

「例え存在したとしても、答えることはできません」

 なんでも答えてくれそうな純粋な少年。
 ではなく。
 規律をしっかりと守る、社会人としてできた少年であった。
 この子は例え脅されても答えないだろう。

 ここで私は改めて少年を見つめる。
 得たいのは視覚情報ではない。
 第六感。
 漏出魔力。

 私ができうる最大級の精神集中、オーラサーチ。
 その行為が、1つの答えをはじき出す。

「君、強いんだね」

 私は微笑み、優しく語りかけた。

「この図書館を守るためには、まだまだです。
 あなた方2人には敵(かな)いません」

 お互いのオーラセーブの効果により、確かなことは言えないが。
 この子の魔術的力量は、私と同等と思われる。

 1つ訂正しよう。
 この子はもし脅されたら、その相手をぶっ飛ばす。

「司書見習いをやっております、アルトと言います」

「アルトくんね、よろしく。
 エレナです」

「ノムっていう」

「エレナさんとノムさんですね。
 またご不明な点などありましたら、なんでも聞いてください。
 今はお仕事中なのですが、また機会があればいろんな話を聞かせてください」

 そう言って笑顔を見せてくれるアルトくん。
 ええ子や。
 かわいいし。
 しかも強い。
 お姉さん、何かに目覚めそうです。





*****





 アルトくんと別れた私達は、魔術関連の書籍の区画にやってきた。
 アルトくんの言ったとおり、この区画に関する詳細なマップが掲示されていた。

 先ほどアルトくんと一緒に見た全体のマップは、魔術の区画が1色で塗られていた。
 しかし、今見ている詳細なマップでは、さらに3色で区分けされている。
 この辺りの疑問は、すぐにノムが解決してくれる。

「さっきアルトも言ってたけど、魔術の書籍は3つに分類される。
 『基礎魔導学』、『応用魔導学』、『魔導工学』の3つ」

「ぬぉ」

「『基礎魔導学』は魔術の基礎的な理論に関する学問。
 魔術がどうやって実現されているのか、属性変換、三点収束などの収束点合成の理論、法陣魔術の理論など」

「ふんふむ」

「『応用魔導学』は応用的な魔術使用に関する学問。
 『召喚魔術』、『幻術』、『治癒術』などを含む」

「なるなる」

「『魔導工学』は魔術を利用した工学に関する学問。
 『武具・防具製造』、『鉱石』などを研究している」

「なるほど。
 たとえば、『雷術』に関する書籍を読みたい私は、『基礎魔導学』の区画を探せばいいわけだね」

「そのとおり。
 『封魔術』に関する書籍を読みたい私も、『基礎魔導学』の区画を探す。
 じゃあ一緒に探そうか」






*****






「『雷術・超完全版』みたいな本ないの」

「どうだろう。
 雷術をメインで使う人が少ないから。
 たぶんないかも」




 そんなノムとの過去のやりとりを思い出した。
 ウォード図書館でのやりとりだった。





 そして今、私が手に持っている書籍の名前は、『雷術・超完全版』。
 ・・・。
 本当にあった。
 『世界一の蔵書数』の売り文句は、本当に伊達ではなかった。

 著者『ルミナス・エレノール』。
 ・・・。
 知らない人だ。
 有名なのかしら?

 さっそく近くの閲覧用スペースに陣取ってページをめくっていく。
 座りごこちのよいオシャレな椅子が、読書の没入感を高めてくれる。

 第一章『雷術の性質』
 第二章『属性変換理論』
 第三章『単属性』
 第四章『属性合成』
 第五章『武具収束』
 第六章『防衛』
 第七章『装具・エレメント』

 この中で一番のボリュームがあるのが第三章。
 純術『スパーク』から始まり、法陣魔術『アークスパーク』まで。
 私がノムから教わった雷術、さらにはまだ教わっていないものも含めて。
 全ての雷術について、習得方法、威力・消費魔力考察、効率改善などに関する説明が、事細かに行われている。

 これはすごい。

 逆に、第四章はあっさりとしている。
 合成術の名前を列挙しただけで終わっていた。
 なんかこの差に違和感があるのですが。
 そんなこんな考察を巡らせながら、まずは最終頁までペラペラとページをめくっていった。

「よし、この本はちゃんと読もう」

 私はそう小声で宣言して、1ページ目に戻った。





*****





「エレナ、そろそろ帰ろうか」

「にゃ」

 本の世界から突然現実に引き戻され変な声が出てしまった。
 窓から外を見ると、赤い夕日が差し込んできている。
 もうこんな時間か。

 私は、現状未習得の雷術に関する情報をぎっしりと書き込んだノートをたたみ、バッグにしまった。

「学ぶことがあったみたいだね」

 そのノートをしげしげと見つめながらノムが優しくつぶやいた。

「ノムの読んでた封魔術の本は、どんなだったの?」

「封魔術に関しては、いまだ解明されていないことが多い。
 そんな封魔術の研究で最先端を行っていると言われているのが、クレセンティア魔術研究院の主席研究員である『アルティリス女史』という方なの。
 私が読んだ本は、このアルティリス氏の著書。
 『プレアンチエーテル理論』」

「すごいね」

 自分の雷術の書籍の勉強で疲れきった脳は、そんな平凡な感想しか思い起こさなかった。

「今度、エレナも読んでみたらいい」

「そうする。
 さて、じゃあ行きますかね」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 PUB(パブ)。
 そう綴(つづ)られた看板を見上げる。


 クレセンティア到達記念。
 酒。
 おつまみ。
 ノムの奢(おご)り。

 そんな単語達が脳内に浮かぶ。





 そう。

 私は帰ってきた!

 帰ってきたのだ!!






*****





「お疲れ様でした~」

 その掛け声でジョッキとジョッキと合わせる。
 そして、脳みそを空っぽにした状態で、苦しくなる直前までシュワシュワを喉に流し込んでいく。
 この一杯が、長旅の疲れを癒してくれる。
 お疲れ様、私。

 山を越え、森を越え、海を越え。
 とほうもなく遠かった。

 最も私たちを苦しめたのが、最初の山越え。
 中央山脈、グレートディバイドの横断だ。
 複数理由はあるが、最も重たい理由は『魔物が強い』である。
 これこそが、1つの世界が『東』と『西』に分かれた原因なのだ。

 ジョッキ一杯を飲み干した後、深いため息が零(こぼ)れる。
 山は地獄。
 酒場は天国だ。

「グレートディバイドを越えれるのなら、世界中のおおよその場所には行ける。
 エレナも冒険者として着実に成長している。
 たったの1年とちょっとで冒険者ランクA+になれるのは異例。
 教師をしていた私も鼻が高いの」

 日頃ないお褒めの言葉をいただいた。
 魔術を志すものの聖地であるクレセンティアに来れたことで、たいへん機嫌が良いようだ。
 日頃なく、表情筋が活動している気がする。
 酒をあおるスピードも速い。
 間違いない。
 これは奢(おご)ってもらえる流れだ。

「でも割り勘ね」

「さようですか」







 定番おつまみのモゲラの唐揚げが届いたところで、私は話題を変える。

「秘密の本棚、って何?」

 あの発言以降、ずっと気になっていた。
 秘密にされると知りたくなるのが人間のサガである。

「噂。
 図書館のどこかに、隠された書籍達が眠っているって。
 地下に眠っているのか、隠し扉があるのか、それはわからないけれど。
 どんな内容の本なのかもわからない。
 古代魔術に関する書籍かもしれないし、月術(つきじゅつ)に関する書籍かもしれないし。
 もしかすると、闇魔術の魔導書かもしれない。
 そんな根も葉もない、ただの噂」

「信憑性は不明だねぇ」

「でも。
 アルトはこの話題に反応した。
 この話題が出た瞬間、彼の放つ漏出魔力が若干上昇した。
 私はこれを『動揺した』と判断する。
 何かある」

 恐怖の嘘発見器。
 自分に対してその能力を使われたと思うとゾッとする。
 大先生に嘘はつけない。

「でも、そんな重要な秘密の書籍の情報を、アルトくんみたいな幼い子供に教えるかね。
 まあ確かに『ただの子供』ではないみたいだけどね」

「エレナ、アルトが自分のことを『司書見習い』って言ってたの、覚えてる?」

「覚えてるけど」

「図書館で働く人は、自分自身を『スタッフ』と呼ぶの。
 『司書』とは呼ばない。
 この図書館で『司書』という役割は重要な意味を持つ、らしい。
 アルトは『見習い』ではあるけれど『司書』を名乗った。
 重要な役割を与えられていると思われる」

「なるほどね」

 あの会話の中で、これだけの裏のやりとりが繰り広げられていたとは。
 そう考えると、やはりアルトくんは只者ではない。
 しかもかわいい。

 『ますます欲しくなったぞ!』

 どこぞの陰気露出ロリコンの言葉が思い起こされる。
 彼は今頃、あの世で楽しくやっているかしら。

「でも秘密の書棚を探そうとか、そんな気はない、今の所。
 見つかって出禁になったら、悲しすぎて死んでしまう。
 強行するなら、まずは図書館の蔵書を全部読み終わってからかな」

「ノムが言うと冗談に聞こえないからすごいね」

「あと、図書館の防衛線はアルトだけじゃない。
 強行するにも、まだ今の私では実力が足りない」

「ノムから防衛するって・・・。
 邪神でも住んでんの?図書館に」

「邪神ではないけれど。
 とてつもない魔術師が住んでいる、と言われている」

「でも、なるほどなって思うよ。
 あれだけ価値のある大量の書籍を、どうやって盗難から守ってるのかなって思ったから」

「アルトを含めたスタッフの尽力もあるだろうけど。
 あと貸し出しサービスがないのも、このあたりが理由だろうね」





 次のおつまみ、私の好物のたこわさびと、ノムの好物の卵焼きが到着したところで再び話題を変える。

「この街にはどのくらい滞在する?」

「まだあんまり考えてない。
 図書館の蔵書の数も当初思ってた以上にある。
 少なくとも一ヶ月くらいはこの地にとどまりたい。
 冒険者としての仕事もあるし、観光地もある。
 エレナにも、好きに過ごしてほしい」

「私もそれくらいはいたいかな。
 神話の本も読みたいし。
 クレセンティア天文台にも行ってみたい。
 たぶん一ヶ月では足りない」

 ここであたりを見渡してみる。
 おそらく半数以上の客は冒険者。
 それだけ、この街は冒険者にとって魅力的な街なのだ。
 ただ一点を除いては。

「でも物価は高いね。宿代も」

「ウォードシティの物価が安かっただけ。
 これが普通。
 それに宿だって質が全然違う」

「まあ確かに、『これはベットではない、大地です』、とか文句言わなくてよさそうだったよね」

「宿屋の質はエレナの冒険者としての実力に比例する。
 それだけエレナが頑張ったということ」

「ただ、この街に長期滞在するには、そのぶん稼(かせ)がないと、ってことだよね」

「ぬ」

 いい仕事ないかしら。
 キョロキョロと。
 私はギルドの依頼掲示板の場所を確認した。
 後で見ておこう。

 滞在が1ヶ月だとすると、ちゃんと計画を立てないと。
 あっという間に時が溶けてしまいそうだ。
 時間を何に使うか。
 図書館に使うのか、ギルドの依頼に使うのか、観光に使うのか。

 ノムには、そんな計画があるのだろうか?

「ノムはこの街でやりたいこととかあるの?
 図書館以外で」

「ある。
 実現可能かはわからないけれど」

「何?」

「1つ目は、魔術研究院の中に入ってみたい」

「でも立ち入り禁止なんだよね。
 まあ私も見学できるならしたいけど」

「方法は今から考える」

「でも、ノムなら実現しちゃいそうな気もするよ」

「最悪、忍び込む」

「やめてくれ」

「2つ目は、アルティリス氏に会ってみたい」

「ああ、あの封魔術の人ね」

「でも彼女に会えるのは研究院の中ということになると思う。
 結局、1つ目の話題の件を達成する必要がある」

「あるほどね」

 タコをグニグニしながら、聞いた話を噛み砕く。

「3つ目は、武器のメンテナンスをしたい」

「聖杖サザンクロス、だったよね」

「この杖も長いこと使ってるから、魔導効率が落ちてきている。
 でも、このレベルの武器を触れる、メンテナンスできる魔導技工士は、そうそう存在しない。
 シエルを超えてくれないと困る。
 これは相当厳しい要求。
 でももしかすると、この街でなら、可能かもしれない。
 この話は、エレナの剣、ブルーティッシュエッジも同じ。
 メンテを要する場合、同様に、シエルを越える魔導技工士を探す必要がある」

「確かに」

「以上3つ。
 どれも非常に実現可能性は薄いけど、この街でないと達成できない」

「できることがあれば私も力を貸すよ」

「ありがとう」

 ここで、お待ちかねのお刺身盛り合わせをメイドさんが持ってきてくれた。
 海が近いクレセンティア。
 天候が安定しやすい生海(せいかい)は、最高の漁場となっている。
 鮮度は抜群。
 生食で食べられることも貴重だ。
 さて、頂きましょう。

 ・・・。
 ・・・・・・。

 メイドさん?

「お待たせいたしました。
 こちら今朝生海で取れました、鮮魚盛り合わせでございます」

 そこにはメイド服のお姉さんが立っていた。
 薄いピンク色のゆるゆるとウェーブした長い髪からいい匂いがする。
 そして巨乳、私よりも。

 このお店のウェイトレスさんはみんな地味なエプロン姿である。
 では何故、この人だけメイド服なのか?

「このお店の方ですか?」

「いえ、私は今日一日限りのお手伝いでございます。
 ウェイトレスさんが病欠で、今日はすごく忙しいらしくて」

「メイド服って珍しいですね」

「これは制服ですよ。
 私の働いているところの、ですね」

「へー、どんなところで働いてるんですか?」

「クレセンティア魔術研究院です。
 雑用係ですけど」

「詳しく!!」

 突然ノムが身を乗り出してきた。

「そうですね・・・。
 いろいろお話ししたいですけど、仕事がありますので」

「1つだけ聞かせてください。
 魔術研究院の中に入る方法はありませんか?
 合法的に!」

 はてぇ〜、とお姉さんは人指し指を下顎(したあご)につけて考え出した。
 が、その答えは予想以上に早く出た。

「ありますよ」

「本当ですか!?」

 今度はノムだけではなく私も乗り出した。
 こんなことある?

「では、お店が閉店するまで待ってもらえますか?
 お話は、その後でね」






*****






 閉店の時間だ。
 私たち以外の客が次々に帰っていく。
 だいぶん待たされたので、若干酔いが冷めてきた。
 そこで改めて考えたが、そんなにうまい話があるのだろうか。
 それにお姉さんは雑用係と言っていた。
 さほど権限は持たないだろう。
 それでも、関係者とお知り合いになれるだけでも大きな一歩だ。

 ちょっと話題はそれるが、メイドのお姉さんは雰囲気がミーティアさんに似ている気がする。
 ミーティアさんは『玄(くろ)』だった。
 お姉さんも『玄(くろ)』かもしれない。
 何のか、はわからないが。

「お待たせでぇ~す」

 メイドのお姉さんがやってきた。
 すぐにわかった。
 さっきと口調が違う。
 こっちが素だ、たぶん。
 だが、今はそんなことはどうでもいい。

「お待ちしておりました〜」

 お姉さんの口調を真似して私が返す。

「改めまして。
 私はクレセンティア魔術研究院で雑務仕事を担当しているモメル。
 メイドのモメル。
 以後よろしくー」

「ノムです」

「エレナです」

「で、要件はなんだったっけ?
 恋愛相談?
 聞きたいなー、そういうの」

「・・・」

「さて冗談はこのくらいにして。
 研究院の中を見てみたいのよね。
 では、まずはこれを見なさい。
 でぇーん!」

 自演効果音付きで、モメルさんは一枚の紙を胸元から取り出して、私たちの顔前に突き出した。
 ノムと私は、それを覗(のぞ)き込む。



 『入学案内』




 その4文字が目に入ってくる。
 が、4文字だけでは状況理解はできない。
 私たちは更なる情報提供をお姉さんに目で訴えた。

「研究生制度。
 まだできて間もない制度だけれど。
 優秀な学生を研究院に受け入れて、最高級の教育を受けさせようという制度よ。
 あなたたちはこれに応募する。
 つまり研究生として、正式に学院に出入りできるってわけ」

「そんな制度があるんですか!」

「ただし。
 この案内にも書いてあるから、あとでしっかり目を通してもらいたいのだけど。
 条件があるわ。
 まず1つ目、入学試験があります」

「試験?」

「誰でも受け入れられるわけじゃないわ。
 一定以上の魔術の素養と知識が必要。
 実技試験と筆記試験をクリアしてもらいます」

「問題ない」

 とノムがいった。
 私は無言。

「2つ目、最低半年は学院に通ってください。
 途中で辞められると困ります。
 ただし、半年経(た)ったその先の進路は問いません。
 研究者であれ、冒険者であれ、盗賊であれ。
 それは自由です」

「私は構わない」

「私も大丈夫」

 私たちはお互いを見つめて意志を確認しあう。

「3つ目、研究者、ここでは教授と呼びますけど。
 教授たちはみんな気まぐれです。
 絶対に授業をしてくれる保証はないです。
 4つ目、何があっても、何が起きても、当院は一切責任を負えません」

 無言で首を縦に降る。
 そのアクションは、ちゃんとお姉さんに伝わった。

「ならば、もう1枚の用紙も渡しましょう」

 入学案内用紙はノムに渡り、手が空いたモメルさんは、また別の用紙を胸元から取り出した。
 これをエレナが受け取り、ノムにも見えるようにしてから内容確認を開始する。



 『シラバス』



 その4文字が目に入る。
 モメルさんとのアイコンタクトの結果、『とりあえず最後までざっと読め』という思考を読み取る。
 目線を用紙に戻すと、最上段から1行づつ、目を通していった。





 研究分野、ブランチ名。
 研究者、教授名。
 研究の内容、概略。

 それらが列挙され。

 『基礎魔導学専攻』。
 『応用魔導学専攻』。
 『魔導工学専攻』。

 各ブランチが、3つの専攻に分類されている。
 
 この用紙に刻まれた魔術に関する用語の数々が。
 研究の内容を。
 研究者のひととなりを。
 研究院での生活を。
 ふんわりと想像させる。






 最終行を読み終え、私たちが意思疎通を完了したことを確認したのち。
 モメルさんが高らかに宣言した。

「改めて聞きます。
 当学院に入学しますか?」

「是非、入学させてください!」

「よろしい。
 明日、早速学院にいらっしゃってください。
 この用紙を見せれば、中に入れるように話は通しておきます。
 ・・・。
 期待、していますからね」

 そう言って、モメルさんは柔らかな笑顔を浮かべた。
 その彼女に多大な感謝を伝え、私たちは酒場を後にした。
 
 
 
 
 
 *****
 
 
 
 

 ピンクのモメルからの案内を受け、次の日私たちは入学試験を受けるために魔術学院へやってきた。
 どうやら既に話が通っているらしく、学院の正門の前でメイドさんが待っていた。
 モメルではない小さなメイドさん、いろいろと。
 水色の短い髪。
 髪がだらんと垂れて片目が隠れている。
 もう片方の目は死んだなんたらのようだ。

「エレナ様、とノム様ですね」

 首をわずかに縦に振って答えると、水色のメイドさんは振り返って構内に入っていった。
 ついてこいということらしい。







 連れてこられたのは、とある一室。
 存在するのは、黒板、机と椅子。
 それだけだった。
 しかし、情報はそれだけで十分だ。

 間違いない。
 筆記だ。

「問題用紙が置かれた机に座ってください。
 そして問題を全て解いてください。
 制限時間はありませんので、終わったら私に声をかけてください」

 説明雑。
 とにかく、最低限1つだけ聞いておきたいことがある。

「メイドさん、あなたのお名前は?」

「ノシ」

「ノシ?」

「ノシ」

 ・・・。

 私の次の言葉を待たずに、メイドさんは部屋の外に出ていった。
 ノシ・・・。

 校門からここに至るまでに、複数の疑問点が生まれた。
 そしてそれを解決するため、私はノムと会話がしたかった。
 しかし彼女はすでに席に座って問題を解き始めている。
 ペンがゴリゴリと音を立てている。
 そんなに書くことがあるのかよ。

 これ以上見つめるとノムの回答が見えてしまいそうなのでやめた。
 カンニングに関しては特に説明はなかったが、最低限の倫理が働いた。
 私はいろいろと諦めて、用紙が置かれたもう1つの席に座った。







 机には、5枚の用紙が置かれている。
 その用紙は全てほぼ白紙。
 一番上に問題文と思われる短い文章が書かれているのみだ。

 まずはこの5つの問題文に目を通していく。

問1. 魔法という言葉と魔術という言葉の違いを説明せよ
問2. エーテル属性の魔術が発動する仕組みを説明せよ
問3. 魔術攻撃に対して、魔術師の体に展開される防御機構の仕組みを説明せよ
問4. 「三点収束魔術」および「六点収束魔術」に関する知識を記述せよ
問5. 志望理由を述べよ




 問題つくったやつ出てこい文句を言ってやる。
 自由度が高すぎる。
 文章問題って面倒臭いよね。
 本当の『答え』はあるのか。

 そんな複数の思考が生み出された。

 静かな薄暗い部屋に、ペンと机が奏でる狂想曲のみが響く。
 それは全く止まらない。
 間違いない。
 彼女の答案用紙は真っ黒だ。



 雑念ばかりが浮かんで、問題にまったく手が出ない。
 制限時間がないという条件が私を甘やかす。
 人間は与えられた時間を全て使うように計画を立てるらしい。
 完璧な答えを求めるあまり、ペンが全く進まない。
 こういうときは、とにかく思いつくことを書きまくり、後でそれらを使って完成文を整形するのがよいと思う。
 そんなことを考えながら、私は答案用紙の裏側に落書きをはじめた。





*****





「終わった、2つの意味で」

 誰に向けたでもない言葉が空中に浮かぶ。
 その言葉を見つめるかのように、私は天を仰いだ。
 限界まで脳を使い切り、脳疲労が半端ない。
 やっと、その苦しみから解放された。

「どだった?」

 隣の天才ちゃんが声をかけてくる。
 彼女のテストの出来栄えは、既に十分理解できている。

「落ちた、たぶん」

「白紙で出したの?」

「一応、半分くらいづつは埋めたけど」

「なら大丈夫」

「そんなもんかね」

「なぜなら私がエレナの先生だから」

 どやぁ。
 とでも効果音がつきそうな顔を見せる先生。
 まあ、確かに。
 彼女から教鞭をふるってもらっていなかったら、本当に白紙だったかもしれない。

「ノムは全部埋めたの?」

「書き足りなかったから裏面にも書いた」

「さようですか」

 一通りの会話が終わるのを待ってくれていたメイドさん。
 ノシさん?
 ノシさん、でいいの?
 たぶんノシさん。
 次の指示を仰(あお)ぐため、彼女と目を合わせる。
 試験の結果はいつ公開されるのか。
 今日は脳が疲れたから、とにかくそれだけ聞いて帰りたい。

 そして彼女が小さくつぶやいた。

「次は実技です」





*****





 無言で学院内を突き進むノシさんの後をついていき、最終的に建物の外に出た。
 そこは、四方を壁で囲まれて。
 緑の絨毯の上に、数本の木が植えられている。
 なるほど、中庭だ。

 研究で疲れた脳をリフレッシュするのにはうってつけな場所だと感じた。
 中庭の真ん中あたりに、一際大きな広葉樹が、存在感たっぷりで佇み。
 その木の下に、手作り感たっぷりの小さな木製ベンチが設置されている。

 よい仕事をする人間は、よい休憩をする。
 昔、誰かがそんなことを言っていた気がする。
 ・・・。
 だれだっけ?



「では、私はこれで」

 聞こえるか聞こえないかのボリュームで呟(つぶや)くと、ノシさんはそそくさと帰っていった。
 面倒い症候群の人かな?

 取り残された私とノム。
 静まり返る中庭。
 ここで歌とか歌ったら、誰か窓から顔を覗かせるかしら。
 2階。
 3階。
 4階。
 一段づつ首の角度を上げながら、閉まった窓の奥に何かが見えないか確認していく。
 さらに一段角度を上げると、青空。
 ゆったり流れる雲。
 なんか。
 眠くなってきた。

 音。
 感知した、その方向に扉。
 私たち二人が中庭に入った際に使った扉、その真反対の位置。
 開かれた扉の奥から、一人の男性が現れる。

 無言のまま、近寄ってくる男性。
 アシュターを思い起こさせる懐かしの白衣が、彼の痩せ型の体を覆う。
 黒い髪の合間から、黒色の瞳を確認できる。
 『気だるげ』、『怖い』。
 その2つの印象を同時に感じる。
 総じて、読めない人間だ、という感想。
 それは視覚情報からだけでなく、魔力情報からの判断結果でもある。
 彼の魔力的実力が、私のオーラサーチの能力のレベルでは推測できない。
 それは、ここ最近なかった感覚。
 只者ではない。
 声が正確に聞き取れる程度の距離まで来たところで、男性は歩みを止めた。

「名前を名乗れ」

 不満そうな印象を受けるその一言。
 如何様に反応すべきか、判断に時間がかかってしまう。
 が、ノムの反応は早かった。

「ノム」

 私は彼女を見つめる。
 いつものノムだ。
 本当に頼りになりますね、そのふてぶてしさ。
 そんな彼女に力をもらい、私ははっきりと名乗る。

「エレナです。
 よろしくお願いします」

 実技担当教官。
 おそらく、そういうことであろう。

「お前らがこの研究院に出入りするにふさわしいか、判断しろと上から言われている。
 時間が勿体無いから、さっさとやるぞ」

 面倒い症候群、Part2。
 人生楽しんだもの勝ちですぜ。
 まあ、自分も人のこと言えるかわかりませんがね。

「緑の方から前に出ろ。
 この施設を破壊せずに、俺に攻撃を一撃当てろ。
 それで合格だ」

「質問です!」

「言ってみろ」

「これで合格なら、さっき受けた筆記試験は何の意味があったんですか?」

 実技試験だけで合格を決めるんなら、さっきの筆記、意味ないじゃない。
 あれだけ無い知恵絞ったのに。
 すりへった私の脳細胞を返せ。

「ノシがお前らをここに連れてきた。
 つまり、筆記は合格だ」

 それ以上の説明は頂戴できなかった。
 つまりは、筆記試験合否の決定権は、あのメイドさんが握っていたわけだ。
 いや、彼女。
 答案用紙、ちょろっとしか見てなかったんだけど。
 あんなんでいいの?
 怠慢経営なの?

 一通り脳内で文句を言ってすっきりすると、私は中央まで進んだ。
 そして待つ。

 試験開始。

 その言葉を。







「はやくしろ」

「もう始まってるんかい!」

 脳内で止めるつもりが、表に出てしまったツッコミが中庭に響く。
 私、あんたの彼女なの?
 深層心理全部理解しなきゃだめなの?





 そんな漫才はさておき。
 私は考え込む。

 『この施設を破壊せずに』。
 その条件が脳内リフレインする。
 実はこれ、難しいのよね。

 もしも、私が直線的に放出した魔術を教官に避けられた場合。
 その先にある壁を破壊してしまい、ゲームオーバー。
 この時点で選択肢は大きく絞られる。

 残ったキーワードは、スフィア。
 遠隔収束魔術。

 消去法的に戦略が決定した、その瞬間。
 私は魔術収束を開始する。
 属性は封魔。
 そして遠距離多地同時収束。
 教官を囲むように、1、2、3、4、5。
 その5つの魔力で彼の逃げ場を塞(ふさ)ぐ。

 しかし、これら1つ1つの魔力量はさほどない。
 威力を捨て、収束スピードを選ぶ。

 そして封魔属性、水色に輝く魔力球が5つ形成されたとき。

 私は・・・




 私は、強く大地を蹴った。




 『俺に攻撃を一撃当てろ』。
 そこに『魔術攻撃』という条件は存在しなかった。
 相手の魔術的実力が高いのならば、私の魔術攻撃は防衛魔術で防がれてしまい、ノーカウント。

 ならば。

 絶対に魔術防御では防げない攻撃をすればいい。
 それに、魔術と違い、物理攻撃なら施設に損壊を与える心配もない。


 瞬間的に術者の移動加速度を向上させる、風術エリアルステップの補助もあり、彼との間合いはすぐに縮まった。
 私は鞘から抜いた剣を左下に構える。

 先ほど収束した封魔術、ダイアスフィアはまだ健在。
 彼が逃げようとすればこちらを炸裂させる。
 魔術の檻。
 そんなイメージ。

 魔術の天才かもしれない。
 そんなあなたが見たことのない『速さ』を見せてやる。






 そして、青の剣が美しい弧を描く。
 その軌跡は。
 彼が懐に仕込んでいた短剣で停止させられた。

「そんなんもあんの?」

 まったくもって面白くもないが、私の顔から笑みがこぼれた。
 体感できるほどの鍔迫(つばぜ)り合いの時間が流れた後。
 私は体勢を立て直すため、大きく後ろに退避した。

 退避しながらも次の作戦を立てる。
 そのクールなイケメンに、その眉間に、シワをつけてあげたい。
 そんな危ない思考が、私の脳内興奮物質を刺激した。

「合格」

「はっ!?」

「合格だと言っている」

「なんで!
 攻撃あたってないし!」

「俺の服がお前の剣で切れた。
 攻撃は成立している」

 そう言って、彼は白衣を持ち上げてぷらぷらさせる。
 白くて視認性が悪いが、どうやらスパッといっているらしい。

 なんだかあっけにとられて、徐々にクールダウンしていく。
 合格なら、いいや。

 拍手の音が後ろから聞こえてきた。
 振り返りその音が鳴る場所を確認すると、私は合格の喜びを伝えるため、剣を持った右手を軽く天に掲げて微笑んだ。







 さあ。
 お待ちかね。
 『実技試験』という言葉を聞いて以来。
 私が最も楽しみにしていた時間がやってきましたのです。

 先生!
 魅せてください!

 この教官とノム、どちらが強いのか?
 こんな高レベルな戦い、滅多に見れるものではない。
 ノムが勝つに10000$(ジル)。
 全く意味のない賭博が、私の脳内で開催された。




 私がノムの隣まで戻ると、予測していた通りの言葉がかけられる。
 はじまる。

「青いの、前に出ろ」

 そう。
 教官がそう言った。
 そして。
 そして、その瞬間。




 教官は大爆発した。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「学院の壁に封魔防壁を展開した。
 だから爆発魔法(ハイバースト)を使っても大丈夫」

 青髪少女はそう弁明した。
 がしかし、その言葉が解決してくれる問いは『なぜ、施設を傷つけないという条件を守れたのか』というもの、それひとつである。

 『教官、ぶっとばしちゃっていいの?死んだの?』という問いの答えではない。

 爆発による黒煙が薄らぐと、惨状が確認できる。
 ボロボロの教官は、黒煙を上げ、俯(うつむ)き、伏している。
 その後、ノムと目を合わせると、彼女はわずかに舌を出した。

 『やりすぎちゃった、テヘペロ☆』。
 そうアテレコしたくなるかわいい表情。
 昔も同じこと一回言った気がするけど、どれだけかわいくっても、殺しちゃーダメ。

「どうされましたかー!!」

 明瞭な声と共に、私達が入ってきた扉から、メイドさんが駆け込んでくる。
 モメル、ノシとはまた別人。
 黄緑色のストレートロングの髪が乱れる様は美しく。
 私たちに手が届く距離まで全力疾走してきたメイドさんは、軽く肩を落とし、荒い呼吸をしている。
 とりあえずこの時点では、ふんわりおっとり系美人メイドさんと命名する。

「じつはですね、これこれしかじかで」

「これこれしかじか。
 ・・・。
 なるほど。
 ・・・。
 って、それじゃあわからないですぅ」

 以心伝心ネタでからかってみた。
 私の人間観察力が、この人はからかってもいい人だと勝手に判断したからだ。
 想像以上にかわいいリアクションだった。
 さて。
 冗談はここまでにしよう。

 私は、私達が入学試験を受けていること、それで教官をぶっとばしちゃったことを伝えた。
 入学試験を受ける人間がいることだけは聞いていたらしく、彼女はすぐに納得してくれた。
 その後すぐに黒煙を上げる教官に近づき、そして体を触り始めた。
 触れた部分が淡く光る。
 つたなくも献身的な、そんな彼女の回復魔法なのだと判断した。

「大丈夫そうですね。
 よかったです!」

 心配そうな表情から一変して、太陽のような明るい笑顔を私達に見せてくれた。
 いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ!
 この人、表情だけじゃなく、脳味噌もふわふわなのかもしれない。

「私は、サイトゥ様を医務室に運びますね。
 別の雑務係の者を遣(つか)わせますので、ここで少々お待ちくださいませ」

 そういって、彼女は教官をよっこらしょとおんぶして中庭から去って行った。
 パワフル~。







「エレナ、わかる?」

 どたばたした時間の後に訪れた静寂。
 唐突かつ不明瞭なノムの質問がそれを破った。

「何が?」

「見られていた」

 すぐに私は辺りを見渡す。
 改めて誰もいないことを確認した。
 問いの真意は解明されない。
 ノムへ次の質問を。
 それを言葉にする前に、ノムが正解を教えてくれる。

「この中庭、研究院の真ん中にあるけど。
 ここから見える2階、3階、4階の部屋。
 そこから微弱ながら魔力を感じる。
 たぶんそれらの部屋は研究室。
 この研究院の研究者達が、私達の試験を見ていた。
 そう、つまり。
 見世物」

「なーるほどっ」

 私はナナメ上を見上げた。
 この建物は4階建て。
 多数の部屋がこの中庭に隣接する構造。
 その部屋、1室1室に視線を送る。
 部屋の窓からその内部は確認できない。
 しかし、もし、これらの部屋全てに研究者が割り当てられているのなら。
 そして、その研究者達のオーラセーブの能力が、私のオーラサーチの能力を超越していたならば。

 それが意味することは。
 きっと。

「私達は、教官だけじゃなくて。
 この研究院の研究者達、みんなから評価されていたんだね」

「イエスなの。
 たぶんね」

 私は改めて上層階の部屋を見つめた。
 確かに。
 あれだけの爆発が起きておいて、だれも窓から顔を出さないっていうのも変な話だ。
 もしくは変人が多いか。
 ・・・。
 後者の可能性も高いな。

「教官は『上から言われて』と言っていた。
 つまりは下っ端、の可能性がある。
 さらに上位者がいる。
 その上位者から、学院の研究者みなが確認できるこの中庭で試験をやるように。
 そのように指示を出されていたのだと思われる。
 これで全員に納得させることができる。
 私たちが入学する。
 そのことの妥当性を、ね」

 そう。
 だから、見せ付ける必要があった。
 私達の実力を。
 
 ノムは、そこまで考えていた。

 だからこそ。

 彼女は教官を爆破したのだ。







 そういうことにしておこう!












*****






「どうでしょうか?」

 桃色の髪の女性が話しかける。

「まさかサイトゥを倒してしまうなんて思わなかったわ。
 さすがの審美眼ね、モメル。
 賞賛しかないわ」

「お褒めに預かり光栄でございます」

 窓から外を見つめる女性。
 その女性の背中に向けて、メイドのモメルは謝辞を述べた。

「それに久しぶりにサイトゥの短剣も見れましたしね」

「サイトゥ様の短剣は奥の手にして、彼の真の姿。
 これを引き出させたのも評価に値する。
 ノムだけでなく、エレナの魅力も。
 きっと他の教授の方々にも届いたでしょう」

「そうね」

 窓際の女性が振り向く。
 床に届きそうな長さ、汚れのない純白の髪。
 それが窓から差し込む光を反射してキラキラと輝く。

「サイトゥの短剣。
 以前見たときと違っていた。
 見た目だけではない。
 性能が大きく向上している」

「本当にですか?」

「古き栄光にこだわらない。
 常に新しいものを求める。
 力も。
 知識も。
 そう、それは彼だけではない。
 この学院、全ての学者に言えること。
 そう。
 だからこそ。
 私達は強い」

「そうですね」

「そして彼女達2人は、私達研究員に新しい刺激を与えてくれるでしょう」

「では、彼女達は合格、ということでよろしいのですね」

「答えがわかっているのに確認するの?
 そう。
 では答え方を変えましょう。
 あなたがどうしたいか。
 それで判断してよいわ」

「ありがとうございます。
 それでは早速ではありますが、彼女達に声を掛けてきます」

「よろしくね」

「はい。
 では失礼いたします。
 アルティリス様」




















幕間






幾千の星のように


光り輝くのは


何年もかけて醸造された


彼ら彼女ら1人1人の個性である








*****




PrimaryWizard2

〜星降りの魔術学院編




*****







私にも、そんな輝かしい『個性』を手に入れられる日がくるのだろうか

今の時点で、その結論は曖昧だけれども

この場所での様々な人間、物質、場所、事象との出会いが

その私の願いを成就させてくれるような気がしてやまない




だからこそ『安心』できる

今、私がこの場所にいてよいのか

そんな問いをまったくもって思い起こさないで済むのだから

それは、最高級の『居心地』というものなのだろう
























講義1:多点収束学




 一晩明け。
 私達は再び、昨日筆記試験を受けた部屋、講義室、その引き扉の前へやってきた。

 緊張感が抜け落ちたヘラヘラした表情で中庭にやってきたモメルから『合格』の通知を受け。
 そして、その場にて、日を開けて再度この講義室に来るように、と伝えられた。
 本当なら、その時点で、モメルに学院についての最低限の情報を聞きだしたかった。
 が、『詳細は明日』。
 それだけ言い残し、モメルはさっささーと帰っていた。
 故に、この扉の先にどんな光景が存在するのか、不明。
 期待、不安。

「はじまるね」

 ノムが柄にもなくそんな言葉を選んだ。
 それがなんだかおかしくって笑った。
 彼女もそれに答えてくれる。

 さあ、扉を開けよう。

 ガラガラと音をたてて扉を引く。
 昨日の教室と異なる点にすぐに気がつく。
 3人、先客がいた。
 研究生。
 そう。
 だれも、私達2人だけだとは言っていない。
 学友だ。
 仲良くなれるかはわからないですがね。

「おおうっ!」

 そんなそこ抜けて明るい驚嘆の声を上げたのは、3人の中の1人。
 女性。
 私たちよりも少し年上くらいか。
 物語に出てくる、まさに古風な魔女のような出で立ち。
 黒のとんがり帽子。
 黒のローブの隙間から鎖骨が覗く。
 長い銀髪、後ろ髪を三つ編みに結って肩から前に垂らしている。
 そしていやらしい、もとい、真昼の太陽のような笑顔。
 教室のど真ん中に陣取っている。
 とりあえず仮で、鎖骨ちら犬歯魔女先輩と呼ぶことにする。

 その隣の席にもう1人。
 男性。
 私たちより若干年下か。
 気弱そうな顔。
 片目が髪の毛で隠れ見えないが、もう片方の目に大きな特徴がある。
 モノクル。
 単眼鏡というやつだ。
 鎖骨ちら先輩と同色の短い銀髪。
 鎖骨ちら先輩と真逆の真っ白なコートを身につけている。
 とりあえず仮で、モノクルくんと呼ぶことにする。

 そして、もう1人。
 教室の奥、中庭を眺めることができる窓際の席。
 エレナノムには目もくれず、じっと窓の外を眺めている女性。
 年齢は私たちと同じ年くらい。
 緋色の髪と瞳。
 その瞳は鋭く、見つめた相手の心を突き刺す。
 私が今まで出会ってきた美女達、リリア、セリスをも超えていく、まさに絶世の美女といってよい、非の打ち所のない顔立ち。
 マントからチラっと見えるセクシーな胸元には、炎術を表す華の図形が確認できる。
 両の腕にはめられた白銀の腕輪には、赤色の宝石が埋め込まれている。
 短いスカートもポイント、ご馳走さまです。

 しかし最も強く印象付けられた情報は、彼女からあふれる『炎の漏出魔力』。
 刺々しい炎のオーラがわずかな殺意のような感情を伴って漏出されつづけている。

 そう。
 彼女から読み取れる全ての情報が、『私は炎で攻撃します』と言っている。
 通常、自分の得意属性、魔術戦の戦法は、相手に知られたくはないものだ。
 しかし、彼女はおかまいなし。
 どこからでも狙ってきてみろ、返り討ちにしてやる、炎で。
 そのメッセージを外部に常時発信し続けている。

 どうしても。
 セリス・シルヴァニアの面影を彼女に重ねてしまう。
 セリスは最後は私に『デレ』を見せてくれた。
 この娘(こ)も絶対にデレさせてみせるんですからね。
 以上、妄言でした。
 さて、挨拶をしなければ。

「はじめまして、エレナと言います。
 こっちはノム。
 今日から研究生として、この研究院にお世話になります。
 もしかしてですけど、先輩ですか?」

 鎖骨ちら先輩に尋ねる。
 鎖骨ちら先輩は、鎖骨を指でコリコリしながら回答をくれる。
 癖かな?

「ハロー、ハロー。
 私は二期生の、エミュ。
 美少女錬金術師見習いのエミュ。
 君の言う通り、君達の先輩さ」

 美少女って、自分で言っちゃった。

「こっちは、同じく二期生のホエール。
 こんなのだけど私より1つ年上なんだよ」

「エミュ、こんなのとかいわないでよぉ」

 モノクル先輩が弱々しく、へにゃっとしたツッコミをいれる。
 全くもって、ツッコミがなっていない。
 私がツッコミのなんたるかを教えてあげなくてはいけないな。
 ・・・。
 何言ってんだ、私。

「よろしくね、エレナ、ノム」

 モノクル先輩が力無い笑顔で話しかけてくれる。
 私は、この時点で思った。
 この2人、すごい相性いいな、と。

「窓際の彼女も、二期生なんですか?」

「彼女は、君達と同じく三期生さ。
 まあ名前すら教えてくれなかったけどね」

 そう言って鎖骨先輩はへらへらした。
 『まあ別に気にしてないけどね』。
 そんな言葉が脳内に伝わる。

「エミュさん、この学院について聞きたいことがたくさんあります。
 ご教授願えますか」

 ノムがへりくだった。
 モメルもノシも教官も、この学院について大した説明をくれなかった。
 しかし鎖骨先輩は間違いない。
 おしゃべり芸人だ。
 口を閉じると死ぬタイプの人だ。

「もち」

 ろん。
 鎖骨先輩がなんでも聞いてオーラを出してくれる。
 しかし、ここで邪魔が入る。
 また、おまえか。

「おまえら席につけ」

 私たちのほうをまったく見ずに、ずかずかと部屋に入ってきた。
 それは昨日、ノムが爆発させた教官だった。
 すこぶる機嫌が悪そうだ。
 昨日よりボサボサな黒髪と、わずかに生えた顎(あご)ヒゲが、彼の怠惰っぷりに拍車をかけていた。
 『彼女いない』に10000$(ジル)ベット!
 またまた、意味のない賭博が脳内で展開されたのでした。

 私とノムは空いていた入り口側の席に座った。
 教官は黒板の前まで進むと、こちらを見る。
 部屋に何人の人間がいるかを確認すると、大きくため息をつき、押し黙った。
 その時間が10秒程度続き。
 そして、その重い口を開いた。

「俺は、基礎魔導学専攻、多点収束学を研究している。
 この学院の教授、サイトゥだ」












 やって。

 しまった。

 初めて見る、ノムの青ざめた表情。
 彼女の今の思考を代弁しよう。

 『私は、最新の魔術理論を教えてもらうチャンスを、自らつぶしてしまったかもしれない』

 『下っ端だと思ってたら、めちゃめちゃ偉い人だった』

 『ご機嫌ってどうやってとるんだっけ』

 『エレナなんとかして』

 気づくとノムが私を見つめていた。
 過去は過去。
 現在は、もう、なるようにしかならん。
 導き出した諦観の念。
 私は真面目な顔でサイトゥ教授を見つめた。

「誠に遺憾ながら、お前たちに対し教鞭をとるように上から言われている。
 それとお前たちが面倒ごとを起こした時、俺が責任を取れとも言われている。
 いつもそうだ。
 面倒事が俺に投げられる」

 『上』。
 それがこの人の口癖なのだろう。
 上下社会の中で揉まれて、精神をすり潰されているのだ。
 この時点では、そういうことにしておく。

「だから言うぞ。
 面倒事を起こしたら、俺は力で解決する。
 覚悟しておけ。
 それが嫌なら絶対に面倒事は起こすな。
 いいか、絶対に面倒事は起こすなよ。
 もう一度言うぞ!
 絶対に、面倒事は、起こすな!」

 軽くビビっているように見えるモノクル先輩の隣で、エミュがヘラヘラしている。
 この人も肝座ってんな。
 ただ、どうやら教鞭はとってくれるらしい。
 ノムがつく非常に小さな安堵(あんど)のため息を、私は聞き逃さない。
 よかったね。


 そして、ついに最初の講義が始まった。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「お前達に出した筆記試験。
 その問4の問題はなんだったか。
 エレナ、答えろ」

「『3点収束魔術』『6点収束魔術』について知っていることを書け、です」

「そうだ。
 今回の筆記試験の問題は俺が作った。
 お前らの回答も全て目を通している。
 エレナ、ノム、レイナ。
 3人ともおおよそ正しいことを書いていた。
 そういう意味では、もう教えることはない」

 いや、教えてよ!
 怠慢なの?
 講師料だけもらって、ぐっへっへ、後は知らん、なの?
 やっぱり、ノムから爆破されたの根にもってんの?

「『基礎』はな」

 サイトゥ教官が付け足した。
 その一言で、ヒートアップしていた私の脳内が落ち着きを取り戻す。
 よかった。

「お前達に『応用』を教えてやる」

 ん?
 教官、さっき『レイナ』って言ったな。
 窓際の赤髪炎術美人さんは『レイナ』という名前らしい。
 今度話しかけてみよう。

「まず1つ目。
 エレナとレイナの答案にはなく、ノムの答案に書いてあった。
 その項目はなんだ。
 ノム答えろ」

 ノムは知っていて、私と窓際ちゃんは知らなかったことがあったらしい。
 私はノムを見つめる。
 ノムに迷いはない。
 彼女の脳内から、すぐに答えを引っ張り出してみせた。

「『回転合成』ですか?」

「正解だ」

「回転、合成?」

 聞いたことのない用語に、首をひねる私。

「それじゃあ、ノム。
 説明してやれ、2人に」

 お前がやれよ。

「わかりました。
 エレナ。
 三点収束魔術を説明してみて」

 最終的に私に解説の役割が回ってきた。
 下請けの下請け。
 そんなフレーズが脳内に浮かぶ。

「まず、コアを3つ作ります。
 上に1点、下に2点で三角形に配置します。
 この時点では、まだプレエーテルの状態です」

 ここでエレナからのお知らせ。
 『プレエーテル・・・なんじゃそれ』と思ったあなた。
 そんなあなたは、前作『PrimaryWizard 〜ゼロから学ぶ基礎魔術理論』をお読みください。
 『プレエーテル・・・知らんけど、まあいいや』と思ったあなた。
 そのまま、読み進めてどうぞ。

 以上、宣伝でした。

「そして3つのプレエーテルを、三角形の真ん中に向けて移動させ、3つのコアを合成します。
 この合成と同時に、エーテルへの変換や、炎などの各属性への変換を行います。
 こうして実現された魔法は、3点分の魔力を合成するため、単純計算で3倍の威力になります。
 まあ、あくまで単純計算ですが。
 1点のコアに集められる魔力には上限があるので、1点に3倍の魔力を集めることはできません。
 この三点合成によって、魔法の威力を一気に向上させることができるのです」

 その瞬間、聞こえてくる拍手。
 鎖骨先輩だ。
 ありがとう。
 本当にいい人そうだ。
 早くお友達になりたい。
 素直にそう思った。

 しかし、ここで意外なことが起こる。

「よい回答だったぞ」

 なんと、教官も褒めてくれたのだ。
 信じられない。
 すると、横から微かな囁きが聞こえる。

「サイトゥ先生、ツンデレだから」

 鎖骨先輩がニヤニヤとした表情で、くっそ面白そうなのを堪(こら)えながら教えてくれた。

「聞こえてるぞ」

 教官に注意され、いっけね〜、といった表情をみせる鎖骨先輩。
 まったく悪いとは思っていないと思われる。
 教官も別に気にしてなさそうだ。
 よくあること、なのかもしれない。

 さて、本題に戻ろう。

「エレナ。
 前の黒板に、3つの魔力球を描いてみて」

「先生、前に出てもいいですか?」

「好きにしろ」

 私が前にでると、教官が講義室の端に避(よ)けてくれる。
 空いた黒板の真ん中の位置に私は陣取って、白のチョークを握った。
 一番後ろのレイナさんにも見えるように、大きめに3つの丸を描く。
 そして私はノムを見つめた。

「合成してみて」

 その言葉を脳内で噛み砕く。
 そして、『これかな』という行動案を見つけ、これを実践してみる。

 3つの丸から、中心へ向けたまっすぐな矢印を描画。
 3つの矢印が三角形の中央で交わる。
 意図通り、だったかな?

「ありがとう。
 エレナ・・・。
 エレナが今描いてくれた、この図。
 これが『直線合成』なの」

 ・・・。
 私は、1年以上魔術を勉強してきた。

 だからこそ、このノムの遠回しな表現。
 それだけで全てを理解できたのだった。

 『魔術のコアも、このパスタみたいに回転させて合成した方がいいのかもしれない』

 私がウォードの酒場で行った食事中の考察を思い出した。

「回転させながら合成すんのか」

「そうだ」

 ノムの前に教官が答える。

 私はチョークを持ってない左手で黒板消しを持ち、矢印だけを消した。
 そして、各点から中心に向けた渦巻き状の矢印を3つ描画した。

「こういうこと?」

「そういうこと。
 これが『回転合成』。
 こっちの方が魔力効率がいいの」

 今度はノムが答える。
 『魔力効率』とは、簡単に言うと、体内から100の魔力を引っ張り出して、それを相手に与える攻撃魔法に変換したとき、最初の100のうち、どれだけのエネルギーが残っていますか、ということを意味する。
 体内の魔力を攻撃魔法に変換する間に、数パーセントから数十パーセントの魔力が無駄に消耗されるのだ。
 この消耗が少なくなるという話です。

「エレナもこれを覚えた方がいい」

 ここで疑問が生まれるが、そこはさすがのノム先生。
 私の思考を先読みして、回答をくれる。

「では、なぜ私が回転合成の情報を早くエレナに教えなかったのか?
 そういう話しになる」

「うんうん」

「一言で言えば、難しいの。
 回転合成が成立するには、一定以上の魔力収束スピードが必要になる。
 直線合成なら、すぐに収束できなくでも、魔力圧をかけ続ければいつかは収束できる。
 でも回転合成は一瞬で合成できないと、魔力球同士の反発で魔力球が弾けてしまう。
 まずは直線合成を完璧にマスターする。
 これが回転合成習得の条件なの」

「なるほどね」

 回転合成は必然的に収束スピードが速くなる。
 だから、素人目には一瞬のことで、何をやっているか視認しづらい。
 そのような考察が生まれた。

「でも、今のエレナなら大丈夫。
 きっと、すぐ、習得できる。
 魔力効率も向上するから、是非とも習得すべき」

「さっそく今日から始めるよ、習得訓練」

 私は早速、脳内でイメージトレーニングを開始。
 特に問題はなかったが、1点だけ疑問点が浮かんだ。

「回転方向、って、どっち回りがいいんですか?」

 生まれた素朴な疑問を、そのままサイトゥ教官に伝える。

「それは、人による。
 『左利き』と『右利き』、みたいなものだ。
 各々、やりやすい方向でいい。
 ただ、どっち方向が向いているかは、実際にやってみないとわからん。
 俺は、自分から見て時計方向に回転させる」

「私も同方向」

 教官とノムの答えが一致した。
 とにかく、やってみるしかなさそうだ。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「次の話に行くぞ。
 ここからはノムの答案にもなかった話だ。
 『立体収束』と『多次収束』について教える」

 ちらりちらりと横をみる。
 教官を見つめるノムの瞳が輝いている。
 恋する乙女。
 思いの先は。
 教官の顔、ではなく脳の中。
 男、には全く興味なし。
 そこにあるのは、幼子のような底抜けの好奇心だ。

「3点収束、6点収束は、各コアを術者に対して『並行』に、平面に配置する。
 だが本来、『平面でないといけない』という縛りはない。
 立体合成は、各コアを線で繋(つな)いだ時、平面ではなく、立体になる合成方法だ」

「はへぇえ」

「が、これを使えば魔術の威力が倍になるとか、そんな楽観的な話ではない。
 しかも純術のエーテル、バーストなどの近傍収束では、逆に非効率になる。
 それは立体になることで、術者からその分距離を置いた位置にコアを配置する必要があるからだ。
 平面収束の方が、コアを術者に近づけられる」

 気がつくと、鎖骨先輩とホエール先輩が教官の話をノートに取っていた。
 ノム、そしてレイナさんも同様に。
 私もすぐにカバンからペンとノートを取り出す。
 さあさあ。
 授業っぽくなってきた。

「だが、遠隔収束、スフィアならば話は別だ。
 元々術者からコアを離して収束するので、平面だろうが、立体だろうが距離に大差はない。
 立体収束で最も単純なものは『三角錐収束』。
 この場合は4点コアを作る。
 地面に並行に3点で三角形を作り、その上に1点を置く。
 これでスフィアの収束が飛躍的に安定する。
 まさにスフィア収束のために存在するような収束方法。
 スフィア収束との相性が非常に良い」

 無言でノートを取る5人の生徒。

 徐々に、私の中の教官の株価が上がってくる。
 本当にこの人は『教授』なんだ。
 そんな言葉が確信に変わりつつある。

「スフィア収束を多用する、純粋な魔術師タイプであるほどに、こいつは重要だ。
 この教室の中で言えば、ノム、ホエールだな。
 訓練し、ちゃんと実現できるようになっておけ」

「ぬ」

 聞こえてきた、肯定のノム語。
 ホエール先輩も首をコクコクしている。

「次だ。
 『多次収束』について教える。
 一番単純な例で言うと、3点収束のコアの1つ1つを、3点収束して作る」

「マジか!」

 驚いたのは、私。
 そしてその隣でノムがニヤリと笑っている。
 『やろうとするのも、成立させるのも理解不能だって!』という感想。
 が、確かに、理論上できない話ではないはずだ。

「3点で3倍、さらにその各点を3点で作るのでさらに3倍。
 9倍の威力になる。
 理論上はな」

 そしてさらに3倍すれば、27倍。
 とんでもない話なのだ、これは。
 いわずもがな、6点収束でも同じ話になる。

「が、現実はそんな安直な話にはならん。
 無駄な魔力浪費も多く、理論上の最大威力は出ない。
 何より実現が難しく、俺ですら3点×3点の二次収束が限界だ。
 しかし、これは俺の能力が足りないからだ。
 絶対にできない、という話ではない。
 俺の研究は、これを最高の効率で実現させることを目標としている。
 俺は、これを必ず実現させる」

 教官の眉間にシワがよる。
 そのシワが、彼の過去の人生に存在した事情、苦労、苦悩、努力、情熱を暗示しているのだと感じた。
 そして私は、最高の教官に巡り会えたのだと。
 そう確信していた。

「サイトゥ先生」

「なんだ、ノム」

 ノムが教官を呼ぶ。
 ゴミを見るような(誇張表現)過去の彼女の瞳はそこになく、たったの数十分程度の時間で、尊敬の眼差しに変わっていた。

 いや待て。
 もしかすると最初からノムは教官のことを気に入っていたのでは?
 あの慈悲のないと感じた爆破(ハイバースト)も、見方を変えればノムなりの愛情表現なのではないのか?
 ・・・。
 脱線、終わり。

「『回転合成』『立体合成』『多次合成』。
 これらは。
 同時に成立しますよね」

「そうだ!」

 教官が力強く言った。

「実現できれば、最高位の魔術となるだろう。
 俺たちは『立体合成』『多次合成』の同時実現を、秩序付けられた収束、『オーダード・インハレーション』と命名した。
 だが現在の俺の実力では、これを使いこなすことはできん」

 でも、この人なら実現してしまうんだろうな。
 そんな言葉が脳内で後付けされた。
 最大級の期待と応援を、脳内から送らせていただきます。

「これで、俺の講義は終わりだ。
 だが、今日は特別に、エレナとレイナに回転合成を実践で教えてやる。
 今からすぐに中庭に来い。
 来なかったら、必要なかったと判断する」

 そう言い残し、教官は退室した。

 この人。






 ツンデレ過ぎるだろ!!
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 中庭に、エレナ、ノム、レイナ、鎖骨、鯨、全員が集合すると、サイトゥ教授による回転合成の詳細に関する説明が始まる。
 その後、ノムが実際にやって見せてくれた。
 私たちにわかるように、可能な限りゆっくりと。

 そして実践が始まる。
 挑戦するのは、私とレイナさん。
 鎖骨先輩と鯨先輩はまだ挑戦できる魔術レベルには達していないらしい。
 私たちの挑戦を面白そうに眺め、そして応援してくれていた。

 エレナ、試行1回目。
 3点のプレエーテルコアを生成。
 ここまでは今まで通り。
 そして・・・。
 回れ!
 そう強く念じたが、コアはあらぬ方向に飛んでいってしまった。
 難しい。
 コアが回らない。
 横には移動できるが、回転しながら中心に向けて徐々に距離を狭めるという、渦巻き状の運動をさせるのが難しかった。



 試行30回目。
 コアが回転するようになった。
 しかし、中央で衝突したコアが激しく反発し、合成されずに音を立てて弾(はじ)けた。

 ムズい。
 これは、夜までかかりそうだ。
 そんな楽観的かつ悲観的な見積もりを立てる。


 ここまでで1つわかったことがある。
 時計回り。
 それが私には合っていたようだ。
 反時計回りも試したが、若干効率が悪い気がする。

 一方、レイナさんは、反時計回りが合っていたらしく、私から見て時計回りに回転していた。
 中庭の中央にあるベンチを挟んで、私とレイナさんは向かい合うような位置関係。
 まるで、どちらが先に成功するか競い合うかのように。
 黙々と反復し、繰り返し何度も、回転合成を試みていた。



 レイナさんは、漏出魔力を隠さない。
 だからこそ、わかったことがある。
 彼女と私の魔術的な力量は、ほぼ互角。
 どちらが先に回転合成を成功させてもおかしくないだろう。
 ただ、彼女はそんなことは知ったことじゃない、といった感じ。
 私の方は全く気にせず、チラ見すらせず、修行に集中している。

 31回目の試行に入ろうとすると、教官、および鎖骨鯨の両名は帰っていった。
 去り際に教官が、言葉をかけてくれる。

「コアを合成するには、コアの従属情報を強化する必要がある。
 これを実現するためには、何度も試行を繰り返すしかない。
 『できない』という言葉を脳内から排除しろ。
 簡単には実現できないのは最初からわかっている。
 嘘でもいいから『できる』と信じろ。
 それが正解だ」

 この人。
 怠惰なのか熱血なのかよくわからん。
 ただ『いい人』であることだけはよくわかった。

 『ありがとうございます』。

 その言葉は私からだけでなく、レイナからも生まれた。







*****




 夕刻。

 50回目を超えてから試行回数を数えるのをやめたので詳細な回数は不明だが、100回は超えたであろう試行。
 それはレイナも同じだ。

 ノムは中庭中央、大きな広葉樹の下に配置されたベンチに座って本を読んでいる。
 一度、研究院の外に出て、この建物に隣接する図書館から借りてきたそうだ。
 『研究院関係者ならばレンタル可能』。
 その権利を早速利用した、ということ。

 如何なる本かはわからないが。
 アルティリス氏の書籍、なのかもしれない。
 限られた時間を何に使うか、それは各々の自由。
 尊敬する学者先生の書籍を読むこと。
 彼女はそれに、高い優先度を割り当てたのだ。

 本の世界に没入している。
 そんな少女に近づいて、私は緩やかに囁いた。

「できたよ」

 ノムは本をゆっくりと閉じ、首を一度だけ縦に振った。
 そして、わずかな微笑みを見せてくれる。

「見せるね」

 ベンチに置いてあった、黄緑色の長髪のメイドさんが差し入れてくれた水を全て飲み干すと、私は所定の位置に戻った。

 深呼吸の後、3点のコアを作成。
 3つの球体が、淡く青色に光っている。
 属性は雷。
 三点収束、トライスパーク。

 そして、コアが動く。
 視覚による判断が難しいほどに速く、高速回転したコア。
 それが。
 中央で、1つにまとまった。
 成功だ、収束は。
 すぐに、放出!
 したら、施設を破壊して、ま・ず・い・の・で。
 徐々に魔力を空間中に解放することにしましょうか。



 !!



