序文




〜基礎魔術理論〜

第1章 導入
 剣は魔法と相性が悪い。

第2章 魔力とエーテル
 魔術の狭義の定義は、体内に蓄積された魔力を、表層エネルギーとして体外に放出する攻撃防衛手段、といえる。
 この体外に放出されたエネルギーをエーテルという。

第3章 収束・放出・制御
 術者は体外に排出したプレエーテルを、ある一点を中心として集める。
 このとき、その中心をコアと呼ぶ。

第4章 四元素魔術
 『魔導』『封魔』の二翼魔術、『炎』『光』『風』『雷』の四元素魔術、計6つの属性が存在する。

第5章 武具
 この世界でポピュラーな武器は『槍』『斧』『大剣』『刀』『杖』の5つ。
 槍、斧は杖と構造が類似するため、魔導工学的に大剣、刀よりも魔術と相性が良い。

第6章 封魔術
 封魔術は魔導術と相反する魔術で、防御にも使える。

第7章 三点収束魔術
 3つのコアを作り、それらを1つに合成することで、さらに強力な魔術を実現できる。

第8章 武具収束術技
 武器攻撃と魔術攻撃を組み合わせた武具収束術技で、より威力の高い攻撃が可能になる。

第9章 多属性合成魔術
 2種以上の属性を組み合わせる多属性合成魔術で、魔術のバリエーションは一気に増える。

第10章 防衛術
 人間の体は、封魔の魔力で守られている。

第11章 治癒術
 魔導術と封魔術の合成術は治癒術になる。

・・・



この書籍は

私が私の魔術の師から教わった

この世界の魔術理論の基礎的な内容を

私の解釈でまとめたものである




















Chapter1 導入




「硬い!
 硬い!! 
 これは、もはやベットではない!
 大地です!」

 永遠に続くかと思われた草原地帯を抜け、たどり着いた冒険者の街ウォードシティー。
 連日の野宿生活から解放され、待ちに待った宿屋のベットは、野原の地面よりも硬かった。

「あんまり文句を言わない。
 何泊もしないといけないんだから。
 お金もないし」

 青髪の少女がため息混じりに諭した。
 『諦めろ』、ということだ。
 それはわかっている。
 でも、愚痴は言いたい。

「いや、でも、さすがに、これはないって!
 犬猫の類(たぐい)が作っても、こんなに硬いベットにはならない!
 これはもはや、宿屋側の嫌がらせとしか思えない!」

「冒険者が使う宿なんて、普通こんなもの」

 愚痴を言って少し落ち着いた。
 が、しかし、これは何とかならないのか。
 思案を巡らせながら、宿の部屋内部を意味なくうろちょろする。

「そんなに嫌なら、エレナが頑張って稼ぐしかない。
 しばらく、この宿にお世話になるから。
 ふかふかのマットでも買って敷けばいい」

「でも稼ぐって、どうやって・・・」

「闘技場」

「そっか!
 闘技場で戦って勝てば、賞金をもらえる」

「そう」

「ほんとにもらえる?」

「ほんとにもらえる」

「いよっし!
 やる気でてきた!
 待ってなさい、ふかふか!」

 エレナはモチベーションが大幅に上がった。
 『闘技場で戦う』ということは、青髪少女から事前に聞かされている。
 しかし、こんなにも危険な『博打(ばくち)』をするのだから、それに見合う意義、目的が欲しいところだ。

 それにしても。
 闘技場の報酬とはいかほどか。
 もしかして。
 ベットマットどころか、宿屋ごと購入できたりするのでは?
 ウォードシティーまでの旅路では、軍資金はすべてこの青髪少女に握られていた。
 これからは、好きなものを好きなときに好きなだけ購入できる。
 大人買いというヤツだ。
 やったね!
 よし、まずは『欲しいものリスト』を作ろう。
 そして、これを適宜眺めることで、エレナのモチベーションを高いレベルで維持するんだ!

「ふかふかはいいけど・・・。
 この街に来た目的は忘れてない?」

 青髪少女が訝(いぶか)しげに、そう聞いてくる。
 目的は先ほど更新されましたので、今から発表します。

「いっぱい稼ぐ」

「ちがう」

「それで、そのお金を元手に豪遊・・・」

「・・・」

 青髪少女は露骨にイライラしている。
 でも、そのイライラしている顔もかわいいよ。

《バコッ》

「痛っ」

 青髪愛用の杖で頭部を殴られた。
 杖の先端は、半透明な『鉱石』を中心とした円形の構造で、その円の外周に4個の十字架型の飾りが付いている。
 その十字架の直角部分が、コンマ数ミリ皮膚にめり込んだ、と思われる。
 青髪少女の物理攻撃力はペーパーレベル。
 が、私の防御力も同じくペーパー。
 普通に痛い。
 お仕置きにはもってこいですね、その杖。

「うー、ちゃんとわかってるよぉ・・・。
 『魔術師になるために闘技場で修行する』、です」

 これ以上、おふざけが過ぎると、お仕置きが『物理』から『魔法』に変わる。
 青髪少女の魔法攻撃力はガッデスレベルだ。
 お仕置きが物理から魔術に変わる境界。
 それを見極めることは、生きる上で非常に重要である。
 そろそろ謝っておこう。
 私は、殴打部をポリポリ掻きながら、数回、速度速めで頭を上下させた。

「私はエレナの先生であって、ツッコミ要員じゃないから」

 青髪少女が通告した。
 そう。
 この青髪の少女は、私の先生である。
 ただ、同時にツッコミ要員でもあると思います。
 ボケたのにツッコんでくれないと、寂しいです。

「はーい、わかってます先生」

 かるーい返答で、童心を思い出す。
 青髪少女は、『ほんとわかってんのかお前』、とか言いそうな表情だ。
 『先生』より『師範』の方がよかったかな。
 と、そんなボケを考えていると・・・。

「最初の授業をする」

 唐突に授業が始まった。
 おそらく、これから闘技場に出向く私に対し、魔術の授業を実施してくれるのだろう。

 この青髪少女は、魔術の天才だ。
 私はいまだ、彼女より魔術の才を持つ人間に会ったことがない。
 間違いなく有用な話が聞ける。
 備忘のためにメモをとろう。

「闘技場では、1日に1人、死人が出ます」

「メモメモっと・・・。
 って、うおいっ!」

 青髪少女はさらっとそんなことを言ってのける。
 私のツッコミは、彼女をすり抜けて壁に衝突した。
 表情を固定したまま、さらに宣告を続ける。

「特に死にやすい人間の特徴は・・・。
 闘技場初心者。
 金目的。
 魔法が使えない」

「全部当てはまるし」

 驚愕の事実。
 私、闘技場に向いてない。
 これって、私は闘技場に行かずに宿に引きこもってろ、ってこと?
 まだ死にたくないですしね。
 それがいいね。
 エレナはモチベーション・ゼロが発動した。

 そして最後に、青髪少女が死の条件項目を1発加える。

「人の話を聞かない」

「それは当てはまらない」

 即答。
 ここで青髪少女の表情から、彼女が次に言わんことを推測してみる。
 『そんなふざけたこと言ってると、マジで死ぬぞ』。
 もしくは。
 『なめんな』。
 辺りかな?

「『当てはまる』に変更します」

 お詫びして訂正いたしました。
 これで死の条件項目、4項目とも該当。
 これ、私にどうしろと。

「これって・・・。
 私に、『死ね』って言ってるのと等価だよね」

 もしかして本当に暗黙的に『死ね』って言われてる?
 この後、明示的に『死ね』って言われちゃうの?
 ふざけすぎた?

「大丈夫。
 いざとなったら私が助けに入るから」

 これは頼もしい。
 彼女なら、どんな強敵が相手でも心配なし。
 知識だけでなく、魔術戦闘の実力も折り紙つき。

 ウォードシティーまでの2人旅の記憶断片が、脳内に複数、ふわふわと浮かぶ。
 肉食獣の群れに遭遇したときは、その頭数を枚挙する暇(いとま)もなく爆発系の魔法で一掃。
 森で就寝中、いつのまにか不死系モンスターの集団に囲まれていたときも、封印系の魔法で一瞬で浄化して無力化してしまった。

 爬虫類モンスターの硬い革鱗(かくりん)の装甲も、氷の槍で易々と穴を開け。
 魔法を使ってくる厄介な不死系モンスターの魔法は、同属性の魔法で全て相殺して無効化し。
 酒場で寄ってきた酩酊男を風の術で吹き飛ばし、床に仰向けになったところで股間を蹴り上げ。
 かわいい見た目からは想像できない、彼女の『攻撃力』を。
 その場に居合わせた全員に見せつけた。

 現時点で、彼女は、私史上最強。
 史上最強の用心棒。
 そんな彼女の庇護下にある。
 故に、私が闘技場で不運に会う、という、ことは、ない、はず・・・。
 はず、だが、しかし・・・。
 念のため、1点確認したい。

「『いざとなったら』って、具体的にはどの程度の状況なのですか?」

「ろっ骨がはみ出たら」

 青髪少女は無表情で言い放った。
 この少女はイライラ以外の感情が顔に出にくい。
 どこまでが冗談かわからない。
 怯(おび)える私を見て、心の中では笑っているのかもしれない。
 Sかな?

「もう少し早めに助けてもらってもいいですか」

「それじゃ修行にならない」

「はみ出た時点で御陀仏確定っすよ」

 彼女は私を厳しく育てるようだ。
 にしても、厳しすぎませんか?
 現在ゼロのモチベーションがマイナス領域に突入しそうです。

 しかし、私も意味もなく闘技場のある、こんな遠くの街までやって来たわけではない。
 『魔術師として成長しながら、稼いだお金で豪遊する』という本来の目的を、脳内で復唱。
 マイナス領域に突入しかけたモチベーションがプラスに向くように説得する。

 要は単純。
 勝てばいいのだ。
 よかろうなのだ。
 そう。
 私には、『これ』がある。

「まあ、私の『剣技』でなんとかなるでしょ!
 剣の扱いも、だいぶん慣れてきたところだしさー」

 私の得意武器は、『剣』である。
 サイズの大きい『大剣』、小さい『小剣・短剣』というカテゴリーがあるが、私が扱うのはこれらの中間サイズ。
 ここに至るまでの旅にて、襲い来る魔物への対峙を繰り返した私。
 私が倒せそうな魔物と遭遇した場合は、ノムは手出ししないという取り決めに則(のっと)って。
 剣術パラメータも、幾分上昇したはず。
 上級のモンスターならまだしも、下級のモンスターならば。
 負けることはない。

「剣は使ったらだめ」

「そんなに私のこと殺したいの?」

 何言ってんの、この娘。
 もしかして頭おかしいの?
 それとも、私がモンスターにいたぶられてるのを客席から見て楽しむの?

 ・・・

 渋い顔を崩さないように見つめ続けると、青髪少女は淡々と説明を始めた。

「剣は魔法と相性が悪い。
 剣を使ってるのはみんな魔法を使えない人。
 剣の代わりの武器は、明日買うから大丈夫」

 だめだろ。

「そんな簡単に言うけどさ・・・。
 その武器って、ボタン押すだけで相手を殺せるようなものなわけ?」

 確かに、そんな強力で扱いやすい武器があるのなら話は別だ。
 まあ、そんなもの無いだろうけどね!
 この質問に対し、彼女は何と答えるのだろう。
 質問というよりジョークに近い気がするけど。

 「それじゃ、おやすみ」

 そう言って、彼女は自分のベットに向かった。
 どうやら第1回目の講義は終わったらしい。

 私が闘技場で死なないために、考えるべきことが多々あることがわかった。

 ・・・

 ・・・・・・

「とりあえず寝るか」

 『死ぬときは死ぬ』というフレーズが頭に浮かぶと、私は考えることをやめ、自分に割り当てられたカッチカチベットに向かった。





*****





 次の日。
 新しい武器を購入するため、私たちは街の武具店に来ました。
 適当に視覚情報の収集を行うと・・・。
 斧、斧、斧、斧、槍、槍、槍、杖、盾、おっさん、おっさん、輩(やから)、お姉さん、お姉さん。
 流石、冒険者の街。
 朝方にも関わらずの賑(にぎ)わい。
 この世界の冒険者は、女性も結構多い。
 眼福ですね。

「で。
 私は何の武器を使えばいいのですか、ノム大先生?」

 私の質問に応じて、青髪が揺れる。
 横髪は肩にかかる程度、後髪は肩甲骨くらいまでの長さ。
 彼女の冷静さを象徴するような青。
 この青髪少女の名前は、『ノム』と言います。

 純白のローブを愛用している彼女は、『ウィザード』・・・ではなく『プリースト』。
 ヴァルナ教という宗教のプリーストとして、高い位(くらい)を持っていました。
 比類ないのは魔術に関する知識だけでなく、その向かうところ敵なしの戦闘能力。
 もう大先生と呼ぶしかありません。

 襟(えり)、袖(そで)部は黄金(こがね)色の素材、裾(すそ)に施された同色の風樹柄の刺繍。
 それらが彼女の神々しさを引き立てるようで。
 青色の髪も、彼女の知性と冷静さを引き立てるようで。
 顔立ちも美しく。

 いい女。
 なんだけどなぁ・・・。

「それじゃあ、魔法と武器の関係について説明する」

 大先生が2日目の講義を開始する。
 集中の先端を、彼女の発言に戻そう。

「剣は魔法と相性が悪い」

「昨日聞いた」

 昨日と同じことを述べてから、先生はその詳細を説明する。

「それは魔導素材を加工し難(にく)いから。
 つまり、良い武器が無い、ってこと。
 なので、別の武器を購入する」

 納得して良いのか、悪いのか。
 『剣』がダメならば、いったい何を買わせるつもりなのか。
 ・・・。
 ここで改めて考える。
 私が闘技場に出場する目的は、『魔術師になること』。
 ならば、熟達すべきは、物理攻撃よりも魔術攻撃なはず。
 と、いうことは・・・。

「杖でしょ!
 ノムも持ってるし。
 魔術師といったら杖でしょ!」

 ただし、それならば。
 ノムが今握っている、その高価そうな杖を、一時的に貸してくれればいいのではないか。
 それならば、この場でムダに散財せずに済むのでは。

 ・・・

 まあ、壊したらめっちゃ怒られそうだけど。

 ・・・

 やっぱり、自分で買ったほうが良さそうだ。

「杖は魔法がうまくなってから。
 魔法がダメなのに杖を持っても、死ぬだけ」

「お願いだから、『死ぬ』って単語使わないでもらっていい?」

 そんなお願いを聞いてくれたのか、聞いてないのかわからない、いつものおすましポーカーフェイスのまま、ノムは正解を発表した。

「今のエレナに合う武器は『槍』。
 もしくは、『斧、長戦斧(ちょうせんぷ)』」

「槍、斧。
 ・・・。
 両方とも使ったことないですけど」

 扱いにくい武器2種を、さも当たり前のようにピックアップした先生に対し、私は聞いてもらえないとわかった上で軽く反論した。
 ほぼ愚痴のようなものです。

「でも物理攻撃と魔法攻撃のバランスがいいから。
 剣を扱ってたエレナなら、杖よりもうまくやれるはず。
 だから、適当にどっちか選んで。
 それ買ったら、さっそく闘技場に向かうから」

 どちらも死につながるであろう究極の2択。

「うーんじゃあ、こっち」

 そろそろイロイロどうでも良くなってきた私は、深く考えることをやめた。





*****





「毎度っ」
 
 適当に選んだ『槍』をカウンターまで持っていき、年齢不詳、金髪短髪の男性店員に金銭を渡す。
 襟がガッポリ開いた黒シャツに、紫色のダボダボのズボン、筋肉。
 表情は、そこはかとなくニヤついている。

「おまえ、もしかして闘技場行くのか?」

「えっ?そうですけど」

 武器屋という職業柄、闘技場での戦闘に関するアドバイスか何かをくれるのではないか。
 そんな期待が生まれたが。

「死ぬなよー」

 『死ぬ』という単語に似つかわしくない、ヘラついた表情と口調でアドバイスいただきました。
 ほんとに、そういうのやめてほしい。

「死ななかったら、また来ますよ」

 私は、彼と同じような表情と口調を持って返答した。





*****





《おまけ会話: 闘技場に向かう道中で》


「闘技場までもう少し。
 ・・・。
 エレナ、何食べてるの?」

「なんか売ってたから、安かったし、いっぱい入ってるし。
 食べる?」

「それ、なんなの?」

「なんかイカを加工したものらしいよ。
 すごく細長く切って、干して乾燥させてるらしい。
 くせになる味、みたいな。
 んで、食べる?」

「無理。
 イカとかタコとか嫌いだから」

「おいしいのにー」





*****





 武器を購入した後、私たちは闘技場に到着した。
 闘技場は巨大な円形の建物。
 闘技場正門をくぐる直前、改めて見上げる。

 でかい。

 建築の白と空の青。
 『観光』という言葉がふと浮かんだ。
 周囲を見渡すと、非武装の人間も多数見受けられる。
 これが散歩コースなんて、贅沢すぎませんかね。

 少し歩みが遅くなっていたのをノムに指摘され、私は正門をくぐる。

 涼しい。

 太陽光が遮られ、建物内部の照度に慣れるまでに少し時間を要する。
 しかし、視覚情報が希薄でも関係なく。
 ただ単純に、ノム先生に追従するのみである。

 ノム先生について奥に進むうちに、内部観察を楽しめるようになってきた。
 カーブを描いた通路。
 それが、私の両側に、ずっと奥まで続いている。

 今回、本当にお世話になるのは、このカーブの内側。
 ここに、戦闘を行うステージがあり、その周りを囲む観客席があるのだろう。
 そして、その観客席から私が魔物になぶられるのを見てみな楽しむのだろう。
 帰りたい。

「受付、そっちだから」

 ノムの言葉でネガティブな思考が消える。
 彼女が指差した先。
 そこに、誰かがいる。
 薄暗くて、はっきりしないが。
 『受付』という言葉だけで、情報は足りている。

「ノムは?」

「観客席から見てるから」

「さようですか」

 私が死にかけたとき、観客席から助けにくる。
 それで間に合うのか。

 ・・・

 いや間に合わない。
 一緒に来てもらうべき。

 そう思い至ったとき、すでにノムはいなかった。

「行くか」

 ため息混じりにつぶやき、私は受付(仮)へ向かった。





*****





「あら?
 出場者の方ですか?」

 紫の髪。
 肩にかかるか、かからないか程度の長さ。
 青い瞳の醸し出す冷たい美しさ。
 それを、少し上向きの目尻と口角が一旦ぶち壊しにし。

 妖艶さと子供っぽさを兼ね備えた。
 人間観察の結論づけ、悩ましいおねぇさん。

 声をかけられ、視線が交わった。
 おそらく、受付嬢だと思われる。

「はい、一応」

「出場するランクは何にしますか? 」

「ランク?」

 『ランク』というのは、おそらく『相手の強さ』に対応するのだろう。
 ただ命に関わる内容であるからして、詳細な説明をきちんと聞いておきたい。
 そこであえて私は、『よくわからない』といった口調で、その単語をつぶやいた。

「ああ、初出場の方なんですね。
 『ランク=難易度』と考えてください。
 ランクが高いほうが報酬が高くなります。
 もちろん、その分相手も強いです」

 『一番低いランクでお願いします』。
 その発言をする前に、お姉さんが続ける。

「あー、そうそう、この前も。
 初出場なのに高ランクにエントリーした人がいて。
 すごい強そうな風貌の人だったので止めなかったんですけどー。
 ・・・。
 一回戦で死んじゃいました」

「笑顔ですね」

 お姉さんは終始ニヤニヤしている。
 元々そういう顔なのか。
 私をからかって楽しいのか?

 と、いうか。
 初心者に対して『死ぬ』という単語で脅しにかかるこの手口は、初心者いじめの常套手段なのだろうか。
 はやってんの?

「あなたは弱そうなのでちゃんと止めますよ」

「言われなくても。
 一番低いランクでお願いします」

 弱そうと言われたが、実際弱いので仕方ない。
 そんな私は、まずは低いランクで闘技場での戦闘というものに慣れるべきだ。

「あー、そういえば、前にあなたみたいに弱そうな人が来て・・・。
 まあ一番低いランクだから大丈・・・」

「わかったから言わなくていいです!」

 もうほんとやめて欲しい。

「ではでは。
 この用紙とこの用紙に名前をフルネームで。
 ああ、こちらは『死んじゃっても文句は言いません』っていうたぐいの誓約書ですので」

「・・・」

「帰るなら今のうち、ってことですよ。
 それでも出場するんならサインしてくださいね」





*****





「それにしても・・・。
 まったく人がいない。
 想像してた闘技場のイメージと全然違うし」

 数分の脳内葛藤の末、誓約書にサインをした私は、闘技場の内部、戦闘を行うステージへと通された。
 想像していた通り、闘技場の中央に戦闘ステージがあり、その周りを観客席が囲んでいた。
 ただ想定外であったのは、その観客席にほぼ人がいないこと。
 というか、1人しかいない。
 私の先生であるノムだけである。

「まあノムがどこにいるかよくわかるからいいけど」

 と、一人つぶやいていると、ノムが大きめのボードに何か文章を書いている。
 そしてそれを私に向けて掲げた。
 どうやら私に何かを伝えたいらしい。
 戦闘の指示かな?

 私はそのボードを注視した。
 えーっと、

『トイレに行ってくる』

「我慢しろ!!!」

 私が叫ぶのが聞こえなかったのか、無視したのか、ノムはすぐに消えてしまった。
 たぶん無視したな、アレ。
 前もって行っとけよ。

 と、私がそんなことを考えていると、

『第一試合を始めます』

 場内アナウンスが流れた。
 私は戦闘ステージに向けて歩き出す。
 と同時に脳内で、『ぐはは!ここがお前の墓場となるのだ』という宣告を受ける。
 さようなら皆様。
 私が死んでも、皆様が私のことを忘れないように、ここで自己紹介をしたいと思います。

 私はエレナといいます。
 とある街で暮らしていましたが、ノムに魔術の才能を見出され、魔術師として最近冒険者生活をスタートさせました。
 容姿は、青の瞳に緑の髪。
 髪は後ろで結ってポニーテールにしています。
 服装は軽装、タイトな薄めの生地の軽い服を着ることで、私の特徴である高い敏捷性を損なわないようにしています。
 しかし、新しく買ったこの槍が重いので、その敏捷性も下がった状態です。
 得意な武器は剣。
 ですが、先生の指示で今は持っていません。
 魔法は練習中ですが、まだ実用レベルではありません。
 どうすんのこれ。
 ダメじゃん。
 自己紹介からネガティブな思考に回帰したところで、気づくと私は闘技場のステージに上がっていた。

 この闘技場のステージを中心として私が入場してきた南の入場門の他に、東と西にも入場門がある。
 一方、北にも入場門があるのだが、ここだけ頑強そうな柵が閉じた状態になっている。
 と、その柵の奥に何かが見えたと思うと同時に、柵がせり上がり、入場門が開放された。
 ここから相手が出てくるのだろう。
 相手は・・・

《うーーーーーーーー》

「魔物?!
 人じゃないのか?」

 低い声を上げて入場してきたのは、モンスター。
 入場門から、ステージに向けて近づいてくる。
 否、私に向かってきているのか?

『戦闘はじめっ!!』

「って戦闘はじまった!?」

 モンスターがステージに上がった瞬間。
 唐突に戦闘開始のアナウンスが流れる。

 やるしかない。
 私は、生まれて初めて扱う槍を敵に向けて構える。

 私の闘技場デビュー戦が始まった。




<<vs モンスター ...戦闘中...>>





*****





「はぁはぁ・・・。
 敵は弱いけど、慣れない武器がキツい」

 モンスターとの2連戦を制した私は、荒い呼吸をしながらつぶやいた。
 今回私が倒したモンスター。
 それは、おそらくこの世界で最も弱いとされる『ウニ』と呼ばれるゼリー状のモンスター。

 雑魚中の雑魚でした。
 どこにでも生息していて、動きが遅く、攻撃力も非常に低い。
 そんな相手に私が疲弊しきっているのは、武器の槍のせいである。
 重くて、いまいち扱い方がわからない。
 あと、ウニは『突き』攻撃より、『斬撃』攻撃のほうがダメージが通る。
 槍じゃなくて斧にしておけばよかった。

「今、2戦終わったから・・・。
 次が3戦目で最後か」

 私が出場しているランクでは、3試合行われるらしい。
 疲れはあるけど、まあ次も同じモンスターならいけそうかな。

『第三試合をはじめます』

 私がフラグになりそうなことを考えていると、第三試合開始のアナウンスが流れた。
 否応にも北の入場門を注視する。



<<ヴン・・・ヴン・・・ウン・・・>>



「なんか、でかいの来たし!!」

 現れたのは、私の体よりも大きい岩、もしくは金属の塊。
 これに足と手が付き人型を成している。
 しかし、首から上がない。

 私は記憶を辿る。

 これ・・・もしかして。

「『ゴーレム』ってヤツ?」

 過去読んだ、何かの書籍に書いてあった。
 魔術で動かす、人造兵器。
 その本が、『創作』だったか『歴史書』だったかさえ思い出せない。
 しかし、いつだって、目の前にあるのが現実だ。

 私は、再度、観察を開始する。
 ボディー、すごく硬そう・・・、いや、間違いなく硬い。
 この槍で倒せるのか?

<<ゴゴ・・・ガガ・・・、ブオッ!!>>

 ゴーレムはまるでこちらに見せ付けるようにパンチを繰り出す。
 準備運動かな?
 あれに当たったら、1発KO間違いない。
 こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は一撃必殺。
 勝てる要素がない。
 ・・・。
 帰るか。

「エレナ!! 」

 観客席、東の入場門の方向から、心折れた私を呼ぶ声がする。
 
「おお、ノム帰ってきてるし!」

 ノムが観客席まで帰ってきていた。
 でも帰ってくるの遅くないですか?
 だ・・・。

「その相手は魔法で倒す。
 この前教えた魔法を試してみて」

「この前、って・・・。
 あの『火のやつ』だよね!」

 ノムに向けて叫んだが、反応がない。
 よく見るとノムは弁当を食べ始めていた。
 もういっそのこと帰れよ!!

『第三試合、はじめっ!!』

 ゴーレム対策が脳内でまとまらないうちに、戦闘開始がアナウンスされた。
 やるしか、なさそうです。
 




*****





<<vs エーテルゴーレム>>

 ステージ上のゴーレムは、何もないところでパンチを繰り返していた。
 挑発されてるのかしら。
 ただこちらとしてはありがたい。
 今のうちに、VSゴーレムの対策を練(ね)ることにしよう。

 まず、ゴーレムの外見から判断して、動きは遅いはず。
 その点、敏捷性に自信のある私には有利だ。
 とにかく逃げる。
 どんな強力な一撃でも、当たらなければ問題ない。

 問題は、こちらの攻撃方法。
 これはノム大先生を信じるしかない。

 旅の途中、私はノムから魔法を教えてもらった。
 最も単純で、最も習得が容易であるとされる、炎の基本魔法だ。
 とはいっても、何回もチャレンジし、いまだ1回しか成功していない。

 ぶっつけ本番。 
 そんな、うまくいくかね。

 しかし、今はこれを成功させる以外に勝算はない。

 相手は鈍足。
 逃げては魔法にチャレンジ、逃げては魔法にチャレンジ。
 これを繰り返せば、いつかは、魔法が発動するはず。
 これで勝て・・・

 そう考えた瞬間、私の思考が止まる。
 眼前、視覚情報から反応!
 反射的に槍を両手で持ち防御の姿勢を取る。
 同時に、その槍に向け、何かが突進してきた。
 ゴーレムだ!

 動き速くない!?
 しかし、防御動作は間に合っている。
 とにかく耐えて、体勢を立て直して・・・
 それから・・・

《ガギャン!!!!》

 刹那、私は真後ろに吹き飛ばされた。
 槍を起点として、体中に衝撃が広がる。
 私の腕力、防御力ではこの巨体の突進に耐えれえるはずが無い。
 そりゃそうですね!

 ステージ南方に吹き飛ばされた、私。

 やばい!
 速く体勢を立て直さないと次撃が襲ってくる。
 やばい!

 戦慄の思考で、ガクガクする体を無理やり起こし、前を向く。

 ・・・

 見つめた先。
 ゴーレムはうつ伏せに倒れていた。
 ゴーレムの背中に刻まれた魔法陣の模様を、今なら細部まで確認できる。
 緊張が解けていく。

 なんで?

 おそらく、ゴーレムは『突進』、したのではなく『飛び掛った』。
 攻撃後のディレイを覚悟した『捨て身タックル』。
 そんな予測。

 ただ、これは。
 チャンス到来!
 今のうちに魔法の発動準備を・・・

 とか思考を巡らしている間に、ゴーレムは巨漢にしては機敏な動作で起き上がった。
 もう少し寝ててよ。
 少々がっかりしながら、私は策の再構を開始する。

 このゴーレムは瞬間的にならば高速で動ける、らしい。
 魔法発動の素振りを見せれば、それを見て、それをトリガとして、先ほど同様に飛びかかられるだろう。
 魔法発動のための時間。
 それを、どうやって稼ぐか。
 !!!

<<ガッ!!>>

 ゴーレム。
 巨岩の如き体躯。
 それが、私目掛けて跳躍。

 持ち前の敏捷性を持って、これを回避する私。
 前回よりも脳内に余裕あり。
 すぐさま対象を目で追いかけ、その背中の魔法陣を視認する。
 倒れたゴーレム。
 体が、徐々に、徐々に持ち上がる。

 先程見たのと同じ光景。
 それを受け、私の戦略は完成した。
 先の軟体生物との2戦で疲労がたまっており、ゴーレムの突進攻撃を、あと何回避けることが可能かわからない。

 守る案と攻める案。
 それらが、完全に同スコアで脳内に存在しているならば。
 
 諦観が冷静を産み。
 冷静が戦略を産み。
 戦略が集中力を産み。
 集中力が恐怖を殺す。
 
 ふと、ノムが、『私は戦闘になると少し人が変わる』と言っていたのを思い出した。
 自然と、今は。
 死の恐怖が、和らいでいるような。

 ・・・。

 思い出せ。
 ノムから教わった魔法の発動方法を。

 私は魔法を発動すべく、槍を左手に持ち替え、右手を前へ突き出す。
 魔力を手のひらから体外に押し出す感覚で放出し、丸い塊になるようにイメージしながら収束させる。

 本来ならば。

 私は魔力を収束させない。
 収束させる『ふり』を続ける。
 この動作は『囮』だ。

 ここでゴーレムがピクリと動く。

「来る」

 次の瞬間、ゴーレムが飛び掛る。
 見計らった、そのタイミング。
 槍を捨て、回避。
 私の横を、ゴーレムがすり抜けていく。
 その姿を。
 視覚情報として確実に取得する。

 魔法陣。
 ゴーレム、転倒を確認。
 と同時に、手のひらをゴーレムに向け突き出し、魔力収束を開始。
 
 炎。

 炎。

 炎。

 炎!

 お願いします。
 来てください!

 が、残念。
 手のひらの先には視覚的な変化がない。
 これ魔力集まってるの!?
 変化が微塵もないんですけど!