 その瞬間。
 私の第六感が、警鐘を大音量で鳴らす。
 やばいやばいやばいやばい。
 何が?
 何が?!
 何が!!!

 脳内で結論が出る前に、私はその危機感を感じる方向に向けて、回転合成で生成した雷の魔力球を打ち出した。

 そして、すぐにやってくる衝撃音。

 この時点で、私は状況を理解した。






 雷と炎の魔力の衝突の衝撃が治(おさま)ると、その先で麗しい顔を見ることができた。

 レイナ。

 彼女から贈呈された、三点収束炎術、トライバースト。
 彼女の炎術と私の雷術。
 2つの術が激突し、相殺した。

 そう。
 彼女も私とほぼ同時刻に回転合成を成功させていたのだ。
 そして、その成果物を、私に向けて放出した。




 レイナは私を見つめ、わずかに微笑む。
 すぐに振り返ると、何事もなかったかのように去って行った。


 ノムはレイナを見つめていた。
 が、ベンチからは立ち上がらずの静観。

 私も、追いかけようという気持ちは特段生まれない。







 『魔力は、互角だね』


 私は心の中で、レイナへ向けてメッセージを送ったのだった。




















課外1:喫茶世界樹と学院七不思議




 『この街にある、いろんな料理屋さんに行ってみたいね』

 そんな女子力の高い会話を交わしながら、私たちは街を散策。
 フォークとナイフが仲良く並ぶかわいい看板が掛かっているお洒落な外装のお店を発見。
 見事、当たりくじを引き当てた。

 お腹を満たしたのち、宿屋へ。
 回転合成習得修行によりもたらされた、肉体的かつ魔力的な疲労もあり、ぐっすりと眠れるであろう。

 『おやすみ、ノム』

 相部屋の彼女に声をかけ、寝室の明かりを消す。

 そして。
 魔法学校1日目が終わった。






*****


 次の日。
 魔法学校2日目が始まる。

 ぁぁあらなかった~。

 残念、休講日でした。

 簡単にまとめると、教授が忙しいのだ。
 そんな毎日毎日、私達のために時間をとってもらえる訳じゃあない。

 昨日、サイトゥ教官から次の講義の開催日の連絡を受けていた。
 次講は2日後。
 昨日の時点で、2日後。
 1日過ぎて、今日の時点では、1日後、明日。

 教官からの説明は、もう1点。
 講義は、おおよそ2日に1講義のペースになるらしい。
 故に、私たちは、空いた時間を何に使うかを考える必要があるのだ。

 では、ここで問題です。
 私達が休講日に、最初にやりたかったこととは、なんでしょうか?

 考え中・・・

 考え中・・・

 考え中・・・

 終わり。

 正解はこちら。

「ハローハロー」

 そんなバカっぽかわいい挨拶で登場したのは、鎖骨麗しきエミュ先輩。
 そして鎖骨を追いかけるように、モノクル・ホエール先輩もやってきた。

「御足労頂き、誠にありがたく思いますよぉ」

 私は、丁寧さとフレンドリーさを兼ね備えた謝辞を述べる。
 そう。
 昨日は聞けなかった、学園についてのアレやコレを、めいいっぱい、思う存分に質問し、モヤっとした気持ちを解消するためにお呼び立てしていたのだ。
 ノムも軽くお辞儀をし、感謝の念を伝えようとしている。

 ここで話題を変えさせてください。
 今、エレナ、ノム、エミュ、ホエールが集まったこの場所。
 ここは『喫茶世界樹』という名前の、瀟洒(しょうしゃ)なカフェ。
 エミュ先輩の行き付けらしく、おしゃべりの場として指定されたのだ。

 大都会の中に存在する癒しの空間。
 至るところに配置された緑鮮やかな観葉植物が、窓から差し込む光に当たり、光合成をせんかのように温かく光る。
 太陽光が葉っぱ、枝、幹に遮られ、床、壁に到達し、シルエットを生み出す。
 光と影のコントラスト。

 店内を見渡すと、コーヒーカップからふわりふわりと湯気が立ち上ぼる。
 その席に座っているご婦人は、厚手の書籍を重そうに持ちながらも、本の世界へ完全に没入しているようであった。
 数日後、自分も、彼女とおおよそ同様の状態に陥るだろう。
 現時点までの短い時間で、私はすっかりこのお店のファンになってしまっていた。



 4人掛けのテーブル席。
 ウッドのデスクと茶革のソファー。
 先着していたエレナノムに向かい合う形で、エミュ先輩とホエール先輩が腰かける。
 するとすぐに、ウエイトレスさんがやってきた。

 歳は、同い年くらいかな?
 ピンク色の長い髪。
 左横の髪を、碧(みどり)色の石が付いた髪止めでまとめて流している。
 白と黒を基調としたお洒落でかわいい制服。
 黒いネクタイがポイント。

 そんなかわいい彼女が、単価ゼロの営業スマイルを見せてくれる。
 ほんと、いい店だな、ここ。

「ご注文を承ります」

 じゃあ、そのウサギさん!
 非売品です。

 店員さんが差し出してくれたメニュー表をテーブルの中央に置き、みなで眺める。
 と思ったら、エミュ先輩はそれを見るそぶりなく即答した。

「私は、コーヒーホット。
 砂糖とミルクはいらないよー。
 あと、おまかせクッキー4人分」

 なるほど、彼女はここの常連だった。

「僕はカフェオレ、砂糖多めで」

「私も、彼とおんなじで」

 最後の注文をしたのはノム。
 彼女は甘党なのです。
 ちなみに、私は牛乳があんまり好きじゃないのでした。

「私はエミュ先輩とおんなじで、お願いします」

 注文が終わると、ウエイトレスさんは一旦奥に消え、そしてすぐにドリンクとクッキーを持ってきてくれた。

 みんなが一口づつコーヒーを口につける。
 ノムは先ほど見損ねたメニュー表を閲覧しだした。
 私も後で見たい。

 さて、本題に戻ろう。
 今日の目的。
 学園について教えてもらう、だ。

 しかし途中でエミュ先輩が『いっけねぇ、用事思い出した、メンゴ』とか言い出すかもしれない。
 重要なの事から順番に聞いていきたいところだ。
 そこで私は作戦を考えてきていた。

「エミュ先輩、早速ではありますが。
 先輩がこの学院について『一番重要』だと思うことについて教えていただけませんか?」

「ふふっ、いい質問だね。
 ならば、刮耳(かつじ)して聴くがよい!
 そう、それは。
 クレセンティア魔術研究院・・・。
 『学院七不思議』だ!」

 ・・・。
 これ、ダメなやつだぁ!
 先輩、それ後でいいやつです。
 そんなことは言えるはずもなく。
 先輩はもう話す気まんまんだ。
 
 まあ確かに、これはこれで興味ありますし。

 そして、エミュ先輩は左の鎖骨を人差し指でクリクリしながら話始めた。





*****





「ではまず1つ目の不思議だ」

 ノムはメニュー表を見終えたらしく、すでにエミュ先輩の話を聞く体勢を整えていた。
 ホエール先輩を含めた3人がエミュ先輩を見つめる。

「『図書館の秘密の書棚』の噂だ」

 いきなり知ってるやつだ!
 それは私たちも気になっていたのですよぉ!

「第一図書館のどこかに、隠された秘密の書棚があるらしい。
 その書棚には、今は忘れられた古代魔術の魔導書や、悪魔の魔力が定着したグリモワールが納められている、とも言われている」

「ふんふん」

「私の調査でわかっていることは2つ。
 1つ目は『あったはずの書籍が突然なくなることがある』ということ。
 この図書館の貸し出しサービスは、研究院関係者しか利用できない。
 また返却期限もある。
 必ず一定期間おきに元の書棚に本が戻ってくるははずなんだ。
 それなのに、私の読みたかった本が行方不明になってるんだよ」

「行方不明、ですか?」

「この図書館のスタッフはみな優秀さ。
 アルト君を含めてね。
 本を喪失させるってのは、あまりないことなんだ。
 でも、私の探している本に関しては、みんながみんなそろって『知らない』という。
 ただの本ならそれでいいさ。
 でも私が探してる本は、この学院の教授クリクラ様が書いた、たいへんに貴重な書籍なんだよ。
 なんかさ。
 違和感が、すごいんだ」

「なるほどですね」

 エミュにとってのそのクリクラ教授の書籍は、ノムにとってのアルティリス氏の書籍のような関係なのだ。

「2つ目。
 それは『司書』の存在だよ」

「アルト君は司書『見習い』っていってましたね」

「そうさ。
 その上に司書様がいる。
 この図書館で最も権威があるのは司書様さ。
 でもこの人は、全く人の前に姿を見せないんだ。
 名前すらも、性別すらも不明」

「司書様、ですか・・・」

「でも、その司書様について、皆に周知されていることが2つだけある。
 その1つは、『この司書様こそが、この学院で最強の魔術師である』ということさ。
 通称、『図書館の大魔術師』。
 この図書館の守り神的な存在でもあるんだ」

「最強!」

 ノムが敬愛するアルティリス氏。
 それを越える存在であると考えると・・・。
 化け物、でしかない。

「でもこの話には続きがある。
 2つ目。
 それは、『司書様は図書館の外に出れない』だよ」

「なんで、でしょうか?」

「わからないね。
 そういう呪いではないか。
 そういう人もいるよ。
 だから司書様は、図書館の外での事象には干渉できないんだ」

「まさに、『図書館の』、守り神、なんですね」

「そう。
 そして、司書様が秘密の書棚を守り、監視している、とも言われている。
 これが1つ目。
 『秘密の書棚』の噂さ」

 図書館がこの学園で最も安全な場所なのかもしれない。
 まあ、ろくに姿を表さない引きこもり司書さんが、都合よく助けてくれるかはわからないが。

「んじゃぁ、2つ目ね~。
 2つ目の不思議は、『姿なき学院長』さ」

「学院長、ですか」

「実は今、この学院には学院長がいないんだよ。
 『ジョセフ』っていう、ボケかけたじいさんがいるんだけど。
 この人が『学院長代理』をやってる。
 そのじいさんは言わば『腹話術師の人形』。
 何者かがジョセフのじいさんを操って、学院長の代わりをやらせてるのさ」

「それは誰なんですか?」

「それがこの不思議の終着点。
 君たちには、この傀儡(くぐつ)使い、つまり真の学院長を見つけてもらいたい」

「でも、学院長が不在って。
 この学院の運営って、大丈夫なんですかね?」

 ボケたじいさんで。

「そこは大丈夫。
 キリシマさんがいるからね。
 キリシマさんはこの学院の統括部のトップで、メイド軍団のボスなんだ。
 執事さんみたいな人だね。
 魔法はあんまり得意じゃないけど、それ以外のことに関しては全てが完璧なんだ。
 それに、キリシマさんだけじゃなくって、メイド3人集もみんな有能だから。
 そこは安心していいよ」

 ほんとかいな?

 頭ほわほわ黄緑メイド。
 なんか軽いピンクメイド。
 メンドイ症候群水色メイド。

 一人としてしっかりした人はいなかった気がするのだが。

 エミュ先輩は何かしらの赤いベリーがあしらわれたかわいいクッキーをつまむ。
 次(つ)いでブラックコーヒーに口をつけると、一呼吸。
 そして次の不思議を語り始める。

「3つ目いくね。
 3つ目の不思議は、『闇の監視人』さ」

「今度は監視人か」

「この学院には、3匹の闇の生き物が住み着いている。
 蛇、猫、鳥の3種類。
 でも、こいつらは不思議じゃないよ。
 学院内をうろうろしていたら、結構簡単に見つけられる」

「闇の生き物って、そんなものが存在するんですか?」

「使い魔、だよ」

 エミュ先輩の短い回答が、過去の出来事を脳内から引っ張り出す。
 アリウス。
 彼の扱うナイトリキッドの魔術。
 それは収束させた魔導(エーテル)のエネルギーを、あたかも生物であるかのように操る魔術技能だ。
 
「エーテル学を研究しているヌメル教授。
 彼が扱う魔導属性の魔法によって生み出されてたものなんだ。
 でもすごいよ。
 本当に生きているかのように、しかも自律して動くんだ。
 もし学院内で見れたらラッキーだね」

 闇の魔物見れてラッキーってあんた。
 冗談なのか、本気なのか、よくわからん。

「さて、不思議なのはここからさ。
 蛇、猫、鳥に加えて、もう一体いる。
 それが人間。
 闇の人間。
 その存在が学院内で複数の人間から確認されている。
 私も1度だけ見たことがあるのだけれど」

「僕も見たよ」

 ホエール先輩が割り込んだ。
 『ほぇぇ』とかいいだしそうな、非常に弱々しい表情をしている。

「容姿は真っ黒なんだけど、ローブを着ていて、そのローブのフードを深くかぶっている。
 その瞳で見つめられたら呪いをかけられるとか、かけられないとか」

「怖っ!怖っ!」

「その一方で、彼は『悪』でなく、この学院の中を監視しているのでは、という人もいるよ」

「だから、『監視人』なんですね」

「イエス。イエス。
 闇の監視人。
 君達には、彼の目的を調査してもらいたい。
 ・・・。
 ちなみに。
 もし呪われても、私は責任を負えません」

「そんな無責任な」

「この街の退魔術師さんたちはみんな優秀だから、ちょこっと呪われても大丈夫だよ。
 それにメリィ教授もいるしね」

 そう言って、ホエール先輩が笑顔を取り戻した。
 この人も、突然よくわからんこと言うな。
 なら、あんたが調査しなよ。

 ここで小さくカリカリという音がしていることに気づいた。
 左を向くとノムがメモを取り始めていた。
 ナイス、ノム。
 ならば、私はインタビュアーに徹しますね。
 そう心でつぶやいて、私は目の前の席に座っている先輩の麗しき鎖骨を凝視した。





*****





「さあ、どんどんいこう。
 4つ目の不思議だよ。
 4つ目は、『賢者の石』さ」

「賢者の石!?」

「名前くらいは聞いたことがあるだろう」

「あります、けど・・・。
 そんなものが実在するんですか、ねぇ?」

「さぁねぇ、どだろねぇ」

 エミュ先輩は魔女帽子の淵をクニクニしながら、ふわふわとした釈然としない受け答えで返した。
 焦らしプレイなの?

「エレナは、『賢者の石』って聞くと、どんなものを思い浮かべる?」

「無から有を創ることができる神秘の魔導具。
 鉄を金に変えたり、不老不死の薬を作ったり。
 そして。
 もしも、『魔力』も作れるのなら、『無限の魔力』が実現できる。
 それは、所持するものを『最強』の存在にするのに十分な能力。
 危険すぎる代物(しろもの)」

「どうも。
 いい回答だ。
 では、今のエレナの意見についてどう思う、ノム。
 信じる?」

「む。
 ありえない。
 理由は単純。
 『創造術』は『秘術』だから。
 以上」

「その通りだよ、ノム」

 創造術とは、無から有を創り出す術のこと。
 秘術とは、絶対に実現できないと言われている術のこと。
 つまり創造術は絶対に実現できず、無から有を作り出せるという『賢者の石』の能力は物理理論上実現しえない、そう言っているのだ。

「賢者の石ってのも、御伽話(おとぎばなし)の産物なんだよね」

 私はため息をつくようにそう呟(つぶや)いた。
 でも、ノムの回答でいろいろと納得。
 そもそもそんなものが存在していたら、この世界はもっと大きく動いている。
 良い方向か、悪い方向か。
 それはわからないけれども。

「さて、ここまでが前置きだ。
 こっからが本題ね。
 無から有は作り出せません。
 でもよ。
 有から有は作れんのよね」

「質量保存の法則、エネルギー保存の法則、等価交換の原則ってやつらですね」

 ノムがいいそうなことを、先に口走ったエレナ。
 まあ、ノムの受け売りなんですけどね。

「イエス、イエス。
 それらの法則が成り立つ条件下ならば、どんなことでも実現できる可能性がある、ってことなんだよね」

「絶対にできないことはできなけど、とてつもなく難しいことならできる。
 賢者の石とは、この後者を実現するための魔導具なのですね」

 ノムが議論の本質をつく。
 エミュ先輩は満足げな顔をたたえ、大きく3度うなづいた。
 呼吸を整えると、彼女は話を続けた。

「ちょっと話題を変えるね。
 『錬金術』について話そう。
 さっきまでの議論で結論は出てるから理由は省略するけど、鉄から金は作れません」

「オッケーです」

「この世界で『錬金術』っていうと、それはおおよそ『魔導材料工学』のことになるんだ。
 んで、この『魔導材料工学』って学問だけど、これは魔導効率が高い武器や防具を作るのに必要な金属、合金を製造することを研究するものなのだよ。
 金属を、練(ね)るための、術(すべ)、とも表現できる。
 そして美少女錬金術師見習いのこの私は、この魔導材料工学に高いインテレストを持っているのさ」

 私は、自分の武器の剣を見つめた。
 大きな青のコアが1つと、小さな青のコアが3つ、手元の鍔(つば)の部分に取り付けられている。
 魔導工学の天才少年シエルが作ってくれた傑作。
 『ブルーティッシュ・エッジ』と命名された、青の剣。
 この剣にも、魔導材料工学のエッセンスが多々取り入れられているのは間違いない。
 それはノムの武器『聖杖(せいじょう)サザンクロス』も同じだ。

「ここで問題です。
 錬金術にとって最も重要なことは何でしょう?」

「んーと」

「はい時間切れ」

「早いですよ」

 ノムがなんか言おうとしたが、それを追い越してエミュ先輩が正解を発表する。
 自分で答えを言いたかったのかもしれない。

「熱、だよ」

「熱ですか」

「インゴット、合金を製造するには、金属を一度溶かす必要があるんだけど、この時必要になる炎の温度は、1000度を優に超える、とんでもないエネルギーが必要になるのさ。
 融点ね。
 人間1人燃やすのとは訳も桁も違う。
 攻撃魔法として有用な炎術を実現できていたとしても、それが錬金術にとって十分な魔力量であるかはわからないのさ。
 錬金術師にとって、炎術は避けて通れないものなんだよ」

「なるほどですね」

「さあ、ここで再登場してもらおう。
 賢者の石にね。
 もう私が何を言いたいかはわかるね。
 つまり、賢者の石があれば、金属を自由に溶かし、混ぜ、そして整形することができる。
 そしてその先に待つのは、『最強の武器』、その存在なんだよ」

「だから賢者の石が欲しいんですね」

 鉄から金が作れなくても、不老不死の薬が作れなくても。
 これは、本当に夢のような話なのだ。

「だからこそ、君たちにはやってもらいたい。
 賢者の石を・・・。
 作って欲しいんだ!」

「いやいや!
 無理でしょ!!」

 とんでもないことを突如として言い放ったエミュ先輩。
 作るって、あんた。
 あたまだいじょぶかなぁ?

「普通は、『探してきて』、じゃないんですか?」

「存在しないものは探せないね。
 それに君たち2人だけで作れ、とは言ってない。
 この研究院の人たちに協力を依頼して、彼らとともに作って欲しい。
 もちろん、その中には私も含まれる」

「そんな簡単に言いますけど」

「この錬金術の分野で、最先端を走っているのは魔導工学専攻のクリクラ教授。
 まずは彼女に話を聞いてみて欲しいんだ」

「自分で聞けばいいじゃないですか」

「だって教えてくれないんだもん。
 こんなに敬愛してるのに。
 なかなか私の愛が伝わらないんだ」

「愛ですか」

「みんなで作ろう、賢者の石!
 みんなで作ろう、賢者の石!
 ほら、エレナも早く言って!」

 なんかテンションがおかし高くなった先輩に、今は付き合うしかないようだ。

「賢者の石〜、おー」

 私は軽く右手を突き上げて、ヘラヘラと笑った。
 その隣でノムがちょこんと右手を上げていた。
 かわいい。

「んじゃあ、次の不思議ね」

「先輩、マイペースっすね」

「5つ目の不思議。
 それは、『学院地下の大迷宮』さ」

「学院の地下になんかあるんですね」

「ただし何があるかはわからない。
 存在は確かだけど、入り口が封鎖されているんだよ。
 危険だ、っていってね」

「崩落しそうなんですか?」

「魔物がいるんだよ」

「ダメでしょ。
 突然地下から魔物が湧き出してくるんじゃないですか、学院内に」

「それはないよ。
 過去の経験上はね。
 この学院は月の女王の時代に建築され、それを改築改築して維持されてきたものなんだ。
 そのころから地下空間は存在したと言われている。
 でも本日まで、何かしらの事案が発生したという痕跡は残っていない。
 ・・・。
 なんの理由で地下空間を作ったのか。
 なんで魔物がいるのか。
 全てが謎。
 まさに不思議だろ」

「もしかして、この地下迷宮を調査しろとかいわないですよね」

「いうよ」

「でしょうね!」

「大丈夫。私もいっしょにいくから」

「先輩、私より弱いじゃないですか」

「ホエールも強制連行するよ〜」

「いやだよぉ」

 エミュ先輩が、ホエール先輩の腕を掴んでブンブンと上下させた。
 ホエール先輩はされるがままだ。
 仲睦(なかむつま)じいことで。

「でもさ。
 もし本当に危ないんなら。
 この街に魔物が溢れ出す、そんな可能性があるとしたらだよ。
 ・・・。
 この学院の教授達が、きっと力を貸してくれるはずだって、私はそう思う。
 だから、大丈夫だよ」

 その理屈には賛同を示したい。
 たしかに、それならば死の可能性を大きく低減できそうだ。
 研究、忙しい、無理。
 という単語達も脳内に浮かびましたがね。

 この話はここで終わりなようだ。
 さあ、次の不思議はなんでしょうね。





*****





「6つ目の不思議。
 それは『消えた1期生』」

 エミュ先輩、ホエール先輩は2期生だと言っていた。
 ならば1期生が存在したはずだ。
 ・・・。
 それが、『消えた』?

「いなくなっちゃったんですか?」

「おそらく。
 私もホエールも、1期生に会ったことはない。
 入学した時点で、すでにいなかった。
 みんなに聞いたよ。
 どんな人でした?、って。
 そしたら、みんな言うんだよ。
 『知らない』、ってね。
 おかしいだろ」

「おかしいと、思います」

「調べたんだよ。
 私も、いろいろね。
 でもさ、なーんも出ないのよ。
 情報が。
 ありえない。
 私は思ったね。
 『情報操作』、だって」

 6つ目にして突如として現れた至極(しごく)深刻な怪奇。
 1期生に訪れた結末が、3期生にも起こりえないとは言えない。
 他人事では済まされない。

「この学院の教授たちは、みんな良い人だよ。
 私は、そんな彼らを疑いたくはないな。
 でも、だからこそ知りたいって。
 そんな風にも思うね」

「そうですね」

「この不思議は、君たちは調査しなくていいよ。
 嫌な、感じがするんだ。
 でも知っておいて欲しかった。
 この学院は、『絶対的に安全な場所』ではない、ってことをね」

「無事だと・・・いいですね」

「そうだね」

 私のささやかな祈りに対し、エミュ先輩が優しい微笑みを見せてくれる。
 こんな顔もできるんですね。

 そして、私は入学案内にあった一文を思い出した。

 『何が起きても、当院は一切責任を負えません』

 今になって、その言葉の真の意味がわかった気がした。

 沈黙の時間。
 10秒ほどか。

 それは、エミュ先輩がクッキーを噛み砕く音で破られた。
 コーヒー飲み干し、ドンと音を立ててテーブルに置く。
 そして高らかに宣言した。

「以上が、学園七不思議だよ!」

「七個目は!!!」

 私はガタガタっとあえて音をたてて立ち上がり、空間にチョップをくらわせた。
 見ているかい、ホエール先輩。
 これが真のツッコミというものだよ。

 知らんけど。

「先輩、まだ6つしか聞いてないです。
 これじゃぁ、六不思議です」

 落ち着きを取り戻したエレナはゆっくりと着席した。

「ごめんね、6つしか用意してなかった」

「んじゃぁ、最初から六不思議でいいじゃないですか?」

「いや、七の方がよくない。言葉の響き的に」

「知らぬよ」

「だからさ・・・。
 7つ目の不思議は、エレナとノムに見つけてもらいたいんだ。
 不思議を探すところからスタート。
 オーケー?」

「はぁ・・・、わかりました」

 私が心無い返事をすると、それでも先輩は満足だったようで。
 腕組みをして目をつぶった。

 そしてそのあと、急に立ち上がり、私とノムを交互に見つめる。
 何かを、伝えようとしている。

「さて、改めて。
 エミュ先輩が、あなたたち2人に『目的』を贈呈(ぞうてい)しましょう。
 7つ目の不思議を制定しなさい。
 そして、それを含んだ7つの不思議を全て解き明かし、それらの内容を私に報告しなさい。
 あなたたちが、この学院を去る、その時までに。
 よろしいか?」

 『面白そう!』。
 『触らぬ神に祟(たた)りなし』。
 そんな2つの思考が脳内に浮かんだ。
 しかし2つの思考は互いに衝突することなく、しばらく脳内に留まっていた。
 そしてその後、『時と場合による』という思考が生まれると、その3思考は回転しながら混じり合い、そして虚空(こくう)へと還っていった。

 次にやって来た思考は、『ノムの意思を確認したい』だった。

 私は彼女の左耳を見つめる。
 声をかけようとする間もなく、彼女もこっちに視線を向ける。
 そこから一瞬の間を置いて、ノムはしっかりと首を縦にふった。

 やる気まんまん。
 そう。
 名探偵ノム、爆誕の瞬間である。
 ミステリーハンターの方がいいかな?
 不思議~、発見!
 ボッシュートです。
 沢木さん、次の問題どうぞぉ!

 ん?
 今、私何って言ってたんだ??

「わかりました。
 やります。
 できる範囲で、ですけど」

「オーケー、オーケーだよ。
 楽しくなってきたね。
 君たちが後輩になってくれて本当に嬉しいよ。
 色づく世界を見せてくれ。
 私とホエールと、君たち自身のために」

 そして、みんなが笑顔になった。

 新しい約束が交わされた。
 色づく世界。
 私も見たいよ。
 先輩。

「では先輩、急かすようで申し訳ないのですが、次の質問を・・・」

「あばぁ!
 しまった!
 そういや、用事があったのを思い出した!
 もう私帰るわ。
 メンゴ」

 そう言うとエミュ先輩はお金だけテーブルにおいて、超特急で帰っていった。
 これからが大事なところなのですが・・・。

「んじゃぁ、僕も帰るね。
 楽しかったよ。
 これからよろしくね、エレナ、ノム」

 ホエール先輩は、それが当然のことであるようにエミュ先輩のあとを追って帰っていった。
 扉に取り付けられたベルが美しい金属音を響かせる。
 付き合ってんの?







 ドタバタした時間から平静を取り戻したくて、私は残ったコーヒーを全て飲みほした。
 ご馳走さまでした。
 クッキーも綺麗になくなっている。
 さて。

「どうしようか?」

 私は、ノムに尋ねる。

「コーヒー、おかわりで」

 ノムが私にコーヒーカップを突き出して言った。
 そんなノムの提案を即座に受理。
 私たちは、この喫茶世界樹でのコーヒー付き読書タイムを満喫することを決めたのだった。




















講義2:地精学




「登山です」

 そう言い放った黄緑のメイドさんは、満面の笑みを見せてくれる。
 やっぱ、あたまほわほわなのかなぁ?





 *****





 『次回の講義は屋外で』。
 そう伝えられていた私たちは、早朝、待ち合わせ場所として指定された山の麓(ふもと)までやってきた。

 そこには先客、4人。
 エミュ、ホエール、レイナ。
 そして、黄緑色(ライトグリーン)のストレートロングヘア艶(つやや)かなメイドさん。

「全員揃(そろ)いましたね」

 黄緑メイドさんは常時笑顔だ。
 トロンとした瞳。
 広角の緩やかなカーブ。
 滲み出る優しさ、人の良さ。
 しかし、実はパワフル力持ち。
 黄緑なんとか力持ち。

「では、早速出発しましょう」

「どこにですか?」

「登山です」

「はい?」

「登山です」

「はい?」

「山登りです」

「それはわかっています」

「あれぇぇ?」

 両の人差し指をコメカミのちょい上に当てて困惑を表現するメイドさん。
 かわいい。

「魔術の実技講習があるんじゃないんですか?」

 黄緑お姉さんの子供っぽい仕草を受けて、一瞬緩みかけた表情筋を抑制し、事実を確認する。

「この山の頂上に、今回の講義の担当であるシナノ教授が滞在されています。
 彼女の講義を受けるために、山頂を目指します」

 笑顔を取り戻したお姉さん。
 山頂の方向をズビシっと力強く指差した。

 『なるほど』。
 という感覚と。
 『教授のほうが山を降りてきて、学院内で講義してくれんものか』。
 という思考が同時に発生する。

「シナノ教授は、地精召喚魔術の研究者でいらっしゃいます。
 地精とは、その地に留まる意識を持った魔力。
 精霊です。
 ですので、現場まで出向かないと、地精召喚というもののなんたるかを、真にお伝えすることはできません」

「なるほど」

 甘えの疑問が消えて、『なるほど』の思考だけが残った。
 登山が必要な理由にも合点がいき。
 残る疑問は1つ。

「メイドさん、あなたのお名前は?」

「はい。
 パグシャです」








 *****









 『この学院のメイド達は、変な名前の人が多いな』

 モメル。
 ノシ。
 ときて、パグシャ、って。
 ・・・。
 パグシャ・ノシ・モメル。
 呪文みたい。

 登山中、私はクレセンティアメイドシスターズに関するどうでもいい話題で頭を埋めて遊んでいた。

 黄緑、ピンク、水色。
 個性もカラフル。
 ・・・。
 そろそろ、飽きてきた。

「今どのくらいまできました?」

「ちょうど半分くらいですよぉ」

 私の質問に対し、先導するパグシャさんは後ろを振り返らずに即回答した。
 ずんずんずんどこと突き進むパグシャさん。
 日頃から鍛えているエレナ、ノムはまだまだ余裕あり。
 だが、ホエール先輩が死にそうだ。
 エミュ先輩が隣で、がんばれがんばれとチアアップ。
 声援を送り続けている。

 『休憩に、しましょうよ』

 メイドお姉さんに向け、そう声を掛けようとした。
 その瞬間。
 精根尽き果てて見えたホエール先輩が、突如大声を上げた。

「ワイバーンだ!!」

 すぐさま、ホエール先輩と視線の先を共有する。
 緑色の機体が空中で浮遊、接近してくる。
 目を凝らして詳細を確認。
 腕と一体化した翼、鋭利な爪、角、牙、そして太い尾。
 その全てが凶悪な攻撃部位である。

 制空権、スピード、獰猛(どうもう)性、攻撃性、肉食。
 そんな全ての性質が、このモンスターの『厄介さ』を示している。
 しかし、こいつの一番厄介な点は、『出現頻度の高さ』。
 凶悪なモンスターは数多くいるが、どれも希少モンスターであり、遭遇確率は非常に低く、その点でさほど気に留めるべき相手ではない。
 しかし、こいつは違う。
 山地ならばどんなところでも生息し、そして旅人達を襲う。
 私たちもグレードディバイド横断では、何度もお世話をさせられたものだ。
 つまり、『危険度×遭遇率』で算出される値が、この世界の中でもトップクラス、ということなのだ。
 ただし、こいつのボディーカラーは緑(グリーン)。
 ワイバーンの中ではk・・・。

<<ダーーーーーーーーーーーーーーーン!!>>






 謎の爆発音が、私の丁寧な脳内解説を上書きする。
 説明は最後まで聞きなさいよ!

 山肌が爆発音を反響し、遠い彼方の空間へ消えていく。
 その音を視線で追いかけると絶景。
 ずいぶん高いところまで登ってきていたんだなぁ。
 とか一瞬だけ和んだのち、すぐに現実に戻る。

 視線を爆心予測地に向けると、すぐに墜落していく緑の機体を確認。
 黒煙をあげながら垂直落下し。
 そして。
 山の谷間へと吸い込まれ、消えていった。

 ホエール先輩は、『ほえーー』とか言って魂を吐いている。
 ノムの仕業かな?
 その推理を持って、すぐに青髪を確認する。
 が、彼女も、ワイバーン落下ポイントを無言で見つめていた。

 この時点で、私は気づく。
 ホエール先輩の後方。
 登山隊の最後尾。
 レイナ。
 彼女の右手の手のひらが、上空に向けられていることに。

 そして。
 そして彼女は。
 最高にいやらしい笑みを浮かべたのだった。





 *****






「皆様、お疲れ様でした」

 ワイバーン墜落から、さらに2時間ほどの登山。
 その間、ワイバーンの再来やワイルドウルフの集団襲撃などのイベントがあったが、ホエール先輩が叫び声をあげた1秒後には、全てレイナが1撃で滅(めっ)してくれた。
 そして毎回浮かべる、いやらしい笑み。
 もしかして、加虐嗜好のカタカナ?
 頼もしいことに違いはないのですが、ちょっと怖い。



 そして、たどり着いた山頂。
 そこは、溶岩地帯だった。

「あぢぃ」

 岩盤からマグマが吹き出し、空間に熱を伝達した上で固化する。
 山頂部は窪(くぼ)み、今はその窪みの中に降りた位置。
 山に吹く風も岩場に遮られ。
 熱気がこもり、蒸し暑い。
 『さっさと用を済ませて帰った方が良さそうだ』。
 という思考が一瞬生まれたが、すぐ消えてしまった。
 せっかくこんなところまで来たので、観光観光。
 好奇心が背中を押して、奥へ進む。

 溶岩の湖。
 赤色の絶景が眼前に広がっている。
 同じ岩山でも、グレートディバイド横断では見れなかった色。
 その色を、目に焼き付けていく。

「ご足労様で御座いましたわね」

 血色の湖のほとりに、ひとりの女性が立っていた。
 サイトシーイングに夢中で、確認が遅れる。
 彼女が、微笑みを持って、私たちに向けて挨拶をしてくれる。
 その表情からは、敵意は感じ取れない。
 おそらく、教授様だ。

 まず目に飛び込んできたのは、美麗なる真紅のドレス。
 真紅のハイヒール。
 ドレスの背中と肩の部分から、菱形の3本の羽が付加されたデザイン。
 そして顔。
 ドレスに見劣りしない麗しい顔立ち。
 考察は3点。
 1、髪を左に流すことで露出した穢(けが)れのない額。
 2、右目尻のほくろ。
 3、銀髪の短さに反するような、左側のみから流れるアシメトリなサイドテール。
 
 サイドテールは彼女の腰までかかるほどの長さで、真紅のドレスと相まって彼女の美しさを引き立てる。
 表情も優しく、穏やかで。
 こんな岩石地帯には咲くはずのない。
 高嶺の花。
 お近づきになることをためらわせるような、そこはかとない高貴さを醸し出している。
 いととおとし。

「お久しぶりです、シナノ様」

「パグシャ、お久しぅ」

「はじめまして、クレセンティア魔術研究院、3期研究生のエレナです」

「ノム」

「レイナです」

「お久しぶりです。
 エミュです」

「ホエールです。
 また会えてうれしいです」

「これはこれは。
 学院も若いエネルギーに溢れてきましたね。
 素敵だわ。
 ではでは、早速ですが講義を行いましょう。
 準備はよろしいでしょうか?」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「既にご存知かもしれませんが、私が研究しているのは『地精』です。
 では、『地精』とは一体如何なるものか。
 まずは、実物をご覧に入れましょう」

 そう言って振り向き、シナノ教授はマグマの湖と向かい合った。
 赤色のコアを持つ白銀の杖を胸に引き寄せるように両手で持ち、祈祷(きとう)詠唱に近いポーズで、精神を集中させる。
 ついで、魔力の流れが変化するのを感じる。

「契約に従い、顕現(けんげん)せよ。
 我はシナノ。
 汝(なんじ)は、『タイラント』。
 炎獄の地に住む者なり」

 その言葉に応じるように、マグマの湖がさざめき出す。
 湖の中から炎の魔力が湧き出してきているのを第六感で感じる。
 それはすぐに視覚情報からも取得可能になる。

 炎。
 それが湖の上で渦を巻き始めた。
 魔力量の単調増加。
 それは一向におさまる気配はない。
 途方もないほどの炎の魔力が、この場所に集まっていく。
 驚きと恐怖が入り交じり、どのような生態反応を示せばいいか、私の脳は結論を出せないでいる。
 今だれかが『ほえーっ』って言った。





 そして膨大な炎の魔力は、巨大なマグマのスライムのようなドロドロとした形状を形成した。

 これが、地精・・・

 そう思った瞬間、スライムの体の複数のポイントが爆発。
 その場所から、新たな体のパーツが生成される。

 ワニのような複数の牙を持った巨大な口。
 イガイガとした複数のトゲを蓄えた尾。
 巨大な2本の豪腕。
 そして、この地精の象徴となりそうな、天まで届かんばかりに額(ひたい)から突き出した一角。

 紛れもない。
 化け物だ。

 ノムから漏れる僅(わず)かな漏出魔力が、この炎の幻魔が私たちに与えるプレッシャーの強さを表している。
 常時至極冷静な彼女でさえ、無意識的に戦闘体勢に入っているということだ。

「いらっしゃいまし。
 タイラント。
 この度の現界、たいへん嬉しく思います」

 シナノ教授が幻魔に声をかける。
 まるで相手が人間であるような。
 親しい友人であるかのような言葉のチョイスだ。
 彼女にとってこの『魔力体』は、人間とさほど変わらないのだろう。

「彼が、地精。
 炎の地精、タイラント。
 多少気性が荒いですが、契約者の私がいれば大丈夫ですわ」

 簡易的な戦闘体勢に入っている3期生3人を諭すように、シナノ教授が言った。
 私の心の中から怯(おび)えの感情が湧き出してくる。
 それは私のものではない。
 怖いだろうけど、ちょっと我慢してね。

「先生、御教授をお願いいたします」

 戦闘体勢を解除したノムが懇願した。
 シナノ教授はそれに対し、優しい笑顔で返してくれる。

「改めて、『地精』という言葉から説明しましょう。
 地精とは、その土地、自然物、建造物など、一定の場所に定着する強大な魔力のことです。
 土着神、その地の守り神、そんな言い方もできます。
 そして、その魔力を、私のような魔術師、巫女が収束することで、幻想の魔獣、幻魔が生み出されます。
 これを『地精召喚魔術』と呼びます。
 その魔力の量は、書籍召喚魔術などとは比較になりません。
 なにせ、場所という広大な領域に存在する魔力を集めているのですから」

「至上最強の魔術なんですね」

「残念ながら、そうではないのよね」

 私の感想を、シナノ教官が否定する。
 ほんの少し悲しそうな、柔らかな笑みをたたえて。

「まず、地精の魔力は動かせないの。
 この場所でしか存在できない。
 この場所でしかタイラントを召喚できない」

「なるほど」

「そして、このタイラントのように、1つの場所に大量の魔力が集まるということは、そうそう起こり得ることではない。
 奇跡のような、現在の科学では説明できないような現象が、この赤の湖で起きている。
 どんな場所でも、地精を呼び出せる訳ではない。
 私は、この場所では最強かもしれない。
 しかし学院に戻れば、ただただ普通の魔術師でしかないのですわ」

「ご謙遜を」

 とノムが言った。
 その意見に私も脳内で激しく同意。
 普通の魔術師は、召喚魔術なんて使えない。
 それに、そうならば、ずっとこの場所にいればいいのだ。

「でもね。
 私はずっとこの場所にはいれないのですよ。
 なんでだと思いますか」

 まるで私の脳内を覗き見していたような回答と質問が教授から帰ってきた。
 一瞬驚いたが、すぐに抜き打ちクイズのベストアンサーの探索を始めた。

「トイレがないからですか?」

「それもありますけど、私の言いたいこととは違いますね」

 私のボケに対し、優しく返してくれる教授。
 汚いこと言ってすみません。
 魔がさしました。

「ノムはどう?」

「地精・・・。
 って。
 この場所のタイラント、だけではない、のではないでしょうか。
 つまり。
 シナノ教官が契約している地精は、他の場所にも存在し、彼らに会うためには、この場所だけには留(とど)まれないと」

「素晴らしいわ。
 その通りよ」

「こんな魔獣を、他にも操れるんですか!?」

「この大陸。
 オルティア東大陸と呼ばれるけど。
 ここには4人の地精が生息している。
 私は、その4人全てと契約をしています。
 この人、炎の地精、タイラント。
 南の森林地帯に住む、光の地精。
 西の草原地帯に住む、風の地精。
 北の僻地、ノースサイドに住む氷の地精。
 私は、この4人に交互に会いに行く。
 そのためには、この大陸中を飛び回る必要があるのですわ」

「雷の地精って」

「いませんね、この大陸には」

「残念だぁ」

「エレナは雷術が得意そうですものね」

 そんな会話が終わると、シナノ教官はタイラントに向かい、しばし見つめあった。

「この人も、本当はすごく優しいのよ。
 魔力は意思を持つわ。
 魔力が強大であればあるほどに、強い意思を」

 通常なら意味不明な教授の発言。
 しかし、雷帝ガドリアスとの邂逅が、私の常識を覆したのである。
 魔力は意思を持つ。
 ガドリアスとは会話すらできたのだ。
 もう何が起きても不思議ではない。

「でも、その意思は、契約者の願望で上書きされてしまうの」

 今までの優しい声色(こわいろ)が一変する。
 教授から、何か伝えたいことがあるのだと。

「私の契約があることで、並みの召喚魔術師がこの人を支配しようとしても、無効化できるようになっているわ。
 でも、それは魔術師の技能が、私よりも低かった場合の話。
 もし。
 もしも。
 悪しき目的を持った召喚魔術師が、この人に目を付けたら」

「惨劇、しか思い浮かばないです」

「そうね。
 これを妨(さまた)げることが、私の目的。
 私に課せられた天命だと思っているわ。
 でも前述の通り、私はずっと1人の地精についておくことはできない。
 4人の精霊、全員の精神状態を確認して回らなければならない。
 妙な術式が書き込まれていないか。
 呪術の影響はないか。
 契約が破壊されていないかを」

「教授一人だけがその責任を負う必要なんてない」

 そんな言葉を投げたのは、レイナだった。

「その言葉、とても嬉しいわ。
 でもこのレベルの地精と契約し、この世界に顕現させることができる人間は、そうそうは存在しないのよ。
 だから、それができる私がやるしかない」

「荷が、重すぎますよ」

 今度は私の言葉。
 この世界は平和だ。
 そう表現できることは、このような破壊的に優しい人間がいてこそ成り立つのだ。
 それを痛感した。
 この世界は、いつ魔界に変わってもおかしくはない。
 それは私の故郷で起きた出来事からも理解できる。
 ノムがいなければ、みんながいなければ。
 私はとっくに死んでいた。
 それほどに、この世界の真の姿は厳しいのだ。




「で、も、ね、ですわっ」

 訪れた沈黙を、シナノ教官の底抜けに明るい言葉がかき消した。
 何事!?
 キャラ変わってんじゃないですか!
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「いたのよ。
 地精と契約できる可能性を秘めた人間が」

「誰なんですか!?」

「エレナ、あなたよ」

「はっ!?」

「そして、レイナも」

「私も、ですか?」

「レイナ、あなたは炎の魔力との相性がとても良いわ。
 あなたの炎は、とても澄んだ、純粋な『色』をしている。
 タイラントから愛される。
 その条件が整っている」

「実感はないです」

「やってみればわかるわ」

「待ってください。
 私は、この聖霊を守る役割は担(にな)えません。
 私にも目的があります。
 それを果たすまで、この地に留(とど)まるという選択はありません」

「構わないわ。
 ただ、もし私が有事に間に合わなかった場合の保険になってくれれば。
 もちろん強要はしない。
 それに、契約者はあくまで私。
 準契約という形式になる。
 そのとき、どう行動するかはあなたの意志で決めて」

「厳しいことを言いますが、私に利点がありません」

「あるわ。
 準契約によって、あなたの基礎魔力量を向上させることができる。
 つまり、タイラントから魔力を贈与されるということね」

「それなら話は違います。
 是非お願いします」

 即答。
 このやり取りから、レイナが『力』というものを強く求めている事が伺(うかが)い知れる。
 彼女がその理由を話してくれる、そんな日は来るのだろうか?

「タイラントの魔力。
 それをレイナに流し込みます。
 受け入れなさい。
 大自然の恩恵を」

「いやいや!
 レイナ、燃えちゃうでしょ!」

「構わない。
 やってください」

 レイナはまっすぐにシナノ教授を見つめた。
 一切の迷いはない。
 かっこ、いいな。
 って思った。
 狂ってるとも思ったが。

 シナノ教授は祈祷(きとう)収束のポーズで、タイラントの魔力の操作を始める。
 タイラントがその重たい頭を下げる。
 そして彼の長い炎の一角が、レイナを捉(とら)える。
 そこから、角が徐々に伸長していき。
 それはレイナの面前で一旦停止した。

「こっちにこい。
 私のものになれ」

 そう呟(つぶや)いて、レイナは炎の一角に触れた。
 火花が散る。
 しかし、黒煙は上がらない。
 レイナの体が赤く光り出す。
 炎の魔力が、彼女のスレンダーな体の中に流れ込んでいく。
 その光景は私に、過去のある一時点を想起させた。








「成功ですわ。
 これであなたはタイラントの準契約者。
 炎の精霊の加護を受けた者、となったわけね」

 レイナが自分の両手をまじまじと見つめる。
 そして少しの思考が走り去ったあと、彼女はニヤリと笑った。
 そう。
 新たに得た、その力の大きさを実感したのだ。

「さあ、次はエレナね」

「私ですか?」

「エレナ。
 あなたは炎術との相性は悪い。
 でも、すべての属性に対し、幻魔に好かれる才を持っているわ。
 幻魔をあなたの体に宿し、定着させる。
 幻魔降臨魔術。
 そんな稀有(けう)な才能が特出している。
 ・・・。
 身に覚えが、あるのではなくて?」

「まあ、まあ、そうですね」

 ガドリアスとの融合、そして始まりの町での出来事。
 誰にでも可能なことではない。
 それは十分に理解していた。

 昔話をしよう。
 ノムが教えてくれた。
 私には、強大な魔力を宿す才能があることを。
 しかし、自分が制御できないような強い意志を持った魔力を定着させると、それをコントロールできず、最悪の場合、精神を奪われてしまう、ということを。
 これこそが、私が旅をし、魔術の修行をする、ということを決めた1つの理由。
 不慮の事故、そして何より、私を悪しき『まじない』に利用せんとする輩(やから)の謀略(ぼうりゃく)で、魔力に心を奪われないようにすること。
 そのために、私は魔力を強化し、魔術への理解を深める必要があったのだ。
 今回の準契約も、私には必要なものだと考える。

 ・・・

 しかし。
 1つ問題がある。

「でも、ごめんなさい。
 ちょっと、私の中の狐さんが怯(おび)えてるみたいで」

「紅怜(くれい)、つれて来てたの?」

 なるほど、といった感じでノムが質問する。
 そう。
 先ほどから怯(おび)えていたのは私ではなく、私の中に存在している炎の召喚獣、幼狐『紅怜(くれい)』であった。
 いつもは書籍の中に魔力が留(とど)まっているが、今日は本から彼女の魔力を引き出して、私の体に定着させてきていたのだ。

「紅怜がタイラントに食べられちゃうかもです」

「2体の意思を持った魔力が合わさると、より強い意志を持ったほうが勝ち残る。
 弱い方は消滅する。
 残念ですが、その狐さんに決意がなければ。
 やめておいてあげたほうがいいかもしれない」

 シナノ教授が理解を示してくれる。
 そう。
 だから、もう怯(おび)えなくてもいいんだよ、紅怜。










 静寂。
 マグマが立てるグツグツという音も確認できるほどに。
 その時間が、彼女に落ち着きを取り戻させた。

 私の体から、熱い何かが湧いてきている。
 怯(おび)えが消えた。
 魔力が言っている。

『もっと強くなりたいと』

「すみません。
 紅怜。
 やっぱり、『やりたい』、って言ってます」

「召喚獣の声が聞こえるなんて。
 やはり、あなたには才能があるわ。
 ならば、儀式を執(と)り行いましょう」

 私は炎の魔力の収束を始める。
 そして、ゆっくりと、炎の幼狐を産み落とした。

 心なしか、紅怜が震えているように見える。
 しかし、彼女は、しっかりとタイラントを見つめていた。
 健気で、凛々しく、いとおしい。

 再び、タイラントは頭を下げ、炎の一角を伸ばしてくる。
 そして、それはそのまま紅怜を貫いた。
 火花がパチパチと音を立てる。
 手術を見守る親の心境。
 がんばって。
 今は、それしか言えない。




 火花が強くなってくる。
 これは魔導抵抗の強さ、つまり融合がうまくいっていないことを意味する。
 祈りを捧げるために握った手に、じっとりとした汗を感じる。




 そして次の瞬間。
 紅怜は、大爆発した。

「紅怜!!!」

 私は声をあげ、彼女に近づく。
 しかし黒煙と砂塵が視認を妨害する。
 どうか無事でいて。

 ・・・

 10秒後。
 砂塵がおさまると。
 そこには幼狐はいなかった。

 そこにいたのは。
 幼女だった。

 ・・・

 幼女!!!!!

「ぷはぁ!
 やっと進化できました。
 ご馳走さまでした」

 しゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

「ん?
 あっ!ご主人様!」

 そういって炎の幼女が私に抱きついてくる。
 焼ける焼ける!
 死ぬ死ぬ!

 と思ったが、何故か大丈夫だった。
 抱き合ったことで、彼女の背中が確認できる。
 3本の炎の尾。
 1本、しっぽが増えている。
 本当に進化したらしい。

 見上げると、放心状態のノムと目が合う。
 彼女のこんな顔も、なかなか見れるものではない。
 じっくりと拝(おが)んでおこう。

「ご主人様、大好きですよ。
 私はご主人様を守ります。
 なんでも言ってくださいね」

 私から離れると、紅怜は天使のような笑顔を見せてくれる。
 もふもふかわいい。
 いけない(^q^)が。
 だけでなく、間違いなく、その魔力も飛躍的に増加していた。

「頼りにしているよ、紅怜」









「エレナ!」

 レイナ?
 レイナが突然話しかけてきた。
 見つめると、なんと彼女も天使のような笑顔を見せてくれていた。
 どしたの?
 幼女大好きお姉さんなの?
 紅怜はやらんからな!
 娘はやらん!!

「ためしうち、させて」

 ほらきたーーーーーぁ!
 これではっきりした。
 レイナはドS。
 ドSのレイナ。
 エレナいたぶりたくて仕方ないのね!
 そうなのね!

「ご主人様。
 こんなSMの女王様には負けません!」

 紅怜が2人の間に割って入り、両手を広げて『とおせんぼ』のポーズをとった。

「決まりね」

 私の意思関係なしで事が運ぶ。
 だー!
 もうどーなっても知らぬからな!

 紅怜はレイナに向けてシャドウボクシングをかます。
 そんな紅怜を見つめるレイナの目が、ほんとに女王様が下僕を見下すそれになっている。
 オラ、ゾクゾクスッぞ。

 レイナが炎の魔力の収束を開始する。
 私とレイナの間に立つ紅怜。
 つまり。
 紅怜がレイナの攻撃を相殺できなければ、私が爆死してしまう、ということです。

 でも、私は紅怜を信じるよ。

 紅怜の体がメラメラと揺(ゆ)らめき出す。
 レイナの炎の魔力は、彼女の上空で世界最大のカボチャ程度の大きさまで成長している。
 単点収束でこの威力かよ!




「死ね」

 狂気的な一言を発して、獄炎が紅怜に向けて投下される。
 紅怜は腕を前に出し、それを受け止めるポーズを取る。

 そのとき、私の脳内に、過去に刻んだ、とあるフレーズが浮かんだ。

 『第三、紅(あか)の尾により、妖狐は武神の力を有する』

 そして、すぐにやって来た轟音。
 衝撃。
 熱。
 本能的に目をつぶり、防御の体勢を取る。
 レジストの魔法が無意識的に発動された。

 しかし、焼けるような炎の感覚は、私の元まで到達はしなかった。
 私は無事。
 紅怜は無事なの?

 砂塵がおさまると、状況を確認できるようになる。

 紅怜は仰向けになって倒れていた。

「紅怜!!」

「ぷぇぇ。
 ごめんなさい、やられちゃいました。
 でもでも。
 美味しい炎でした。
 ご馳走さまでした」

 そう言い残すと、紅怜はゆっくりと消滅した。
 焦ることはない。
 力を使い果たし、私の体に戻ってきたのである。
 魔導書に魔力を戻して、彼女の魔力を回復させる必要がある。
 ほんとにほんとにありがとう。
 ゆっくり休んでね。

「ありがとう狐。
 気持ちよかったわ」

 紅怜がいた場所に向けて、レイナが言った。
 『気持ちいい』って、あんた。

 しかしわかったこと。
 レイナも、紅怜も。
 とんでもない、飛躍的な成長を遂(と)げたのである。
 この世界では通常、こんな短期間で魔力が成長することなんて、まずあり得ない。
 どんな大魔術師でも、地道なる努力によって自身の自信を積み立ててくるものなのだ。

 そんな、2人の成長を、羨(うらや)ましそうに見つめる瞳。
 蚊帳(かや)の外に出された大先生が寂しそうな顔をしていた。
 しかし、そんな彼女に対し、シナノ教授は諭すように語りかけるのでした。

「ノム。
 あなたとは、氷の地精の待つ場所で会いましょう」




















課外2:宿屋の大天使




 登山お疲れさまでした。
 ということで、休講日の本日は、宿屋でのんびりまったり過ごすことにしたのです。

 今私たちが泊まってる宿屋。
 『宿り木の種』という名前。
 喫茶世界樹と同じく、観葉植物にとてつもなく重きをおいている、お洒落な宿屋さんです。

 共同だけどお風呂を完備。
 食堂は、朝昼晩の3食のみならず、コーヒーやデザートまで出してくれる。
 宿泊する部屋も癒しの空間。
 いい匂いがする柔らかなるベッドが睡眠欲を掻き立てる。
 しかし、この宿一番の押しポイントは別にある。
 それはこれだ!

「えれなおねぇたん、こんにちわ」

「メコたん・・・(はーと)」

 この宿屋の一人娘。
 5歳の大天使、メコちゃん。
 ふわっふわの白いロングの髪。
 ツインテールを結って作られたお団子が、小動物の耳のようにピョコっと飛び出している。
 にへらぁと笑うその顔が、私の脳を溶かしてしまう。

 飼いたい。

「えれなおねぇたん」

「なんでしゅかぁ」

「ご注文はありませんか?」

 今私は、食堂でコーヒーを飲みながら読書を楽しんでいる。
 ちなみにノムは図書館に新しい本を借りにいった。
 そこに、ちっちゃなちっちゃなウェイトレスさんがやって来たのだ。
 くっそ!
 特に頼みたいものなんかないのに、頼まんわけにはいかんだろうが!

「じゃあ、チーズケーキ。
 食べたいな」

「ちーじゅけーき、ちーじゅけーき」

 メコたんは、自分の手に指で「ちーずけーき」と書いている。
 けなげにも、一生懸命注文を覚えようとしているのだ。
 そして、顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。

「すぐもってくりゅね!」

 そう言うと、メコたんはくるりんと半回転して、トテトテと厨房の方に走っていく。
 そこにはメコたんのお母さん、宿屋のおかみさんが待っていた。
 メコたんがそこまで到達すると、お母さんはメコたんの頭を撫でた。

 そう。
 これこそが。
 これこそが、この宿屋のやり口なのだと。

「最強の商売だな」

 わたしは、ただただ笑うしかなかった。





 メコたんはすぐにケーキを持ってきてくれた。

「よかったら、おねぇさんと少しお話ししない?」

 わたしはチーズケーキと天使が醸し出す甘々な時間を過ごしたのでした。




















講義3:魔導武具学




「ハローハロー」

 もはやおなじみとなったバカっぽ明るい挨拶。
 3回目の講義を受けるべくやってきた学院の校門。
 そこで待っていたのはエミュ先輩だった。

「案内人の美少女錬金術師見習い、エミュちゃんだよん。
 今日は本当に、君たちに先輩らしいところが見せられるはずだよ。
 では早速参りましょう」





*****





「ここが、錬金工房。
 我々、魔導工学専攻の研究者のホームグラウンドさ」

 エミュ先輩が案内してくれたのは、私たちがサイトゥ教官から授業を受けた学院中央の棟の東に建つ建物。
 煉瓦(れんが)造りの2階建程度の高さ。
 複数の煙突が天に突き出し、そこからかすかに煙が立ち上っていた。

 工房の入り口で待っていたホエール先輩と合流し、建物の中に入る。
 まず感じたのは、熱気。
 ちょっと暑いくらいの室温。
 そして金属を叩きつけたようなキンキントントンテンテンカンカンという音。
 錬金工房という事前の説明のおかげで、それらの情報に全く違和感を感じずにすんだ。

 建物の奥まで進むと、エミュ先輩は何のためらいもなく観音(かんのん)開きの扉を開けた。
 すぐにやってくる温風。
 蒸し蒸しした空気が室外に漏れる。

「ライザ教官、ハローハロー!」

 目上の人に対しても態度を変えない、社交的、なのかネジぶっ飛んでんのかわからないエミュ先輩。
 そんな挨拶に対する返答は、先輩の声の大きさを軽く超越する。

「押(お)っ忍(す)!
 待っていたぞ、若人(わこうど)ども」

 うおおおおお!!!!
 獣人だ!!!!!!!
 ケモミミだ!!!!!

 すこぶる元気なライザ教官。
 彼女はなんと、この世界では非常に珍しい『獣人』だった。
 狐のような長い薄ピンク色、もっふもふのケモミミ。
 それが同じく薄ピンク色の髪の毛から、ぴょこぴょこと2本飛び出していた。

 次に目が行ったのはその容姿。
 ぴっちりとしたボディーラインがわかる黒いタイツ質の衣服。
 そこには炎を表す赤いラインの模様がデザインされている。
 そして見逃せないのは所々の肌の露出。
 見てくれと言わんばかりに露出された肌。
 そこに浮かび上がる凹凸。
 そう、筋肉だ。
 髪と耳はもふもふ、体はカチカチ。
 どちらにも触ってみたい衝動に駆られる。
 とりあえず、ケモミミ筋肉教官と名付けよう。

「私はライザ。
 魔導武具学、魔導武具製造を研究する、魔導工学専攻の教授だ。
 今日はお前らに教鞭を取るように言われている。
 光栄に思うがいい」

「よろしくお願いします教官。
 はじめまして、エレナです」

「ノム」

「レイナです」

「エレナ、ノム、レイナ。
 そんで、エミュとホエール。
 聞いていた通り、これで全員だな。
 では早速講義をするぞ。
 魔導武具製造にとって、一番大事なことはなんだと思うか。
 レイナ答えてみろ」

「魔導材料の質、魔導効率を落とさないためのデザイン。
 しかし、最も大切なことは、金属を溶かすための『熱の温度』だと考えます」

「違うな」

「では、なんなのでしょうか?」

「筋肉だ!」

「はい?」

「筋肉だと言っている」

「・・・」

 レイナが無言になった。
 そりゃそうだ。
 ツッコミを入れて欲しかったのかな?
 と思ったが、教官は本気なようだ。

「金属を強化するには、この金槌(かなづち)で何度も叩き、錬成しなければならない。
 これはひ弱なる肉体で実現できるものではない。
 日々の鍛錬によって作られた肉体美。
 それが最強の武器を作るための必須条件だ。
 わかったか?」

「はぁ・・・」

 ため息とも取れる回答を返す、レイナ。
 彼女に同情の念をテレパシーで送っておく。

「だから、今から言うことを復唱しろ。
 いいな、いくぞ!
 筋肉同盟!」

「・・・」

「筋肉同盟!」

「筋肉同盟」

「筋肉革命!!」

「筋肉革命」

「筋肉留学!!!」

「筋肉留学?」

「いいか、今の3つの言葉を忘れるな。
 筋肉同盟とは、自己研鑽をする人間が、他の人間のモチベーションを創造し、そしてこれがループ現象を起こすというものだ。
 筋肉革命とは、自己研鑽により、過去の自分では到達し得なかった思考領域に達することができる、ということだ。
 筋肉留学とは、自己研鑽の先で、与えられた場所のみで満足せず、常に新しい領域に手を伸ばし、さらなる高みを目指せ、というものだ。
 わかったか」

「わかるかい!!」

 我慢できずにツッコミを入れたのは私。
 何言ってんのこの人、もといこの獣人。
 脳ミソも筋肉でできてんの?
 脳筋なの?
 それともこれが世界の真理なの?

「エレナ、いいツッコミだな。
 だが冗談を言っているわけではない。
 今はわからなくていい。
 心のどこかに、この3つの言葉を留めておけ」

「はあ、わかりました」

「さて、冗談はこれくらいにして」

「やっぱり、ボケてたんじゃないですか!!」

 レイナとノムが笑っていた。
 彼女達が笑うのって珍しいのよね。
 まあまあ、漫才を楽しんでもらえたのならよかったよ。
 それにしても。
 私、いつからツッコミ担当になったんだろ。
 ボケ担当のはずだったんだけど。

「魔導武具製造学。
 短く言えば、『鍛治』になる。
 これが含む範囲は、材料の調達、金属の溶解、型への流し込み、金属の錬鍛(れんたん)、武器のデザイン、組み立て、試用、となる」

「つまりつまり。
 端的に言うとですね。
 このライザ教官が、この大陸で最も強い武器を作れる人、ということですよ」

 エミュ先輩が補足してくれる。
 そして私は、ノムの言葉を思い出す。

 『私とエレナの武器をメンテナンスしたい』

 その願望を叶えることが可能な人物。
 そんな稀有(けう)な存在に、早くも出会えたということだ。
 この人とは、何としてでも仲良くならなければならない。
 まずは菓子折りから。
 これが、ライザ教官攻略が開始された瞬間でした。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「エミュ、良い武器とは何か?
 説明してみろ」

「イエス、マム。
 『魔導距離が限りなくゼロに近く』、『魔導効率が限りなく100%に近い』、であります」

「良い回答だ。
 魔導距離とは、術者が魔術を発動するために必要な魔力量と、その収束位置との関係を表すものだ。
 術者から距離が遠い場所に収束しようとするほど、多くの魔力が必要になる。
 お前らももう試したことがあるとは思うが、例えば1キロ先に魔力を収束しようとしても基本は無理だ。
 距離が2増えたとして、必要魔力量は4増える。
 そして、魔術師の体は魔導距離が0になる。
 つまり魔導距離の原点である。
 これが魔導距離の原則だ」

「魔導距離、私もノムから教えてもらいました。
 では杖に魔力を収束するとして、その杖の先端の魔導距離はどう表せるのか、って」

「そう。
 これは0にはならん。
 魔力が武具を通る過程で、魔導抵抗が発生し、無駄に魔力が消費される。
 結果として残った魔力、この割合が魔導効率だ。
 こんな無駄、もったいなすぎるだろうが。
 だから我々は、最大級の考慮をするのだ。
 魔導距離を小さくすることに」

「血もにじむような努力が存在するのよねん」

 エミュ先輩が教官に共感。
 この努力は、私の武器を作ってくれた技師、シエルも払ってくれたものだ。
 改めて言うが、私のこの青の剣がなければ、私はランダイン戦で死んでいた。
 あれだけの魔力を流せば、市販品の武器は途中で破壊してしまっていただろう。
 紛れもなく、命の恩人なのだ。
 クソガキとか言ってゴメンね、心の中で。

「魔導距離の抑制を実現するのに大切なのは、『素材』、『錬鍛(れんたん)』、『デザイン』の3つだろう。
 私はこのうちの練鍛とデザインのプロフェッショナルと言える。
 素材は私の力ではどうにもならん。
 クリクラとレフィリアに頼らざるを得ない。
 だがしかし、通常は融通がきかないこの2人だが、なぜか私には力を貸してくれる。
 この2人と交友を持てていること。
 それが私の一番のセールスポイントだとも言える」

「クリクラ教授も気分屋さんですしね」

 解説のエミュ先輩が、本当にいい仕事をしてくれる。
 心なしか、雰囲気がいつもと違う気がする。
 この錬金工房は、先輩にとってもホームグラウンドなのだと。
 改めて、そういう考察を行った。

「さて話はここまでにしようか。
 ここからは、練鍛(れんたん)の工程を見せてやる。
 ついてこい」





 *****





 ライザ教官による練鍛の実演が終了した。
 『筋肉同盟』、『筋肉革命』、『筋肉留学』と叫びながら金槌(かなづち)を叩きつける様。
 狂っているとしか思えなかった。
 しかし、美しく鍛えられた筋肉から滴る汗が、なんとも言えないなんとやらを醸(かも)し出していた。

「さて、これで私の講義は終わりだ。
 最後に、何か質問はあるか?」

「よろしいでしょうか?」

「なんだ、ノム。
 言ってみろ」

「私のこの武器を、メンテナンスしていただけませんでしょうか?」

「聖杖(せいじょう)サザンクロスか。
 なかなかに価値のある武器を持っているな。
 だが、残念。
 このレベルの武器だと、メンテナンスは難しい。
 一から作り直した方が簡単だ。
 しかし、この武器の性能を超えられるか。
 それは保証できない」

「珍しく弱気ですね、教官」

 そう言ったのはエミュ先輩。
 わずかな笑みを持って教官の顔を覗き込む。
 教官はいまだ、手渡されたノムの杖を見つめている。

「方法はある。
 この武器を一度分解し、部品、素材のみを転用する。
 それが最も良い選択肢だろう」

「それで構いません」

「しかし、失敗する可能性もある。
 お前は、私を信用できるのか」

「他に当てがありません。
 教官こそが最適な人選です」

「エレナも同じか?」

「はい。
 私の武器もメンテナンスをお願いしたいと考えています」

 ここで教官は黙り込む。
 熟考状態。
 さまざまな可能性を検討し、最終的な回答を組み立てている。
 それだけ、難しく、責任が重い仕事だということ。
 それを理解してくれているのだ。

「ならば、こうしよう。
 やる。
 しかし条件をつける」

「なんでも言ってください」

「まず、素材が足りない。
 これをお前らが、自分の力で調達しろ。
 そしてもう1つ。
 なんらかの方法で、私を喜ばせろ。
 その2つだ」

「喜ばせる、とは、どうすれば」

「んー、ならばこうしよう。
 酒を持ってこい。
 私が驚くような酒を探してきて贈呈しろ。
 種類は何でも構わん。
 私は酒ならなんでも好きだ。
 ちなみに金はいらん、サービスだ」

「お任せください。
 事の難しさから考えれば、非常に簡単な条件です」

「納得する素材と酒が手に入るまで、私はリジェクトするからな」

「驚かせます、必ず」

 日頃無口なノムが、非常に饒舌(じょうぜつ)だ。
 しかし、私の回答を代弁してくれているとも言える。
 クエストを受注。
 要はギルドの仕事とおんなじだ。
 ただし難易度は間違いなく高いが。

 課外の時間でやることが1つ増えた。
 さてさて。
 忙しくなりそうだ。




















課外3:エミュ先輩の学院案内




「ハローハロー」

 すっかりおなじみになったバカっぽ明るい挨拶。
 それを2日連続で聞くことになった。
 本日は休講日。
 しかし、私とノムは学院にやってきた。
 その目的は。

「こんにちわ先輩。
 学院を案内して欲しいなんて、図々しくお願いしてすみません」

「感謝なの」

「今はなによりも、君たちからの信頼が欲しいのさ。
 後輩なんて、人生で初めてだし。
 慕われたいなぁ、慕われたいなぁ」

「そういうの、言わない方がカッコいいと思いますよ」





*****





 この学院は、『北西』『北』『北東』『西』『中央』『東』『南西』『南』『南東』、9つのブロックに分かれている。
 最初にやってきたのは、南の正門を入ってすぐ。
 南のブロック。

「ここが『庭園』ね。
 庭師のヤドンさんが管理してくれている。
 研究で疲れた脳をリフレッシュするにはもってこいの場所だよ。
 でも施設は何にもないね。
 ってことで、次行ってみよー」





 *****





 次にやってきたのは南西のブロックだ。

「この建物は『応接棟』って言うんだ。
 お客様をもてなすための施設だよ。
 来客と打ち合わせをするための応接室、会議をするための会議室とか。
 お客様用の宿泊施設などが設けられているね」

「お客様、ですか」

「この研究院が持つ、政治的な力は絶大さ。
 なんせ、たった1人の教授が、1つ2つの軍隊を超える力を持っているんだからね。
 国や機関との交渉。
 そんなことも日常茶飯事なのさ」

「すごい」





*****





 次は西ブロック。

「ここは、『寮棟』。
 ドミトリー。
 この街に宿泊場所を持たない研究者、関係者が寝泊まりするための施設だね。
 しかも無料だよ」

「そんなのあるんですか?
 私も住みたいです」

「でも今は満室だよん」

「残念無念」





*****





 次は北西のブロック。
 そこにあったのは、この研究院で最も高い建物だ。

「ここは、有名なクレセンティア魔術研究院の『時計塔』だよ。
 観光名所だね。
 高いでしょ。
 この街で一番高い建物だからさ。
 この頂上からの景色は、マジで最高だよ」

「登ってみたいですね」

「この時計塔の鳴らす鐘が、この街に時間を教えてくれる。
 もはやこの街のシンボル、と言っても良いだろうね。
 ちなみに、この時計塔はもう1つの顔を持っている。
 それは、簡易天文台さ。
 街外れの山頂にも天文台があるけど。
 その簡易版、といったところさ。
 この時計塔は、占星(せんせい)術を研究する、マリア教授とアリサ教授の住居にもなってる。
 彼女たちの講義を受ける時は、この塔を登ることになるだろうね」





*****





 次は北ブロック。
 北門にやってきた。
 そこから北側、学院の外に見えるもの。
 それは、クレセンティア第一図書館だ。

「ここは、図書館との連絡通路の意味合いが強いね。
 その意味で『連絡棟』って呼ばれている。
 他にもいろいろな資料が展示された資料室とか、第二図書館などがある。
 悪く言えば物置だね。
 そんなわけであまり重要な場所ではないよ。
 次に行こう」





*****





 次は北東のブロック。
 ・・・。
 要塞?

「ここは『実技棟』。
 魔術を実践するために建てられた施設だよ。
 例えばだけど、『決闘』とかもできるだろうね」

「ノムとレイナが決闘したら、こんな施設、すぐさま木っ端微塵になっちゃでしょうね」

「それがそうじゃないんだなぁ。
 この施設のすごいのは物理防壁。
 魔術攻撃に対して、高い防御力を備えた物理的な防壁。
 この建物の壁には、魔導防衛学の叡智(えいち)、言ってしまえば魔導防衛学のモル教授の実力が込められている。
 どんな魔法攻撃にも耐えることができる。
 それが、モル教授の研究の成果。
 魔法攻撃に対して、どうやって防御をするか。
 その研究の全てが、ここに集約されている。
 実技の講義は、この施設で行うことになるだろうね」

「じゃあ、エレナ。
 久しぶりに一戦やってみる」

「遠慮」





*****





 次は東。
 ここはすでに知っています。

「『錬金工房』ね。
 ここはもういいよね」

「なんかこの建物だけ、すごく人の気配があるんですよね」

「この研究院で錬金工房だけは特別扱いなのさ。
 研究院関係者以外の人も、この工房で働いている。
 錬金、装具製造を行うには、どうしても人がいる。
 みんな頑張ってくれている。
 その頑張りの結果、結晶は、この街の様々な場所で役に立っている。
 私も、その歯車の一部になりたいのさ。
 あと、この街の自衛力向上にも一役買っている。
 この街には自警団があるんだけど。
 もはや、そんじょそこらの軍隊よりも強いだろうね」

「タバコのポイ捨てとかしたら殺されそうですね」

「冗談じゃなく、本当にそうなるから。
 絶対やっちゃダメだよ。
 この街の管理社会っぷりを舐めてたら、死ぬからね」

「肝に命じておきます」





*****





 南東のブロックにやってきた。
 ここも最初の庭園と同じく緑が生い茂っている。
 しかし、高い柵があり、中に入れないようになっている。
 なぜ?

「ここは『薬学農園』。
 薬の原料を栽培する施設。
 農園管理者のトロロさんが住んでいるんだ」

「中には入れないんですか?」

「入れないよ。
 毒物が栽培されているからね」

「なにそれ、怖い」

「劇物は時に、劇薬になるのだよ。
 魔導医学のチナミ教授の講義で、ここに来るかもしれないね」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 残された最後のブロック。
 それは学院の中央の建物だ。

「『研究棟』ね。
 君たちが授業を受けている場所だね。
 教授達の研究室もあるよ。
 教授達と仲良くなれば、研究室に入れてもらえるかもしれないね。
 ちなみに研究室は2階以上。
 1階は統括部。
 キリシマさんやメイド部隊の基地になっている。
 授業を受ける教室も1階だね」

「これでこの学院、全部回りましたね」

「最後に、この棟で見せておきたい場所が3ヶ所あるんだ。
 そこを案内したら終わりだよ」





*****





「まずはここ」

 研究棟の1階。
 そこから、さらに地下へ降りれる階段。
 その階段は『KEEP OUT』と書かれた紙テープで封じられていた。
 封じられていた。
 ・・・。
 このダランと垂れ下がったやる気のないテープを持ってして、『封じる』と言ってよいのやら。

「ここが地下迷宮への入り口だよ。
 ここから先は立ち入り禁止。
 と書かれている。
 けど、立ち入り禁止だと忠告はされていない」

「どっちですか」

「何が起きても、学院側は一切の責任を負わない。
 つまり自己責任。
 立ち入り禁止って書いてあって、それでも入るんなら、なんかあっても君の責任ね、ってこと」

「エミュ先輩は、私たちをここに入らせたいんですよね」

「今から行く?」

「遠慮、Part2」





*****





「ほんじゃ次は、これ」

「なんですか、これは?」

 壁がくり抜かれ、そこに人間が複数人入れる『檻(おり)』が設置されている。
 ゴンドラ?

「驚け。
 これは『魔導エレベータ』、っていう移動手段だよ。
 コイツで上の階へ登れるんだ。
 早速やってみるよ。
 さあさあ、乗って乗って」

 エミュ先輩に素直従って、私たちはゴンドラに乗った。
 中に入り振り返る。
 右にはA、左にはEと書かれている。
 なんぞ?

「Aにアンチエーテル、Eにエーテルの魔力を流す。
 するとエレベータが上昇するんだ。
 ちなみに逆にすると下降する」

 エミュ先輩が魔力の収束を始める。
 魔導と封魔の2属性多地同時収束。
 意外と面倒な収束を、簡単にやってのける先輩はさすがだ。

 すると徐々にエレベータが動き出す。
 ゆっくり、ゆっくりと上昇。
 2階、3階と通り過ぎ。
 4階に差し掛かるに連れて徐々にスピードを落とす。
 そしてスピードゼロになると同時に、4階に到着した。

「すごいっすね、これ」

「これは魔導建造学のトニック教授の力作さ。
 魔導制御の技術で動作するんだ」

「私もやってみよう」

「でも注意してね。
 魔力を一気に強くすると、暴走して天井にぶつかって死ぬから」

「やっぱ、やめます」





*****





 さて最後にやってきた場所。
 それは。

「言うまでもなく、屋上さ」

 研究棟4階から、さらに階段を上がり。
 扉を開けると。
 涼やかな風が私の髪を流し。
 そこに広がるのは、絶景。
 街中を見渡せる。
 幾千もの街路。
 それらを辿ると行き着く巨大な城壁。
 そして、その奥に広がる広大な草原地帯。

 西。
 その方向が、私の心を引き付けた。
 夕日が沈む。
 その赤橙色の輝きが、言葉で言えない感動を産み出した。

 私は夕日が好き。
 夕日の赤い光が風景と合わさると、その土地その土地で見え方が違ってくる。
 私の旅の、ささやかなる楽しみの1つ。
 その中でも、美麗なる街並みとの融合が見せる、この場所での日没は、また格別な味わいがあった。
 
「本当にいい街だな」

 自然とそんな言葉が漏れた。
 永住。
 その言葉がふと浮かんで消えた。
 
「きれいだね」

 ノムは私と同じ方向を見つめている。
 感動を共有できるというのは、当たり前のことではない。
 人間は人それぞれ、物事の感じ方が違う。
 でも、『世界の美しさ』というものは、誰にでも平等に与えられるものなのだ。

「気に入ってもらえたかい?
 研究で疲れた脳を休めるには、最適な場所。
 私はそう思う。
 中庭も好きだけどね」

 優しく語り掛けるエミュ先輩。
 ん?
 その奥でおっさんがタバコを吸っていた。
 が、その人は完全にこちらを無視。
 黄昏(たそがれ)タイムを満喫していた。
 気にしないでおこう。

「先輩、今日はありがとうございました。
 先輩が先輩でよかった。
 そう思います」

「私は、この研究生生活が終わっても、この学院に残るつもり。
 だから君達がこの街に残る限り、いつだって会える。
 残念ながら、魔術的な実力は君達が上。
 レイナも含めて。
 私のほうが弱い。
 でも。
 でもね」

 そういって、西、夕日が沈む方向に歩き出した先輩。
 夕日を一杯に浴びると、180度ターン。
 彼女の持つ赤いコアの付いた槍を私達に向け、高らかに宣言した。

「魔術。
 それに対する情熱だけは負けないよ!」




















講義4:四元素魔術学




「我が名は、ルミナス・エレノール。
 炎術を極めし者なり。
 炎術のことならば知らぬことなし。
 お前達。
 もっと。
 もっと熱くなれよ!」

「先生!
 私は炎術よりも、雷術を教えてほしいです」

「雷術?
 なんだそれは?
 知らん。
 炎こそが、この世界に希望を灯す、唯一の輝きなのだ。
 他の属性など死んでしまえ。
 情熱を燃やせ。
 それがこの世界の理(ことわり)だ」

 そんなやりとりから始まった4回目の講義。
 ルミナス・エレノール。
 その名前に聞き覚え有り。
 私が図書館で借りた、雷術の書籍の著者だ。

 若々しい整った顔立ちと緋色の瞳。
 焦げ茶色の長髪。
 その後ろ髪は丁寧に編み込まれている。
 バカみたいに爆発したアホ毛。
 そして美麗なる黒のドレス。
 しかし一番の着目ポイントは胸元。
 そこに存在する、大きなペンダントだ。
 金銭的な価値も高そうな、緋色の宝石がはめ込まれている。

 彼女の書籍を読んでからずっと思っていた。
 この人と話をしたい。
 雷。
 それについて、深く話を聞いてみたい。
 そんな私の願望。
 それを完全否定された。

 ありえない。
 あれほど雷術について詳細に説明できる人間が、『雷術は死ね』などと宣(のたま)う。
 その原理がわからない。
 コレガワカラナイ。

 何があったの?
 雷術に裏切られたの?
 不倫なの?

 大混乱。
 思考がまとまらない。
 そんなとき、聞こえてきたのは、かすかな笑い声。

 その方向に振り返ると、しかめっ面(つら)のノム。
 その先に発見。
 犯人は鎖骨。

「エミュ先輩。
 何か知ってるんですよね。
 教えてください」

 ひそひそ声で説明を懇願する。
 エミュ先輩はニヤニヤしながら、メモ紙に何かを書き始めた。

「お前ら、聞いてるのか。
 この世界で最も重要な魔術属性は何だ!
 答えてみろ、赤い髪の娘!」

「炎です」

「お前は見所があるぞ。
 名を名乗れ」

「レイナです」

「レイナ。
 炎術の、その特出した点を簡潔に述べよ」

「特筆すべきは、魔導効率の高さです。
 雷術も高いですが、雷術の扱いには高い制御力が必要です。
 最も使いやすく、最も高ダメージを出しやすい属性です。
 また、収束しやすいという点もあります。
 1点に集めることのできる魔力量が、他属性よりも多いように感じます。
 『収束』というものとの相性の良さを感じます。
 『爆発』というものの攻撃力の高さもありますが。
 『炎』という形式にすることで、ネチッこい、相手に絡まりつくような長期持続する攻撃を実現可能です。
 まさに、攻撃魔法としての必要事項を完全に網羅しています。
 以上です」

「お前、熱い女だな。
 最高だ」

 さて、レイナが尺稼ぎをしてくれていた間に、エミュ先輩のメモが完成した。
 それが、ノムを経由して私に伝達される。
 それなりに長い説明文。
 それに私は目を通す。

 ---
 ルミナス教授は多重人格。
 朝起きたときに人格が決定する。
 その人格によって、得意な属性が変化する。
 炎、雷、風、光。
 4つの属性それぞれで、彼女は違う性格になる。
 今日は『炎』の人格。
 このときは『雷』の術のことは、完全忘却している。
 先生の胸に付いたアクセサリ、それが赤いときは炎の属性の日。
 アクセサリの色で人格を判断できる、のよん( ゜∀゜)
 ---

 なるほど。
 わからん。
 そんな奇天烈(きてれつ)な話があるのか?
 だが、これが本当なら、『雷術の日』というものがあるらしい。
 その日を待つしかないようだ。

「緑!
 名を名乗れ!」

「げっ!
 私ですか?
 エレナ、ですけど」

「お前、炎術と相性悪いな」

「はぁ、すんません」

「なのに何故。
 何故、『炎狐』に好かれている?」

 炎狐。
 それは私の中にいる『紅怜(くれい)』のこと、それで間違いない。
 今日も魔導書から魔力を引き出し、私に定着させていたのだ。
 まあ、教授が言うこともよくわかる。
 私は紛れもなく、炎術と相性が悪い。
 そんな私が、炎の幻魔と融合を果(は)たしたのだ。

 『あなたは、属性問わず、全ての属性の幻魔に好かれる才能を持っている』

 地精学、シナノ教授が私に掛けてくれた言葉だ。
 どうやらそういうことらしい。
 おかげ様で。
 私は、『炎術を使わない』という考察を相手にさせた上で、『実は炎術が切り札でした』という、相手の裏をかいた戦術が展開できるのである。
 これがアリウス戦、ヴァンフリーブ戦で効果を発揮した。
 紅怜が居なければ、運命は変わっていた。

「狐を見せろ」

「はぁ・・・。
 紅怜、ごめん、出きてきてね」

 私は魔力の収束を開始する。
 イメージするのは幼女。
 炎の幼女である。
 『私は体内に幼女を飼っている』。
 って、相当危険な発言だな。

「呼ばれて飛び出て、こんにちわ。
 ご主人様、召喚、ありがとうございます。
 今日も一生懸命がんばります」

 かわいい。
 愛でたい。

「狐。
 よく来たな。
 よし。
 私の者になれ」

「ちょ!
 何言ってんですか!
 紅怜は私のものです!
 ナンパしないでください!」

「おばさんには興味ないです。
 ご主人様の方がいいです」

 紅怜が毒を吐く。
 幼女のくせして、結構いい性格をしている。

「私ならば、お前の真の能力を引き出せる。
 封印された尻尾(しっぽ)も、復元するだろう」

「それは、うれしいですけど・・・」

「紅怜、行っちゃダメ!
 帰ってきて!」

「ならば、こうしよう。
 とりあえず、まずは私の魔力をお前に与える。
 その上で、緑髪と私。
 どちらの方が居心地がよいか、決めればいい」

「うぐっ」

 まずい。
 この教授の魔力は本物だ。
 レイナを軽く超えていく。
 そんな絶大なる炎の魔力を秘めている。
 炎を喰らう紅怜ならば、その甘美なる味を理解してしまうのだろう。

「魔力だけもらって、ご主人様の元に戻ります」

「ならば、いくぞ。
 全員。
 実技棟に集合だ!」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 私達は実技棟にやってきた。
 無骨な空間。
 エミュ先輩から説明を受けていた、『壁』。
 物理防壁。
 魔術攻撃からの防衛能力を高められたそれには、巨大なルーンの文字列が刻まれていた。

 紅怜とルミナス教授が相対する。

「魔力を流す。
 準備しろ」

「いつでも、来い、です」

 紅怜がファイティングポーズを取る。
 心配だ。
 無理はしないで欲しい。

 一旦、静寂を挟んだのち。

 赤の魔法陣。
 それが瞬間的に展開され、紅怜を取り囲んだ。
 すぐに魔力の収束が開始される。
 魔法陣全体が赤く光る。 

「私の好きな味のする、純粋無垢な炎です」

 そして生まれる炎の渦。
 それが紅怜を取り囲んだ。

「アーク・フレア・トルネード!」

 ルミナス教授が、その魔術名を叫ぶ。
 法陣魔術だ。
 炎の渦が紅怜を縊(くび)り締めた。
 紅怜は無事なのか?
 それを視覚確認することは難しい。
 トグロを巻いた大蛇のように。
 炎が紅怜を絞め殺そうとする。

 違和感。
 それは何か?
 答えは、『魔力の滞在時間』だ。
 通常は魔法発動から一定時間で魔力は消滅。
 魔力輪廻へと還っていく。
 しかしルミナス教授の発動した魔法は、長時間、その場所に存在し続けている。
 これでは、紅怜の魔力が持たない。
 紅怜の意思情報までも消滅してしまうと、本当に彼女は死んでしまう。
 『もう、やめてくれ』。
 その言葉を口にしたい気持ち。
 紅怜を信じたい気持ち。
 その2つの感情が、脳と心臓で火花を散らし、私の精神をすり減らした。





「さて、狐は生き残ったか、死んだか」

 そんな言葉を吐き捨てて、ルミナス教授は魔法の発動を終息させた。
 徐々に炎が鎮火していく。

「まさか、こんな短期間で、2本も尾を取り戻せるとは思っていなかったわ」

 幼女。
 その存在は確認できず。
 そこに居たのは。

 可憐な『少女』だった。

「また、進化した!!」

「そうです。
 マスター。
 私は思い出しました。
 式神を使役する、その術(すべ)を」

 突然の声変わり。
 キリリとした凛々しい眼差し。
 成長した身長・・・と胸囲。
 年齢は、私より少し若い程度。
 そして。
 そしてなにより、圧倒的に増加した魔力量。
 成長期か!
 成長期か!

「さて、今度は私の番ね」

 紅怜は魔力の収束を始める。
 彼女の周りの複数の点で、炎の魔力が集まっていく。
 それは。
 猫になった。

「にゃーん」

 魔力の猫達が産声を上げる。

「行け!式神!
 マスターに仇名(あだな)す敵を、速やかに殲滅(せんめつ)せよ!」

 炎の猫がルミナス教授へ突進していく。
 すぐさま爆音、爆音、爆音に次ぐ爆音。
 ルミナス教授が爆炎に包まれる。
 紅怜!
 やりすぎ!

「はっは!
 熱い!
 実に熱い炎だ!
 まずます欲しくなったぞ!
 狐!」

 ルミナス教授は黒煙を上げながら叫んだ。
 なんなの?
 炎耐性持ちモンスターなの?

「この婆(ばばあ)。
 不死身ですか。
 マスター。
 何か気持ち悪いから、私はマスターの元へ還ります」

 そう呟(つぶや)くと、紅怜は消滅。
 その魔力は私の中へと戻ってきた。
 お疲れ様でした。

「ぬぐ、逃げられたか。
 いつでも待っているぞ、狐。
 寵愛を持って接してやる」

「死んでも、紅怜は渡しませんので」





*****





 再び、私達は研究棟の教室に戻ってきた。

「講義を再開する。
 炎術のバリエーションについて話そう。
 最も基本となる炎術は、言わずもがなバースト。
 つまり単点収束炎術のバーストブレッド放出だ。
 これと類似した炎術が、ファイアブレッドだ。
 これはバーストのように瞬間的に攻撃力を持つのではなく、比較的長期間、攻撃力を空間中に滞在させる。
 攻撃相手に絡みつくような炎の攻撃を実現する魔法だ」

 バースト、ファイアブレッド。
 その両方を私は使える。
 これらは、ノム先生から教わったものだ。

「そして私が一番好きな魔法。
 バーストスイープ。
 炎の魔力を、術者の前方に拡散するように展開する、近距離攻撃用の炎術だ」

「私も好きです」

 レイナが共感を示した。
 中距離から近距離に攻撃を展開する場合、特に注意すべきがこの『スイープ』系の魔法なのだ。
 前方広範囲に魔力攻撃が拡散されるので、そこに飛び込むと大打撃を受けてしまう。
 思い出すのは雷神を宿す美女、セリスのスパークスイープ。
 近距離戦で勝負を決めたい私に取って、あれは本当に厄介な魔法であった。

「まさに踊っているような、そんな美麗さを持った魔術。
 『炎の踊り子』とは、腕輪を武器とする、まさにレイナ。
 お前のような炎術師を指す言葉だ」

 レイナは自身の腕輪を見つめる。
 長柄の武器を持たないことで生まれるスピードは、相手から思考を行う時間を奪う。
 腕輪とは、魔法攻撃力と敏捷性を両立する。
 マスターすれば非常に利点の多い武器なのである。
 それは、ヴァンフリーブが証明済み。
 本当に尊敬に値する。
 紛(まが)いもない、大魔術師でありました。

「次に挙げたいのは、バーストストライクだな。
 上空に炎の魔力を収束し、これを相手に向けて打ち落とす。
 この上位版。
 武具収束奥義、フレアストライクは、非の打ち所のない、狂気的な殺傷能力を持った必殺技である。
 レイナなら使いこなせるであろうな」

「そうですね」

「あと特筆すべきは、自身を囲むような炎の渦を生み出すファイアサークル。
 並行収束、連続収束くらいか。
 バリエーションの少なさ。
 それが炎術の2つの欠点の1つだ」

「もう1つは、炎術を使う人が多すぎて、相手がみんな炎術に対抗する方法を検討している、ってことですよね」

「そうだな。
 しかし、それは単純。
 その事前準備を、我々炎術師が越えていけばいいと言うこと。
 それだけだ」

「その通り」

 レイナが共鳴する。
 炎術師としてのプライドが、彼女を形成する構成要素となっているのだ。
 炎のレイナ。
 彼女を攻略するのは、並大抵のことではない。

「以上だ。
 最後に言うぞ。
 炎術を重視しろ。
 それが正解だ。
 命を燃やし、脳に火を灯せ!
 それがこの世界の真理だ」

 最後まで熱血であったルミナス教授。
 そんな彼女の残り3つの性格が気になった。
 雷の性格が、温和な性格であることを願いつつ。
 本日の講義は幕を閉じたのだった。




















課外4:冒険者ギルドとシンセちゃん登場




「お仕事、お仕事っと」

 学院生活を送るには、お金が必要。
 その学資金を稼ぐ必要がある。
 そのため、ノムと私は、初日に訪れた冒険者ギルドにやってきていた。

「今日は、まずは簡単な仕事をして、勘を取り戻すつもり」

 ノムが計画を立案する。
 その計画を実現するために必要な最初の作業。
 それは、『依頼掲示板』の確認だ。

 伝達。
 護衛。
 採取。
 討伐。

 その他を除外して、依頼はその4つに分類される。
 各依頼書には、依頼の難易度を表すCからA+の記号が付加されている。
 その冒険者ランクと同等、もしくは下位の仕事しか受注できない。
 であるが、ランクA+の私なら、この掲示板の全ての依頼を受注可能である。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」

「適当はダメ。
 明確な理由を持って選ぶこと。
 それが長生きの秘訣なの」

「えぃっす」

 私は、依頼書の1つ1つに目を通していった。
 その過程で、ある思考が脳内に生まれる。

「採取がいいな」

「その理由は?」

「ライザ教官に渡す武器の素材を見つけたいからだよ」

 ライザ教官から提示された、私達の武器をメンテナンスするための条件。
 それが『武具強化に必要な素材を見つけてくる』であった。
 その素材の内容は、まだ厳密には提示されていない。
 ノムの武器に使う封魔の素材。
 私の武器に使う雷の素材。
 それを見繕うように、そうとだけ言われている。

「なるほど。
 ライザのクエストを同時にこなす。
 すごく効率的。
 私も賛同を示すの」

 私達は『採取』に限定して依頼を絞り込む。
 なやましき。
 そんな熟考状態の私達に向け、突如として声を掛けてきた人物。

「あたしも参加させろ、っての」

 覚えのある魔力感。
 すぐに振り向いて、視覚情報を得る。

「シンセ!?」

「シンセですよ。
 何か問題でも?」

「おひさ、シンセ」

 特に驚きを見せないノムが挨拶する。

 身長は私達よりもずっと低い。
 ジト目。
 白黒モノトーンの衣装に、黄緑とオレンジのラインが映える。
 ダークブラウンのコルセットとブーツ。
 明るく元気なオレンジ色の髪と瞳。
 長いツインテールが彼女のトレードマーク。

 彼女の名前はシンセ・サイザー。
 私達が中央山脈を横断した先。
 ミュウリィという街で出会い。
 そこから、オルティア西大陸の港町セイレンまでパーティを組んだ女の子。
 心の中で私は、彼女を『光の幼精』と呼んでいた。

 しかし、彼女とはセイレンで別行動となった。
 彼女はそこから北方の王国に行くと言っていた。
 それが、何故、この大陸へ?

「気が変わっただけ。
 あんたら2人が羨(うらや)ましくなった、とも言う。
 私も東大陸に来てみたかった。
 クレセンティアにも。
 他の目的もあるさ。
 私の人生。
 あんたらに決められる謂(いわ)れはないぜ」

「喜びしかないよ、シンセ。
 こんなに早く再開できるとは思ってなかった。
 元気そうで、よかった」

「あんたらもね」

「ぬ」

 魔術的な実力は私達が上。
 しかし、『冒険者』というキャリアでは、シンセのほうが上だ。
 冒険者歴の浅い私にとって、非常に頼りになる存在だったのだ。
 これでまた、にぎやかになりそうだ。





*****





 掲示板から依頼書をはがし、それをギルドの受付まで持ってきた。
 受付のお姉さん。
 彼女に依頼書と私の冒険者カードを渡す。
 一瞬驚いた表情をしたお姉さんだが、すぐに手続きを開始してくれる。

 今回の依頼のランクはA-。
 依頼のランクが、代表者の冒険者ランクと同じか低ければ、依頼を受注可能だ。
 あくまで、代表者のランクが判定基準であり、依頼に参加する他のパーティーメンバーのランクは関係ない。

 お姉さんから1枚の用紙を渡される。
 『受注証明書』。
 ここに依頼の内容と、参加者の名前と冒険者ランクを記載することで、依頼契約が成立する。

 まず、流れで代表者にされてしまった、私エレナの名前を記入。
 最上段には代表者の名前を記載するのがルールである。
 次に、ノムとシンセのフルネームを記入。
 これは本人が書く必要はなく、代筆で構わない。

 ここで補足。
 ここで名前を書いたメンバー。
 その人間だけが依頼に参加できるわけではない。
 参加人数に制限はなく、100人だろうが、1000人だろうが構わない。
 各自の取り分に関してはギルドは関与しない。
 報酬は代表者に渡され、代表者が責任を持ってメンバーに配分するのである。

 さて、では何故私は、用紙にノムとシンセの名前を記載したのか?
 これは、私が依頼中に死んじゃった場合の保険である。
 この用紙に名前を書いた人間しか報酬を受けとる権利がないのだ。
 いわば、縁起の悪い話なのである。
 でも、これが慣行なので、それに逆らう必要性はあまりない。

 さて、これで手続きは終わりだ。

「ランクA-、ランクA+、ランクS・・・。
 こんな高ランクの女の子のパーティー、聞いたことないです」

 受け取った受注証明書を確認した受付のお姉さんが、小さく感嘆の言葉を漏らした。
 でもすぐに笑顔になる。
 なんだか、いやらしさを感じるのだが。

 茶色の長い髪。
 それを何故かお腹の辺りで結んでいる、謎のヘアスタイル。
 でも、かわいいから許す。

「今後ともご贔屓に。
 当ギルドは、他の支部とは並列には並びません。
 非凡なる、トップギルドです。
 ありますよ。
 とっておき。
 ランクSの依頼。
 普通のギルドには、ランクSの依頼なんてありませんから」

「あはは、今は間に合ってます」

 ノムがこの前言っていた。
 『高ランクだと、いろいろ仕事を押し付けられる』と。
 たぶん、ノムが話したのもこのお姉さんなのだろう。
 つまり、ギルド間の競争に、私たちを巻き込み、ギルドの株式価値を高めたいのである。
 知らんがな。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「まさか、この山を再び登ることになるとは・・・」

 依頼の受注が完了。
 日帰りで依頼を済ませるため、私たちは早速出発した。
 やって来たのは、地精魔術のシナノ教授と出会った場所。
 クレセンティアの外れにある火山山頂の溶岩地帯だ。

「A-で、採取系で、日帰り可能な依頼って、これしかなかったのよねん」

 危険生物ワイバーンが多く生息するこの場所は、ランクB以上の冒険者がいないと立ち入ることができない。
 さらに山頂に近づくにつれ、魔物の種別がより上位のものになっていく。
 ここでの素材の採取は、意味合い的に討伐依頼とほとんど変わらない。

「ローテーションね」

 そんな約束を交わした3人。
 ワイバーン、ワイルドウルフ、スネーク、モゲラ。
 次々に襲って来る魔物たちを、1人づつ交代交代で倒していった。
 正直、準備体操にもならない。
 すべてが一撃で事済む。
 シンセの光術が見れて勉強になった、くらいの感想。

 さてさて、本番はここからですよ。

「まさか、こんなにすぐ再会できるとは思ってなかったわ」

 山頂。
 そこで、再び、シナノ教授と巡り会えた。
 緋色のドレスが今日もお美しい。
 お勤めご苦労様であります。

「新しい方もいらっしゃるようね」

「エレノムの友人のシンセ。
 あなたの秘奥と尽力は、道中で彼女たちから聞いてる。
 敬意を持って、初めまして」

「こちらこそ」

「シナノ教授、この先に、洞窟ってありますよね。
 炎獣の洞窟。
 ご存知ないですか?」

「ありますよ。
 そんな危険な場所に、何かご用?」

「ラヴィ鉱石っていう素材の採取にきたんです。
 ギルドの依頼なんですよ。
 危険は承知です。
 ご心配なく。
 方角さえ教えていただければ」

「そうなの。
 でも本当に危険よ。
 最近、さらに魔獣の持つ魔力が増幅している。
 ギルドの以前の調査結果は当てにはならないわ」

「マジですか。
 ならやめます。
 と。
 言いたい気持ちはありますが。
 今は、1日も、無駄遣い、したくありませんので」

 そういって、私はドヤっとした笑顔を見せる。
 道中の退屈な魔物狩りのおかげで、少々刺激がほしくなってしまっていた私。
 しかも今日は、パワーアップした紅怜もいる。
 ノム大先生もいる。
 危険になれば、シンセが退却の指示を出してくれるだろう。

 しかし、そんな私の自信も、教授には届かなかった。

「こんなところで、有望な才能を潰(つい)えさせる訳にはいかないわ。
 アルティリスに殺されてしまう。
 なので。
 こうしましょう」








*****





「パーティーでのダンジョン攻略なんて、何年ぶりかしらね。
 全てが新鮮に見えるわ。
 楽しみね」

「この中で、一番若々しい反応だね。
 強いのは知ってますけど、暴走だけはやめてくれ」

 シンセが忠告する。
 そう。
 シナノ教授。
 彼女が選んだ選択肢は、『同行』、だった。
 緋色のハイヒールをカツカツさせながら、3人の後ろをついて歩く。
 楽しそうな。

「教授。
 ラヴィ鉱石は、どの辺りにあるのでしょうか?」

「洞窟の奥まで行かないと出会えないでしょうね。
 入り口付近は私も確認済みよ。
 奥に進みましょう」

 溶岩が流れ込む、蒸し暑くて真っ暗な洞窟。
 シンセが行使するグローライトの魔術が作る光源が、その道を照らしてくれる。
 光術が得意なのは、こういうところで役に立つ。
 彼女は便利な術を多数使える、万能型魔術師なのだ。




 溶岩の湖が広がる、広い部屋に出た。
 来たな!

 部屋の奥から現れた。
 赤黒い巨大なワニが2匹。
 デカイ!

「マグマアリゲータ。
 こいつは火をはくから、気をつけな!
 一番ヤバいのは、見た目に反した瞬発力だよ。
 デットリーカテゴリの、ヤバい魔物さ」

 シンセはいつも忠告をくれる。
 冒険者として日が浅い自分としてはありがたい。

「部屋の奥にもまだいるの。
 1、2、3、4、5。
 手前の2体含めて、合計7匹。
 これ、明らかに異常。
 ランクA-の依頼であり得てよいシチュエーションじゃない。
 エレナなら大丈夫だけど、絶対油断したらダメ」

「マジ!?
 そんないるの?
 エレナ、後方からの炎術も警戒だよ!」

 ノムとシンセがそれぞれ忠告をくれる。
 そんな忠告の間、私は雷の魔力を青の剣に収束し続けていた。
 先制。
 相手の集中放火を妨げる!

「ごめんなさい。
 ここは私にやらせていただけないかしら。
 早めに、私がついてきた、その意義を示したいの。
 それに、『暴れたい』。
 そう言っているのよ。
 彼がね」

 普段、終始穏やかなシナノ教授。
 彼女は、レイナが見せるような、いやらしい笑みを浮かべた。

「待避なの!」

 ノムのその言葉で、私たちは後方へ移動した。
 教授だけが部屋の中に残る。

 武器の杖が天に掲げられる。
 ヤバい、ことが、起こる。

「我が呼びかけに答えよ。
 我はシナノ。
 汝はタイラント。
 目の前の敵を殲滅する!」

 タイラントは、この地にしか留まれない。
 しかし、ここで言う『この地』というのは、結構曖昧な表現。
 この炎獣の洞窟も、『この地』にカテゴライズされるのだ。
 
 際限のない魔力収束。
 シナノ教官の杖に、半永久的に炎の魔力が集まり、大きく渦を巻いていく。
 圧倒的熱量。
 威圧感。
 そして放たれる一撃!

「巨炎獣の一角(タイラント・ホーン)!!」

 その叫びに応じ、魔力が放出される。
 巨大な炎の一角(ランス)。
 それが、全ての魔物を貫いた!

「うげっ!」

 爆風。
 衝撃。
 轟音。
 砂塵。
 それらから反射的に身を守る。
 結果の確認作業に時間がかかる。







「終わりましたよ」

 全てが吹き飛ばされ、焼き尽くされ。
 静寂が訪れた後。
 にこやかなる笑顔で、シナノ教授が報告してくれた。
 そして、一同を代表してシンセが発言した。

「教授」

「はい」

「こんな派手な魔法を使われたら、洞窟が崩壊して全滅します。
 最後尾に回って、じっとしててください。
 タイラント、禁止」

「しょぼん・・・」

 その後、エレナ、ノム、シンセの息の揃(そろ)った連携もあり。
 無事良質なラヴィ鉱石を採取した一行は、帰路に着くのだった。
 皆さま、お疲れ様でした。




















講義5:神聖魔術学




 5講義目。
 集合は夜。
 街の外。
 北部に存在する。
 そこは『墓地』だった。

 雲間から覗くわずかな星空と私ご愛用のカンテラの光が、墓石達の位置を教えてくれる。
 この墓石の下に埋まっているのは、言わずもがなのナンマイダー。
 あまり長居はしたくない。
 何でこんな場所に、しかも夜に。
 星空の明るさだけでも、周囲を視認できることが救いだ。

「私達にとって、トラウマしかない場所だよね」

「ランダインの件で、私も多少嫌いになった。
 でも、元プリーストとしては、怖がってばかりもいられない。
 借りたものは全て返す、の」

 ほんのりと。
 ノムから感じる殺気。
 プリーストとしての血が騒ぐのか。
 しかし、正直、心強い。

「ほえーーーー」

 そんなおどおどした声が後方から聞こえた。
 その方向に光源。
 槍の先にぶら下げられたカンテラ。
 その所有者はエミュ先輩。
 その先輩にくっつくような形で、背後に隠れたホエール先輩。
 ・・・。
 ほほえまー。

 ニヤニヤしているエレナを見つけ、ホエール先輩が言い訳を述べる。

「この世界の墓地は、本当に本当に、出るんだよぉ。
 近寄りたくないんだよぉ」

 涙目の先輩。
 エミュ先輩はいつもどおり。
 肝、据(す)わってるガール。

 一方エレナは、ランダイン戦のおかげもあり、死霊というものに耐性ができ始めていた。
 あの事件と比較すれば、全てが取るに足らないものに感じる。
 それに元最強のプリースト、ノム先生がいれば大丈夫だ。
 封印魔術はノムの十八番なのである。

「揃(そろ)っているな」

 新しい声、光源。
 そこにいたのは、レイナ。
 そして、その隣に、青いコートの女性。

 氷のような薄い水色のショートヘア。
 右目がその髪で少し隠れ、逆に左側の額は露出されている。
 凛々しい冷ややかなる水色の瞳。
 青いコートのところどころに、黄色の十字架のデザインが施(ほどこ)されている。
 青色の鞘に収められた大剣(セーバー)は、紛(まが)いなく一級品だ。
 そしてコートの奥に見える露出された胸元とおヘソ。
 エロティッククールビューティおねえさん、略してクーエロネキと呼ぶことにする。

「私は、神聖魔術学を研究している、メリィ。
 クレセンティア魔術研究院所属。
 それと同時に、マリーベル教にも所属している。
 今日は貴方達に、闇の魔物と戦うための基礎を教える。
 貴方たちに『退魔師』の素養があるか。
 それを見極める」

「素養がある、って判断されたら、どうなるんですか」

「今日から、マリーベル教の一員ね」

「勧誘かいな!」

「冗談ではない。
 マリーベル教は、この世界の秩序を保全する、重要な役割を与えられた機関だ。
 常に優良な人材を求めている。
 名誉ある、栄誉ある。
 世界の守護者」

「せやかて」

「話は現実を見極めてから。
 早速、講義を開始する」





*****





 墓地に立ったまま、講義が開始された。
 こんなところでやらんでも・・・。
 ホエール先輩がエミュ先輩にぴったりくっついている。
 仲良し。

「神聖魔術とは何か?
 ノム、答えてみてくれないか」

「封魔術と光術の合成術。
 以上」

「そう、そのとおり。
 『封魔術』は、聖女マリーベルが産み出し、体系化した魔術。
 悪しき闇を封じる。
 そんな意志が込められた魔術。
 そしてその封魔術が、人々の道を照らす『光』と交わることで、さらに神々(こうごう)しい魔術が誕生した。
 それが『神聖術』。
 この神聖術もマリーベル様が生み出した魔術であると言われる」

 ここまでは既知。
 ウォードシティのマリーベル教会で借りた神聖術に関する書籍を読んでいたからだ。

「エレナ、貴方は神聖術は使える?」

「セイント、セイントクロス、までなら、いけますけど」

「及第点。
 これを受け取って。
 退魔師団入団試験の案内」

「だから!
 ところどころに勧誘を挟まないでください!」

「ノム、貴方は?
 どこまで行ける」

「グランドクロスも使えます」

「即採用。
 明日から、退魔師団加入。
 いいポジションを斡旋(あっせん)してあげる。
 誓う。
 後悔はさせない」

「聖職者は、もうしばらく遠慮なの」

 ノムが弱々しく嘆(なげ)いた。
 クーエロ勧誘ネキ、ちょっと怖い。

「まあ、じっくりとマリーベル教の良さを説(と)いてあげる。
 時間はまだたくさんあるのだし。
 だから講義に戻りましょう。
 なぜ『グランドクロス』が、この教会にとって重要かを」

「『グランドクロス』を使えることが、教会内で『のし上がる』条件だって聞きました」

「そう。
 その理由の話。
 グランドクロスは、オウンターゲットの十字法陣魔術。
 オウンターゲットとは、自分を中心に術を発動する魔術のこと。
 回復魔法や封魔防壁なども含まれる。
 しかし、攻撃魔法であり、真の意味でオウンターゲットなのは、グランドクロスのみ。
 魔術師自身に魔力を収束するという、常識では考えられない、いわば狂気の魔術」

「自分に攻撃をしている、ってことになりますもんね」

「なぜ、術者自身に攻撃エネルギーが作用しないのか。
 その理由は『従属情報』にあると言われている。
 従属情報は、『魔導構成子』、つまりはプレエーテルやエーテルなどに与えられる情報を司(つかさど)る付加的なエネルギー。
 『情報構成子』と呼ばれる。
 その従属の情報構成子が魔導構成子に付加されることで、術者はその魔力を操作できるようになる。
 空間中に存在する、従属情報を持たないプレエーテルは操作できない。
 だから、魔術師は一度魔力を体内に蓄積し、この従属情報を魔力に『書き込む』作業が必要になる」

「従属情報、ですか」

「この従属情報が、強く、そして純粋であれば、オウンターゲットを実現できる。
 魔力が術執行者を判別し、その執行者を攻撃対象から除外してくれる。
 奇跡のような話であり、この奇跡を起こせる人物こそ、教会の幹部としてふさわしい、そう考えるのだ」

「なるほど」

「話を変える。
 この世界でオウンターゲットを苦手とする人間達がいる。
 それはどんな奴らか?
 ノム、回答を」

「闇魔術師です」

「御名答。
 その理由を述べよう。
 闇魔術師が使う『強制従属』。
 これは従属情報を書き換えずに、上から押さえつけて支配することで魔術を行使するスベ。
 なので彼らは、『従属情報を書き換える』という魔術師として当然の鍛錬をないがしろにしている。
 それ故に、オウンターゲットマジックであるグランドクロスを使えるはずがない。
 使えば、その身を自分自身で焼くことになるだろう」

「なるほど」

「結論。
 純粋な闇魔術師は、幹部昇進試験を絶対にクリアできない。
 これにより、闇魔術師がマリーベル教の意思決定者になることを回避している。
 これはマリーベル様自身が考えた、この世界の秩序を保つための知恵。
 聖書にも書かれている内容だ」

 力を持つ有識者は考えた。
 自分の死後、世界を平和に保つための方法を。
 彼が残した12個の魔石も、このような考えに基づくものなのだと感じた。

「さて、講義はここまで。
 実技。
 あなたたちの実力を見せてもらう」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「なぜ今日、墓地に集まってもらったか。
 その理由は、今からわかる」

 そう言うと、勧誘ネキは青の鞘(さや)からセーバーを抜き、それを天に掲(かか)げた。
 精神集中。
 剣を中心に魔力が拡散されていく。
 常時神聖さを醸し出すメリィ教授と反するような、ねっとりした感覚。
 そんな雰囲気が、この墓地の空間に広がっていった。
 嫌な、感じがする。

「ほえーー。
 でた!
 でたよぉ!」

 ホエール先輩が叫ぶ。
 彼が指さした先。
 そこにいたのは、ガスト。
 紫色のエーテルの魔力が作るモンスター。
 ただ、自分が今まで見てきたガストよりも、心なしか光が弱々しく見える。
 特に注意するような気配も殺気も感じない。

 しかし、そのできそこないのガスト達は、この墓地の中に次々と生み出されていった。
 早く、説明が欲しい。
 同じ考えのレイナが質問をする。

「メリィ教授、これは?」

「私の特殊技能『残留魔力の可視化』。
 この世界、特に墓地のような場所には、死んだ人間から抜け出し、魔力輪廻に還れなかった魔力が、残留魔力として留(とど)まっている。
 普段は見ることはできないが、これが凝縮すると、ガストやレイスのような魔物に変わる。
 今見えているこいつらは、魔物になる前の状態。
 魔物になる可能性を持った。
 行くあてもない。
 いわば、幽霊」

「ほえほえ・・・」

「ほえほえ言っている、モノクル。
 まずは貴方から。」

「最後でいいですよぉ」

「手本を見せて。
 貴方、2回目でしょ。
 エレナ、ノム、レイナに見せてあげて」

「うにゅぅ、りょ、で」

 ぼそぼそと呟(つぶや)いたホエール先輩が、エミュ先輩から離れ、前へ出る。
 1体のガストを見つめ、そいつに向けて杖を突き出した。

 魔力が集まっていく。
 封魔の魔力。
 ダイアブレイクかな。
 そう思っていた私の想像を、現実がかき消した。

「アクア・ブリッド」

 力なく叫ばれた魔法名に合わせ、『水球』がガストへ向かって放たれる。
 すぐに衝突し、水しぶきをあげ。
 そこにはガストはいなかった。

「先輩!?
 今のなんですか?
 初めて見たです!」

「水術(みずじゅつ)だよ。
 封魔の応用術で、水っぽい見た目をした封魔術だね。
 残念ながら面白いのは見た目だけだよ」

「ほえーー」

「今度時間があるときに、ちゃんと見せるね」

 興味深々のエレナを見て、ホエール先輩が優しい約束をくれる。
 その隣でノムが自分自身を指差していた。
 私も見たいということらしい。

「いいか。
 今のが『浄化』だ」

 講義が再開される。

「残留魔力は、意思を持つ魔力。
 浄化とは、その意思情報を消滅させ、魔力輪廻に還すという行為。
 ホエールの放った封魔術。
 それが持つ『情報構成子の削除』の能力が働き、ガストが消滅した。
 この『浄化』こそ、退魔師必須の能力。
 『封印魔術』とも呼ばれる」

「『浄化』に、『封印魔術』ですか・・・」

「さて、ここで課題を出す。
 今、可視化された全ての残留魔力。
 これを全て浄化しろ。
 それが終わったら解散だ」

「多すぎますよぉ」

 ホエール先輩が言う通り、私たちの周囲、墓地の中には、数えることも難しい程度のガスト達が確認できた。

 地道に。
 そんな言葉を脳内で噛み締めて。
 私は行動を開始、

<<ドーーーン!>>

 しようとした直後、やってきた爆発音。
 ガストがいた場所で爆発が起こり、みなの視線が集中する。

「レイナ、貴方、封魔術を使いなさい。
 浄化を行うのに、炎術は非効率よ」

 炎のレイナが一発ぶちかまし、それを教授が諭した。

「私、炎術以外は好きではないので。
 それに、炎術で浄化ができないわけではないでしょう。
 残留魔力を爆発四散させれば、情報構成子は分離されて、その機能を失う。
 炎術でも構わない。
 目的は達成している」

「ご自由に」

 我が道をいくレイナと、嘆息し諦めた勧誘教授。
 その後ろで、エミュ先輩が腕をグリグリと回転させて準備運動をしていた。
 ホエール先輩も決意が固まった様子。
 薄水色のコアがついた杖をギュっと握った。

 みんなで分担すれば5分の1の時間で終わる。
 そんな計算が浮かび。
 そして、それは。
 すぐに意味のないものとなった。

「アブソリュート・ゼロ!!」

 墓地全体を覆う、巨大な水色の魔法陣。
 それが宵闇に美しい輝きを生み出す。
 地上に再現された星空。
 私たちは、その星空に包まれる。

 その星々の輝きが空間中のガスト達と衝突すると、1匹また1匹と消滅していく。

 なんか脱力する。
 魔力が奪われていく感覚。
 

 ・・・


 15秒ほどだったろうか。
 地上の星の輝きが消え失せるた時には、全てのガストも消滅していた。

「貴方!
 貴方!
 アブソリュートゼロまで使えるの?!
 すごい。
 封印魔術の秘奥(ひおう)よ」

 メリィ教授がノムを褒め称える。

 既視感はないが、体で感じた経験はある、その魔法。
 雪の女王リレスが使った、空間中の全ての魔力を無効化する、封印法陣魔術。
 それは、ランダイン戦の後、私の命を救ってくれた魔法だった。
 私の命を救うため、ノム先生はその術を奇跡的に習得していた。
 結果、私の体を傷つけずに、空間中の闇の魔力だけを消滅させることができたのである。

「ようこそマリーベル教へ。
 歓迎するわ、魔術師ノム。
 入会キャンペーン実施中。
 今なら、大教皇の座だって狙える。
 あなたなら!」

「助けて、エレナ、なの」

 ぐいぐい袖を引っ張られるノムが、こちらにヘルプを出す。
 かわいいなぁ。
 そんなことを思いながら、私は2人のやりとりを優しく見守ったのでした。




















課外5:最高の武器を目指して




 私、エレナの武器。
 青い4つの宝石が取り付けられた剣。
 ブルーティッシュエッジ。

 ノムの武器。
 半透明な大きなコア、そしてその周りに4枚の円弧状の半透明な板が取り付けられた杖。
 サザンクロス。

 その2つの武器が、机の上に仲良く並んでいる。
 それを凝視、観察するのは、魔導武具学を研究する教授、ライザ。
 先日の脳筋発言からは想像できないほどの脳内回転力を持ってして、その武器の細部までを分析しているのである。

 本日は休講日。
 エミュ先輩から伝言を受けた私たちは、ライザ教官のホーム、錬金工房に再びやってきた。
 私たちの武器のメンテナンスに関してアドバイスをくれる、とのことであった。

「それにしても」

「はい」

「本当に良い武器だな。
 これほどのものは、中々目に入れることは難しいのだが。
 お前たちの日頃の筋肉鍛錬の過程を、筋肉神(マッスルしん)様が見ていらっしゃったのかもしれない」

「誰ですか、それ」

「エレナの武器。
 まず、この一番大きい青のコア。
 これ、なんていう宝石か、わかるか?」

「わからないです」

「雷帝の宝珠だ」

「すみません、もう一回いいですか?」

「雷帝の宝珠だ」

「すみません、もう一回」

「雷帝の宝珠だ」

「・・・。
 マジですか!?」

「雷のエレメントとしては最高級品だ。
 それを惜しげもなく武器に使用している。
 だいぶ、羽振りの良い技工士だったようだな、コイツを作った人間は」

 雷帝の宝珠。
 それは宝珠店のショーケースの中でしか見たことのない、超超超超高級品。
 シエル。
 まさかそんな高価な素材を使ってくれていたとは。
 ・・・。
 靴でも磨いておけばよかったか?
 それとも舐めておいた方がよかったか?