 伸ばした手の先で、ゴーレムが起き上がりの動作に入る姿が確認できた。

 その視野に、赤い光。
 私の手のひらの先に。
 淡い赤の光が、急速にその輝度を向上させる様。
 その光景は、私に。
 興奮をもたらした。
 
 ゴーレムはすでに立ち上がっている。
 そして、私を視界に捉えると、一時、動作停止。

 すぐに再び飛び掛ってくる。

 それがわかっていても。

 私は。

 顔面の存在しない。
 その相手を凝視して。
 いやらしく笑った。

 ゴーレムがピクリと動く。

 同時に、私は、ノムの言葉を思い出す。

『この魔法は、炎の純術『バースト』。
 別称『プライマリバースト』、『バーストブレッド』。
 どれも同じなので、好きな名前で呼んでいい』

<<ガッ!!>>

 ゴーレムが加速、跳躍。
 それと同時に私は叫んだ。

「バーストブレッド!!!」

 収束が完了したのかどうかわからない。
 未成熟な魔力球が、ゴーレムに向けて放たれる。 
 そして・・・

<<ドドーン!!>>

 激しい炸裂音と衝撃に、私は目を細めて怯(ひる)む。
 巻き上る砂塵により、視覚情報の信頼度が下がる。
 体の筋肉は緊張させ、『私の魔力程度では、ゴーレムの突進を防げない』というワーストケースに、最低限備える。
 
 しかし。
 恐れていた、覚悟していた、その痛みは。
 いつまでも、やってこなかった。

 ・・・。

 少々の時間経過の後。
 聴覚は何も拾い上げない。
 私は目をしっかりと開き、『結果』を見る。

 ゴーレムはステージの外、場外まで吹き飛び、腹を見せる格好で倒れていた。

 ・・・

 お願いだから立ち上がらないでください。

 そんなことを願ったとき、

『勝負有り』

 場内アナウンスが、試合終了を告げた。

 



*****





「あー、なんとか生きて帰れたー 」

「おつかれ」

 私が今無事に生きていることを実感してしみじみしていると、ノムが素直にねぎらいの言葉をかけてくれた。
 そんな彼女に1つ、聞いておきたいことがある。

「ってかさあ、最後の相手。
 あれは何なの?」

「エーテルゴーレム。
 魔法で動く人形、みたいなもの」

 やはり、ゴーレムでした。

「人形っていうより、岩みたいな感じだったかも」

「だから物理攻撃は効きにくい、魔法が効果的」

「そういうの、事前に教えてもらっていいかな」

 おそらくノムは今日対戦する相手の情報を知っていたのだろう。
 そんな気がする。
 ならば、先に敵の情報を教えてくれててもいいはずだ。
 あと、人が死にそうなときに、トイレに行ったり弁当食べたりしないで欲しいです。

「ちなみに、闘技場には魔法しか効かない魔物もいる。
 物理攻撃に耐性を持ち、かつ炎系魔法にも耐性を持つ魔物もいる」

「私、魔法は炎しか使えないけど」

 すでに詰んでるじゃないですか。

「だから私が今から教えていく。
 今日は弱い相手しかいないってわかってたから、あえて何も言わなかった。
 ゴーレムは動きが遅いから、逃げるのは簡単だし」

「・・・言いたいことはたくさんあるけど、
 とにかく今日は宿に帰って休みたいです」

 今はあの硬いベットでさえ愛おしい。
 私が、疲れてますオーラを最大限に発揮しながら伝えると、

「だめ、今から魔法を教えるから」

 と一蹴された。
 疲れてますオーラ、ちゃんと出てなかったかな。

 魔物よりも何よりも、ノムが一番怖いかもしれない。
 そんなことを考えながら、私の闘技場生活が始まったのでした。




















Chapter2 魔力とエーテル




 ノムが魔法を教えてくれるというので、荒野のような場所にでも連行される、のかと思ったら、宿に帰ってきました。
 やったね。

「これ」

 ノムは青色の書籍を、私に向けて突き出してきた。
 訝(いぶか)しみ、深い。 
 本を凝視。
 表紙には『魔導学概論』と書かれている。
 『概論』というのがよくわからないが。
 魔法というものを詳細に説明する内容に違いない。
 この書籍を愛読、熟読し、魔法に関する理解、興味、関心を深めておけ、ということなのだろう。

 本を差し出したまま完全停止したノム先生。
 私がアクションを取らなければ、イベントは進まない。
 両手を使って、至極丁寧に頂戴した。
 
 青の本。
 綻びは少なく、丁重な扱いを受けてきたことが垣間見れる。
 実質量以上に重たく感じる、気がする。

 魔法に関する書籍。
 そういったのものに、今まで、あまり深く親しんだ覚えはない。
 興味なくペラペラとページをめくったことがある程度。

 さて。

 ノムがお勧めするほどの書籍。
 ここには、いったい、どのレベルの事柄が記述されているのであろうか。
 多大な期待を込め、私は表紙をめくった。

 すると・・・。
 真っ白なページが目に飛び込んできた。

 ・・・

 もう1ページめくってみるが、1ページ前とまったく同じ白。
 パラパラ〜っと送ってみるが、オブジェクトは1つも見当たらない。
 あれれ〜、おかしいぞ〜。

「はい!
 ノム大先生。
 この本、何も書かれていません。
 全ページ白紙です」
 
 私は左手を挙げて報告する。

「大丈夫、エレナが書く」

「やったー。
 らくがき帳ほしかったんだー。
 とりあえずノムの似顔絵から描こうかなー」

「私が教えたことをそのまま書いていけば、最終的に『魔導書』が出来上がる。
 こうでもしないとエレナは、『後で本読めばいいかー』とか考えて、人の話を聞かないだろうから」 

 私のボケは美しくスルーされた。
 私、信頼されてないのね。
 まあ、あまり反論はできませんがね。

 訂正。
 『大事に大事に扱われた』、ではなく、『新品』でした。
 なるほど。

「でもさ。
 ノムの考えてることと、私の書いた内容が違ってきちゃうかも、だよ?」

 『魔導学概論』と銘打っておきながら、私がノムの言葉を誤解釈して記述すれば、著者(私)の信用がた落ちである。

「違ってもいい、エレナが理解できるように書けば」

「さようですか」

 まあ確かに。
 どうせこの本、私しか読まないですしね。
 その辺り、あまり気にしないようにしよう。
 文字が汚くても、表現適当でも、私がわかればお咎(とが)めなし。
 落書きし放題である。

 青の本に続き、ノムがペンとインクを渡してくれる。
 青色のペンはノムの私物。
 『ペンとインクは、後日、雑貨屋で自分で買っておくように』という言葉が添えられた。

「それじゃ。
 始める」

「はーい」

 本格的な魔術の講義が始まった。

「魔術の狭義の定義は、体内に蓄積された魔力を、エネルギーとして体外に放出する攻撃防衛手段、といえる。
 この体外に放出されたエネルギーをエーテルという」
 
 『狭義』?
 えっ、なんだって?
 『狭義』で思考が詰まって、その後の言葉を私の脳が拾おうとしなかったんですけど。

「先生、速すぎてメモが間に合いません」

 『とにかく一旦待ってくれ』、『もう一度言ってくれ』、『もう少しゆっくり言ってくれ』という複数の希望を1言に詰め込んだ。
 たぶん伝わらないと思われるが。

「別に、私が喋った内容、全部を書かなくていいから。
 エレナがわかるところだけを、エレナがわかりやすいように書けばいい」

 私はノートに『狭義』と書き込んだ。
 後でもう一回聞こう。
 『上司の発言を途中で遮ってはいけない』。
 社会人の基本だ。

「で、続き。
 このとき、体内の『魔力』が『プレエーテル』という中間状態になり、その後『エーテル』となる」

 『魔力 → プレエーテル → エーテル』っと。
 とにもかくにも。
 キーとなる単語だけは聞き漏らすまい。
 これらの単語を後で調べれば良い。

 ・・・。

 ただ、これらの単語をどうやって調べるか。
 その方法も、後で調べよう。

「『プレエーテル』の状態ではエネルギーではあるけど攻撃可能なエネルギーではない。
 もちろん、体内にある状態の『魔力』もエネルギーだけど攻撃可能なエネルギーではない。
 エーテルに変換することで、初めて攻撃魔法となる」

「んじゃ、さっきのゴーレム戦で私が使った火の魔法もエーテルなの?」

 『攻撃可能』の辺りはよくわからないが、先ほどの死闘で私が発動した火の魔法のことが気になった。

「それは違う。
 火の魔法はプレエーテル変換法が違うの。
 エーテルはそのまま変換するイメージ。
 一方で火の魔法は、まずある程度プレエーテルを体外に蓄積した後に、『四元素変換』という別の変換操作を行うことで実現される」

 『四元素変換』?
 新キーワード。
 とりあえずメモだ。
 私はノートに『四元素変換』と書き込んだ。
 
 ここでノムが、この『四元素変換』の説明をしてくれる。

「この世界の魔法は、6つの属性に分類される。
 まず『エーテル(魔導術)』、それと相反する『アンチエーテル(封魔術)』の『二翼魔術』。
 『バースト(炎術)』、『レイ(光術)』、『ウインド(風術)』、『スパーク(雷術)』の四元素魔術。
 合わせて6つ。
 『プレエーテル』をその4つの属性に変換するから『四元素変換』」

「さっきの戦いで火の魔法を発動したときは、そんな変換やってないけど」

 身に覚えなし。
 死に物狂いで、『炎』をイメージしてやってみただけだ。
 『四元素変換!』という詠唱は、脳内ですらやっていない。
 
「変換方法の詳細は、現在の科学では解明されていない。
 その属性の魔法の発動をイメージすることで、無意識のうちに変換している。
 私も特に意識してはやってはいない」 

 詳細はノムでもわからないらしい。
 ノムでもわからないことがあるのか。
 何か新鮮な気持ちになった。

「とにかく覚えておいてもらいたいこと。
 それは、『6つの属性のうち、『エーテル』の属性が基本になっている』、ということ。
 だから、今から『エーテル』の魔法を教える。
 バーストの魔法を発動する際に、『四元素変換』をやらないでおく、っていうだけだから。
 できる人には簡単にできる。
 できない人は一生できない。
 人によって得意な属性、不得意な属性というものがある」

 私は現状、火の魔法しか使えないので、自身がどの属性の魔法が得意なのかはわからない。
 では、ノムは何属性が得意なのか。
 そういうことが気になった。

「ノムはどの属性が得意なの?」

「全部」

 『そりゃあどの魔法も最凶レベルだけど、その中で何が得意なのかって聞いてるの!』、と、『あー、そうですか』という2つの思考が脳内に同時に浮かぶ。
 私が、

「あー、そうですか」

とつぶやくと、ノムが続ける。

「言い換えれば、特出した属性はないとも言える」

 ご謙遜を。
 間違いなく全属性特出していらっしゃいますね。
 などど、脳内で嫌味を言ってみる。
 ・・・。
 それに引き換え『エレナは全属性特出していません』とかだったりしないよね。
 そうならば、恨(うら)むぜ神様。

「ちなみに、エレナの得意属性は『雷』」
 
 『雷』?

「なんでわかるのさ!
 ってか、私が雷属性得意ってわかってるなら、最初に教えてよ!」

 ならば、なぜ最初に火属性の魔法を教え、そして次にエーテル属性の魔法を教えようとしているのか?
 最初に雷の魔法を教えてくれていれば、先のゴーレム戦であれほどの恐怖を味わう必要はなかったのではあるまいか。
 そう思うと非常に腹立たしく、強い口調になってしまった。

「雷は難しい。
 魔力消費も大きいからから、体内魔力量が少ない駆け出しのときは、1発発動することさえキツい。
 制御性も悪くて、術者の意図通りにエネルギーを操作できない。
 初心者には扱いにくい属性。
 ・・・。
 で。
 発動に失敗すると非常に危ない。
 発動できても、制御できないと危ない。
 エレナは、まだ封魔防壁も弱いから、さらに危ない。
 だからみんな、バーストや、エーテルから習得する。
 それらの属性に熟練してくれば、雷系の魔術も自由に使えるようになるから」

 私は、『雷系、非常に危ない』とノートに書き込んだ。
 ノムの『危ない』を翻訳すると『死』になる。
 ちなみに、ノムの『大丈夫』を翻訳すると、『死ぬことはないから大丈夫』になる。

「じゃあ早速。
 今から『エーテル変換』のコツを伝えるから」

 なにか話しが長くなりそうだ。
 それにしてもお腹がすいた。
 闘技場での戦闘のあと、ご飯を食べる暇さえ与えてもらえなかったのだった。

「先生!
 とりあえずお昼ご飯を食べてからでいいですか?
 お腹が減りました」

「私は減ってない」

「ノムは弁当食べたからじゃんか!」

 命がけの戦闘の合間に腹ごしらえをする青髪少女の映像がフラッシュバックされる。
 イラダチスゴイ。
 そんな私の言葉を無視するように、講師ノムによる、『エーテル変換』の解説が開始された。





*****





 エーテル変換についての粗方の説明が完了し、遅めの昼食を取った後、私たちはウォードの街の外に広がる平原にやってきた。
 どうやらこれから、エーテル属性の魔法習得に向けた特訓が開始されるようだ。
 帰りたい。
 新しい魔法を習得できるというのは確かにうれしい。
 が、帰りたい。
 もう明日でいいんじゃないですか?
 その提案は、街からここまでの道中で、既に2回棄却されていた。

「まず私がやって見せるから。
 見てて」

 お手本を見せてくれるらしい。
 白銀の杖。
 前方に突き出されたその杖に、太陽光が反射して。
 純白のローブに施された金の刺繍も合わせて煌めき。
 神々しささえ感じさせる。
 そんな彼女の横顔を見つめる。

 かわいい。

 彼女の体はピクリとも動かない。
 真剣でも、真面目でもなく。
 淡々と、冷静に。

 杖の先端の半透明のコア。
 その周辺が、薄紫色に、淡く光る。
 光の色度が強くなってきた。
 と思うと、次の瞬間には、紫の光は杖から少し離れ、林檎程度の大きさの球状の塊を形成した。
 これが『コア』かな。
 私は先ほどの講義を思い出す。

「これが『コア』。
 『エーテル』という攻撃可能なエネルギーが集まっている」

 空中に浮かぶ紫色の魔力球。
 『きれいだなー』などと考え惚(ほう)けていたのは数秒。
 考察を再開。
 何故、『コア』というものをしっかりと知覚できたことが、今の今までなかったのか。
 推測。
 理由は『速度』にある。
 普段のノムなら、この魔力球を視認させる間も与えずに、一瞬で魔法を発動するはず。
 私は、わかりやすいように彼女が魔法をゆっくり発動してくれていることに気づいた。
 
「魔力の『収束』が完了したから、次は魔力の『放出』を行う。
 魔力球を遠くに飛ばすようにイメージしながら、魔力を解放する」
 
 ノムの視線が私から前方の空間に戻り、再びその横顔を堪能できる。
 瞬間。
 紫の魔力球が、前方へ勢いよく飛び出す。

《シュン!シュン!!》

 打ち出された魔力球が、紫色の2つ風の刃(やいば)に、その形を変える。
 まるで、何もないところから、2発の剣撃が繰り出されたようだった。 

 感嘆の念が、口からだらしなく漏れ出す。

 それにしても。
 ほんとうに。
 この少女は何でも簡単にやってのける。
 魔法発動までの間、終始無言、無表情。
 呼吸をするように、とはこのことだ。
 
「魔法を発動するときって、詠唱とかしないの?
 『台地を貫け!ノム・ボンバー!』。
 ・・・。
 的な掛け声でもあるかと思ったけど」

「ノム・ボンバーって・・・」

 『何言ってんだお前』、とでも言いたげな、冷ややかな嘲笑を浮かべるノム。
 正直、自分でもよくわからない。
 疲れてるのかしら。
 あまり深い意味は考えないで欲しい。

「私は詠唱はしないから。
 高い集中力が必要な、大規模な魔術を発動するときは別だけど」

 『詠唱を行うことがトリガーとなり魔法が発動される』と考えていたが、そうではないらしい。
 若干、残念。
 
「ただ、『詠唱したらダメ』、というわけではない。
 やってもいい。
 そこは個人の自由」

 どうやら気持ちの問題らしい。
 じゃあ、私は詠唱やります!

 ・・・

 が、しかし。
 ノムは詠唱しない、ということは、詠唱のセンテンスは自分で考える必要がありそうだ。

 ・・・

 めんどい。
 やっぱやめよう。
 魔法名を叫ぶ程度にしよう。

「ちなみに、今私が使ったのは、『エーテル』という魔術」

「そのまんまだね」

 先ほどの魔法は、エーテル属性の『エーテル』という魔法らしい。

「もしくは、エーテルウイングか、エーテルウインドか、リトルシザー」

「どれですか」

「いろんな魔導書があって、それぞれで違う呼び方をされている。
 でも、どれも単純にエーテルを放出しただけだから同じ魔術」 

 つまり、どれでもいいらしい。

「エーテルウイングがいいっす」

 理由は魔法名を叫んだときの言葉の響きが良いからである。
 私はそういうの大事だと思う。

「御自由に」

 語感から、どうでもいいですよ感が伝わる。

 ・・・

 僅かな静寂を経て、本題に入る。

「お手本は見せたから。
 次はエレナがやってみて」

 ぬぅーん・・・。
 『エーテル』。
 先生に見せてもらったその魔法。
 それが発動されるシーンを、頭の中で再生する。
 次に、そのシーンの登場人物を、先生から私に変更して、再度再生する。
 ・・・。
 正直、発動できる気が、全くしない。
 が。
 魔法を発動できるまで、宿に帰してもらえそうにない。
 選択肢が1つしかないのなら、覚悟も観念もしやすい。

「まあ、とりあえずやってみるよ」

 弱々しい笑顔で肯定の意思を伝えると、彼女も顔を縦に微振動させて答えてくれる。
 私の笑顔はすぐに消え。

 集中・・・

 魔力の収束を開始。

 ゴーレム戦でのバーストの魔法発動と同じ動作。
 右手を前に突き出し、そこから体内の魔力を体外に解放していく。
 合わせて私は、脳内を、先ほどのノム先生のお手本、エーテル発動開始から完了までの映像で埋め尽くす。

 草原に吹く風、陽光の温かさ。
 それらを可能な限り無視して、魔力の収束に集中する。

 ・・・
 
 視覚情報に対して、心臓が反応する。

 伸ばした手の先。
 魔力収束位置。
 淡い、淡い、青色の光。

 収束を続行。

 すると、程なくして、青色が、濃く、鮮明なものになる。

 えっ?
 えっ?

 これ、できてるんじゃない?!
 一発成功しちゃうんじゃない?
 私才能ある?
 たしかにノム先生も、私には魔術の才能がある、と言っていた。
 昔ね。
 最近は、ほめてくれないしね。
 私はほめられて伸びるタイプだと思いますよ。 

 ・・・。

 脱線しかけた思考を無理やり戻す。
 思考脱線の間にも魔力収束は継続されており、『コア』と呼んで遜色ない、林檎サイズの青色の魔力球が形成され、美しく煌(きらめ)いていた。

 完成した魔力球を、ゆっくり眺めていたい。
 そんな気持ちの一方で、魔力球をこのまま留めておくことは難しく、今にも暴発してしまいそうだった。
 早く放出を!

「エーテルウイング!!」
 
 私は、先ほど教えてもらった魔法名を叫ぶ。
 と同時に、魔力球を全力で前方に放った。

《バキッ! ババババババッ!!》

 激しい炸裂音が響き、青い稲妻が私の目の前で弾け乱れ舞う。

 ・・・

 『炸裂音』?
 『稲妻』?

 あれ?

「できたの?」

 教官に視線を送り、回答を求める。

「できてない。
 今の魔法は『スパーク』。
 エーテルではない」

 やっぱり、違った。
 手応えはあったが、既視の感覚はなかった。
 ノム先生のお手本と全然違う。
 どうにかして、今のがエーテルだったことにしてもらえないかしら。
 
「スパークって、雷の魔法?」

「そう。
 エレナは雷術系が得意だから、自然と発動したんだと思う」

 既視の感覚はなかったが、手応えはあった。
 発動した雷の魔法の威力の強さは、素人目で見ても明らか。
 ゴーレム戦で発動させた火の魔法、それよりも数段高火力。
 エーテル発動に失敗したことは、もはやどうでもよい。
 このスパークという雷の魔法は、実戦で使える。
 先の闘技場で苦戦を強いられた私は、実用的な攻撃手段を習得できたことを、素直に喜んでいた。
 この魔法の別称も聞いておきたい。
 そう思いノムを見つめると、彼女は何かニヤニヤしていた。
 何?

「発動時に術の名前を言うのはやめたほうがいい。
 『エーテルウイング』って叫んでおいて、『スパーク』の魔術が発動したら、結構恥ずかしい」

 久しぶりに笑っている彼女を見た気がする。
 『やめたほうが良い』と言われたが、『おもしろいから許す』というふうにも聞こえた。
 
「そうですね」
 
 淡々と答え、私はスパークの別称を聞くことを取りやめた。

「エレナ。
 今日はエーテルの魔法が発動できるようになるまで、宿には帰れないから」

 いまだニヤニヤしている彼女から、予想通りの帰れません宣言が発令された。
 今日はここで野宿かな。
 脳内に浮かんだ現実になりそうな冗談をかき消して、新術エーテル習得に向けたチャレンジを再開した。





*****





 夕刻。
 山並みに掛かった太陽は赤く、雲が燃えて。
 帳(とばり)が降りつつ、上空は深い青。
 赤から青のグラデーション、めっちゃ好き。

 が、しかし、ここまで。
 エーテルの魔法が発動される感覚は皆無。
 空の赤は哀愁、青は憐憫。
 天を仰ぎ、現実逃避。
 嗚呼。
 帰りたい。

 魔術発動が失敗するたび、私は『暗くなる前に帰ろう』と提案する。
 が、『まだ大丈夫』と、はぐらかすノム先生。

 その後、いよいよ辺りが暗くなる。
 遠くに見える街の明かりだけが頼りなく私達を照らす。

 もう、いいでしょ。
 私は『暗くなったし帰ろう』と提案する。

 もし、ここでも、『まだ大丈夫』と応答されたならば、大丈夫である、その理由を問いただそう。
 魔術発動の動作も暗くて確認をとりづらく。
 何より、夜はモンスターの活動が活発になる。
 最悪、不死系モンスターに襲われるかもしれない。
 論理完成。
 私は、『もう退かない』という強い意志を持ちノムを見つめる。
 
「グロウライトの魔法を使う」

 そう呟(つぶや)くと、先生が掲げた杖の先に、強烈な光を放つ魔力球が出現した。
 直視できないほど眩(まぶ)しい。
 辺りが突然明るくなった。

「グロウライトは暗闇を照らすことのできる魔法。
 これで、『暗くなったから帰る』という論理は通用しない」

 ほんのりドヤっている青髪。
 論理性があってもノムには通用しないけどね。
 




*****




 
 何度繰り返しても、エーテルではなく、スパークの魔法が発動される。
 夜空に瞬(またた)く星達からも、憐れみの視線を送られているような。
 そんな謎の感覚が生まれるほどに、
 私、たいぶん、くたびれている。

 前進と言えば、魔法放出が完了する前に、魔力球の色が青であった時点で失敗だ、とわかるようになったことくらい。

 ・・・

 これ、もう無理なんじゃない。
 私は、『できない人は一生できない』、というノムの言葉を思い出した。

 訓練開始から32回目。
 魔力収束を開始。
 なかばやさぐれていたい私は、収束された魔力球が紫色であることに気づかなかった。
 その魔力球は、放出と同時に紫の刃に形を変え、空間を切り裂く。

 ・・・

 やっと、終わった。
 
 エーテル発動成功の喜びよりも、疲労感が勝る。
 『帰ろう』。
 その気持ちが伝わるように願いながら、無言のままノムを見つめる。
 
「お疲れ」

 気持ちが伝わったのかは不明だが、ノムが労(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。
 よかった。
 帰れそうだ。

 が、しかし。
 今、発動に成功したエーテルの魔法だが、明日にはまた使えなくなったりしないのだろうか?
 考えるとぞっとする。
 
「一度発動に成功したら、その感覚を忘れないから大丈夫」
 
 私の不安感を察したのかわからないが、ノムがフォローを入れてくれる。
 『エーテル』の魔法発動には、苦戦を強いられた。
 しかし、代替で発動された『スパーク』の魔法は、一度も失敗していない。
 それどころか、発動を繰り返すにつれ、魔法の威力も高くなり、放出で、より遠くに魔法を飛ばせるようになっていた。
 高威力で実用的な魔法が、いい感じに仕上がった。
 たった1日で。

「でも、スパークは魔力消費量が多いから、大変だったはず」

「一発放つたびに、体がぐっとだるいんだよね」

 体内の残り魔力量というものは、人間の気力にも対応するらしい。
 魔力切れギリギリで魔法を発動し続け、今の私は、いろいろと磨り減っている。

「体内の魔力は時間が経つと自然と回復していく。
 これを『魔力回復力』という。
 エレナはまだ魔力回復速度は極低速。
 数発の魔術使用で、すぐ底が見えてしまう。
 でも、これが成長すると、魔術を連発できるようになる。
 魔術師にとって、とても重要な能力」

「魔力回復力の低さは、今自分が一番実感してます。
 もう『出せ』と言われても、何もでません」

「単純に、肉体的に疲れてる、という理由もあると思う。
 魔力が残っていても、術者の身体機能が伴わないと魔法を発動できない」 

 申し訳ないが。
 ノムの言葉があまり頭に入ってこない。
 早く帰って寝たい。
 その前にごはん食べよう。
 がんばったから、今日は少しくらいいいもの食べたい。
 が、お金がない。

 ・・・

 お金?

 ・・・

 あれっ?

「うわーーーっ、闘技場の賞金、もらい忘れた!!」

 私は、疲れも忘れて叫ぶ。
 今からでもまだ間に合うのか?
 いや、間に合え!

「大丈夫。
 今日出場したランクでは、賞金、でないから」

「でねぇのかよ!」
 
 落胆と苛立ちと絶望が交じり合った不快で吐き気を催(もよお)す。
 っていうか、『大丈夫』って、何が大丈夫か全然わからん!
 
「賞金が出てたとしても、新しい武器を買わないといけないから。
 無駄遣いはさせない」

「今日、武器買ったじゃんか」

「上位のランクの敵相手にそんな武器じゃ、即死。
 エレナが強くなるに連れて武器も合わせて強くしていくから。
 逆にエレナが弱いのに、見合わない強い武器を持っていても使いこなせない」

 私が強くなり、より高い報酬がもらえるようになればなるほど、高い武器の購入が必要。
 ・・・。
 新手の詐欺かな?
 そんなことを考えながら、魔術師修行1日目が終了した。

 



*****

 



「どうだったー?」

 私はノムに尋ねる。
 次の日、私は休む間も与えられず、闘技場の次のランクに挑戦させられた。
 やけくそ!
 ただ、新しく覚えたスパークの魔法と、少し慣れてきたバーストの魔法のおかげで、特に何の苦労もなくクリアすることができた。
 昨日から、たった1日でこの成長っぷり。
 さぞ、ノム先生も関心していらっしゃるだろう。
 お伺いを立てる。
 が、見て取れるのは、『可もなく不可もなく』とでも言い出しそうな微妙な表情だ。

「ちなみに私、ほめられて伸びるタイプ」

 暗黙的に『ほめろ』と伝える。
 するとノムは、

「よかった」

 と、感情が欠如した声で短く言った。

「どうもー」

 私も感情が欠如した声で返す。

「っていうかさー。
 エーテル使いにくい。
 スパークとかバーストのほうがいい。
 というか1つの属性だけ強くすればいいんじゃない?」
 
 戦闘開始前、私はノムから『できるだけ、エーテルの魔法を使うように』と指示を受けた。
 しかし、使ってはみるものの、明らかにスパークやバーストの魔法のほうが被ダメがでかい。
 結局、途中から使わなくなってしまった。

「そういう考えの人も多くいる。
 例えば、炎だけ強化した術師は炎術師って言われたりする。 
 でもエレナは炎あんまり得意じゃない」

「んじゃあ雷!
 私って雷属性得意なんだよね!」
 
 『雷術師エレナ』みたいな!
 ちょっとかっこいいかも!

「雷術は制御性に難がある。
 今回の相手のような雑魚ならまだしも、強敵相手だと、制御操作が追いつかずに攻撃が当たらない。
 まず、『制御』の技能を強化する必要がある。
 でも雷術を使用しても『制御』の技能が成長しづらい。
 ので、他の属性の術で、制御力を鍛える必要がある。
 『制御』の技能向上には、特に封魔術が効果的」

 それなら早く、その『封魔術』とやらを教えて欲しい。

「私は『封魔術』、得意なの?」

 期待と不安を込め、そう尋ねる。
 すると、

「普通」

 という、釈然としない回答が帰ってきた。
 普通って何かね。




















Chapter3 収束・放出・制御




「うーん、・・・うに・・・。
 痛、痛い痛い!」

 頬の辺りに痛みを感じる。
 最初は睡眠欲のほうが勝り痛みを我慢していたが、時間が経つに連れ痛みが強くなってくる。
 何事?

「起きた?」

 お前か。
 聞き覚えのある抑揚のない声。
 寝起きで頭が回らない中でもハッキリわかる。
 
「人を起こすときはやさしく揺すって起こしてほしいんだけど。
 ほっぺたをつねるんじゃなくて」

 眠い目を擦りながら、近くにいると思われる青髪に対して要望を出す。
 『もう少し寝させて欲しい』とか『常日頃からもう少し私にやさしくしてくれてもいいんじゃない?』などの要望も浮かんだが、どうせ全部聞いてもらえないので黙殺する。

「今日は新しいこと教えるから。
 さっそくはじめる」

 私が寝起きであることはお構いなしに本日の授業が開始されそうだ。
 寝起きだと人間の脳の真の実力が発揮されるとでも思ってんの?
 新理論なの?

「先生、寝起きで頭が回りません」

 『とにかくちょっと待って欲しい』という気持ちを込め、そう伝える。
 伝われ!

「雷の魔法をくらうと目が覚めるらしい」

「『目が爆発する』の間違いじゃないの?」

 先生が冗談を言う。
 冗談でなければ洒落にならないので冗談だということにする。
 冗談でも怖い。
 おかげでしっかり目が覚めた。
 ・・・。
 今何時だろ?

「うーん、でも朝ごはん食べたいよ」

「もう昼」

 闘技場の疲れからか、私はかなり長い時間眠っていたらしい。

「あれ、ほんとに?
 それじゃあ、なおさら食べに行こうよー」

 遊んで欲しい猫のような視線で訴える。
 うるうる。
 これが効果あったのか、私は講義の前にご飯を食べることを許可された。

 



*****





「魔術の使用に関し、『収束』『放出』『制御』という3つの技能が重要になる」

「食事中っすけど」

 私がパスタをくるくるしていると、唐突に授業が始まる。
 何?
 ここでやんの?

「魔力を『収束』しコアを作成。
 コアを『制御』して形を整え、そして魔力を『放出』する。
 『収束』『放出』『制御』。
 この3つの技能が伴わないと、上位の魔術を使うことはできない」

 講義が難しい領域に突入する前に延期に持ち込もう。
 より論理性の高い言い訳を構築する必要がある。
 ・・・。
 こんなのでどうでしょうか?