「持ち手の部分も魔導効率のよい仕様になっている。
 刃の練鍛も素晴らしい。
 よほどの筋骨隆々さ、だったと伺(うかが)える」

「いや、あの子は、ひ弱なチビッコ少年だったですけど」

「そんなはずはない」

「シエルは自分で刀身を叩くんじゃなく、その作業をゴーレムに代わりにやらせてたらしいの。
 なので、筋肉がなくても錬鍛可能」

「なるほど、すごい」

「そいつ、頭いいな」

 海の向こうの、さらに山の向こうの人間に賛辞が投げられた。
 きっとそれは届かないだろう。
 今度会ったら改めて、誠心誠意、褒めちぎろう。

「が、完璧じゃない。
 刀身の練鍛も、打ち込みの精度が甘い。
 ゴーレムに代替させているのならば、なるほどだ。
 微細な打ち込み位置の制御ができていない。
 刀身の練鍛は、もっと上質になる。
 そして、刀身の素材も、変えた方がよいだろう」

「刀身の素材、ですか」

「だが、しかし。
 武具素材に関しては、私はアウトオブリージョンだ。
 せっかくだから本職に聞いてくれ。
 魔導材料工学の研究者、クリクラ教授だ」

「クリクラ教授ですか」

「刀身、そして柄の部分に使用する素材について、クリクラ教授から知恵を借りろ。
 私の名前を出せば、彼女は力を貸してくれるだろう。
 自給自足。
 お前の武器の素材は、お前自身で入手しろ」

「わかりました」

「もう1点。
 残り3つの青の宝珠。
 こいつらは、雷帝の宝珠と比較すると少し質が下がる。
 しかも、今までの戦闘で若干、状態も悪くなっている。
 この3つの宝珠の代わりとなる、雷の素材を入手しろ。
 数は何個でも構わん。
 3つである必要はない。
 言わずもがなだが、高価な素材であるだろう。
 以上、エレナの武器のアイデアは現状ここまでだ」

「ありがとうございます」

「次はノムの武器。
 魔杖アポカリプスと対を成す、名工リジッド・カルバナルの傑作だな。
 まず着目すべきは中央のコア、封魔の宝珠、半透過クリスタル。
 これの代替品はまず見つからないだろう。
 これは、そのまま使う」

「ぬ」

「他は全部作り変える。
 コイツは古い時代に作られたものだ。
 シャフトの劣化が激しい。
 このシャフトの素材に関しては、エレナと同じ。
 クリクラ教授に相談しろ。
 しかし、問題はこいつだ」

 ライザ教官が指差したもの。
 それはコアの周囲を囲む、4つの円弧状の板だった。

「魔導回路ですね」

「そうだ。
 この回路も劣化している。
 しかし、こいつは素材を探してきてとか、そういう問題じゃない。
 魔導制御の叡智が、この小さな板の中にぎゅうぎゅうに詰まっている。
 私やクリクラではどうにもならなん」

「むー」

「なので、メチル教授に聞け。
 魔導制御工学を研究するあいつなら、何か知恵があるかもしれん」

「ぬ」

「エレナの武器もだが、まだ完全な完成形が私の脳内に存在するわけではない。
 さらによりよい素材を持ってくれば、私の創作意欲は向上するだろう。
 その点、常識にとらわれず、素材集めをしてもらって構わない。
 お前たちの未来は、お前たちが作れ」

「わかりました」

「最後に。
 酒を忘れるなよ」

「はい!」




















講義6:魔導材料工学




 講義も6つ目。
 今日やって来たのは錬金工房。
 巨大な溶鉱炉が私たちを出迎えてくれた。
 放出される圧倒的な熱量。
 前回のライザ教官の工房より、さらに高温多湿。
 そんな悪環境下で、数人の技術者が仕事をしていた。
 お疲れ様であります。

「貴様ら、揃っているようだな」

 尊大なる発言と共に登場したのは女性。
 その後ろに、エミュ先輩。

「ハローハロー!
 控えおろう!
 この方をどなたと心得る。
 魔導工学専攻の専攻長。
 クリクラ・フラネル様であられるぞ」

 突然の小芝居。
 どしたの?
 どうも、いつも以上にテンションが高い。

「エミュ、馬鹿のフリをするのはやめろ。
 お前の悪い癖だ」

「いえすまむ」

 クリクラ教授の顔の一部がピクリと動いた。
 耳だ。
 耳だ。
 エルフ耳だ!!!

「先生、エルフですか!?」

「そうだ。
 お前は異種差別者なのか」

「逆に、かっこいいとすら思います。
 好意的な方向へ差別します」

「対等に扱え」

「善処します」

 エルフ耳に付いた緋色のピアスが輝く。
 同色の瞳も宝石のようだ。
 淡赤色の髪、その色の彩度の低さがエルフらしさを演出する。
 茶色から緑にグラデーションするジャケット。
 深い緑色のブーツ。
 アクセントとなる小さな茶色のとんがり魔女帽子。
 ジャケットの下は、白、黒のツートーン。
 絶対領域を作り出すハイソックスも、白と黒のタイル調の柄である。

 私の勝手なエルフ像を汚さない、お洒落な出で立ち。
 しかし、1点だけ予想外。
 身長はあまり高くなかった。
 エミュ先輩とほぼ同じ身長。
 2人が横に並ぶと、本当に姉妹のようである。

 かわいさと美しさを両立。
 そんな2度美味しい、魅力的なエルフさんだった。

「時間がもったいない。
 さっさと講義を始めるぞ。
 私が研究する領域は『錬金術』とも呼ばれるが、ややこしいので以降は次の言葉で統一しろ。
 『魔導材料工学』。
 魔導武器、魔導防具を作るために使う金属材料に関する学問だ。
 以降、私の前では錬金術という言葉は使うな」

「錬金術っていうと、『なんでも産み出せる』っていう意味を思い浮かべちゃう人もいるからね」

 今日も、エミュ先輩の補足説明は健在。
 前回のライザ教官のときにも増して、顔がイキイキしている気がする。

「鉄と銀を混ぜても金にはならない。
 幻想は捨て、現実を見ろ。
 全てはそこから始まる」

 クリクラ教官のイメージが徐々に固まってくる。
 一言でいうと・・・。
 『軍人』?

「『魔導距離』という言葉は知っているな」

「わかります」

「武器の魔導距離をゼロに近づけることが我々技工士の永遠の課題だ。
 このために知っておくべき最初の知識がある。
 それは、『鉄、鋼は魔法と相性が悪い』だ」

「そうなんですか?」

「鉄の合金である鋼は、強度の観点から見て、武器を作るには最高の素材だ。
 そのはずだった。
 しかし、鋼を使うと、魔導距離が急増する。
 魔導距離が大きく、魔導摩擦が大きく、魔導効率が悪い。
 魔術と絡めた場合、鋼の価値は激減する。
 そのため、多少強度が下がったとしても、その他の合金を検討せざるを得なくなった。
 これが魔導材料工学の始まりだ」

「鋼のなにがし、って名前が付く武器って、安物が多いですもんね」

「鋼の剣も、魔術を使えない人間にとっては重要な武器だ。
 しかし私の研究はあくまで『魔術と金属の相性』。
 私の関心空間内には存在しない」

 私がウォードシティーの闘技場生活を送るために必要とされたことは、『武器の更新』だった。
 私の魔力が強くなるのに合わせて、武器もより高価なものを購入し、装備した。
 武器の価格は、武器の頑強さだけに比例するものではない。
 つまりはここに、『魔導距離』が関係する。
 魔術との相性がよい武器であるほど高価。
 魔術戦闘が重要となるこの世界において、魔導効率が高い武器を所持することは重要な意味を持つ。
 高い金を払うだけの価値は、言わずもがなである。

「さっさと結論にいくぞ。
 白金、銀、マグネシウム、アルミニウム。
 この4つを覚えろ。
 これが今の主流だ」

「白金の剣・・・。
 いくらで買えるんですか?
 材料費、高すぎでしょう」

「合金だな」

「ああ、白金と他の金属を混ぜるんですね」

「そうだ。
 白金の割合が多いほど、魔導効率は上がる。
 そして重要な点は、白金、銀、マグネシウム、アルミニウムは、それ単体では脆(もろ)いということだ。
 合金にすることで、強度が驚異的に向上する。
 単元素で武器を作ることは、まずないと知れ」

「そうか。
 先生、エレナが発言します。
 エミュ先輩から教えてもらいました。
 魔導材料工学で最重要なのは『熱』だと。
 それは、合金を作るために金属を溶かすのに必要なエネルギーなのですね」

「そのとおりだ。
 そしてそれが、この私クリクラが、今の教授の地位についている最大の理由なのだ。
 この街で、最も高い熱を産み出せる人間。
 それが私なのだ。
 重要合金の溶解は、現時点では私しかできない。
 この事実が、私の金銭的価値を高めている。
 疎(うと)ましい。
 いつも有価証券のように扱われるのが」

 そう言ってエルフ教授は嘆息した。
 ときに天才とは、現実の嫌なところばかり見えるものだと感じた。
 そして、そんな心の迷いを断ち切れるほどの精神力の強さも、この人は兼ね備えているのだろうな、とも感じた。
 更には、そんな教授に対し、エミュ先輩は尊敬の念を持っているということ。

 先輩が教授を見つめる瞳。
 遠くを見つめる教授の瞳。
 その2つの瞳の輝きに、高いコントラストを感じた。
 

 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「2点補足しておく。
 白金と銀は魔導効率が良い、マグネシウムとアルミニウムは安価で軽量、そう覚えておけ。
 多少魔導効率が落ちても、武器の重量を気にする機会は多々ある。
 また白金、銀の合金は、その魔導効率の高さに敬意を払い『ミスリル』という別称が与えられている。
 最高の魔導効率を持つ、白銀に輝く金属。
 この世界でも最高レベルの魔導素材と言える」

「教授。
 発言権を与えてください」

「なんだ青髪。
 言ってみろ」

「端的に言います。
 私とエレナ。
 2人の武器をリメイクしたいと考えています。
 そのため、魔導効率の良い金属が必要です。
 この金属の入手に関し、教授にご助力いただきたいのです。
 武器を改造してくださるのはライザ教官です。
 ライザ教官から、紹介状を頂戴しています。
 これです」

「わかった、快く引き受けよう」

「本当ですか!?」

「と、でも、言うと思ったか?」

 昔もあったこの展開。
 なつかしいですねー。
 もう、がっかりもしません。

「なんでもします」

「本当か?
 本当になんでもか?」

「御命令を」

 ノムが交渉術を見せる。
 私も助力せねば。

「私に貸しを作れ」

「貸し、ですか?」

「私がお前たちに感謝の意を示したくなるような、そんな行動を取ってみろ。
 どんな行動を取るべきかは、お前たち自身で考えろ。
 私は『貸し』という言葉が好きだ。
 返してもらえるかはわからないが、相手がより有能であればあるほどに、人生に保険ができる。
 有事に備えたい。
 この街を預かるものとして」

「この街を、預かる?」

「クリクラ教授はこの街の自警団で一番偉い人なんだよ。
 極論を言えば、教授が『戦争を起こすぞ』と言えば、戦争が始まるんだよ。
 以前も言ったけど、この街の自警団は、一国の軍隊よりも強力さ。
 世界征服も夢じゃないね」

「訂正しろ、エミュ。
 あくまで『自警団』だ。
 目的は防衛にある。
 他国を攻めることは絶対にありえん」

「私は、クリクラ教授の一言さえあれば、そんな決まりごとは覆ると思いますけどね」

「そんな決定はしない」

 軍事的な最高決定権を持っている。
 それが、こんな小さな女性なのか。
 しかし、彼女から溢れる漏出魔力から、彼女が私、いや、ノムよりも強いことが理解できる。
 専攻長の地位を持つことは、偶然ではなく必然だ。

「自警団元帥。
 それが私の、もう1つの肩書きだ。
 これでわかっただろ。
 私は忙しいのだ。
 次の予定がある。
 講義はこれで終わりだ」

 そう言うと、2色のジャケットを翻(ひるがえ)し、クリクラ教授は後退。
 出口のところで黒服の男性が待っており、付き従えて一緒に去って行った。
 偉い、人なんだな。

 そんな人物が、貴重な時間を割いてくれた。
 それは、通常ありえることではない。

「貸しを作る方法、考えないとね」

 私のその言葉に対し、ノムが首を垂直に振る。
 表情からは、彼女の確固たる意志が伝わってくるようだ。
 そして私も同じ意志を持っているのである。

「振り向かせますからね、絶対に」





*****





「今日のクッキーは何かなぁ」

 つまみ上げた紫色のベリーがあしらわれたかわいらしいクッキーをしげしげと眺めるのはエミュ先輩。
 視覚情報を十分に堪能すると、口内へひょいっと放り入れた。

 やってきたのは、もはやお馴染みとなりつつある『喫茶世界樹』。
 目的は明確。
 『クリクラ教授に貸しを作る』。
 その方法を検討するため、まずは彼女と親交があるエミュ先輩から、教授について根掘り葉掘り。
 掘り掘り、掘り掘り。
 吸い出そう、教授の秘密。
 『弱み』、なんかまで抽出できれば完璧だ。

「おいしいわね、このクッキー」

 その言葉の意外性に、3人全員が視線の先を共有する。
 3人とは、エミュ先輩、ノム、エレナの3人。
 そしてその視線の先には緋色の髪。
 魔女のお茶会に、まさかのレイナ参戦。
 意外すぎて、まだ現実感がない。
 ちなみにホエール先輩は用事があるとか言って帰った。
 もしかして、レイナが怖かったのでは?
 そんな思考が生まれた。

「あぁ、私のことは空気として扱っていい。
 ただ話を聞きたかっただけ。
 私も武器作成に興味がある。
 今は腕輪だけだけど。
 今後は新しい可能性を見つけたい。
 そのために、私も教授の機嫌を取りたい」

「せめて空気じゃなくて、薔薇とかにさせてください。
 居てくれるだけで華やかになります、空間が」

「レイナに集まる男性陣の視線が半端じゃなかったけどね」

 喫茶店までの道中、振り向いた男性の数、多数。
 改めて、レイナが絶世の美女であることを再確認。
 間違いなく、この街で1位2位を争えるレベル。
 美少女コンテストに出場させたい。
 そして水着を着せたい。
 恥じらわせたい。

「なんか、変なこと、考えてない」

「バレました?」

「バーカ」

 まさか、私のために微笑を浮かべてくれたレイナ様。
 日頃の氷華のような態度とのギャップ攻撃で悶え死にそうです。
 美人ってずるい。
 罵(ののし)られているのに、ちょっと興奮する。

 クッキーに遅れてコーヒーが到着する。
 3つのブラックコーヒーに挟まれた、甘々のカフェラテ。
 それがノムの元へ渡った。

「早くはじめてちょうだい」

 レイナが急かす。
 さて本題に入ろう。

「まず残念な連絡からだね。
 クリクラ教授の好きなもの。
 正直、私にはわからない。
 『好きなもの』というものを、あまり持たない人なんだ。
 『仕事が人生』、とも言うね。
 甘いものが好きとか、お酒が好きとか。
 そういうものは、聞いたことはない。
 物欲の欠片(かけら)もない」

「贈呈攻撃が効かないのね」

「彼女の心にある最も強い信念。
 それは、この街を守ること、だろうね。
 与えられた自警団元帥という役職。
 それに大いなる自負を持っている。
 可能性。
 それがあるとすれば、教授の仕事である軍事的防衛に貢献すること。
 それが最近傍」

「大枠は理解。
 でも具体的な行動が見えないの」

「ごめん。
 それは私にもわからないよ。
 そして、それは私も知りたい。
 いつだって、彼女の、教授の力になりたいって。
 いつもそう思ってるんだ。
 でも、何の力にもなれない。
 立っているフィールドも、実力も、違いすぎる」

 エミュ先輩が湿っぽく言った。
 有りたい理想と、今有る現実。
 その差に打ちひしがれること。
 それは人類全てが直面する、自分との戦いだ。

「教授の仕事を減らせればいいのでしょ。
 防衛に助力すればいい。
 彼女が驚く。
 そんなブレークスルーとなる防衛方法。
 それは私達だけで成せとは言っていない。
 この学院の教授の力も借りれる。
 この街を守りたいという、それは合言葉なのだから」

 レイナが会話に割り込む。
 紡ぎ出したその言葉が、場の雰囲気を変えた。
 聞こう。
 みんなに。
 どうすれば。
 この街を守れるかを。
 それが現時点での私たちの答えだ。




















課外6:学院地下ダンジョン レベル1~2




 Keep out。
 その文字が刻まれた封止テープの先。
 階段下の大扉。

 それを見つめるのは4人。
 エレナ、ノム、鎖骨、鯨。
 エレナは剣を。
 ノムは杖を。
 鎖骨は槍を。
 鯨は杖を。
 各々強く握りしめた。

「本当に行くんですか?」

「大丈夫、大丈夫。
 今日は『下見』だからね」

 そう言って先輩は犬歯を見せた。
 やってきたのは、学院中央の研究棟1階。
 そして、この大扉を抜けた先。
 そこに存在するのは、学院地下にあると言われる謎の空間だ。

 学園七不思議。
 その1つとして、エミュ先輩がピックアップした謎。
 この地下空間に何があるのか。
 それを確かめるのである。

「それじゃあ、レッツらゴー!」

 エミュ先輩は、私達の意思は無関係。
 大扉を開けて中に入っていった。
 驚いたのはその次。
 ホエール先輩は、なんのためらいもなく、それに続いたのだ。
 『やめよぉよ』とか言うと思っていた。
 エミュ先輩大好きボーイだから、無意識的に追従したのかもしれない。
 しらんけど。





*****





「明るい」

 地下空間。
 そこにあるまじき、整備された照明。
 誰が管理する訳でもないはずの照明装置が、地下空間を照らしてくれる。
 特に不思議な顔をしていない。
 そんなエミュ先輩を見つめ、発言を待った。

「魔照石さ」

「魔照石?」

「空間中のプレエーテルを自動的に吸収して発光する。
 これが壁に埋め込まれてるのよん」

「そんなもの、聞いたことないです」

「ロストテクノロジーだよ。
 今は実現不能な、古代の魔導技術。
 つまりは、どういうこと、かなぁ」

 エミュ先輩がニヤリと笑い、私を見つめる。

「この地下空間、このダンジョンは、古代の遺跡、ということですね」

「イエス、イエス」

「まさか、こんなものが、学院の地下にあるなんて・・・」

 ここで、改めて周辺を確認する。
 目の前には、さらに下の階に続く螺旋階段。
 いきなり下層に行けるのか。
 ラッキーなのか。
 はたまた、地獄へ続く階段なのか。
 それを見極めるかのように、私は階段の先を覗きこんだ。
 なんか・・・
 魔法陣が描かれた半透明の幕のようなものが見えるのですが。
 気のせい?

「残念だけど、まだ次の階には行けないのだよ」

「何でですか?」

「行けばわかるさ」

 そのエミュ先輩の発言の後、全員が黙りこんだ。
 何か知ってんなら、教えてよ。

 私は階段へ近づく。
 半透明の幕。
 恐る恐る。
 触れてみる。

<<ばぢぢぢぢ!!>>

「うわっちぃ!!」

 何!?
 何?!
 手が痺れ、跳ね返された。
 進め、ない?

「これまたロストテクノロジー。
 魔導錠。
 つまり、鍵がかかったドアさ」

「んな、アホな」

 立て続けに訪れる、現在の科学では実現不可能な仕掛け。
 そしてやってくる憤慨タイム。
 先に教えてくれれば、私が痛い思いしないで良くない!
 よくなくない!

 じとっ、とした目付きでエミュ先輩を見つめる。
 ニヤニヤしやがって。

「解錠方法を教えてください」

 痺れた指先をぷらぷらさせながらの質問。

「このフロアのキーストーンに触れる。
 それでオッケーさ」

「よくわからんですが、もう先輩の先に進むことはしないので、先行してください」

「へいへいほー」

 この時点で、左の通路、右の通路、2つの選択肢があった。
 しかし、先輩は迷うことなく右に進んだ。
 クラピカ理論かな?





*****





 突然ですが、この世界のモンスターの解説のコーナー。

 ウィスプ。
 残留魔力が凝縮し、攻撃の意思を持ったもの。
 魔力属性ごとに、その属性の魔法で攻撃してくる、厄介なモンスター。

 レイス。
 魔術師の残留魔力が、その魔術師のローブや杖に定着し、アンデット化した存在。
 攻撃が単調なウィスプと違い、より複雑な魔法を使うことができる。
 上位種は、超危険種(デッドリーカテゴリー)。

 デーモン。
 なりそこないの悪魔。
 リザードと悪魔のハーフ。
 鋭い爪による物理攻撃と、的確な魔法攻撃を織り混ぜてくる。
 この世界でも、危険度トップ5に入る種族。
 同じく上位種は超危険種(デッドリーカテゴリー)。

 そんな厄介な3種類のモンスター。
 それらが、代わる代わる、私たちの前に立ちはだかったのだった。

「まあ、雑魚(ざこ)ですが」

 相手のレベルはウォード闘技場中級レベル。
 もはやとるに足らない、過去通りすぎたステージ。
 前衛を任された私エレナが、まるでハエでも殺すかのようなあっけなさで仕留めていく。
 後衛のノム、ホエール、そしてその間に陣取るエミュ先輩に出る幕なし。
 後ろから、好き勝手にヤジを飛ばしてくる。
 楽しそうな。

 驚いたのは1点のみ。
 それは死体が残らないということだ。
 魔力体であるウィスプやレイスならまだしも、デーモンでさえ、撃破と同時に空中に霧散してしまう。
 どういうこと?
 そんな私の疑念を、エミュ先輩は先読みする。

「今倒した敵は、魔力体だよ。
 本物のモンスターじゃない。
 幻術を使って、姿を見せる。
 原理的にはウィスプとおんなじさ」

「そんな事って」

「不思議のダンジョンなのさ」

 ますます深まる謎。
 このダンジョンは、一体誰が、何のために作ったのか?
 心の奥底に眠る、私の知的好奇心が、脇腹をくすぐってくる。
 こちょばい。

「ちなみに、倒したモンスターは、一定時間おきに復活するので気を付けてね」

「ヤバいじゃないですか!!」

「無限増殖、なの」

 なんか知らんが嬉しそうなノム。
 とにかく、私は今、本当にヤバい場所に来てしまった。
 雑魚連戦で気を抜かないようにしなければ。
 そんな私の確固たる意志。
 それは1秒しかもたなかった。

「エミュ先輩!!
 宝箱!!
 宝箱あるよ!!」

 まさか。
 そこにあったのは金色の装飾がなされた赤色の宝箱。
 いや、宝箱とか、誰が設置したの?
 このダンジョン作った人、何考えてんの?
 ダンジョン男なの?
 ダンジョン男なの?

 宝箱を指さし、振り向き様に先輩に呼び掛けながら、私は駆け足で宝箱に近づく。
 そして後続するエミュ先輩の顔を、じーーーーっと見つめた。
 じーーーーーーー。
 じーーーーー。

「じーーーーーっ」

「大丈夫、ミミックじゃないよ」

「やったぜ!」

 重要な確認を済ませると、すぐさまオープン。
 宝箱の中から光が溢れる。
 温かくて優しい。
 そんな光が体を包む。
 そして・・・

「からっぽ!」

 その瞬間、大笑いする鎖骨と鯨。
 こいつら、知ってやがったな!
 イラダチスゴイ!!

「待って、待ってよ、エレナ。
 空だけど、空じゃないんだよ」

 涙を拭(ぬぐ)いながら、鯨先輩が弁明を開始。
 弁護人、前に出なさい。

「このダンジョンも、今まで多くの人が攻略してる。
 上層階の宝箱は、もう漁(あさ)り尽くされてしまっている。
 でも、この宝箱には、体力と魔力を回復する力があるんだ。
 今、エレナを包んだ光。
 それを浴びると、回復効果を得られるんだよ。
 だから宝箱は、閉めておいて。
 閉めないと、回復魔力が蓄積されないんだ」

 確かに、体が軽い気がする。
 納得感が苛立ちを緩和してくれる。
 ダンジョン攻略に際して、このシステムは誠にありがたい。
 丁寧に宝箱を閉じ、私たちは探索を再開した。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「これがキーストーンだよん」

 迷路のようなダンジョンを、手書きの地図を持ったホエール先輩の的確な指示により得られる最適経路で進んだ先。
 奉(たてまつ)られた大きな丸い石。
 ハゲ頭くらいのサイズ。
 撫でたらご利益(りやく)ありそう。
 ナンマイダー。

「触ってみて、エレナ」

 エミュ先輩が催促。
 すべすべか。
 あぶらギトギトか。

「ぺたぺたーっと」

 先ほどの魔導錠のビリビリ罰ゲームの件が思い起こされ、私はそっとそのノッペラハゲに触れた。
 すぐに反応あり。
 触れた部分が淡く光りだす。
 嫌な感じはまったくなく、柔らかい温かさ。
 まったり。
 その光と温もりは、5秒程で消えてしまった。

「これで解錠、完了よん」

 じっと掌(て)を見るエレナ。
 変化、違和感、共になし。
 まあ、先輩が完了と言うのなら完了なのだろう。
 続いてノムも同じ作業をする。

「ちなみに、なんで、毎回私が先に行動させられるんすかね。
 ノムが先でもいいのでは、なかろうか?」

「愛だよ」

「そんな愛はいらん」

「完了なの。
 古代の不思議に触れられて、私はとても満足。
 楽しい遠足なの」

「お気楽~」

 そんな軽(かろ)んず発言を真に受けてはいけない。
 旅の安全を祈願するため、私はハゲ頭に向けて手を合わせた。





*****





 さて、私たちは再びビリビリ魔法陣が仕掛けられた螺旋階段の前まで戻ってきた。
 『敵が復活する』という発言はあったが、その復活にはある程度時間がかかるらしく、帰り道では敵に遭遇しなかった。
 『敵を倒しても意味がない』、ということはないようだ。
 しかし、『次回探索時は復活している』。
 そう考えるべきだろう。

「とーりぬけー、なの」

 ノムがビリビリ魔法陣を、ジャンプして越えたり、戻ってきたりする。
 ぴょんぴょんしやがって。
 たのしそうな。

 ある程度の反復跳躍運動を繰り返したら、ノムは飽きたらしく、下の階へ降りていった。
 このままノムが先頭を行ってくれれば助かるのだが。
 今回の探索。
 明らかに3人が、『エレナ先頭』になるように意図して行動しているのがよくわかった。
 まあ、たしかに私は前衛だから仕方ないのだが。
 がしかし、前衛だけど『壁』ができる職業じゃあないのよね。
 ・・・。
 私の職業ってなんだろ・・・。
 ・・・。
 ・・・・・・。
 すばしっこい、小さい剣装備。
 ・・・。
 盗賊?





*****





 レベル2。
 さあ、雰囲気が変わった。
 壁の見た目も、より黒っぽい色に変化。
 照明も、少し、暗くなった?
 しかし、そんなことはどうでもいい。
 問題は漏出魔力だ。
 そう。
 これはこのフロアにいるモンスターが漏出させる魔力と考えられる。
 地下1階と比較にならない。
 敵の強さ、インフレしすぎだろ!

「こっからはお遊びじゃあないよ。
 心して。
 そして、手作りの地図もない。
 私とホエールも初めて探索する。
 未踏領域さ」

 ホエール先輩が白紙の紙とペンを手にしている。
 マッピング係。
 それはとてつもないほどに重要な役割である。
 それを後衛である先輩が担当することは、理にかなっている。

「左に行きます?
 右に行きます?」

 この階も地下1階と同じく、降りてすぐに下層への螺旋階段が存在。
 そして当然のように半透明の魔法陣。
 魔導錠だ。
 もうビリビリはしたくない。
 さあ、キーストーンを探そう。

 南に上層への上り階段。
 北に下層への下り階段。
 今、北を向いた状態で、左と右に通路が存在する。
 1階のときと同じように、ここはエミュ先輩に判断を任せよう。

「左にしよう」

 クラピカ理論は?
 右かと思った。

「1階探索のときは、ずっとエミュに道を選んでもらったけど、すっごく迷ったんだよぉ。
 だからエレナが決めてほしいなぁ。
 なんかラッキーガールな感じがするんだよ、エレナって」

「ラッキーガールですか。
 ほんじゃ右で」

 ここで1点補足。
 おそらく宝箱は取り尽くされているから、階層をくまなく探索することはあまり意味がないと思われます。
 以上、補足でした。

「信用がないねぇ。
 まあ、ラッキーガールが言うんなら従うよ」

「新しい通り名が増えたの。
 よかったね」

「ダサくない?」





*****





「速い!」

 2匹のワイルドウルフの強襲。
 自分の身を守ることは、まだこのレベルの敵なら容易。
 1匹に雷の槍(サンダーランス)をお見舞いすると、狼は霧散、消滅した。
 が。
 しまった!
 一匹、後方に逃した!

「エミュ先輩!!」

「オーケー!
 お任せあれ!」

 エミュ先輩の持つ槍。
 そこに炎の魔力が集まっていく。

「シンセといい勝負だ」

 私よりは低いが、それでも冒険者ランクA-は固いと思われる解放魔力。
 正直、なめていた。
 先輩。
 強い!

「焔(ほむら)!」

 その咆哮と同時に、先輩は槍を狼に突き立てる。
 その瞬間、槍を中心に、炎の旋風が巻き起こり。
 加速する旋風が、狼を吹き飛ばした。

 最後まで気を抜かないこと。
 そんな当然の思考が、脳を回転させる。
 吹き飛ばされた狼は、地面に衝突すると同時に霧散消滅した。
 近傍空間に敵性魔力は確認できず。
 我々の勝利だ。

「いやいや、腕はまだ鈍(なま)ってはいないようで。
 よかったよかった」

「先輩なら安心して背中を任せられます。
 この言葉、使ってみたかったんですよね」

「おう、任せろ!」

 私の冗談に、先輩も力強く返してくれる。
 いつものヘニャヘニャお姉さんは影を潜め。
 古風な魔女は、武術もいける。

「暇なのー」





*****





 1階でも登場した『ウィスプ』『レイス』『デーモン』。
 2階ではさらに『ワイルドウルフ』『アリゲーター』『ガーゴイル』が追加。
 特筆すべきは、ガーゴイル。
 攻撃力はまだ危険レベルではないが、私の攻撃でも一撃で沈められなくなってきた。

 ダメージは皆受けていないが、魔術使用による疲労が、先輩2人には若干見えているように感じる。
 『今日は下見』。
 そんな言葉を思い出す。
 無理は禁物。
 私の基準で物事を考えてはいけない。
 しかし、それはエミュ先輩も十分に理解している。
 アホなフリして、この人。
 本当に常識人で。
 そして何より、『ネガティブ』なのだ。

「先輩、疲れたらノムを前衛にしますから、大丈夫ですよ」

「別に構わないの」

「こりゃ頼もしいね」

「ノム、全然疲れてない。
 すごいよぉ」

 仕事してないだけなんだけどね。
 でも、ノムが健在な限り、私たちが全滅することはない。
 ノムはあえて余力を残しているのだ。
 たぶん。

「あった、あったよ!」

 ホエール先輩がはしゃぐ。
 杖を持っていない左手で指をさし、早く視線の先を共有しようと促(うなが)してくる。
 そこにあったのは、前階と全く同じ『ハゲ頭』だった。
 会いたかったぜ!
 残った元気をかき集め、ホエール先輩とエミュ先輩が駆け近く。
 ノムと私もすぐに追従する。

「みんなで一緒に触らない?」

 エミュ先輩の提案。
 なんか『円陣』みたい。
 コクコクという動作で意思共有し、皆でハゲ頭を取り囲んだ。

「せーのっ」

 ぺたっ。
 と同時に光輝く坊主様。
 1人で触ったときの4倍光っている気がする。
 神々しき。
 有難やー。





*****





 今度はぴょんぴょんすることなく。
 ノムがビリビリ魔法陣を通過した先で振り返り、ピースサインを見せてくれた。
 かわいい。

「オーケー、問題なしだね。
 見たところ、エレナとノムはまだまだ余力があるように感じる。
 時間的にもまだ余裕はある。
 でもでもでもね。
 不甲斐ない先輩を許しておくれ」

「初探索にしては、よい進捗だったと思います。
 先輩達と冒険できて、楽しかったです」

「ぬ」

「ありがとうね2人とも。
 僕も心強かったよ」

「それにしても、あんたら2人は化け物だね。
 どんな修行をしたら、ここまで成長するのか」

「西世界(ミルティア)に行く用事があったら教えますよ」

 !!!!

 その瞬間。
 違和感。
 それを拾ってきたのは。
 耳。

 音。
 コツコツという。
 これは。
 足音だ。
 誰かが、階段を登ってくる。

 その判断の正しさを証明するように、ノムも階段の先の下層を見つめる。
 何か来る。









「あなた達、何してるの?」

「そちらこそ!」

 なに食わぬ顔で登場したのは炎の美少女。
 クレセンティア学院、3期研究生、レイナ様だった。

「探索だけど」

「探索をしている理由が知りたいなぁ、なんて」

 絶対、教えてくれない気がする。

「探しているものがあるの。
 内容はまだ、今のあなた達には言えない。
 で。
 そっちは?」

「ただの好奇心での遺跡探索です。
 エミュ先輩が、この場所の秘密を知りたいって言って」

「そう。
 なら目的は同じね。
 じゃあ次回は一緒に行動しない?」

「えーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 意外すぎる提案に、4人全員の声が一致した。
 この前の魔女のお茶会が、相当お気に召したのか?
 ここにきて、心の距離が一気に接近したらしい。

「3階層で苦戦しているの。
 歯痒(はがゆ)いけど、これが現実。
 しかし、これを、半年、いいえ、1ヶ月後の私の現実にはしたくない。
 力を貸して。
 そして、私も力を貸す」

 4人は呆気に取られ、その結果10秒ほどの空白の時間が生まれた。
 正気に戻った私たちは意思確認。
 いや、そんなものは最初から必要ないのである。

「もちろん、一緒に行こう!」




















講義7:オーラ学




 学院の南西に存在する建物。
 それは『応接棟』。
 来客との打ち合わせを行うための応接室や会議室が備え付けられているそうな。
 正直なところ、エレノム、私たち2人には、全く縁のない場所だ。
 そんな場所を、今回の講義の集合場所として指定されたのだった。

「意味不明」

「同じく、なの」

 今回、先輩2人は欠席と連絡あり。
 レイナは窓の外を眺め、一人黄昏(たそがれ)ている。
 絵になる。
 タイトル『窓辺で黄昏(たそが)れる美女』。
 私は親指と人差し指で長方形を作り、出来上がったフレームにレイナを収めた。

 応接棟2階。
 4部屋あると思われる応接室の前。
 静かな廊下で。
 私は窓から見える広葉樹の緑の葉が風で揺れるのを眺めていた。
 瞑想。
 ・・・。
 ・・・。
 ・・・。
 飽きた!

「先生来ないね。
 暇だー」

「魔術しりとりでもする?
 魔術関連用語だけでやる、しりとり」

「おっし、やろう」

「んじゃあ、ノムからいくの。
 バースト」

「トライスパーク」

「黒魔術」

「月の女王」

「ウインドカッター」

「タイムリープ」

「プラチナ」

「ナイトリキッド」

「ドラゴンブレス」

「スラッシュ」

「収束」

「クルセイダー」

「ダークファイア」

「アークバースト」

「トライアンチエーテル」

「ル、ルーーー」

「ひゃん!」

 えっ!?
 突然、ノムから上がった、聞いたことのない黄色い悲鳴。
 同時に、あからさまに『びくん』ってなった。
 今までで一番『女子』を感じた。

 そして次の瞬間、ノムから溢れ出す漏出魔力。
 戦闘態勢への移行。
 明らかに動揺している。
 すぐに後ろを振り向く。
 しかし、そこには誰もいない。

 はずだった。

 空間が歪(ゆが)む。
 私は目を擦(こす)り、その歪みに焦点を合わせる。
 徐々に姿をあらわす。

 それは。
 女性だった。

「大成功。
 突然の『耳ふー』攻撃は効果抜群だったようね。
 あなたの恐怖に歪(ゆが)んだ顔、とっても美味しかったわ。
 ご馳走さまでした」

 『ノムは耳が弱い』。
 そんな知識に意味はない。
 その理由。
 それは、ノムの背後に立つことは不可能であるからだ。
 彼女の『オーラサーチ』の能力は非凡も非凡。
 忍び足で近づいても、漏出魔力を感知されてバレてしまう。

 しかし、そんな私の中の常識が崩壊した。
 目の前の彼女は、ノムのオーラサーチの能力を掻(か)い潜(くぐ)り、しかも姿を幻術で消して、完全にノムの背後を獲(と)ったのだ。

 かぶった黒のフード。
 長い布のようなそのフードが、腰下程まで垂れている。
 同色の真っ黒なローブ。
 その全身を覆うローブ越しでもわかるナイスバディー。
 悔しいけど、私より巨乳。
 胸元とお腹、おへそ、左の腰から足までが露出している。
 隠したいのか、見せたいのか。
 よくわからない出で立ち。

 たっぷりのクマをこさえた眠そうな紫の瞳。
 同色の髪は、右は短くカールしているが、左側部の髪はそのまままっすぐ下へ。
 そして首の周りで1回転して、また下へ。
 髪の毛をマフラー代わりにするという、超絶奇抜なファッション。
 やばい人だ。
 絶対、やばい人だ!

 威嚇する猫みたいなノム。
 キシャー、とか言いそう。

「自己紹介。
 私は基礎魔導学専攻、オーラ学を研究する、シェムノ。
 よろしくね、子猫にゃん」

「オーラ・・・」

 ノムがそう小さく呟(つぶや)いた。
 徐々に。
 徐々に。
 本来の彼女の穏やかさを取り戻していった。
 脳内で、交通整理が進んでいっている。

「ノム、です。
 教授はオーラについて研究していることもあり、オーラセーブが得意なのですか?」

「ご名答。
 この世界で最もオーラセーブが得意な魔術師だという自負があるわ。
 あなたも、かなりの才を持っているようだけど」

 一瞬の間。
 睨(にら)み合う、という言葉は既に適さない。
 見つめ合い、様子を伺っている。
 そのような表現が当てはまるだろう。

 その視線が私に向けられる。
 挨拶をせねば。

「3期生のエレナです」

「同じく3期生のレイナです。
 お待ちしていました」

 気づくと黄昏(たそがれ)レイナも、私の背後まで移動済み。
 すごく丁寧に、『今後は時間厳守してね』と伝えた。

「さて。
 ここではなんですので、応接室に入りましょうか。
 講義のお時間です」





*****





「オーラ。
 その言葉。
 もう知っているとは思いますが、復習ね。
 オーラとは、魔術師から、意識的、もしくは無意識的に流れ出る魔力のこと。
 攻撃魔法を撃つ場合、その攻撃魔法の持つ魔力だけでなく、別途無駄に漏出された魔力も相手、攻撃の受け手まで到達する。
 受け手はこれを感じ取ることで、放ち手の魔術的な傾向を推測することが可能となる。
 また魔術攻撃時のみならず、平常時も一定量の魔力が漏出し続けている。
 ・・・。
 これってね。
 最悪なの。
 わかる?」

「戦わずして、相手に自分の情報筒抜けってことですもんね」

「その通りよ。
 だから2つの能力が必要になる。
 オーラを読み取る『オーラサーチ』。
 そしてオーラを隠す『オーラセーブ』。
 これができない魔術師は、いつまで経っても三流。
 わかったわね。
 レイナ」

「・・・。
 善処します」

 釘を刺されたレイナ。
 確かに、レイナは魔力を垂れ流す傾向がある。
 オーラセーブは苦手そうだ。

「オーラサーチ、オーラセーブも、習うより慣れろといった言葉しかないわね。
 詳細を知りたければ、私の論文を見てちょうだいな。
 と、いうわけで。
 今日は実践。
 オーラ感知、制御に慣れてもらいます」

 オーラサーチも、オーラセーブも。
 私エレナは完全独学。
 特に訓練などはしていないが、ノムの見よう見まね、かつどうしても必要な技術であったため、いつの間にか熟練度が上がっていった。
 これを意図的に練習できるのであれば有難い。
 改めて言う。
 この2つの技能は、それが魔術戦闘の勝敗を決めてしまうほど、重要なものなのだ。

 おそらく同じ考えであろうノム。
 答えを求め、急(せ)かした質問をする。

「具体的にはどうすれば」

「それじゃあ、レイナ。
 あなたからね」

「私ですか」

 嫌そうな顔をしたレイナ。
 彼女がこんな顔をするのも珍しい。
 ほんとに苦手なんだな。

「隣にあと3部屋、応接室があります。
 今から1分以内に、いづれかの部屋の中に入りなさい。
 クイズです。
 エレナとノムには、レイナがどの部屋に入ったか、当ててもらいます。
 外れたらレイナの勝利」

「なるほど。
 オーラセーブ vs オーラサーチの戦いなわけですね」

「単純だけど、すごく有効な修行方法なのよ。
 1人ではできない、ということが問題点だけど。
 オーラ操作の訓練は、複数人でやるのが定石。
 さあ、レイナ。
 見つからないように、持てる最善を尽くしなさい。
 漏出魔力だけではない。
 物理的な衝撃、音の発生にも気をつけなさい。
 もしも私を騙せたら、ご褒美をあげるわ」

「はあ、ご褒美ですか」

 とくにご褒美に期待の薄いレイナは、終始困惑した表情のまま応接室から出ていった。
 とても静かな時間が訪れる。
 耳を済ます。
 小鳥がちゅんちゅん鳴いている。

 そろそろ、いづれかの部屋に入っただろうか?
 しかしここで、ノムから残念なお知らせが入る。

「今、一番こっち側の部屋に入ったの」

 私たちが今いるのが、応接棟入り口方面から数えて1つ目の部屋。
 応接室1、である。
 そしてレイナは応接室2に入ったと。
 そうノムは宣言した。

「と思ったら、部屋を出た。
 今、廊下。
 今度は、一番奥の部屋に入ったの」

「筒抜けすぎる」

 憐(あわ)れ、レイナ。

「それじゃあ、1分経ったから。
 答え合わせね」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 廊下に出た私たち。
 ノムの推測に従い、一番奥の応接室4の前。
 ノムと目を合わせると、質問が投げかけられる。

「エレナ、何か思うことはある?」

「私も、この部屋だと思う。
 レイナの炎の魔力ってさ、なんか特徴的な感じがするんだよね。
 まあ感覚的な話で、言葉にはしづらいんだけど」

「ではでは、答え合わせね。
 ぱんぱかぱーん!」

 陽気な掛け声と共に、勢いよくドアを開いたシェムノ教授。
 その先では、応接室のイスに座って、俯(うつむ)いたレイナがいた。
 漂(ただよ)う悲壮感。
 日頃のSキャラとのギャップが最高です。
 なんか、かわいい。

「残念でした。
 ご褒美獲得ならず」

 私はレイナに背後から近づき、ゆっくりと肩に触れた。
 拒絶され、手を弾(はじ)かれることがないことをしっかり確認すると、弱めに肩を揉んだ。
 スキンシップ攻撃。
 弱ったところに漬け込むのである。
 10秒ほど揉み揉みしたが、レイナは最後まで拒絶しなかった。
 あんまり長くやるとウザがられるので、ここらで退散。
 喜んでもらえたかはわからないが、不快ではなかったと信じたい。

「エレナ、肩を揉んでくれてありがとう。
 また後日、今度は私が揉んであげるわ。
 強めで、ね」

 レイナ様が目を細め、いやらしい笑みを浮かべる。
 よかった。
 いつものレイナ様に戻ったようだ。
 Sのレイナ様と、Mのエレナは相性抜群なのでした。

「さてさて。
 ・・・。
 魔術師ノム!
 あなたの番よ。
 その実力を見せなさい!
 勝負よ!」

 シェムノ教授が宣戦布告する。
 これは楽しみな戦いだ。
 実力は教授が上だ。
 でもノムも、先ほどの『耳ふー』攻撃の借りを返さんと奮起するはずだ。

「ふんす!」

 ノムがちっこくファイティングポーズを見せる。
 こちらもやる気満々だ。

「私たちはまた第一応接室に戻るわ。
 戻ってから1分間があなたの猶予。
 その後に答え合わせね。
 よろしいか?」

「ぬ!」




*****





 1分経過。
 応接室の中からでは、ノムの行動を彼女の漏出魔力から感じ取ることはできなかった。
 私とレイナの2人。
 左の応接室2、中央の応接室3、右の応接室4、それぞれを交互に眺め、集中力を研ぎ澄ましていた。

「答えは出た?」

「もう少し時間をください」

 シェムノ教授の問いに、私が返す。
 私は行動を開始。
 応接室2から順に、その扉に手を触れ、そしてノムのことを脳内に強く思い描いた。
 懐かしい、過去の光景が浮かんでくる。
 『見つけてあげたい』。
 そんなフレーズが脳内に浮かんだ。

 応接室3、応接室4でも、同様の作業を行ったエレナ。
 そしてシェムノ教授に告げる。

「決まりました」

「りょ。
 では、レイナから答えをちょうだい」

「私は応接2です。
 ここからしか、魔力を感じないから」

「では次、エレナ」

「2は、『スケアクロウ』、だと思います。
 私は応接3です。
 流れてくる、本当に微弱な波動が、なんかノムっぽい気がする、から。
 応接3の扉に触れたときが一番落ち着く、というか。
 私、何言ってんだ」

「なるほどね。
 私は応接4を選択するわ。
 余ったので」

「そんな理由ですか」

「悔しいけれど、ノムのオーラセーブの能力は本物よ。
 世界でも上から10人には入るでしょうね。
 脱帽よ。
 応接3か応接4。
 どちらであっても不思議ではないわ」

 そこまで話すとシェムノ教授は、応接室4の前に移動した。

「全員、同時に扉を開けましょう。
 準備して」

「了解です」

 レイナは応接2へ、エレナは応接3へ。
 それぞれ各位、ドアノブを握る。
 ノムとの絆が試される。
 そう考えるとプレッシャーだ。

「いっせーの・・・。
 せっ!」

 ガチャリと音を立てて扉を引く。
 その瞬間、私の胸に柔らかい温もりが飛び込んできた。

「エレナ、おめでとうなの」

 扉を開けた瞬間、ノムが私の胸に飛び込んできた。
 日頃ない優しくて大胆なスキンシップに一瞬戸惑うも、すぐに彼女が与えてくれる愛を堪能する。

「ノム、いつも一緒にいてくれて、ありがとうね」

「こちらこそ、なの」

 日頃は言えない感謝の念。
 それを耳元で伝えあった。

 ノムから離れ振り返ると、レイナは優しい表情を見せてくれていた。
 その表情を見て、『あんたたち、ほんとに仲がいいわね』というフレーズが浮かんだ。

「おめでとうノム。
 見事、このシェムノ教授を騙(だま)しましたね。
 では、ご褒美を贈呈します。
 こっちにきなさい」

 ノムは軽く首を縦に動かすと、無言で教授の前まで移動した。
 なんか、くれるのかな?
 マジックアイテムかな?
 きっとノムも同じような考察をしているだろう。

「むきゅっ!」

 ノムが変な悲鳴を漏らす。
 そのノムの顔は、シェムノ教授の巨乳に、ずっぽしと埋まり込んでいた。
 さらに教授は、ノムの顔を押さえつけてグリグリと自分の体に押しつける。

「ぷはぁ!」

 ノムの抵抗が激しくなったので、その行為は5秒ほどで終わってしまった。

「堪能した?」

「この人、変態なの」

 困惑した声で嘆(なげ)くノム。
 その顔は朱色に染まり、両の瞳はウルウルしていた。
 くっそ、かわいい。
 そんなくっそかわいいノムが、今度は私に体を預けてくる。
 白い手で、私の腕をちょこんと掴んだ。
 なんか今日は、ノムの女の魅力が大解放される1日だ。
 大先生の威厳が崩壊し、男の心を何度も串刺しにする美少女の側面が漏れ出している。

「魔術師ノム。
 私の弟子になりなさい」

「やなの」

「即決は必要ない。
 ゆっくりと考えておいてね。
 それじゃ、バイバーイ」

 そう言って振り返った瞬間、教授は霧散消滅してしまった。

 なんかぐったりしたノム。
 気分転換に、帰ってお風呂にでも入ったほうがいいのかも。
 そんな思考を受け、帰宅を提案しようとした私を引き止める声。
 レイナだ。

「エレナ。
 ちょっといい」

「はい?」

「オーラセーブの特訓をするから手伝って」

 断る理由は特になく。
 一人宿へ戻っていくノムを見送って。
 私とレイナは、応接室を利用したオーラ操作の修行を開始したのだった。




















課外7:天空露天と月の歴史




『ダンジョン初探索、お疲れ様会をやろう!』

 その提案をくれたのはエミュ先輩。
 エレノムには断る理由なし。
 軽く首を数回上下運動させたあと。
 自然と残った赤髪美女に視線が集まる。

『何?私も誘っているの?
 ・・・
 別に、構わないけれど』



 さて、そんなこんなでやってきました。
 慰労会場。
 それは『クレセンティア天空露天』。
 そう、露天風呂だ。

 地上4階建ての大型宿泊施設。
 その屋上に、お湯が張られている。
 立ち上る湯気。
 その奥に見えるのは、大自然。
 大都会の中に存在する癒しのオアシス。
 自然の岩で囲んで作られた湯船。
 その脇に、南国にありそうな樹木が複数植えられている。
 いくらなんでも豪華すぎる!

 あっけに取られるのは、タオルを胸から下に垂らしたエレノム。
 その後ろから同じくタオルで身を隠した、鎖骨麗しきエミュ先輩。
 胸は小さい、とまではいかないが、私と比較すると控えめ。

 そして。
 それに追従してレイナ様。
 胸は私とエミュ先輩の中間サイズの美乳。
 顔では負けているが、胸では勝ったぞ。

 ちなみにノムはレイナと同程度。
 彼女は意外と女性的魅力が高いのだ。

「こんな都会に、こんな場所があるなんて驚きだろ。
 驚いてほしいなぁ」

「驚いていないように見えますか?
 この街に来て、一番の驚きですよ!
 これはすごい。
 すごい、金の掛けようですね」

「入浴料がもう少し安かったらいいんだけどねぇ」





*****





「ぽかぽかなの・・・」

 露天風呂に口元ギリギリまで浸かったノムが、幸せそうに漏らした。
 そんなノムの隣で、私はお湯に浸かりながら天空を仰ぐ。
 そこには満点の星空。
 そして、それらの存在を超越する『クレセント』。
 月の名を冠したこの街は、月が美しく見えることでも有名だ。

「疲れが吹き飛ぶよ」

「そうね」

「気に入ってもらえたようで安心したよ」

 そう言いながら、エミュ先輩は私の後ろに回りこんだ。
 何?

<<もみもみ>>

「エミュ先輩!?」

「いいからいいから」

 私の後ろに回った先輩は、肩を揉んでくれた。
 こんな良い場所を紹介してもらった上に、肩まで揉んでもらうなんて。
 申し訳なさを含んだ声で先輩の名を呼んだが、エミュ先輩は構わず続ける。
 ここは先輩に甘えよう。

 先輩の指は肩を離れ、首や肩甲骨の上辺りを行ったり来たりする。
 親指が深く体にめり込むたびに、悩ましい声が漏れてしまう。
 これは、ヤヴァイ、でぇす。

「お上手ですね」

「父に昔よくやってたからね」

「先輩ご家族は?」

「父、母、あと妹が1人。
 みんな元気にやってるよ。
 そうだ、今度家に遊びに来なよ。
 エレナなら大歓迎するよ」

「はい、是非是非」

 ここで、首にさらに深く親指が突き刺さると、私は甘美な世界に没入してしまう。
 ちょっと痛いくらいが気持ちいいです。

 しかし、残念ながらここでマッサージは終了。
 私はすぐに感謝の言葉を伝える。

 そのまま、先輩は私の前まで移動。
 私、ノム、レイナ全員を交互に見つめると、語り始める。

「今回の探索は、本当にお疲れ様。
 次回も力を貸しておくれ」

「楽しみにしておいて」

 レイナが代表して言葉で返答し、エレノムは首と笑顔で返した。

「さて、ちょっと先輩の小噺(こばなし)に付き合ってもらってもいいかな?」

「もちろんです」

「昔話をしようと思う。
 月の聖地、クレセンティアにまつわる昔話。
 ・・・。
 エレナ。
 錬金工房にさ、肖像画があったの、覚えてる?
 女性の肖像画」

「ああ、ありましたね。
 超美人の。
 丸い眼鏡をかけた」

「なんていう人物か、知ってる?」

「わからないです」

「フローリア様だよ」

「知ってます!
 知ってます!
 ゴーレムを産み出した、月の従者様ですね!
 三魔女の歴史書に出てきますもん!」

「その通りだよ、エレナ。
 彼女はゴーレムをはじめとした、魔導工学に関連する研究の開祖。
 『魔導工学』という分野に大きく貢献し、多くの遺産を残した。
 我々魔導工学専攻の研究者にとって、神様みたいな人。
 だから彼女の肖像を飾り、常に尊敬の念を忘れないようにしているのさ」

「なるほど」

「次に。
 エステル様の名前は知ってるよね」

「もちろんです!
 大好きなんです、エステル様!
 月の従者にして、ありとあらゆる魔術に関する知識を習得し、全属性の魔術を使いこなす。
 史上最高の天才少女。
 ポニテ仲間!」

「イエス、イエス。
 私よりも詳しそうだね。
 さて。
 そのエステル教授を敬い、肖像を壁に掲げるのが基礎魔導学専攻。
 アルティリス女史もエステル様押しだよ」

「へー」

「では問題です。
 応用魔導学専攻の教授が敬い、肖像を飾っている人物は誰でしょう、か?」

「あーーーーーーーー、誰だっけ?
 月の第一従者は3人いるんですよ。
 エステル様、フローリア様、とあと1人。
 ぬぅん、どうしても出てこない」

「はい、時間切れ。
 正解発表です。
 正解は、エステル様でした」

「あれっ?
 そうなんですか?
 あと1人いましたよね、月の従者様」

「おさらい。
 魔導工学専攻がフローリア様。
 基礎魔導学専攻がエステル様。
 応用魔導学専攻もエステル様。
 そして、もう1人の月の従者。
 それが『アレイズ』様さ」

「そう!
 アレイズ様だ!
 でも、アレイズ様って、歴史書にはあんまり記述がないんですよね」

「エレナ、歴史に詳しいわね」

「好きなんですよ」

「エレナ、的を得た考察だ。
 こここそ、今日話をしたかった点さ。
 工学の天才、フローリア様。
 魔導学の天才、エステル様。
 しかし、アレイズ様には魔術の才能がなかったんだ。
 比較的ね。
 凡人と比較したら最強だよ。
 でもフローリア様とエステル様が天才すぎた。
 そんな2人と、彼女、アレイズ様は、ずっと比較され続けてきた」

「それは、キツイ」

「ご存知の通り、第一従者となるためには、非凡なる魔術の才が必要だ。
 そして、その選定理由により、アレイズ様、フローリア様、エステル様が選ばれた。
 でも、アレイズ様は思い悩んだ。
 全力で魔術を磨いた。
 でも追いつかなかった。
 そして思ったんだ。
 『自分は必要ない』、ってね」

「湿っぽい話ね。
 ウジウジした人間は大嫌いだわ」

「ストップ。
 この話の続きを聞いてくれ。
 ある日、黄昏(たそがれ)ていたんだ、アレイズ様がね。
 そこに月の女王、クレセント様が現れる。
 声を掛けた。
 『悩みがあるなら聞きます』、と。
 そしてアレイズ様は答えた。
 『従者をやめたい』と。
 そして続けた。
 『私には魔術の才能がないのではありません。魔術に対する興味がないのです』」

「そっか・・・。
 人間が何に魅力を感じるかなんて、人それぞれだもんね」

「でも、女王は返したんだ。
 『貪欲(どんよく)になりなさい』、って」

「貪欲・・・」

「『あなたが欲しいものを明確にしなさい。魔術が嫌いなのではなく、他に興味があることがあるのではなくて?なんでそれらを求めてはいけないの?第一従者だから?私はそんな命令はしていないわ。常識は捨てなさい。仕事はしなさい。でも、それ以外の時間はあなたのものよ。自分が信じる人生を歩みなさい』」

「・・・」

「この一言でアレイズ様は変わった。
 魔術の研究もやりながら、彼女は元々好きだった、美術と建築の研究を始めたんだ。
 彼女は、こんな言葉を残している。
 『エステルとフローリアが研究の合間に癒しを感じれるような、ずっとここに居たくなるような美しい街を作りたい』ってね」

「自分の道を見つけたんですね」

「彼女は本気だった。
 そして何より『権力』があったんだ。
 その権力を保つために必要となる魔術的な素養も、さらに磨いた。
 魔術を学ぶ、その目的が変わったんだ。
 そして、クレセンティアの街の全市民に向けて、高らかに宣言した。
 『この街を、世界で最も美しい街に変える!反論は許さない!ついて来て下さい!』ってね。
 そして、この言葉に、市民みんなが賛同したんだ」

「だから、この街は『美しい』んですね」

「そうさ。
 何人もの人間が。
 美術家が。
 建築家が。
 アレイズ様の『美しい街』という合言葉を心にしまい。
 何回も。
 何回も。
 どうすれば、より『美しい』かを考えた。
 その結果が、今のこの街さ」

 この街の魅力は『路地』にある。
 密集した建物の合間の通路が美しい。
 街の中のどんな位置にたたずんでも、どんな角度でも美しく、また場所によって違った魅力を見せてくれる。
 どれだけ散歩をしても飽きることがない。
 そしてそんな街を一望できる、研究棟の屋上での風景。
 その夕日に照らされた光景が、脳内を埋め尽くした。

「肖像画の話に戻ろう。
 エステル様とフローリア様の肖像は学院内で多く飾られている。
 でも、アレイズ様の肖像は、学院の外、この街のいたるところに飾られている。
 この街の全ての住人が、アレイズ様に感謝し、そして崇拝している。
 ・・・。
 だからさ。
 私達は絶対に。
 この世界一美しい街を。
 命をかけて守るんだ」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「おう!
 お前らも来ていたのか!」

 エミュ先輩の話は面白く、話に没入していたが、掛けられたすこぶる明るい声により、現実世界に戻ってきた。
 声の方向を観察する。
 最初に目に飛び込んできたのはピンクの獣耳。
 そしてそのまま視線を下に移動させると。
 私といい勝負の巨乳。
 ぬぅ・・・。
 さらに下へ移動すると。
 一糸纏(まと)わぬ肉体美。
 鍛え上げられた腹筋。

「ライザ教授!
 教授もいらしてたんですか!?」

「奇遇だな。
 喜ばしいぞ!」

 隠して!隠して!
 という私の脳内の声は聞こえるはずはなく。
 ライザ教官は、あられもない姿でノシノシと近寄ってくる。
 そのとき私は、その後ろに、もう1人、ピンク色の髪の人物がいることに気がついた。
 
「エレナ、学院生活は充実しているかい?」

 そのピンクさんが私に声を掛けてくる。
 湯気が視界をぼかし、観察力を低下させる。
 しかし、その胸は、私以上に豊満であった。
 誰だ、この人?