「ノート持って来てないから後じゃだめ?」

「メモ紙あげる」

「用意いいなー、残念」

 ノムの用意周到さに私が観念すると、授業の続きが始まる。

「3つの能力を1つづつ詳しく説明する。
 まず『収束力』に関して。
 『収束力』は『コアにどれだけ多くの魔力を集めることできるか』ということに対応する。
 もちろん収束できる魔力量が多いほど威力が大きくなるので、収束力は魔術攻撃力に大きく影響する。
 上位の魔術を使うには、魔力を多量に収束する必要がある。
 でも、エレナみたいな魔術初心者が、自身の収束力を超過する魔力をコアに集めようしても、それ以上コアの魔力量は増えない。
 また、もしもそこで無理やり収束量を増やそうと無理をすると、コアの魔力が暴発してしまい非常に危険」

「そんなことはしません」

「でも魔法を使っていれば、次第に強くなっていくから大丈夫。
 次に『放出力』に関して。 
 『放出力』は『収束した魔力を、どれだけ強く、遠くに、広く発射することができるか』ということに対応する。
 この能力も魔法威力に影響するし、また効果範囲にも強く影響する。 
 放出力が高いと、同じ属性の魔術でもいろいろなバリエーションのものが使えるようになる。
 逆に放出力が低い場合、魔術を遠くで発動できず術者自身の近くで発動してしまい巻き添えを食らう形になる可能性があり危険。
 でも魔術を使っていれば次第に強くなっていくから大丈夫」

 休む間もなくノムが説明を続ける。

「最後に『制御力』に関して。 
 『制御力』は『収束・放出をどれだけ自由に操作できるか』ということに対応する。
 例えば・・・。
 前も言ったけど、雷系の魔術を使うには制御の能力が高くないといけない」 

「暴発して危険なんでしょ」

「危険なのもあるけど。
 上位の雷系魔術は制御が難しくて、敵に攻撃が当たらずに使い物にならない。
 魔力をムダに消費するだけになる。
 逆に制御力が高いと、様々なバリエーションの魔術が使えるようになる。
 制御力も魔術を使っていれば次第に強くなっていく」

 なるほど。

「つまり魔法をこれでもかっていうほど使え、ってことでいいの」

 やることは単純そうだ。

「そう。
 でも注意が必要なのは、『使用する魔術の属性によって3能力の成長スピードが異なる』ということ。
 例えば、炎の魔術は収束力が向上しやすい一方で制御力が向上しにくい。
 光の魔術は放出力が向上しやすい。
 満遍なく成長させたいなら、複数の属性の魔法を使っておく方がいい。 
 3つの能力が伴ってきたら新しい魔法を教えるから」

「おおっ!
 それは楽しみかも」

 またまた、習得に苦労しそうだが。
 戦闘に有用な魔術が増えるのは素直にうれしい。

「今からは闘技場のエントリーや、武具店での買い物も全部エレナに任せる。 
 だからまずはこの3つの能力を全部少しづつ強化してきて。
 ある程度強くなったかなと感じたら私に声をかけて。
 そうしたら、成長具合をチェックしたうえで次のステップに進むから。
 もちろん、わからないことがあればすぐに聞いてくれていい」 

 昨日までの管理社会から一転、自由度が数次元上昇した。
 ノムの教育方針がよくわからん。
 
 白紙のメモ紙を見つめながら、パスタの最後の1本を啜(すす)る。
 顔を上げると、『お前ちゃんと話聞いてたのか』みたいな顔をした先生と目が合った。
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 【魔術補足】 コア、収束法
 
 
 
 
「エレナ、今時間ある?」

「どしたの?」

「魔力の収束に関して補足しておこうと思って」

「あー、うん。
 じゃあお願い」



*****




「魔術を発動する前、魔力は術者の体内に存在する。
 そしてそれは、プレエーテルとなって体外に排出される」

「うん」

「術者は、排出されたプレエーテルを、空間中の1点を中心として集める」
 このとき、魔力が集まる、その中心をコア、もしくは核と呼ぶ」

「コア、ね」

「次に、収束時のスタイル、収束法について。
 エレナの現状の魔力の収束法は『前方掌(しょう)収束』。
 前に突き出した掌(てのひら)の前にコアを作る」

「旅の途中でノムに教えてもらった収束方法だよね」

「これは最も単純な収束のスタイル。
 これ以外にも様々な収束法が存在する。
 例えば・・・
 掌を寝かせてその上に魔力を乗せるように収束する『上方掌収束』。
 指先に魔力を集める『指(し)収束』。 
 両手を使う『双掌収束』。
 手を交差させる『交差収束』。
 手を胸の辺りに持ってきて祈るようにする『祈祷収束』。
 などなど、いろいろな収束法がある」 

「ノムはどの収束法を使ってるの?」

「いろいろな収束法を使い分けている。
 魔術の種類によって適する収束法があるから。
 ただ、今までの例は武具を用いずに収束する場合の話。
 私は基本的には杖を使って魔術を発動するから。
 杖やその他の武具を使う場合は、収束法が違ってくる」 

「武具を使う?」

「現状、エレナは槍を武器として使ってるけど、魔法は武器を持っていない方の手の掌に収束させている。
 一方、私は杖に収束させている」

「杖に収束・・・」

「杖の利点の1つは、コアを作る手助けをしてくれること。
 コアを素早く構築できれば、それは魔術発動スピードが早くなるということ。
 初心者のうちは、このコアの元、種火、シードと呼ばれるけど、これを構築することに苦労する。
 シードさせ構築できれば、そこからの魔力収束は比較的スムーズにいく。
 エレナ。
 私の杖の先には、宝石がついてるよね」

「うんうん」

「杖に付加される、こんなような宝石、鉱石も、同様にコアとか核って呼ぶんだけど。
 この杖のコアの中で魔力のコアを作ることで、より効率的にコアを生成することができるの。
 この杖は特に性能がいいから、杖を使うのと使わないのでは、収束スピード、威力、消費魔力が全然違う」 

「でもさー。
 杖のコア部分に、重ねて魔力のコアを作るんだよね?
 ということは、例えば火の玉を作る魔法を使うときは、杖の長さ以上の火の玉を作ると手が燃えちゃうよね」
 
「その考えは誤り。
 魔術発動時に難しいのは、コアの種火を作ること。
 だから、その種火だけ杖の核で作るの。
 その後に、杖のコアか魔法のコアを動かして2つを離した後、魔力のコア、エレナの例でいうと火の玉を大きくしていく」 

「うーん、なるほど。 
 でも、杖のコアの中で火の玉の火種を作るんだから、その火種で杖が燃えて劣化しちゃうんじゃないのかな」

「杖のコア内部で魔力のコアを生成する段階では、まだ攻撃エネルギーの状態でなく『プレエーテル』の状態なの。
 だから大丈夫」

「そっか。
 コアの段階ではまだプレエーテルだから、まだエネルギーを持たないのか」 

「厳密にはちょっとちがう。
 エネルギーは持つの。
 攻撃可能ではないエネルギーを持つ。
 プレエーテルの状態では魔力が希薄だから、という意見もあるけど、
 私の考えでは前者が正しい」

「うーん。
 わかったけど、不思議だ」

「不思議と感じるのは私も同じ」

「なんか、だんだん杖が欲しくなってきました」

「次は杖以外の武具を使う場合の話。
 斧や槍などの武器の場合は、『集める』よりも『流す』というイメージのほうが強い」

「魔力を流す・・・。
 ・・・武器にだよね」

「特に品質の高い武器の場合は、体内から武器伝いに流した魔力が、武器の先端、攻撃部位に溜まるようにできている。
 ただ残念ながら、今エレナが所持している武器は安価なものだから、自分で制御しないといけない」

「武器に魔力を流したことさえないですが」

「なので斧や槍の場合は『流して集める』が基本。
 あーでも。
 やっぱり今は流したらダメ。
 武器が劣化するから。
 最悪、壊れて使えなくなる」

「どうやったら壊れなくなるの?」

「武器なしでの収束、制御、放出の反復練習を繰り返す」

「おー!
 つまり今やってることなんだね」

「そのとおり。
 話はここまでだから、さっそく闘技場に行って練習してきたら?」

「よっし!
 行ってきます!」
 
 
 
 
 
 ***** ***** *****
 
 
 
 
 
 私が初めて挑戦した闘技場のランクは、賞金の出ないランクQ。
 スパークとエーテルの魔術を習得した後に出場したのが、1000$(ジル)程のわずかな賞金の出る闘技場ランクP。
 ランクが上がるたびにアルファベットが若くなる。

 現状で私が使える『バースト』『スパーク』『エーテル』の3つの魔法を反復使用することで、ノムに教わった『収束』『放出』『制御』の3能力を向上させる。
 この目的を心に刻み、私は闘技場ランクPに再エントリーした。
 相手のモンスターは最低ランクのランクQとほぼ同じ。
 3戦目で戦ったゼリー状のモンスターの色がオレンジ色であった程度の違いだ。
 槍と魔法を使い分ける戦い方に慣れてきた私は、苦戦することなく勝ち進んだ。

 勢いに乗り、次の日には、次のランク『O(オー)』にエントリーする。
 青色とオレンジ色のゼリー状モンスター、&、やる気のない顔をした巨大なモグラのモンスターをあっさりと撃破。
 そして、ラスト。
 ランクQ、Pでも相手にしたエーテルゴーレムが登場。
 外面は同じだが、前ランクと比べると、動きが数段機敏になっていた。
 ゴーレム製造に使われている素材がいいのかしら。

 などと簡単な考察を行ったのち。

 戦闘開始。
 その瞬間、私は装備武器の槍を場外に投げ捨てる。
 邪魔。
 突撃してくるゴーレムを持ち前の敏捷性でもって対処しつつ、エーテル、バーストの魔法を続けざまに浴びせる。
 最後にスパークの魔法を直撃させると、ゴーレムは動かなくなった。

 エーテル、バースト、スパークの魔術は完璧にマスター。
 戦いにも魔術にも、それなりに自信が付いてきた。

 使うほどに、その魔術の個性がわかってくる。
 エーテルの魔術が一番射程が長い。
 他の2つに比べると攻撃力が低いが、敵が近づいてくる前に先制攻撃できる利点は計り知れない。
 スパークは消費魔力量が大きいが、その分攻撃力が高く、初撃で使うと一気に相手の体力を削れる。
 射程は若干短め。
 バーストはその中間といったところか。

 さて。
 『収束』『放出』『制御』の3能力も、もう十分に成長していることだろう。
 などと、明確な根拠もなく確信する。
 受付で賞金の1500$(ジル)を受け取り、私はノムの待つ宿に向かった。





*****





「うーん」

 お宝でも鑑定するかのように、ノムが私を舐め回すように観察する。
 鑑定やいかに。

「そこそこ強くなったみたいだね」

 合格の査定結果をいただいた。
 ただ、よくわからない。
 魔術をノムの前で使って見せて、威力や放出距離、発動速度なんかを確認されるのかと思っていた。
 見ただけでわかるの?
 適当なこと言ってない?
 が、いろいろいちゃもんを言って合格取り消しになるのも嫌なので、気にしないことにする。

「たくさん魔法使ったし。
 強くなった実感はあまりないけど」

 多少なり強くはなったとは思うが、ノム先生と比較すると、その成長量は誤差レベル。
 強くなったと言ってよいのか。

「じゃあ、チェックする」

「チェック?」

「どれぐらい強くなったかチェックする」

「どうやって?」

 先の私の考察の通り、魔術の実技試験が始まるのかしら。
 なんか緊張する。

「来ればわかる」

 そう言って宿を出る先生。
 そこはかとなく嫌な予感。
 が、しかし、追従するしか選択肢はないようです。





*****





 街外れの草原。
 先日、エーテルの魔法を習得したときと同じ場所で。
 先導していたノムが振り返り、私も立ち止まる。

 その後、しばらく無言。

 何?

 たっぷり間を取って、その後、ノムが杖の先端を私の顔に向けてきた。
 一瞬、思考停止。
 その直後、体のいろいろな部分から脂汗がにじんでくる。

「私が相手する」

 ノムが臨戦態勢です!
 やられた!
 殺られる!

「殺すつもりじゃないよね!」

 最低限の確認。
 その他数点聞きたいことはあったが、その前にノムが回答する。

「もちろん手加減する。
 じゃあスタート」

「っていきなり?!」

 問答無用とはこのこと。
 脳内整理と覚悟の暇なく、昇級死験が始まった。




*****



 私達2人の間に涼やかな風が吹き抜ける。
 『もしかしてノムが発動した風の魔法では』という考えが一瞬反射的に浮かび、戦慄を覚える。
 闘技場初日を超える、圧倒的恐怖。
 
 ノムは1歩も動かない。
 『先に魔法を使え』という、無言の圧力。
 時間経過のみで、精神的に擦り減る。
 
 ・・・。

 どうせなら。
 彼女の驚く姿を見てみたい。
 そんな。
 命知らずの戯言(たわごと)が。
 頭の中をかけ巡り。
 私は。

 私は!
 ノムに向かって走り出す。
 槍を両手で扱う。
 左手は添えるだけ。
 右手に力を込める。
 
 槍は囮。
 一定距離まで近づいたところで槍をノムに向かって投げ、彼女がひるんだ隙に一気に間合いを詰め、回避困難な近距離でスパークの魔法を直撃させる。
 以上の作戦を脳内で復唱しながら、青髪魔術師との距離を縮め。

 射出位置!

 右手を引き、槍を投げる体勢に・・・



<<ドーーーーーーーーーン!>>



 入ろうとした私の体は、進んできた方向と逆方向に吹っ飛んだ。
 耳を劈(つんざ)く爆発音と、雲1つない青く澄み渡った空を知覚する。
 それ以外の情報を取得できないまま、私は意識を失った。





*****


 


「どこが手加減したんだよ!
 私、瞬殺されたし!!」

 夕日に照らされた草原に、私の怒号が響き渡る。
 意識を取り戻した私は、いまだ本調子ではない脳をフル稼働して情報整理を行い、『ノムが手加減しなかった』という結論に達した。
 いくらなんでもあんまりだ。
 
「手加減しなかったら死んでる」 

 手加減の有無の問題ではなく、手加減の定義の問題だ。
 手加減すりゃいいってもんじゃない。
 教え子を爆発魔法でぶっ飛ばす先生とか、倫理上大丈夫なの?
 
 それにしても、たった1撃で終わらされてしまった。
 こちらは魔法の1発も発動できなかった。
 さすがにこれでは・・・

「で、チェックの結果は、まあダメだったと」

「いや、合格。
 ちゃんと強くなってる」

「なんでだよ!!
 わたし、ほぼ何もしてないじゃんか!」

 意味不明。
 理解不能。
 ノムは私の何を確認して合格と言っているのか?
 半殺しにされたのだから、説明くらいして欲しい。

「大丈夫、なんとなくわかる。
 それに楽しかったし」

「『それに楽しかったし。弱者をねじ伏せるのが』
 って聞こえたけど」

 もしかしてノムって、嗜虐的なアレなの?
 趣味なの?
 もしくは、ストレスたまってるの?
 私が言うこと聞かないから?
 明日から、もう少し頑張ろう。
 死にたくないし。
 
 ノムが街の方角に体を向ける。
 どうやら試験はこれで終わりのようだ。
 1歩2歩歩いたかと思うと、ノムがこちらを振り向いた。

「明日からは次のステップ。
 次は、今回よりもさらに重要な内容だから。
 楽しみにしてて」

 私をおいて帰路につくノム。
 橙色の哀愁。
 草原に尻を吸われた状態で、その背中が小さくなっていくのを見つめる。

「わたし、ステップごとに半殺しにされるのかな?」

 いつも無表情な少女の浮かべる微笑(びしょう)にいやらしい何かを感じ、私はそうつぶやいた。




















Chapter4 四元素魔術




「ノム大先生!
 昨日、先生にやられた傷が痛みます。
 どうにかなりませんか?」

 容赦のない爆撃を受けた体が悲鳴を上げ、私は半(なか)ばキレ気味で訴える。

「そんなの、たいした傷じゃない」

 『甘えんな』、的な返答が帰ってくる。
 くっそ!
 いつかノムより強くなって仕返ししてやる!

「回復魔法ってないの?」

 ふと気付き、何気なく尋ねる。
 ない、か。
 もしあるのなら、とっくにノムが私に使ってくれてるはずだし。

「あるけど」

「えっ、あるの!?
 あんの?
 はやめに教えてほしいんだけど!」
 
 『はやめに』というか、今教えて。
 いつになく真剣な視線でノムを見つめて懇願する。

「無理」

 あきらめんなよ!
 お前ならできる!
 その思いを、顔面で表現する。

「治癒術は高等魔術の中でも難しい部類。
 教えるのは、まだまだのちのち」

「そんなに難しいんだ」

 『高等魔術』というのがハッキリとしないが。
 いまだ私が使える代物ではないことは伝わった。
 一気にテンションが下がる。
 まあ、そんなもんだよね。
 へっ。

「治癒術を習得するには、魔導術と封魔術、両方を使いこなせる必要がある。
 今のうちから、この2属性を強化しておくべし」

「2つ?
 治癒術は魔導術と封魔術、どっちなの?」

「合成術」

「合成術?」

「2つの属性を混ぜて使う魔法。
 でも、これはもう少し先の話題。
 今は覚えなくていい。
 今日は別の話をするから。
 重要な話題」

 ノムってやっぱり詳しいんだなー。
 って、私が知らないだけか。
 治癒術や合成術、新しいキーワードが浮上し、いろいろと思考を巡らせたおかげで、体の痛みを少し忘れることができたようだ。
 『重要』という単語を受け、私は魔道学概論のノートを用意する。

「今日は『四元素魔術』の話をする。
 四元素魔術は、この前話をした、『炎』『光』『風』『雷』の4属性の魔術のこと」 

「プレエーテルを『四元素変換』するんだったよね」

 現状、私は『炎』『雷』の2属性の魔術が使える。
 今日は『光』『風』の属性の話も聞けるのだろう。

「そう。
 炎なら炎の変換、風なら風の変換が行われる」
 実際は四元素変換エネルギーという特殊なエネルギーを、プレエーテルに付加し反応させることで実現される。 
 と、私が読んだ本には書いてあった」
 
 ノムの表情から、『それ以上のことはわからない』というフレーズを読み取る。
 私も『炎』『雷』の2属性を使えるが、それらをどうやって実現しているか、うまくは説明できない。
 話題を切り替え、ノムが説明を続ける。

「炎、光、風、雷ともに攻撃に特化した魔術と言える。
 けれど、各属性で、特性の違いがあるの。
 ここから、各属性の特性を説明していく」

「お願いします」

「まず、炎術(バースト)。
 別名には爆裂術、爆炎術、紅蓮術、紅(こう)術などがある」

 今後、光、風、雷の説明があることを予測し、私は表形式になるようにメモを取る。

「長所は使いやすさ、威力ともに高いこと。
 弱い敵が相手なら、炎術だけ使えれば十分。
 短所は誰もが使うが故に相手も炎術対策は万全にしてくるってこと。
 だから強敵相手には炎術だけでは敵わない事が多い。
 あと、制御の能力が成長しない」

 長所:使い勝手、威力◎
 短所:対策を立てられる
 とメモに書き込む。

「あと、エレナが比較的炎術が得意じゃない、っていうこともある」

「うー、なんかすいません」

 なんとなく謝ってしまった。
 ただ、今のところ私は炎の術に苦手意識はない。
 特にゴーレム戦で非常に重宝しており、最もお世話になっている術でもある。
 どちらかといえば好きな属性だ。

「次は光術(レイ)。
 別名は閃光術、光線術、桃(とう)術など。
 長所はない。
 でも短所もない。
 強いて言えば、炎術より扱いにくいけどバリエーションが豊富、みたいな感じかな。
 あと、放出の能力が高くないと使いこなせない」

 長所:バリエーション◎
 短所:炎術より使いづらい
 とメモに書き込む。
 
「次は風術(ウインド)。
 別名は風刃術、碧(へき)術など。
 長所は魔力消費が少なく、効果が広範囲に及ぶ術を使用しやすいこと。
 短所は威力がとても弱いこと。
 最初は威力が弱くて、あまり使えない。
 でも後々重要になってくるから、余裕があるときにコツコツと使っておくのがいい」 

「うーん、そうする」

 長所:範囲、消費魔力◎
 短所:威力×
 とメモに書き込む。

「最後に雷術(スパーク)」

「おー、きた」

 得意属性登場に、若干テンションがあがる。

「別名は炸裂術、雷鳴術、召雷術、蒼(そう)術など。 
 長所は威力。
 6属性中で随一といってもいい。
 短所は魔力消費の多さと、制御の難しさ。
 個人的な見解としては、最初のうちはあまり使わないでほしい。
 そう思ってたから、最初は教えないつもりだった。
 けど、エレナ、自然に覚えちゃったから」 

 長所:威力◎
 短所:消費魔力、制御×
 とメモに書き込む。
 私がエーテルの魔法を使おうとしてスパークの魔法を習得したことは、ノムにとって想定外のことだったようだ。

「他の魔法も自然に覚えたりすることがあるの?」

 期待を込めてそう質問する。

「十分にありえる。
 各属性と3技能が熟練してくれば、より高度な魔術を自分で習得できる。
 でも最初のうちは、私が1つ1つ教えるから」

 そう言うと、ノムは魔導学概論を開くように指示を出す。
 ページをめくっていくと、そこに私のものではない筆跡を発見。
 ノム先生がこっそりと事前準備してくれていたらしい。
 いつの間に書いてたのか。
 全く気付かなかったぞ。

「このページに、私が教える予定の魔術と、習得に必要と思われる能力、その必要レベルを記してある。
 そのレベルに達したと思ったら、本を持って私のところに来て。 
 新術を教えるから」

「おー、いろいろある!」

 各属性ごとに新しい魔法の名前、と思われる単語が列挙されている。
 真面目に取り組めば、これらをすべて習得できるのか。
 そう思うと、モチベーション、非常に高まる。
 私は魔術名、およびその横の属性名、数値、術の説明を1つづつ確認する。
 
 エーテル補収束 【魔導術】 魔3 収束5 制御2
   エーテル属性魔術の攻撃力上昇
 ファイアブレッド 【炎術】炎5 収束3 放出4
   炎の玉で攻撃する炎術
 レイショット 【光術】光4 収束2 放出4 制御3
   前方に短い光線を放つ光術
 ライトムーブ 【風術】風5 収束2 放出2 制御4
   術者移動速度向上
 サンダー 【雷術】雷5 収束4 放出4 制御5
   攻撃対象頭上からの強力な雷攻撃

 これらの数値が魔術習得に必要な各能力のレベルに対応しているのだろう。
 基準が不明だが。
 そんな私の考えを察したかのように、ノムが補足してくれる。 

「これらの数値は、私がこれらの魔術を習得したときに感じた各能力の必要レベルを、私の基準で決定したもの。
 相対的な値でしかないし、人によって多少変わってくる。
 あくまで目安程度」

 目安程度でも非常に助かる。
 ある魔法の習得に必要な技能がある程度でもわかれば、それに必要な修行の内容も絞り込むことができる。
 さすがは大先生。

「エレナがもう少しで習得できそうな魔術だけを書いてるから。
 特殊な能力が必要な魔術も存在するけど、そういうのは今回は書いてない」 

「うーん、どれ狙おうかなー」

 得意属性である雷術サンダーも捨てがたいが、私の長所の敏捷性を更に強化してくれそうな風術ライトムーブも是非早めに覚えておきたい。

「このうち1つを覚えたら次のステップに進む、ということにしよう」

 『ステップ』という言葉で、トラウマが想起される。
 新魔法で浮かれた心が一気に冷める。

「またノムにぶっ飛ばされないといけないわけ?」

 今後も、あの『昇格死験』という名目の一方的虐待が行われるのか。
 あれ、当たり所悪かったら、ほんと死んでたからね。

「今回はない。
 そのかわり、闘技場の次のランクに出場してチェックする。
 全員倒せたら合格」

「ちょっと安心」

 ノムと比べれば、闘技場のモンスターがかわいく思えてくる。
 不思議。
 『今回は』というところはあえて無視するが。
 ・・・。
 いや、ほんとに、『今回は』とかやめて。

「じゃ、さっそく闘技場行ってくるよ」

 新術習得に向け一気に高まったモチベーションを利用しない手はない。
 私は早速、闘技場へ出向くための準備に取り掛かる。
 ランク1つ上げても大丈夫かな?

「ダメ。
 今から、ウインドとレイの魔術を教えるから」

 2つも?
 エーテル習得のときの苦労。
 それが脳内で2倍され、自然と引きつった顔になる。
 が、すぐに新術習得の期待感の方が勝り、諦めたような微笑(びしょう)を先生に向けた。





*****





 風属性の『ウインド』の魔法は、端的に言えばエーテルの魔法の色違い。
 収束した緑色の魔力球が、放出とともに緑色の2つの刃(やいば)に形を変え、前方の空間を切り裂く。
 威力が低いか、はまだよくわからないが、消費魔力は低い。
 攻撃射程は、もう少し慣れてくればエーテルの魔術と同等かそれ以上になりそう。
 牽制目的の攻撃などにも使えそうだ。
 ちなみに、別称『エリアルシザー』『エリアルウィング』ともいうらしい。

 光属性の『レイ』の魔法は、端的に言えば『光弾』。
 収束した桃色の魔力球を、そのまま前方に向け発射する。
 攻撃力、消費魔力、射程ともに捉えどころがない性能。
 可もなく不可もなく。
 バーストのほうが消費魔力が小さく、かつ威力が高いように感じる。
 この魔法は、あまり使わないかもしれない。
 しかし、ノムの話では、『光術は『放出』の能力が成長しやすい』らしい。
 余裕があるときに使用しておくのがよさそうだ。
 ちなみに、別称で『レイブレッド』ともいうらしい。

 そんなまとめ解説を脳内で行ったとき、街の明かりとノムが発動するグロウライトの光のみが辺りを照らすような時間になっていた。
 結局、エーテルの魔術習得のときと変わらない時間になったし。

「つらかった・・・」

 単純で短めの感想が零(こぼ)れ落ちる。

「今日中に2つとも習得できたのは上出来」

 意外なことにノムに褒められた。
 これだけ苦労すると、喜んでいいのかよくわからん。

「よーし、ごはんくーぞー!」

 街まで帰る気力を振り絞るため、私は両手を突き上げて宣言した。
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 【魔術補足】 オーラ
 
 
 
 
 
「ノムってさー。
 なんで私が雷系属性が得意ってわかったの?」

「なんでと思う?」

「私に赤い紙を近づけると青く変色したからとか?」

「ちょっとおもしろい。
 実は、エレナから出てる魔力を感知したの」

「私から出る?」

「術師は体内に魔力を溜め込んでいるけど、その魔力は何もしない状態でもプレエーテルとなって体外に漏出するの」

「今この瞬間も、私の体からプレエーテルが漏れてるの?」 

「うん」

「それをノムが感知する・・・。
 ・・・。
 それって、いろんな人から放出される魔力が気になって、夜眠れなくなったりしないの?」

「漏出する魔力は微弱だから、感覚を研ぎ澄まさなければ感じ取れない。
 普通に生活する中では気にならない」

「ふーん」

「でも。
 強大な魔力を持つ術師が、近い場所で魔術を使っていたりしたら、話は別。
 とてつもない圧力、のようなものを感じる。
 このレベルならエレナでも十分感じられるはず」

「そういえば。
 この前ノムと戦ったとき、少し体が重い感じがしたかも」

「前者の完全に無意識に放出される魔力を『漏出魔力』、もしくは『気配』と呼ぶ。
 後者の魔力発動時に放出される魔力を『開放魔力』、もしくは『殺気』と呼ぶ。
 また両方に共通して『オーラ』という呼び方もある。
 これらを感じて相手の情報を得ることを『魔力感知』、『オーラサーチ』と言う」

「『オーラ』・・・」

「比較的大きな漏出魔力を感じ取れれば、付近に強敵が存在している、ということを前もって知ることができる。
 最初はいろんな人の漏出魔力が重なって、判断難しいけど。
 というより、神経を研ぎ澄ましても何も感じない。
 でも、ある程度のレベルのオーラサーチならば、そのうちできるようになるはず。
 ただし。
 逆は難しい」

「気配を消す、ってこと?」

「そう。
 気配を消すことを『オーラセーブ』と言う。
 気配を消そうとして魔術を使ったら開放魔力が放出される。
 故に、魔術を使わずに魔力を消す必要がある。
 でも、術者の魔力が大きくなれば大きくなるほど、術者が強くなれば強くなるほど、漏出魔力は大きくなり、オーラセーブの実現が難しくなる。
 だから、オーラセーブを完璧なレベルで実現できる人は世界全体でみても非常に少ない」

「へー」

「しかし。
 私はできる」

「おー」

「世界全体で見れば私の魔術攻撃力、戦闘力はまだまだ低い。
 上には上がいる。
 でも、このオーラセーブの能力のみに関しては、世界でも屈指のレベル。
 らしい。
 ただ、どうやって実現しているかはよくわからなくて、うまく説明できない。
 オーラセーブの訓練はしたけど、ただ念じるだけだから」

「そういえば・・・
 『おおっ、ノムいたのか!』
 みたいなことが何度かあったような!
 ノムの影が薄いだけと思ってた」

「まあ確かに影は薄いけど。
 でも魔術師は影が薄いほうがいい。
 悪目立ちする魔術師は、すぐ死ぬ。
 敵からも狙われやすい」

「さようですか」

「『炎帝と雷帝』って話聞いたことある?」 

「なにそれ?」

「遠い昔。
 世界一強い炎術師のことを炎帝、
 世界一強い雷術師のことを雷帝、
 と呼んでいた時代があった。
 多くの魔術師が、自分自身を炎帝、雷帝と自称していて。
 その中の一人。
 とある強大な魔力を持った炎術師が、己の力を誇示せんがために、炎帝と名乗る他の炎術師を殺していった。 
 同じ理由で、一人の雷術師が他の雷術師を殺していった。
 そして、彼ら以外に炎帝、雷帝と名乗る者がいなくなったとき。
 その2人は王国の騎士の手によって葬られ。
 最終的に、炎術師と雷術師が、誰もいなくなってしまった」

「・・・」

「というような。
 自分の力を妄(みだ)りに誇示すべきでない、という教訓を与えるための昔話。
 エレナが雷術師として強くなったら、ありえない話ではないかもね」

「なんか怖いね」

「そういえば。
 私がエレナの得意属性が雷系であるとわかった理由だけど。
 開放魔力中に微弱だけどエーテルや炎の属性に変換されてて出てくるものがあるの。
 その割合から、得意属性を判断している」

「得意属性って先天的なものなの?」

「半々、かな。
 どちらかといえば先天的だけど。
 生後の地道なる取り組みが、変異を産むこともある。
 だから、エレナの得意属性も変化する可能性もある」

「ふーん」

「ちなみに。
 術師の得意属性で一番多いのは炎系。
 これは以前話した気がするけど。 
 次はエーテル系。
 その次は風系。
 その下に封魔術系。
 更にその下に光系。
 一番少ないのが雷系」

「あれっ!?
 そうなんだ!」

「しかもエレナは炎系が不得意。
 これは、かなり珍しいタイプ」

「喜んでいいの?」

「もちろん!
 術師にとって、自分の戦力や戦術が相手に筒抜けになることは死活問題。
 だから少し特性が珍しいほうが自分の手を相手に読まれにくい。
 でも、その特性を真に活かすためには、もっと新しい魔術を覚えて戦術の幅を広げないといけない」

「うーん。
 結局今やってることにつながるのか」

「今日の話はここまでだから。
 魔術習得の条件を満たしたら私のところにきて」

「それじゃあ、闘技場に行ってこうかな」
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 新術習得に必要な5属性と3能力を向上させるため、私は闘技場Nランクに、複数回、出場を続ける。
 このランクから、攻撃力の高い大型の蛇のモンスターや、槍を扱うコボルトが相手に加わり、苦戦を強いられる。
 が、出場を繰り返すたび、覚えたての光術や風術を使う余裕が出てくる。
 『エーテル補収束』。
 『ファイアブレッド』。
 『サンダー』。
 『ライトムーブ』。
 出場を繰り返すたび、ノムから新しい魔術を教えてもらい、さらに戦術に幅が出てくる。
 最後に『レイショット』を教えてもらった時点で、私は合計10個の魔法を使えるようになった。
 
 『じゃあ次のランクに出場してみようか』。

 全ての術を覚えた私は、ノムの指示により次のランクMに挑戦する。
 ランクMは、初の5連戦。
 しかし、4戦目までは前ランクと同じ相手。
 問題なし。

 最終5戦目で登場したのは、色違い。
 灰色のエーテルゴーレムだった。
 紫色、これまで相手してきたゴーレムと比べ、より物理防御力が高そう。
 体躯に使用される金属素材の重厚感が、一段増している、ように感じる。
 しかし。
 硬かろうが、攻撃が一撃必殺であろうが、やることは変わらない。

 私は武器の槍を通例どおり場外に捨てると、ライトムーブの魔法で敏捷性を高め、攻撃回避に備える。
 その後、突進攻撃を躱(かわ)しながら、バースト、および新しく覚えたファイアブレッドの魔術を立て続けに被弾させる。
 先の予想通り硬く、なかなかダウンを奪えない。
 しかし10発目の炎術を直撃させると、ゴーレムはその動作を停止。
 私が軽く息を吐くと、勝利を告げるアナウンスが闘技場に響いた。
 
 受付で賞金の3000$(ジル)を受け取とり、勝利報告のためノムの待つ宿に向かう。

 ・・・。

 つもり、だったのだが。
 闘技場を出てすぐのところで、私を待ち伏せしていたと思われる青髪少女を見かけた。
 なんでいんの?





*****





「エレナ、賞金もらった?」

「強奪する気じゃないよね」

 何故、突然賞金の話をするのか?
 ノムお金たくさん持ってるよね。
 その上で私から巻き上げようとするの?
 カツアゲなの?
 お金の入ったバックを可能な限りノムから遠ざけて睨む。

「その賞金で、買い物をする」

「えー、今度こそおいしいもの食べるはずだったのに。
 あっちのほうにさ、『たこ焼き』って食べ物が売ってるらしいんだけど」

「たこ嫌い」

「誰もノムにおごるとは言ってない!」

 



*****





 贅沢な余白を使って陳列されているのは、煌びやかな宝石の付いた指輪、金や銀のネックレス、十字架のペンダント。
 ノムに連れてこられたのは意外。
 アクセサリー店だった。

 ノムがネックレスや指輪を真剣な眼差しで見つめている。
 ほんと、意外すぎる。
 いやいや、でもノムも女の子だし。

「エレナこっちに来て」

「乙女心?」

 『ノムってアクセサリーとかに興味あったんだ』などと聞くと、『文句あるか』とか言われるかもしれない。
 ので、あえて遠まわしのよくわからない質問をする。
 ちょっとよくわからなすぎたらしく、ノムが訝(いぶか)しげな表情をしている。

「何の話?
 今からエレメントの話するから」

「エレメント?」

「エレメントとは、属性成長補助効果のある装飾具のこと。
 例えば、この指輪を装着してエーテル属性の術を使うと、 未装着時よりもエーテル属性の熟練度がより高まる」

 なんか安心した。
 いつも通りの魔術解説だ。
 ノムから『この指輪私に似合うかな・・・』、とか『この指輪をしてると男性にモテるかな・・・』、って聞かれたら、『どしたの?』と聞き返しているところだった。
 『エレメント』の話そっちのけで、変な思考を巡らせていると、ノムが説明を続ける。

「ちなみに、以前、旅の途中で私がエレナにあげた赤色の鉱石が付いた指輪は、『レッドエレメント』と言って、装備するとバースト系の属性成長率が上昇する。
 エレナはバースト系が苦手だから、これを装備させていた」

「そういう理由なんだ。
 なんかお守りみたいのかと思ってた」

 そう言って私は、右手薬指にはめた指輪を眺める。
 銀色のリングに、赤色の石がはめ込まれており。
 環境光を反射して、煌めき。
 安物、にしては、そこそこ素敵なプレゼント。
 角度を変えながら、赤の石をじっくりと見つめる。
 ふと。
 もしかすると、私が今まで炎系に苦手意識を感じなかったのは、この指輪の効果があったからなのかもしれない、と思った。
 本当にその通りならば、手放したくないアイテムだ。

「でも、そろそろこっちに切り替える。
 『パープルストーン』。
 エーテル系の成長率が向上する」

 現状、炎系魔術の使い勝手のよさに気づいてしまっている私は、比較的、炎系魔術の使用率が高い。
 ノムもこの事実に気づいているのだろう。
 だからこそ、別属性の鍛錬が必要であり。
 そのための装備変更なのだ。

 ・・・。

 もう炎系だけ使えればよくない?

「ちなみに、エレメントは1つしか装備できない。
 2つ装着すると、相殺作用が働いて効果が薄れてしまうから。
 再度バースト系を育てたくなったら、装備をレッドエレメントに戻せばいい」

 なるほど。
 確かに。
 複数装備が可能なら、ノムは体中にアクセサリーを侍らせているはずだ。
 ・・・。
 そんなノムは嫌だ。

「他にもこの店には、様々なエレメントが売ってある。
 今後育てたい属性があれば、その成長補助効果のある装飾具を買って装備すればいい。
 お店の人に聞けば、詳細、教えてくれる。
 でも、まずは私がお勧めするものを見てみようか」

 ノムお勧めのアクセサリーを一緒に見て回る。

 パープルストーン    3,000$ 魔導成長増幅(中)
 琥珀          5,500$ 光術成長増幅(中)
 二色鉱石       10,000$ 風術成長増幅(中) 炎術成長増幅(小)
 レアクリスタル    15,000$ 封魔成長増幅(中) 光術成長増幅(小)
 フレアエレメント   30,000$ 炎術成長増幅(大) 光術成長増幅(小)
 翡翠         70,000$ 光術成長増幅(大) 封魔成長増幅(小)
 ダークレギオン   100,000$ 魔導成長増幅(大) 炎術成長増幅(中)
 蒼碧の宝珠     300,000$ 風術成長増幅(特大) 雷術成長増幅(中)
 虹の宝珠      700,000$ 魔炎風成長増幅(中) 光封成長増幅増幅(小) 雷成長増幅(小)
 雷帝の宝珠   1,000,000$ 雷術成長増幅(特大)

 ・・・。
 ・・・・・・。

「高い!
 なんだこれ!
 武器より高いし!」

「『宝石』だから、高くて当然」

「『雷帝の宝珠』1,000,000$(ジル)だって・・・
 怖っ!」

 ショーケースに入ったそれは、近づくのも躊躇(ためら)われる値段。
 宝石強盗とか起きないの?

「安いものでも、性能が良いものもたくさんある。
 パープルストーンは特にお勧め。
 今日はこれを買う」

 私史上最高にかわいい顔と仕草(胸に手を当てて体を若干斜めに傾け、かつ上目遣い)で、『ノム買ってよー』と無言で訴えかける。

「ふっ」

 鼻で笑われた。
 どうせ私なんかかわいくないですしね。
 その後、ノムが店員と雑談を始めたので、私はいよいよおねだりを諦め、自腹を決意する。

 パープルストーン3,000$。 
 今日の闘技場の賞金3,000$。
 一銭も残んないし!




















Chapter5 武具




 今日はノムに連れられて、闘技場初日にも来店した武具店に来ました。
 何?
 エレメントに続いて、武具も買わせるの?
 そんなに私の財布を空にしたいの?
 ゼロになるといいことあるの?
 困ったときに巻物読んだら小金持ちになれんの?

 私が金銭的な理由でやさぐれていると、ノムが話しかけてきた。

「今日は武器について詳しく教える。
 前にも言ったけど、剣は魔法と相性が悪い。
 その理由は、魔術を補助、増幅するような加工をし難(にく)いから。
 逆に、一番相性が良い武器が『杖』。
 杖の基本構造は、長い棒、柄、シャフトの先端に、魔力収束用途の『コア』と呼ばれる鉱石、宝石が取り付けられている、というもの。
 杖のシャフトを通し、術者の魔力を先端のコアに流し、溜める。
 『シャフト』、『コア』の2つのコンポーネントは、物理的攻撃部位でなく、それ自体に殺傷能力がある必要がないので、単純に魔術の流動、蓄積に適した素材を選択することができる」

 私は武具店を見渡して、杖のコーナーを確認する。
 形状、色、素材、種々あれど。
 確かに、おおよそ全ての杖の先端に、丸い石が取り付けられている。
 ノムの所持している白銀の杖も同様で、半透明のコアが取り付けられている。

「一方、剣は、コアを取り付ける場所がない。
 取り付けられるとしても、コアのサイズが制限される上に、場所も鍔(つば)の部分に限られる。
 コアはできるだけ体から離れている方が効率が良く、鍔(つば)の位置だと術者の体と近すぎる。
 また、刀身の部分は物理的攻撃部位なので、どんな素材でも使えるということはなく、使える素材が限られる。
 攻撃部位の素材に魔術と相性が良いものを使えば、『魔術と相性が良い剣』を作れる。
 ただし魔術との相性が良く、かつ剣の刀身として使える素材は極めて高価。
 駆け出し冒険者では、まず手がでない。
 別の魔術増幅技術に、刀身に『ルーン』を彫るという手があるのだけれど、刀身が細い剣は彫れるルーンのサイズが小さく、ルーンの効果も小さい。
 以上の理由から、剣は魔法と相性が悪い」

 私の得意武器を封印された理由にも、いろいろと奥深いものがあったようだ。
 では、私が今装備している槍はどうなのか?
 以前、剣よりも魔術と相性が良いと言われたが。

「でも、槍や斧は相性がいい・・・。
 だったよね」

「そう。
 槍と斧は、杖と形状が類似していて、先端、攻撃発動箇所の近くにコアを配置できる。
 さらに、杖と同じくシャフトの部分に使える素材の自由度が高いから、魔力流出効率を高めやすい。
 また、槍の場合は、剣より刀身の体積が小さくなるので、魔術と相性の良い高価な素材を刀身に使用しても、剣よりは安価となる」

 武具店内の槍や斧を観察する。
 確かに、ノムの言う通り。
 杖のように、シャフトの先端に石が取り付けられているものが多いように感じる。
 ちなみに、私が先日購入した槍には、コアは付いていない。
 誰に聞くまでもなく、安物だ。
 
 補足。
 この世界で戦闘用の『斧』というと、柄の短いものではなく、杖や槍のような長いシャフトの先にヘッドが付いた形状のものを指す。
 これらは一般的に、『長戦斧(ちょうせんぷ)』と呼ばれる。
 この武器屋に置いてある斧も、全て長戦斧(ちょうせんぷ)である。
 それにしてもこの武器屋、圧倒的に長戦斧(ちょうせんぷ)の数が多い。
 すごい違和感。
 普通、一番多いのって剣類じゃないの?
 趣味なの?
 
 その考察の流れで、剣を探してみる。
 観察の結果、店の奥の方に剣のコーナーを発見。
 プラスして、その剣のコーナーに移動済みのノムも発見。
 こっちに来いと手招きをしている。
 いつの間に移動したんだよ。
 これがノムの特殊技能、『オーラセーブ』のなせる業なのか。
 さすが。
 影の薄さで、右に出るものはいない。

 私が剣のコーナーに移動完了すると、ノムが解説を始めた。

「そしてあと2つ、魔術と相性の良い武器がある。
 まずはこれ」

 そう言って、ノムは剣を指差した。
 え?
 『剣は魔法と相性が悪い』んじゃなかったの?

「これって剣だよね。
 サイズはかなり大きいけど」

「これは『大剣』、『セーバー』と呼ばれるもの。
 剣、だけど刀身が太いから、大きなルーンを彫りやすく、細身の剣よりは魔術効率が高くなる」

「こんな大きいの扱えないかも」

 剣は扱えるが、これだけサイズが大きく重量があると、攻撃時の隙が大きくなりすぎる。
 敏捷性が取り柄の私とは、相性が悪そうだ。
 却下。

「もう少し細いのもある、これとか」

「うーん・・・。
 あ!
 持ってみると、見た目より軽いかも!」

 ノムが提案してきた、刀身が青い色をした『雷帝の魔剣』。
 最も安物の大剣、『鋼鉄の長剣』と交互に持ち替えてみると、その重量差がよくわかる。
 これならば、私が旅の間使っていた剣よりも、もうちょっと重いくらい。
 『大剣』という選択肢が、私の脳内で幅を利かせる。
 が、

「それは素材がいいから。
 だからもちろん高価」

 ノムの言葉で我に返り、値札を確認。
 100,000$(ジル)。

「こんなの買えるわけないじゃん、ものっそい高いよ」

 ぼったくりかな?
 『大剣』という選択肢が、私の脳内から逝去する。
 やっぱり最初に値札見ないとね!
 『これいいな』って思った後に値段見て諦めるときの、あの『上げて下げる』感、めっちゃ嫌。

「最初、安物しか買えないならば重くて価値を感じられないかもしれないけど。
 後々、闘技場の賞金が高くなって、かつエレナも強くなれば、軽くて魔術師向けの大剣が買えるようになる。
 その将来像に向けて、今から大剣を練習しておく、というのはアリかもしれない」

「魔法剣士って響きもいいし」

「それはどうでもいい」

 『魔法剣士エレナ』。
 語呂がいい。

「次の武器を紹介する。
 これ」

 ノムが再び剣を指差す。
 先端が湾曲し、刃が片側のみ、刀身が細い。
 生まれて初めて見るタイプの剣だ。

「これは東世界(ミルティア)のさらに東、和泉(いずみ)の国というところ発祥の武器。
 『刀』、とか『ブレード』と呼ばれるもの 」

「刀身が細くて加工しにくいんじゃないの?」

 『剣』は『大剣』に比べて彫れる『ルーン』のサイズが小さくて魔術効率が悪い、とかなんとか言っていたように思う。
 ならばこの『刀』も同じように魔術効率が悪いはずだ。

「その考えは正しい。
 大剣と同じく、安物は魔術効率が非常に悪い。
 でも、刀を専門とする鍛冶屋には有能な魔導技工士が多い。
 他の武器に比べて、武具の作り手が有能。
 鉱石と鉄を混ぜた素材で刀身を作ることで、魔術性能が高くなる、らしい」

 ノムお勧めの『槍』『斧』『大剣』『刀』『杖』。
 その中では、一番『剣』に近い。
 この武器は私に合っている、かもしれない。

「最後に、杖に関しても簡単に説明する。
 魔術師向けの武器。
 術師の魔力収束、制御、放出を支援。
 魔力消費が少なくなる。
 当然、物理攻撃力はナイガシロ。
 ある程度魔術に自信がなければ、決定打となる攻撃を実現できない」

 現状、魔術に自信があるとは言えない。
 なにより、魔法の使いすぎで魔力が尽きたとき、袋叩きにされそうで怖いのだ。

「これで私がお勧めする武器、5種、全部説明した。
 この中で何を選ぶかはエレナに任せる」

「槍、斧、大剣、刀、杖の5つかー」

 やっとこさ槍に慣れてきたところで、この選択肢。
 どうしようか。
 ・・・。

「ノムはさー。
 私って何の武器が合うと思う?」

 参考までに。

「わからない。
 でも、いろいろな可能性があるという意味で、悪い意味じゃない」

「昔、別の人に同じ質問をしたら、同じようなこと言われた。 
 だから無難な剣にしよう、ってことで剣を始めたんだよね」

「もしかしたら1種の武器だけでなく、いろいろな武器を扱ってみるのがいいかもしれない」

 過去の一時点を思い出す。
 あの時はまさか、『剣は魔法と相性が悪い』などと言われるとは思ってもいなかった。
 早く言ってよ。

 私は、悩んだ挙句、『悩んでもしょうがない』という結論に達する。
 ローテーション。
 私は斧から順に1つづつ扱ってみることにした。
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 【魔術補足】 放出法
 
 
 
 
 
 《スーーーーーーーッ》

「ギガンティック・バーニング・デストロイヤー!!!!!!」

《ドドドーン!》

「・・・。
 どう?」

「どうもなにも。
 ただの、バーストだけど」

「やっぱ、そうですか」

「ギガンティック・バーニング・デストロイヤー。
 ギガンティック・バーニング・デストロイヤーー。
 ギガンティック・バーニング・デストロイヤーーーー。」

「恥ずかしいから、やめて!」

「そもそも。
 なにがやりたかったの?」

「なんかこう、この空間全体が炎に包まれて・・・
 『混沌が!超カオス!』みたいになって、
 《ドーン》
 ・・・みたいにオーバーにイメージしたら、
 すごい魔法が発動できるんじゃないかなって思って」

「できてない。
 バーストは『純術』だから、放出方法的にもノーマルだし」

「純術?」

「『純術』というのは、その属性で一番単純で、基礎となる魔術のこと。
 風術ならウインド、雷術ならスパーク。
 単純に魔力を収束して放出しただけなら、大抵これらの魔術が発動される。
 ただこれは人によって違う魔術になることもあるんだけど。
 過去の統計で使用者が最も多い術を純術として定義している、そうな。
 最初に純術を覚えた後は、放出法を変えてみることで、性質の違う魔術を習得できる」

「放出法が異なる・・・」

「それじゃあ。
 ここで放出法についてまとめて教えておこうかな」

「先生、魔術の本忘れてきました!」

「持ってきてる」

「なんでだよ!
 私の鞄(かばん)、勝手に漁(あさ)っただろ!!」

「いっぱい列挙していくからどんどんメモして」

「うーっす」

「まずは『ブレッド』
 魔力球を作り、それをそのまま相手に向け飛ばし、ぶつける。
 ぶつかったときに炸裂するものと、しないものがある。
 バーストやファイアーブレッドなど、他にも多くの魔術がこれに属す。
 バーストが炸裂するほう。
 だから炸裂する場合をバーストブレッドと呼んだりする」 

「『ブレッドー』、っと」

「次は『シュート』。
 球ではなく細長い楕円や、棒状に収束して、相手に向かって打ち出す。
 レイ系の魔術は、この放出法が多い。 
 弓使いの人は、この放出法が得意なことが多い。
 ちなみに、少し違うけど、『バスター』と『ランス』ってのも『シュート』の仲間」

「うんうん」

「『スフィア』。
 術使用者の遠方で収束を行い、その点を中心として魔力を開放する。
 術者から離れたところに魔力を集める。
 これ、案外、難しい」

「メモメモ」

「『スプレッド』。
 収束した魔力を前方の広範囲に拡散させる。
 攻撃範囲は広範囲だけど、その分威力は低くなる。
 光術のレイスプレッドなどが有名。
 さらに広範囲になると『ミスト』と呼ばれたりする。
 これは、防衛用の魔術で、よく使われる」

「メモメモ」

「『スイープ』。
 術者前方扇形の攻撃範囲を持つ、眼前の対象を薙ぎ払う攻撃。
 近距離に敵が複数存在するときにも有用。
 炎術のバーストスイープ、雷術のスパークスイープなどが有名」

「かきかき」

「『スラッシュ』。
 魔力の刃を作り攻撃する。
 風系と魔導術系に多い」

「メモメモ」

「『ストライク』。
 これは定義が少し曖昧だけど、魔力を相手の頭の上から叩きつけるような魔術が該当する。
 相手の頭上で魔力を集めて、そこから下方に放出するような魔術。
 雷術のサンダーが、まさにこれに該当する」

「メモメモ」

「放出法は他にもあるけど、ざっと、ではこんな感じ。
 魔術の名前には、これらの放出法の名前が後ろにつくことが多いの」

「デストロイヤー、って放出法はなかったね」

「ばーか★」

「でも、こんないっぱい覚えないとダメなのかな?」

「いろいろな放出法が使えれば戦術に幅ができる。
 同じ術ばかり使ってたら、相手に対策を立てられてしまうから。
 特殊な放出法が使えれば、 それはエレナオリジナルの術と言っていいかもしれない。
 考案者エレナの魔術が後世まで相伝されるかも」

「おお!
 それは夢があるね!」

「『ギガンティック・バーニング・デストロイヤー』が習得できるように頑張ってね」

「お願いだから、その魔法はもう忘れてください」




















Chapter6 封魔術




「なんかさー。
 剣だけ使ってたときとは、全然違う感じ。
 魔法を覚えて、戦略に幅ができたというかさ」

 新武器を携(たずさ)えて挑戦した闘技場のランクLをあっさりとクリアし、宿に戻ってきた私。
 新武器熟練に加え新術も覚え、相手モンスターのタイプによって戦術を切り替えられるようになってきた。
 また、先日宝珠店で購入したエーテル属性のエレメント『パープルストーン』の影響で、できるだけエーテル属性の魔術を使うように意識するようになり。
 エーテル属性の魔術の熟練度も上がり、エーテル属性の新術『エーテルスフィア』を習得することができた。
 『もしかして私、結構強くなったんじゃない?』
 希望的観測。
 その真偽を得ようと、ノム先生をじっと見つめる。

「私にも勝てそう?
 それじゃあ、また私と勝負しようか」

 ニヤニヤした顔が一気に引きつる。
 そんな私の引きつった顔を見て、今度はノムがニヤニヤする。
 ドSですね。

「確かにエレナは順調なペースで成長している。
 けど、魔術師としてはまだまだ。
 魔術の幅はもっと広くなる。
 そのためには、次のステップが非常に重要。
 闘技場Lランクもクリアしたし、早速取り掛かるの」





*****





「今日は『封魔術』について教える。
 封魔術は魔導術と相(あい)反(はん)する魔術。
 魔導術を封じる、と書いて封魔術」

 私は魔導学のノートの新しいページを開き、『封魔術』と記述した。

「封魔術の前に、まず魔導術(エーテル)について、改めて説明する。
 エーテルはプレエーテルを攻撃可能なエネルギーに変換したもの。
 薄紫色の霧、もや、さらに収束を続けると、紫の光が、一定の形状で安定する。
 魔導術の長所は、制御が比較的容易なこと。
 収束の形状、放出の方法の自由度が高い。
 欠点は炎術、光術に比べ、若干威力が低いこと」

 先ほど書いた『封魔術』の『封』の文字を二重取り消し線で消し、『魔』と『術』の間に『導』の文字を滑り込ませる。
 ・・・。
 で、魔導術の説明、なんて言ってたっけ?

「次に封魔術(アンチエーテル)について。
 ・・・。
 なんだけど。
 理論的なことが、はっきりとはわかってない」

「プレエーテルを変換するんじゃないの?」

 エーテル変換や四元素変換だったか。
 そのような変換を行うのではないのか?

「それはそう、なはず、なんだけど。
 封魔術への変換は『アンチエーテル変換』と呼ばれたりする。
 でも、実際はもっと複雑で、単純な話ではないらしい。
 私も、関連する複数冊の魔導書を読んでるけど、正確なことはわからない」

「ふーん」

「魔法の見た目は、氷が弾(はじ)けるイメージ。
 だから別名で『氷術』と呼ばれたりする。
 でも、実際に氷で攻撃してるわけじゃない。
 プレエーテルから氷のような『物体』を作り出すことはできない」

 魔術で氷や水を作り出せると、何かと便利なのだが・・・
 残念。
 
「あと封魔術の話をするからには、『防衛術』の話もしておきたい」

「防衛術?」

「防衛術は魔法から身を守る防御用の魔法。
 実は、術師、というより人間の体は、みんな、封魔術で守られている」

「そうなの?
 ってことは・・・」

「もちろんエレナも。
 イメージとしては、体の表面を封魔術の薄い膜で覆われて守られているような感じ」

 私は自分の体をぺたぺたと触ってみる・・・
 が、何か、魔力的、物理的な感覚を覚えることはない。
 次に、ノムの体を触ってみる・・・

「守られてるって・・・
 でも、今、私はノムに触れるけど」

 ノムの手の甲、白い素肌に私の手を重ねてみた。
 が、摩擦抵抗、反発力などはない。
 感想は、少し冷たくてすべすべしている、くらい。
 部位的な問題かしら?
 ほっぺたとか脇腹とかだと反応が違うのでは?

 ・・・

 ・・・

 やめとこう。

「封魔術が反応するのはエーテルの魔術に対して。
 つまり、魔法攻撃に対してのみ。
 今、エレナは私に魔法攻撃を仕掛けてきてはいないので、何の反応も示さない。
 魔術攻撃を受けると、防御能力が発揮される」

「うーん・・・
 『エーテルがプラス、アンチエーテルがマイナスで打ち消し合う』
 みたいな感じかな?」

「むー。
 厳密にはちがう。
 『打ち消し合う』より、『反発する』が正しい、と思う、たぶん」

「『跳ね返す』みたいな?」

「むー、それはどうだろう・・・ 
 封魔術については解かってないことが多いから。
 なんとも言いづらい」

「ノムでも魔法に関して解からないことがあるんだね」

「解かってないことも多いから、教えるのも難しい」

 ノムの珍しく弱気な発言から察するに、封魔術の習得は、なかなかに苦労しそうだ。
 座学はここで終わりらしく、早速、私達は封魔術習得訓練に向かうことにした。





*****





 ということで、いつもの平原にやってきました。

 ・・・。

 日が暮れるまでには終わりますように。

「私の予測では、3日くらいかかるはず」

「さようですか」

 絶望感すごい。
 いや、逆に考えると。
 どうせ今日中にできるはずがないのだから、本日無理して粘る必要もないのだな。
 無理せず、着実に取り組もう。
 私の気持ちの切り替えが終わると、ノムが杖を構えて言った。

「まず、私がやってみせるから。
 見ていて」

 ノムが構えた杖の先端、半透明、白色のコアを見つめる。
 間もなく、そのコアの向こうに水色の魔力球が煌く。
 水色、綺麗。
 その後、少しの間をおいて、魔力球が放出される。

『バギンッ!
 ギギギッギギギギギギン!!! 』

 放出された魔力球は一定距離進んだところで炸裂する。
 例えるなら、氷が砕けるような感じ。
 って、おんなじこと、ノムも言ってたっけ。
 封魔術が『氷術』と呼ばれる所以(ゆえん)がよくわかった。

「今のが、封魔術の純術。
 一般的には『ダイアブレイク』と呼ばれている。
 その他、別称でダイア、アイス、フリーズなど。
 各自、好きなように呼んでる」

「『ダイアブレイク』ね」

「封魔術には、相手の封魔防壁や魔導防壁の力を弱める力がある。
 ここからは仮説だけど、
 『封魔術の力で封魔防壁を弱めた上でエーテルのエネルギーで相手を攻撃する』、らしい。
 また別の説では、
 『自分自身のエーテルとアンチエーテルを反発させたときに生じるエネルギーで相手を攻撃する』というようなものもある」

「使ったことないから、コメントのしようがないよ」

「使えるようになったらエレナの意見も聞いてみたい。
 ということで。
 さっそくやってみて」

 ・・・。
 どうしろと?
 
「なんとなく、さっきの魔法が発動しそうなようにイメージして。
 遺憾ながら、現状の私の知識では、そういうふうにしか指導できない」

「まあ、適当にやってみますよ」

 大切なのは、集中力。
 氷が砕け散る映像を脳内にイメージして・・・
 それだけ。
 それだけに集中。

 ・・・ 

 ・・・・・・

 集中力が必要な場合って、詠唱とかやったほうがいいのかしら?

「静寂を保っていたその氷塊は、
 今、その熱い冷たさを取り戻す!
 ダイアブレイク!!」


 ・・・


 静寂。
 何も起きなかった。
 かっこいいこと言ってみてもダメなものはダメか。 

「静寂を保っていたその氷塊はー、
 今その熱い冷たさを取り戻すーー。
 ・・・。
 ちょっとユニーク」

 無表情でもわかる、あからさまにバカにしたトーン。
 その後の『ちょっとユニーク』の発言のところでは、心底うれしそうにニコニコしていた。
 ・・・。
 もう、そういうのやめよう。

「詠唱は今は必要ないから。
 今のような感じで、何回か繰り返しやってみて。
 がんばれ」

「まあ、やってみますよ」





*****





 封魔術習得3日目。
 大先生の予想通りなら今日習得できるようになるはず。
 が、全くもって、習得できる気がしない。
 氷が砕け散る感じどころか、水色の魔力球さえ発現させられていない。

 ・・・。

 これ、無理なんじゃない?

「1ついい案があるよ」

 ノムが、何か提案をしてくれるようだ。
 そんないい案があるのなら早めに言って欲しい。

「私の封魔術をエレナにぶつけて、体で覚えさせる」

「死ぬって!!」
 
 何言ってんのこの娘(こ)。
 馬鹿なの?死ぬの?(私が)
 廃案を必死にアピールすると、ノムが次善案を出してくれる。

「うーん、じゃあこんなのは?」

 そう言うと、ノムが私の背後に移動する。
 吐息がかかりそうなほど近く。
 そして、実際に吐息が首筋を掠め。
 背中に、柔らかさと温もりを感じて。
 ノムの両手が私を包み込み、前方へ。
 
 後ろから抱きしめられましたが。
 どういうこと?

「一緒に魔法を放つ。
 私の杖のコアの部分に、エレナの魔力を収束させてみて」

「それで死ななくてすむなら、やってみますよ」

 ノムの杖の柄を、2人で一緒に握る。
 初めての共同作業。
 その後、杖の先端のコアに向け、ゆっくり、魔力を流していく。
 ここで、バーストやスパークの魔術の発動をイメージしてはいけないのだろう。
 ある意味、無心に近づいた方がよいのかもしれない、と判断。

 それにしても。
 これだけ近接すると、ノムの魔力の実力がよくわかる。
 普段はノムお得意のオーラセーブの技能で隠されている魔力が、ダイレクトに伝わってくる。
 彼女の体躯の柔らかさ、それに反するような、第六感がざわめく、圧力のような感覚。
 これが、敵対する相手だと考えるとゾッとする。

『バギンッ!
 ギギギッギギギギギギン!!!』

 私の思考が逸(そ)れている間に、ダイアブレイク発動が完了していた。
 今のは、およそノムの魔力だけで発動されたのか?
 ある程度は、私の魔力成分も含まれていたのか?
 よくわからない。
 が、封魔術発動の『感覚』は、少し伝わったような。

「うーん。
 ちょっとだけ、わかったかも」

「うん。
 それじゃあ、今度は一人でやってみて」

 ノムが杖を私に渡し、距離を取る。
 感覚を忘れないうちに。
 私はすぐに前を向き、杖のコアを見つめ、精神集中を始める。
 
 魔力量は少なくてよい。
 他属性発動の感覚は一旦忘れ、先ほどと同じ感覚で。
 注意点を脳内で復唱したうえで、杖に魔力を流していく。

 流し。
 
 流し。

 杖の先端が水色に光り。

 間もなく。

 林檎サイズ、小さな水色の魔力球が形成される。
 
 光、消えちゃう前に、放出を!
 
「ギン!
 ギギン!!!」

 放出された魔力球が、前方で小さく弾ける。
 小粒程度の氷だったけど、できたと言っていいのかしら?
 合否の判定を求め、私はノムを見つめる。
 
「成功」

「いよーっし、できたー!
 これで全属性制覇だ!」

「おめでとう」

 ノムが素直に労(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。
 今夜はお祝いかな?
 ・・・。

「じゃあ帰ろう」

「今日はまだ時間があるから、封魔術(ダイアブレイク)の練習をする。
 今のレベルだと、弱すぎて実践では使えないし」

「ですよねー」





***** ***** *****





【魔術補足】魔導距離





「今日は数学を教える」

「えー、なんで?!
 魔術関係ないじゃんか!」

「魔術により引き起こされる物理現象を数理モデル化することは、魔術を理解する上で重要。
 数学から、逃げるな、なの」

「うーん、自信ないなー」

「最初は簡単なとこからやるから」

「1+1=2、とかから?」

「微分から」

「聞いたことないって」

「2次方程式の解の公式は?」

「ない」

「連立方程式は?」

「ない」

「方程式は?」

「ない」

「掛け算九九は?」

「ある!
 わかる、それはわかる」

「むぅ、算数から・・・。
 うーん、時間かかりそうだから、今日はやっぱりやめるの。
 時間をみつけて、少しづつ教えていくから。
 でも、とりあえず、『魔力収束と距離の関係』の話だけやっておく」

「ふぁーい」

「魔力を収束するポイントまでの距離が自分から離れていればいるほどに、収束時に必要な魔力量は多くなる」

「威力固定で、距離が2倍なら、必要魔力2倍。
 消費魔力固定で、距離が2倍なら、威力半分、ってことだよね」

「残念無念」

「違うの?」

「消費魔力と威力の関係は2倍2倍関係、つまり比例関係。
 まあ、厳密には、収束限界の話とか、収束抵抗の話とか、いろいろあるんだけど。
 基本、比例。
 一方、距離と消費魔力の関係は、比例関係ではない。
 距離が2倍になると、必要魔力はだいたい4倍になるイメージ。
 『(必要魔力)=(距離)の2乗』の関係。
 2次関数。
 でも、たぶん、ほんとはもっと複雑」

「つまり、『距離が増えると、必要魔力は急激に増える』、ってことだよね」

「その解釈で正しい、基本は。
 でも、2つの例外がある。
 1つは相手術師に関して。
 相手の術師の体内に魔力を収束できないよね、基本は」

「そりゃぁ、そんなこと、できたら怖いよ。 
 ・・・。
 ってか最後に付けた、『基本は』、ってなんだよ!
 できる人もいんのかいな?」

「自分と相手の魔力の差がとてつもなくかけ離れていれば可能」

「つまり『私vsノム』なら可能だと」

「私程度じゃ全然不可能。
 エレナの体は封魔術で守られているから、その中に魔力を収束しようとしても弾(はじ)かれる。 
 魔力は収束地点から突飛的に湧いて出てきているわけじゃなくて、私の、攻撃者の体から収束地点に向けて魔力が送られているわけだから」

「なるほど」

「また、相手術者に近い空間上では、本来の距離以上の魔力が必要になる。
 物理的な距離が同じなのに、相手術者近傍は、魔力的な距離が遠くなる。
 このことを、『魔導距離が大きい』という言い方をしたりする」

「魔導距離・・・。
 厳密には『長さ』じゃぁないよね」

「さよう、なの。
 厳密には、『魔力の量』だけど、距離っていう、便宜上。
 魔導距離が近いところに収束したほうが、効率がいい」

「つまり、私が魔法を使う場合、魔力を収束する場所は、私の体に近ければ近いほうがいいと」

「そう。
 実はその話が2つ目の話になるんだけど。
 魔導距離の原点は術者の体になる。
 腕、頭、足も原点。
 もちろん原点だからと言って、自分の体の中で収束を行うっていうのは無理、基本的には」 

「いや、そりゃ。
 やったら死んじゃうし」

「腕をのばして収束を行えば、指先が原点になるから、その分、相手近いところに原点を持ってくることができる」

「ほうほう」

「ただし、この話には例外がある。
 それは武器を持っている場合」

「杖の先が原点になる、みたいな」

「半分正解。
 武器がすごく良いものだったらそう言えるかもしれない。
 でも安物の武器だと、そこまでの性能は出ない。
 魔導距離が原点よりも大きくなるの。
 武器の性能の1つとして、『どれだけ魔導距離を縮めることができるか』、というものがある。
 高価な武器のほうが効率良く魔法を使用できる。
 まあ武器の性能っていうのは魔導距離だけでは測れないんだけど」

「うーん・・・。
 収束位置が自分に近いほうが魔力効率がいいけど、自分から遠いほうが相手の不意をつけたり、遠距離攻撃可能だったり。
 どっちを重視するか・・・みたいな」

「私の意見としては、エレナは中距離を重視するのがいいと思う。
 魔術も武器も使えるし。
 足も速いから、中距離から一気に攻めることもできる」

「うーん、そっかなー。
 じゃあ早速闘技場へ行って、鍛錬を」

「駄目、やっぱり今から数学教えるから」

「えー」





***** ***** *****





 『魔法防御力を増補する『レジスト』の魔術を習得する』
 ダイアブレイクをマスターした私に、ノム先生が課題を提示してきた。
 『レジストは術者の体を包むように展開される封魔防壁を、強化・増幅する魔術であり、一時的に魔法防御力がアップする』
 とのことだ。

 闘技場ランクLにて、お馴染みの蛇、ゴーレム、コボルド、モグラ、軟体生物のモンスター相手に、新術ダイアブレイクを織り交ぜながらの交戦を繰り返す。

 この中で、新術ダイアブレイクの特性に気づく。
 はっきり言って、弱い。
 射程で魔導術に劣り、威力では炎術に劣る。
 使いどころがわからん。
 が、今は封魔属性の新術『レジスト』の習得に向け、文句は言っていられない。
 ほどなくして『レジスト』の魔術習得条件が整った私は、ノムから新術習得の指南を受けることになった。





*****





「・・・。
 できてるの?」

「できてる。
 成功」

 レジストの魔術は、思ったより楽に習得できた。
 が、魔法防御力が向上している気がしない。
 違いがわからん。
 これ、できてるって言っていいの?
 ノムの判定基準ってよくわからん。
 
「ぜんぜん違いがわからないんだけど」

 率直に感想を述べた。

「じゃあ、レジスト有りの場合となしの場合で、私の魔法を食らわせてダメージ量比較しようか」

「嘘です、やっぱりわかります!
 効果あります!ほんとに、はい」

「残念」

 そう言いながら嘲笑を浮かべる青髪。
 マッドサイエンティストかお前は。
 
「今は効果は微小だけど、使ううちに効果量も増えてくる。
 術者強化系の魔術は、いきなり大きな魔力を付加すると、体に害を及ぼす可能性があるから。
 最初は仕方ない」

「さようですか」

 レジストの魔法は、今まで習ってきた攻撃魔法と異なり、コアを生成しない。
 体表を覆う『封魔防壁』とやらに意識を集中し、自分の体表に向けて、封魔の魔力を流していく。
 これ。
 自分を攻撃していることになんないの?
 大丈夫なの?
 ただ、実際やってみた結果、体にダメージを受けている感覚はなかった。
 同時に、『守られてる感』もなかったわけであるが。
 釈然としない。

 まあ、ノム先生がいいというのだから、いいのだろう。

「それじゃあ、闘技場の次のランクに挑戦してみようか」

「次は確かランクKだったよね。
 早速、今から挑戦しようかな」

「今日は私も一緒に行く」

「めずらしい。
 ・・・。
 どうしたの?
 最近は、全然見に来てくれなかったのに」

「ランクも上がってきて、そろそろ、
 死んじゃう可能性もあるし」

 なにそれ怖い。
 どうやら次のランク、何かあるらしい。
 その詳細はノムの無表情フェイスからは読み取れない。
 が、冗談で言っているわけではないことだけは嫌でも伝わってきた。





*****





 闘技場ランクK、4戦目までは特に問題なし。
 見覚えのあるモンスターを無難に撃破していった。

「次で最後か」

 最後の相手が登場するであろう、北の入場門を見つめる。
 ノムの警告に意図があるのなら、次の相手は高い殺傷能力を有している可能性が高い。

《・・・ヴン・・・ヴン・・・ヴン・・・ヴン・・・・・・》

 現れたのはピンク色に光る球状の塊。
 魔力感知の能力に乏しい自分でも、それが何かしらの魔力を秘めている物体であることはわかる。

「なんだあれ?」

 あれも魔物なのか?
 現状、詳細不明。

 しかし。

 防衛本能が警鐘を鳴らす。 
 あれはやばい。

 戦闘開始前に、情報収集、考察を急ぐ。
 でもどうやって倒すんだ?
 武器で攻撃していいのか?