「とうっ!!」

 そんな掛け声と共に、猛ダッシュ。
 ピンクの女性は助走を付けて加速し、湯船の淵で跳躍した。
 着地と同時にしぶきが上がり、私達は反射的に防御姿勢を取る。
 すぐに状況確認を開始するが、ピンク色はどこにも確認できなかった。

「いやっ!」

 その瞬間、体が否応なく反応する。
 双胸に走る強い刺激。
 胸を、揉まれてる!!
 
「でっかく育ちやがって」

 そんなオヤジ丸出しのフレーズを発しながら、性的衝動を抑えないピンク野郎。
 その声質に聞き覚え有り。
 私は刺激に耐えながら、全力で脳を回転させる。

「モメルさん、やめてください!」

「堪能したぜ、エレナ」

 胸を揉んだ犯人。
 それはモメル。
 メイドのモメル。
 メイド服じゃなかったから、判断が遅れた。
 が、いやらしい声質が、その答えを教えてくれた。

「そんなに揉みたいなら、先に私のこと口説(くど)いてください」

「愛してるぜ、エレナ」

 そんな軽々しい台詞(セリフ)を吐き捨てて、ピンクのモメルは離れていった。
 尻軽女め。

 気づくと、ライザ教授も風呂に浸かっていた。
 ここで、レイナが混沌を破る。

「ライザ教授とモメルさんはご友人なのですか?」

「呑(の)み仲間だ。
 今日もこの後、一杯やるつもりだよ」

 ライザ教官のピンクの獣耳がピクピクする。
 触りたい。
 その感情は、モメルが私の胸を揉んだときの気持ちと似たようなものだ。
 
「レイナも、エレナ達と仲良くなったようね」

 その言葉を発したのはモメル。
 ここで、とある疑問が噴出する。
 私はレイナに尋ねた。

「モメルとレイナは、面識があるの?」

「私がこの学院に潜入しようと校門の前でウロウロとしていたら、モメルが声を掛けてくれた。
 その流れで研究生、入学の話になった」

「私達と、おおよそ同じだね」
 
「有望な人間を、みすみす見過ごす。
 そんなのは勿体無い。
 学院は、常に有能な人間を求めている」

 モメルが語る。
 その言葉に合わせて、ライザが目をつむり、首を縦に振り、呟(つぶや)いた。

「期待しているぞ、若人(わこうど)達」

 肌が上気し、髪と耳のピンク色と調和しだす。
 気持ちよくなっている。
 より良い武器を作ってもらうため。
 今こそがチャンスである。
 肩揉み攻撃だ!
 私はライザ教官の後ろに回りこみ、肩に手を伸ばした。

<<モミモミ>>

「気が利くな、エレナ」

 カッチカッチやぞ!
 肩にまで、しっかりと付いた筋肉。
 硬い。
 そんな硬度に負けず、一所懸命に手を動かす。

「何でも、ご命令ください、ライザ様。
 私達がお願いしている内容は、それほどに厄介なことと存じます。
 何卒(なにとぞ)」

 先ほどのエミュ先輩のマッサージを真似。
 私は首と肩甲骨の上辺りを重点的にほぐしていく。
 教授の鍛え方からすれば、ある程度強くしても大丈夫であろう。

 ぽかぽか気分で気持ちよくなったノムも教授に近づき、腕を揉み始めた。
 美少女2人による、接待攻撃。
 陥落(かんらく)しなさい!

「2人とも、まだまだ筋肉の鍛え方が足りないな。
 弱弱しいぞ」

「ならば、殺すつもりでいきます!」

 込める力を強める。
 しかし教授は表情を変えない。
 ならば、作戦を変えよう。

「教授、不躾(ぶしつけ)なお願いをしてもよいですか?」

「なんだ」

「耳に触っても、いいですか?」

「まあ・・・。
 構わんが」

「ありがとうございます。
 では、遠慮なく」

 私は教授のピンクの獣耳の根元に触れる。
 両手を使い、それぞれで両の耳を触る。
 
「もふもふやぁ~」

 あまりのモフモフ具合に、心が持っていかれそうになる。
 その快楽に耐え、私は耳に添えた手を上に動かす。

「んっ!」

 ライザ教官の体が、僅(わず)かにビクンと跳ねる。
 効いてる!
 効いてる!
 
 そのまま、私は手を上下させる。
 その流れで、耳の内部まで手を伸ばす。
 さらに追撃。
 『耳ふー』攻撃だ!
 
「おい!コラっ!
 私の耳で遊ぶんじゃない!」

 慌てた様子のライザ教授が拒絶反応を見せる。
 しまった。
 やりすぎた。
 ただ、効果は抜群だったようで、顔がさらに赤くなっている。
 かわいい。

「どれだけ筋肉を鍛えても、耳は鍛えられんのだ」

 教授はそんなことを言い放った。
 モメルさんがニヤニヤしている。
 たのしそうな。

「教授。
 教授は、エレナとノムの武器製造を請け負っているのですか?」

 その質問をしたのはレイナ。
 真剣な表情で教授を見つめる。
 教授は頷(うなづ)いて、それに答える。

「私も、欲しいです。
 新しい武器が。
 何でもします」

 レイナが自尊心を投げ捨てて懇願した。

「どんな武器が欲しいのだ」

「私の、今の武器は腕輪です。
 相性は良いと思っています。
 しかし、決定打に欠けます。
 最後の決定打となる一撃。
 そのために必要となる武器を求めています。
 しかし。
 それに適した武器。
 それが何か。
 その答えは、今の私の中にはありません」

「エレナ。
 レイナに合う武器、何だと思う?」

 ライザ教授からの質問。
 突然、矛先がこっちに向く。
 あまり深く考えることなく、私は思ったことをそのまま口にした。

「鞭(むち)?」

 その瞬間、訪れた静寂。
 すみません、ボケたつもりだったのですが・・・。
 しかし、その先には、意外な結末が待っていた。

「いいわね」

「はっ!?」

「いいな、鞭(むち)。
 似合うと思うぞ」

「はっ!?」

 レイナもライザも、私のボケを本気で受け取ってしまった。
 レイナ×(かける)鞭(むち)。
 SM女王様への道、一直線。

「軽量で、レイナの敏捷性を損なわない。
 自由度の高い攻撃を実現できる。
 相手の意表を付ける」

「鞭(むち)。
 作っていただけますか?」

 なに?
 この展開・・・。

「よく聞け。
 鞭(むち)の、打撃部、レザー部の素材が必要だ。
 これは金属でなく、魔獣の革となるだろう。
 この素材は、レイナ、お前自身で入手しろ。
 より強力な魔獣を討伐し、レザーを入手する必要がある。
 レザーを鞭に加工する工程に関しては、ノノ教授に相談しろ。
 一方、グリップ部分に必要な金属はクリクラ教授に相談しろ。
 それが最適解。
 それら、全ての素材が揃ったら、私に持って来い。
 無償で武具製造してやる」

「無限の感謝を。
 必ず、全条件を達成します」

 ここに、『レイナ、SM女王様化計画』が発足(ほっそく)した。
 Mの男性が泣いて喜びそうだ。
 レイナは、いやらしい微笑(びしょう)を浮かべている。
 彼女は、どこに向かおうとしているのか?

「教授、話はそれますが、もう1つ質問があります」

「話せ」

「あそこに衣服を着用した女性がいるのですが。
 彼女は何をしているのですか?」

 それは私も、とてつもなく気になっていた。
 魔術師風なコートを着用した、キッツい目をした杖装備の女性。
 露天風呂にも関わらず衣服を着用したまま、風呂の外でじっとたたずんでいた。
 異質も異質。

「監視者(サーベランス)だよ。
 覗き魔がいないかを監視しているのさ。
 この街の法では、風呂を覗く人間は殺していいことになっている。
 覗き魔を監視、排除するための人間さ」

 その瞬間、サーベランスさんが炎の槍を生成。
 即、放出され、数秒後に爆発音が聞こえた。

「あ。
 まさに覗き魔がいたみたいだな。
 その覗き魔。
 まさに、冒険者だよ」

「恐ろしい・・・」





 この時点で、ほっかほかで、のぼせ気味のノムが限界宣言。
 それにライザさんとモメルも応じてくれる。

『呑み、お前達も付き合え』

 そのライザ教授の提案に、エレノム、レイナ、鎖骨の全員が賛同を示す。
 ライザ教官行き着けの、お魚がおいしいお洒落居酒屋へと同行した。

 いい気持ち。
 本当に最高の一日だった。
 それにしても。
 居酒屋でのレイナの変貌っぷりが、あまりにも凄かったが。
 それを話すのは、別の機会にさせてください。




















講義8:魔導光学




 講義も8回目。
 お馴染みの中央棟1階の教室。
 ではなく。
 今日の講義は、中央棟の『2階』。

 部屋は間違っていないのか?
 そんな疑問により、おっかなびっくりに扉をノックすると、すぐに声が返ってくる。
 ゆっくりと扉を開ける。

 おじゃま、します。

 部屋の内部をざっと確認。
 大量の機材が乱雑に置かれている。
 その1つ1つに視線を送るが、いったいぜんたい、なんじゃこら。

 そして、視線を部屋の奥へ送る。
 窓から差し込む柔らかな光に照らされた机。
 そこには一人の男性。
 微笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

「ようこそ、僕の研究室へ。
 歓迎するよ」

「はじめまして。
 3期生のエレナです」

「ノムっていう」

「レイナよ」

「エレナ、ノム、レイナ。
 廻(めぐ)り合えたことに感謝するよ。
 僕はナルセス。
 応用魔導学専攻、魔導光学を研究するナルセスさ」

 エメラルドの髪、それが右目を覆い隠し、同時に後ろ髪は細く束ねられている。
 鋭い目、瞳の色は桃(とう)。
 超絶美形、肌白美男子。

 体で一番最初に視線が集まるのが胸元に掛けられた大きな鏡のペンダント。
 その曇りなき鏡に写った私と目が合う。
 今日もかわいいよ、エレナ。

 全身は白いローブで覆われている。
 が、しかし。
 なぜか露出された左半身。
 程よく鍛えられた美しい筋肉を、右胸周辺に確認できる。
 このような容姿も、彼の美意識による意思決定の賜物(たまもの)なのか?
 とりあえず。
 簡易的に、『見せ乳首教授』と呼ぶことにする。

 ・・・

 そこから何故か、訪れた静寂。
 見せ乳首教授は、ただ一点。
 緋色の瞳を見つめ続けていた。

「美しい」

「はい?」

「こんな美しい女性、見たことがない!」

 興奮を押さえきれない教授は、レイナの両肩を鷲掴み。
 レイナは、それをすぐさま振り払った。

「何ですか?」

「僕の、絵のモデルになってくれ!」

 嫌悪感を隠さないレイナにも、お構い無しで攻めるナルセス教授。
 もはや、変態だ。

「絵のモデルになって、私に何のメリットがあるのでしょうか?」

「金を払う」

「お金は間に合っています」

「ならば、欲しいものを何でも与えよう。
 この部屋にあるものならば、なんでも持っていっていい」

「ガラクタに興味はありません。
 あまりしつこいと、爆破しますよ」

「いや、逆に爆破してくれ!」

「なら遠慮なく」

「ここでは、やめて!」

 変態を痛め付けても喜ぶだけ。
 そう考えると、変態って最強だな。

 さて、これでは話が進まない。
 私は変態を美女から引き剥がしにかかる。
 2人の間に入り、変態の視界から一旦レイナを排除すると、両肩を鷲掴みにし、これでもかと揺さぶってやった。

 もちつけ!

 ナルセス教授は、私にされるがままに往復運動を繰り返した。
 目をつむって、口を半開きにして、あうあう言っている。
 私が手を離した後も、慣性の法則が働いていた。
 やじろべえのように時間をかけてゆっくり静止する。
 そして、私をじっと見つめてくる。

「緑の髪、君も美しい・・・」

「ビリビリ、したいかい?」

「おうっ!
 痛っ!痛!痛!」

 ナルセス教授は、全力で手首をプラプラさせて指先の痛み、痺れを紛(まぎ)らわせる。

「次は、股関を狙いますよ」

「望むところだ!」





*****





「さて、取り乱してすまなかったね。
 真面目な話に戻ろう」

「お願いします」

 エレナ、ノム、レイナ。
 全員がジト目で教授を見つめる。

「僕が研究するのは『魔導光学』。
 『魔導』、『光学』。
 なんだけど・・・」

「なんだけど?」

「僕がメインで研究してるのは『光学』。
 『魔法』は、基本関係ないんだよ」

「この部屋にある、雑多なアイテムは、この『光学』の研究に使うんですね」

「その通りだよ、エレナ。
 さらに、『光学』の中で、僕の感心領域の中心は、『レンズ』なんだ。
 『レンズ』。
 これは、人類史に残る大発明なのさ」

「なるほど。
 それで、あちらこちらに『眼鏡』が置いてあるんですね」

「『眼鏡』を発明したのは、魔導工学の始祖、フローリア様。
 そこから、ここクレセンティアでは『レンズ』の研究が始まった。
 その研究を引き継いでいるのが僕。
 そんな表現も可能となる」

「なるほど!
 フローリア様とエステル様が掛けている眼鏡は、フローリア様が作ったんですね」

「その通り」

 そう言って、教授が指差した先。
 そこには、フローリア様と、エステル様の肖像画が仲良く並んでいた。
 ナルセス教授は応用魔導工学専攻。
 しかし、エステル様だけでなく、フローリア様も崇拝している。
 そこから、この教授の研究の内容を推測しえるのだと感じた。

 その視界に、まんまるい眼鏡を掛けた青髪少女が入ってくる。
 フレームをちょこんと触って、首を少し傾(かし)げてポーズを取る。
 かわいい。

「似合う!」

「でも、視界がボケボケなの」

 眼鏡を返却したノムを、教授は微笑ましい表情で見つめていた。

「どうかしら?」

 !!!
 まさかの、レイナ様、御試着。
 わずかな『鋭さ』を持ったフレーム形状が、彼女の鋭利なる美麗さに拍車をかける。
 美人って、何でも似合うからズルい。

「描きたい・・・」

「ナルセス教授、今は自重してください。
 これじゃあ、話が進みません」

「そうだね、エレナ。
 脳内自己去勢しよう」

 レイナが眼鏡を返却すると、講義が再開される。

「レンズは、眼鏡だけでなく、様々なものに応用される。
 まずは、これらを列挙しよう。
 顕微鏡。
 望遠鏡。
 カメラ。
 映写機。
 この4項目。
 これらが僕の研究のメインテーマなのである」

「各々、聞いたことはあるかもしれない、です」

「まずは顕微鏡。
 接眼レンズ、対物レンズをはじめとして、複数のレンズを絶妙に組み合わせ、配置し、人間の目では見えないような微小な構造の視覚確認を実現するもの。
 ここ、クレセンティアでは、魔術以外にも、医学、薬学、農学、生物学、工学などの研究が進められているけれど、顕微鏡はこのような分野でこそ、その真の価値を爆発させるものなのだよ」

「とんでもない発明なの」

「そうだね、ノム。
 顕微鏡によって、世界が『奥行き方向』に広がったんだ。
 さて、次は『望遠鏡』だよ」

「これが、クレセンティア天文台に設置されているんですね」

「その通り。
 また、研究院の時計塔にある簡易天文台にも、レベルは落ちるけどそれなりのものを設置している。
 より遠い、暗い星を見るためには、対物レンズを巨大化し、光をたくさん集める必要がある。
 このレンズの巨大化、及び同時に形状の精密化、平滑化と、我々研究者は戦っている。
 そして、その成果。
 それは、是非、ここクレセンティアに滞在する間に体験していって欲しい」

「ぬぬぬ!」

 肯定のノム語が3回続く。
 私としても、今の教授の言葉を受ける前から、天文台への訪問は予定に組み込まれていたのだ。

「次に進もう。
 『カメラ』。
 それは、今僕が見ている世界を、絵画の世界に閉じ込める、そんな機械さ」

「そんなことができるんですか?」

「百聞と一見の差については周知の通り。
 本物(リアル)を見せよう」

 そう言うと、教授はガラクタの中から、1台の装置を持ち出した。
 三脚の上に、黒い布がかけられた箱が乗っている。

「この装置に向かって、3人並んでおくれ」

 『へいへいほー』と心でつぶやき、教授の指示に従う。
 なし崩し的に、私が真ん中に陣取ることとなった。
 左手にノム。
 右手にレイナ。
 ほぼ同身長の赤緑青が仲良く並んだ。

「はい笑って、笑って」

 その新しい指示に、私だけが従う。
 他の2人が頑ななることを理解した教授は、黒幕を一気にまくった。
 そこから現れた円筒形の構造が、私たちを狙っている。

「動かないで!」

 その指示で訪れた5秒ほどの静寂の時間。

 ここで私は思った。
 『これ、レイナの画像を教授に渡してしまうことになるのでは?』
 『それが教授の狙いだったのでは?』
 『が、時すでに遅し』

 そのあと、教授は黒幕を再度、箱に覆いかぶせる。

「お疲れ様。
 できあがりは後々のお楽しみ。
 銀塩への露光は完了したけど、現像作業に時間がかかるのでね」

「そうなのかー」

「このようにして、君たちの今を切り取って、後世に保存しておくことが可能になるよ。
 このカメラは、今クレセンティアの新聞社で使ってもらっている。
 フィードバックをもらって、日々改善を繰り返している最中さ」

「たしかに。
 新聞には画像も掲載されてましたね。
 あれは、このカメラを使っていたんですね」

「そういうことだね」

 私は改めて、黒幕で覆われた箱を覗き込む。
 こんなガラクタみたいなもので、世界の事象をみなで共有できる。
 ・・・。
 私も1個欲しい、かも。

「値段は聞かないでね」

「さようですか」

「最後の4つ目に行くよ。
 『映写機』。
 これは例えば、先ほどのカメラで撮った結果である『写真』を、スクリーンに投影して、みんなで鑑賞できるようにする装置さ」

「ファンタスティック、なの」

「フィルムに光を当て、レンズで拡大する。
 でも、目指しているのは静止画の投影ではない。
 動画。
 動く写真さ」

「しごい」

「投影したいフィルムを連結しておき、これをテープ状に巻き、くるくると回転させながら光を当てると、まるで映像が動いているように見える。
 そして、まさに今、僕が一番力を入れているもの。
 それが、この動画を皆で鑑賞できる場所。
 『映画館』なんだよ」

 教授の顔が夢に溢(あふ)れている。
 本当に楽しそうに語る先生は、私たち3人の誰も見ていない。
 好きって、いいよな。

 ノムだけでなく、レイナまでも柔らかい表情を浮かべている。

「この映画館で、僕が求め続ける『美』というものを、みんなに共有できるんだ。
 みんなが愛するクレセンティアの歴史も、後世に残すことができる。
 まあ、1つのコンテンツを作るのには、莫大な労力と時間とお金がかかるのだけど。
 この映画館。
 現在は試験上映中さ。
 もしよければ、のぞいてみて欲しい」

「是非に」

「逆に、これに関して、君たちに1つ聞きたいことがある。
 映像を見せるには『光源』が必要になる。
 でも、良い映像を見せるために必要な、輝度が高くて、より白色に近い光を、現在の工学技術では実現できない。
 そこで現在は、『光術』に頼っている。
 でも、この映画に適した『光』を実現できる魔術師が、現状僕しかいないんだ。
 これじゃあ、僕が特等席で映画を見れないだろ。
 そこで。
 光術が得意な術者がいたら紹介して欲しい。
 もちろん、その人物には報酬を払う」

「なるほど。
 ならば、冒険者ギルドで『シンセ・サイザー』を探してください」

 すぐに浮かんだオレンジ色のツインテール。
 勝手に紹介して良いのか分からんかったが。
 シンセならば教授が変態的行動を取ったとしても、冷静沈着に対処できるであろう。
 逆に、教授が死なないかの方が心配だ。
 
 
 

 
*****
 
 
 
 
 
「喋りたいことは全部話せたので、これで講義終了。
 と、いきたい気持ちもあるのだけれど。
 これじゃあ、僕が『工学者』だという認識だけで終わってしまうね。
 なので最後に少しだけ、魔術の話をしよう」

 そう言うと、教授は私たちから少し距離を取る。
 そして祈祷(きとう)収束のポーズで精神集中を開始した。
 教授と私達の間の空間に、魔力が集まる。
 その魔力は、成人女性になった。

「アルティリス女史、ですね」

 そう答えたのは、ノム。
 レイナと私は、ただの白い長髪、白い衣装の美しい人であるという認識しかなかった。
 長く伸びた白い髪は、今にも地面に着きそうなまである。
 聖女のような微笑み。
 しかし、どうしても感じざるを得ない『違和感』。
 それが、私の次の言葉を引き出した。

「『幻術』、ですね」

「その通りだよ、エレナ。
 この学院の教授は、1年に最低1本、魔術に関する論文を書き、学院に寄贈する必要がある。
 これが研究費をもらうため、この場所にとどまるための条件になっている。
 僕の研究論文の内容は『幻術』。
 光術を用いて、相手術師にマボロシを見せる術」

 アルティリス様が徐々に消えていく。
 さよならなのだ。
 今度は本物に会いたい。

「そんな幻術に関連して、1点だけ語ろうと思う。
 魔術の講義を始めよう。
 今日語るのは、『擬似12属性』だ」

 『擬似』、『12』。
 その2つの情報を脳がピックアップする。
 この世界の魔術属性は6つ。
 12、ではない。
 その差、6に、『擬似』という言葉が影響してくるのであろう。

「既知の通り、この世界の魔術属性は6つ。
 魔導、封魔、炎、光、風、雷の6つ。
 これは現在の科学においては真実。
 その他の属性は存在しない。
 擬似12属性は、幻術を用いて、これら6つの属性、もしくはその合成、混合属性を、あたかも別の新たなる属性であるかのように見せることにより実現される。
 擬似的な属性。
 その歴史は、魔石戦争時代に遡(さかのぼ)る」

「12個の魔石。
 この魔石と、擬似12属性の各属性が対応しているの、ですね」

「その通りだよ、ノム。
 この魔石は、かの聖者マリーベルが創造した神具、マジックアイテム。
 魔石1つ1つに、マリーベルは擬似属性を割り当てた。
 ここで、その属性を列挙させて欲しい」

 ナルセス教授は1枚の用紙を机に置き、私たち3人に向ける。

「1、氷雪(ひょうせつ)。
 2、獣鬼(じゅうき)。
 3、桜花(おうか)。
 4、天光(てんこう)。
 5、風樹(ふうじゅ)。
 6、雷雨(らいう)。
 7、星空(せいくう)。
 8、海龍(かいりゅう)。
 9、宵月(よいづき)。
 10、地裂(ちれつ)。
 11、鋼鎌(こうれん)。
 12、魂火(こんか)。
 以上、12属性」

「ぬぅん」

 多い。

「例えば、7つ目、星空(せいくう)、星空(せいくう)魔術。
 これは、天から星々を振らせる魔術。
 それはまるで、神の御技(みわざ)。
 しかし実際は、光術や炎術、雷術で生成した魔力球を、星に見せかけて振らせているにすぎない。
 一部、幻術を利用して」

「なるほど」

「その他の11属性も同様。
 この周辺の内容は、僕の研究論文に詳細をまとめているので、気になれば参照して欲しい」

「なんで、マリーベル様は、こんな面倒なことしたんですかね。
 基本6属性なら、楽できたはずなのに」

 ふと浮かんだ疑問を、私はそのまま垂れ流した。
 不躾(ぶしつけ)だったか?

「美しいからだよ」

「美しい・・・」

「ここで挙げた12の属性は、人間が見て、美しいと感じるものが列挙されていると言える。
 桜、星、月、海、大地、そして人の魂。
 マリーベル様は、後世の人間に、このような美しさがあることを忘れないでいて欲しかった、のではないだろうか。
 そんな考察だ。
 まあ。
 その魔石は、戦争のために使われることになるのだが」

 擬似12属性と幻術の研究も。
 そして光学、レンズの研究も。
 すべては教授の『美意識』と連結している。

「美しいものが好きなんですね、教授は」

 そんな私の言葉。
 それを無視して、教授はレイナを見つめていた。

「レイナ、今度時間をくれないか。
 君の写真を、大量に撮らせてくれ。
 衣装を着せ替えさせてくれ。
 そこに、僕の求める『美』がある」

「帰るわ」

 レイナ様、ご帰宅。
 授業も終わったようなので、私たちも、ゴメンアソバセ。
 サヨウナラ。




















課外8:水術




 朗(ほが)らかな陽気。
 澄み渡った青空。
 吹き抜ける、涼しげな風。

 ただ、この場所にいるだけで、心が洗われるようで。

 クレセンティアの街から東に向けて。
 そこには無限に広がる、悠悠たる草原。
 その中に刻まれた、土色の一直線。

「見えてきたね」

 進んだ先。
 見えてきたのは、1本の大樹。
 雄々(おお)しくそびえる。
 みどりの葉を、幾千万と蓄えた。
 この~木、何の木。

「『旅人の大樹』、だよ。
 ここまで歩くと、だいたいクレセンティアから2時間程度。
 それを旅人に教えてくれる。
 と同時に、大きな木陰(こかげ)で休憩もさせてくれる。
 そんな有難い観光名所さ」

 説明ババア、エミュ先輩が教えてくれる。
 エミュ先輩は一番乗りで、光のコントラストの境界線を越えた。
 2番手は私、エレナ。
 続いて、ノム。
 最後に、若干お疲れ気味のホエール先輩。
 最後だったにも関わらず、一番最初に大樹の幹にタッチし、そして背中を預けて座った。

「ほえー、疲れたね」

 まだまだ、全然余裕です。
 そんな表情の女性陣3人。
 特にエレノムに関しては、はるばる、西大陸を横断してきた訳であって。
 こんな数時間でへばる、へたばるような。
 柔(やわ)な。
 女々(めめ)しい乙女ではない。
 戦乙女(いくさおとめ)なのである。

「ホエールは、朝練が必要だね」

「朝は苦手だよぉ」

「がんばれ、がんばれ」

 エミュ先輩がチアアップ。
 意外と、様になっていてかわいい。
 ・・・。
 ・・・。
 『意外と』、って、失礼だな。
 訂正。
 様になっていてかわいいです、純粋に。

「飯(めし)、食う、の」

 ノム先生は、地面に下ろした、ずっしりバックをゴソゴソしだした。

 何が出るかな?
 何が出るかな?
 何が出るかな?

 テレレレン。

「パニーニ!」

「パニーニ!」

 ごまだれー!
 ノムがそれを天に掲(かか)げて叫び、私もそれに続く。
 パニーニ!

「パニーニで来たか!」

「いいね!パニーニ!」











 ノムの『パニーニ』で、みんなが笑顔になった。










 さて。
 パニーニとは、トーストしたパンに種々の具材を挟んだもの。
 要は、サンドウィッチである。
 でも、パニーニって言いたい。
 言葉の響きがいいから。

 こんがり焦げ目をこさえた、香ばしそうなフランスパン。
 そこからはみ出る、トマト、レタス、ハム、そしてとろとろチーズ。

「生ハムとチーズのパニーニで勝負なの」

 それを見て、今度はホエール先輩がカバンをゴソゴソしだした。

 勝負。
 それは、『誰が一番、美味しいお昼のパンを用意できるか』。
 そんなミニイベントのことである。
 しかし、ノムは本気だ。
 そして、私も負けるつもりはない。
 それは残り2人も同じだ。

「僕はこれ。
 スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチ、だよ」

 細身のパンに挟まれた、ピンクのサーモンが確認できる。
 さずが鯨先輩。
 魚で来たか。

「でも、まだ完成じゃないよ。
 ここから、ファイアーの魔法でサーモンとチーズを炙(あぶ)るんだ」

 そう言って、ホエール先輩は指先から炎を揺らめかせ、挟まれた食材に焦げ目をつけていった。

 『本気で殺しに来ている』。
 そんな言葉が脳内に浮かんだ。

「次はエレナだよ」

「驚くなかれ!
 私は、これだ!」

 ふっくら丸いベーグル。
 その中に挟んであるのは下から順に、ベーコン、レタス、そして目玉焼き。
 さらに白濁のドレッシングソースを滴下。

「シーザーソースのベーグルサンドです」

「なる」

 エミュ先輩が短く呟(つぶや)き、その他2人も納得の表情を浮かべた。
 まもなく、エミュ先輩がカバンを漁(あさ)り出す。
 曰(いわ)く、エミュ先輩は料理上手らしい。
 意外にも。
 どん尻に控えし、大本命となる。

 取り出されたパンは、4人の中で一番大きなサイズだった。

「でれーん。
 トマトとアボカドのビーフハンバーガー、だよーん」

「ずるい!
 ハンバーガーとか、ありなんですか!?」

「パンでしょ」

「まあ、パンですね」








 その後、皆々、パンを4等分。
 試食会を実施。

 結論として、『全部旨い』という答えが導き出された。

 ご馳走様でした。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 お腹もいっぱいになり、なんだか眠くなってきた。
 グリーングラスのカーペットがフカフカで、深く体と脳がめり込んでいく。

 その前に。
 さて、本題に入ろう。

「ホエール先輩、よろしくお願いします」

「張り切っていくね!」

 緑のカーペットから体を起こした鯨先輩は、白色の杖の端と端を両手で持ってバーベルのように持ち上げて、左右に上体を往復させて、伸び。 
 背中から、ポキポキという音が聞こえてきそう。
 深いため息をつくと、先輩は木陰の外に出た。

「まずは概要から。
 今日、みんなに見せるのは『水術(みずじゅつ)』。
 封魔属性の応用術だよ。
 見た目が水みたいな封魔術だね
 それじゃ、一番簡単のから見せるよ」

 90度回転した先輩。
 プロファイル(よこがお)が真剣なものに変わる。
 杖が掲げられ、魔力が集まる。

 封魔の魔力。
 それが。
 空間中に、プカプカと浮かんだ。
 スイカくらいのサイズの水球。
 そこに太陽光が当たり、煌めき、輝く。

「水術の純術、『アクア』。
 綺麗でしょ。
 まあ、攻撃力はたいしたことないけどね。
 でも触ると、痛いよ。
 魔力エネルギー体、だからね」

 水、とは言っても、要は『封魔術』。
 攻撃魔法である。

「空間滞在時間が長いのが、ちょっと特徴だね。
 これを相手の顔にへばりつかせて、窒息させるよ」

「かわいい笑顔で、怖いこと言わないでください」

「冗談だよ、エレナ」

 鯨先輩、たまにこういうところある。

「次、いくね。
 次のは集中力が必要だから、静かにしておいて」

 瞑想。
 精神集中。
 杖を掴(つか)んだまま、両手を胸に当てて、静かに呼吸をする。

 風が流れる。

 そして先輩は、杖を天に掲げた。
 その瞬間。
 青空に、類似色、水色の光によって描かれる、巨大な魔法陣が姿を表した。
 直径推定30メートル?
 デカイ!!

 そこに魔力が集まっていく。
 法陣魔術。
 先輩の実力。
 それは私の想像を越えてきた!

「アシッドレイン!」

 魔術発動。
 天空の魔法陣。
 そこから、大粒の雨が振りだした。

 この晴天にはあり得ない。
 その雨粒は光を反射し、幻想的な光の世界を作り出した。

「すごいです!
 こんな広範囲魔術、見たことないです!」

「ありがとうエレナ。
 広範囲拡散だから、威力は弱いけどね。
 でも、敵軍の侵攻を一時的に阻害する程度の能力はあると考えるよ。
 この雨は、先程のアクアと同様に魔力エネルギー体。
 人間にとっては有害。
 肌を焼く、いわば『酸』の雨。
 この雨を振らせる魔法は『スコール』って言うけど、前述の理由から、別称『アシッドレイン』とも呼ばれる。
 僕も『アシッドレイン』って呼んでるんだ」

「おおよそ、『毒の雨』、なの」

「ノム、その解釈、厳密正確じゃないにも関わらず、『その通り』と言いたくなるよ」

「天気雨に降られて遊ぶには、鋼鉄の傘が必要だねぇ」

 エミュ先輩の冗談に対し、みんな、苦笑いと納得感を足して2で割ったような表情を浮かべる。

 真面目な話。
 例えば魔法防御をおろそかにする戦士で編成された軍隊を相手取った場合、今のホエール先輩の魔術は、『足止め』どころか『壊滅的被害を与える初撃』となる。
 鎧の隙間に酸の水が侵入した、などと考えると、ゾッとする。
 クレセンティアの『鯨撃(げいげき)』、侮(あなど)るなかれ。

「さて、それじゃあ、最後。
 最後、最後のとっておき。
 とっておきの、すごいやつ、見せるね」

「おお!
 自分でハードルを上げてきましたね、先輩。
 今の先輩、いい顔してますぜ。
 先輩。
 魔法名を教えてください」

「『メイルシュトローム』、だよ」

「もう一回お願いします」

「メイル、シュトローム」

「何それ!
 超カッコいい!」

「私も見るのは久しぶりだなぁ。
 『失敗しちゃった』、とか、おふざけは要らないよ。
 カッコいい鯨を見せておくれ」

 エミュ先輩が発破を掛ける。
 その発破は、効果抜群だったように感じる。

 勢いよく、ホエール先輩は杖を天に掲げた。
 時間が止まったかのような静寂。

 次の瞬間。
 それが一気に崩壊する。
 巨大な水色の魔法陣。
 それが緑の大地の上に描かれた。
 光輝く魔法陣。

 第六感で感じる、その円に集まっていく大量の封魔の魔力。
 過去、ノム・クーリア先生が見せてくれた、封魔の法陣魔術『グレイシャル』を彷彿とさせる感覚。
 先程のアシッドレインと比較して、私の第六感が鳴らす警鐘の、その音の大きさが違いすぎる。

 溢れ出した、封魔の魔力。
 それは。
 魔法陣の外周円に沿って、渦を巻き出した。

 水の巨大竜巻。
 それが天に向け立ち上がり始める。
 そして、魔法陣を取り囲む、巨大な水流の壁となった。

「壊(かい)!」

 ホエール先輩が叫ぶ。
 その叫びに、魔術が呼応する。

 水の壁が、内側に向けて侵攻を開始する。
 円の直径が単調減少する。

 そう、この魔法は。
 水流が作る壁で、魔法陣の中心にいる人間を、縊(くび)り殺す、圧殺(あっさつ)する術なのだ。

 その結論が出た時、水の壁が、魔法陣の中心で衝突。
 激しい水しぶきをあげ。
 日光の反射を受けて、水粒(すいりゅう)が煌めき。
 そして空間中に霧散蒸発していった。


 ・・・


 感想。
 魔術という名の、芸術作品を見せらせたようです。
 拍手喝采。
 それを脳内にとどめておくのはやめよう。

「先輩、最高です」

「ありがとう、エレナ」

 脱力したような、へにゃっとした笑顔で先輩が返す。
 高い精神集中の時間から解き放たれ、心の基礎基盤が液化現象を起こしているのだ。

「いいもの見れたの。
 大賞賛」

「かっこよかったぜ」

 照れてる〜。
 赤くなる鯨。
 その柔らかな表情と、先程実現したメイルシュトロームの破壊力のコントラストが高すぎる。
 『レギオンレイヤー』。
 その言葉は、『1つの軍団を、1人の魔術師で相手することができる』という意味を持つ。
 今の先輩は、まさにその言葉を体現した。

 たった1人の魔術師が、一国の軍隊を超える力を持つ。
 故に、軍隊の持つ権力が低下し、魔術師が持つ権力が増加する。
 国という集団よりも、教会などの魔術師を多く囲い込む組織が力を持つ結果となった。

 自治都市クレセンティアは、まさにその代表格。
 たった1人の少年が、軍隊を殲滅する。
 そのイメージを。
 これでもかと、脳内に焼き付けられたのだった。




















講義9:魔導制御工学




 西の錬金工房。
 北西の実技棟。
 その合間に、小さな小屋が建っている。

「好き放題、しているよ」

 それはエミュ先輩の言葉。
 今から講義を受ける、魔導工学専攻、メチル教授。
 彼が根城にする、ベース基地。

 その『基地』は、ガレージを有する。
 隣の小屋の可愛らしさに反する、ガレージの広々空間。
 全解放されたシャッターから覗ける空間は、大量の『ガベージ』で埋め尽くされている。

 しかし、我々、エレノムは知っている。
 その中に存在する、人造人間達のナマエヲ。

「ゴーレム!
 ゴーレムいるよ、ノム!」

「回顧」

 圧倒的既視感覚。
 ウォードシティの闘技場で、嫌というほど相手にしたエーテルゴーレム。
 その色までも。
 紫、灰色、茶色、水色、桃色、黒。
 なつかしき。
 思い出される激闘。
 シエル・ニクロムが繰り出す鉄拳。
 ゴーレムが脳内でシャドウボクシングを始める。

「ノム先生に質問です。
 あまりにも『同じ』すぎます。
 シエルのゴーレムと、同じデザインです。
 こんな偶然ってあるの?」

「回答。
 崇拝対象が同じだから」

「崇拝対象?」

「シエルが尊敬するのはフローリア様。
 ここの教授、メチルが尊敬するのもフローリア様。
 魔導工学の始祖。
 ゴーレムを産み出したのも彼女。
 その彼女の残した魔導書。
 それを参考に、現代にゴーレムを甦(よみがえ)らせた。
 偉大なる技工士。
 その存在に、今から会える」

「理解」

 引き寄せられるように、ガレージの内部に陳列されたゴーレムに近づく。
 シエルのラボで初めてゴーレムを見たときとは異なる感覚。
 ゴーレムへの恐怖心は微塵もなし。
 ペタペタとその筐体を触り、ひんやりとした感触を楽しんだ。

「かっちかっちやぞ」

「いつ見ても、美しいデザイン。
 うっとりするの」

 ノムの心が溶かされて、ゴーレムと融合する。
 乙女心を溶かすのは無機物。
 その食い入る瞳、男性にも向けてあげてね。

 すると次の瞬間、ノム眼前のエーテルゴーレムがゆっくりと動き出した。
 両膝をじわりじわりと曲げて上体を下降させ、そしてノムに向けて右手を伸ばしてきた。
 ノムは怖がるそぶりなく、その右手の爪の先に指を触れさせた。
 ト・モ・ダ・チ。

「いらっしゃい。
 よく来てくれたね。
 歓迎するよ、ノム、エレナ」

 ゴーレムが喋り出したのか、とか0.7秒位思ったが。
 すぐにその声が発された方向を見つけ出す。
 コツコツという靴音と共に、優しい笑顔のどなたかが、ガレージの奥から現れた。

 この人。
 ・・・。
 男か女かわからん!
 声色も顔立ちも中性的。
 かわいいし、かっこいい。

 ライトグリーンのくしゃくしゃショートヘア。
 黒色のタイトな生地のトップス。
 肩から先とお腹の肌は露出され、わずかに筋肉の起伏を確認できる。
 あと左の上腕に『02』っていう謎のボディペイント。
 なんぞ?
 両の手には黒の指ぬきグローブ。
 ズボンはダボダボ、モコモコ。
 ここまでの考察でも、男らしさとフェミニンさ、両方が垣間見れる。

「ゴーレムは気に入ってくれたかな?」

「ぬ!」

「よかった。
 可能な限り、彼らを愛(め)でてあげておくれ」

 その言葉でノムの自重(じちょう)がかき消されたようで、ゴーレム全身へのボディータッチを開始した。

 一方、私の興味は外に向いた。
 このガレージが面白い。

 先ほど、シエルとメチルのゴーレムの類似性について言及したが、今感じているのは逆。
 シエルのラボと、このガレージは全然違う。
 とかく、このガレージは『美しい』のだ。
 シエルのラボは、散らかり放題の地下空間で、なんだか洞窟みたいな雰囲気だった。
 一方、メチルのガレージ。
 工具類は全て棚に収納されている。
 これぞ『見せる収納』。
 収納をインテリアとする手法。
 むき出しの灰色の壁も、白でペイントされた鉄骨も、日常感を抹殺する。
 この場所にずっと居れる。
 お洒落さと雑多さを兼ね備えた秘密基地。

 メカニックルームなはずなのに、これでもかと目に入ってくる緑色。
 大小種々の観葉植物が、機械的要素とのコントラストを主張する。
 あと、ソファーが多い。
 色も形も素材もまちまち異なるソファーが、所々に配置されている。
 座ってみたい。

「一杯、コーヒーでも飲みたくなる素敵空間です」

「ありがとうエレナ。
 僕もこのガレージでコーヒーを飲んでいるときが一番幸せなんだ。
 コーヒー、早速いれるよ。
 そこのソファーに座って待っていておくれ」





*****





 促(うなが)されたソファーは、鉄骨で作られたベースの上に、ふかふか黒色のレザーマットが配置されており。
 ゆっくり座ると、おしりと背中がマットにめり込んでいき、優しく押し返してくれる。
 首の重さまでもソファーに預けると、私は見上げた天井に向けて深く息を吐いた。
 魂抜けそう。
 たぶん、このソファー、手作りだ。
 そんな予測を立てる。

 天井には鉄骨がはりめぐさられている。
 ロープと滑車を利用した吊り上げ機構が確認できる。
 こいつでゴーレムなどを浮かせて作業するのだろうか。

「コーヒー、はいったよ」

 ガレージ隣の小屋から、4杯のホットコーヒーをお盆に乗せて、メチル教授がやって来た。
 その声を聞いて、ゴーレム観察中だったノムもすぐに合流する。
 4杯のコーヒーが、向かい合う2つの2人掛けソファーの間のテーブルに置かれると、続いて、角砂糖がたっぷり入ったビンも配置される。
 するとすぐにノムはそれを自分に寄せて、これでもかとブラックコーヒーに放り入れていった。
 入れすぎだろ。

「コーヒーは、私も好きよ」

 麗しき紅の瞳が、純白のカップを見つめる。
 静かにソレを口につける様の、醸(かも)し出す高貴さを私にも分けてくれ。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「改めましての自己紹介。
 僕はメチル。
 魔導工学専攻。
 魔導制御工学を研究している。
 本来なら、ここから一般的な説明のフローに従うのだが、君達の場合は別」

「ゴーレムに関して既知だからですね」

「そうだね。
 ならばゴーレムの動作原理は知っているね」

「回答。
 エーテルとアンチエーテルの魔力の『反発力』。
 これを利用する、の」

「なぜ君達2人が、それほどにゴーレムに詳しいのか?
 それを先に教えておくれ」

 実はこれこれしかじかで。
 なるほどなるほど。
 ぬーん。
 コーヒーうまうま。
 かくかくうまうま。

 ・・・

 そして、『シエル・ニクロムは只者ではない』という結論で、一式の説明がクローズされた。

「ぜひ、そのシエルくんに会ってみたいね」

「若干クソガキ感がありますが、笑って許してもらえると助かります」

 まったり談笑する3人。
 この間、レイナ、蚊帳の外。
 もしかすると若干機嫌をお損ねになられてるのでは?
 ちらりとご尊顔を見やると、俯(うつむ)き。
 その視線の先には小さなメモ帳。
 手には深紅のペンが握られて。
 逆の手にはコーヒー。
 それが桃色の唇に運ばれて。

 私はコーヒーになりたい。

 心配御無用。
 講義はすでに開始されている。
 それだけの話だった。
 私とノムの冒険談にも、吸収できる魔術的な知が含まれている。

 さて、私もノートを開こう。

「さあ、では仕切り直し。
 ここから僕の講義を始めよう。
 まず『魔導制御工学』とは何か。
 それは文字通り。
 魔術を用いて、なにかしらの対象を制御する、魔導工学の学問分野(ブランチ)。
 この『魔術による制御の方法』は、2つ語られる。
 一つは、風術を用いる方法。
 もう一つは、魔導術と封魔術の反発力を利用する方法」

「ぬぅふ」

「風術を用いる場合は単純。
 風という物理運動エネルギーで、操作対象を押す、というわけだね。
 しかし、この風による操作は、『粗い』んだ」

「精密制御に向かないの」

「そこで、2つ目の策。
 魔導封魔反発力を利用した物体制御。
 これが着目される訳となる」

 そこまで説明すると、教授が一時離席。
 謎のメカを胸に抱えて戻ってきた。
 そのメカがテーブルの中央に置かれる。
 乙女3人はコーヒーをテーブル端に移動させた。

 なんじゃらほい?
 観察開始。

 円筒形。
 その頭にファンがついている。
 そしてその円筒のサイド2箇所にでっぱり。
 私から見て左には『E』、右には『A』という文字が刻まれている。
 この2文字を見て、既に何をすればいいのか理解できた。

「エレベーターだ!」

「なるほど。
 魔導エレベーターも既知なのだね」

「乗せてもらいました。
 エミュ先輩に」

「ならば、何をすればいいか、わかるね」

「私、エレナが代表して試行します」

 私はメカに向かい合う。
 よく見ると円筒部にニコニコ笑顔が描かれていた。
 かわいい。
 よし、命名。
 君を今から『コロスケ』と名付ける。

 私は魔力収束を開始。
 魔導と封魔の2地収束。
 コロスケの左手、Eと書かれた方に魔導。
 コロスケの右手、Aと書かれた方に封魔。

 破壊しないように。
 徐々にエネルギーを増やす。

 エネルギーが一定の閾値を超えると、コロスケの頭のファンが回り始めた。
 それを脳天側から覗(のぞ)き込むと、ファンの回転が生み出す風を顔面に受け、『うぉう』ってなった。
 涼しい。

「『魔導モーター』。
 魔導と封魔の反発力を、回転運動のエネルギーに変換するための装置。
 魔力を増やせば、回転数も増える。
 魔力の『極性』を反転させると、逆回転になる」

「EとAを逆にするんですね」

 私は魔力供給を一旦停止。
 ファンの停止を確認後、極性を反転。
 コロスケの左手、Eと書かれた方に封魔。
 コロスケの右手、Aと書かれた方に魔導。
 前回と同じく、徐々に回転数を増やしていく。

「なるほど、吸い込む方向に回転しだしましたね」

 ノムがファンの近くに紙切れを持ってきて、実験。
 小さな声で『吸ってる、吸ってる』と呟(つぶや)いた。

「この魔導モーターが魔導制御工学の基本型。
 この回転要素に紐付きゴンドラを付加したもの。
 それが魔導エレベーター。
 このモーターを応用し、様々な駆動機械を発案できる。
 そして、その魔導駆動応用の最先端を走っているのが、魔導建造学のトニック教授、というわけだよ」

「夢、広がりますね」

「そうだね、エレナ」

「そして、この魔導モーターの原理は、ゴーレムにも応用されている。
 そういうことでいいのかしら?」

「レイナ、その通り。
 でも構造的には、魔導エレベーターほど単純じゃない。
 なんせゴーレムは『人間の模倣』だからね。
 駆動の自由度が半端じゃないんだ」

「駆動部ごとに、小さな魔導モーターが取り付けられている。
 操作者はこのモーターを、並列的に、別々に操作。
 具体的には各部に魔力を流す。
 これにより、各稼働部が独立して動き、その結果、人間らしい動きが実現される。
 そんな予想」

「ノムは、実際にゴーレムを動かしたことがあるのだったね。
 さすが。
 実体験した人間は、その本質の理解が深い。
 その言葉が浮かび、突き刺さる」

 手に持ったコーヒーをひとあおりすると、メチル教授は言葉を続ける。

「駆動部の多さ。
 それを並列に同時制御する。
 それは簡単なことではない。
 非凡なる魔術の精密制御能力が必要になる。
 そしてノムはそれを実現し、さらにシエルくんはそれを越えている」

「そして教授は、さらにその上を行く、の」

 ノムが教授を称賛する。
 それを受けた教授は、はにかみ、ごまかす。
 本当とも、嘘とも言わず。

 余談ですが、シエルは複数ゴーレムの同時操作も実現していた。
 もちろん1体1体の戦闘能力は下がるが。
 それでも、たった一人で『軍隊』を担う、狂気的な能力。
 仮に、この教授もその程度の危険性を孕んでいる。
 そう考えた方がよさそうだ。

「もう一点、強調したい。
 それは、1稼働部ごとの『制御』に関して。
 その稼働部への入力となる魔力は、オンとオフの2値ではなく、どの程度の魔力量かという『連続値』である。
 また魔導封魔の極性が、その値の正負を表す。
 符号付きの数、実数値が入力となる。
 そしてその結果得られる『出力』。
 それは入力と、内部状態の掛け合わせ」

「内部状態、ですか・・・」

「たとえば、ゴーレムの足を一歩動かしたいとき。
 足にめいいっぱいの魔力を流したらどうなる?」

「ゴーレムが、足つっちゃう、とか」

「意味合い的には正解だよ。
 つまりは過負荷。
 求める出力に対して、入力が大きすぎる。
 なので適当な値の入力を与える必要がある。
 さらに足が持ち上がった後は、逆方向にブレーキとなる力を加える必要がある。
 ゴーレムが既に運動エネルギーを保持しているから。
 これが今のシステムの内部状態。
 この内部状態は時間で変わる。
 だから、時間の一点一点において、最適となる入力値が存在する。
 そしてそれは数学の力を持って、ある程度表現できる、ということなのさ」

「数学、怖い」

「数学から、逃げるな、なの」

 ノム先生からの激励。
 でも、やっぱり数学は怖い。
 たぶんグレーターデーモンくらい怖い。
 そして、無言のレイナ様。
 コーヒーを飲むふりをして、視線を逸(そ)らしていた。
 たぶん、アンチ数学仲間。

「今は数学は求めないよ。
 ただし、もしも僕のゼミ生になるのなら、避けては通れないね。
 その時は覚悟を決めてね」

「微分、積分、絶対必須。
 ようこそ、数の神秘の世界へ、なの」

「私には底無しの泥沼に見えるぜ」




















課外9:喫茶世界樹のお手伝い




 講義も、地下ダンジョン探索も、ギルドの仕事も、魔術の鍛練もない。
 そんな完全なオフの日。
 ノムと二人でやって来たのは喫茶世界樹。
 『クローズド』の吊し看板を無視して店内に入ると、無人の店内を楽しんでから、座りなれた席に腰かけた。

 コーヒーもない空き時間で、店内観察を楽しむ。
 あえて使い古した感を醸させる木製のテーブルと椅子。
 まるでその木製家具から生えてきているかのような、店内を埋め尽くす観葉植物。
 そこに差し込む朝の日ざし。

 なにをするでもない、ぼーっとしたひととき。
 それもいとおしく思える。
 私も観葉植物になって光合成したい。
 机に突っ伏して眠そうなオーラを出す私のほっぺたを、ノムがまったりな力加減でプニプニする。
 最近イベントが重なって忙しかったから、こんな時間もいいなぁとか思ったり。
 すやー。

「お、待たせ!!」

 ガコシャンと元気よく扉が開かれ、そのあと扉に付加されたベルが痛々しく鳴る。
 長い薄ピンクの髪をなびかせながら、ウェイトレスさんが入店し、一直線でエレノムに近づいてきた。

「セイカさん、おはようございます」

「ぬ!」

「感謝感謝。
 助かるー」

 ピンクのセイカ。
 私たちが初めてこの店に来店したときに注文を取りに来てくれた、営業スマイルが眩(まぶ)しい、私と同年代の少女。
 が、蓋を開けると変態。
 エレノムと、このセイカ。
 3人は互いに蓋を開けさせる程度まで仲良くなっていたのだ。

 セイカに続いて、2人のウェイトレスさんも入店。
 一人は淡い水色の髪、それをまとめてくびり、右肩に垂らしている。
 クールで真面目な印象のある少女。
 いつもいい匂いがする。
 蓋を開ければツッコミ担当。
 彼女がユズノさん。
 喫茶店のマスターの娘さんでもある。

 もう一人は淡い紫色、羊みたいにモコモコした長い髪。
 くるくるのアホ毛。
 やんわりとした笑顔がとってもかわいい、癒し系な少女。
 彼女がナナミちゃん。

 ピンクのセイカ。
 水色のユズノ。
 紫のナナミ。
 喫茶店の制服を着た3人は、この喫茶世界樹の仲良し美少女看板娘3人集。
 喫茶店に通いつめるうちに、気軽にお話しできる間柄になっていた。





*****





 今日のミッション。
 一言で言えば『荷物持ち』である。
 喫茶店に置くための雑貨などなどを買い込みたいから、お付き合い頂けると助かります。
 セイカさんの提案に、ユズノさんも乗っかって。

 でも、そんな荷物持ちが5人も必要になるくらい雑貨買うの?
 とか思ったが、面白そうだから黙殺した。

 そんなこんなで、私たち5人は、ユズノさん行きつけの雑貨屋さんにやって来た。
 暗めの照明と、レースカーテンごしに窓から差し込む光が、陳列された雑貨達を照らし、非日常感を醸し出す。
 魔導具店の怪しさ+カフェのお洒落さ。

 とりあえず、店内を軽く一周。
 指輪、ネックレス、ブレスレット、カラーストーンなど。
 これらはある意味『イミテーション』。
 マジモノの宝石や、魔術的な力が込められた装飾具は価値が高く、盗難の危険性が高いため置いていないらしい。
 そういうものが欲しい場合は宝珠店に出向く必要がある。
 しかしこれらの雑貨も、魔術効果が全くゼロという訳ではない。
 掘り出し物があるかもしれない。

 その次に目にはいったのは食器、カトラリー、テーブルクロス、コースター、ケトル、エトセトラ。
 続いて、文房具類(ステーショナリー)。
 その奥には芳香剤、アロマエッセンス、ポプリ、ハーバリウム、小さな花瓶、多肉植物。
 さらに進んで、バッグ、帽子、ハンドタオル、ファブリック、ストール、スリッパ、手鏡、もろもろ美容品。
 最奥に控えしは、モゲラとウニのぬいぐるみ。
 奴ら、愛されてんなー。
 あと謎の石像とか、木彫りのなんたらとかもあった。

 品揃え豊富。
 その商品、1点1点を眺めながらの考察。
 それが楽しくて。
 これだけの商品数があれば、半日は時間が潰せそう。
 なんか癒される。
 宿屋にも飾れるお土産でも買って帰ろうかしら。

「ふぁぁあぁあぁぁあ!」

 突如響き渡る甲高い声。
 すぐにその声の方向に視線を送ると、水色の髪。
 その他の人物は視界に入らない。

 ・・・。

 ???

 ユズノさん!?