「エレナー!」

 攻略に向け思考を巡らせていると、ノムが声をかけてきた。
 私が初めて闘技場に出場した際にノムから指示を受けたときは、観客席の後ろの方から適当に指示を出していた。
 弁当食べながら。
 しかし、今回は最前列に陣取っている。
 この対応の差に、本件の危険度の高さを見出す。

「この魔物はウィスプと言う。
 丸っこい形をしてるけど、凶悪。
 油断すると死ぬ」

「死なない方法とかないのー」

「ウィスプはレイ系の魔術で攻撃してくる。
 しかも物理攻撃はほとんど効かない。
 でも、魔法攻撃が効くから、魔術で倒せる」

 そこまでノムが伝えてくれたところで、ウィスプが闘技場のステージに上がってきた。
 もう少し情報を聞きたかったけれど。

 物理攻撃が効かず、相手も魔法を使ってくる。
 完全な『魔法 VS 魔法』の勝負。

 ・・・。

 今までの修行の成果が試されるのだと。
 その考えに行き着いたとき。
 『逃げる』と言う選択肢は消えていた。



<vs ウィスプ ...戦闘中...>





*****





【** ノム視点 **】


「あー、すごい疲れた。
 ウィスプ厄介。
 っていうか怖い」

 ウィスプを撃破したエレナと共に宿へ帰る途中、彼女がため息交じりにつぶやいた。
 初めてウィスプを相手したことを考えると、肉体的にも精神的にも疲弊して仕方ないだろう。
 今まで相手にしてきた『物理勢』とは異なる、遠距離からも致命打を繰り出せる相手。

「お疲れ様」

「私の戦闘どうだった?」

 エレナから聞かれ、私は、改めて今回のウィスプ戦を振り返る。
 ポイントは3つある。
 1つ目は魔法を使ってくる相手への対応に関して。
 ウィスプが用いるのは光術、具体的にはレイブレッドのみ。
 相手がどのような魔術を使ってくるかを見極めることが重要だ。
 エレナもこの点は理解していた。
 中距離程度の間合いを取りながら、相手の魔術攻撃をしばらく観察し、攻撃発動動作や放出速度、射程などを確認していた。
 
 2つ目は有効属性について。
 ウィスプは光の魔力で構成される魔物であるので、光属性の魔術は効果が薄い。
 その他の属性は効果があるが、特に有効なのが封魔術。
 エレナは一通りの属性を試していた。
 全属性の魔術をヒットさせた段階でウィスプが力尽きてしまったので、エレナが有効属性を見抜いていたかはわからない。
 ただ有効性を確認しようとしていたことだけは確かであり、その点は非常に評価できる。
 
 3つ目は魔法防御に関して。
 ウィスプのように高い魔法攻撃力を持つ相手に対しては、今回のステップで習得したレジストの魔術で魔法防御力を向上させておくことが非常に有効となる。
 エレナはレジストの魔術は使っていなかった。
 というより、ウィスプの光術攻撃を完全に見切っていたので、使う必要もなかった、ともいえるが。

 以上、3つポイントを総合して、十分に及第点といえる。
 
「よかった」
 
 私は短くそう伝えた。
 ただ、レジストの有用性に関しては説明をしておきたい。

「ウィスプと戦うときはレジストの魔術で魔法防御力をアップさせてから近づく方がいい」

「だから先に言ってって!」

 エレナが文句を言ってくる。
 ちょっとおもしろい。
 無視して続ける。

「ウィスプは光術に耐性がある。
 逆に弱点は封魔術」

「だから先に言ーーー
 以下同文っす」

「魔物によって耐性を持つ属性が違う。
 でも封魔術に対し耐性を持っている魔物は少ない。
 それが封魔術の強みになっている。
 封魔術自体の攻撃力は弱い。
 でも相手の属性耐性まで考えると、他の属性に匹敵する」

「今回のウィスプ戦でなんかいろいろと自信なくなってきたかも。
 かなり苦戦したし・・・」

「自信がつくまで同じランクに出場し続ければいい。
 そんなに簡単には強くならない。
 同じことを、何度も繰り返すしかない」

「うーん」

「それに・・・
 エレナはわからないかもしれないけど、ちゃんと強くなってる」

「ほんとにー?」

 エレナは困ったような笑みを浮かべて訝(いぶか)しむ。
 その後、前を向くと宿に向けて歩調を速める。
 エレナが私の前を歩き出す。
 
「しかも、すごく速いペースで・・・」

 エレナには聞き取れない声でつぶやく。
 彼女の背中を追うように、私も歩調を速めた。




















Chapter7 三点収束魔術




「あー、封魔術も大変だったし。
 ウィスプも大変だったし。
 今回のステップは簡単だといいけど・・・」

 魔術修行のステップが進むにつれ、ステップクリアまでの労力が増えているように感じる。
 そもそも、後何ステップくらいあんの?
 ほんとに終わるの?
 エターナルなの?
 この辺りで、ちょっとばかし簡単なステップが来てくれないかなぁ。
 そんなこんな考えながら、ノムのほうをチラ見する。

「・・・(笑)」

 ノムは微笑(びしょう)を浮かべている。
 それは『前回のステップは大変だったよね。少し休憩しようか』という慈愛に満ちた温かい微笑み。
 ・・・。
 で、あるはずはなく。
 『そんなわけねぇだろ馬鹿』とでも言わんばかりのサディスティックな嘲笑。
 最近この表情、よく見る。
 
「今回のステップは今までで一番大変」

 ですよね~。
 『世の中そんなに甘くない』という世の中あるある。
 でも、前回より難易度が上がるとなると、本当にステップクリアできるか不安になってくる。

「私、クリアできるの?」

「エレナなら絶対大丈夫」

 今までの話の流れに逆らうような明確な断定。
 がしかし、そう自信満々に言われても、まったくもって納得できないのですが。

「なにゆえの自信さ」

「ダイアブレイクを3日で覚えたエレナなら」

「3日もかかったんじないの?」

「通常は習得まで1ヶ月は掛かる」

「えっ!?そうなの?」
 
 私、結構頑張っていたらしい。
 その割りに、たいして褒めてもらってないのだが。
 『ダイアブレイクごときで3日もかかっちゃって、プークスクス』とか思われてるのかと思っていた。
 もう少し私のモチベーションを意識した育成方針を立てて欲しい。
 育成方針がドライすぎる。
 と。
 一通りのノムへの愚痴@脳内が完了したところで、別のことが気になった。

「『通常』って何?」

「マリーベル教会教会騎士団養成院の魔術師養成での話」

「あそこ、そんなことやってるんだ」

 『マリーベル教』とは、この世界で最も信者の多い宗教であり、ほぼ世界全域で信仰されている。
 教会騎士団は、世界秩序の保守を目的とし、犯罪者の制裁や暴動の沈静化を行う教会内の組織である。
 その影響力は絶大で、その気になれば国の1や2つ程度、簡単に壊滅させられるであろう。
 マリーベル教とノムが所属していたヴァルナ教は友好関係にあるため、ノムはマリーベル教の事情に詳しいようだ。

「ちなみ私は、ものごころついたときには封魔術を使えてた」

「私より断然すごいし」

「エーテルを使おうとしてスパークを覚えたエレナも似たようなもの」

「と言うことは、ノムは封魔属性の魔法が得意ってことだよね。
 封魔術を重点的に育てたりしないの?」

「私は、『魔術は全属性を均等に』が信条だから」

「ふーん」

「今回のステップでは、全属性の性能に関わる重要な話をする。
 少し難しいけど、頑張って取り組んでみて」

「うぃーっす」

 どうやら魔術の講義が始まるようだ。
 魔導学のノート、取ってくるか。


 
 

*****





「今日は『三点収束魔術』の話をする」

「三点収束魔術?」

「その名前どおり、魔力を三点で収束する」

 なるほど。
 わからん。
 うまくイメージが構築できず私が眉をひそめていると、ノムが説明を続ける。

「エレナが今、スパークの魔法を使うとして、このとき、1つの点に魔力を収束させる。
 つまり、コアが1つだけである収束法」

「確かに、普通は1ヶ所に集めるかなー」

「これは一点収束、単点収束と呼ばれる。
 一方、三点収束ではコアを3つ作る」

「コアが3つ?」

「例として、雷術の場合で説明する。
 まず、3つのコアにプレエーテルを収束させる。
 そこから、四元素変換を行って雷系のエネルギーに変換する。
 と同時に、この3つのコアを1ヶ所に近づけ合成する」

「コアを合成?
 そんなことできんの?!」

「三点収束のスパークは、当然、一点の時よりも高威力になる。
 魔術名もスパークではなく、トライスパークとなる。
 トライは”3”を意味する。
 また、ミドルスパークと呼ばれることもある。
 他の属性も一緒」

「『一点に三点分の魔力を集める』じゃだめなの?」

 何故、わざわざ3点に収束するのか。
 現時点では納得できない。
 その疑問に答えるように、ノムが説明を続ける。

「1点のコアに収束できる魔力には限界がある。
 その限界が、今の魔術師の力量そのもの。
 1点に10ポイントしか魔力を集められないのなら、3点分の30ポイントなんて、1点に集められるわけない。
 でも三点なら、コア3つ分の魔力を収束できる。
 1コアの収束可能魔力量の限界値が低くても、強い魔法を使用できる。
 1点の限界10ポイント、これが3つ。
 3個合成で3倍。
 10+10+10=30ポイント、理論的には。
 慣れてくると、単に3発放つよりも魔力効率が良くなる」
 
「そうなんだ」

「ちなみに同時に3発の魔術を放つために、同時にコアを別々の地点に3つ収束することは『三地収束』と言う」

 確かに、1つのコアに3コア分の魔力を流し込めと言われても無理だと思う。
 実際にやってみた事があるが、ある程度魔力を流すと、それ以上魔力が増えていかない。
 暴発が怖いので無理できない、ということもあるが。

 だいぶん納得できてきた。
 が、もう1点だけ気になる点がある。

「なんで三点なの?」

 別に2点でもいいのでは?
 ノムの趣味かな?

「三点収束の方が、二点や四点や五点よりも効率がいいの。
 明確な理由は、私にはわからないけど」

「ふーん」

「ただ、六点収束はもっと効率が良い。
 でもこれはとても難しいから、かなり後のステップの話題になる」

「不思議だ」

「別に2つや、4つコアを作って合成しても、ダメではない。
 でも実際やってみると、3点の効率の良さがわかるはず」

「まずは3点からお願いします」

 先生が3が正攻法と言うのなら、あえて邪道から攻める必要もないだろう。
 『楽できるところは楽をし、楽できないところは楽できる方法を考える』。
 これが私の信条だから。
 キリッ。
 脳内で先ほどのノムの信条吐露を真似してみました。
 声に出して言うと殴られそうなので、脳内で留めておきますね。
 
「『じゃあさっそく今から、三点収束習得のための特訓を開始する』ってことだよね」

「うーん・・・
 まだ習得できるか微妙なレベルだと思う。
 もう少し闘技場で魔力を強化してからにする」

「うーっす」

「まず最初は三点収束のバースト、トライバースト習得を目指す。
 これに必要な収束・放出の能力、さらに炎術属性を意識的に強化して」

「やっぱり最初は炎術なんだ。
 炎術苦手なのって、かなり不利なんだなー」

 少し前までは好きだった炎術。
 が、エレメントを炎術補助のレッドエレメントから魔導術補助のパープルストーンに変えた辺りから、どうも属性成長が遅くなったように感じる。

「三点収束はバーストで覚える人が多いから。
 でも今は不便かもしれないけど、後々は他の属性で十分に補える。
 今はエレメントを使って炎術の強化をするのがいいと思う」

「そうだね。
 ありがとう、ノム」
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 【魔術補足】 多点収束と多地収束
 
 
 
 
 
「でもさー。
 3点を集めて1つにしないで、魔法を3発放ったほうが強いんじゃない?
 『連続攻撃』、みたいな感じで」

「確かにそれはそれで有効な攻撃手段ではある。
 ただ前も言ったけど、3コアを1点に集めた方が効率がいい。
 エネルギー効率。
 魔力1ポイントをどれだけの攻撃力に変換できるか、その値が大きい。
 あと、連続発動や同時発動は、やってみるとわかるけど、すごく難しい」

「そうなんだ」

「複数のコアに対して放出制御が必要になるから、制御に掛かる労力が大きくなる。
 集中する先が、あっちいったり、こっちいったりして、気持ちがぶれる。
 2連発とか2地同時くらいなら、まだいけなくはないかもだけど。
 3連発以上になると非常に困難。
 逆に暴発しないよう心がけると、1発1発の威力が小さくなる」
 
「6属性同時収束ってできるの?
 レインボー!!
 みたいな・・・
 1色足りないけど」

「できるけど、弱い」

「さようですか」

「属性が違うと更に難易度があがる。
 で、効率が下がる」

「じゃあさ。
 1コアの収束で、その魔力を数回に分けて放出ってできないの?」

「それは『分割放出』と言われてる。
 でも、とてつもなく難しい。
 1回魔力を放出しようとすると、それが引き金になって一気に魔力が放出されてしまうから。
 ただし分割放出が得意な人も稀にいるみたい。
 要は才能と訓練次第」

「なるほど」

「分割放出はできなくってもいいけど、多地同時収束は時間があるときに練習しておいたほうがいいかも」

「うん、そーする」





***** ***** *****





「そろそろ・・・」

「む」

 『そろそろ』という私の言葉を遮(さえぎ)る様に『む』という言葉だけを発し、ノムは読書を再開した。
 『言葉』なのかすらわからないが。

 トライバースト習得に向け、闘技場の次のランクJに進んだ私。
 相手の魔物も、再び登場したウィスプ以外は特段問題なし。
 ウィスプに対しても、ノムにアドバイスを受けた魔法防御補強魔法レジストのおかげでかなり楽になってきた。

 もしかすると、もうトライバースト習得条件を満たしているのでは?
 楽観的な期待を込めてノムに確認を依頼した。
 すると、『ダメ』という短い否定の言葉で不合格通知を受けました。
 ですよね~。
 ちょっと聞いてみただけなんだからね。
 最初からわかってたんだからね。
 
 今回必要となるのは『収束』『放出』『炎術』の3要素。
 ランクJへの出場を繰り返して能力強化をするしかない。
 が・・・。

 『ダメ』。
 
 『ランクJ出場 ⇒ ノムに確認』の手順を何回繰り返してもノムの判定は変わらなかった。
 今回、条件厳しすぎませんか?
 この流れを数回繰り返すと、ノムは『ダメ』とさえ言わなくなった。
 私が確認を求めると、食い気味で『む』とだけ呟(つぶや)いて直前の作業を再開する。
 そもそも、ちゃんと確認してんの?
 適当に言ってない?
 倦怠(けんたい)期なの?
 私のこと飽きたの?
 
 とまあ、こんな調子があんまりにも続くので、私も闘技場ランクJに飽きてしまいました。
 私は、闘技場の次ランクI(アイ)に挑戦。
 さすがに相手モンスターも強くなってきましたが、ランクJへの繰り返し出場で十二分にレベルアップできていたようで、特に問題なく最終5戦目まで勝ち進みました。





*****





「さて、最後、5戦目の相手は・・・」

 北の登場門が開かれ、対戦相手が入場する。
 と同時に、私は相手の分析を開始。
 杖を持ち、薄汚れた黒いローブを着た・・・

「魔術師!?
 相手は人間?」
 
 がしかし。
 よく見ると手と足がありません。
 さらに見ると顔もない。
 空中に杖とローブが浮いていて、ローブの隙間から奇奇怪怪な光を放っている。
 これは・・・

「アンデット系のモンスター、レイスですか!?」
 
 まさかの不死系モンスター。
 こんなのまで出てくんの?
 しかも、確かレイスって・・・

「はじめっ!!!」

 試合開始のアナウンス。
 それと同時にレイスから感じる魔力圧が増加。
 これを受けた私の第六感が戦闘体制への移行を強制する。
 レイスの杖が赤く光る。

「魔法だ!!」

 私は、レイスの放った炎弾を横にステップして回避する。
 先制攻撃かよ!
 直後、背後で聞こえた爆発音と衝撃の大きさが、相手モンスターの魔術攻撃力の高さを否応なしで伝えてくる。
 慌てて回避したために崩れた体勢を立て直し、相手の次動作を確認する。
 その時点でレイスの杖は、再度、赤く光っていた。
 連続攻撃なの?
 2発目のバーストブレッドが、体勢を大きく崩しながら緊急回避する私の横を掠(かす)める。
  
 こいつは、本当にやばい。
 ウィスプとは違う、明らかな殺意を持った魔術攻撃。
 ウィスプはこちらから攻撃しない限り魔法を使ってこなかったり、攻撃するにしても放出がでたらめな方向に飛んで行ったりしていた。
 それに対し、レイスは高い精度で直撃を狙ってくる。

 2発目の炎弾回避後、再び相手のほうを向く。
 3発目の攻撃はまだのようだ。
 魔力が尽きたのか?
 が、次弾発動も時間の問題だろう。
 緊急で脳内対策会議を行う必要がある。
 ウィスプと異なり、レイスはある意味実体を持つ。
 レイスはローブと杖に魔術師の怨念が取り付いて生まれるモンスターらしい。
 杖やローブを破壊すればレイスは浄化される。
 つまり物理攻撃も効果がある。
 
 私の敏捷性、回避力があればレイスの炎弾を回避し続けるのは容易(たやす)い。
 また、相手が魔力切れになるまで回避を続けるという手もある。
 一つ前のランクJで頑張っておいたおかげか、4戦目までの疲労はさほど多くない。
 それもこれも、ノムが「む」、「む」、「む」と、会話面倒臭い症候群になっていてくれたおかげだ。
 ノム、ありがとう。
 
 何気なく、初めて闘技場に出場した日のことを思い出した。
 そのときノムが座っていた座席、その方向を何気なく見つめる。
 すると、青髪少女は、あの日と同じようにそこにいた。

「来るんなら先に言ってよね」

 レイスは魔物でありながら、魔術師のようなものだ。
 相手が魔術師ならば、こちらは魔術攻撃でなく物理攻撃で対抗するのが筋であろう。
 相手の魔術攻撃力も先ほどまでの2撃で十分に理解できている。

 でも。
 それでも。
 私が選ぶ選択肢は・・・
 
「修行の成果を見せる、絶好の機会ということですかね」

 ノムには届かない独り言を呟(つぶや)き、私は武器お試しローテーション中、新武器の杖を相手に向け構える。
 見つめた先のレイスの杖に魔力が集まり、赤い光が美しい球体を形作ろうとしていた。

「小細工なし。
 炎術 vs(たい) 炎術の勝負」

 私が構える杖の先に赤い光が瞬(またた)き、すぐにその輝きが強くなってくる。
 収束速度、収束魔力量どちらをとっても、闘技場初日、あの日の私と比べ物にならない。
 その事実がうれしくて。
 相手の魔法が私よりも強かったらどうなるか。
 そんな考えが思い起こされないほどの集中は、今までで最も完璧な魔力球を作り出した。
 
「くる!!!」

 レイスの魔術発動を悟る。
 直後、3撃目にして最も大きく、強く魔力を感じる炎弾が放たれる。

「いっけぇぇぇぇぇ!!!」

 同時に私も魔法を放出。
 直後。
 2つの魔力球が私と相手の中央、闘技場のステージの中央で衝突する。
 同時に、巨大な爆音と巻き上げられた塵(ちり)が空間を制圧した。
 


 一瞬の静寂。
 爆音と衝撃に否応なく怯(ひる)まされ、思考が一時停止する。
 巻き上げられた塵(ちり)が再び地面に返ると、ようやく相手(レイス)の杖とローブが場外まで吹き飛ばされていることを認識できた。
 
「勝負あり!」
 
 試合終了のアナウンスの後、小さな喝采が起きたことに少し驚く。
 観客ゼロの闘技場初日と違い、今は数人の観客がいるのだ。
 その中で一人だけ無反応な客がいる。
 私が何かの回答を求めるようにその客を見つめると、彼女は微笑みで返してくれる。
 
 そしてこの日、私はトライバースト習得を許可されました。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 もはや見慣れた街外れの平原。
 トライバースト習得の許可が下り、早速習得訓練に取り掛かった。

「いつも同じ場所だね。
 他の場所ってないの?」

「もうちょっとしたら行くかも」

「楽しみにしとくー」
 
 封魔術(ダイアブレイク)習得に3日掛かり、かつ3点収束魔術(トライバースト)はそれ以上の難度だと言う。
 
「習得するのに何日かかりそう?」

 習得までに一体どの程度掛かるのか?
 ある程度の目安でもいいので、わかっていた方が安心できる。
 ・・・。
 1年とか言わないよね。
 不安な表情で先生を見つめる。

「内緒」

 何故、焦(じ)らす!
 もったいぶる理由が意味不明。
 死滅したのかと思われほどに微動だにしない表情筋からは、想定以上なのか想定以下なのかを伺(うかが)い知ることはできない。
 それでも、何かしらの情報を見出さんと訝(いぶか)しげにノムの顔を凝視していると、彼女はこんなことを言ってきた。
 
「1日で習得できたら、何でも買ってあげる」

 !!!
 意外!
 ノムが金で釣ることを覚えた!

 しかし。

 しかしこれは。
 つまりこれは!
 ということは!!

「ふふっ・・・
 あはははは!!」

 脳内に瞬時に浮かんだ煩悩の数々が、下卑(げび)た笑いを誘発する。
 その煩悩の具体的な内容は省略します。

「俄然(がぜん)やる気でてきました!」

 これまでにない程のやる気に満ちた表情でノムを見つめ、宣言する。
 彼女は呆れたような顔をしていたが、少しすると表情は微笑(びしょう)に変わった。

 予想外の特別報酬予告。
 ただ、後から『冗談でした』とか言われたら冗談にならない。
 『冗談でした。何本気にしてるの?』とか言われたら、相手が大先生(ノム)であろうと宣戦布告ものである。
 さらに『冗談でした。何本気にしてるの?馬鹿なの?』とまで言われたら、寝込みを襲うまである。

 ・・・。

 いずれにしろ、それだと私が死ぬな。
 人が喋った内容を記録する魔法ってないのかな?

「じゃあ、1日で習得できたら宝石店の雷帝の宝珠ね」

「ばーか☆」

 今の雷帝の宝珠はさすがに冗談だが、どの程度の賞品が貰えるのか?
 あんまりにも高いものだと現実味がないか。
 実現可能性と価格の間のトレードオフを考慮した上で、最適解を算出する必要がある。
 
「んじゃ、食べ放題飲み放題で勘弁しとくよ」

 この辺でしょうか?
 是非を確認する目的でノムを見つめる。
 彼女は先ほどと変わらず、わずかな微笑を浮かべてこちらを見つめていた。

「絶対に1日で終わらせてやるからね!」

 かつてない強い意志をさらに高めるべく高らかに宣言し、私は試行を開始した。
 




*****





 夜です。

「はぁ・・・はぁ・・・
 ノム知ってた?
 夜の12時を過ぎるまで『今日』は続くんだよ」

「知ってる。
 だから後2時間」

 わずかな微笑を浮かべたノムが、残り時間を教えてくれる。
 今が夜の10時。
 『今日中』の条件を満たすには、後2時間でケリをつける必要がある。
 息も絶え絶え、思考力も落ちた脳で状況を確認する。
 
 誰しもが理解している『習得難度が高い』という事実。
 その具体的な意味合いを、身を持って体感させられている現実。
 3点収束の肝は『合成』にある。
 3つの魔力球を1点に集め合成する。
 しかし例えば、私の作った魔力球と相手の作った魔力球をぶつけるとどうなるか。
 それは先日のレイス戦で実証済み。
 魔力球と魔力球が衝突すれば、爆発四散、もしくは相殺される。
 合成されるわけがない。

 しかしこれが自分が生成した魔力球同士なら、場合により合成可能だという。
 それがこの世界の物理法則。
 その物理法則に反するように、私の作り出す3つの魔力球は大きな反発力を発生させ、合成を阻害していた。

「時間ないな。
 集中しよう」

 今は何度も挑戦を繰り返すしかない。
 ただ、3点収束は、魔力消費も通常の約3倍。
 かつ、合成のための制御や暴発を防ぐ目的で、さらに余分な魔力が+αされている状態だ。
 身体的な疲労からか、魔力回復力も徐々に落ちてきている。
 魔法発動は、できてあと数回程度だろう。
 だからこそ、1回の発動に集中する必要がある。

「今まで教えたことを復唱しながらやってみて」

 ここで、ノムがアドバイスをくれる。
 少し精神が乱れていたので、タイミング的にありがたかった。
 ノムの提案に対し、首を小さく傾けることで回答。
 そして、今までにノムから教わった3点収束のポイントを思い出しながら、魔力収束を開始した。

「まず、深呼吸。
 頭の中で上向きの正三角形をイメージ。
 片手ではなく両手を前に突き出して手の平で壁を作る」
 
 ちなみに、今回、杖は使用しない。
 3点収束習得は、武器なしの方がやりやすい、らしい。

「魔力開放は、掌(てのひら)から魔力をゆっくり押し出すイメージで。
 ゆっくりゆっくり。
 体内の魔力が、体外に出ると同時に、プレエーテルに変換される」

「そうそう。
 そんな感じ」

「魔力の量は少なめで。
 1コア分を3つに分けるくらいの量で、余裕を持たせる」
 
 1コアの魔力量が多いと、その分、合成時の反発力が大きくなるのだ。
 ここまでは良好。
 問題はここから。

「プレエーテルの一定量の収束を感じたら、プレエーテルを炎のエネルギーに変換。
 しながら、3つのコアをゆっくりと正三角形の中心に集める!」

 最初は正三角形の中心に各コアを移動させることさえできなかった。
 が、この動作も、徐々にできるようになった。
 後は魔力が暴発しないようにコアの反発を抑える。
 これも、当初に比べ長時間抑制可能になってきた。
 前試行よりもさらにいい感じ。
 後は3コアが1つになることを信じて耐えるしかない。

「1つになれ!
 1つに!!」

「『合成』と『属性変換』のタイミングが難しい。
 炎への変換量が少なくプレエーテルの割合が多いと、コア同士が近づきすぎてからの属性変換になり、多くの魔力が必要になる。
 逆に炎に変換しすぎて、変換された炎同士がぶつかると・・・」
 
 ノムが何か解説してくれているが、余裕がまったくなく耳に入らない。
 コアの炎が反発し合い、合成を嫌がるようにチリチリと音を立てている。
 今までの試行の中では、今回が最良の試行であるのは間違いない。
 が、暴発抑制も長くは持たない。
 それならば!
 後は、気持ちで!!

「ラストスパート!
 いっけぇーーーーーーーーーーー!!!!」

<<ジジジジジッ、
 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!>>

「反発が起こって暴発する。
 って、エレナ!!」


 ・・・


 しばらく思考が停止する。
 意識を失っていたのかもしれない。
 朦朧とする意識の中で、順に状況整理を行う。
 (1)トライバースト発動は失敗した
 (2)私が持てる最大限の力で制御された魔力球が、かつてない反発力を発生させ、ついに暴発
 (3)爆発で数メートル後方に吹き飛ばされた
 (4)最後、ノムが何か言っていたが、よく聞こえなかった
 (5)残り時間が少ないので、すぐに再挑戦する必要がある
 (6)しかし、体が動かない
 (7)というか、体中が痛い
 (8)血が出ている

「痛った!
 痛た・・・」

「大丈夫?」

 うめき声をあげる私を見て、ノムが声をかけてくれる。
 見上げた彼女の表情は、今まで見たことのない、すごく心配そうな顔をしていた。
 いつも無表情な彼女の見せるその表情が、今の私に起きている状況の深刻さを物語っているようで、体内に悪寒が走る。

「痛いけど・・・
 このくらいは大丈夫」

 特に理由のない強がりを言ってしまう。
 今回は自分がノムの忠告を聞かず、一気にケリをつけようと無理をしたのが原因だ。
 ノムに非はない。
 そう考えると、ノムに不安な思いをさせるのが嫌だったのかもしれない。

「今日は帰ろうエレナ。
 肩をかすから、ほら」

 『大丈夫』という言葉を聞いたからか、ノムの表情が微笑みに変わった。
 何?この優しい表情。
 普段とギャップがありすぎて若干ときめいたんですけど。
 
 ただ。
 それでも『帰ろう』という気持ちは生まれない。
 どうしても。
 どうしても今日中に。
 できなくてもいいから。
 最後まで挑戦したい。

 だから・・・

「いやー、まだいける!
 魔力回復力的に、今日は後2回は挑戦できるはず」
 
 最大限明るい表情でそう伝えた。

「魔力回復力の問題じゃないから。
 体を壊したら、逆に習得まで時間がかかるだけ」

 見つめたノムの表情。
 いろいろな感情が交じり合い、どれが本当かわからないような・・・
 そんな表情のように感じた。

「今日だけ!
 ねっ、今日だけ無理させてよ。
 なんか悔(くや)しいしさー。
 かなりいい所まで来てる気がするんだよね」

 心配、不安、困惑。
 そんな表情で彼女は考え込んでいるようだ。
 しばらくするとそれは、諦めたような表情に変わる。
 小さなため息をついた後、ノムが回答をくれる。

「まあ、今日だけ。
 その代わり、さっきみたいな無茶は絶対にダメ。
 確かに上達しているから。
 何度も繰り返せば、必ずできるようになる」
 
 私の気持ちを汲んでくれたノムの気持ちに答えたい。
 が、ここまで『やる』と言っておきながら、いまだ体の自由が効かない。
 不甲斐ない気持ちと体の痛みで渋い顔になってしまう。
 するとノムが1つの解決策を提示してくれた。

「そこで横になって。
 治癒術を使うから」

「治癒術?
 回復の魔法だよね」

 なるほど!
 その手があった!
 ナイス、ノム!

「じっとしてて。
 ちょっと集中力が必要な魔法だから」

 そう言うと、ノムは杖を私に向けて魔法の発動を開始する。
 ノムの集中を切らさないように、私は首をこくこくさせて意思表示した。
 
 私の周囲が白く煌(きらめ)き出す。
 気づくと、その光は草原から湧き出すようにあふれていて、さらに、私を中心とする魔法陣が描画されている。
 自分以外の魔力が周囲を取り囲んでいるにも関わらず、それは、とても心地よい。
 改めて、ノムが元プリーストであることを思い出していた。
 しばし、この空間が醸し出す神々しさに惚(ほう)けてしまう。
 プリーストと言うより、天使かな。

「ヒーリングサークル!」

 ノムの声と同時に、地面に描かれた魔法陣から、大量の白い光が湧き出して、私を包み込んだ。

「おー、なんか温かいかも」

 光に包まれる心地よさに若干ボーっとしてしまい、そんな適当な感想がこぼれた。
 徐々に。
 体が軽くなっていく気がする。
 寝そう。
 気づくと、体中にあった傷が消えていた。

「まあ、こんな感じ」

「すごい!
 傷治った!
 初めて見た!
 ノム、ありがとう!」

 初めての体験に感動を覚え、短絡的で率直な感想と感謝を彼女に伝えた。
 本当に。
 本当に。
 今までで一番、ノムのことを尊敬していると思う。
 攻撃魔法だけでなく、こんなこともできるとは。
 さすが、大先生は格が違った。
 しかもかわいい。

 と、私が脳内でノムを褒めちぎっていると、彼女が1点、補足情報を伝えてきた。

「ちなみに。
 治癒術を使用された人は、寿命が縮むらしい」

「『ありがとう』を撤回します」

 何、この上げて下げる感。
 温かい温泉に入った後に水風呂に入るようなものなの。
 私、蕎麦かなんかなの。
 絞めると美味しくなるの。
 
「半分冗談。
 そういう仮説もある、と言う話。
 でもほんのちょっと減るかもね。
 2日くらい?」

 そう言うと、ノムは悪戯をした子供のような微笑(ほほえみ)を浮かべる。
 よし。
 かわいいから許す。

「それじゃあ。
 今からの2時間に、2日分の人生をかけるとしますかね」

「あと1時間半」

「じゃあさっそく!」

 ノムの治癒術で体調は万全。
 今なら行ける!
 私はトライバースト発動のため魔力収束を開始・・・

 ・・・

 できません。

「ちなみに、体力は回復しても、魔力は回復しない」

「あー!
 早く回復して、私の魔力!」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「12時・・・10分前」

 治癒術で体力、時間経過で魔力が回復。
 しかし、満を持してのトライバースト再挑戦は、あえなく失敗に終わった。

 残時間から考えると、次が正真正銘のラストチャレンジ。
 試行回数が増えるほど、コアの反発を抑られる時間が増えてきている。
 この調子なら、次は成功するかもしれない。
 と。
 そう思い込みたいのはやまやまなのですが。
 正直なところ、コアが合成されている感覚は、まったくもって感じられなかったりする。
 このままトライバーストに再挑戦しても、成功確率はアラウンドゼロと思われる。
 認めたくはないが。

 ということで、作戦を変更しますね。

「ノムちょっといい?」

「何?」

「私は今、『3点収束』を習得できればいいんだよね」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ最初に覚えるのは、3点収束『炎術』(トライバースト)じゃなくて、3点収束『雷術』(トライスパーク)でもいいよね」

 属性変更。
 私の得意属性の雷術に全てを賭ける。
 もしかすると奇跡が起きるかもしれない。
 というか、起きろ。

「いいけど。
 でも雷術は威力が高い分、暴発での危険性も高いからね」

 ノムから軽い脅しを受けるも、私の決心は変わらない。

「私が魔導防壁(バリアー)で守るから。
 思い切ってやってみて」

 軽い脅しで気持ちが揺るがなかったことを察すると、ノムが呆れ半分、微笑み半分といった表情で補助を買って出てくれる。

「よっし!
 じゃあ、やってみる!」

「説明の必要もないかもだけど。
 雷術であること以外、発動手順はトライバーストと同じ」

「了解!」

 深呼吸に、成功への祈りを込めて。

 魔力収束開始。
 コア1。
 コア2。
 コア3生成。
 3コア同時、プレエーテルを収束。

 コアの存在をその煌(かがや)きで視認できるようになったとき。
 雷術への変換、3コア合成の同時並行。
 3つのコアが、その色を青色に変えながら火花を散らす。
 炎術(トライバースト)のときには無かった感覚。
 新しい何かが生まれるような。
 そんな僅(わず)かな感覚を。
 体を包む封魔防壁越しで感じたとき。
 私は・・・
 私は!


「あ~~~~~~~~~~~~~~。
 収束した魔力が無くなってく~。
 へなへなする~~~~」

 魔力切れで吸い込まれるように地面にへたり込んだ。
 
「トライスパークは魔力消費が激しすぎるから、今のエレナじゃあ魔力が足りなかった」

「なんだよそれ」

 魔力枯渇の影響か。
 はたまた、日ごろ使わない気力活力を明日の分まで前借りで過剰に利用したからか。
 まったく体に力が入らない。
 だる~ん。

「じゃあ帰ろうか。
 肩をかすから」

 そう言って私の横にしゃがみ込み、青い髪の掛かった肩をぽんぽんと叩いた。
 そんな彼女の気遣いに答えられないほどに。
 お腹が減った。
 酷く眠い。
 宿まで帰るの、超だるい。
 もはや『ここに宿が来い』とか『ここに宿を建てよう』とさえ思うよ。
 とりあえず、1点だけ確認しておく必要がありますね。

「瞬間移動の魔法ってないの?」

「ないって」





*****





「あー。
 結局だめだったな」

 3点収束習得失敗から一夜明け、私はノムと一緒に朝飯という名の昼飯中。
 頬杖を付き、口に運ぶでもないパスタをくるくるくるくるしながら呟いた。
 パスタの麺はこんなにも絡み合うのに、私の作る3つのコアは本当に最後まで言うことを聞かなかった。
 3つのコアも、パスタみたいに回転しながら合成させたほうがいいのかもしれない。
 知らんけど。
 それにしても、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですかね。
 
「で、3点収束の習得は何日程度かかるのが普通なの?」

「1年くらい」

「そら無理だ!」

 1年もかかるのなら私の能力が低かったから習得できなかったわけじゃなかったんだね、という安心感。
 1年って、どんだけ習得難しいんだよ3点収束って、という驚き。
 習得に1年も掛かるのなら、1日で習得できるはずない、という納得感。
 明らかに習得できるはずないのに『1日でできたら』という条件を提示してきたノムへの、苛立ち。
 それらの感情が入り混じり、相殺し合うことで、苛立ちの感情が残りました。
 イラダチスゴイ。
 くっそ!
 珍しくノムが奢(おご)ってくれるとか言うから異質だとは思ってはいたが。
 やってくれたなこのやろう。
 そんな感情でニヤニヤとノムを見つめる。

「エレナみたいに1日中ぶっ通しで習得訓練するのではなく、1日数時間づつ時間を取って、という形で継続的に訓練を行う場合だけど。
 3点習得は魔力消費量も大きいから、すぐに魔力もなくなってしまうし。
 だからエレナも、今日からはそういう方針にするから」

「1年か・・・長いね」

 しみじみと呟(つぶや)く。
 
「エレナなら1年はかからない。
 封魔術の感じからすると、2ヶ月から3ヶ月くらいで習得できる予定」

「あれっ?
 そうなの?」

 ノムの中の私の評価は、私が思った以上に上昇しているようだ。
 期待を裏切る結果にならないことだけを祈りたい。

「あと、やっぱり雷術での3点収束習得はお勧めしない。
 魔力消費が大きくて、挑戦可能回数が減ってしまう。
 炎術のほうがいいと思う」

「そーなのか」

「あと、もう少し能力を強化しておいたほうが楽になるかも。
 3技能に関しても、炎の属性に関しても。
 3点収束習得以外の時間は、闘技場に出場して魔力強化に取り組んで」

「うーん。
 でもやっぱり早く習得したいなぁ。
 ・・・。
 闘技場を休みにして、3点収束習得だけに集中したらダメかな」

 いつの間にか、そんなこと言っていた。
 私が思っている以上に、私は昨日のうちに魔法を習得できなかったことが悔しかったのかもしれない。

「大変だと思うけど、エレナの意志があるのなら、それでも構わない。
 私もできる限りサポートするから」

「ありがとうノム」 
 




*****





 コア1。
 コア2。
 コア3収束。
 プレエーテルへ変換。
 属性変換開始と同時に、3コアを合成開始。
 収束力で魔力球を押さえつけ、反発を抑える。
 ここまでの操作も、かなり手馴れて速くなってきた。
 反発力を抑えるコツも体得でき、さらに何故かはわからないが、コア自体の反発力も日を追うごとに小さくなってきている。
 3つの炎球の反発で発生する火花の量も、今は消えかけの線香花火のようだ。
 そんなことを考えたとき、儚い火花が完全に消える。
 これって・・・ 

「エレナ」

「ん?」

「できてる」

「成功なの!
 本当に!?」

「まだ油断したらダメ。
 放出動作が残っている。
 最後まで集中して」

 緩んだ心を締め直し。
 大地を踏みしめ。
 放出を!

<<ドッ、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーン>>

 放たれた、過去最大サイズの炎弾が、草原の風を切り裂いて進み、一定距離の到達を確認のうえ、大爆発を引き起こした。
 1点収束炎術との、攻撃力の差を、視覚情報、他から判断しようと試みると、徐々に興奮が押し寄せてくる。

「すごい!
 1点収束のときとは、派手さも迫力も、全然違う!」

「放出はもう少し離れたところまで届くといいけど。
 収束に関しては問題ない。
 合格。
 たいへんよくできました」

「22日かかったけどね」

 22日で『よくできた』なのか『そんなもの』なのかはよくわからないが。
 とにかく長かった。
 特に、最初の2週間。
 この2週間がつらかった。
 これは、コアの反発力を抑えるのに集中力が必要で、精神的に削られ続けたのが大きい。
 ノムに『次のステップの話、先に聞いていい?』と何度言い出そうとしたか。
 しかし3週間目になると、コアの反発力が何故か減ってきて、楽になってきた。
 余裕ができて収束する魔力量も少し増やすことができたし、長時間コア同士をくっつけた状態にできるようになった。
 すると急激に、『合成』できている感覚が増してきて、精神的にも安定した。

 正直、2週目までと3週目からの違いがよくわからんのですが。
 この辺りをノムに聞いたところ、『従属情報の強さ』、とか言われたが。
 なんのこっちゃ。
 すごい脳疲労感ですので、それ以上の考察は、今は遠慮しておきます。
 さて、習得もできたし、帰りましょう。
 と、言いたい気持ちは非常に強いのですが・・・

「もう1回やる。
 発動の感覚を忘れたりしたら、洒落にならん」

 人差し指1本を立てて、ノムに伝える。
 ほんの少しだけ、ノムが驚いた表情をしたように見えた。
 『ほんの少しだけ』すぎて、断言はできませんがね。





*****





 覚えたての3点収束炎術を繰り返し試行。
 その試行は、一度たりとも失敗しなかった。
 この成功体験の繰り返しが、私に、自信を与えてくれる。

「いよーし!
 うまく使えるようになったし!
 疲れたし!」

「宿に帰る?」

「その前に晩ご飯食べる」

「それじゃあ、今日は私が奢る」

 !!!!!!!!!!!!!!!
 元々は、『1日でできたら』という条件だったはず。
 22日かかったけど、いいの?
 ノム、どしたの?
 風邪なの?
 確率変動なの?
 エレナちやほや月間なの?

「おお!やった!!
 あーでも、1日じゃできなかったし・・・」
 
「んじゃ、やっぱやめる」

「はいっ!ごめんなさい!
 謝るから、奢(おご)ってください!」

 危ねぇ。
 ノムが奢(おご)ってくれるとか、レアモンスターの遭遇確率より低いぞ。
 あと、最近闘技場に行ってないから、お金がないのです。

「で、エレナは何が食べたい?」
 
 私が選んで良いらしい。

「うーん、じゃあ・・・」




















Chapter8 武具収束術技




 ノムが晩御飯を奢ってくれるというので、行き着けの酒場に来ました。
 この酒場、昼はランチをやってます。
 パスタが量良し味良し値段良しなので、ノムと一緒によく昼ご飯を食べに来ます。
 が、今は夜なので普通に酒場です。

「夜来ると客はおっさんばっかりだねー、ノム。
 じゃあとりあえず。
 マスター、ビール2つ!」

<<バコッ!>>

「痛い!
 杖で叩いた、しかも角で!
 その杖って高いんでしょ。
 壊れても弁償しないよ」

「『ビール~』じゃない。
 私たちまだ成人してない」

「冒険者の町だけあって、成人しないと飲めないなんて規則はこの町にはないもんねー。
 あー、でもノムのとこの教会は成人まで飲めない決まりなんだったっけ?」
 でもノムもうやめたんだよね、そこ」

「ヴァルナ教ね。
 自分の住んでた町で信仰されてる宗教なんだから覚えようよ。
 まあ、確かにもうやめたけど」

 そうそれ。
 ノムはヴァルナ教のプリーストだったが、今回の旅を始める際に退職した。
 ヴァルナ教の人がノムを様付けで呼びとても慕っていたので、そこそこ以上の地位であったと推測される。
 ただ、ノムが神事を司(つかさど)っているのとか、あまり想像できない。
 信心深くなさそうだし。
 信者が懺悔に来たら、『許さん』とか言いそう。
 でも、悪魔祓いとかは得意そうだな。
 ノムが慕われている理由は、この辺りにあるような気がする。

 ヒリヒリする頭をぽりぽりしながら、ノムの顔を見て彼女の過去に関する考察を行う。
 ノムはまだ何か言いたそうだが、その前に私が注文したドリンクが到着した。

「うぇーぃ。
 ビール2つおまちー」

「おー!きたー!!」

「飲むの?」

「そりゃぁ、飲むけど」

「注文の仕方もそうだけど、なんか慣れてない?」

「まあ、この前も飲んだからね。
 お昼に一人で来たとき、お店のマスターから勧められて。
 なんで勧められたのか、よくわかんないけど」

「それは、エレナが昼間から『イカソーメン』食べてたからだと思うけど」

 そういえば食べてたな。
 あの時。

「まあまあ、今日は私の3点収束習得とステップアップのお祝いってことで。
 ・・・。
 ステップアップでいいんだよね。
 もしかして、明日、闘技場の次ランクをクリアして来い、とか言わない?」

「今回はない」

「いよーーっし!
 じゃあ今日は飲むぞー!!
 ってことで、かんぱーいーー」

<<カツン>>

「うへぇ。美味(おい)しいわぁ。
 ノムも飲もうよ~」

「・・・まあ。
 もったいないし、飲むか」





*****





「あははははははーーー!!
 私の魔法を受けてみなさい!
 目障(めざわ)りなのよ、消えなさい!!
 アルティメット・イレイサー!!!


 ・・・みたいな展開を期待してたんだけど。
 ノムって、お酒飲んでもあんまし変わんないね」

「なんないから。
 『アルティメット・イレイサー』って何?」

「ノムー、これおいしいよー」

「人の話聞いてる?」

「食べる?」

「これなに?」

「たこわさび」

「だから。
 私、たこは食べれないって」

「食べさせたい!
 おいしいのに。
 どこがだめなの?」

「うねうねしてて、視覚グロテスクなものを口に入れる行為」

「今はうねうねしてないよ」

「してたら今頃、魔法で焼いてる」

「あー!
 でもそれもおいしそうかもー」

「エレナってバカ」

「バカは褒め言葉だよ」

「だから褒めてる」

「褒めるはいいから、たこ食べようよ~」

「だめ、食べたら夢に出そう」

「私はいっぱい出てきてほしいなー」





*****





「これ、意外と美味(うま)いな」
 
 店長(マスター)おすすめのモゲラ(巨大なモグラのモンスター)のから揚げは、食べてみると想像以上に美味しかった。
 あのモンスター食べれたのね。
 それにしても、調子にのって、だいぶん飲んじゃったなー。
 まあ、ノムの奢りだからいいけど。
 ・・・。
 奢りだよね。
 最後の最後で酔いが醒めて、割り勘、とか言わないよね。
 これ、もっと飲ませたほうがいいな。

 そんな邪(よこしま)な作戦を考えながら、ノムを観察する。
 私に引けをとらず、ノムもかなりお酒が進んでいるようだ。
 そのわりには大人しい。
 大人しいのは大人しいのだが、いつもの無感情の無表情とは違い、すごくやわらかさを感じる無表情。
 頬がほんのり赤くなって、目がトロンとしている。
 くっそかわいいんだけど。
 そんなかわいい彼女がジョッキに入ったビールを両手で持ってクピクピと飲み干す。
 空になったジョッキを音を立ててテーブルに置くと、日ごろ見ない真剣な表情で私をガン見してきた。
 もしかして、作戦がばれたの!?
 読心術なの?
 お見通しなの?

「エレナー」

「な、なに?」

「今日は、武具収束術技(ぶぐしゅうそくじゅつぎ)について教える」

「授業始まった?!」

「武具収束術技は術者の所持する武具に魔力を収束、
 ただしこのときその魔力がプレエーテルでもエーテルでも四元素でも、
 封魔でも構わないが、収束させて、
 物理的攻撃と組み合わせる攻撃手段。
 ただし、物理攻撃、魔術攻撃を同時発動する場合だけでなく、
 物理攻撃、魔術攻撃を別々に連続的に使用する場合なども含む。
 武具収束術技の定義はかなり曖昧。
 あー、でも、武具による術増幅効果目的のみの場合は除く。
 魔術を武具による技と組み合わせることにより、
 魔術のみを使う場合よりも威力の高い攻撃を実現できる。
 が、しかし、もちろん、魔術のみならず、武具の熟練も必要となり、そのぶん習得は大変。
 でも、武具収束術技は現代の戦闘技術、
 特に対人対魔共に、1対1戦闘においてとてもポピュラーで、
 もし武具収束術技を使えないとしても、
 関連する知識を持っておくことは、防衛の観点からして絶対必須と言える」

 す・・・
 すっげーしゃべってる。 
 しかも、いつもより早口で訳わかんないし。
 気持ちよく語っているので、途中で遮(さえぎ)ることが躊躇(ためら)われる。
 ここで割り込んで『明日でいい?』とか言うと、本当にアルティメット・イレイサーをお見舞いされるかもしれない。
 
「武具収束術技は、略して『術技』とも呼ばれる。
 他、ウエポンインハレーションアタックとかマジックアタックといった別称もある。
 武具ごとに有名な武具収束術技が存在する。
 武具の性質と魔術属性の性質の関係性により、武具ごとに相性の良い属性が・・・」

 明日、またもう一回教えてもらおう。
 話を聞いている振りをして、から揚げの続きを食べよう。
 私は首を縦にゆらゆら動かしながら、から揚げにフォークを伸ばそうとする。
 と、思ったタイミングで、後ろから声を掛けられた。

「おー、お前ら」

「ん?」

「むー」

 金色の短髪、ヘラヘラした表情の男。
 なんかこの人、どこかで見たな。

「いつもうちの店に来てるやつだろ」

「おー、武器屋のおっさんだ」

「おっさんって。
 俺、まだ26なんだが」

 私がお世話になっている武具店の店員だ。
 黒のシャツが体にピッタリフィットして、彼が筋肉トレーニングを怠っていないことを確認できる。
 
「お前、名前は?」

「エレナっす」

「そっちは、ノムだったよな」

「むー」

「うえっ?
 なんで知ってるの、ノムのこと?」

 ノムって有名人なの。
 それとも、おっさんがストーカーなの?
 ノムをストーキングするとか命知らずにも程がある。
 マゾなの?

「コイツは昔、闘技場で、大人相手に大暴れして。
 すげーちっさくて、すげー強えーのがいる、っつって。
 いっとき、街の有名人になったんだよ。
 ちったー大人になったようだが、顔は変わってないから。
 すぐわかった」

 ノム、闘技場に出場したことがあったのか。
 どおりで、闘技場に関して詳しいわけだ。

「あと、俺はお前に半殺しにされた記憶があるぞ」

「覚えてない。
 弱すぎて」

「かわいくねーなー」

「そんなことない!
 ノムはかわいいよ!」

「そういう意味じゃねーって」

 いつもにも増して、ノムの発言の攻撃力が高い気がする。
 その理由は、酔っているからなのか、魔術の講義を途中で邪魔されたからか、過去の因縁か、生理的な理由なのか。
 わからないが。
 
「そういや、お前。
 闘技場に通ってるんだったよな」

「え?あー、はい。
 最近、ちょっと休んでましたけど」

「俺も闘技場に出てるんだぜ。
 お前、今のランクは?」

「ランクI(アイ)っすけど」

「俺はランクC1だ」

 へー。

「私はランクA1」

「そんないってたの?!
 最高ランクじゃん!」

「お前には聞いてない」

 闘技場のランクは、最低のランクQから、P→O→・・・→I→H→G→F→Eの順でランクアップしていき、この後はD3→D2→D1→C3→C2→C1→B3→B2→B1→A3→A2→A1。
 つまりランクA1は、闘技場の最高ランクに対応する。
 ノムが凄すぎて、おっさんが何ランクって言ってたか忘れてしまった。
 
「で、なんだが。
 明日、次のランクに挑戦するんだが、見に来ないか?」

「んーでも、お金ないしなぁ」

「見に行く」

「ノム?」

「見に行く。
 負けるとこを見に」

 話の流れ上、『お前の試合なんか見ても得るものなんてねぇよ。行かん』という内容を婉曲的に表現した回答になると思っていたが、『お前の試合なんか見ても得るものはないが、負ける様は滑稽で興味深いので行く』という内容を端的に表現した回答になった。
 それにしてもこの男、ノムの実力を知っていながらこれだけ臆することなく強気な発言をするとは。
 以前この2人の間に、私の知らない『何か』があったのか?

 ・・・。

 もしかして、付き合ってた!?
 年の差カップルなの!?
 ロリコンなの!?
 
 過去を透視せんと顔面を凝視していると、おっさんが言葉を続ける。

「前の俺とは違うってとこを見せてやるよ。
 武器屋稼業の傍らで、常に鍛錬してんだよ、俺は。
 っていうか、お前、あんまり魔力を感じないな。
 ちゃんと鍛えてんのか?」

 挑発的な発言を受けても、ノムはまったく気にしていないようだ。
 よかった。
 『試してみるか』などと言い出したらどうしようかと。
 怖すぎる。
 思い浮かぶ未来の複数の可能性の全てに『血』が関連する。

「明日、必ず来いよ!
 13:00からだぞ!
 遅れんなよ!」

「あー、行っちゃった。
 で、ノム。
 本当に見に行くの?」

「行く」

 改めて確認したが、やはり行くらしい。
 やっぱりノムって加虐嗜好者なの?
 そんなに人が負けるの見て楽しいの?
 そんなことを考えながら、引きつりそうな表情を抑えてノムを見つめる。
 すると、ノムが一瞬何かを思い出したような顔をした。
 
「で、エレナ、さっきの続きだけど。
 術技と言うのはずっと昔、マリーベル時代よりももっと早くから・・・」

「あーーーー!ノム!
 魔術の話は明日でいいから!
 それよりもっと飲もうよー。
 ほら飲んで飲んで~」

「あ〜〜。
 エレナだめだって」

 拒絶を示すノムの、か弱い反発力を無視して、飲みかけの私のビールを無理やり飲ませる。
 ノムの酒切れてるな。
 早く注文させよう。
 あと、話題変えよう。

「っていうか、おっさんの名前聞くの忘れてたね。
 ノム知ってるの?」

「武器屋のおっさんでいい」

「ノム。
 昔、おっさんとなんかあったの?」





*****





 次の日、武器屋のおっさんの試合観戦のため、ノムと2人で闘技場に来ました。
 観客席、東門側の最前席。
 着席し、周囲を見渡し。
 私は思った。
 闘技場のランクと、観客の数が、おおよそ比例している、と。
 現状、私が出場するランクよりも、観客数が多い。

「うーん、上位のランクだけあって観客が多いね。
 でも、ノムはおっさんが見に来いって言ったの、断ると思ってたけどね。
 何か思うところがあったりするの?」

 『ノムとおっさん恋人説』検証に向け、探りを開始する。
 名探偵エレナ、爆誕の瞬間である。

「今日は単に武器屋のおっさんを見に来たわけじゃないの」

「あれ?
 負けるとこを見るんじゃ?」

「あれは嘘。
 エレナに魔術を教えるのにちょうどよかったから」

「どういうこと?」

「今日は、武具収束術技(ぶぐしゅうそくじゅつぎ)について教える」

 話がうまく脳内で繋(つな)がらず。
 釈然としないまま授業が開始される。
 昨日、酒場で聞いた『武具収束術技』の話のようだ。

「もう一回説明したほうがいいよね」

「はい。
 正直、全く覚えてないです」

 よかった。
 『昨日話したからいいよね』とか言われたら、どうしようかと思ったよ。

「じゃあ最初から。
 武具収束術技とは、武器攻撃と魔法攻撃を組み合わせた攻撃で、物理と魔法、両方の特性を持つ。
 武器に魔力を定着させたり、武器攻撃と魔法攻撃を同時に行ったり。
 アイデア次第で、他者との差別化を図れる。
 ・・・でも」

「でも?」

「私は杖しか使えないから教えづらい。
 杖の武具収束術技もあるにはあるけど、私は使わない。
 でも、エレナは杖以外の武器も使えるから、武具収束術技が使えれば、一気に戦力アップする。
 だから今日、武具収束術技がどんなものか見に来た。
 武器屋のおっさんの戦い方が過去と同じなら、間違いなく武具収束術技を使う。
 おっさんが使う武具収束術技をエレナに見せたかったのが、今日、ここに来た理由」

 なるほど、納得。
 ノムとおっさんが付き合ってたり、ノムが加虐嗜好なわけではないようだ。
 ちょっと安心。
 なような、名探偵エレナ御役御免で残念なような。
 そんな2つの感情が行ったり来たりしているうちに、挑戦者入場が場内アナウンスされた。 

「始まるみたいだよ」

 ノムの見つめる先、南の入場門から、赤黒い斧を持った金髪の男が登場した。
 武器屋のおっさんだ。
 武器は長戦斧(ちょうせんぷ)か。
 しかも、店の高いやつ。
 って、武器屋だから当たり前か。

 程なくして相手モンスターが北の入場門から登場。
 相手はよく見る獣人モンスター、コボルト。
 ではあるが。
 灰色のコボルトは初めて見る。
 今回、おっさんが挑戦する闘技場ランクはB3。
 現在の私のランクI(アイ)の11段階上のランク。
 現時点の私では撃破するのは到底無理。
 試合開始前、観客席からの観察でさえそのような考えに至る。
 それ程に、相手は強い。

「はじめ!!」

 試合開始のアナウンス。
 と同時に、おっさんが相手モンスターに向かって全速力で距離を詰める。
 一気に決着をつけるつもりだ。

「エレナ、ここからよく見てて」

 ノムからの指示で、さらに集中力を高める。
 すると、おっさんの持つ長戦斧に魔力が集まっていることを感知できた。

「おお!
 斧が炎に包まれていく!」

 魔力を感知した次の瞬間、斧の先端から炎が発現。
 斧にまとわりつくようにして、その絶対量を増加させていった。
 相手の間合いに入ったのと同時に、魔力収束が完了。
 そして炎に覆われた長戦斧を、相手に向けて振り下した。

<<ドーーーーーーーン!!!!>>

 爆音と衝撃。
 巻き上げられた塵で詳細を確認できなくても、相手のコボルドの敗北を予測できる。

「今のが、斧と炎の武具収束術技、『強化火炎撃』。
 斧に炎を定着させ、物理攻撃と同時に定着させた魔力を一気に解放する。
 単にバースト系の魔術を使うより、断然高威力」

 ノムの説明が終わると同時に、試合終了がアナウンスされる。
 本当に、1撃で相手を沈めてしまった。
 正直、おっさんのこと、かなり舐めてました。
 謝罪の意味を込めて少し褒めておこう。

「おー勝った!
 すごい!
 武器屋のおっさん強いね」

「武器がいいだけ」

「さらっとひどいね」





*****





<<ドーーーーーーーン!!!!>>



 ・・・



 本日、何度も聞いた爆発音。
 そして試合終了のアナウンス。

 第2戦、第3戦と順調に勝ち進んだ武器屋のおっさんは、第5戦。
 相手モンスター『レッサーデーモン』の放つ強烈な炎術をまともに喰らい。
 完全に動かなくなった。

「負けちゃったね・・・」

「やっぱり弱かった。
 派手なだけ」

 体の所々から黒煙を上げるおっさんが、闘技場のスタッフに運ばれていく。

 ・・・

 ありゃぁ、死んだな。
 なんか、嫌なものを見た。
 お願いだから安らかに成仏してほしい。

 おっさんの死。
 これを無駄にしてはいけない。
 ここから学ぶべきことは多々ある。
 何故おっさんがこんな結末になってしまったか、改めて考えてみよう。

 まずは3戦目まで。
 必殺の強化火炎撃で、問題なく勝ち進んだように見えた。
 しかし、後々考えると、ここまでで魔力を無駄に使いすぎていた。
 相手モンスターとおっさんの力量差、おっさんの魔力回復力の低さを考えると、ここまでは魔力を温存しておくべきであったと思う。

 次に第4戦。
 相手はレイス系モンスター、緑色のローブを纏(まと)い、風術を操る死霊、『メイジ』。
 おっさんは、この相手と非常に相性が悪かった。
 相手の使う風術(エリアルウィンド)、それ単発ではおっさんの高い防御力からしてあまり脅威にはならない。
 しかし、おっさんはこれをいいことに、魔術防御をおろそかにしてしまった。
 メイジはおっさんとの距離を取りながらジワジワと攻撃をヒットさせ、一方おっさんの粗い攻撃はなかなかクリーンヒットしない。
 結果的にこの一戦で、体力、魔力ともに大きく削られてしまった。
 とてつもなく失礼な話だが、おっさんよりもメイジの方が知力が高いんじゃないかとすら思ったよ。

 最後に第5戦。
 相手は炎の魔法とするどい爪による物理攻撃を兼ね備える凶悪なモンスター、『レッサーデーモン』。
 私が知る中で、最も畏怖すべき種族に属するモンスターだ。
 魔力の尽きたおっさんの斧攻撃を易々とかわしながら、立て続けに炎術を直撃させていった。

 ここまでを総括すると。
 おっさんは、魔術師に弱い。
 特に、相手の攻撃をかわしながら、間合いを広く取って攻撃できる、敏捷性の高い魔術師にめっぽう弱い。
 それはまさに、私が最も得意とする戦闘スタイルだ。
 よし。
 これでおっさんが化けて出ても、問題なく撃退できる。

 脳内で一通りの幽霊対策が構築できたところで、私達は闘技場を後にした。

 それにしても。
 おっさんが致命傷となる爆撃を受けたとき、ノムがニヤニヤしているように見えたけど。
 気のせいだよね。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 次の日、ノムに武器屋に連れてこられたわけですが・・・

「死霊になっても武器屋ってできるんですね」

「死んでねぇよ」

 何事もなかったように、金髪の男がそこにいた。
 それどころか。
 昨日受けたはずの爆撃による傷も見当たらない。

「昨日の時点では、遠目から見ててもダメっぽかったですけど」

「俺は回復能力には長(た)けてるからな。
 あのくらいの攻撃じゃ殺せないな」

 うまく言葉で言い表せない不安感を感じる。
 その不安感を払拭したくて、私は少し離れたところで商品の杖を眺めているノムに近づき、声をかけた。

「ノム、すごい!
 おっさん生きてた。
 やっぱ強いのかな?」

「闘技場のスタッフの治癒術がすごいだけ。
 弱い」

 端的な言葉でばっさりと切り捨てた。
 しかし今の発言で、いろいろな線が繋がり不安感が払拭される。
 闘技場には治療専門のスタッフがいる。
 私も、大きな怪我ではなかったが、戦闘後に手当てをしてもらったことがある。
 しかしそのスタッフが、あの致死レベルの惨状に対応できるとまでは知らなかった。
 闘技場にこれからも通う身として、とてつもなく頼もしい。
 まあ。
 もちろんお世話にならないのがベスト、ではあるのだが。

 一通り納得いった。
 わからないのは、あともう1点。

「そういえば、今日はなんで武器屋に来たの?」

「昨日の武具収束術技の使い方をおっさんに聞いてきて。
 私が教えるより、わかりやすいと思う」

 なるほど。
 おっさんが心配で様子を見に来たわけではないらしい。
 おそらくノムは、昨日の時点でおっさんが死んでいないことを知っていたのだろう。
 だから、特に心配はしていなかったのだろう。
 そういうことにしておく。