 いつもクールなユズノさん。
 そのユズノさんは、胸に手を当てて、小刻みにぷるぷると震えている。
 なんか『おしゃ・・・、おしゃ・・・』とか呟(つぶや)きながら。

「ユズノは、お洒落フェチだからねぇ。
 あまりにもお洒落なアイテムに出会うと、発狂しちゃうんだよ」

 ピンクの長髪がゆらゆらと。
 そちらを向くとエメラルドの髪止めが目に入る。
 セイカさんは、私の隣で雑貨を触りながら教えてくれた。

「発狂って・・・。
 でも、普段のクールな出で立ちとのギャップがいいですね」

「そこがかわいいのだよなぁ」

 セイカさんは心底楽しそうにニヤニヤしている。
 たぶん、このセイカさんが、私と一番気が合う。
 そんな気がした。

「セイカも、抜群にかわいいですぜ」

「エレナには負けるよ」





*****





 セイカとたわいもない話でイチャイチャした後、ふと店内を見渡すと、ノムとナナミちゃんがイチャイチャしていた。
 よきかな。

 と思ったら、ノムはイチャイチャを中断し、私の方にやって来た。

「エレナ、何か買った?」

「ペンを新調しようかなーって。
 ノムは?」

 その質問を受け、ノムは『ぬいぐるみ』をもち上げて見せてくれた。
 ウサギ耳の女の子。
 バニーガールな衣装で、マジシャンハットとJ型のステッキを装備している。
 胸に抱ける程度のお手頃サイズ。

「あたしゃうれしいよ。
 ノムにもこんな乙女ティックな一面が残っていただなんて」

「魔法の練習のときの的(まと)にしようと思って」

「返してきなさい」





*****





 発狂したユズノさんは、やはり狂っていて、『こんなに買うの?』、と私を驚かせた。
 セイカとナナミちゃんは『いつものこと』とでも言わんかのような苦笑いを浮かべた。

 しかし、あくまで雑貨。
 持ち込んだお手製の買い物バック2つがパンパンになったが、それはセイカとナナミちゃんが担当し、エレノムは荷物持ちを免(まぬが)れた。

「ごめんなさい。
 荷物持ちのために参上したのに。
 やっぱり私が荷物持ちますよ」

 すると、クールビューティーなユズノさんが、いやらしさを孕んだ微笑を浮かべる。
 狂気の入り口だ。

「大丈夫。
 もう1件行くから」





*****





 ユズノさんが先導して連れてきてくれたお店。
 お店の前に飾られているのは『木』。
 木?
 ユズノさんに続いて店内に入ると、やっぱり『木』。
 大小様々な『木』や『草』が店内を埋めつくし、それはもう、ほぼ森だった。

「売り物だよ」

 セイカの一言で線がつながる。

「観葉植物だ!」

 アイテムに近づいて確認すると、発見。
 値札だ。

「このお店は、うち、喫茶世界樹の御用達(ごようたし)。
 『世界樹』の名前に負けないために、絶対に外せないアイテムなの」

 ドヤっ、とした表情を浮かべるユズノさん。
 椅子に座ってリラックス済み。
 店内の観葉植物を見渡して、選別作業を楽しみだした。

 私も店内の散策を開始。
 すると、ある疑問がすぐに浮かんだ。

「でもでも。
 これだけ植物があると、水やりがたいへんですね」

「水やりは必要ないんだよ。
 偽物だからね」

「偽物なの!?」

 私の一番近くにいたナナミちゃんが教えてくれる。
 そしてめいいっぱい、目の前の商品に近づき観察。
 目視での確認を諦めると、わたしは指で葉っぱを掴(つか)んだ。

「なるほど。
 みすみずしさがない」

「喫茶世界樹も同じ。
 あれだけの数の観葉植物の管理なんて大変でしょ。
 だから偽物。
 フェイクグリーン、イミテーショングリーンって呼ばれる。
 でもこれはただの偽物じゃないわ。
 芸術作品よ」

「その通りだ!」

 ユズノさんの力説のあと、また新しい声の持ち主が現れた。

 齢(よわい)40か、50か。
 短い白髪を脳天で結って。
 何故かアゴヒゲも結っている。
 変なおじさん。
 強面の職人気質(かたぎ)。
 ボロボロの作業着は、緑と茶色の塗料で汚れている。

「緑!」

「緑です!」

 私を色で指名したおっさんは、一度部屋の奥に引き返すと、2本の『植木』を持って帰ってきた。
 私の身長より少し小さいくらい。
 そして、これが観葉植物だと考えると、規格外に大きなサイズである。

「俺の問いに答えろ、緑。
 この2本の植木。
 どちらかが本物で、どちらかが偽物だ。
 触らずに、真贋を見極めてみろ」

「やってみます」

 てれれれれ、れーれ。
 てれれ、れーれ。
 てれれ、れ、れ、れ、れ、れーー。

 鑑定やいかに。

「この2本、全く、同じだ。
 寸分の狂いもない。
 どっちも本物に見える。
 しゅごい」

「見事なの」

 私の後ろに、ノムを含め、みんなが集まってきて覗(のぞ)きだす。
 ユズノさんだけは、それを楽しそうに後方から眺めていた。
 あれやこれやの意見交換会が始まる。
 そして、結論は出た。

「ギブアップです」

 おてあげー。

「ユズノ、回答しろ」

「両方イミテーションよ」

「それ、ズルくないですか?」

 しかし少し落ち着いて考えると。
 結論として、2本ともの真贋を見抜けなかったのは私であって。
 ぬーん。

「参りました。
 純粋に、すごい仕事です」

「そして、この2本の植木が、今回のお目当てのアイテムなのよ。
 オーダーメイド、規格外サイズの特注品。
 そしてこのサイズで、このレベルの品質を安定供給できるのは、この人、バレル氏しかいないわ」

「だといいがな。
 まだ俺も修行の身。
 一生続く、修行の身」

 私たちが魔術を追い求めるのと同じく、彼にも追い求める理想があるのだろう。

「気になっていたことがあります。
 この街、観葉植物が多いって、前から思ってたんです。
 世界樹も、私たちの宿も、メチル教授のガレージも」

「緑、その通りだ。
 この街は世界一美しい。
 そんな自負。
 が、しかし、この街は住宅地。
 深く自然に触れるためには、城壁を越える必要がある。
 なので先人は考えた。
 なのでアレイズ様は考えた。
 偽物でも、いいのではないかと」

 バレルさんの解説にユズノさんが続く。

「この街で、擬似観葉植物のアーティストは、高く尊(とうと)ばれる存在で、とても人気がある職業なの。
 定期的にコンテストが開催され、技を競い会う。
 この街で最も価値がある芸術品。
 それが、イミテーショングリーンなのよ」

「今回、世界樹に購入してもらうこの2本も、そこそこの値はつけさせてもらっている」

「そして、それでも私はこれを買う。
 世界一居心地のよい、そんな喫茶店を作るためにね」

 そう。
 その理想に近づくため、私とノムはこの2本の観葉植物を、世界樹まで運搬する必要があるのだ。
 なるほどなるほどの一仕事。
 重さの問題よりも、破損させないための気配りに精神を費やされることとなった。

 しかし最後に、世界樹でコーヒーをタダでご馳走してもらい、美少女ウェイトレスさん達との親睦をさらに深めたのでした。
 いい休暇でした。
 まる。




















講義10:エーテル学




「おはよう、エレナ」

「どしたの?」

 晴天のクレセンティア。
 朝から既に暖かく。
 気持ちも自然と穏やかになる。

 その陽気に反発するような陰気。
 局所的曇天。
 その中心地はエミュ先輩。

 『ハローハロー』というお決まりのフレーズ。
 無くなって初めて気づく寂しさ。
 ・・・。
 アノヒ?
 最大級のイタワリを持って接しよう。

「エミュの気持ち、わかるなー」

 そんな発言をしたのはホエール先輩。
 わかんの?
 オンナノコの気持ち?

「ぬめぬめーってしてて、ねっちょりでさぁ」

「そうなんだよなぁ。
 ぬめってんだよなぁ」

 これ以上。
 自己の脳内で思考を先行させるのはよそう。
 結論を教えてくれ。
 そんな表情でエミュ先輩を見つめる。

「教授が陰湿なんだよ。
 今日の講義のね」

「陰湿ですか」

「ぬめぬめー」

 ホエール先輩が苦笑いを浮かべ、そして歩みを止めた。
 現在地は研究院の講義棟の一階。
 講義室、事務室、会議室。
 それらを通り過ぎ。
 何の表示もされていない、とある一室の前。
 視覚的な情報は、他の部屋となんら変わらない。
 しかし、簡単なオーラサーチの結果が、ここから先にある異質さを示していた。

「嫌な、予感がします。
 帰りましょう。
 とか言ってみる」

「帰ろうか」

「帰りましょう」

「帰らせませーん」

 エミュ先輩とエレナの会話の間に、突然の来訪者。
 『心臓が飛び出る』という言葉、考えた人の気持ち、今ならよくわかる。

 エレナ、ノム、レイナ、エミュ、ホエール。
 瞳孔が開いた5人の瞳の先が、何もない空間上の一点で交わる。
 しかし、これから何が起こるかは、既に予想がついている。
 なぜならば、そのいやらしい声色に、聞き覚えがあったからだ。

「でてこい!
 変態!
 なの!」

「ぱんぱかぱーん」

 空間が歪み、まずは黒のローブが現れる。
 次に肌色。
 腹部の露出と判断。
 そこから下と上、同時に幻術が解かれる。
 そして確信となる首元のヘアマフラー。
 薄紫の長い髪が、首元をぐるりと一周している。
 さあ、今からお前がなんと言うか当ててやろう。
 『あなたたちの恐怖に歪んだ顔、とっても美味しかったわ』だ。

「あなたたちの恐怖に歪んだ顔、とっても美味しかったわ」

 声色から判断できたおかげで、彼女、オーラ学の研究者、シェムノ教授が完全に姿を表した時点で、私の心臓は平常運転に戻っていた。
 ここで腕の触覚が反応する。
 すぐに確認すると、ノムが私の腕を掴(つか)んで、私の背後に回り込んでいた。
 前回の胸撃(きょうげき)で、彼女は、ノムのトラウマ的な存在になっているのかもしれない。
 今のノムの顔から伺(うかが)い知れる感情は、恐怖や嫌悪というより、諦観だったように感じた。

 ここからは、ただの妄言。
 今までノムは、自分よりも『オーラ操作』で勝る人間に遭遇したことがなかったのだ。
 しかし現れた、自分を越える存在。
 絶対的な信頼を寄せていた、彼女のオーラサーチの能力。
 それにヒビが入ったことによる。
 精神的基盤の劣化。

 その基盤。
 私が代わりに支えたい。

「ハラタツー」

 ニヤニヤ、ヘラヘラしながらエミュ先輩が漏らした。

「あんまり意地悪ばっかりすると、鯨のエサにしちゃいますよ」

 同じくホエール先輩がニヤニヤヘラヘラしながら言った。
 ビックリしすぎて、少しネジが行方不明になっているようだ。

「お久しぶりね、エミュ、ホエール。
 エレナ、レイナも、この間は楽しかったわ。
 そして、ノムにゃんもねー」

「ぶちころす、なの」

 笑顔としかめっ面のお見合い。
 その時間が終わりを告げ、誰もに発言権が与えられた。
 その権利を行使したのは教授。

「さて。
 退路は塞(ふさ)ぎました」

 にこやかに宣言したシェムノ教授がジリジリと。
 私たちは扉の方向へ追いやられる。

 そして迷いなく、レイナが扉を開けた。

「除湿は得意よ」

 レイナ、クールなのにユーモアセンス高いから好き。
 私の脳内告白が終わると、皆で部屋に潜入。
 偵察は1秒で終わった。

 地下への階段。
 確認可能なオブジェクトは唯一。
 だからこそ、レイナは迷うことなく。
 私たちはその背中を追いかけた。





*****





 五感が競争を始める。
 1位は全身の触覚。
 生ぬるく、多湿。

 2位は嗅覚。
 多種混合の芳香剤の香りの中に、ほのかなカビ臭さを感じる。
 気持ち悪い。

 3位は聴覚。
 今、なんかが鳴いた。
 気持ち悪い。

 味覚くんはお休み。

 最後に視覚。
 ロウソクの火がゆらめき、視覚情報を得るための光を与えてくれる。
 まずは、オブジェクトの列挙から開始。
 謎の苔、謎の苔、そこから生えるキノコ。
 試験管に入った、黄緑からピンクの間の色の謎の液体。
 小動物用サイズの檻(オリ)。
 本棚、埃(ほこり)をたっぷり纏(まと)った書籍類。

 水道あるな。
 と思ったら、その隣にカエル。
 いっぱいいる。
 うえぇぇ。
 気持ち悪く、なってきた。

 この時点で、一時離席していたダイロッカンくんが戻ってきた。

「瘴気だ」

「エレナ、その考えで正しいの。
 封魔防壁を強化することを推奨する」

 この空間。
 問題は『空気の質』だけではなく、『空間魔力』。
 この地下室中に、微弱だが魔導の魔力が充満している。
 誇張表現すると、攻撃を受けている状態。
 毒ガスと、ある意味同じ。

 では、なぜ。
 私たちはこの部屋から出ないのか。
 それは、シェムノ教授が出口を塞(ふさ)いでいるからである。
 薄暗くて視認性が悪いが、笑みを浮かべていることだけはわかる。
 いじがわるい。

「奥に進むほど、エーテルが濃いわね。
 まるで、フェロモンを放出する食虫植物のよう」

「食人植物じゃないよね」

 この部屋の探索は完了した。
 まとめ。

 1、施錠された扉。
 2、奥へ続く細い通路。

 どちらかに進む。
 私たちが進むべき道は明確。
 エーテルが濃い方向に進む。
 通路。
 そこからエーテルの魔力が溢れてきているから。
 行きたくない。

「私、レイナが命令する。
 エレナ、先頭」

「なんで!
 私なの!」

「じゃあ、私が先頭でもいいの」

「それなら、私でもいいぜぇ」

「ほえほえー」

 そして、みなが私を見つめる。
 ・・・。

「いや・・・。
 なら私が、行きますよ」

「どうぞどうぞ」

「おいっ!」





*****





「ぬめっている」

 細い通路を抜けると、小部屋。
 前の部屋よりも、更に生ぬるく、更に暗く、更に臭く、更に瘴気が強い。

 そして、部屋の奥は、より暗い。
 高密度のエーテルエネルギーが作り出す暗黒空間。
 ここまで高密度になると、封魔防壁を強化していてもダメージを受けてしまう。
 これ以上、先には進めない。
 先が存在するかは判断できず。
 暗黒が光を奪い、視覚を殺しにくる。

「出てこい、なの!」

 日頃ない大きめの声を上げたノム。
 怒っている、というより、疲れている、が正解。
 この先にいるのは『教授様』。
 私たちは『学生身分』。
 あまりにも環境が劣悪過ぎて、そんな上下関係がどうでもよくなってくる。

 そして、暗黒が蠢(うごめ)きだす。
 間もなくしてその暗黒から、人が産み出された。

「朝でも昼でも、こんばんわ。
 僕はヌメル。
 この部屋でエーテル学の研究をしているヌメル。
 僕のホームグラウンドへようこそ。
 この場所は、気に入って、くれたかな?」

 闇の中に、瞳が浮かぶ。
 クマをたっぷりこさえた、半開きの眠そうなマナコ。
 その瞳の確認を、まっすぐ垂れた長い前髪が邪魔をする。
 黒の短髪は、なんか、ぬめっている。

 問題は耳。
 半球状。
 その謎の半球が、両耳にカッポリと装着されている。

 そこから視線を下げると、あとは『黒』しかない。
 漆黒のローブが全身を覆う。
 胸。
 腕、手。
 腰。
 全くもって、肌色を確認できない。

 そして脚。
 その脚を隠すローブ。
 それは地から湧いて出る、漆黒のエーテルの魔力と融合し。
 どこからが魔力なのか、どこからが彼なのか。
 その境界線の判断。
 ままならず。

 ヤバいやつだ。
 ヤバいやつだ。

「・・・。
 紅茶、あるけど、飲む?」

「さっさと講義を始めてくれ。
 死んでまう!」

 私の抗議に対し、いやらしい笑みを浮かべた教授。
 手のひらを差し出し、その先にある椅子に座ることを促(うなが)した。
 5人が着席し、みなで睨み付ける。

 闇が、蠢く。

「エーテル。
 それは、この魔術世界における基本型。
 空間中のプレエーテル、体内に吸収して魔力。
 そして、再度体外に放出してプレエーテル。
 そのプレエーテルに、エーテル変換の情報構成子が付加されたプレエーテルを与え反応させると、攻撃可能なエネルギー、エーテルとなる。
 そのエーテル。
 攻撃、というお役目を終えると、自動的にプレエーテルに戻る。
 ここまでの一連の流れを、魔力輪廻と言う。
 ・・・。
 紅茶飲んでいい?」

「・・・(無言の圧力)」

「エーテルが、他の属性より優れている点は何?
 早押しで。
 面白かったら10ポイントね」

「『制御の自由度』、なの」

 露骨にイライラしたノムが即答。

「正解。
 でも、おもしろくないから0ポイントね」

「浄化、して、あげるの!」

 その瞬間、ノムから溢れだす水色のオーラ。
 それを止めようとする人間は、一人もいない。
 やってしまえ!!

「だめよー、ノムにゃん。
 ちゃんと授業を聴かなくちゃね」

 さっきまでいなかったはずの人間。
 椅子に座ったままのノムを、後ろから抱き締める。
 それは、シェムノ教授。

 複数の感情の同時攻撃を受けたノム。
 なんか、泣きそうな顔をしている。

 私は可能な限り速(すみ)やかにシェムノ教授をノムから引き剥がし、威嚇。
 シェムノ教授が消滅したことを確認すると、ノムの椅子と私の椅子を可能な限りくっつけ、そして彼女の肩に手を置いた。
 ノムは俯(うつむ)いたまま。
 講義が再開される。

「制御の自由度は、そのまま魔法のバリエーションの多さにつながる。
 炎術、雷術は自由度が低く、比較的単調な攻撃しかできない。
 エーテルなら、どんな収束法、放出法とも相性がいい。
 球状収束、針状収束。
 スラッシュ、拡散、なんでもござる」

 ヌメル教授は、実演を添える。
 空間中に産み出された黒紫色の魔力球が、次々にその姿形を変えていく。

「そして、このエーテルを極めると、こんなこともできるのだよん」

 彼の両手で抱えられた魔力球。
 それが蠢き、また形を変えていく。
 そして。
 産み出されたのは。
 カエルだった。
 黒のカエルは彼の手を離れ、地面にビチョリと落下し、ぴょんぴょんしだした。

「さて、このような魔法をなんというか?
 青髪のプリちゃん。
 回答をちょうだいね」

「カエル、嫌い」

 もはや精神が死に始めているノムは、それだけ呟(つぶや)くと、黒のカエルを水色の魔力で圧殺。
 そして、すぐにまた俯(うつむ)いた。
 ちなみに、『プリ』とは、『プリースト』の略なのだろう。
 たぶん。

 さて。
 代打、私。

「『ナイトリキッド』、ですね」

「よく知ってるね、ポニテ娘(こ)。
 その通り。
 『闇の使い魔』、とも呼ばれたりする。
 エーテルエネルギーで形成した魔力体を遠隔操作する術。
 ただし、まず強調したい。
 立体構造の形成、遠隔操作。
 それが難しい訳ではない、ということを」

 そこまでの説明を済ませると、教授は再度、魔力の収束を始めた。
 蠢々。
 蠢々。
 うごうご、るーが。

 産み出されたのは蛇。
 カエルのときと同様にベチョリと落ち。
 体をくねらせならがら。
 机を登り。
 突っ伏したままのノムの目の前でトグロを巻いた。

「蛇は、だいじょぶ」

 そう呟(つぶや)くと彼女は、蛇の口を人差し指でツンツンしだした。
 ほんとに蛇は大丈夫らしい。
 私には、カエルとヘビの差が、よくわからんのだが。

 少しの静寂。
 そして回答が与えられる。

「『魔力の永続性』」

「プリ、正解」

 その瞬間、ヘビだったものがカエルに変化する。
 声にならない悲鳴。
 それを顔いっぱいで表現したノムは、封魔の魔力を込めた拳を使って、カエルを全力で叩き潰した。
 嫌がらせが、酷すぎる。

「『魔力の永続性』、とは。
 空間中に魔力がどれだけ長く『攻撃エネルギーとして』滞在できるか、それを意味している。
 通常、プレエーテルをエーテルに変換したとしても、すぐにプレエーテルに戻ってしまう。
 このとき、プレエーテルに戻る過程で、魔力は『従属情報』を失い、制御不能となる。
 しかし、長い鍛練は、不可能を可能にする。
 それが今のヘビ。
 彼女は使い魔、『ダイアナ』。
 素敵な素敵な僕のペット。
 彼女は僕から離れても、まる一日程度は消滅せず、かつ自律して動く。
 かわいいでしょう。
 そうでしょう」

「あと、猫と鳥を飼ってる。
 この3匹が、学院内をウロチョロしているのさ」

 突然の説明ばばあ。
 エミュ先輩が割り込む。
 そして、エレナは思い出す。
 学院七不思議だ!

 部屋中に蔓延した瘴気。
 それが脳の回転数を下げ、普段なら自重しそうな問いを、脳から口まで、ストンと垂れ流してしまう。

「ヌメル教授が、『闇の監視人』なのですか?」

「違うよぉ」

 直接的すぎたかな、とも思ったが、時すでに遅し。
 が、間髪入れず否定された。

 エミュ先輩はニヤニヤしている。
 そのほころんだ口から、『去年と同じ回答』という言葉がこぼれ出た。
 エミュ先輩もヌメル教授に対し、私と同じ質問をしていたのだ。

「『監視』、はしてる、けどね」

 その言葉と共に、今日一番のいやらしい笑みを見せる教授。
 笑顔がネチョイ。

「使い魔に情報を収集させてるんですね」

「ポニテ娘(こ)、察しがいいから好き。
 巨乳だし。
 うちのゼミ、こない?」

「えへへー。
 掃除大好きな彼女でも作ったら、また声を掛けてください」

「彼女、いるけど」

「どうせ、エーテルエネルギーダッチワイフでしょ」

 三次元造形のプロ。
 そんな彼が性欲をもて余せば、最先端技術をどんなことに応用するか、簡単に想像できる。

「ぱんぱかぱーん」

 突然、眼前に現れたのはシェムノ教授。
 そして、シェムノ教授とヌメル教授は手を繋ぎ、天に突き上げた。

「らぶらぶー」

「らぶらぶー」

 頭を撫でたり、体をツツキあったり、肩を揉んだりし始めた2人。
 私たち、何を見せられてんの?
 何なのこれ?

 一通りイチャイチャを満喫すると、シェムノ教授が火炎瓶を放り投げる。

「ノムにゃんにも、いつかステキなアイスブレーカーな彼氏さんができるといいわね。
 プー、クスクス」

「ころ・・・。
 ころ、ころ、ころ、ころ、ころ。
 ころ、ころ。
 ころ・・・」

 戦慄(わなな)く、青髪。
 そして。
 ついに。
 開戦だ!!!

「ぶち殺す!」

 空間全体が水色に光る。
 黒の瘴気がかき消され、そして地面に水色の魔法陣が瞬間的に構築される。
 もう、静止しようとも思わない。
 やって、よし!

「グレイシャル!!!」

 狭い空間が氷塊で満たされる。
 氷が砕ける音に、男性の鈍い呻(うめ)き声が混じる。
 その途中で、『私もやっていい?』というレイナ様の提案もあったが、それは私が制止した。



 ・・・



「やるな、プリ」

 片膝をついた、黒のローブの男。
 防壁を張っていたとは思うが、かなりのダメージを受けていることが視覚情報から確認できる。
 ヌメル教授に関しては、おおよそ、お灸を据えられたようである。
 しかし、そこに。
 シェムノ教授はいなかった。

「ノムにゃん、また遊びましょうねー」

 背後から声。
 が。
 振り返ったとき、そこには誰もいなかった。
 逃げられた。

「次は、殺す」

 殺気立つノム。
 それを宥(なだ)めようと、私は彼女の背中にくっついてスキンシップを取る。
 これだけ近接すると、憎悪の感情が伝わってくるようだ。
 しかし、私の気持ちも、徐々にノムに伝わっていったようで。
 ノムは落ち着きを取り戻し、そして、ため息混じりに呟(つぶや)いた。

「帰ろう」

「そだね」

 エレナ、ノム、エミュ、ホエール。
 みんなが顔を見合わせる。
 そんな中、何故かレイナだけ目線が合わない。
 彼女は砕けかけのヌメル教授を見つめている。
 もしかして、心配しているのか?
 確かに、深傷(ふかで)ではあるが。

「トドメ、さしていい?」

「何言ってんの!!」

「ノム・クーリアが許可する。
 やってよし」

「了解」

 そして、鳴り響く爆発音。
 除湿〜。
 さようなら教授。
 もう二度と会いたくはない。




















課外10:結成☆アルテミス




 @喫茶世界樹。
 無糖珈琲を口につけながら。
 私は、先日、今年最高の気配りを発揮しながら持ち帰った観葉植物のうちの1本を眺めていた。

 この観葉植物は作り物、偽物。
 しかし、遠目で眺(なが)める分では、本物と変わらない。
 私の背よりも少し大きい程度。
 この作品を完成させるのに、どれだけの労力が必要だったか。
 慰労の念を伝えたい。

 観葉植物アーティスト、作者のバレル氏は、この観葉植物は『フィカス』であると教えてくれた。
 細身の幹と枝がすらっと伸び、その先に雫型の緑の葉っぱを多く侍(はべ)らせている。
 黄緑から深緑まで。
 グラデーションもありながら。
 緑色という色が持つ魅力を、全身で振りまく。

 視線を動かすと、これと全く同じフィカスがもう1本。
 その他、大小種々のイミテーショングリーンが死角を殺す。
 どの方向を向いても、植物の緑と机椅子の木目調が調和した美を堪能できる。

 そう。
 これが。
 ユズノの世界なのだ。

「この空間なら、苛立ちの感情を緩和させた上で、シェムノを潰(つぶ)すための方法を、冷静に検討できるの」

 そんなことをボヤキながら、私の隣に座るノムは、ノートに何やら落書きをしていた。
 何をかいているのかはわからないが、図があることと、『殺』という文字が書き込まれていることだけはわかった。

 このテーブルは4人用。
 テーブルと同系色の2人掛けレザーソファー、×2。
 対面の2席は埋まっていない。
 客人を待つエレノム。
 その時間を、私は観葉植物の観察に、ノムは暗殺計画の立案に使っていたのだ。
 和(なご)やかな時間は、先日の劣悪環境で受けた心の傷を癒してくれるようで。
 待ち人、こなくても、いいや。
 そんなこんなで時間は流れる。



 扉が開く。
 それは勢いよく。
 扉に取り付けられたベルが痛々しく鳴く。

 その人物は一直線に私たちを目指し進む。
 視覚情報がなくとも、魔力感知により、おおよそ目的の人物がどこにいるか判断できる。
 しかしそれは、非常に高度な技術であり。
 つまり、この人物が、非凡なる魔術の才を持っていることを暗示しているのだ。

「シンセちゃん登場」

 両手を腰に当て、胸を張る。
 その胸は、貧・・・。
 ・・・。
 品がある!

「ういっす、シンセ。
 今日、ちょっとノム機嫌悪いけど、あんま気にしないでね」

「むー。
 ぬー。
 シンセに否はないの。
 私の体調管理に問題があった。
 近日中に、ぶっ飛ばして解決するから大丈夫」

「なるほど。
 わからん」

 シンセはそれ以上の追求はせず、眼前の席に着席。
 すぐに『お冷』を注文し、テーブルに最初から置かれていたミニクッキーを無承認で頬張りだした。
 さすがだ。
 注文を取りに来たユズノさんも、『お冷かよ』、という表情をしたように感じた。

 私がシンセと世間話から始めようとした瞬間、次の待ち人がやってくる。
 美しく鳴り響く扉のベル。
 まるで扉のベルが喜んでいるように感じた。
 ありがとうございます。
 ありがとうございます。

 そしてすぐに感じる炎のオーラ。
 レイナだ。

「待たせた?
 時間前、なはずなのだけど。
 ルーズな人間がいないことに安心するわ。
 鉄槌が不要なので助かる」

 挨拶が終わると、レイナ様は一瞥(いちべつ)を下さる。
 当然、交わる視線。
 ちょっと緊張する。
 お見合いに付き添う親の心情って、こんな感じ?

「はじめまして、レイナ嬢。
 あたしはシンセ。
 おおよそエレノムから、あなたの人となりは聞いている。
 仲良くなれるか、なれないか。
 そんなことを考えずにお付き合いいただけると幸いです」

「じゃあとりあえず。
 一杯、殺(や)ってみる」

「負け確定の戦はしない主義なのさ」

「残念」

 心、そして魔力の読み合いが始まる。
 今の状況を、視線の交換と呼ぶのか、にらみ合いと呼ぶのか。
 それは判断が難しい。
 口を挟んだほうが、よろしいかしら?

「たぶん、好き、たぶん」

 ボソボソと呟(つぶや)くと、レイナは着席した。
 魔術師は、信用ならない人間の『横』には座れないものである。
 『対面』ならば問題ないのだが。
 その意味でも、ある程度の信頼関係が今の短い時間だけで産まれたのだ、とも言える。
 もちろん、私エレナから、両人に対し、入念な事前の連絡があったという説明も添える必要があるのだが。

 ここで、注文のタイミングを見計らっていたセイカが声を掛けてくれる。
 レイナは私と同じ、ホットの無糖珈琲を注文した。

 注文の品が到着し、口を潤す様を眺めさせていただいた後。
 さあ、本題へ入ろう。
 私は、咳払いをし、そして言葉を紡(つむ)ぐ。

「えー。
 さて、皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。
 本日はお日柄も良く。
 そういえば昨日もいい天気でしたね」

「結論」

 レイナ様が目で殺しにくる。
 と同時に漏出魔力も増加。
 世の中には、いろんなツッコミがあるんだなー、とか思った。
 さて、漫才を楽しむのは、ここまでにしよう。

「ギルドパーティーを組みたいです。
 エレナ、ノム、レイナ、シンセ。
 この4人で。
 最強の女の子冒険者パーティーを」

 ここまでの話は前日に済ませており、ここにシンセとレイナが来ているということは、彼女達にもその気はあるということであり。
 つまり。
 残る問題は1つだけなのである。

 レイナがシンセを見つめ、シンセがレイナを見つめる。
 そして。
 レイナはシンセのほっぺたを、思いっきり引っ張った。

「痛い!
 伸びる!
 痛い!」

「やわっこくて最高ね」

「なんなの?
 加虐嗜好なの?」

「そうよ」

「断言すんなよ!」

「そのやりとり、おもろい」

 気づくと、ノムが笑っていた。
 きっと、今この時間は、悪女シェムノのことを忘却できているのだろう。
 それがなんだかうれしくて、私も笑った。
 レイナも笑った。いやらしく。

 シンセだけムッスリとしていて。
 それもなんだか、面白く感じた。





*****





 引き続き、喫茶世界樹にて。

「宿題を提出しなさい、エレナ」

 そう言ったのはシンセ。
 ノムとレイナが訝(いぶか)しむ。
 私は説明を急ぐ。

「パーティーの名前を決めろ、って言われたんだよ」

「リーダーの仕事だろ」

「そうね、リーダーの仕事ね」

「ぬ」

 前日、レイナとシンセに別々に会い、パーティー結成を提案したが、2人が2人、同じ条件を提示してきた。
 それは、『リーダーエレナ』だった。
 それを呑(の)んだから、今4人が集結してる訳であって。
 故に、『リーダー、やっぱ辞めたい』という申し出をすることが憚(はばか)られるのであった。
 ほんとは、リーダー、やりたくなーい。
 やりたくなーい。

「アルテミス」

 昨日、寝る間も惜しんで、いや寝たけど、考えたネタ。
 冗談もボケも捨てての熟考の結果。
 突き刺さると嬉しい。

「いいんじゃないかしら」

「真面目だな」

「ぬ」

 及第点、出た。
 ここで補足。
 パーティーの名前を決めることは必須事項ではない。
 ギルドの仕事を受ける際に作成する『依頼受注証』内には、パーティー名を記載する欄は存在しない。
 ただ、長期同じメンバーと仕事をする場合に、結束力の向上を目的に、パーティー名を付けるという話は、わりと多い。
 以上、補足でした。

「理由とか、聞きたい?
 墓場まで持って行っていい?」

「む」

「ぴゅあ!」

 ノムが脇腹を抉(えぐ)ってきた。
 さっさと喋(しゃべ)れ、という事らしい。

「リシア神話に登場する女神、アルテミス。
 彼女から貰(もら)いました。
 『月の女神』と呼ばれる彼女。
 これを『月の都で巡り合った少女達』に掛けました。
 また『弓矢の名手』、『狩猟の女神』という側面は、私たちが魔術戦闘能力をより高めようとする姿に繋(つな)げています」

 みな静かに聴き耳を立てている。
 不安。

「『弓』は『魔術全般』を、『月』はこの大陸と、私たちが追い求めたい『美しいなにか』を暗示させようとしています。
 私たちは、『弓』を持って、『月』を探索する。
 行き当たりばったりな私たち4人だと、より具体的な意味付けは難しく、抽象的になる。
 とにかく、もっと知りたいです。
 レイナのことも。
 シンセのことも。
 もちろん、ノムのことも。
 これは。
 私にとっての、『月の探索』です」

 そこまで述べ、私は珈琲を口に付けた。
 深く呼吸をして顔をあげると、レイナとシンセは微笑を浮かべていた。
 その表情の意図を判断し終える前に、私の背中が勢いよく叩かれる。
 そして、青髪少女が立ち上がり、声をあげる。

「じゃあ、早速、『探索』へ。
 面白くなってきたの。
 すごく。
 すごく。
 面白く」





*****





 女性の髪の毛にはいろんな結び方があると思うが、サイドの髪をお腹の前で結ぶこのヘアスタイルは、他では見たことがない。
 その彼女の営業スマイルは、もはや目をつぶりたくなるほどに眩(まぶ)しい。
 営業利益を最大に。
 漏出する商魂。
 そんな勝手なイメージを脳内に焼き付ける前に。
 さあ。
 交渉を始めよう。

「興奮してしまいますわ。
 A-、A+、S。
 そこにさらに、ランクA+が加わるだなんて。
 はあ、はあ・・・。
 いけない、ヨダレが」

 ギルド受付のロング茶髪のお姉さん。
 清楚な白のフリル付き半袖ブラウス。
 露出された腕の美肌。
 ショートパンツ。
 露出された脚の美肌。
 生足。
 ブラウンのコルセットで引き締められら腰。
 パッツン前髪。
 ぱっちり垂れ目。
 緩んだ口元。
 ヨダレ。
 口元を拳でゴシゴシすると、平静を取り戻すための時間を確保する。

「VIP(ビップ)。
 私たちギルドが、あなたたち4人に、『おもてなし』をすることをお許しください」

「そんなのいらないぜ。
 欲しいのは情報と仕事だけだよ」

 交渉慣れしているシンセが前へ出る。
 男前。
 エレナとシンセがカウンター越しに受付嬢さんと向き合い、レイナとノムが後衛を預かる。

 パーティーを結成した私たちはまず、ギルドの掲示板に向かった。
 目的は2つ。
 1、生活費を稼ぐ事。
 2、武器素材を収集すること。
 その2条件を満たすだけならば、いくつか適した依頼があることを確認した。
 しかし、私たちが、真に求める、ライザ教授を納得させられる武器素材。
 それらを入手可能な依頼。
 そこまで絞り込むと、ヒット件数がゼロになる。
 なので、裏サービスを利用するのである。

「私たちのおもてなしを受けなければ、あなた方が望む情報は手に入らない。
 交渉権は、既に私の手の中に。
 さあさあ、お入りください。
 必ずや。
 嗚呼、必ずや。
 驚きに満ちた世界をご覧に入れますわ」






*****






 ギルド内部へ潜入。
 机。
 書類が綺麗に重ねられていて。
 コーヒーを飲みながら、その書類に一枚づつ目を通していく黒髪の女性。
 その女性が私たちに気付き、軽く会釈をしてくれる。
 受付嬢さんのサンシャインな笑顔とは異なる、優しい柔らかな笑み。
 その仕草に気づいた他のギルド員さん達も、同様に挨拶をしてくれる。

 その職場を、私たちはまっすぐ突っ切る。
 その先に待っていたのは、地下への階段。
 受付嬢さんに案内されて、下階へ。
 階段の壁に施(ほどこ)された装飾の美しさは、ヌメル基地との対比を語るのにはもってこいであった。

 そして、現れた、巨大な地下空間。
 そこは、『バー』だった。

 とあるテーブルの前へ。
 脚はメタル、天板はウッド。
 重厚感ある低い背の黒テーブル。
 そのサイドには、ダークブラウンレザーのヴィンテージソファー。
 同じ色のチェアはお誕生日席に。
 そのお誕生日席に、受付嬢さんは丁寧に腰かけた。

「どうぞ、おクツロギ下さいませ」

 私達がソファーに体をめり込ませると、白髪(はくはつ)短髪(たんぱつ)の女性が、見計らったようなタイミングでやってくる。
 白色の髪に、黒のヘッドセットが映える、黒のメイド風衣装。

「ドリンクメニューです」

 そういって白髪(はくはつ)メイドさんは、メニュー表をテーブル中央に配置した。
 値段の記載なし。
 時価かしら?

「タダ飯をご馳走になるのは、もっと仲良くなってからが良いです」

「リェル。
 アイスコーヒー5つ。
 シロップ4つ」

 私の遠慮。
 それを完全に無視する受付嬢さん。
 そしてモノトーンのメイドさんは、無言のままメニュー表を回収する。

「かしこまりました」

 僅かな角度で頭を下げ、メイドさんは部屋の奥に消えていった。
 薄暗くて視認性が悪く、様子がわからない。
 ヌメル基地ほどではないが。

「さっきのウェイトレスさん、『リェルさん』って名前なのですか?」

 受付嬢さんのペースを崩そうと、私は話題を変える。

「はい、その通りですわ。
 親しくしてあげてください。
 おしとやか過ぎて愛想がないですが。
 とっても従順なのですよ。
 とってもね」

 そして、彼女は、最後に一言を添える。

「ライトグリーン、ピンク、アクアカラーのメイドシスターズには及びませんけれど」

 どこまで、しゃべってよくて。
 どこまで、知られていて。
 どこまで、繋がっていて。

 いろいろ考えると、次のワードチョイスに困る。
 なやましき。

「リーダー、いいとこ、見せろ、なの」

 私の隣に座る青髪が、サムズアップ。
 仲間がいるって心強い。
 人生で一番強く、その言葉を噛み締めている。

「まずは、受付嬢さん。
 あなたのお名前を教えて下さい」

「ギルコです」

「偽名ですか?」

「ギルコです」

 ギルドのギルコさん。
 覚えやすくていいなぁ。

「では、ギルコさん。
 私達の要望を伝えます。
 素材が欲しいです。
 武器素材です。
 今、掲示板に掲載されている依頼では手に入らない。
 もっと質の高い素材が必要です。
 なので、その素材を入手する方法が知りたい。
 または、そのようなクエストを斡旋していただきたい」

「なるほど」

 ここでリェルさんが、5杯のアイスコーヒーを持ってきてくれた。
 それに続いて、銀のミニカップに入ったシロップが各々の前に丁寧に配置される。
 するとノムは、そのシロップをせっせとかき集め、自分のブラックコーヒーの中に次々に注ぎ込んでいった。
 そして、ひとあおり。

「ミルク、欲しいの」

「かしこまりました」

 リェルさんは再度退席。
 私は、二口目に突入したノムの横顔を見つめる。
 ちょっぴり緊張している、私。
 なんか、馬鹿みたいだ。
 愛(いと)しい横顔を、微笑みを持って見つめると、心が洗われる。
 さて、話を戻そう。

「冒険者ランクを、上げたいのです。
 私とレイナはS。
 シンセはA+。
 今よりもっと、高ランクの依頼を受けられるように」

 ここで補足。
 実際はランクSのノムがいれば、ランクSの依頼は受注可能。
 しかし、その場合、残る3人は、いわば、お荷物だ。
 資格を得ることで、自分自身への信頼を確固たるものにしたい。
 そのような意味合いもある。

 私は、ギルコさんを見つめる。
 さあ、次の一手は何?

「あなた達4人が、クレセンティアに永住すると約束していただければ、お三方のランクを1つづつ進めてもよいのですけど」

「あはは。
 それは、約束できないですね」

「素敵なプロポーズだと思いましたのに」

「シンセ、割り込みます。
 冒険者ランクに干渉できるのは、『ランク鑑定士』の資格を持つギルド員のみなはずだ。
 あんた、ギルコさん。
 ランク鑑定士じゃあ、ないだろ」

 『ないだろ』のタイミングに合わせて、ギルコさんが、一枚のカードを机に配置した。

「S級鑑定士ですが、何か?」

「ギルコ、って、本名、かよ」

 シンセが額を押さえ、苦笑いを浮かべる。
 遅れて、私もカードを確認する。
 『ランク鑑定士』、『S』、『ギルコ・トースト』の文字が刻まれていて。
 嗚呼。
 本物だ。

 ここから少し、お時間を下さい。
 『ランク鑑定士』とは何か。
 それをお話します。

 ギルドに所属すると、冒険者ランクが設定されます。
 そのランクと同じか、それより下位のランクの依頼しか受注することはできません。
 依頼を達成し続けると、ランクが上がります。
 このランクアップには、ランク鑑定士の承認が必要になるのです。

 ランク鑑定士は他人の命に関わる仕事です。
 実力のない人間に、高難度の仕事を与えないようにし、無駄な散命(さんめい)を防いでいます。

 この鑑定士になれる人間は、極僅(ごくわず)か。
 戦闘能力の高さと、知識の広さを、さらに上位の鑑定士からチェックされ。
 すべての条件を満たした者のみが、鑑定士としてのランクを進めることができる。
 そして、S級ランク鑑定士とは、鑑定士のほぼ頂点であり。
 つまり、このギルコさんは・・・

「鑑定士証明カード偽造の罪の重さを考えると、ギルコが、ほんとにギルコであることを疑えなくなるの。
 ほんとにこの人、すごい人なの。
 なめた態度取らなくて正解だったの」

 さっきのミルク追加注文は、なめた態度に含まれないらしい。
 しかし。
 ノムがこれだけ『へりくだった』ことを考えると、こちら優位のアプローチを取ることが憚(はばか)られる。
 ストーリーの再構築を検討する、その前にレイナが口を出した。

「ランクS鑑定士は確かに稀有(けう)な存在。
 けれど、唯一無二ではないわ。
 彼女から承認を貰えなければ、また別の街の鑑定士に承認して貰えばいい。
 失敗を恐れないで、エレナ。
 失敗しても怒らないけれど、卑屈さを見せたら殺すから」

 そこまで語ると、レイナはコーヒーに口をつける。
 彼女なりの優しさを感じて、心の中でニヤニヤしてしまう。
 私もコーヒー飲もう。

 クピクピ。

 さて、交渉を続けよう。

「裏口入学の手続きをしにきたのではありません。
 一般的な方法で。
 次のランクを目指したいのです。
 あと。
 仲良くなりたいです。
 ギルコさんと。
 リェルさんとも」

 このタイミングで、リェルさんが小さな銀のカップに入ったミルクを持ってきてくれた。
 自分の名前が出たことに驚いたようで、少々困惑していた。
 かわいい。

「リェル、同席しなさい。
 お友達になりたいそうよ」

「はあ・・・」

 困惑しながらも。
 絶対服従の呪いでもかけられたかのように。
 リェルさんはギルコさんの命令通り、ギルコさんの対面に位置する席に静かに座った。

「ギルコさん、お願いがあるのですが」

「なんでも言ってくださいまし」

「敬語、やめてください」

「オッケー☆」





*****






「ジークン、ビール持ってきてー」

「了解です、ギルコさん」

 地下室の奥に投げかけられた言葉に、闇が返答する。
 若い男性の声だった。
 それにしても。

「仲良くなりたい、とは言いましたが。
 本性を見せろ、とは言っていません」

「エレナも飲む?
 ビール」

「いただきます!」

「私、ワイン貰うわ」

「カフェオレがいいの」

「ウーロンチャ、2つ」

「すぐ用意します。
 少しお待ちください」

 再び闇からの返答。
 どうやら部屋の奥側にカウンターがあり、そこでドリンクをサーブしているようだ。

「まー、そんなわけで。
 結論から投げるね」

 ここで、1杯のビールが到着。
 給仕がはやい。
 訓練された部下。
 それは黒の礼装を着た、黒髪短髪の美形の男性。
 ちょっと、アリウスに似てるかも。
 けっこう、好きなタイプの男性、かも。
 知らんけど。

「素材に関しては、レフィリアに相談しな。
 当方でも、掲示板掲載分よりも良質な依頼の斡旋は可能。
 しかし、最適解はレフィリア。
 あそこはな。
 宝物庫さ。
 歩く宝物庫」

 何故。
 何故ここで。
 当たり前のように研究院の教授の名前が出てくるのか。
 『あたいの情報網の広さ、舐めるんじゃ、ないよ』。
 そんなフレーズが脳内に浮かぶ。

「が、しかし、一言付け加える。
 レフィリアは。
 奴は、世界で最も『ケチ』な女だ。
 守銭奴の元締め」

「歩く宝物庫、守銭奴の元締め、ですか」

 ギルコさんがビールをあおり、その後ろからジークンさんが我々のドリンクを木製の盆に乗せてやってきた。
 ビール、赤ワイン、カフェオレが各位の前へ。
 そして2杯のウーロンチャは、シンセの前に置かれる。
 シンセはそのうちの1杯を、リェルさんに渡した。
 リェルさんは困惑した様子だったが、シンセが口につけることを強制し、観念。
 シンセ、正妻力高いな。

 ここで各自ドリンクタイム。
 次の発言は、カフェオレの甘さに満足気味のノムから産まれた。

「等価交換・・・。
 素材が欲しければ、それに見合う、別の素材群を用意する必要がある。
 当たり前といえば、当たり前」

「その通り。
 そして、その貢ぎ物を入手可能なクエストを、私、ギルコが斡旋する。
 これを受注し、依頼達成。
 受注、納品、繰り返し。
 この先でランクアップの承認を行う。
 以上のフローになる」

「結局私たちは、この人に依存するの」

「依存する、と言いながら、接待を受けているという矛盾、不条理。
 この懐疑心。
 早く拭(ぬぐ)い去りたいのだけれども」

 レイナに赤ワイン。
 飲みすぎないでね。
 怖いから。

「理屈は単純。
 貴方達が活躍する。
 ギルド潤う。
 私、嬉しい。
 みんな幸せ。
 ビール飲む」

 実際にビールを飲むギルコさん。
 ジョッキの底が見えると、おかわりを注文した。

「ほんとに申し訳ないが。
 あんたが喋ると、なんか、くすぐったいんだよね」

 シンセが発言。
 ウーロンチャに口をつけてはいない。
 推測。
 睡眠薬等の混入を疑っているのだ。
 すると、『2杯』にも、別の意味を見出してしまう。
 なるほど。
 ダメなリーダーで申し訳ない。
 でもビール、飲みたかった。
 とか言ってみる、心の中で。

「理屈は単純。
 貴方達が活躍する。
 私たち、Sレベルの優秀な冒険者を囲い込んでおり、Sランク依頼も易々達成できます、と宣伝できる。
 依頼者、増える。
 依頼を求める冒険者、増える。
 売り上げ伸びる。
 ビール飲む」

 おかわりのビールが到着。
 今度は口につけず。
 ギルコさんはシンセを見つめた。
 シンセはウーロンチャに口をつける。

「客寄せなんたら、なの。
 冒険者の名前さえ秘匿してくれれば、私は問題ない。
 暴れてやる、の」

「楽しそうね」

「ビールうめぇ」

「あたしゃ心配だよ」

 各々、感想を述べ。
 意思をリーダーエレナへ伝達する。
 最終的意思決定権は私にある。

「ギルコさん、おおよそ納得です。
 まず、依頼書を見せてもらえませんか」

「ご用意しております」

 影からジークンさんが出現し、用紙の束を手渡してくれる。
 NINJA!!
 私はそれを4等分し、アルテミスメンバーに回した。
 各位、目の色が変わる。
 さあ、お仕事開始だ。

「なんか、いいなぁ」

 ぼそりと呟(つぶや)いたのはギルコさん。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 ビールを口に注(そそ)いでいく。

「私の冒険談とか聞きます?」

「めっちゃ聞く!」

 嬉しそうに笑ったギルコさん。
 私は闘技場初日の出来事を思い出し、回想を準備する。
 その前に。
 ある考えが突発的に浮かび、それをそのまま口に出した。

「1つ、提案していいですか」

「どうぞ」

「では。
 リェルさんを、私たちのパーティーに貸してください」

「オーケー」

 エレナ、ノム、レイナ、シンセ、ギルコ、ジークンさん。
 全員がリェルさんを凝視する。

 そのときのリェルさんの表情を、私は、一生忘れることはできないだろう。





*****






【** リェル視点 **】

 マスターギルコは、私に3つの誓いを立てさせた。
 1、美しくあれ。
 2、健(すこ)やかであれ。
 3、冗談を言え。

 最初は、意味がわからなかった。
 頭、おかしいのかなぁ、と思った。

 しがないギルドの事務員であった私を、オーラセーブが得意だからという理由のみで、無理やり部署異動し。
 一から、戦闘のイロハ。
 そして、ニホヘト、チリヌルヲまでを叩き込む、と宣(のたま)い。
 ギルド地下2階の、まるで拷問部屋のような地下空間で扱(しご)き上げられ。
 好みだからという理由だけでメイド衣装を着せられ。
 さらに、『もっともっと可愛くなれ』という追加注文を受け、衣装をみずから縫い変え作り変え、その度(たび)にファッションチェックを受けさせられる。

 そんな狂ったボスの命令を。
 まあ、こんな人生もあるか、と。
 そんな短い感想のみで鵜呑みにしてしまう。
 そんな私も、おそらくちょっと狂っている。

 『危険職手当』が付くことは、嬉しくもあり、悩みの種でもあり。
 同じくギルコ直属の部下であるジークンに、何度も愚痴を聞いてもらい。
 そのうちに、イロイロと盛り上がり、交際開始。

 雑用、秘書業、クエストの事前調査、ギルド規則の違反取り締まり、ランク鑑定業務補佐、密偵業務。
 ギルコが命じるならば、何なりと。
 全ての命令を、忠実に、堅実にこなし。
 少々自信がついてきたかと思うタイミングで、『いずれはクレセンティア魔術学院への潜入調査を命じるからね』、と脅(おど)され。
 自分の実力不足が嫌になり。
 拷問部屋での扱(しご)きも、さらに苛烈になり。

 『公私ともに充実した日々を送っていたのだった』。
 そんな楽観的なフレーズを脅(おびや)かす、新しい命令。
 エレナ一行のクエストを秘密裏に監視し、発生したイベント、そして彼女達の戦闘能力を、可能な限り詳細に情報収集し、そしてそれを正確に報告する。
 その命令が、エレナ自身によって捻(ね)じ曲げられる。
 エレナは、私に、クエストへの同行を求めたのだ。
 そしてギルコは、その要求をノータイムで承認した。
 可能ならば、あと数秒でいいから躊躇して欲しかった。

 『どうせ尾行するなら、堂々と観察してくれていい』。
 そのフレーズが頭に浮かび、ついでに不安感を連れてくる。
 面倒な事になった、のかもしれない。
 そんな思考と感覚を、私は。
 『ジークンに話す土産話ができるといいな』。
 そんな期待感でかき消すのだった。







*****








 エレナ一行が選んだ依頼は、採取依頼だった。
 採取依頼は以下の3つのケースに分かれる。

 1、敵と遭遇しない前提で採取を行う。
 2、敵と遭遇する前提で採取を行う。
 3、敵を倒して、その敵から素材を回収する。

 今回はケース3。
 クレセンティア北東にある『酩酊(めいてい)の森』にて、『マシュードラゴン』を討伐し、マシュードラゴンの革(レザー)を入手する。
 酩酊の森付近の農村『カイズン』の宿で夜を明かし、早朝から森へ。
 夕方前までには依頼を達成し、その日にクレセンティアまで引き返す。
 1泊2日の旅程は、ギルコのアドバイスを反映してスケジューリングしたものだ。
 エレナ達の学院の講義の都合もあり、これ以上の日程延長はできない。
 狩りの成否に関わらず。

 カイズンまでの道のりは、おおよそピクニックと変わらない。
 魔物や盗賊の類との遭遇確率は非常に低く、道も平坦。
 本番は明日。
 『酩酊の森』は、冒険者にとって、非常に『不人気』な場所であり、また『マシュードラゴン』もデッドリカテゴリ。
 冒険者としての技能、魔術師としての実力。
 その両方を確認する機会は、十分にあるだろう。

 そんなことを考えながら、茶色の一本道をひたすらに進むと、巨大な1本の木が見えてきた。
 旅人の大樹である。

「休憩します。
 リーダー命令です」

 先頭を歩くリーダーエレナが指示を出す。
 誰一人、疲れているようには見えないが。
 誰一人、その指示を否定する人間はいなかった。

「イカソーメン食べるひとー」

「あたしゃいらないよ」

「イカ嫌い」

「イカ、くさい」

「不評だねぇ」

 リーダーエレナは、細長いイカの乾物を味わい出した。
 その光景に異様さを感じた私は、ついついガン見してしまう。
 その熱視線に気づいたエレナは、イカソーメンの束をこちらに向けて突き出してきた。
 くれんの?