「おっさん、じゃなくてイモルタだ」

「おお!
 おっさんいたの?」

「イモルタだっての」

 いつの間にか、おっさんに背後を取られていた。
 ちょっとびっくり。
 まだまだ、修行が足りない。

 この武器屋のおっさんは、『イモルタ』という名前らしい。
 ちなみに武器屋の店員でなく、武器屋の店主らしいです。
 ノム曰(いわ)く。

「イモルタさん」

「呼び捨てでいい」

「おっさん」

「お前はおっさんのままでいい」

 ノムはあくまで名前で呼ぶ気はないらしい。

「で、昨日の術技について聞きたいんだって。
 まあお前らは御得意様だし、仕方ねーかな」

 しゃべりたいんだなー。
 でも実際、すごく有難(ありがた)かったりする。
 イモルタの戦術にはヒビがある。
 がしかし、あの強化火炎撃の威力は本物だ。
 是非とも、私も使えるようになりたい。
 教えて教えてオーラ全開でイモルタを見つめる。

「昨日俺が使った術技は、炎と斧の武具収束術技の『強化火炎撃』だ。
 斧に炎術による炎をまとわせて、攻撃点で爆発させる。
 俺のように、斧と炎術が得意なやつにとって、最重要な技だ。
 ちなみに、1つ下のレベルの火炎撃、上のレベルのフレアストライクという術技がある」

「フレアストライク、って名前がかっこいいっすね。
 やっぱり威力も強いんですか?」

「俺は使えないが」

 別に使えないからどうこう思うわけでもないのだが。
 なんとなく次の言葉が浮かばず、イモルタを見つめてしまう。
 しかし彼は、『使えないんかい!』と私が思っていると捉えたようだ。
 ・・・。
 まあ。
 少し思ったけど。

「難しいんだよ。
 そいつは武具収束術技の1つ上のレベルの技能である、『武具収束奥義(ぶぐしゅうそくおうぎ)』って呼ばれるもんで、高い魔術的な素養が必要なんだ」

 知らない言葉が出て来たが、私にはまだ早いことだけは瞬時に理解できた。
 私よりも数段強いイモルタが習得できていないものを、私が習得できるとは思えない。

「まあ、おまえが斧を武器にするんなら、火炎撃から始めることになるな。
 そこから、徐々に強い技を覚ていく」

「槍の術技とか、大剣の術技とかもあるんすか?」

「もちろんある。
 ちなみに、お前。
 3点収束は使えるか?」

「はい!
 まさに一昨日(おととい)使えるようになったんですよ!」

 あまりにもタイムリーな内容だったので、少し興奮する。
 習得訓練での苦労話とか聞いて欲しい。

「一昨日か!?
 あー、でも一回使えればあとは楽だし、すぐに慣れるか。
 でも習得は結構梃子摺(てこず)っただろ!
 俺は1年半かかったぞ」

 ・・・。
 やっぱり、この話題を広げるのはやめよう。
 話題を変えるべく思考を開始しようとすると、すぐにイモルタが説明の続きを始めた。

「3点収束を応用すると、術技を強化できるんだ」

 の?
 よくわからんのでよくわからん顔をしていると、イモルタが一から説明してくれる。

 まずは、例えば火炎撃の発動に関してだが、武器の攻撃部、剣の刃に魔力が集まるように念じて魔力を流す。
 ただ単純に魔力を流すだけだと、それは魔力を捨ててんのと同じ。
 実際は、武器の中に魔力を引き寄せる、引力源となるコアが作られてるんだと。
 これは、空間中に魔力のコアを作る場合と同じだな。
 火炎撃は、基本的に武具中のある1点、特に宝珠のようなコアが付いている武器だとその部分になるが、この部分にコアがあることをイメージし、その場所に向けて体内から魔力を流す。
 ちなみにこのとき、剣から魔力が漏れないように、剣の外側から圧力を掛けるようイメージするといい。
 ある程度魔力が集まっているな、と感じたら、ここから、炎に変換してやればいい。
 これで、炎が剣の刀身に纏(まと)わり付く。
 最後、攻撃のタイミングで放出動作を行えば、さらに威力アップだ。
 こんな感じでー、火炎撃くらいなら実現できると」

「ほぇ~」

 当初の想定以上に真面目かつ有用な話であることに途中で気づき、急いで鞄に入っていたペンと魔導学のノ-トを取り出してメモを取る。

「そして、強化火炎撃。
 この場合は、武器の刃の中にコアを3つ作るようにイメージするんだ」

「コアを3つ?」

「おおよそは3点収束のときと同じだな。
 3つコアを作って、それぞれに向けて魔力を流す。
 ただ、3つのコアの合成は不要だ。
 厳密には、『やろうとはしたが、できているのかできてないのかよくわからん』という感じだが。
 とにかく、コアが多いほうが威力が格段に上がる。
 しかし、3点収束ができる程度の魔力的な素養がないと、武具中に複数点のコアを作るのは難しい、んだと」

「うーん・・・
 わかったけど納得できないというか。
 私に、できるかどうか不安というか」

「実際にやって体得するしかないさ。
 理論的なことを完全に理解しようったっても無理な話だ。
 多少不思議でも、そうなるもんはそうなるんだよ」

 『実際にやって体得するしかない』に強い共感を示す。
 思考の材料となる経験が不足している。
 まず実際にやってみて、その後もう一度改めて説明を聞きたい。
 幸いなことに、武具店に来ればいつでも話を聞けそうな雰囲気だ。
 武器も買っているし、一応お客様でもある。

「ちなみに」

 その言葉で正面のイモルタを見つめると、ちょうど目が合い、2人して少し驚く。
 その時点で声の主がノムであることに気づいた。
 私とイモルタがノムの方向を向くと、補足説明が開始される。

「空間中の球収束のときと異なり、武具収束でのコアは、自由に武器内を動き回っている」

「そうなのか?」

 イモルタが少し驚いた表情で確認する。

「コア、そしてコアに収束される魔力も、武器の内部を動き回る。
 これを浮動点収束という。
 ちなみに3点収束のように、『コアが3つだと効率が良い』ということはない。
 3点収束に慣れているから、3点がやりやすいというのはあるけど。
 3点コアを作ったつもりでも、実際は2点だったり、4点だったりすることもあるらしい」

「ノム、詳しすぎ」

「まあ、理屈はいいとして。
 お前が今使えそうな術技を列挙しておいてやる。
 好きな武器、好きな属性からやってみるといい」

 私の持つ魔導学のノートを見つめながら、そう提案してくれる。
 得意属性雷術の武具収束術技があることを願いつつ、私はノートを手渡した。
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 【魔術補足】武具の特性、内収束・外収束
 
 
 
 
 
「ノムー。
 新しい武器を買おうと思うんだけど。
 何かアドバイスとかない?」

「んー、じゃあ一緒について行こうか」

「おー、行こう行こう!」





*****





「ということで、イモルタの武器屋にきました。
 がぁ。
 ノムのお勧めは?」

「うーん。
 やっぱり、ここに最初に来たときに勧めた、槍と斧かな。
 長いシャフトの先に攻撃部が付いているこの形状が、杖に類似しているから。
 杖に似たような、魔術的な使い勝手がある。
 だから、エレナが杖での魔術の収束を練習したら、比較的それに近い感覚で、槍や斧でも魔力収束を行える」

「うんうん」

「斧は、集めた魔力を、叩きつけたときに爆発させるような、近距離攻撃の術技に向いている。
 高い攻撃力が見込める。
 属性的には、属性変換後も収束しやすい、炎や雷系と相性がいい」

「斧、候補1、っとね」

「槍は、集めた魔力を突き攻撃と同時にショット系の放出を行うような術技に向いている。
 攻撃力は斧より低いけど、射程は長いかんじ。
 あと槍は、武器を作る人間の観点から見ると、コアとなる宝石や鉱石を取り付けやすく、斧よりも構造的に杖に近くなる、っていう利点がある。
 だから魔力を比較的コントロールしやすくて、制御の難しい封魔術に向いている。
 そして封魔術に向いてるという理由から、マリーベル教会の人がよく使用している」

「大剣と刀は?」

「大剣は、エッジに魔力を蓄積するイメージ。
 長時間の収束には向かないけど、収束後すぐに発動するなら、払い攻撃でスラッシュ系放出の魔術を発動できる。
 慣れてくれば、炎などのエネルギーを剣にまとわせたり、いろんなことができるけどね」

「ふにゅ」

「刀は大剣と類似。
 魔導術や風術のスラッシュ系放出と相性良し。
 残念ながら、安価な刀は魔術相性に期待を持てない。
 でも、高価な刀は、刀身部分に良質な鉱石を使っていて、魔術相性が抜群。
 将来的には有望な武器」

「うーん・・・。
 武具収束の『収束』って、炎とか風とかを武器に集めて・・・ってこと?
 そのあと、『武器を発射口にして、炎を放って、攻撃する』・・・って感じかな?
 どだろか?」

「武具収束での収束には2種類あるの。
 1つはプレエーテルを収束する『内収束』、もう1つはエーテルや四元素エネルギーを収束する『外収束』。
 前も言ったように、エーテルや四元素エネルギーは『攻撃可能な』エネルギー。
 『触れることができる』エネルギー。
 一方、プレエーテルは『攻撃不能な』エネルギー。
 『触れることのできない』エネルギー」

「んー・・・
 わかるよーな、わからぬよーな」

「『接触不能な』プレエーテルは、武器の『内部』で収束できる。
 だから『内収束』。
 『接触可能な』エーテルや四元素エネルギーは、武器の『内部』では収束できない。
 だから武具の『外部』で収束する『外収束』。
 プレエーテルの間は、武器の『中』に魔力を流す。
 で、そのあとエーテルに変換したら、武器の『外』でエーテルを集める」

「プレエーテルを6属性に変換した後は、武器の外で集める、ね」

「小難しいこと言ったけど。
 実際は、普通に魔法を使うのと、そんなに変わらない。
 プレエーテルを集めて、攻撃可能なエネルギーに変換して、攻撃する。
 練習あるのみ、なの」

「よし!
 じゃあ早速帰って練習しよう!
 新しい武器で!
 んーーー、どの武器がいいかなー」

「武具収束の練習は、武具内に魔力を流すから、武器の劣化が早まる。
 だから、古い武器で練習するほうがいい」

「さようですか」





***** ***** *****

























Chapter9 多属性合成魔術




「なにやってんの?」

「うおぅ!!!
 ノムいたのか!?」

 私の背後、彼女のボソボソボイスが聞こえる程の至近距離から突然声をかけられた。
 全く気づかなかったぞ。
 武具収束術技の鍛錬にのめり込んでいたこともあるだろうが。
 モンスターが出現する可能性があるこの場所で、私だって気を緩めていたわけではないのに。
 改めて、彼女の気配を消す技能(オーラセーブ)のレベルの高さを思い知らされる。
 ノムがアサシンなら、私死んでたね、今頃。
 もういっそ、アサシンに転職したほうがいいんじゃないの。
 
「いやーさー。
 自分オリジナルの必殺技を作れないかなって思ってさ」

 このように考えたのには、複数の理由がある。

(1)武器ローテーションにより現在使用中の刀と、私の得意属性である雷術を組み合わせた術技が、イモルタピックアップの術技一覧の中にはなかったこと

(2)イモルタピックアップの術技は汎用的なものであるので、対戦相手の意表を付くためには、より斬新な技のほうが良いのでは、と考えたので

(3)自分で考えたほうが、より自分の能力にあった技になるのでは、と考えたので

(4)イモルタピックアップの術技の習得に、若干飽き始めていたので、気分転換に

(5)オリジナル必殺技って、なんかかっこいいので

 最終的な意思決定に際し、どの理由が支配的であったかは割愛しますね。

「オリジナルとかまだ早いって。
 イモルタのピックアップした術技。
 それはただ適当に選んだり、イモルタだけが使う技というわけじゃない。
 彼が選んだのは、昔から多くの人が使用し、洗練されながら受け継がれてきたもの。
 数ある術技の中で、基礎となるものなの。
 まずは基本から。
 変なオリジナルは、その後」

「まあ、ですよね」

 『変』かどうかはさておき。
 ノムの言わんとすることはよくわかる。
 実際にオリジナル技の開発をやってみたことで、それを否応無く体感させられた。
 まず、装備中の刀は安物で、武具への魔力の収束が非常にやりにくい。
 『剣は魔法と相性が悪い』とはこのことを言うのだ。
 さらに、刀と雷術の相性もあまり良くない気がする。
 だからこそ、イモルタピックアップの中には、『雷術×刀』の術技がなかったのだろう。

 素直にイモルタ先生の提案に従おう。
 あと、宿から槍か斧を取ってこよう。
 刀、難しいです。

 私が必殺技開発を諦めたことを察したようで、ノムはそれ以上この件には触れず、武具収束の補足情報の説明を始めた。

「ちなみに、武具収束術技だけど。
 武器によって相性のいい属性があるの。
 杖は炎と風。
 刀は風と魔導術。
 斧は炎と雷。
 大剣は炎と風。
 槍は雷と封魔術、そして神聖術」

「神聖術?」

「神聖術は、光属性と封魔属性の合成術」

「合成術?」

 知らん単語が立て続けに出てきたんですけど。

「実は、今回のステップで合成術の習得を目指すの。
 これを覚えれば、一気に戦術の幅が広がるから。
 でもその分、習得は難しいから。
 覚悟して」

 逆に、『習得は楽勝』と言われたほうが驚くよ。
 難しいのが当たり前で、なんかどうでもよくなってきたかもしれません。





*****





「『合成術』。
 正式には、『多属性合成魔術』」
 名前のとおり、複数の属性の魔力を『合成』して実現する」

「複数属性を合成、って、どんな感じで?」

「3点収束の3つのコアを、別々の属性で作って合わせる」

「うわっ!
 そんなことできるの!?
 ・・・。
 っていうか、危なくない?」

「危ない。
 最初は」

 ノムが言う『危ない』は、『下手すれば死ぬ』程度のニュアンスで受け取るべきであろう。
 同属性の合成でもアレほどのコア間の反発が発生するのに、これが別属性になったと考えると、反発力増加は必至。
 さらに属性が異なると、3点のコアのバランスが崩れてしまいそうだ。
 怖いなー。
 怖いなー。

「多属性のコアが重ね合わされてできる魔力球は、各属性それぞれの性質を持つの。
 しかも、元の属性以上の性質を持つこともある」

「合成術って、例えばどんなものがあるの?」

「最もポピュラーな多属性合成魔術は、『炎炎風(えんえんふう)三点収束バーストストーム』」

「炎炎風?
 コアが『炎・炎・風』ってこと・・・だよね」

「その通り。
 3つのコアのうち、2つを炎属性、1つを風属性で生成する。
 炎の攻撃威力と風の広範囲性が合わさった、非常に高性能で使い勝手の良い優良な魔術。
 一度に複数の敵を相手にする場合に、その真価を発揮する」

「『炎・風・風』じゃだめなの?」

「『風風炎』の場合は、ヒートウェイブという別の魔術になる。
 バーストストームよりも広範囲だけど威力が落ちる」

「へー」

「一般的に、ヒートウェイブよりもバーストストームのほうが習得しやすい、と言われている。
 だから、最初はバーストストーム習得を目指す。
 これに向けて、まずは炎と風の属性をもっと強化してきて」

「合成術って、バーストストーム以外にもいろいろあるの?」

「合成術は属性の単純な組み合わせの数よりも多く存在する。
 同じ属性同士でも、収束法を変えて、多種多様な合成術を実現できる」

「うんうん」

「バーストストームの次に有名なのが、光・炎・雷の合成術の『ブラスター』。
 3点収束のコアを、光・炎・雷で作り収束。
 できあがった魔力球は、3属性が混ざり合った強力なエネルギー体になる。
 欠点は、魔力消費が非常に多く、効率が悪いこと。
 あと、失敗すると危ない。
 ものすごく危ない」

「さようですか」

 『ものすごく危ない』の言葉の裏側に、『絶対に勝手にやるなよ』という念押しのようなものを感じる。
 得意の雷術が含まれる分、バーストストームよりもブラスターのほうが楽かな、と思った瞬間に釘を刺される形となった。
 暗示的ご忠告、ありがとうございます。
 絶対にやりません。

「ブラスターから先に練習してみてもいいけど」

 ほんのりと笑みを浮かべ、ノムはそんなことを口走った。
 言葉の裏の読み方を間違えたらしい。
 正解は、『ものすごく危ない。けどエレナが爆発するのも面白いかも』でした。
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
【魔術補足】 合成属性の相性
 
 
 
 
 
「合成術は6属性の組み合わせの数以上に存在する。
 さっきはそういった。
 けど。
 実は、この表現には少し問題がある」

「どゆこと?」

「相性の悪い属性の組み合わせがあるの。
 例えば、魔導術と光術は相性が悪い。
 魔導術が光を拡散させてしまって、光のエネルギーを分散させてしまうらしい。
 あとは、炎×封魔、光×風、魔導×風もあまり相性が良くない。
 ただしこれは、コア同士を合成する『合成術』の場合。
 異属性コアを合成せず、単に同時発動する『混合術』の場合は問題ない」

「なるほどなー」

「逆に、相性の良い属性もあって、これらには特別な名称が付けられている。
 列挙すると・・・
 炎×風 = バーストストーム
 炎×光×雷 = ブラスト
 魔導×炎 = フラン
 魔導×雷 = グラヴィティ」

「ふんふん」

「あと、光・雷・封魔はどの組み合わせも相性がいい
 光×封魔 = セイント
 光×雷 = スター
 雷×封魔 = プラズマ
 光×雷×封魔 = イレイズ」

「雷が得意な私は、この辺りの組み合わせが重要になりそうだね」

「ちなみに、光、雷、封魔は下3属性、天使側3属性、
 魔導、炎、風は上3属性、悪魔側3属性という。
 6属性を図示する場合に、上から順に、魔導が上、炎が左上、風が右上、
 光が左下、雷が右下、封魔が下に配置され、六角形・六芒星(ろくぼうせい)を描くのが一般的」

「天使側が下って、違和感あるね」

「私みたいな、魔法を科学しようと考える魔術師(ウィザード)は、魔導術こそ6属性の代表、と考えている。
 『魔導』という言葉が、『魔術に関する学問』を意味したりもする。
 だから、魔導術を一番上に持ってくるの」

「ノムって元々、魔術師(ウィザード)じゃなくって、聖職者(プリースト)だよね。
 じゃあ、封魔術を上に持ってくるべきなんじゃない?」

「ちなみに4属性以上の合成は推奨されていない」

「話、逸(そ)らされたし!」





***** ***** *****





 さて。
 改めてここで、バーストストームの習得条件を確認しよう。

 炎13 風10 収束10 放出14

 これらの数値は、魔術習得に必要となる各魔術技能の能力値を意味している。
 ただし、あくまで相対値。
 ノム先生自身が、各魔術を習得したときに感じた各技能の必要熟練度を、彼女の主観で数値化したものである。

 バーストストームは炎と風の合成術であるので、炎と風の技能が必要なことは言うまでもない。
 ここで注意したいのは、『放出14』の部分だ。
 炎の必要熟練度よりも数値がでかい。
 これはなぜなのか。
 この点をノム先生に聞いてみたところ、以下のような回答をいただいた。

「バーストストームは攻撃範囲が広いことが特徴の魔術。
 だから放出の能力が低く、放出で遠くまで魔力を飛ばせないと、術者の近くで爆発して爆死する」

 『爆死』。なるほど。
 なるほど。『爆死』。
 よくわかりました。
 ありがとうございます。
 爆死回避のためにも、闘技場への出場を繰り返して放出の技能を重点的に強化するしかなさそうですね。
 死にたくないですしね。
 

 


*****





 闘技場ランクHへの出場を数回繰り返すと、ノム先生からバーストストーム習得開始のお許しが出た。
 放出の能力が合格点に達したのか、達してないのかはわからなかったが。
 これ、大丈夫なの?

「バーストストームは広範囲魔法だから、習得の訓練は、辺りに人がいないことを確認してから行うこと」

「りょーかい」

 習得のために連れてこられた場所は、いつもの草原。
 ではなく、そこからさらに街から離れた岩場。
 生命の息吹をおよそ感じない。
 こんなところに人がいるとは思えないが、念のため辺りを確認する。
 適当に。
 さて。

「始めようと思うけど。
 何かコツってあるの?」

「基本的には三点収束と一緒。
 属性を変えるだけ。
 でも、炎のコアが2つ、風のコアが1つだから、三角形の上の部分に風のコア、下の2つに炎のコアを持ってくるの。
 炎のコアを上に持ってくると、左右のバランスが崩れて失敗しやすい。
 でも上下のバランスは崩れても比較的大丈夫」

「へー。
 じゃあ、炎×光×雷のブラスターのときはどうなるの?」

「自分の一番得意な属性を上に持ってくる。
 エレナだったら雷が真ん中。
 強い属性を左右に持ってくると、バランスが崩れやすいから。
 人にもよるけど、左右の属性魔力の強さ具合で、三角形を傾けたりすることもあるらしい」

「なるほど。
 『左右のバランスを合わせる』がポイントね」

「あと、逆三角収束もやってみようか」

「なにそれ?」

「エレナが三点収束を実現するとき、コアが形作る三角形は上に1点、下に2点の上向きの正三角形を描く。
 これは順三角形と言う。
 今回はその逆向きの三角形、下向きの三角形を描く」

「なにゆえ?」

「下に風を持ってきたほうがやりやすいらしい。
 私はあんまり変わらない気がするんだけど。
 読んだ本に書いてた。
 でも、いろんな収束法を覚えていくのは後々重要なことになっていくから。
 そのための練習も兼ねて」

「上に炎2つ、下に風1つね。
 やってみるよ」





*****





 とは言ってみたものの・・・

「うーん、やっぱり難しいね」

 習得開始から既に2日目。
 異属性コアが生みだす反発力は、同属性の合成、トライバーストのときと比較にならない。
 炎と風って、昔、何か確執とかあったの?
 もうちょっと仲良くして欲しいんだけど。

「でもなんか。
 なんとなくだけどさ。
 少しづつ、炎と風のコアが混ざり合う量が増えてきてる気がするんだよね」

 そうであって欲しい。
 気のせいかもしれませんが。

「それはエレナが魔術師として成長している証(あかし)かも。
 自分の発現した魔力の流れや収束の具合を、より繊細に感じれるようになっている、ということ」

「そうなんだ。
 ただ、この調子で行くとあと20日くらいかかりそうかなー」

「20日でできれば十分」

「まあ、焦らずやるしかないかな」





*****





「ノム!
 なんか魔力球が安定した!
 成功だよね!」

 習得挑戦開始から18日目。
 ついに、炎と風のコアの間の蟠(わだかま)りが解消された。
 目の前で輝く魔力球は、若干橙よりの赤の光を放つ。
 それは、純粋な炎術とは完全には一致しない感覚を私に与えてくる。
 その感覚が、私に、異属性魔力合成の成功を確信させる。

「成功。
 半分は。
 エレナ、私がこの前教えたこと覚えてるよね」

 合成成功でほっとしたのも束(つか)の間の警告。
 命が掛かっていますので、もちろん覚えております。

「効果範囲が広いから、遠くに放出しないと危ないんだよね」

「そう。
 私がバリアーの魔術でエレナを守るから。
 放出の力を全開にして、思いっきり前に飛ばしてみて」

「わかった!
 行くよ!」

 過去最大級の集中を。
 不安感が作り出す雑念は、脳の狭間に追いやって。
 放出すべき魔力球と、その放出する先の空間のみを知覚する。
 
 ・・・。
 ・・・・・・。
 なんか、いるな。
 
 魔力を放つ地点の先にいる、なにかしらの存在に気づいた。
 その視覚による気づきの後、聴覚が異常を伝えてくれる。

「ノム。
 なんか音、しない!?」
 
 音の大きさの変化のスピードが速すぎる。
 嫌な予感しかしない。

「たぶん、ワイルドウルフ」

 青髪が緊張感なくぼそっとつぶやく。
 ワイルドウルフは狼のモンスター。
 性質は攻撃的。
 獰猛(どうもう)、肉食、敏捷性が高い、群れる。
 遭遇したくないモンスターの筆頭である。

 ・・・。

 私、今、『群れる』、とか言った?

「いっぱい来てるんだけど!!」

 瞬間的な粗い確認でも3つの対象を確認できる。
 それ以上に存在する可能性もある。
 状況が不利すぎる。
 闘争に対する方策の検討がまとまらず、逃走という選択肢が頭を支配する。
 逃げよう。
 
「ちょうどいいかも」

 逃走を提案しようとした直前。
 ノムはそんな言葉を口走った。

 ・・・。

 こいつ、何言ってんの?
 驚きと怒りが入り混じって混乱。

「バーストストームの試し撃ち」

「成功するかわかんないじゃんか!
 魔法放出失敗でこんがり焼けた私が、魔物に食べられる未来が見えるんだけど!」

「死にそうになったら助けるから、大丈夫」

「ろっ骨が見えたときは、もう内臓食われてるって!」

「エレナ前見て。
 そろそろ射程圏内」

 その言葉で相手モンスターから意識が逸れていたことに気づく。
 モンスターはもう目の前まで迫っている。

 ・・・

 相手のほうが敏捷性が高い以上、もう逃走という選択肢は意味を持たない。
 選択肢が1つになったのならば。

「やるしかない。
 ということですね」

 改めて相手を確認。
 ここまで近づくと、茶色の体毛、鋭い爪、なんかもうイっちゃってる目、口からこぼれるヨダレと牙なども視認できる。
 対象は3体。
 その真ん中にいる1体に、迷い無く照準を定める。

 ・・・

 狼(ワイルドウルフ)って、こんがり焼けたら美味しいのかしら。
 被食者の思考から、捕食者の思考へ。
 私の思考が変化したとき。
 
「やあぁぁぁぁぁっ!!!」

 炎+風の魔力球を、出力最大で放出。
 その魔力球は迷うことなく、1体のモンスターに向かっていき。
 放出の成功を確信した。
 次の瞬間。
 トライバーストとは比較にならない大規模な爆発。
 轟音と衝撃をもたらし、相手モンスターたちを呑み込んでいく。
 
 実現した魔法の威力が足りず、相手が間髪いれずに襲い掛かってくる。
 そんな悲観的な状況を考慮し、目と耳で異変を感知しよう努める。
 そんな私の労力は、私の斜め後ろに立っているノムの一言で否定される。

「一撃」

 声の方向を見つめると、人差し指を立てて微(かす)かに微笑(ほほえ)む彼女と目が合った。
 人差し指は『一撃』の『1』を意味するのだと思う。
 そんな彼女の微笑みで、戦闘により張り詰めていた精神が鎮静に向かう。
 かわいい。

 『バーストストームは本当に成功したのか』とか、『ワイルドウルフは本当に撃破できたのか』とか。
 そこらへんのことはあまり気もならず。 

「ワイルドウルフっておいしいの?」

 などと、どうでもいいこと聞いてしまう。
 が、そんな私の質問にも、ノム先生はしっかりと回答をくれた。
 
「まずい」

 さようですか。




















Chapter10 防衛術




 私がこの街(ウォードシティー)にやってきて、4ヶ月半が経とうとしている。

 ・・・

 修行(これ)、いつまでやんの?
 ほんとうに終わんの?

 ふとした疑問が湧き上がり、モヤモヤする。
 魔術の修行はうまくいっているのか否か。
 まったくわからん。
 この感覚を払拭すべく、私は先生に疑問をぶつけた。

「魔術の修行って、今どの程度進んでるの?」

「ステップ的には、今ちょうど折り返し地点」

「まだ半分もあるのかー」

 A:ステップの数が半分。
 B:修行に掛かる日数が半分。
 どちらかはわからないが。
 後半になるほど1ステップの難易度が上がるのは必死。
 そう考えると、Bのほうが楽である。
 ・・・。
 でもたぶんAだな。
 そんな気がする。
 どちらにしろ、今までの苦労の日々が、あと半分以上残っているということだ。
 自然と、ここ数ヶ月の情景が、哀愁の感覚と共に思い起こされる。
 が、それらは、ノムの言葉でかき消された。

「悲観する必要はまったくない。
 エレナの魔術習得のペースはかなり速い。
 通常、ここまでで4ヶ月半はありえない。
 ・・・。
 たぶん、私よりも速い」

「そ、そうなんだ」

 久しぶりに褒められてびっくりしてしまった。
 久しぶりすぎて対応に困る。
 なんて言葉を返せば良いのか、考えがまとまらない。
 とりあえず何か言おうとしたら、次のような言葉が出てきた。

「でもそれは、ノムの教え方がうまいからさー」

「それもあるけど」

 否定せんのかい。

「でも。
 やっぱりエレナは魔術師に向いてる。
 最初にエレナを見たときも感じたけど。
 魔術を覚えていくと、より強くそう感じる。
 でも・・・。
 それだけじゃないかも」

「ん?」

「エレナ、少し無茶してる」

「してないって」

 それは『無茶 "させられてる" 』の間違いでは。
 そんな返しができないほどに、ノムの表情が真剣なものであると感じた。

「早く強くなりたい気持ちも、ちゃんとわかってる。
 けど。
 死んだら意味がない。
 戦闘では、常に生き延びることを考える。
 それだけは、忘れないで」

「・・・。
 ありがとう」

 心配してくれていることは伝わった。
 ここでいう無茶が意味するものは、ノムが私に与え続ける無茶とは別のものなのだ。
 
「でも、無茶させるときはさせるけど。
 私が見てるときは。
 死なない程度に」

 微(かす)かな笑みを浮かべ、彼女は言った。
 が、徐々にその表情に、再び真剣な雰囲気を漂わせ、私を見つめてきた。
 何か大切なことを伝えたい。
 そんななにかを感じ取り、私も彼女を見つめ言葉を待った。

「エレナ」

「何?」

「今回のステップの最後は、私が相手をするから」

「死んだら意味ないって言ったばっかじゃんか!!
 死ぬって!」

 論理とは。
 そんな根本を見つめなおさせるような展開。
 もしかして論理的に解釈しようとするから理解できないの?
 心理的なアプローチが必要なの?
 『考えるな感じろ』的なアレなの?
 
 そこで、現在のノムの心理を推測してみる。
 先ほどの真剣な表情から察すると、何か意味があるのかもしれない。
 そう思い、改めてノムを見つめる。
 が、今は若干ニヤニヤしていた。
 心理的な考察の結論、『エレナをからかうの、おもろい』。
 くっそ!
 その青髪、脱色してやろうか!
 寝ている間に!
 徐々に!
 そっちは冗談でも、こっちは冗談じゃすまないっての!