「1本、いただきます」

「おお!
 いける口?」

「いいえ。
 アゴが鍛えらるので、いいかなと」

「リェルさん、おもしろいね」

「そのセリフ、あなたに言われたくないです」

 私は1本のイカ乾物を引っこ抜くと、そのまま口に運んだ。
 ・・・。
 意外と、美味しい。

 大樹の幹に背中を預け、タバコのようにイカを咥えながら、私は空を見つめる。
 青空。
 雲が流れ。
 その青空に、ギルコの顔が浮び、『仕事しろ』と言われたような気がした。

「リェルさんは、普段はどんな仕事をされているんですか?」

 エレナが探りを入れてくる。

「内緒です」

「ギルコさんとは長い付き合いなんですか?」

「内緒です」

「なんでもいいので、リェルさんのこと教えてください」

「内緒です」

「私たち4人の中で、誰が一番かわいいと思います?」

「レイナさん」

「私たち4人の中で、誰が一番しっかりものだと思います?」

「シンセさん」

「私たち4人の中で、誰が一番強いと思います?」

「ノムさん」

「もしリェルさんが男だったら、4人の中の誰と付き合います?」

「レイナさん」

「私って、どんな人間だと思います」

「変な人」

「イカソーメン、もう1本食べます」

「貰(もら)います」

 こんな調子で、5分ほどエレナの質問に答え続けた。
 気がつくと、その様子を残りの3人が眺(なが)めていた。
 ツインテールのシンセ。
 私にウーロンチャを無理やり飲ませた彼女は、今日一番の笑顔を見せる。

「リェルさん、いいキャラだね」

「ギルコ様に鍛えられていますので。
 お前は感情の起伏が皆無だから、笑わなくとも、せめて冗談くらい言えと」

「苦労人なの」

「私だったら、焼いてる」

「お仕事なので」

 そう言って、私は笑みを見せる。
 自虐と悲哀と諦観と。
 そして、ほんの少しの優しさを込めて。





*****





 滞在するカイズンは農村。
 しかし、こんな平凡な農村にも、クレセンティアの叡智が流れ込んできている。
 広大な土地を最大限活用。
 収穫し、かつ自(みずか)らの胃に入らない作物は、村の中央の市場で販売されている。
 この作物の多くは、クレセンティアの民の胃袋へおさまることになる。
 そして、その間を結ぶのが商人。
 小さな村でありながら、活気に溢れている。

 この村はクレセンティア領ではない。
 クレセンティア領とは、城壁で囲まれた内部、および、その周辺の開墾地を指す。
 このカイズンは、隣国『ハーパー』に所属し、納税を義務付けられている。
 同時にクレセンティアとは姉妹都市協定を締結し、交友を深める。
 そして、クレセンティアとハーパーは、あまり友好的関係とは言えない。
 そんな面倒な事情を、この小さな村は孕(はら)んでいる。

 カイズンに到着した私たちは、まず村のギルドに向かう。
 小さな村ではあるが、この周辺までくると、酩酊の森から流れてくるはぐれモンスターが増え、結果、討伐依頼の整備が求められた。
 そんな事情があるそうだ。
 受付嬢の人妻ミソラさんとエレナが情報交換を始める。
 もちろん、この人妻ミソラさんは私と顔なじみであり、私の事情は、会話を交わさずともおおよそ理解してくれるであろう。

 ついで宿を確保。
 2人部屋を2部屋、1人部屋を1部屋おさえる。
 そしてエレナが仕切り出す。

「じゃあ、レイナとリェルさん同部屋。
 シンセとノム同部屋。
 私、残り物。
 よろしいか?」

「ダメです」

 私は即、この振り分けを否定する。
 確かに、同部屋の方が相手の情報は収集できるが、今は明日のために、より質の良い睡眠を取りたいと思ったからだ。
 信頼度不足。
 まだ、相互に。

 また、今夜の彼女達の『寝込み具合』は、人妻ミソラさんに確認してもらうことも可能。
 まあ、『1日徹夜する程度』。
 そんな言葉もあるが。

「だって、今日、リェルさん。
 付き合うならレイナがいいって言ったから。
 レイナ程の美女と一緒に寝れるチャンス、もう二度とないかもですよ」

「私は構わないわ。
 一緒に寝ましょう、リェル」

 そう言って微笑むレイナは、美しく、薄気味悪い。
 どうやって断ろうか。
 人妻ミソラさんの家に泊めてもらう。
 その方向で言い訳の検討を始める。

「あんたは、私たちのパーティに貸してもらったのだから。
 私たちのパーティの『ノリ』に付き合ってもらうぜ。
 それとも、あたしと寝るかい?」

 シンセが私の背後から声をかける。
 どうも、このチビッコは苦手だ。




 *****





 浅く寝た。
 それでも疲れは十分にとれる。
 朝日が窓から差し込み、覚醒を促(うなが)す。

 あの後、一行と私は、酒場へ向かった。
 乾杯を済ませると、会議が始まる。
 リーダーエレナは議長と書記を兼任し、最も冒険者としての実績があるというシンセが、懸案事項を列挙していった。
 私も発言を求められ、軽く口を挟む。
 この会議の内容も、ギルコへの報告内容に含まれる。
 私は、全ての議題を、しっかりと脳に焼き付けていった。

 『筆記は合格』。
 そんな適当な思考が産まれる。

 衣擦(きぬず)れの音が耳に届くと同時に、レイナがゆっくりと上体を起こす。
 両手を絡(から)めて天に突き出すと、小さく『ん』と声を漏らした。
 そして瞳と瞳が交錯する。

「襲わないでくれてありがとう。
 クエストの前に、無駄な魔力を消費せずに済んだわ」

「こちらこそ」





 *****






 青空が途切れる。
 雲間から差し込む太陽光と、草原から吹いてくる風を、木々が遮(さえぎ)る。
 倒木には隙間なく苔が生え。
 水分を多く含んだ土を踏むと、じゅるりと鳴き。
 空気はじっとりとしていて、汗がにじみ。
 奥へ進むほどに薄暗く。
 陰湿に。
 自然と体が重くなる。

「瘴気」

 誰かがボソッと呟(つぶや)いた。
 その人物を誰も見つめず、前方のみを見据えながら。
 会話が始まる。

「微弱だけど、エーテルのエネルギーが表層化している。
 おそらく奥へ進むほどに、これは濃くなる。
 ただこの場所にいるだけでダメージを受ける状態。
 毒霧」

「ヌメル基地が、まさか予行練習になるなんて思わなかったよ」

「ヌメル基地って、何さ。
 ヌメってんの?」

「その通りよ」

「そりゃぁ、嫌な基地だね」

 今回のクエストのランクはA+。
 高難度クエストと言っても、お咎(とが)めはないだろう。
 この地でのクエストは、散命率が高く、呪われた地、そんな扱いを受けている。
 理由は、彼女達が言う通り、環境の劣悪さにある。
 エーテルエネルギーへの対応のため、常に封魔防壁をレインフォースする必要がある。
 つまり、MP(まりょく)切れが、HP(たいりょく)切れと同じ意味を持ってしまう。
 この考慮を忘れると、目的地まで到達しても、帰路で事切れる。
 そして、深追いすれば深追いするほど、沼は深くなる。
 『酩酊の森』の『酩酊』とは、『エーテルのエネルギーに当てられて体調を崩した』という意味が込められている。
 また、一部の人間は、この森を『死の森』と呼んでいる。

 対して、『のんのん』しているエレナ一行。
 おしゃべりが、止まらない。
 かしましい。

「リェル、話しておきたいことがあるわ」

 エレナ、シンセ、ノム、レイナ、そして私。
 この順に隊列を組んでの行進の中、レイナが前を向いたまま語り始める。

「昨日、酒場である程度聞いていると思うけど、改めて。
 このクエストを選んだ理由はね、『鞭(むち)』にあるのよ。
 鞭の作成に必要な、革素材を入手したかった」

「はあ・・・。
 知り合いに調教師でもいるんですか?」

「私が振るうのよ」

「お似合いです」

「マシュードラゴンなんて、トカゲみたいなものだから。
 理想の武器素材とは言えないけれど。
 早々に革を剥ぎ取って。
 まずは1本、鞭の作成を依頼し、その結果を『本番』にフィードバックしたいの。
 今回のクエストは『採取』だけど、納品分にプラスして、私が必要な分の素材も回収する」

「『トカゲ』って。
 その言い方は、さすがのモンスターも怒りますよ」

「私、煽(あお)りのプロだから」

「さすがです」

「さらにプラスして、貢ぎ物として納める分も回収するわ。
 レフィリア教授。
 彼女が『何フェチ』か、まだわからないから」

「鞭で叩いたら、喜ぶかもしれませんよ」

「やってみるわ」

 会話、噛み合ってるのかな。

「エレナさん。
 レイナさんって、いつもこんな調子なのですか」

「私も、まだ、そこまでたくさんレイナと喋ってないから、わかんないなぁ」

「はあ」

 なんか、酩酊してきた。






 *****






「休憩!」

 先頭のエレナが振り向き、手を上げる。
 椅子になりそうな倒木は、湿気を多く含んだ苔が生えており、座ることがためらわれる。
 濡れる。
 するとエレナはその倒木をファイアーの魔法で焼いて除湿を行い、フリーズの魔法で余熱を取る。
 持参していた布を広げ配置すると、あぐらをかいて座り、水分補給を始めた。
 ノムはエレナの横にぴったりくっついて座り、シンセはストレッチを始める。
 レイナは布で汗をぬぐった後、この先進む方向をじっと見つめている。
 そして、わずかに。
 ほんのわずかに笑った。
 怖い。

「リェルさんが戦っているところ、みたいなぁ」

 エレナが私を見つめている。

「拒否します」

「ギルコさんは、あんたを戦闘要員としてカウントしてもオーケー、って言ってたけど。
 『リェル、戦闘放棄しました』、って、報告しちゃうぜ」

 アキレス腱を伸ばしながらシンセが割り込んでくる。
 勝手に約束とかしないで欲しいよ。
 私は脳内でジークンに愚痴を言った。

「あはははは(棒)。
 ははははー(棒)。
 ・・・。
 さて、休憩はここまでにして、進みましょう」

 私は進行方向を指差す。
 その指の先には、私を見つめるレイナ。

「目的地の沼に到着したら、リェルだけ置き去りにして、戦闘せざるを得ない状況を作り出しましょう。
 大丈夫。
 半分死んだら助けに入るから」

 レイナは笑った。
 もう。
 ほんと、この人怖い。





*****





 地中に集められた水分は、水たまりを形成し。
 さらにそれが多数集まって、沼が形成される。
 足が地面にめり込み、大量の泥が靴にへばりつく。
 しかし、あゆみを進めても、マシュードラゴンの姿は確認できず。
 当初予定していた帰還開始時刻は過ぎ去り、計画が再構築される。
 今晩もカイズンに宿泊し、日が昇る前に起床してクレセンティアに戻る。
 私はこの提案を否定しなかった。

 それは。
 彼女達が。
 私の予想を大きく超えて・・・

「狼も蛇もワニも飽きたので、早くドラゴンが見たいの。
 ドラゴンみたいのー」

「ノムレーダー。
 何も感知しない?」

 エレナがノムの頭頂部のアホ毛を軽く引っ張りながら質問する。

「テリトリーには入っているの。
 今、私たちは、沼に囲まれている。
 この沼の、どこからでもドラゴンは強襲できる。
 沼の中に逃げられたら追撃できない。
 エレナの電撃なら効くかもだけど。
 沈没されると、素材を回収できなくなる。
 地上に出てきたところでトドメをさす、の」

「空間中の瘴気が、ドラゴンの魔力を隠す役割も果たしてる。
 アイツは魔法も使うよ。
 エーテル属性。
 遠距離でも油断すんなよ」

「でも一番危険なのは、体当たり。
 単純明快だけど、強烈。
 突撃は、必ず回避。
 骨折したくなければね」

 ノム、シンセ、レイナの順に考察を述べる。
 順当に行けば、リーダーエレナが考察を語るべき。
 全員の視線がエレナに集まる。

「ビリビリ。
 違和感、第六感。
 右。
 右。
 右!
 来る!
 来た!」

 エレナは魔力の収束を開始。
 鞘に収まったままの剣に魔力を集める。
 魔力越しに、興奮が伝わる。
 しかし、私はまだ敵を感知できていない。
 多少困惑している、という事実が悔しい。
 そしてエレナは指示を出す。

「私が囮になる!
 みんな前方、後方に引いて。
 沼から引き出す」

 ノム、シンセは前方向。
 レイナと私は後方へ。
 そして。
 沼に波紋が広がる。

 その瞬間。
 巨大な塊が沼から飛び出し、一直線にエレナを目指す。

 牙、牙。
 顎(あご)。
 大きく開いた、巨大な口。

 泥にまみれた胴体。
 尻尾だけで、成人男性程度のサイズ。
 トカゲ!?
 否。
 否!
 デカすぎる!

 そして。
 速い!
 体のサイズと、移動速度が対応しない矛盾。

 その口で。
 その顎で。
 その牙で。
 エレナを捕食した、そのエネミーは。
 そのまま逆方向の沼にダイブ。
 泥水の飛沫(しぶき)が上がり、視覚情報の取得を阻害する。

 予想を超えて。
 予測を超えて。
 敵の気配の感知が難しい。

 分析。
 沼、泥水に仕掛けあり。
 この泥水に魔力が流れており、この魔力が相手の気配を遮断する効果を発揮している。
 そして。
 エレナの殺気検知能力は、この罠(トラップ)の上を行った。

「取り敢(あ)えず、一発当てましたが。
 硬いねぇ」

 私に向けて青の剣を突きつけるエレナ。
 五体無事。
 剣に残留した雷のエネルギーは、青く光り。
 そして再度魔力の収束が開始されるのを検知する。

「傍観者なら、傍観者の仕事を。
 傍観者なら、傍観者の仕事を」

 私は自(みずか)らを奮い立たせる。
 可能な限り、克明に、鮮明に。
 『見る』。
 それが、私の仕事。

 私はレイナから離れ、さらに後方に下がる。
 この位置からなら、全てを視野に含める。

「ハラタツ。
 ハラタツ、の。
 魔力感知、オーラサーチで遅れをとるのは。
 某、陰湿淫乱女を想起させるが故」

 ノムのターン。
 杖を地面に突き立て、精神統一を開始。

「左、左、後方、後方。
 旋回、旋回。
 上昇、上昇。
 狙いは。
 次の狙いは、リェルなの!!」

 突然名前を呼ばれると、少し困惑する。
 嗚呼、私もまだまだ。
 精神修行が足りない、か。

 私は風の魔力を収束する。
 腰に携(たずさ)えた、持ち武器のナイフに向けて。

 オーラサーチは不要。
 私は。
 音を信じる。

「リェル!」

 沼の泥水が揺らぐ、その音を拾う。
 ノムの叫びは、タイミングの核心となる。
 私は風の魔力を補助にして、大きく後方へステップする。
 目の前を、泥の塊が通過する。
 先程のエレナの対応にて、敵の体長は確認済みであり、ここから回避ステップに必要な動作距離を計算できた。

「燃えろ」

 予想通りに事が運び安堵した私の聴覚が、謎のフレーズを拾う。
 ついで、耳が痺れる。
 爆発音。

 目の前で黒煙が上がり。
 その隙間から緋色の髪が揺れる様を確認する。

「逃げ場なし、だな!」

 その発言は、シンセ。

「ナイス回避、リェル」

 その発言は、エレナ。

「これで2発」

 その発言は、ノム。

 情報過多。
 脳内が溢れそうになるのを、必死に耐える。

 戦うか、戦わないか。
 中途半端なのが、一番危険。

「殺(や)るか」

 私は小さく呟(つぶや)き、自分なりのスイッチを入れる。

「いい表情になったじゃない」

 その発言は、レイナ。

「あなたの加虐性が伝染したのかもしれませんね」

 その発言は私。

「ノムセンサー、頼りにしている」

 その発言はシンセ。

「右。
 少し遠くに行ったの。
 あと、右左だとややこしいから、これからは仮に進行方向を北として発言するの。
 正確な方角がわからないから我慢して」

「オッケー」

 エレナとはだいぶん間隔が空いてしまった。
 故にエレナは声量をあげて、私に伝達する。

「リェルさん。
 こんなときになんですが。
 私たちがギルドランクを進めるのに、最善の手段。
 それは、私たちの実力を、リェルさんに見せつけることだと思います。
 なので。
 しっかり、色を付けて報告してください」

「その要望、しかと聞き届けました。
 あと、そういう話は先にしておいてください」

「以後、気をつけます。
 ごめーんね」

 両手を合わせて謝罪するエレナ。
 チロリと舌を出したようにも見えた。

「浮上、浮上。
 距離変わらず。
 魔力収束を感知。
 魔法、警戒」

 最大級に警戒する沼の表面に波紋。
 敵の頭部、目を確認。
 視覚で、私達の位置を確認している。

 敵の上空にエーテルの魔力球が出現。
 数、10超え、20前後。
 多地同時収束。
 その全ての魔力球が闇の刃に形を変え襲ってくる。

 紫の斬撃。
 それが展開した魔導防壁と衝突。
 矛と盾の戦いは、盾の勝利。
 多数のコアを用いた広範囲攻撃だが、広範囲に拡散した分、魔導球1発1発のエネルギーは低い。

「ノムレーダー、優秀すぎますね」

 自然とそんな感想が漏れた。
 当然のように全員が無事。
 しかし、敵が沼から出てこない以上、こちらから沼に入ることもできない訳であって。
 そんな思考は、エレナにも生まれていたようで。

「はーい、お風呂から出ましょうねー」

 エレナは魔力の収束を開始。
 雷属性。
 敵の頭上への6点収束、スフィア収束。
 ハイ・サンダー。

<<バヂヂヂヂヂヂヂヂ!!>>

 電撃が水面を伝う。
 堪(たま)らず、敵は水中へ。
 その潜伏を、ノムレーダーとエレナサンダーのコンビネーションが追跡する。

「沼が浅かったのが敗因だねぇ」

「北東。
 エレナからちょうど北東。
 距離20メートル付近」

 次撃が落とされる。
 それに合わせて、敵も移動しているようで。

「北。
 逃げるの」

 さらに一発。
 雷が先回り。
 北を通行不能にし、Uターンを強制する。

「バック、南下、南下。
 エレナの真東、15メートル付近。
 私の合図のタイミングで、ドデカイのをお願い」

「りょ!」

 少しの静寂のあと、ノムが叫ぶ。
 そして、本日最大の落雷。

「エレナ狙いに切り替わった!」

 敵は、逃げを諦め、攻めに転じる。
 ノムレーダーの情報を受け、エレナは再度、魔力収束を開始。
 右手で扱う青の剣。
 雷属性の魔力が漏出。
 その足は、ぬかるんだ地面をしっかりと捉(とら)えている。

 本戦闘の最初のシーンのリプレイ。
 泥を撒き散らしながら飛びかかる敵。
 しかし、初撃ほどの勢いはなく。
 真っ向勝負を試みた、そのエレナの雷槍により。
 完全に推進力を失った。

 巨体が打ち上げられ、大地が揺れる。
 ここでやっと、鋭い爪や表皮の革鱗の色、質感などを、しっかりと確認できる。
 汚泥色の革鱗の奥に見える肉は、毒々しい紫色をしている。
 当然、爪は危険視すべきだが、私はそれよりも腕、足の筋肉の太さに着目したい。
 翼も持たないのに、コイツをドラゴンと名付けた人間の気持ちが、少し理解できた気がした。

「ドラゴンゾンビって感じだな」

 シンセの光槍が、革鱗を貫通し、胴の肉に突き刺さる。
 ドラゴンが咆哮をあげ、空気が激しく振動する。
 ロングシャフトの先から放出され形成される『光の槍』。
 『レイシャフト』と呼ばれる、光のエネルギーを増幅制御可能な魔導武具であると聞いている。
 槍がドラゴンから引き抜かれると、レイシャフトは、『槍』から『斧』へ変化する。
 なんなんだ、この武器!?

「もう一撃!」

 斧がドラゴンの首元へ打ち落とされる。
 太い首を切断することは叶わないが、有効打なのは間違いない。

「シンセ、尻尾が生きてる!」

 雷撃のあと、数歩後退したエレナが叫ぶ。
 しかし、間に合わず。
 シンセの小さな体に、巨大な竜の尾の一撃が振るわれ。
 鈍い音。
 衝撃で小柄な体は弾(はじ)き飛ばされ、そのまま沼へ落下する。

 ギリギリで、シンセが魔導防壁を展開したことを確認。
 今の一撃は致命傷にはなっていないと予測。
 しかし、このままドラゴンが沼に逃げると、本当にシンセの命が危ない。
 沼に手足を取らせた状態では。
 そんなことは、全員わかっている。

「大丈夫。
 既にチェックメイトよ」

 気づくとレイナが、ドラゴンの上に立っていた。
 そしてシンセが付けた首の傷に手を添える。
 その箇所から炎が上がる。
 しかし、ドラゴンは身動きを取れないでいる。

「封印魔法でコイツの魔力を打ち消してるの。
 防壁も弱体させてる。
 それと、レイナの魔力には、衰弱した相手モンスターの動きを封じる効果があるらしい。
 凄腕調教師なの。
 あとは燃えるの待ち」

 ノムが私に向けて発言する。
 シンセも沼から顔を出して苦笑いを見せた。
 大丈夫そうだ。

 ドラゴンの観察を再開すると、いつのまにか尾が切断されていることに気づく。
 ドス黒い血が飛び散り、エレナの体を汚した。

「トドメ、譲るわ」

 高いところからレイナが私に声をかける。
 戦闘体勢に移行済みの私は、その提案を素直に受け入れる。

 ・・・

 私は深くため息をつき。

 そして魔力の収束を開始。
 腰背面に装着した、漆黒のナイフを引き抜き。
 強く握り。

 ・・・

 風。

 風。

 私の振るう風は。

 切断のために。

「エリアル・サイズ!」

 ナイフを振り下ろすと同時に、風の刃が生み出され、ドラゴンの胴、ど真ん中を通過する。
 黒い血と、肉のコッパも同時に吹き飛ばし。
 残念ながら、私の今の魔力のパラメーターでは『両断』は叶(かな)わず。
 しかし、これで終わりだと。
 そう確信するには十分であって。
 私は、ナイフを鞘に収める。

 沈静へ向かいながら、四人の戦乙女達の顔を、一人づつ目に入れる。
 彼女達4人が敵を引き止めてくれたからこそ、十分な魔力収束の時間が確保できたわけで。
 私1人だったらと考えると。
 ・・・。

 ふと、ギルコの顔が脳内に浮んで、私は、そこで考えるのをやめた。
 さあ、本来の、仕事に戻ろう。






*****








 ノムは、シンセに治癒術をかけ。
 シンセは、可能な限り泥を払い。
 レイナがドラゴンを調理し。
 エレナは素材の持ち運びの準備を整え。

 道中に休憩した地点で、帰路も再度休憩を取り。
 特に焦った様子を見せることなく。
 カイズンの村へ戻るのと、日が暮れるのは、おおよそ同じ時間になった。

「今回のクエスト達成の報告は、カイズンのギルドでも大丈夫です。
 特例ですが、話を付けておきます。
 なのでここでクエスト終了です。
 私は宿泊せずに、このままクレセンティアに戻ります。
 皆さまは御宿泊とのことですので、ここでお別れとさせてください。
 お疲れ様でした。
 今夜はごゆっくり」

 立ち去ろうとした私の腕を、エレナががっちりと掴(つか)んだ。
 これ以上、土産話は要らない。
 ほんとうに疲れたから。
 早くジークンに会いたい。

「私たちも今から戻ります。
 クレセンティアに」

「でも、お疲れでしょう。
 休憩された方がよいのでは。
 それに夜道では、何があるかわかりませんよ」

「星を眺(なが)めながら帰りましょう。
 一緒に、ね」

 見上げると、午前中にあった雲は去り、幾多もの星が輝く。
 クレセンティアは月が美しく見えると言われるが、ならば当然星も美しく見える。
 慌ただしい日々は、焦点を必要なものにしか合わせさせなくする。
 ふと、星空にギルコの顔が浮かんだが、脳内で爆破して焼却した。

「まだ、お話したいこともありますので」

 エレナは、柔らかく微笑む。
 桃色の唇、その両端が、ゆるやかな曲線を描く。
 いつのまにか、トレードマークのポニーテールがほどかれていて、緑色の髪が肩に触れている。
 吹き抜ける風がその髪を揺らす。
 私の腕を掴(つか)む力が、わずかに強くなり、その事実に応じて、わずかに心臓の鼓動が変わる。
 青色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
 ちゃんと、あるではないか。
 女性的な、魅力が。

「髪を解くと淑女になる魔法でもかけられているのか。
 はたまた、髪を結うと奇人になる呪いでもかけられているのか」

 徒然なる思考の垂れ流しは、誰にも受けとめられず。
 天空に霧散していった。

 仕事は、既に終わり。
 今はプライベート。
 そう割り切って。
 私は、エレナに問いかける。

「エレナって、どんな男性が好きなんですか?」




















講義11:魔獣学




【** エレナ視点 **】


 旅人の大樹。
 その佇(たたず)まいを、3日連続で拝むことになるとは。

 マシュードラゴン討伐後、クレセンティアへ帰還すると、ギルコさんが寝ずに待っていた。
 ほぼ強制的にギルド地下のバーに連れ込まれると、『飲め飲め』と促(うなが)された。
 これはリェルさんも例外ではなく、ジークンさんが持ってきてくれた麦酒をチビチビと飲み進めていた。
 私も1杯だけビールを頂くと、『明日用事があるので』と何回も復唱し、腕を引っ張って引き止めようとするギルコさんを振り払った。
 ノム、シンセ、レイナも、同時に帰宿。
 『しょうがない、リェル、朝まで付き合いなさい』。
 慰労会は、そんな言葉で締めくくられた。

 朝9時。
 私たちはクレセンティアの東門へ向かう。
 そこで待っていたのは、黄緑のメイドさんだ。
 以前の登山と同様に、教授様の縄張りまでの道案内をしてくれるのである。
 目的地はクレセンティアの東方。
 旅人の大樹を越え、その先にある森林地帯。
 『酩酊の森』とは異なる、人を寄せつける森。
 出現する魔物は比較的には弱い部類で、晴れの昼間ならば十分に明るい。
 森林浴も楽しめる、という人もいる。
 その森を貫くように存在する道は、王都ハーパーへと続いている。

『おはようございます、パグシャさん。
 まず最初に相談があります。
 部外者、1人連れていってもいいですか?』





*****





 聞いていたとおり、森は明るく、涼しげで。
 歩いているだけで、昨日蓄積したストレスが、少しづつ蒸発していくような感覚を味わえた。
 いっぱい、空気、吸っとこう。

「同じ森でも、昨日の森とは天と地。
 月とスッポン。
 ・・・。
 誰だよ、月とスッポンを比較しようと考えた奴」

 シルバーのロングシャフトをバーベルみたいに持ち上げて、深く深呼吸をする。
 オレンジ色のツインテール。

「スッポンは有能ですよ。
 食べると男性は元気になるそうです。
 健康第一。
 食事と運動、そして気負わない思考が、長生きの基本です。
 今度、スッポン料理、ご馳走しましょうか。
 料理は得意なんですよ」

「初対面の人間にあんまりにも優しくすると、相手は逆に怖がっちゃうぜ」

「うーん。
 じゃあ、有償にします」

「あたしは、そっちのほうが気が楽だな」

「『コストパフォーマンスが高すぎる』って言わせるために、最善を尽くしますね」

 シンセとパグシャさん。
 彼女達は、両者、コミュ力が相当に高い。
 そして、両者、博識だ。
 2人で隊列の先頭に立ち、後ろの3人を導く。



 昨日。
 星空の下の帰り道。
 本日の講義の話題になり。
 そいつにシンセが食いついた。
 部外者を講義に参加させてもらえるとは思わなかったが、一応聞いてみよう、という結論になり。
 そして、パグシャさんは、さも当たり前のような顔で許可を出した。
 ただし、『学院内にお連れすることはできませんが』という一言が添えられた。





*****





 森林浴を存分に楽しんだあと、私たちは目的地に到着した。
 湖とは呼べない程度の大きさの水辺。
 それに隣接して、小さなロッジが建っている。
 3段のステップを踏んだのちに、室内に入れる構造になっているが、そこから左方向に進んだ位置に、木製の机と椅子が配置された屋外レストスペースも確保されている。
 椅子に座ってコーヒーでも飲めば、そのカップに葉がヒラリと落ちてきそうな。
 黄緑色の葉を侍らせるロッジと同程度のサイズの樹木が木陰を作る。

 パグシャさんはステップを踏み、ドアをノックする。

 ・・・

 が、反応がない。

「いないみたいですね。
 じゃあ、入りましょうか」

「あかんて!」

 ほわほわ笑顔のパグシャさんは、さも当たり前のように不法侵入することを宣言した。
 流れがあまりにも自然すぎて、ツッコミが遅れそうになるところだが、そこはさすがエレナのツッコミスキルが反射的に発動した。

「大丈夫ですよ。
 仲良しなので」

 そう言って、ドアノブを回して扉を開ける。
 鍵、掛けてないのかよ。
 不用心だろ。
 もしくは、中に番犬とかいんの?

 家の中に侵入するパグシャさんに続き、恐る恐る中を覗き見る。
 吠えられることはなく。
 そこにいたのは、檻(おり)に入れられた巨大なモグラのモンスター、『モゲラ』、複数体のみであった。

「パグシャさん。
 私たちは中には入れないです。
 そこのテラススペースで待機しておきます」

「そうですか。
 ならコーヒーくらいは、いれましょう。
 少々お待ちくださいね」

 同居してんの?
 というほどに、好き勝手する黄緑メイド。
 テラスに移動する私の背後から、『別に入ってもいいんじゃない?』という声が2人分聞こえたが、無視した。
 結果、テラスのウッドのテーブル席に、4人で腰掛けることとなった。

 木漏れ日、温かい。
 すぐにコーヒーも到着。
 席には5人が着席し。
 そして、いつもの光景。
 角砂糖が1つのカップにどんどん投入される様。
 それをまったり眺めながら。
 私はテーブルにほっぺたをくっつけて、深く呼吸をした。
 肺の換気。
 そんな言葉が脳内に浮かぶ。
 そして。
 寝てた。





*****





「帰って来ましたね」

 漏出魔力を検知したらしいパグシャさんが、最速で感づく。
 その声で、私は覚醒する。
 視覚的変化はまったくないが、森の奥から誰かが近づいてくることを魔力の移動から感じ取る。

 そして現れたのは、女性。
 加えて、鹿、そして犬が2匹。
 犬は女性の周りをグルグルしていて、鹿は女性から頭を撫でられて嬉しそうにしている。

「お帰りなさいませ、ノレリア。
 お待ちしてました」

「やっほー、パグシャ」

 まず目に行くのが、装備している強大な長戦斧。
 小さな体には不釣り合いなサイズの獲物を、軽々と担いでいる。

 次に衣服。
 上下つながった、黒のタイトな衣服。
 首元はタートルネックで、下半身はスパッツ。
 その上にフード付きの薄ピンクのパーカー。
 黒い髪は4ヶ所、瞳の色と同じ黄緑色のリボンで結われている。
 頭頂部には、髪と同色の猫耳。
 ・・・。
 猫耳!?
 猫耳!?
 獣人だ!!

 ライザ教官以来の獣人登場でテンションが上がるエレナ。
 そのテンションが、まさか急降下することになるとは思わなかった。

「はじめまして。
 研究生のエレナです。
 出会い頭で不躾ですが、1点質問よろしいですか?」

「なんだい?」

「その耳。
 偽モンですか?」

 その問いに答えるため、教授は、付け耳カチューシャをパカっと外してみせてくれた。

「かわいいでしょ」

 かわいい、っちゃ、かわいい、のだが。
 なんか、少し残念。
 獣人ではなく、コスプレイヤーさんでした。

「少しでも動物の気持ちに寄り添いたいのだよ」





*****





 テラスのテーブル席に6人。
 満席となった。
 コーヒーが飲めない教授にはミルクが提供され。
 自己紹介もおおよそ完了。
 ここで話題は『ペット』へ向く。

「鹿さんとワンちゃんは、教授が飼いならされているのですか?」

「そうだよ。
 大事な大事な私の家族。
 家族にして、『狩猟仲間』さ」

「犬と狩猟の関係はわかりますけど、鹿と狩猟の関係は、なんか違和感です」

「それは、まあ、いろいろ、あるのだけれど。
 パートナー、みたいな感じかな。
 それ以上は、内緒かなぁ」

 内緒とか言われると、気になる。
 それが人のサガ。

「『従獣(じゅうじゅう)』、なの」

「くっ・・・。
 そのとおりだよノム。
 よく知っているね」

「従獣?」

「魔導従獣って呼んだりもするけど。
 つまり、この狐さんに、教授の魔力を流し込んで戦わせるの」

「そんなことできんのか!?」

 その発言はシンセ。
 しかし驚いているのは私もレイナも同じ。

「奥の手だったのに、バレちゃったねぇ」

 ニヘラという表情を浮かべる偽耳教授。
 そんなに深刻には捉えていなそう。
 ここで、パグシャさんが補足説明をくれる。

「この狐さんは、魔導従獣であり、かつ霊獣でもあるのよ。
 霊獣とは、簡単に言うと、魔法を使用できて、かつ人間に敵意のない魔獣のこと、かしら。
 何が言いたいかというと。
 狐さんは、教授のサポートがなくても、彼女単体で強い、ということよ」

「なるほど」

「そして逆に、狐のサポートがなくても、ノレリア教授は彼女単体で強い、の」

「褒められたねぇ。
 悪くないねぇ」

 ノムが教授の戦闘能力を絶賛した。
 実際にその戦いぶりを見たわけでもなくても、この人が只者ではないことは私にもわかる。
 偽耳に気を取られてはいけない。

「狐さんじゃなくて、『仙狐(せんこ)』って呼んであげてね。
 名前だよ。
 エレナの中にいる狐さんとも仲良くなれるかなぁ」

「奥の手だったのに、バレちゃったねぇ」

 とか、教授の言葉を真似してみたり。

「来て、紅怜!」

 私は炎狐を『狐の形状』で召喚する。
 ここで補足。
 先日、『少女』まで成長した紅怜であるが。
 私は、『幼狐』、『幼女』、『少女』、どの彼女も召喚できる。
 『幼女紅怜』ファンの皆様には朗報。
 以上、補足でした。

 召喚された幼狐紅怜は、庭駆け回り、仙狐となにやらじゃれ合いだした。
 仙狐が姉で、紅怜が妹みたいな関係性。
 和むわー。

「ワンちゃんの名前はなんて言うんですか?」

「タローとジローだよ」

「仙狐さんの名前の仰々しさからすると、なんか拍子抜けです」

「でも、有能だよ。
 魔法は使えないけど、やっぱ嗅覚だね。
 すごい」

「動物と、信頼関係を構築されているんですね」

 その言葉はレイナ。
 いい話だなぁ、とか思ったり。
 あ、そういえば。

「家の中のいたモゲラとも、信頼関係を構築されてるんですか?」

「うんにゃ。
 あれは食用だよ」

「食うのかよ!!!!」





*****





「一つ聞いていいかい、エレナ」

「なんでしょうか教授」

「講義って、何すればいいの?」

「知らぬよ」

「パグシャ、教えて」

「先程の『魔導従獣』の話のように、『魔獣学』というブランチにおいて、特に特殊性のある専門的な内容の話をすればよいのです」

「なるほど。
 ちなみに、『講義をしなかったら』、どうなるの?」

「端的に言うと、教授職をクビになります。
 これは専攻長会議での決定事項ですので、絶対です。
 あと、1年間に1冊以上論文を提出しないとクビになりますので。
 これさえ守れば、あとはおおよそ、何をやってても自由です」

 このやりとり、今やるべきことなの?

「それじゃあ、去年の論文の内容を、研究生諸君に話せば、オーケー?
 オーケー?」

「ばっちりオーケーです」

 パグシャさんが親指と人差し指で丸を描く。
 パグシャさんとノレリア教授が仲良しという話。
 なんか、めっちゃわかる。

「紙とペン、持ってる人」

「私のノートを使ってください」

 私は私物のノートとペンを偽耳教授に手渡す。
 ノートは白紙のページが開かれ、テーブルのど真ん中に置かれた。
 無言のまま、偽耳教授は、単語を記述していく。

 『軟体動物』、『昆虫』、『魚類』、『両性類』、『爬虫類』、『鳥類』、『哺乳類』。

「ここまでで、質問は?」

 その教授の問いに対しては各位無言。
 そう、生物の分類の話だ。

「では、ここで問題です。
 この分類の中で、モンスター化する可能性がある、と言われているのはどれでしょう。
 さあ、みんなで考えよう」

 ミリオン・スロット!
 というわけで、各位が自分のノートに回答を書き、一斉に回答オープンするということになった。

 ここからは私エレナの思考。
 問われ、改めて思った。
 虫のモンスターって、この世界にはいない。
 理由はわからないが。
 なので『昆虫』は除外。
 『両性類』、『爬虫類』、『鳥類』、『哺乳類』はイエス。
 残るは、『軟体動物』と『魚類』。
 『軟体動物』っていうのはよくわからんが。
 『魚類』、魚のモンスターはなんかの本で見たことがある。

 結論:『魚類』、『両性類』、『爬虫類』、『鳥類』、『哺乳類』。

 各位、正解が出揃ったようです。
 フリップ、オープン。

「正解は・・・。
 『軟体動物』、『両性類』、『爬虫類』、『鳥類』、『哺乳類』、でした。
 正解者に拍手。
 よくできました」
 
 拍手を送られた人間は一人。
 さすがのノム先生のみであった。

 シンセは私と同じ答え。
 レイナのノートには『全部』って書いていた。
 ここから解説が始まる。

「『爬虫類』、『鳥類』、『哺乳類』はいいよね。
 デーモンやアリゲーターは『爬虫類』、プテラスが『鳥類』、モゲラやワイルドウルフは『哺乳類』。
 ちなみにワイバーンは『鳥類』じゃなくて『爬虫類』。
 ガーゴイルは『哺乳類』だよん」

「ペンギンは『鳥類』なの」

「さて、問題はここから。
 『軟体動物』、『昆虫』、『魚類』、『両性類』。
 まずエレナとシンセが気づいたように、この世界では『昆虫』はモンスター化しない」

「なんで、なんでしょうか」

「実は、私が今研究しているのが、まさにソレなんだよね。
 なんでなのか。
 わたしもまだ、ハッキリわかんない。
 生命の神秘、みたいな」

「うーん、不思議」

「次に思い浮かべて欲しいのは『死海』。
 東世界(オルティア)と西世界(ミルティア)を隔絶する死の海。
 その海が航行不能であるのには、2つの理由がある。
 1つ目は、天候が安定しないこと。
 2つ目は、『クラーケン』が出没すること。
 ここで何が言いたいかというと。
 条件に『魚のモンスターが出没する』というものが存在しない、ということ。
 そして、『クラーケン』は『軟体動物』であること。
 その2つ。
 死海にすら、魚のモンスターは存在しないのだよ。
 まあ、ピラニアとかサメとかは、モンスターみたいなものなんだけどね。
 このへん、ちょっと曖昧かも。
 というより、『モンスターの定義』が曖昧、とも言うね」

 めっちゃ、喋(しゃべ)る。
 先程、『講義って、何すればいいの?』とか言ってた人と同一人物とは思えない。
 改めて。
 やはり、この人も『教授』、なのだと思った。

「最後に『両性類』だけど。
 これが実は微妙で。
 でっかいカエルとか、サンショウウオとかが確認されてるから、これがモンスターにカテゴライズされてるんだけど。
 ほかの種族と比べると、攻撃性が低いんだよね。
 なので微妙なラインなんだ。
 でも、現在の科学ではイエス判定です」

「攻撃性のあるジャイアントトードとか・・・。
 即、ジェノサイド、なの」

 ノムが嫌な顔をする。
 ほんとのほんとにカエルがダメらしい。

「じゃあ、次の問題。
 先程あげた分類の中で、もっとも危険と言われるのはどれでしょうか。
 ただし、哺乳類から人間は除いて考えてください」

「でも、哺乳類じゃない?」

 シンセが即答。

「正解は『爬虫類』。
 理由は簡単で、『デーモン』、『ワイバーン』、『ドラゴン』。
 厄介なそいつらが、全員『爬虫類』だからです。
 本当にこれも理由不明だけど。
 爬虫類の危険生物って多いのよ」

「確かに」

「特に、ワイバーンの厄介さときたら。
 困ったもんだよね。
 どこでもいるんだもん」

「クレセンティアの北方の山地にもいますしね」

「美味しくないし」

「食べたんですか」

「やっぱりモゲラが一番うまい」

 憐れ、モゲラ。

「じゃあ、次が最終問題です。
 次は得点が倍になります。
 誰にでも、優勝のチャンスがあります」

「優勝商品とか、あるんですか?」

「モゲラの唐揚げ」

 憐れ、モゲラ。

「では問題です。
 先程あげた分類にカテゴライズされないモンスターがいます。
 これは何という分類のモンスターでしょーか。
 早押しで!」

 ピンポン!
 越◯製菓!

「アンデット!」

 反射神経ならば、ノムにも負けない。
 そんな気合いで放った答えは・・・。

「正解!
 優勝は、見事20ポイント獲得されましたエレナさん。
 モゲラの唐揚げ。
 この後、揚げたてをプレゼントします」

「なるほど。
 ウィスプとか、レイスね」

 納得したシンセと、ムスッとしたノム。
 レイナは、ちょっと、なんかボーッとしてた。

「『不死系』、とも言うね。
 こいつらは『モンスター』だけど、『魔獣』とは言わないね。
 わたしも、あんまり興味ないんだよなぁ。
 気になるんなら、メリィ教授のとこに行けばいいさ」

「あんまり会いたくない、の」

 そんなこんなで『魔獣クイズ』は閉幕。
 結局、全員、モゲラの唐揚げをご馳走してもらうことになったのでした。

 ・・・

 憐れ、モゲラ。




















課外11:紅怜召喚に関して




 私を呼ぶ声がする。
 私の中から、私を呼ぶ声がする。
 少女の声が、私の脳内に直接響く。
 少女『紅怜』の声が、私の脳内に直接響く。



 『少女』の状態で召喚した炎の召喚獣。
 『獣』と呼ぶことも不遜に思う、絶世の美少女。
 冷ややかな瞳。
 その視線が私を突き刺す。

「マスター。
 召喚していただき、ありがとうございます」

 冷徹でありながら、強固なる忠誠心を持ち合わせている。

「頼りにしているよ」

「なんなりと、ご命令ください」

 『お手』という単語が脳内に浮かんだが、抹殺した。

「私に、伝えたいことがあるんだよね」

「そのとおりです。
 本日は、私、否、『私たち』の召喚に関して、説明をしておきたいと思いました」

「『私たち』・・・。
 つまり、それは。
 君と、狐さんと、ちびっ子ちゃんの3人、ということでいいよね」

「そのとおりです。
 便宜上、ここからは、『幼狐』、『幼体』、『成体』と表現させてください。
 まず、あなた様は、この3状態、どの状態の私も召喚することができます。
 そして、この3状態は、それぞれで異なった『特性』を持つ、ということを覚えておいてください」

「なるほど」

「まず『幼狐』の状態ですが、1回の召喚で実現できる攻撃力は、比較的低いです。
 また、制御の自由度も低い。
 『幼体』、『成体』の状態では、『自律性』が働きます。
 つまり、マスターが詳細に命令を下さなくても、私たちが独自に考えを巡らせて、対象を殲滅する、ということです。
 『幼狐』の状態では、およそ全ての命令を、マスターが下すことになる、と考えてください」

「うーん」

「あなた様の今の疑問を言葉にします。
 『では、『幼狐』の状態で召喚することに、意味があるのか?』。
 そのように考えているのではないでしょうか?」

「心、読まれたー」

「『幼狐』状態にも利点があります。
 それは、『消費魔力量が少ない』ということです。
 我々は、魔力を一定以上消費すると、書籍内にて、魔力を回復する必要があります。
 魔力消費量が少ないということは、つまり、一回の術者定着で、複数回召喚可能ということを意味しています」

「なるほどなー」

「特に、『幼体』状態の私は馬鹿なので、魔力を無駄遣いします。
 それ故に、最も魔力消費が激しいと考えられます。
 逆に、『幼体』状態の利点は、『一撃の攻撃力の高さ』です。
 全てのエネルギーを持ってして体当たりを行うので、全てのエネルギーを相手にぶつけることが可能です。
 また逆に、『壁』として利用するのもアリでしょう」

「『壁』は、申し訳ないなー」

「なので、『幼狐』、『幼体』に関しては、マスターが相手の隙を突き、そのタイミングで召喚してダメージを与える、という戦闘ストラテジーに向いています。
 長期的な召喚には向きませんので、その点、ご注意ください」

「了解」

「さて、では最後に私、『成体』状態についてです。
 利点は最も自律的行動を得意とする、ということです。
 魔力を無駄遣いしませんので、長期的な召喚にも向いています。
 私が得意とするのは、式神の召喚です。
 猫の形状に収束した複数の炎の魔力を操って、相手を翻弄することができます。
 欠点は、式神、1匹1匹の威力は比較的弱い、ということです」

「そうは見えなかったけどね」

「比較的、です」

「例えばさ、敵さんが2人いるとして。
 その1人を君に任せちゃってもいい?」

「可能です。
 逆に、私はそのようなストラテジーにこそ向いていると思われます。
 ただし、1点注意があります。
 それは、魔力消費を節約するとは言っても、召喚時間は有限だということです。
 あまりにも相手が強大な魔術師の場合、一時的な時間稼ぎしかできません」

「それで十分だよ。
 これは凄い。
 1人の人間が、一時的だとしても、2人分の戦闘能力を持つのか」

 ウォード闘技場のCランクトーナメントで召喚の書を入手したときには、予測しえなかった。
 私は、とんでもない力を手にしてしまったのである。

 ・・・

 ここで。
 なんとなく、思いつく。
 私は、彼女に1歩づつ近づき。
 そして両の手を持ってして、彼女を包み込んだ。

「やっぱり。
 熱く、ない」

「私の魔力は、マスターに完全に隷属しています。
 相性が良かったのでしょう。
 本来、ここまで従属情報を共鳴させることは難しいのですが。
 そこはマスターに才があったのだと考えます」

「幻魔降臨魔術、の、才能、か・・・」

 私は、シナノ教授がかけてくれた言葉を思い出した。
 その言葉が脳内から去っていくと、私の意識は再び目の前の少女に向く。

「改めて、これから、よろしくね、紅怜」

「お任せください、マスター」

 ゆるかやな抱擁を堪能したのち、私は彼女から離れる。

「話をしたかったのは、ここまでになります。
 最後に、提案ですが。
 各状態の私を召喚する訓練をしておいた方がよいかもしれません」

「その提案、納得しかないよ。
 じゃあ、早速やってみようかな」

 私は、少女紅怜の召喚を解き、一旦、魔力を自分の体内に戻す。
 そしてイメージするのは『幼女』。
 『炎の幼女』。
 彼女を脳内に描きながら、少しづつ魔力を空間中に放出する。
 
「呼ばれました!
 マスター、召喚ありがとうございます。
 でも、敵さんが見当たりませんね」

「ごめんね、紅怜。
 紅怜を召喚する練習をしたかったんだよ」

「なるー。
 それでも、呼んでくれて、うれしかったです。
 せっかく出てきたので、曲芸でも見せましょうか?
 バック転とか得意ですよー」

「見たい見たい」

 クレイが華麗に後転。
 空中に火の粉が舞う。
 突撃させるだけではなく、いろんな攻撃を実現できるかもしれない、と思った。

「紅怜、1つ質問があるんだけど」

「なんでしょうか、マスター」

「ここまで紅怜、『幼狐』、『幼体』、『成体』って成長してきたけどさ・・・。
 まだ、進化するの?」

 『熟女紅怜』。
 それもまた楽しみな。

「にゅー・・・。
 たぶん、するかも、しれないし、しないかも・・・。
 ごめんなさい、わからないです」

「そっか、ごめんね。
 ありがとう」

「そもそも、私、進化できることを知りませんでした」

「そうなの?」

「進化する前は、お姉ちゃんのこと知りませんでした。
 でも、今は知ってます」

 よく、わからなく、なってきたな。
 これ以上悩ませるのはかわいそうなので、ここでこの話題は切り上げ。
 ここからローテーションで各状態の紅怜を召喚する訓練を再開したのでした。




















講義12:鉱石学




 監視者(サーべランス)。
 天空露天にて覗(のぞ)き魔がいないかを監視し、処理までを行う人間のことである。
 その監視者(サーべランス)が働くのは、天空露天のみではない。
 ここクレセンティアで、監視者(サーべランス)が最も多く働く場所。
 それが、ここ、『宝珠店』である。

 ウォードシティの宝珠店も、かなりの豪勢さを誇っていたが。
 クレセンティアのこの店を見てからでは、月と亀。

 優雅な貴族と屈強な戦士が同じ場所に留(とど)まるという違和感。
 それは、ここで販売される宝珠が、魔術的な補助能力を持つからである。
 
 宝珠、アクセサリは、以下の3種に分類される。

 1つ目がメインアクセサリ。
 MA、レインフォースアクセサリ、防壁増補装具、主魔導装具とも呼ばれる。
 このアクセサリは、術者を覆う封魔防壁を増強する効果があり、つまりは魔法防御力をアップしてくれるのである。

 2つ目がサブアクセサリ。
 SA、補助魔導装具とも呼ばれる。
 MA程魔法防御力は上がらないが、補助的な魔術効果を発生させるものが該当する。

 そして、3つ目がエレメント。
 このアクセサリを装備して魔法を使うと、その属性の成長が速くなるという有難い代物。
 例えば、炎術が苦手な私は、炎のエレメントを装備して、その苦手分を補う、といったことも可能。

 この宝珠店は、この3種全てを取り扱う。
 そしてさらに、『鉱石店』も併設されている。
 『鉱石店』で販売される『鉱石』は、おおよそ、魔術使用に適した武器や防具を製造するために使われるものである。
 ライザ教官から出された宿題をこなすために、私たちはこの鉱石店にも大いにお世話になる必要がある。

 さて、しかし。
 本日、宝珠店に来店したのは、ショッピングが目的ではない。
 サングラスをかけた体格よく、スキンヘッド、黒服の男性が小声で声をかけ。
 そして、案内してくれる。
 『立ち入り禁止』の表示がされた通路を通り。
 応接室に案内され、待機するように言われた。





*****





 出されたコーヒーには手をつけず、大人しく待機していると、一旦退出した黒服さんが応接室に戻ってきた。
 女性を引き連れて。

 背丈はシンセより小さい。
 顔も童顔で、私たちよりも若く見える。
 が、この点に関しては事前にパグシャさんから、『レフィリア教授はあなた達よりずっと年上ですので、無礼のないようにしてくださいね』、という注意勧告を受けていた。
 腰の下まで伸びる長いブロンドが、彼女の高貴さに拍車をかける。
 衣服は全身黒色のドレスで、反対色、金色のラインが映える。
 しかし、一箇所のみ白色。
 それは手袋。
 宝石を扱うためには、白の手袋が適しているのでは、という考察が生まれた。
 ドヤっとした表情からは、彼女が彼女自身に向ける信頼が読み取れるようだ。
 とりあえず仮で、『尊大ロリ教授』と呼ぶことにする。

「貴殿らが研究生よな。
 名を名乗れ」

「エレナです」

「ノム」

「レイナよ」

 尊大ロリ教授が私たちを見つめる。
 応接室の豪勢さに当てられて、なんか緊張する。
 彼女は、まず、どんな話をするのだろうか。

「エレナとノムの武器、私に売っていただけない」

「やなの」

「嫌です」

 金の、話だー。

「良い値で買いますから。
 こんな質の高い武器、そうそう見たことはないわ。
 私は武具店も経営しておりますの。
 これは間違いなく、高い値が付きますわ」

「値段の問題ではないです」

「レイナの腕輪も良い代物ね」

 レイナは無言のまま、ため息を付いた。
 商魂、逞(たくま)しすぎだろ。

「ならば、こうしましょう。
 なんか、持ってきてちょうだいな。
 私が高揚するような代物を」

 私は思った。
 これは、チャンスだ!

「了解しました。
 ただし、お題はいりません。
 代わりに、『素材』をください」

 交渉開始。

「今、私たち3人は、武器を新しく作り直そうとしています。
 そのために、質の高い魔導素材が必要です。
 特に、私は雷、ノムは封魔、レイナは炎」

 シンセがいたら、光を追加するところだが。
 本日は、この3人だけ。
 鎖骨と鯨もお休みである。

「なるほど。
 では、ラヴィ鉱、なんてどうでしょう?
 炎の武具素材」

「それは、もう持っています。
 もっと、価値の高い交渉にチャレンジさせてください」

「もちろん冗談ですわよ。
 まあ、ラヴィ鉱は本当にコストパフォーマンスが高い素材なのですけどね。
 そのせいで、枯渇が問題になり始めていますわ。
 そこで、先日、ラヴィ鉱の採取をギルドに依頼いたしまして。
 その依頼を担当した方々が、すごく優秀だったようで。
 予想以上に成果をあげてくださいましたね」

「どこかで聞いた話、ですねー」

「炎獣の洞窟のモンスターも成長していて、危険度も上がっている中。
 大変、お見事なアウトプットでした。
 お疲れ様でございました」

 全部、筒抜けてるのか。
 まあ、依頼主には依頼受注者の情報が渡されるのが通例なので、特に問題はないが。
 ただしこのとき、ランク情報だけは伏せられる。
 そして思った。
 洞窟のモンスターが凶悪化しているのを知ってたなら、依頼のランク、先に見直せたのでは?
 それならば、報酬、もっと貰えてたはずなのでは、と。

「さてさて、冗談はこれくらいにいたしまして。
 講義、とまいりましょうか」





*****





「高級な魔導素材というものは、MA、SAの素材にしても、エレメントと利用しても、高い魔術効果を発揮してくれますわ。
 属性ごとに有名な素材がありまして。
 本日は、それを解説いたします」

「よろしくお願いします」

「まず、炎。
 コスパ重視では、先程話ましたラヴィ鉱、レッドストーンなどが挙げられます。
 でもこれらは、今のあなた達には、取るに足らない素材ですわね。
 今のあなた達のレベルなら、『フレアルビー』がちょうどいいのではないでしょうか。
 ルビーの中で、特に炎属性の補助効果の高い鉱石が『フレアルビー』と呼ばれます。
 そう。
 今、レイナの腕輪に装着されているのが、まさしくフレアルビー」

「そのとおりよ」

「なので、さらに上をめざすなら、もっとお金を掛けないといけません。
 1つの案は、より効果の高い『フレアルビー』を探す。
 もしくは、さらに高価な宝珠としましては、『レッドスピネル』というものもありますわ」

「それが、欲しい」

「ならば、それと同等の素材を持ってきなさいな。
 ただし、『複数個合わせて同等』で構いません。
 安物でも、大量に持ってきていただければ」

「それは有難い」

「例えば、レイナなら、炎以外の宝珠はあまり有用ではない。
 なので、それらはどんどん私のお店に売却してください。
 そして、貯めたお金で『レッドスピネル』を購入する。
 しかし、それでは金銭の持ち運びが面倒なので、最後まで宝珠の形式で資産運用したほうが楽ですわね」

「納得した」

「次に、ノム。
 封魔の魔導素材について。
 あなたの杖に付いている『半透過クリスタル』を超えるものは、この世には存在しないわ。
 濁った色のクリスタルなら簡単に手に入りますけど、全く魔導効果はありません。
 その宝石は、一生家宝として奉(たてまつ)るべき代物よ。
 もし気が狂ったら、私に売ってちょうだいな」

「ぬ」

「封魔の素材で一番有名なのは『封魔水晶』。
 大量に採取可能なため、世の中に多く出回っている。
 ただ、水晶全てが封魔の魔導効果があるわけじゃなくて、水晶の中から、特に封魔の魔導効果が高いものを探し出さないといけない。
 そのため採掘には、魔導工学的な知見と、オーラサーチの能力が必要になる」

「掘る人間にも、技術があるの」

「その上位版に当たるのが、『セイントクリスタル』。
 これも同じで、ただのクリスタルから、封魔効果の高い素材を探し出す必要があるわ。
 出回る量も少なくなり、価値も高い」

「なるほど」

「そして、封魔の魔導素材として、高価で有名なもの。
 それが『プレシャスオパール』。
 『オパール』の中でも、特に虹のような色、遊色効果が大きいものを指す。
 その遊色効果の具合と魔導効率がおおよそ比例関係にある。
 なので、『プレシャスオパールの中のプレシャスオパール』という代物も存在して、それはもう、まさにアレなのよ。
 ノムのレベルならば、この素材を求めても良いのではないかしら」

「がんばる」

「最後に、エレナ。
 雷の魔導素材について。
 だけど、残念なことに、雷の魔導素材って、他の属性に比べると少ないのよ。
 特に、安価でコスパが高い素材が存在しないの」

「うげぇ」

「最もコスパが高いのが、『ラピスラズリ』ね。
 その上に『アウイナイト』という鉱石がある。
 どちらも高価。
 あなたの武器の剣に付いているのも『アウイナイト』よ。
 小さいほうの3つね」

「そうなんですか」

 この小さいほうの石も、結構高価なものだったようだ。
 シエルくん、おかねもちー。

「そして、その大きいほうが『雷帝の宝珠』。
 これも雷の魔導素材としては最高位の代物。
 ノムのときも同じことを述べたけど。
 もし気が狂ったら、私に売ってちょうだいな」

「あはははは」

「そして、この『雷帝の宝珠』と肩を並べる魔導素材がある。
 それが『ブルーセレスタイト』。
 『セレスタイト鉱』の中でも特に青みが強く、同時に雷の魔導効率が高いもの。
 『雷帝の宝珠』がエレメントとして用いられることが多いのに対し、武具製造に向くのが、この『ブルーセレスタイト』」

「チャレンジ、して、みたいです」

 どうせなら、最強の武器を目指したい。
 これからは、ギルドの仕事も、もっと力を入れなければ。

「じゃあ、ここまでの商談をまとめるわね。
 レイナ:『レッドスピネル』。
 ノム:『プレシャスオパール』。
 エレナ:『ブルーセレスタイト』。
 ・・・。
 サカキバラ!
 見積もり書を作ってらっしゃい」

 その言葉に応答するのは、黒服スキンヘッドの男性。
 サカキバラさん、というらしい。
 我々に軽く礼をし、応接室から退出した。

「ではでは。
 見積書ができるまでに、他の属性の話もしましょうか。
 まずは、風。
 安価、コスパ重視なら、『グリーンストーン』、『ヒスイ』。
 中堅どころが『エメラルド』。
 最高位の素材は、『アレキサンドライト』、そして『ハルモニウム』」

「『ハルモニウム鉱』を贅沢に使った、『ハルモニア』という大剣が有名なの」

「次に、光。
 安価、コスパ重視なら『ピンクストーン』。
 中堅どころが『ライトルビー』。
 最高位の素材は、『ピンクダイアモンド』」

「欲しい・・・」

「最後に、魔導。
 安価、コスパ重視なら『パープルストーン』。
 中堅どころが『アメジスト』。
 最高位の素材は『パープルオブシディアン』。
 『パープルオブシディアン』をふんだんに用いた『オブシディアンソード』が有名」

「黒い剣のやつだ」

「また、異属性混合の素材もある。
 一番有名なのが、『2色鉱石』。
 これは『レッドストーン』と『グリーンストーン』が混じり合った、炎と風のエレメント。
 そして、希少宝珠である『虹の宝珠』は、全属性に対応したエレメント。
 こういうレアなケースもある。
 とも言えるし。
 今まであげた宝珠も、純粋に対応属性のみが強化されるわけではなく、他の属性もわずかに増強されてる。
 ただ、この成分が逆に雑味になるケースもあるので注意が必要なの」

「このへんは、魔導工学的な話なの」

 ここで、いったん話が終わる。
 せっかくなので、出されたコーヒーでも飲もう。
 うーん、苦い。
 3つ提供された無糖珈琲は、2杯のみ消費された。

「まだ時間ありそうだから、もう1点話しますわ。
 メインアクセサリに使われるのは、封魔の魔導素材。
 先程話をした『封魔水晶』や『セイントクリスタル』などを、ネックレスやペンダントの素材として利用するのです。
 すると自然と、装備者の封魔防壁と作用して、防壁が強化される。
 で、魔法防御力が上がる。
 そんなシステムなのですわ」

「なるほど」

「では、ここで問題を出します。
 この事実から解ることは何でしょうか?」

 にゅーん・・・。
 レイナもしかめっ面。
 ここは、先生に任せよう。

「封魔の魔導素材が、消費量が一番多い、ということなの」

「正解よ。
 なので、封魔の素材だけ、いっぱい掘らないといけないの。
 でも幸いなことに、『封魔水晶』と『セイントクリスタル』はザクザク採掘できるの。
 ただし、『質』は全ての石で異なる。
 故に、『目利き』が重要になる。
 見た目は『セイントクリスタル』でも、魔導効果がなければ、ただの石コロ、なのですわ。
 騙されないように、気をつけなさい。
 まあ、装備して1発魔法を喰らえば、すぐにわかりますけど」

「その実験は、やりたいくないです」

「ただ、その他の封魔素材は、枯渇問題が発生している。
 故に、雷属性の素材に次いで、封魔の素材も比較的価値が高くなってしまったのですわ」

「なるほど」

 ここで、また静寂が訪れ、コーヒータイム。
 最後まで飲み干し、『ノムのコーヒー、飲まないなら、もらっていいかな』という思考が生まれたが、ハシタナイとか思われたら嫌なので自重した。

「おまたせいたしました」

 サカキバラさんが応接室に帰ってきた。
 彼の巨大な手には、3枚の紙。
 それが、赤、緑、青に配布され、各位、目を通す。





  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





 なんじゃこら!

「た・・・、高い」

「流石に、これは労が、いるの・・・」

「ぼったくり、じゃないでしょうね・・・」

 3人が3人、顔をひきつらせる。
 そして尊大ロリ教授は、本日最高の笑みを浮かべて宣言するのでした。

「一銭も、まけませんからね!」




















課外12:学院地下ダンジョン レベル3




 『KEEPOUT』。
 その封止テープの前に再び終結した。
 エレ、ノム、鎖骨、鯨。
 そして、レイナ様。

 学院地下ダンジョン。
 第3階層の攻略が始まる。





*****





 第3階層は第2階層と比較して、より壁の色が黒く、また照明は暗く。
 そして、敵が漏らす魔力は大きく。
 レイナが弱音を吐くほどの攻略難度であることが既知であり。
 自然と身が引きしまる。

「第3階層に関して、私が知っていることを述べておくわ。
 まず、第2階層よりも広大である、と思われる。
 長期戦を覚悟して。
 次に出現モンスター。
 ウィスプ属、レイス属、デーモン属、ウルフ属、アリゲータ属、ガーゴイル属。
 ここまでは第2階層と同じ。
 これに加え、さらにワイバーン属、プテラス属など、飛翔系モンスターが出没する。
 通路の広さが上層より広くなり、複数体からの同時攻撃を受けやすくなっている。
 ウルフ系も含めて、敵の敏捷性の高さに、特に注意を払ってちょうだい」

「隊列、どうしようか」

「今回、前衛に向く人間が、エレナと私、2人いる。
 なので、本探索は、『バックアタック』への配慮を行うのはどうかしら。
 つまり、前衛2人が隊列の最前列と最後尾に位置する。
 これで、背後からの攻撃にも対処可能。
 必然的に、最前列の人間の消耗が激しくなるので、適宜交代する」

「それ、助かるー」

「まず、私が先頭に出る。
 その後ろを、ホエール、エミュ、ノム、エレナの順で追従する。
 エミュは、後衛の2人に危機が迫った場合に対処を行うことをタスクにしてもらう。
 前にも、後ろにも行けるようにしておいて」

「ガッテン!」





*****





 探索は順調に進んだ。
 戦力が比較的低いエミュ、ホエールを、残り3人がサポートする。
 ダメージを受けても、ノム先生の治癒術ですぐ全回復。
 ノムが健在な限り、全滅はありえない。

 ただし当然、攻略難易度は2階層とは桁違いだ。
 その一番の理由は、ただ敵が強いから、だけではない。

「来た!」

 交代して先頭を預かっていた、私、エレナが警報を出す。
 前方からモンスター、の群れ。
 そう。
 モンスターが集団で襲ってくるようになったのだ。
 しかも、異種族混合。
 まるで、人間のような、知能や仲間意識があるように。

「後方からも来た!」

 ある意味、予定通りのバックアタック。
 しかし、まさか前後同時の侵攻とは。

「後方は2体。
 ワイバーンとレイス。
 ノムと私で足りる。
 エミュは前に出て!」

「オーケー。
 お任せあれ!」

 エミュ先輩が、ホエール先輩をかばうように前に出た。
 と同時に、ホエール先輩は魔力の収束を開始する。

「4体、かよ」

 前方に魔力体を確認。
 その数、4。
 視覚情報から得られる、敵の種別情報。
 デーモン2体、ガーゴイル、そしてプテラス。
 
 今階層から出現するようになったプテラスは、過去存在したとされる恐竜『プテラノドン』に類似した魔獣である。
 体は細く、防御力は低いが、危険なのが、長い嘴(くちばし)と鋭い爪、そして羽。
 特に羽は、鋭く、刀剣類のような殺傷力を持っている。
 空中を自由に飛び、そのスピードはワイバーンよりも速い。
 魔術は使わないが、最も警戒すべき相手である。

 逆に、ガーゴイルは防御力が高く、攻撃力は比較的低く、かつ鈍足。
 私がコイツの相手をしてしまえば、残りの危険な残り3体を鎖骨鯨組に渡してしまうことになる。
 それが、最も避けるべき事態だと考える。

「デーモン2体、ガーゴイル1体、プテラス1体。
 計4体です。
 プテラス急接近中です。
 でも、突破された場合、あえて無視しますので、エミュ先輩、コイツの相手をしてください。
 ガーゴイルは捨てます。
 残りデーモン2体は、私が殺(や)ります!」

「請け負った!」

 そして、私の横をプテラスが通過していく。
 想定通り。
 先輩方、頼みます。
 そして、次に接近したのは、紫色のデーモン、そしてその上位種の緑色のリザードデビル。
 『接近』というのは、私の『雷槍』の射程に入った、ということです。

「はっ!!」

 青の剣の先端から雷槍。
 ソイツが紫色のデーモンを貫いた。
 即、相手が戦闘不能になったことを悟り。
 同時に、緑のリザードデビルが、物理攻撃に向け、私に急速接近していることを感知する。

 『ガーゴイルが接近するまではまだ余裕がある』、という思考を挟んだのち。

 私は相手の鋭利な爪による攻撃を、青の剣を持ってして、はじき返した。
 そのまま剣で反撃。
 相手の右肩をかすめるも、致命傷には至らず。
 すぐにバックステップで距離を取ってきた。

 その瞬間、感じる魔力。
 緑、風。
 風術だ!
 デーモンは炎の術を使うが、リザードデビルが使うのは風の術。
 空間中に魔力が収束されていく。
 ここで怖いのは、この魔法が、私の後方に通過してしまうことだ。
 運悪く、鎖骨か鯨にヒット。
 そのワーストケースを殺す。

 私は魔力収束を開始。
 属性は風。
 目的は相殺。
 相手が魔法を発動したのと同じタイミングで、私も放出を行った。

 後攻であったにもかかわらず、相殺よりも良い結果を得られることになる。
 私の風術の方が威力が高く、風が相手まで到達した。
 さほどのダメージにはならなかったが、相手の体制を崩すことに成功。
 その隙を見逃すほど、私は甘くない。
 奴の急所に、青の剣を突きつけてやった。

 勝負有り。
 リザードデビルは即、霧散消滅した。
 デーモンも消滅済みであることを確認。
 この時点で、ガーゴイルまでは、まだ距離がある。
 そのとき、

「うわぁぁっ!!」

 悲鳴。
 声色から判断、それはホエール先輩。
 しかし、私はその声を無視。
 今は、先輩たちを信じよう。
 そう決心し、私はガーゴイルに向けて侵攻を開始した。





*****





 戦闘終了。
 我々の勝利だ。
 ガーゴイルを雷槍2撃で消滅させ、すぐに引き返すと、そこには、もうモンスターは存在していなかった。
 心配だったホエール先輩は尻餅をついているが、流血は確認できず。
 大丈夫そうだ。
 エミュ先輩が手を差し伸べると、笑顔で受け、すぐに立ち上がった。

「ごめん、ごめんホエール。
 倒し損ねちゃった」

「怖かったよぉ」

「でも、結局トドメはホエールが刺したんだし。
 もっと胸張りなよ」

 どんな戦況だったのかな?
 その内容は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で戦況を見つめていたノム隊長から説明された。

「エミュの炎の武具収束は被弾したけど、致命傷にはならなくて。
 敵の羽が槍を弾いて、突破を許して。
 敵が嘴(くちばし)でホエールを攻撃したけど。
 とっさにホエールが杖で応戦して、反撃して。
 それで相手が怯(ひる)んだ隙に、水術でトドメを刺した。
 ホエール先輩、意外と物理もいける口、なの」

「それだけ余裕があったんなら、助けてあげなよ」





*****




 本当にない。
 何が。
 それは、『キーストーン』である。
 探索開始からおよそ3時間程度か。
 休憩を挟んではいるが。
 敷地が広大すぎる。
 鎖骨鯨組に疲れの色が見え、ノムが出撃する回数が次第に増えていった。
 このダンジョンは迷路のようになっているが、この階層は、どれだけ最適なルートを進んでも、必ずある程度の距離を進まなければならない構造になっていることを理解した。
 しかし、その探索も、ついに終わる。
 通路が終わり、巨大な大部屋にたどり着いた。
 こういうの、なんていうか、みんな、知ってる?

「ドラゴンだーーーーーー!!!!!」

 先頭を進んでいた私が大声を上げる。
 それは悲観的な叫びではない。
 嬉しくて。
 嬉しすぎて。
 物語の中でしか、話でしか聞いたことのなかった伝説的な魔物に遭遇したからである。
 しかも。

「王道も王道!
 レッドドラゴンさんだよ!」

 大興奮のエレナ。
 そしてノム。
 2番手を任されていたノムが私を追い越して、その巨大な体躯をしげしげ眺める。

「いいもの見れたの」

 が、しかし。
 3番手、4番手の2名は、死んだような表情であった。

「こんなの、勝てるわけないよぉ」

「さすがに、アタシも、同意見だよ」

 最後尾のレイナは無表情のまま。

「赤・・・。
 苦手だな」

 と、ボソッとこぼした。
 レッドドラゴンは炎の竜。
 必然的に、炎の攻撃が効きづらいのだ。

 さて、ここで。
 隊長が、とんでもないことを提案した。

「このボス、エレナとホエールの2人で倒そう」

「えーーーーーーーーっ!!!!!!」

 顎(あご)が外れそうなほど驚いた鯨先輩。
 『本気で驚くと『ほえー』とは言わないんだな』、などと、どうでもいいことが脳内に浮かんだ。

「このドラゴンは炎が効きづらい。
 故に、レイナ、エミュとは相性が悪い。
 また、私が出動したら、瞬殺してしまう。
 ここで、2人がどれだけ成長したか、私たちに見せて欲しい」

「ホエール先輩、やりましょう。
 男、見せましょう。
 見せつけましょう。
 誰に、とは言いませんが」

「無理だよー」

 レッドドラゴンはこちらに気づいたようで、少しづつ接近してきている。
 結論を急ごう。

「私が前衛として、相手を引きつけます。
 先輩、後ろからトドメ、刺してください」

「ホエール、がんばれがんばれ」

 エミュ先輩がチアアップ。
 その応援は、効果絶大であった。

「やってみる」





*****





 レッドドラゴンの至近距離までやってきた。
 堂々とした佇(たたず)まい。
 外敵が侵入してきたにも関わらず、焦った様子は見られない。

 改めて、その容姿の詳細を確認していく。
 無理やり一言で表現すれば、超巨大な赤い『ワニ』。
 先日、酩酊の森で戦った『マシュードラゴン』と、かなり類似点がある。
 巨大な口に無数の牙。
 頭部にツノ。
 極太の腕、脚に鋭い爪。
 シンセが不意を突かれた、意識的に動かせる尻尾。
 硬い装甲となる、革鱗(かくりん)。
 色以外、おおよそ似た性質を持っている。

 しかし、明らかに異なる点が1点ある。
 その点が、私の興奮対象でもあるのだが。
 それは、『翼』の有無である。
 この巨大な体躯では飛行することは叶わないだろうが。
 先のプテラスがそうだったように、この翼も攻撃可能部位として危険視する必要がある。

「ドラゴンといったら、やっぱ翼だよねー」

 などと呑気なことを言っていると、ドラゴンの口がパカッと開いた。
 しかし、私を飲み込もうとするモーションは見られない。
 そう、これは。
 つまり、これは。

「ドラゴンブレスだ!」

 即、退避を開始。
 ドラゴンの口内が光り。
 そして灼熱のブレスが、元、私がいた場所に吹き付けられた。

 開戦だ!

 空中に感じる、複数の炎の魔力感。

「魔法も使えるのかよ!」

 多点同時収束のバーストブレッドが、連続で、間髪入れず襲ってくる。
 言われてみれば、マシュードラゴンも魔導術を使ってきたのだから、そりゃあそうだよね。
 
 私が後方に逃げられないように誘導されている。
 一旦逃げたいのに、ドラゴンとの距離が離れない。
 相手はモンスターなれど、高い知能を持つのだと。
 この時点で感じ取った。

「次は爪!」

 魔法の次は物理。
 筋骨隆々の豪腕が私に振るわれる。

「風術!
 エリアルステップ!」

 風の魔法の力を利用して、大きく後方へステップして、これを回避した。
 着地。
 次は何!?

「跳んだ!」

 ドラゴンが、翼と手足の筋肉の力を利用して天高く飛翔した。
 当然、私めがけて。

 退避!
 という命令をキャンセルして。
 私は、ドラゴンの方向に向けて全力疾走した。
 上にドラゴンの腹を見据えながら、駆け。
 無事、制限時間内に逆側に到達完了。
 当然襲ってくる、ドラゴン着地の衝撃に備える。

 武器を持っていない左手に風の魔力を収束。
 同時に、右手の剣に、雷の魔力を収束。

 そして、ドラゴン着地の瞬間に、風術の力で軽く跳び、地面から離れ。
 巨大な振動を無効化。
 そして。
 雷槍をお見舞い!

 ドラゴンが咆哮を上げる。
 手応えあり。
 が、その瞬間。
 天空に、複数の魔力反応を確認。
 多地同時収束。
 しかも、先ほどよりも数が多い。
 30地点ほどはあるだろうか?
 その魔法が、全弾、異方向に同時放出される。
 1発1発の威力は小さい。
 魔導防壁、バリアーで完全無効化できる。
 安心した。
 瞬間、悪寒が走る。

「狙いは、ホエール先輩かよ!」

 30発のうちの半数以上が、先輩の方向へ向けて放出される。
 先輩は魔力の収束、魔術の詠唱を続けている。
 やばい。
 間に合わない。
 このとき、『ノムがなんとかしてくれる』、という思考は生まれなかった。
 たぶん、2人だけで勝ちたかったからだと思われる。

 連続被弾。
 鯨先輩が炎に包まれる。

「先輩!」

 その瞬間、産まれたのは、魔法陣。
 水色の魔法陣が、レッドドラゴンを囲い込んだ。

「被弾しながら、かつ、攻撃しようとしてるのかよ」

 魔法陣に魔力が集まっていく。
 その事実は、鯨先輩が存命であることを証明している。

「『防衛収束』だ」

 私が漏らした、そのワード。
 『防衛収束』。
 それは、魔法の収束を行うと同時に、魔導防壁を張るという技能のこと。
 攻撃用の魔力と、防衛用の魔力を同時に収束する必要があるので、かなり実現難度が高い技能である。
 と同時に、後衛魔術師にとって、必須級の技能であるのだ。
 改めて言おう。

「クレセンティアの鯨撃(げいげき)、侮(あなど)るなかれ!」

 魔法陣で実現されたのは、先日、旅人の大樹にて、先輩が見せてくれた魔術。

「メイルシュトロームだ!」

 魔法陣の際から水流の壁が出現。
 そして、私まで聞こえるような大声で、黒煙を上げる先輩が叫んだ。

「壊(かい)!」

 それに呼応し、水流の壁がドラゴンに高速で迫る。
 前後左右、全て、逃げ場なし。
 その直径がゼロになるのと同時に、激しい水しぶき。
 それらが空中に霧散消滅した時点で。
 同時に、レッドドラゴンも消滅していたのである。





*****





 皆でホエール先輩を褒め称(たた)えたのち。
 大部屋の奥へ進むと、短い通路ののちに小部屋。
 そこで、やっと、キーストーンに出会うことができた。 
 先ほどのレッドドラゴンが『ボス』であったのだと理解した。
 そして、『このドラゴンも、後日、復活するのか・・・』、という思考が産まれて愕然(がくぜん)とした。

 今いるのは、3階層から4階層へ降りる階段の前。
 なぜか恒例となった、ノムによるロック解除確認が行われ。
 そして、みなの意見が、『解散』で一致した。
 お疲れ様でした。

!!!!

 その瞬間。
 違和感。
 それを拾ってきたのは。
 耳。

 音。
 コツコツという。
 これは。
 足音だ。
 誰かが、階段を登ってくる。

 その判断の正しさを証明するように、ノムも階段の先の下層を見つめる。
 何か来る。

 前回もあった、この展開。
 しかし、レイナは隣にいる。
 一体誰が・・・。







「お前達、何してるの?」

「君。誰?」

 階段を登ってきたのは、男の子だった。
 背丈も年も、シエルと同じくらい。
 黒系統の髪。
 特徴的なのは、所持している書籍。
 黒い表紙の分厚い本を、大事そうに抱えている。

 そんな、ガキンチョが・・・。
 4階層からやってきた。
 ということは・・・。
 この少年は。
 おそらく一人で。
 レッドドラゴンを倒し、3階層を攻略した!

 その瞬間。
 襲ってくる、魔力圧。
 少年が魔力を解放した。
 反射的にエミュ先輩をかばおうとする自分がいる。
 この人には、私も、レイナも勝てない。
 故に当然、エミュ先輩もホエール先輩も。
 ノムですら。
 おそらく無理だ。

「よかったら、相手してくれない。
 退屈なんだよね〜」

 ノムは即、戦闘態勢に移行。
 しかし、先手は取らず。
 可能な限り穏便に済ませたい、と思っているように感じた。
 とにかく。
 まず、先輩2人を逃がそう。

「ダメですよ、タルトス教授」

 少年に完全に気を取られ、背後、つまり2階層側の階段からやってきた来訪者に全く気づかなかった。
 この人がタルトス教授と組んでいれば、我々はおそらく全滅していただろう。
 でも、そうではなかった。
 彼女は。
 ピンクのメイド。

「モメルさん?
 って、今、『教授』って言いました!?」

 モメルさんはまったく恐れることなく、ズンズン前へ出て、私たちと少年の間に割って入った。
 
「この人たちが研究生ですよ。
 殺しちゃったら、教授職解任です。
 そういう取り決めです」

「マジかよ!
  危なかった!」

「いや、ほんとに危ないかったの、こっちですからね」

 ノムとレイナがクールダウンしていく。
 なんかしらんが、助かった。

「教授。
 自己紹介をしてください。
 これは、アルティリス様からの命令です」

「ぐぬっ・・・。
 なら仕方ない。
 俺はタルトス。
 召喚魔術学を研究する、応用魔導学専攻に所属する教授様さ。
 後日、お前らに教鞭を振るうことになる予定、らしいので。
 丁重に扱え」

 く・そ・が・き。
 シエルくんがまだマシに思えるクソガキっぷり。
 しかも、本当に強いから、本当に手に負えない。
 そんな人間が。
 『アルティリス』という一言だけで従順になったことに、強い違和感を感じたのだった。




















講義13:法陣魔術学




 旅人の大樹は、今日も悠悠としていて。
 私たち6人は、その幹に背中を預け、教授様を待っていた。
 本日の講義は『法陣魔術学』。
 思い出すのは、私が法陣魔術を習得したときのこと。
 魔法の効果範囲が広大なため、人の寄り付かない、街から離れた場所まで出向いて習得訓練を行った。
 本日我々がこの場所に集められたのも、まったく同様の理由である。

「いらっしゃったぜ」

 エミュ先輩が教授に気づく。
 草原の中の一直線の道を、進んでくる2人の人間。
 近づけば、それが両方女性だと気づき。
 さらに近づけば、先頭を歩く女性が、絶世の美人だと気づき。
 さらにさらに近づけば、後ろを歩く女性に見覚えがあることに気づき。
 2人が大樹の木陰まで入った時点で、代表して私が声をあげる。

「なんでいるんですか?
 シナノ教授!?」





*****





 全員集合ののち、私たち8人は、大樹から南下した。
 道無き道。
 草原の中を、ただひたすら進む。
 でも、特段、疑問なし。
 ただ単純に、街から離れたかったのだ。
 『法陣魔術』を見せるために。

 そして、教授の『この辺でいいでしょう』という言葉で、全員が荷物を下ろす。
 7人が教授を取り囲んだのち、改めての自己紹介が行われた。

「私は、基礎魔導学専攻、法陣魔術学を研究しているサラです。
 本日は、ご足労をかけましたわね。
 法陣魔術を行使するには、広大な場所である必要があり。
 また、クレセンティア近郊でドンパチやってしまうと、クリクラ教授やメリィ教授からお叱りがありそうなので」

「天気もいいし、遠足みたいなもんだったけどね」

 その言葉はシンセ。
 本日の講義の話を彼女にしたら、『法陣魔術、見たい!』と懇願されて。
 無事にパグシャさん、そしてサラ教授の了承を勝ち取ったのでした。

 シンセの遠足発言に対して、みんな、にこやかに同意していたが、一人、ホエール先輩だけがへにゃっとしていた。

「法陣魔術なら、ホエールも得意だし。
 ついでに、新術でもお披露目しておくれよ。
 私は使えないし」

 その言葉はエミュ先輩。
 ホエール先輩は、了とも否とも言えない表情をしていたが、そのまま、この話は流れ、次の話題へと移った。

「さて、最初に確認をさせてね。
 この中で法陣魔術を使える人は挙手してください」

 と言いながら、サラ教授も手を上げた。
 それを含めて6本の腕が、天に向けられた。
 エレナ、ノム、ホエール、シナノ、サラ。
 腕が地に向いているのは、レイナ、シンセ、エミュ。

「教授、是非。
 是非、法陣魔術のご教授をお願いいたします」

 深くへりくだったのは、レイナだった。
 レイナならば、間違いなくアークバーストの習得を最初に目指すはず。
 鬼に金棒、鴨に葱(ねぎ)。
 その懇願に、シンセとエミュも乗っかった。

「法陣魔術の習得は、そう簡単なことではないわ。
 この場の研究生の中に、3人も使用可能者が存在することが異常なのよ。
 でも可能な限りのことは、お手伝いいたします。
 基礎的な内容だけでも、しっかり身につけて帰っていただきたい」

「無限の感謝を」

 ここで、改めて、教授の容姿を確認する。
 茶色の長髪、藤色の着物。
 その美しい出で立ちに負けない、美貌。
 髪の毛と同色の瞳。
 細められた瞳から、おっとりとした優しさを感じ取る。
 大和撫子(やまとなでしこ)系、美人教授さんだ。

「エレナ、ノム、ホエール。
 現状、どういう法陣魔術を使えるのか、教えてもらえるかしら」

「私、エレナは、6属性の基本的な法陣魔術を全部使えます。
 アークバースト、アークレイ、アークウィンド、アークスパーク、アークシザーズ、グレイシャル。
 特に、アークスパークが得意です」

「素晴らしい」

「あなたって、すごいのね」

 サラ教授とレイナが褒めてくれた。
 最初にアークスパーク習得して以来、他属性の習得訓練も地道にこなし。
 ウォードシティーからクレセンティアまでの旅の中で、時間をみつけては訓練し。
 ノムにお手本を見せてもらいながら。
 現状、全属性習得まで漕(こ)ぎ着けていた。

「アークバーストのお手本は、エレナに見せて貰えばいいわけね」

「アークバーストは一番苦手なんだけどね」

 レイナにロックオンされた。
 まあ、美人に貸す貸しならば、いくらでも。

「私、ノムも6属性の基本法陣は全習得です。
 あと、グランドクロスとアブソリュートゼロを使えます」

「アブソリュートゼロを使えるの!?
 マリーベル教会の人間でも、使用可能者はほとんどいないのよ」

 さすが、ノム先生は格が違った。
 サラ教授から驚嘆を勝ち取ってみせた。

「是非、私のゼミ生として受け入れたいわ」

「有難いお言葉。
 でも、そのへんは、まだ、ゆっくり考えるつもり、なの」

「グランドクロスも古代魔術だぜ。
 本当に、この青髪、バケモンだよ」

「バケモノじゃなくて、実は、女神様かもしれないねぇ」

 シンセ、エミュも感嘆の言葉を述べる。
 この2人、ここまでの道中で、既に相当仲良くなっていた。
 だいぶん、気が合うらしい。

「次、ホエールの番だよ」

「僕は、基本法陣はアークレイとアークウインド、使えます。
 あと、水術のアシッドレインとメイルシュトロームが得意です」

「これまた、稀有(けう)な才能ね。
 『水術使い』だけでも特殊なのに、その法陣魔術まで使えるとなると」

「レッドドラゴンも倒しましたしね」

「褒められるの、なんか、恥ずかしい。
 でも、ありがとうございます」





*****





「貴方達が現状、どの程度、『法陣魔術』というものを知っているか。
 おおよそ理解できました。
 さて、では講義を始めましょう」

「よろしくお願いします」

「まず、改めて、『法陣魔術』とは何か?
 『広範囲攻撃を実現するために、魔法陣を用いて、収束と放出の制御を行う魔術』。
 そんな表現でしょうか。
 魔法陣なしで、単純に魔力を外に流すだけでは、ただ魔力を捨てているだけになります。
 それは、空間放出後、すぐに『従属情報』が消滅してしまい、魔力の制御権を失うからです。
 『情報構成子制御装置』。
 それが、魔法陣の別称です」

 そこまで説明すると教授は、魔力の収束を開始。
 杖や腕輪の力は借りず、武具無装備で。
 即、描画されたのは、小さなピンク色の魔法陣。
 小さい魔法陣って、逆に意外と難しいんだよね。

「このように。
 魔法陣は、魔法の光、『魔術光』で描画します。
 これで魔法陣を、どんな場所にも出現させることが可能になります。
 ここから、この魔法陣の中に魔力を流していきます。
 ・・・。
 収束完了ですね。
 そしてここから、属性変換と放出操作を、魔法陣全体に向けて働きかけます」

 小さな魔法陣から光の槍。
 地から出て、天へ向け突き出す、無数の桃(とう)の槍。

「こんな小さい魔法陣、初めて見たの。
 小型法陣は実現難度が高いのに」

「なんか、可愛かったですね。
 威力は、『可愛い』って表現できるもんじゃなかったけどさ」

「小型である分、魔力が凝縮されるの」

「小型法陣は、魔術光のラインを細くする必要があって、例えば、ラインが太くてラインとラインがくっついたりすると、威力や制御能力が低下しちゃうのよ。
 あと、方陣の外に魔力が漏れ出しやすくなるわ。
 でも、ノムが言った通り、魔力が凝縮されるので、威力は高くなる。
 使いこなせれば、また戦術のバリエーションも増えるでしょう」

 法陣のサイズは、大きすぎず、小さすぎず。
 それが実現のポイントとなっているのだ。

「さて、ここで1つ問題を出します。
 先程、エレナ、ノム、ホエールの3人が挙げてくれた法陣魔術の中で、1つだけ、分類が異なるものがあります。
 それは、何でしょうか?」

 なやましき。
 本日も、いつものとおり、ノム先生の回答を待とう。
 そう思っていたのだが、正解を弾き出したのは鯨先輩だった。

「天空法陣ですね。
 アシッドレインです」

「ホエール、正解よ」

「『天空法陣』?
 ・・・。
 あ!なるほど!
 空に魔法陣を描くんですね」

「その通りだよ、エレナ。
 他の法陣魔術は地面の上に魔法陣を描くけど、アシッドレインは空の高い位置に魔法陣を描くんだ。
 その分、ちょっと実現が難しいね」

 そして思い出す。
 宿敵、ランダインが発動した『メテオスォーム』。
 あの魔法も、天空法陣であったことを理解した。
 あのとき、本当に死んだと思った。

「法陣魔術は、基本的に大地の上に描くのが通例で、これを『地上法陣』と呼ぶわ。
 それとは逆のものが『天空法陣』と呼ばれる・・・。
 と、言いいそうな、もの、なのだけれど」

「?」

 ここで、サラ教授が再度、桃色の魔法陣の描画を開始。
 サイズは先と同程度の小型。
 その魔法陣は。
 私の目線の高さに、『ナナメ』に描画された。

「本来、地面に対して法陣を『水平に』描画しなければならない、という縛りはないのよ。
 このように斜めでも、そして地面に対して垂直でも問題ない」

「確かに」

「ただし、実現難度は跳ね上がるのだけれども。
 このような法陣は、『自由法陣』と呼ばれます。
 これで、魔力の放出の方向を制御可能になる、というわけね」

「このへんは、まだ私もあんまり得意じゃないの」

 ノム先生から飛び出した弱気な発言。
 それが、自由法陣の実現難度の高さを暗示しているのだと感じた。

「このまま、次の話題に移りますね。
 次は法陣の『デザイン』の話です」

 空中には、まだ、先程のナナメ描画の桃色法陣が描かれている。

「法陣のデザインは、大きく分けて、『主図形』、『スコア』、『その他、補助』に分類可能です。
 今描いている法陣の中央に、星のような図形が描かれているのがわかるかしら。
 これが主図形。
 光の基本法陣、アークレイの主図形は『七芒星』。
 頂点が7つある星のような図形です。
 これは、法陣魔術の放出の大まかなイメージを表した図形になります。
 『こんなふうに放出したい』という思いを、図で表したもの。
 そんな表現もできます」

「なるほど」

「ご存知かもしれませんが、この通りのデザインでないと、法陣魔術を実現できない、というわけではないです。
 極論すると、ただの円でも法陣魔術を実現できます。
 しかし、非効率、かつ実現難度が高くなります。
 情報構成子は、この魔術光のラインの上を伝達していくと考えられているので、ある程度デザインが複雑でないと、制御性が悪化してしまうと考えられているのです。
 今、私が描いている図形は、過去の偉人達が研究し、アークレイ実現のために最適化されたデザインなのです」

 教授が描く魔法陣は、私がノムから教えてもらったものと同じデザイン。
 私が使えるアークレイと同じデザインである。
 つまり、ノムもサラ教授も、同系統の魔術書で法陣魔術を勉強した、ということを示している。

「次が『スコア』ですが。
 これは、法陣の外周に描かれた文字列に当たります。
 法陣魔術の詳細な内容を、ルーン文字を用いて描いたものになります。
 特に集中力が必要な場合は、この文字列の内容を声に出し、『詠唱』を行うのです。
 これで、魔力収束効率が、多少、アップします。
 『詠唱』を行なうかは、各自の自由になります」

「このルーン文字・・・。
 私が知ってるルーン文字とデザインが違うんだよね」

 その疑問を発したのはシンセ。
 確かに、私の青の剣に刻まれたルーン文字も、このデザインとは異なる。

「法陣のスコアで使われるルーンは『スコアルーン』と呼ばれるもので、上下2本のラインに文字がくっついているデザインのものを指します。
 一方、武具に掘るルーンは、『ノーマルルーン』と呼ばれて、あなたが知っているのは、こちらのルーンであると考えられます。
 『スコアルーン』は、防具製造で用いられることも多いですね。
 意味合い的には、魔力と情報の伝達効率の上昇が主目的なので、デザインが異なるけど似たようなもの、とも言えますわ」

「納得しました」

「そして、最後に残ったのが『その他、補助』の部分。
 これは言葉、そのままですね。
 細かい文字や図形を配置して、微調整を行なう、ということになります。
 これが法陣の基本。
 否。
 『円法陣』の基本、となります」

「ここで、グランドクロスの話になるの」

「その通りよ、ノム。
 グランドクロスで用いられるのは、『十字法陣』。
 十字架の形状の図形を描き、その中心に術発動者が存在する。
 その他、『四方法陣』、『六方法陣』、『八方法陣』など、可能性は無限です。
 実現難度や効率の差、個人的な相性の問題であり、本来、法陣のデザインは自由なのです」

「じゃあ、私は『四方法陣』、やってみようかな」

「でも、最初は円法陣から始めなさい。
 習得難易度が桁違いなのよ。
 『円』という図形は、非常に魔法と相性が良いの」

「了解しました」

 冒険に出ようとしたエミュ先輩を、教授が諭した。
 『四方』『六方』『八方』は私も試してみたが、『円』ほどの効率が出ないので、やめてしまいました。

「さて、おおよそ基礎的な話はできましたね。
 早速、習得訓練、やってみましょうか。
 レイナとエミュは炎、アークバースト。
 シンセは光、アークレイ。
 ・・・。
 あ、その前に、もう1点。
 是非習得してもらいたいスキルがあります。
 これは、エレナも含みます」

「私もですか?」

「それは、『防衛詠唱』です」

「なるほど。
 『魔法陣に魔力を収束しながら、同時に魔法防御もする』というヤツですね」

「その通り。
 『防衛収束』とも呼びますけど。
 これは、法陣魔術に限った話ではなく、後衛魔術師には必須なスキルなの。
 でも、攻撃と防御を同時に行なうスキルなので、意外に習得には苦労するわ。
 ノムとホエールは使えるのよね」

 ここで両者が首を縦に振る。
 確かに、詠唱中は無防備状態になるので、せめて魔法防御力くらい上げておきたい。
 詠唱中に被弾すると、詠唱を中断させられるし。
 かといって動いて回避しても、詠唱の集中が切れてしまう。
 今日、私はコレを練習してみよう。
 ここで、ノムが声をかけてくる。

「エレナ。
 攻撃役が必要なら、ここにいるの」

「たのしそうな」

 いやらしい笑みを浮かべるサディスト。
 レイナといい勝負のドSっぷりである。

「では、先程、光の法陣魔術を見せましたので、次は炎を見せましょう。
 今度は大型の法陣で、大迫力のものを」

 そういうと、サラ教授は着物の懐から、『巻物』を取り出した。
 紫色の巻物を広げると、そこには。
 ・・・。
 白紙。
 白紙の巻物。

「その巻物、なんにも書いてないじゃないですか」

「こうするのよ」

 その瞬間、巻物に赤い文字が現れた。
 なるほど。
 魔術光だ。

「魔法陣を描くときに使う光と同じ原理ですね。
 この光で、巻物にスコアルーンの文字列を描きます。
 この文字列の内容を詠唱するのよ」

「みなさん、少し離れてください」

 その言葉は、シナノ教授のものだった。
 サラ教授と仲が良いという教授。
 先日のような緋色のドレスではなく、かわいい登山客みたいな格好をしている。
 かるっていた大きなバッグも、荷物ギッシリのようだった。
 そんな山ガール教授の指示で、各位サラ教授から離れる。

 空気が変わる。
 サラ教授から漏出する魔力が、危機的な何かを教えてくれるようだ。
 そして、詠唱が始まる。

「地獄より借用せし、罪人を断罪せし灼熱。
 顕現し、全てを飲み込み、地獄へと返せ」

 赤色の20m級の魔法陣が出現。
 アークバーストとしては巨大すぎる。
 これは、ヤバイ。
 もっと距離を取ろう。

「慈悲なき災悪は、その身を焼き、裂き、吹き飛ばし。
 灰塵と化さん、獄炎よ。
 この地へ集え!」

 莫大な魔力が集まるのと同時に、サラ教授の声も大きくなる。
 先程までのおっとりとした声色が消え、本気で相手を殺しにいくんだという、殺意のような波動を感じてしまう。
 そして、ここで私は異変に気づく。
 炎の魔力だけでなく、『魔導』の魔力も集まってきている!

「宵闇の中、光を奪われ、希望を奪われ、羽を奪わられし天使。
 我は魔王ルシフェルの眷属にして、炎を司る四天王なり」

「天使!?
 魔王!?」

「死してなお焼き尽くす、黒き炎。
 地獄の果てまで其を追い続け、残留魔力さえも灰と帰(き)すだろう!」

「・・・」

「燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ!
 体を燃やし、命を燃やし、脳を燃やし、心を燃やし!
 灰と化せ!塵(ちり)と化せ!」

「詠唱、長げーよ!!!!!!」

 ツッコミを抑えられなかったエレナ。
 コントかよ。
 しかし、事態はコントでは済まなかった。

「あははははっはははははははははは!!!
 あはははははは!
 焼け死ね!
 死ね!
 あはははははは!」

「なんか教授、イっちゃってるよ!」

「ロックンロール!
 カモン、ベイベー!
 サンキュー!」

「だめだコイツ!
 早くなんとかしないと!」

 シンセがノムに向けて言い放つ。
 しかし、ノム先生は、なんと、目をキラキラさせて教授を見つめていた。
 どうやら、トッテオキの魔法が見れて嬉しいらしい。
 レイナも同様に見入っており。
 ホエール先輩はビビって動けなくなっていて。
 エミュ先輩は、普段通りヘラヘラしている。

 魔法陣の上に集められた、プレエーテル、および炎と魔導の魔力は、今にも暴発しそう。
 私はいったい、どうすればいいんだー!

<<バゴッ!>>

 鈍器で殴った。
 手持ちの杖で、頭部を。
 躊躇(ちゅうちょ)なく。
 サラ教授の頭部を。
 シナノ教授が。

 そして、サラ教授は、おとなしく、地面に倒れこんだ。
 収束された魔力はゆっくりと、空中に霧散していった。

 ・・・

 なんだ、これ・・・。

 そして、シナノ教授が説明してくれる。

「何故。
 私が今日、サラ教授についてきたか。
 お話しします。
 サラ教授は、詠唱を行うと、精神がトランス状態に移行して手がつけられなくなります」

「なんだそりゃ」

「なので、『火消し役』として、私が抜擢(ばってき)されました」

「本当に、まさに、『火消し役』、だったな」

「本来は危険なので、サラ教授の詠唱を研究生には見せるべきではない、という考えもありますが。
 サラ教授が危険人物であることをしっかりと理解していただくため、本日は皆さんに来てもらいました。
 なのでこれ以降、サラ教授に詠唱の見本をみせてもらうことを依頼するのはやめてください」

「肝に命じておきます」

 まさか。
 『大和撫子教授』は『発狂美人教授』にクラスチェンジした。

「火消しに私が抜擢された理由は、ちょうどこれから南方に向かう用事があったので。
 そのついで、ということですね。
 南の森林地帯に住む、光の精霊に会ってきます。
 またしばらく、みなさんには会えなくなりそうです」

「なるほど、それで登山家のフル装備みたいな格好だったんですね」

「旅が、好きなのですよ。
 それでは、早速、私は出発します。
 サラ教授は、トランス状態のときのことを覚えていませんので。
 目が覚めたら、適当に理由をでっち上げて、『暗くなる前に帰ろう』と提案してください。
 それでは、行って参ります」

 それだけ伝えると、シナノ教授はそのまま草原を南に進み、すぐに姿が見えなくなった。
 残された研究生と、物理で鎮火されたサラ教授。

 そのサラ教授が目覚めたのは、空がほんのり赤くなってきた頃であったのでした。




















課外13:メコたん親衛隊と週刊新聞




 『MECOSHIN、B級会員証』。
 会長様から直々に手渡された会員証を、私はニヤニヤしながら見つめる。
 ついに私も、C級会員からB級会員へランクアップしたのだ。


 念願のB級会員証を手に入れたぞ!



 ・・・

 さて。
 コレが何の話なのかというと・・・。

「エレナおねぇたん。
 新聞、持ってきたよ!」

「メコたん、ありがとー。
 今日も、とってもかわいいよ」

「ありがとう、おねぇたん。
 おねぇたん、だいしゅき」

「私も、だいしゅき〜」

 そう言って私は、天使の頭をわしゃわしゃと撫で撫でする。
 猫をあやすが如く。
 メコたんはニヘラと笑う。
 メコたん、マジ天使。
 かわいいよ、メコたん、かわいいよ。

 ひとときのスキンシップののち、メコたんは厨房の方に去っていった。
 次のお仕事があるのだろう。

 そう。
 『MECOSHIN(メコシン)』とは、『メコたん親衛隊』の略称である。
 正式名称は『メコたんを虫獣から守る会』。
 メコたんを愛(め)でたいという思いを持つ人間が組する、天使守護組織である。
 自己申告制であるC級会員まで含めると、クレセンティア内に相当数の構成員が存在する。
 これによりメコたんは、クレセンティア内のいかなる場所でも守護された状態となっているのだ。

 会員は、A級、B級、C級に分類される。
 C級会員は、『メコシンに入りたい』と宣言するだけで会員扱いになる。
 そこから、メコたんへの愛、及び品行方正さが、他の会員から認知されると、B級会員にランクアップすることができる。
 この時点で初めて、会員証を授与していただけるのだ。

 A級会員は、ある意味、メコシンの幹部。
 メコたんへの愛が、会長であるこの宿屋の女将(おかみ)さん、つまりメコたんのお母さんに認められると、A級へランクアップできる。
 が、現在はA会員が増えすぎたので、ランクアップは一旦停止状態になっている。
 このA級会員が、組織運営を司っているのである。

「おはようございます、エレナ」

「おはようございます、パグシャさん、サラ教授」

「メコたんは、どちらに?」

「今、厨房の方に行きましたよ」

「ありがとう。
 ならちょうどいい。
 朝ご飯を食べましょう。
 メコたんがウェイトレスさんをしてくれるわ、きっと」

「楽しみですね」

 パグシャさんとサラ教授は仲睦(なかむつ)まじく。
 2人で並んで、笑顔で食堂の方に入っていった。



 ここ、宿屋『宿り木の種』は、女性専用の宿である。
 同時に、食堂は宿泊客以外も利用でき、料理が美味しい、ウェイトレスが天使ということで人気になっている。
 しかし、入場制限があり、その条件が、『メコシンB級会員以上』、ということである。
 つまり、パグシャさんとサラ教授は、B級会員以上であるということ。
 だが、実は彼女達こそが、数少ない、精鋭、メコシンA級会員なのである。
 ちなみに、シナノ教授とノレリア教授もメコシンA級会員であるそうだ。
 この4人は、どうも仲が良いらしい。
 おっとり美女軍団である。

 現在、私はすでに朝食を取り、受付前のロビーの休憩席でコーヒーを飲んでいる。
 ノムは図書館に行くと言って、先ほど宿を出ていったところだ。

 さて、では。
 天使が配達してくれた週刊新聞(有料)を読むとしよう。
 見出しは・・・。
 
 『怪盗ξ、またまた出没』

 また出たのか。
 『ξ』は『グザイ』と読む。
 なんでこんなマイナーな文字を選んだのか不明だが、本人が予告状に明記しているのでしょうがない。
 ダサくない?
 『Σ(シグマ)』とか『Ω(オメガ)』とかの方がよくない?
 などと、どうでもよい思考が生まれた。

 このグザイさんは、俗に言う『義賊』というヤツで、ちょこっといかがわしい商売をしているオッサンから、宝石の類(たぐい)を取り上げる、というヤカラである。
 『この街の自警団は、一国の軍隊よりも強い』というエミュ先輩の言葉があったが、その自警団を持ってしても手を焼いている現状であることが、新聞に記載されている。
 その原因は、この怪盗が『消える』からである。
 おそらく『幻術+オーラセーブ』の組み合わせ、なのであろう。
 複数回の盗みを行い、さらに予告状まで出す。
 にも関わらず、逮捕どころか、何の情報も入手することができていないのである。
 このページには大きな写真が掲載されている。
 が、そこには怪盗の姿はなく、高価な宝珠を盗難されて、うなだれる商人の姿が映されているのみであった。

 次のページのトピックスは、『映画館』。
 そう。
 ナルセス教授の映画館である。
 簡易的な映画が完成し、試験上映を開始した、と記載されている。
 と同時に、その上映開始日時の情報もある。
 内容は、『猫とネズミが追いかけっこする』、だそうだ。
 ノムも誘って、タイミングが合うときに見にいってみようと思った。

 次のページのトピックスは、『世界情勢』。
 隣国『ハーパー』の経済情報や、国内の出来事が調査され、記載されている。
 この記事は、特に厳しい表現が多く、あまり外交がうまくいっていない、そんな印象を植え付けられた。
 というより、ハーパーがクレセンティアの存在を疎(うと)ましく思っている、と言える。

 次のページのトピックスは、人気の連載もので、『研究院教授紹介』。
 今回登場するのは・・・。
 『ライザ教授』!
 教授がこれまで作成してきた武具がイラストを交えて紹介されていて、その武器が研究院の連絡棟の資料室で展示されていることが記載されている。
 その武器がどのように『凄い』のか、詳細に記載されており、新聞記者の腕が優れていることを感じ取った。
 そして最後に、ライザ教授のインタビューも掲載。
 『筋肉同盟』、『筋肉革命』、『筋肉留学』というお決まりのフレーズののち、『筋肉神(マッスルしん)を崇(あが)めよ』という、ぶっ飛び発言まで飛び出していた。

 次のページのトピックスは、『自警団からの連絡、注意喚起』。
 街で発生した事件の詳細や、危険地域への立ち入り禁止、タバコのポイ捨て禁止などの行政規則が列挙されている。

 最後のページのトピックスは、『街の伝言掲示板』。
 お店の広告や、探し猫依頼、長寿お爺ちゃん紹介など、自由な内容。
 最後に多少ほっこりしたところで読了。
 この新聞は宿泊者で共用なので、私は受付にいる女将(おかみ)さんまで返却しに行った。
 
 さて、新聞も読んだし。
 ・・・。
 もう一回、メコたん、愛(め)でに行こー。




















講義14:印譜魔術




「登山です」

 そう言い放った黄緑のメイドさんは、満面の笑みを見せてくれる。
 やっぱ、あたまほわほわなのかなぁ?





 *****





 『次回の講義は屋外で』。
 そう伝えられていた私たちは、早朝、待ち合わせ場所として指定された山の麓(ふもと)までやってきた。

 そこには先客、4人。
 エミュ、ホエール、レイナ。
 そして、黄緑色(ライトグリーン)のストレートロングヘア艶(つやや)かなメイドさん。

「全員揃(そろ)いましたね」

 黄緑メイドさんは常時笑顔だ。




 過去にもあった、この展開。
 異なるのは、ただ1点。
 『別の山』であること。

 前回の登山口から、西へ進むと、岩山が徐々に緑を帯びていく。
 今回の登山口は、クレセンティアから北西の位置にあり、岩山さんでなく、森山さんである。
 『今回は危険は少ないです、ワイバーンが出没しないので』。
 パグシャさんが笑顔で教えてくれた。

 針葉樹が生い茂る、勾配の級な登山道。
 岩を踏みしめ、落ち葉を踏みしめ。
 ただ、モンスターの襲撃は一度もなく。
 純粋に登山を楽しむことができた。

 1時間程度の登山ののち。
 緑が生い茂る道中で。
 突然、『赤い』何かが目に入る。

「何か、ある?」

 それは。
 『鳥居』だった。
 しかも、登山道に沿って、無数に。
 本当に、無限に存在するように。
 連立する赤の鳥居が、私たちを出迎えてくれた。

「この鳥居を全部潜(くぐ)って山頂まで登ると、ご利益(りやく)があるそうです」

 登山大好きパグシャさんは、まったく疲れを見せず。
 また、サラ教授、シナノ教授、ノレリア教授も登山愛好家で。
 美女山ガール4人組として、クレセンティアでは有名だそうな。

 赤い鳥居を1つづつ潜(くぐ)りながら、山頂を目指す5人。
 ホエール先輩のペースに合わせながら、ゆっくりと。

 緑の山の中に、こんなにも赤い物体があると、とてつもない違和感を感じてしまう。
 それが、神聖なる感覚に変換されて。
 なんか、だんだん楽しくなってきた。

「鳥居の数は200個程度。
 現在、さらに鳥居を増やしているそうです」

 一体、誰が。
 こんなにも労がかかる仕事を請け負ったのか。
 ここまで部材を運ぶだけでも・・・。
 それでも、この先にある『神社』が醸(かも)す、神聖さを増補するために必要なものだと感じた。





*****





「見えてきました」

 そう。
 ついに山頂だ。
 建物を、針葉樹の隙間から覗(のぞ)き見ることができる。
 パグシャさんの歩速が上がり、ホエール先輩との距離が離れる。

「着いた!」

 登山開始から1時間30分ほど。
 登山としては、そんなに長い時間とは言えない、ちょっとお散歩くらいの感覚で。
 私たちは山頂の神社に到着した。
 
 そこは、岩場になっており、その岩場の上に、神社が、まるで天空に突き出すようにそびえている。
 岩場が急であるため、木材の足場を組み上げ、その上に神社が建っている。
 その神社に向け、木製の階段を1段づつ踏み。
 振り返ると、絶景。
 クレセンティアの街、その周辺の草原地帯まで一望できる。

「この景色が、登山の醍醐味なの」

 ノムと一緒に感動を共有する。
 そののちすぐに振り返り、神社本殿の、その奥ゆかしい美しさを堪能する。

「観光名所ね」

 同じく緋色のレイナ様も、ご満悦。
 頑張って登ってきた甲斐があったというものだ。

 エミュ先輩がホエール先輩にエールを送りながら、遅れて階段を登ってくるのを見つめていると。
 本殿の中から魔力反応を感じた。

「ご苦労。
 パグシャ、そして研究生諸君」

 姿を見せる教授様。
 その教授様は、おおよそ。
 NINJA!

 黒いタイトな生地の服が全身を覆い、同色の黒いタイトなソックス。
 白いスカートとトップスには赤のラインが映える。
 左腕のみ包帯が巻かれている。
 髪の毛はボサボサの赤色の長髪。
 黒の鉢巻(はちまき)。
 そして、腰に下げられた『刀』。

 侍と忍者を足して2で割ったような出で立ち。
 とりあえず、仮で、『クノイチ教授』と呼ぶことにする。

 ここで、先輩2人も階段を登りきり、教授の前に5人が整列する形となった。

「感想はあるか?」

「登ってきた甲斐がありました」

「うんうん。
 そうだろう、そうだろう」

 私の感想に対し、ご満悦なクノイチ教授。
 腕組みをして、コクコクとうなづいている。

「とりあえず、賽銭を入れていけ」

「そこは、『お参りをしていけ』、が正しいのではないでしょうか?」

「お布施でもいいぞ。
 小銭である必要はない」

 MOUJA!

「賽銭は、多ければ多いほどご利益があるぞ。
 たくさん投げると、妖精が出現するかもしれん」

「それ、宗教違うでしょうが」

「はっきり言う。
 神社の維持費が足りていない。
 山頂まで資材を運ぶこと、この神社の老朽化対策など。
 支出項目は多岐に及ぶ」

 世知辛い。

「教授が、神社の運営をされているのですか?」

「聞いてくれるーーーーーーー!
 爺さんが神社を守ってきたけど。
 親父とお袋が、爺さんに反発して出て行ってしまって。
 で、爺さん、死んじゃって。
 私だけ、残されてー」

 わずかに泣きそうなクノイチ教授。
 カッコいいイメージが、徐々に崩壊しつつある。
 ここで、レイナがツッコミを入れる。

「でも、あなたがこの神社を守る、その必然性はないはずではないの?
 権利を譲ってしまえば、よいのでは、ないかしら」

「まあ、そうだけどね」

 湿っぽい表情になったクノイチ教授。
 振り向き、しばし、本殿の方を見つめていた。
 そこには、年季の入った賽銭箱と鈴。
 長い間、この場所と時間を共有してきた、神聖なるアイテム。

「この場所を、好きだって言ってくる人が、いっぱいいるからね」

 その言葉で、自分を鼓舞して、元気を取り戻した教授。
 参拝客だけでなく、教授にとっても、この場所は大事な場所であるのだ。





*****





 私たちは、教授に案内され、神社の裏に回った。
 そこに存在したのは、『大きな石』だった。

「殺生石だ」

 巨石には、なにやら呪文らしき赤い文字が刻まれた封止テープが巻かれている。
 それは、教授の左手に巻かれた包帯と同類のものだと思われる。

「何か、封じられているんですか?」

「ヒュドラだ」

「ちょ!
 やばいじゃないですか!」

「ヤマタノオロチとも呼ばれるな。
 この巨石の中に、魔物の魔力が封じ込まれている。
 悪しき召喚獣、悪しき地精、という表現もできる。
 この巨石の封印が解かれるとき、災悪が再び産み出されるする、と聞いている。
 祖父から。
 この殺生石の守護、監視が、代々、私の家系で受け継がれてきたタスクである、そうだ」

「この岩にヒビでも入れば、クレセンティアの街も危うい、ということですね」

「が、しかし。
 私の父親は祖父の言うことを信じず、『そんなもの迷信だ』と言って、石に杭を打ち込んでヒビを入れてしまったのだ」

「なにやってんの!」

「その結果・・・」

「その結果」

「何にも起きなかった、らしい」

「なんだそれ」

「まあ、ヒビと言っても、少し欠けた程度だったが。
 結論として、『よくわからん』、という状況である」

「モヤモヤしますね」

「完全に割ってみればいいんじゃないの?
 私が、やりましょうか?」

 攻撃的提案をしたのはレイナ。
 できれば、私たちが下山したあとでお願いしたい。

「実を言うとな。
 割る、予定だ」

「割るんですか!?」

「2人に、約束を取り付けているのだ。
 アルティリス教授、そしてメリィ教授。
 私が数年、教授職を全うした暁(あかつき)には、2人の協力の元、殺生石を粉砕する。
 これでやっと、念願叶い。
 この神社を、『安全な』観光名所として、謳(うた)うことができる。
 最強の封魔術師、最強の退魔師。
 そんな人間が存命であるこの時代に。
 末代からの呪縛から、解き放たれるために」

「クレセンティアを見渡せて、途中に魔物が出没しない。
 新緑を楽しめて、赤の鳥居とのコントラストも美しい。
 確かに、最高の観光名所だと思います」

「私は『巫女』でもあるが、そこまで信心深いわけではない。
 しかし、この場所を守りたいという気持ちは、人一倍持っている。
 この地の、最高の見せ場は秋。
 この場所で色づくモミジは、一見の価値ありだ」

 見渡せば、今は黄緑色の葉を侍(はべ)らせたモミジの木、多数。
 これが全て赤く染まると思うと。
 ぜひ、秋に、また来よう。

「ただ、アルティリスとメリィにだけ頼るもの癪(しゃく)だ。
 有事の際、先頭に立つべきは私。
 が、今の私は、最強の封魔術師でも、退魔師でもない。
 2人のほうが、実力は上だ。
 修行の身、というわけだ」

「修行、ですか」

「私は、妖怪退治を生業(なりわい)にしている。
 『妖怪』とは、『ガストが獣に憑依したもの』と表現できる。
 これに対抗する最大の機関こそ、マリーベル協会の対魔師団である。
 あるのだが。
 奴らは思考が硬く、一定の範囲の魔物にしか対応をしない。
 そこで、その隙間を私が埋めることになる。
 まあ。
 例えば・・・」

「例えば?」

「お前の中にいる、『炎狐』、とかな」

 即、身を守る動作を取る。
 紅怜の存在は、ここクレセンティアの教授には筒抜けてしまう。
 本来、並みの魔術師には、紅怜が私の中に住んでいることは判断できない。
 しかし、シナノ教授、ルミナス教授、そしてテレサ教授、3人には隠し通せなかった。

「お前の中の炎狐も、殺生石が関連する逸話があると聞くぞ。
 なんなら、私が退治してやろうか」

「いらんお世話です」

「お前は、炎狐を抑えきれるのか?」

「うにゅー・・・」

 成長期の紅怜。
 その成長スピードは、私のソレを超えてくるかもしれない。
 即答できない自分に、多少の腹立たしさを覚えてしまう。
 私も、まだ、やはり、未熟だ。

「お前は、『召喚魔術』に関する技能を引き伸ばすことが求められるかもしれないな」

「善処、します」

 ノムに守護されている現状なら、まだ大丈夫であろうが。
 最終的には、私が、紅怜を完全に制す。
 そうなるべきであろう。





*****




 殺生石の説明は大方完了し。
 私たちは神社の境内(けいだい)の中に通された。
 畳の上にあぐらをかいて座る研究生5人は仏像を見つめて待機。
 そして、その私たちの前に、巫女服に着替えたテレサ教授が鎮座した。
 シンプルな白い衣装に赤の帯と袴(はかま)。
 忍者衣装から、巫女服へ。
 華麗なる衣装チェンジ。

「さあ、講義を始めよう。
 私の研究対象は、『神学』でも『封印魔術』でもない。
 私の研究対象は、『印譜(いんぷ)魔術』だ」

「印譜、魔術?」

「『印譜』は魔道具の一種。
 俗に言う、『お札』だ。
 魔導効率を高めた紙に、東洋ルーンを刻印し。
 戦闘時にこれを用いることで、使用魔術の効率を向上させることができる。
 東の果て。
 『和泉(いずみ)の国』で、退魔のために産み出された戦闘技術だ」

 その話の流れで、教授は実物を見せてくれる。
 手のひらサイズの紙に、赤色の図形、そして『滅』という文字が刻まれている。
 そのあと、複数枚の『印譜』を見せてくれたが、それぞれ異なる文字が刻まれていた。

「欲しい?
 安く、売るよ。
 っていうか、買ってって。
 10枚買ったら、1枚オマケするから」

 レフィリア教授に続き、またまた守銭奴キャラ登場。
 しかし、向こうは貴族感漂い、こちらは貧民感が漂う。
 『クノイチ教授』、改め、『貧乏巫女教授』と命名する。

「売店あるから。
 お帰りの際にどうぞ。
 お札、お守り、数珠、破魔矢、種々取り揃え。
 オミクジもあるよ」

「オミクジだけ、引いて帰ります」

 必死の貧乏巫女教授。
 この印譜で滅されるのは、妖魔だけでなく、賽銭泥棒までも含むのだろう。

「魔石魔術は、魔石から魔力を引き出して魔術を行使するが、対して印譜魔術は、術者の魔力を増幅するような効果を持つ。
 印譜は使い捨てで、1回の魔力行使で1枚使用する。
 また複数枚の印譜を一度に使用して、より強大な魔術を行使することも可能。
 印譜なしで魔術を使用するよりも、魔術効率を向上させることのできる。
 そんな、マジックアイテム」

「そんな、『贅沢な』アイテムなんですね」

「くっ・・・。
 その通りだ、エレナ」

 印譜も、ただの紙に、赤ペンで落書きして作成できるわけではない。
 1枚1枚、丹精込めて作られているのだ。

「この神社で働いてくれている巫女たちも優秀だ。
 それでも、私が作成する印譜の質を超えることはできない。
 1日に作成できる印譜の量にも限りがある。
 わかるか?
 そんな貴重、上質な印譜を売ってやる、そう言っているのだ」

「商売の話は、一旦捨ててもらっていいですか」

 失礼な話かもしれないが、レフィリア教授に比べると、商売の方法が地道だなー、と感じた。
 レフィリア教授に比べると、テレサ教授は、全然かわいく感じる。

「私は特に炎の印譜の作成が得意だが、全属性の印譜、取り揃えておりますので、ご贔屓(ひいき)に。
 特にエレナ。
 お前の中の炎狐と、私の印譜の相性は抜群だぞ」

 2、3枚くらい、買って帰ろうかしら。
 そんな私の物欲を、ノム先生が薄れされる。

「エレナ、印譜を自分で作ってみるのも、いい経験なの。
 道具は、街の魔道具店で購入できるから」

「こら!
 私の商売の邪魔をするな、青髪!
 が、『できるものならやってみろ』、と言っておいてやる。
 この品質の印譜を作れるのは、私か、ノノ教授くらいだ。
 まずは、私の印譜を使ってみろ。
 『魔道具』というものが、どれだけの効力を持つか。
 それは、絶対に体験しておけ」





*****





 テレサ教授の講義は終了。
 教授と別れた、私たちがやってきたのは、帰りに顔を見せるように何度も念を押された『売店』。
 2人の黒長髪、巫女服の女性が出迎えてくれた。
 ああ、魔力でわかる。
 この2人、結構、ツワモノだ。
 その内の1人が、質問を投げてくる。

「弓使いの方はいらっしゃいますか?」

「いませんね」

「残念です。
 弓使いの方には、この『破魔矢』をオススメするのですが。
 封魔の力を存分に高めた矢です。
 魔除けの効果もありますので、お土産にどうですか?」

「ちょっと、見てから、考えます」

「こちら、メインアクセサリとしても使用できる護符です。
 護符の中に、大霊樹の葉が詰められています。
 こちらも魔除けの効果がありますよ」

「あはははー」

 私。
 店員が積極的に話しかけてくるの苦手。

「上級印譜とオミクジを1枚づつ。
 他は要らないの」

「使ってみて、よかったら、また買いに来るわ」

 男らしいノム先生、そしてレイナ様。
 5人分の代金も、先生が男らしく支払った。

 印譜とオミクジが各位に渡る。
 するとすぐに、レイナ様、印譜を御試用。
 天空に向けてユニバーストを放つと、

「いいわね」

 と、呟(つぶや)いて、3枚印譜を追加購入した。
 続き、

「せーの!」

 で、オミクジをオープン。

 私以外全員が『中吉』。
 私のみ『凶』。
 健康、商売などの項目が占(うらな)われるも、各位全てのオミクジに、『お守りを購入すべき』という文言が含まれていた。

 ・・・

 MOUJA!