「最近わかったし!
 前回ノムと戦ったとき、ノムはほとんど力を出してなかったって!
 ノムの魔法相手じゃ、私の防御力なんてゼロに等しいようなもんだって!」

「そうだね」

「そうだねって・・・」

 事故が起きると私が死ぬ。
 そういうことが伝えたい。
 が、怒りで思考がまとまらず、うまく伝えられない。
 なんとかノムには私の言葉の裏を読んでほしい。

 この願いが届いたのか、どうかわからないが。
 ノムが1つの案を提示する。

「だから今日は、『防衛術』を教える」

「防衛術・・・。
 防御のための魔法だよね?」

「そう。
 じゃあ準備して」

 そう言うと、すぐに講義の準備に入る青髪。
 納得できないことは多々あるが、問答無用であることは理解できた。
 
 なんてことはない。
 いつもの展開である。 
 ただし、死の危険性の高さは桁違いですがね。
 ・・・。
 防衛術の話、ちゃんと聞いておこう。
 




*****





「防衛術は大きく分けて2種に分類できる。
 1つは『封魔防壁』、もう1つは『魔導防壁』」

「『封魔防壁』、と『魔導防壁』ね」

「ただしこれらは、『封魔術、魔導術を使うかどうか』、という分類法ではないの

「どういうこと?」

「封魔術を教えたときにも話をしたけれど。
 術師、というより人間の体はみんな、封魔術で守られている。
 これが『封魔防壁』。
 『封魔防壁』は術者の体を覆うように存在し、相手の魔術攻撃に対して反発力を発生させる。
 それは、封魔術と同じ魔力で実現されている、らしい」

「うんうん」

「さらに具体的に言うと、魔術攻撃のうちのエーテルのエネルギーに反応して反発力を生む」

「エーテルだけ?
 バーストとかスパークは?」

「バーストやスパークの魔力の中にもエーテルの魔力が存在してるの。
 封魔防壁は、それに反応して反発力を生じる。
 このとき発生する反発力は、エーテルのみではなくバーストやスパークといった四元素のエネルギーを含めた魔力エネルギーに対する反発力となる」

「うーん・・・。
 じゃあ、バーストの魔力の中にエーテル属性の魔力が存在しないように魔法を実現すれば、防壁が発動しないってことだよね」

「それはできない。
 厳密には『とてつもなく難しい』と言うほうが正しいけど」

「そうなんだ」

「ちなみに、今話したのは『急襲されたとき』の話。
 この場合は、反射的に封魔防壁が私達を守ってくれる。
 でも、もしあらかじめ攻撃を受けるとわかっている場合は、攻撃直前に封魔防壁を強化することが可能。
 それが封魔術の防衛術『レジスト』」

「封魔術をやったときに、頑張って覚えたやつだよね」

 覚えたての頃は効果を実感できなかったレジストの魔術だが、使用を繰り返すたびに、より効果を実感できるようになってきていた。
 今や、魔術を使用してくる相手との戦闘では欠かせないものになっている。

「一方、相手の攻撃を受けるとあらかじめわかっている場合に、その攻撃を防ぐ別の方法がある。
 それが『魔導防壁』」

「魔導防壁」

「一言でいえば、『攻撃を攻撃でかき消す』ような行為。
 魔導術のバリアーが最も有名。
 相手の魔術攻撃に対して、自身の前方、もしくは周囲に魔導術の防壁を作り、攻撃を相殺する」

「なるほど。
 それでも相手の魔術攻撃を防げるね」

「バリアーは相手の魔術攻撃の属性に関わらず有効な防衛術となる。
 ただし、相手の魔術攻撃の属性が分かっている場合は、その属性に応じた防御方法で対処する方が効率的。
 相手の攻撃属性が炎術、風術の場合は、同じ属性の魔術で防壁を作成するのが良い。
 これはそれぞれ、炎術防御、風術防御と呼ばれる」

「ふんふん」

「ややこしいのは、攻撃属性が光術と雷術の場合。
 それぞれ特殊な防御方法が存在する。
 まず、光術。
 光術に対しては、封魔術を利用した『リフレクション』、『ディヒュージョン』という防衛術が知られている。
 これらの防衛術は、封魔術のもつ『光を反射する』という性質を利用したもの。
 相手の光術攻撃を反射、拡散することで、その威力を弱めてくれる」

「そんなことできるんだ」

「次は雷術。
 雷術と封魔術の混合術である『インダクション』という防衛術が知られている。
 封魔術で相手の雷術の制御力を減少させた上で、自身の雷術で相手の雷術の放出軌道を逸らしたり、または逆制御する。
 やってみるとわかるけど。
 これ、相当難しい」

「ノムが難しいんなら、わたしにゃ無理だよ」

「ちなみに、封魔術に特化した防衛術は、特段知られていない。
 バリアーかレジストを使うのがいいと思う」

「うーん・・・。
 わかったような、わからんような」

「実際にやってみたほうが速いかも。
 ・・・。
 でも、防衛術の訓練をしっかりとやりたい場合は、攻撃する相手がいた方がいいかも。
 その場合は、遠慮なく私に声を掛けてくれていいから」

 『気を使わなくていいよ』という優しさ。
 その優しさの裏に、狂気が見え隠れするような。
 そんな感覚を覚える。
 この娘(こ)、ほんと怖い。
 ノムの申し入れを丁重にお断りし、私は防衛術の習得に取り掛かった。
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 【魔術補足】 防具
 
 
 
 
 
「ノムー」

「どーしたの?」

「そろそろ私も、ちゃんとした防具を買って装備したほうがいいかなー、って思って。
 一緒に選んでほしいんだけど」

「防具ならちゃんと装備してるけど」

「いやいや私の服装、ほんとにこんなに軽装ですよ」

「ちゃんとアクセサリを装備している」

「そりゃ、アクセサリはしてるけど。
 防具じゃないでしょ」

「そのアクセサリは、ただの装飾品じゃない」

「ぬん?」

「装着者の封魔防壁を強化する、れっきとした防衛能力を持った防具。
 メインアクセサリ、とか、レインフォースアクセサリって呼ばれる。
 メインアクセサリは、十字架やペンダントの形状であることが多く、首からぶら下げる、体の中心、心臓の近くに持ってくる、というのが一般的。
 もちろん、その他の装飾具でも、封魔防壁増強効果を持ったものなら何でも良いけど」

「こんな小さいアクセサリに、ほんとに、そんな能力があるの?
 むーん。
 やっぱり、鎧とか。
 せめて、軽いやつとかでも。
 胸当てとかでも、あったほうがいんじゃない?」

「この世界で、鎧という防具は、あまりポピュラーではない。
 鎧は物理攻撃に対しては強い防御効果を発揮する。
 けれど、魔法攻撃に対しての防御効果はさほど高くない。
 魔法攻撃に対する防御効果の高いメインアクセサリを装備することのほうが重要。
 魔法防御効果に限定すれば、軽装だろうと、重装備だろうと、裸だろうと、全身鎧だろうと。
 そこまで大きな差はない」

「いや、それは言い過ぎなんじゃない。
 それに、私が闘技場で戦う相手は物理攻撃を使うけどね」

「もちろん、鎧のことを全否定しているわけではない。
 鎧は、ここから西のいくつかの国で、非常にポピュラーだし。
 鎧の下にメインアクセサリを装備すれば、物理、魔法両方の防御効果が得られる。
 さらには、鎧自体が魔法防御効果を持つような、軽く美しい装飾鎧なども存在する」

「おー!!
 なら、それがいいんだけど!
 買いに行こう!」

「ただし、信じられないほどに高価」

「まあ、そうだろうね」

「それ以前に、そんじょそこらには売ってない」

「ですよね」

「・・・。
 そもそも、エレナに鎧はあまり合わない。
 鎧は、基本的には重く、その分、動きが鈍くなる。
 エレナの長所である敏捷性が損なわれる。
 物理攻撃は、基本は近距離攻撃。
 でも、武器と組み合わせるエレナの魔法攻撃は、近距離でなくても、それなりの威力がある。
 だから相手が鎧装備で魔法を使わない戦士タイプの場合、間合いをある程度とって、その間合いを詰められない様に戦えば、無傷で勝てる」

「そんな、簡単に言うけどさ・・・」

「逆に遠距離戦だと、現状のエレナの魔力だと、攻撃力が足りずに押し負ける」

「うぬー・・・。
 まあ、言うとおりですけども」

「ちなみに。
 メインアクセサリとは別に、補助的な魔術効果を期待して装備する装具を、サブアクセサリとか、補助魔導装具と呼ぶ。
 これは、腕輪や指輪であることが多い」

「・・・で。
 結局、防具、どうしようか?
 胸当てだけか、肩当てもいるか・・・。
 ガントレットも必要?
 思い切って、全身鎧とか」

「適当でいいよ」

「私の命を守る物なので、真面目に考えてもらっていいですか!」





***** ***** *****





 ノム先生から、光術に対する防衛術『ディヒュージョン』、および『リフレクション』を教えてもらった私。
 早速、闘技場のウィスプ相手に試してみることに。
 ノム先生を相手にするより、魔物のほうが格段に安全なのです。

 『ディヒュージョン』は相手の光術攻撃を『拡散』する。
 これにより、直撃を避けることができる。
 が、適当に拡散させるだけなので、攻撃の何割かのダメージは受ける。
 痛い。
 一方、『リフレクション』は、相手の光術攻撃を『反射』する。
 それゆえに、うまく制御すれば、完全に攻撃を無効化できるのだ。

 ・・・

 じゃあ、リフレクションだけ使えばいいじゃない。
 そう思うところだが、残念ながらそうではない。
 リフレクションの、ディヒュージョンに対する欠点を列挙する:

 (1)発動に時間がかかる
 (2)失敗することがある
 (3)魔力消費量が大きい

 特に、(2)の要因がでかい。
 例えば、ノム相手にリフレクションが失敗したら、高確率で死ぬ。
 そういう博打(ばくち)的な要素があるのだ。
 だからこそ、相手の意表をつける、とも言うのだが。

 さて。
 2つの防衛術を覚えた私は、闘技場の次ランクFに出場。
 さくっと、見覚えのある5体のモンスターを撃破し、賞金の20000$(ジル)を獲得。
 本来なら、ここで次のステップに進もうとノムに提案するところである。
 が、今回のステップのクリア条件は、『VSノム戦』である。
 勝利が条件なのか、一定条件達成が条件なのかは聞いていないが。
 一方的に私が虐(いじ)められる展開が待っているのは間違いない。

 ならば、どうするか。
 それは、闘技場出場を繰り返し、私がノムよりも強くなることを待つ、こと。
 1年くらいあればなんとかなるんじゃないでしょうか。
 それまでは、ノムを避ける。
 逃げる。
 なんて言われても聞かない。

 よし。
 作戦がまとまったところで家に帰ろう。
 そう思い闘技場から出ようとしたところで、見知った青髪が待ち伏せしているのを見つけた。
 ・・・。
 青鬼かな。





*****





「エレナ!!」

 今までにない、彼女にしては大きな声に反応し、体が跳ねる。

「どしたの、ノム」

「・・・。
 どうせ、いつかは戦わないといけないんだから。
 なら、早いほうがよくない?」
 
 いろいろな説明が省かれている。
 本来はこの間に、
 『ノム:そろそろ、次のステップに進んでもいいと思うよ』
 『私:でも、いや、まだ早いと思うよ』
 『ノム:早いとかじゃなくて、私と戦うのが怖いだけでしょ』
 『私:いや、まあそうだけど』
 というやり取りがあったはずだ。

 まあ、なくてもわかるけどさ。

「もう少ししたら、私がノムより強くなるかもしれない、かも~。
 それからでも、よくない?」

「強くなりたいならステップをこなすしかない。
 急(せ)かすつもりはない、つもりだったけど。
 最近、エレナ、私から逃げてたから。
 そろそろ捕まえようと思って」

「わたしは、ネズミかよ」





*****





 観念した私は、ノムと共に、バーストストーム習得でお世話になった岩場にやってきた。
 地面が硬い分、ふっとんだら確実に平原より痛いです。
 なんかマットみたいなの持ってきたほうがよかったかな。

「エレナ!」

「・・・」

「今回は私に負けたらだめだから。
 私に倒されたら、勝つまでずっと、毎日、『VSノム』になる」

「たぶん3日目くらいで死んじゃうから大丈夫!」

 あー。
 冗談言ってみても全く楽しい気持ちにならない。

「この前よりも手加減する。
 その代わり、しっかり私に攻撃を当てること」

「ノムを攻撃するのは、なんか嫌だなー」

「始まったらそんなこと言ってられなくなるから、大丈夫。
 じゃあ、はじめる!」

 ノムが杖を私に向け、宣戦布告する。
 
 ・・・

 しゃぁーない。

 やるか。





*****





 息が切れ、体が痛む。
 それでも。
 彼女から、目線を外すことはできない。
 
 闘技場ではいまだ無敗。
 どこかで、それが傲(おご)りになっていたのかと。
 そんな劣等感を、無理やり抱かされる。
 目の前の青い悪魔は。
 明らかに手を抜いているのに。

 ノム。
 徐々に攻撃の魔力を強くしている。
 同じ3点収束の魔術でも、戦闘開始時と現在では、威力が違う。
 私がどのレベルの攻撃まで耐えれるのか、見極めている。
 試されているのだ。

「エレナ」

 視線の先の彼女がつぶやく。
 魔術発動の様子は見られない。

「次、私は何の魔術を使うと思う?」

「・・・。
 わかんない。
 わかんないから防ぎようがない」

 素直に、ありのまま思ったことを伝えた。
 たぶん。
 ヒントをくれるんじゃないか、と思ってみたりして。

「そう、わからない。
 でも例えば、相手が炎術師だったら炎術のみを防げばいい。
 でも私は、全ての属性を均等に強化している」

「勝てるわけない、かな」

 残念。
 ヒントではなく、死の宣告でした。

「人間の命は1つしかないから、みんな全力で守ろうとする。
 だから私は死角を作らない。
 戦闘中は、どうやったら生き延びれるか、どうやったら勝てるのか。
 相手の特性、攻撃方法、弱点、そして自身の改善点を常に考える。
 ポジティブすぎるのもだめだけど。
 ネガティブな結末で脳を支配されるのは、絶対だめだから。
 自分の欠点を考えるときも、相手の攻撃をイメージするときも。
 笑うの」

「・・・。
 わかってる。
 とは言っても、今は難しいけどね」

 笑えない、現実が今ここにある。
 ・・・。
 でも。

「エレナ!
 次で、決めるから。
 私の一連の攻撃に耐えられたら、この試験は合格。
 耐えられなかったらもう一回」

 次で終わり。
 圧倒され続けて余裕がなかったが、意外にここまで好評価だったらしい。
 そんな楽観をかき消すほどに。
 収束され始めた、ノムの創(つく)る魔力球は、私に戦慄を覚えさせた。
 次は、ヤバイのがくる。

 五感を最大限に研ぎ澄まし、洞察する。

 3点収束?
 違う、6つ点がある。
 それらが光でつながって、六芒星(ヘキサグラム)を描いている。
 以前ノムが言ってた、6点収束?
 3点収束よりも威力が高いことは必至。
 でも、属性がわからない。

 防御に向け、属性を予測するしかない。
 とにかく、ノムの得意な封魔術を最も警戒。
 ここまで使用頻度の高い炎術も警戒が必要。
 風術ならあえて防御をせずに、思い切って切り込んでみるのもアリか?
 雷術、光術は使わない、ような気がする。
 魔導術は・・・十分ありえる。

 『魔法発動時、それに伴って発せられる魔力を開放魔力という』。
 そう、ノムが言っていた。
 もしそうならば、今ノムが収束している属性の魔力を、一番強く感じるはず。
 これを感じ取れれば、もしかすると。

 ・・・

 ・・・・・・

 あー、わかんない。
 いろいろな属性の魔力を感じる。
 ノムが開放魔力を制御しているのかもしれない。
 属性を悟らせないように。

 ノムのつくる魔力球は、既に安定化しているように見える。
 が、彼女は動かない。
 まるで私に、『先に動け』と言っているような。
 そんなプレッシャーを与えてくる。

 ・・・

 じっとしてても、仕方ないか。
 切り込む!!

 私が動いたのを察したように、彼女の体がピクンと動く。
 ほどなくして、彼女の魔法が発動されるだろう。

 ふと言葉が浮かぶ。
 『プレエーテルを四元素変換で魔力に変換するの・・・』。

 ・・・。

 そうか。

 彼女の魔力球は、まだプレエーテルだったのか。
 だから属性の判別ができなかった。

 でも。

 魔力が完全に収束され、属性が決定されたなら・・・。

 ぎりぎりまで。
 相手の。
 彼女の魔法攻撃の属性を見極める。
 収束が終わるその直前なら。
 攻撃の属性を知ることができる!

 間合いを見計らう。
 きっと。
 私が彼女なら、このタイミングで魔術を発動する、その地点。
 私がその地点に達したとき。
 彼女の魔力球が、さらなる魔力の吸収を始め。
 一瞬で、桃色の魔力球に姿を変えた。
 光術だ!!

 6点収束の光術が発動された。
 ならば。
 私は。
 攻撃用に収束しておいた魔力を、迷いなく封魔術に変換した。

「ディヒュージョン!!」

「む!」

 私の眼前に、粉々に砕かれたガラスの破片のようなものがばら撒かれる。
 これらの破片に、ノムの放った光線が衝突。
 閃光を撒き散らしながら、キンキンと甲高い音を立てる。
 目論見通り、光線は散乱し、私を貫く程の威力にはならず。
 しかし、これも想定通り、拡散の結果、元の進行方向に進むことを決めた光の成分も多分にあり。
 それが、ジリジリと私の体を焼き付ける。
 痛(つ)っ・・・。
 でも、このくらいなら!
 
 そして、ついに。
 私は光の嵐を抜ける。

 耐えた!?

 視界、晴れ。
 少しぶりに見た先生の顔からは、驚きの感情しか感じ取れない。
 もう彼女は目の前。
 この間合いは私の領域(テリトリー)だ。

 使い慣れた槍に、雷の魔力を込める。
 そしてそれを、彼女に向け、解き放った!

「やーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」




















Chapter11 治癒術




「なんか、久しぶり」

「何が?」

「大怪我したの」

「・・・ごめん。
 やりすぎた」

 ノムの攻撃に耐え、彼女に一撃をお見舞いするはずであったその瞬間。
 私の視界は、文字通り真っ白になり。

 ・・・

 その後のことが思い出せない。
 しかし、今の私の状態、状況から、過去を推測することはできる。

 まず、身体中に痛みが走り、体がだるく、ベッドから起き上がることができない。
 あと、いつも無表情な先生が、バツの悪そうな、申し訳なさそうな。
 そんな彼女としては珍しい表情をしている。

 その辺りの事柄から解を導き出すと・・・

 ・カウンターでぶっ飛ばされました
 ・先生に
 ・情け容赦なく

 つまりは、まあ。
 そういうところだろう。

 前回、ノムを相手にした際、爆発魔法でぶっとばされた映像が思い出される。
 デジャブ感すごい。
 前回と違うのは、記憶の断片が少ないことくらいか。
 頭でも打ったかな。
 ・・・。
 もう、嫌だ。

「あのとき、エレナが私の魔法を耐えて、一気に間合いを詰めてきたから。
 反射的に、自分の得意な魔法を使っちゃって。
 その・・・。
 悪かったと思ってる」

 ごめんで済めばマリーベル教会騎士団は要らない!
 そんな、冗談を放つ気力すらないです。
 今の私にできることは、戯(ざ)れ言(ごと)を宣(のたま)うことくらいでしょうか。

「じゃあ私、結構ノムを追い詰めてたってこと!?」

「全然」

「違うんかい!」

 いや、追い詰められてなかったら、もう少し安全方向な対処できるでしょ。
 弟子、半殺しにする必要なくない?
 愉快犯なの?

 まあまあ、そんな冗談はさておき・・・。
 私が今回、先生に相手をしてもらった中で、気になる点がいくつかあった。
 今後のためにも、それらを確認をしておきたいのだ。

「昨日の試験の復習がしたいんだけど」

「おととい」

「私、1日寝てたの?!
 怖っ!!」

 ちょっと三途の川で遊んできた程度の事故だったらしい。
 川遊びがもうちょっと楽しかったら、今頃は川の向こう側にいただろうに。
 私、本当に今生きてるよね。
 手が透けてないか、まじまじと見つめてしまう。
 ・・・。
 うん、透明度ゼロ。

「おとといの話、するんじゃないの?」

 話を戻すよう促され、意識がこちら側に帰ってくる。
 おかえり、私。

「えーっと・・・
 私はノムの放つ魔法の属性を知りたかったんだけど。
 最初はわからなかったんだよね。
 で、ここからは推測だけど」

「うん」

「その理由は、ノムが魔力をプレエーテルの状態で止めて、それ以上、光のエネルギーに変換しないでいたから。
 でも、ノムが魔法を放つ瞬間だけは、それが光属性の魔法だって判別できた。
 それは、プレエーテルが光のエネルギーに変換された後であったから。
 ・・・。
 こんな感じで合ってる?」

「正解。
 ただし、並の術師なら、プレエーテルの状態で収束を長時間止めたりはできない。
 また止めれたとしても、開放魔力、つまりコアや術者の体から漏れ出る魔力は、光の割合が高くなる。
 今のエレナの実力なら、正しく『光』と判別できると思う」

「そうだといいけど」

「それにエレナは、私が伝えたかったこと、ちゃんとわかってくれた。
 『戦いながら相手の情報を収集していくことが重要』ということ。
 でも本来は、私の魔法を遠方で避けながら観察して様子を見る方が良かった。
 突然間合いを詰めてきたの、あれは焦りすぎ」

「でも、対魔術師なら、近距離戦に持ち込むのがセオリーかなって思って」

「エレナって、意外と怖いもの知らず?」

「いや、おとといに嫌ってほど知ったから。
 死んだと思ったもん。
 体が消滅する感じがした」

「私が使った魔法は神聖術のセイントクロス。
 まさに、悪しき魔を浄化し、消滅させる魔術なの」

「おい、こら!!
 私を『悪しき魔』と同列で扱うんじゃありません!」

 『悪しき魔』という単語と正反対の、うすらはにかんだ表情を浮かべる先生。
 可愛くて、若干震えるわ~。
 狂気と可愛らしさを兼ね備えるとか。
 この娘、やっぱり怖いわ~。

「でも、私も最初は焦ったよ。
 完全に無意識でセイントクロスを発動させてしまっていたから。
 すぐにエレナに治癒術をかけて、治療をしたからなんとかなったけど。
 でも、生きててよかった」

「治癒術をもっと長期間かけておけば、私って今ベットで寝てる必要ないんじゃないの?」

「治癒術で治せる怪我にも限界がある。
 『私のレベルでは』ということもあるけど。
 それに、『使わないで治せるなら、治癒術は使わない』が私の信条だから」

「残念。
 ということはこのまま寝たきりかー。
 しばらくは休息期間って感じかな」

「大丈夫。
 今回のステップは、今のエレナにちょうどいい内容だから」

 ???
 先生に何か考えがあるらしい。
 ・・・。
 こんなときまで修行すんの?
 怪我のおかげでノムの対応が優しくなるとか。
 まあ、ないですよね~。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「今回のステップでは、今話題に出た治癒術について教える」

「おお!
 ついに私も使える日が来たのかー」

「とは言っても簡単なやつ。
 三点収束習得のときに私がエレナに使ったような、すぐに傷が治るようなものじゃない」

「あー、でも簡単な魔法(やつ)でもうれしいかも」

「治癒術、別名は回復魔法。
 これは魔導術と封魔術の合成術なの」

「魔導術と封魔術?
 あれっ?
 でも魔導術と封魔術って反発するんじゃなかったっけ?
 そんなことありえるの」

 私たちの体を包む封魔術の防壁が、魔導術に対して反発力を発生させる。
 防衛術のときは、そのように言っていた気がする。

「普通に考えるとありえない。
 けど、実際にこの方法で実現されている。
 それ故に、奇跡の施術と呼ばれることもある」

「ぬーん」

 『ふーん』と『うーん』という感嘆詞が合わさると『ぬーん』になるらしい。
 私も今、初めて知った。

「治癒術は魔導属性と封魔属性の二点収束。
 2つのコアを左右に作り、三点収束の場合と同様に合成していく」

「でも、2つのコアが反発するんでしょ」

「基本的にはその考えで正しい。
 でも、2つの属性のコアは、ある一定の間隔より近づくと、逆に引き合うの」

「いやいや、ありえないでしょ!」

「そう思うのは仕方ない。
 でもこれは、この世界の物理法則であり、真実だから。
 まだ仮設だけどね。
 でも、一番有力な説」

 ノム先生がそう言うのならば、そうなのだろう。
 引き合い、かつ反発するという矛盾。
 その矛盾の解決を行おうとすることは、今のところ意味がない。
 その思考で観点が切り替わる。

「その間隔って、どのくらいなの?」

「厳密な数値は、私にもわからない。
 けど、とても近い。
 エレナの髪の毛よりも、もっと小さいんじゃないかな」

「反発するコアをそんな近距離まで合わせるって、大変そうだね」

「その通り。大変。
 習得には時間がかかる。
 でも、ちょうどエレナは休養中でたくさん時間もあるし。
 しかも怪我もしてる。
 治癒術習得にはベストのシチュエーション」

 『ナイス』という言葉を表現したような、かわいい顔をする先生。

「反発しあうコアを合わせるんだよね。
 危険なんじゃないの。
 危険だよね。
 シチュエーション、ベストなの?
 危険でしょ」

「いきなり多くの魔力を収束しようとすると、失敗したときに大きな反発が起こって危険。
 だから最初に習得するときは、2つのコアに収束する魔力は少な目にするのがいい。
 それなら失敗しても、ちょっと血が出るくらいだから」

「『ちょっと』とか修飾子つけても、『血』っていう単語ごまかせないからね」





*****





「さすがに昨日おとといは怪我があるからということで、完全に休息だけでしたが。
 今日から治癒術の習得訓練開始です。
 ・・・。
 治癒術で怪我する、って嫌だな」

「前言ったとおり、収束魔力は最小限ね。
 じゃあ、やってみて」

 まあこれで怪我が早く治るんなら、やってみるか。
 ベットの上で上体を起こした状態で、両手を前に突き出す。
 可能な限り少なめの魔力量で。
 魔導のコアを左手の前に。
 封魔のコアを右手の前に。
 まずはこんな感じ?
 魔導と封魔、どちらが左手でどちらが右手が良いかは、ノムは何も言及していなかったのでどうでもよさそうだ。

「そこからコアを近づけてみて」

 ノムの指示を受け、コアの合成を開始する。
 暴発が怖いので、そーっと。
 私の制御指示通りに2コアの間隔が近づいていく。
 ぬ!?
 これは・・・。

「きてる!きてる!」

 近づければ近づけるほど、2コアの反発力が増える。
 応じて、制御に必要な集中力が増加していく。

 そして、求められる集中力が、私の許容範囲を超えたとき。

「あぐっ!」

 暴発、
 は免(まぬが)れたが。
 左手のコアのは上を通って右に、
 右手のコアのは下を通って左に流れていった。

「難しいよ、これ」

「最初はそんなもの。
 上に行きそうになったら上から、下に行きそうになったら下から抑えるの」

 そりゃあそうだが。
 もう少し楽な、裏技的ななんかはないのかね。

「他にコツって無いの」

「うーん
 じゃあ、収束法を変えてみようか」

「収束法を変えるの?」

「今のエレナの収束法は、前方に両手を突き出して収束する前方双掌(そうしょう)収束。
 これを祈祷(きとう)収束に変える。
 祈るように両手を胸の前に持ってきて合わせて、その前で収束を行うの」

 言われた通りにやって見る。

「こんなんでいいの?」

「そう。
 収束は体に近ければ近いほど簡単になる。
 また収束する魔力量も少ないから、術者とコアが近くてもあまり危険ではない。
 それに、収束合成した魔力を自分に向けて使用するから、近い方が都合が良い。
 だから、この収束法が適している」

 とりあえず試してみるかといった軽いノリで、指示通りの姿勢を取る。
 うまくいくことを祈りつつ、新しい収束方法で治癒術発動を再試行する。
 結果は・・・。

「あー・・・」

 2つのコアは、海流のようにぶつかって流れていった。

「変わらない?」

「いや。
 さっきよりはやりやすい」

「時間はたくさんある。
 焦らず取り組めば、ちゃんとできるようになるから。
 根気強くやっていくしかない」

 自然と、3点収束(トライバースト)や合成術(バーストストーム)の習得の苦労が思い起こされる。
 体調の不完全性からしても、さらに苦労しそうな。
 そんな予感がひしひしと。
 なんかダメそう。
 怪我のせいで、悲観的になっているみたいです。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 8日目。
 治癒術習得は思うようにいっていない。
 が、体のほうは快方に向かっている。

「そろそろ、収束する魔力量を増やしてもいいかな」

 本日4回目の魔術発動が失敗に終わったあと、先生が突然提案する。
 でも。
 うーん、ちょっと不安。

「大丈夫かな?」

「少しずつ増やせば大丈夫。
 魔力量が多く、魔力球が大きいほうが制御しやすい」

 まあ確かに。
 魔力球が大きいほうが2属性の魔力球が接する面積が増えて、やりやすそうだ。
 それに、今日まで何回も治癒術発動を失敗しているが、さほど危険なことは一度もなかった。
 提案に対して納得したことを示すため、ノムを見つめてコクコクと相槌を打った。
 私の意思を確認すると、ノムはさらに続ける。

「あと、『魔導術と封魔術を合わせる』と考えないで、『早く怪我を治したい』と念じながらやってみて」

「そんなんでいいの?」

 ノムらしくない、突然の何かえらく非科学的な説明に戸惑ってしまう。

「どうやら治癒術は、ただ単純に魔導術と封魔術を合成するだけではないみたい。
 プレエーテルを収束する時点で、通常とは異なる現象が無意識的に起きてるかもしれない。
 魔導術と封魔術を収束するんじゃなくて、治癒術を収束するようにイメージするのが良い」

「『神よ、私の怪我を治したまえ~』みたいなイメージ?
 そんなんで怪我が治ったら、医者もヒーラーも要らないんじゃない」

 先日のノムの指示で、胸の前で手を組む祈祷収束という収束法を取っている。
 そんなポーズで祈るのだから、そう思うのも仕方ない。

「いや、祈るだけじゃだめだから。
 でも、そういうイメージも悪くない。
 これ以降教えていく強力な魔術では、強くイメージを持つことが重要。
 少し大げさにイメージしたほうが、うまくいくこともある」

 想像力が鍵となる、ということなのだな。
 なるほど。
 では、さっそくより具体的、かつ没入度の高いイメージを創造していこう。

「神よりも、聖者マリーベルのほうがいいかな。
 でも私、マリーベル教信者でもヴァルナ教信者でもないしなー」

「そこはどうでもいいから」

「じゃあ、大天使ガブリエルとか、豊穣神フレイとか、愛の女神ヴィーナスとか。
 どれがいいかなー。
 えーい、じゃあもう全員でいいや!
 おー!!すごい豪華だ!」

「ばーか★」





*****





「私の中に、大天使ガブリエル様が降臨した!」

「してないから」

 習得開始から14日目。
 イメージすることの大切さを説かれた私は。
 自分の怪我を治癒してくれる神様をイメージをすることに没頭していた。
 なんか楽しくなってきました。

「ガブリエルって、どんな天使かわかってるの?」

 ノムが呆れまじりの冷笑で質問する。

 個人的なことだが、私は神話が好きなのだ。
 子供の頃から、そういう本をよく読んでいた。
 その本のいくつかには、挿絵が入っていたのです。

「思い出して描いてみるね」

 お絵描きを開始する。
 魔導学のノートに。

 『魔導学のノート(これ)に描くなよ』という表情が横目で見えた気がしたが無視する。
 はい、完成です。

「確か、こんな感じ」

 できあがった傑作をノムに見せる。

「美化しすぎ」

「だってせっかく来てくれるんなら綺麗でかわいいほうがいいじゃん!
 回復力が断然違う!
 心の回復力が!!」

「落書きしよー」

 私が力説している間に、ノムが魔導学のノートを奪い取る。
 さっき、『ノートに落書きするなよ』という表情に見えたの、『私にも描かせろ』という表情の間違いだったみたい。
 油断も隙(すき)もない。
 ノムがガブリエル様の顔にペンを入れる直前で、再度ノートを奪い返す。

「やめろって、力作なのに」

「とられた」

 生まれて初めて、子供を叱る親の気持ちになった。
 ノムはほのかに残念そうな顔をしている。
 ・・・。
 かわいいから許す。
 気持ちが落ち着いたところで、1つの案が湧いた。

「ノムこれ持ってて」

 奪い返したノートをノムに返す。

 すぐに落書きしそうな素振りを見せる青髪。
 今度はペンを奪い、かつ眼力で無言のプレッシャーを掛ける。

「それ、こっちに広げて見せて。
 その絵があるほうがイメージしやすい気がするから」

「そんなものかな?
 まあ、それでエレナがやりやすいなら」

 いろいろとノムを納得させられたようで。
 彼女は大天使様が描かれたペ-ジを開いて、それをこちらに向けてくれる。
 私から見ると、ちょうどノートでノムの顔が隠れるような形となる。

「それじゃ、やってみるね」

 『怪我を治したい』と念じる。
 同時に、魔導、封魔の2つのコアを作成。
 交差した手の前で、これらを合わせていく。
 手のひらで掴める程度の大きさの2球は、強く反発し合い、火花を散らす。

 早く怪我を治したい。
 早く怪我を治して、闘技場に戻りたい。
 闘技場で修行をして、もっと強くなりたい。
 もっと強くなったら・・・。

 自身で描いた大天使の絵を見つめ、湧き上がる雑念を消去。
 魔力合成に集中する。
 天使様。
 どうか。
 奇跡を起こして、ください!

「合ってきてる」

 ノムが言葉を発したと同時に、合成の反発力が一気に弱まる。
 そして、コアの衝突による火花が視認できなくなり、同時に2つのコアが吸い込まれるように1つになる。

「安定した?
 安定した!
 できた!できた!!」

 合成されたコアの青白く美しい光が、治癒術成功の興奮を増幅する。
 これも全て、大天使様のご加護があったからに違いない。
 私、祝福されてるの。
 無宗教者だけど。
 一通り歓喜すると、静寂が訪れる。

「んで、この魔力球をどうすればいいの?」

 ここからのことを聞いていなかった。
 ガブリエル様越しの先生に質問をすると、ガブリエル様がノム様に変化した。

「ここからの魔力放出方法で、効果が少し違ってくるの。
 体の異常のあるところに集中して魔力を当てるとフィジカルキュア。
 麻痺や局所的な怪我などの体の異常を治したりできる。
 身体中にまんべんなく魔力を広げると、リカバリプラス。
 対象の自然治癒力を上昇させる」

「ふんふん」

「今回はリカバリプラスをやってみよう。
 エレナの体全体に魔力を広げてみて」

 魔力を自分にぶつけるという行為に抵抗はあるが。

「やってみるよ。
 ほいっ、とね」

 魔力をいつもと逆の方向、かつできるだけ拡散するように解放する。
 シャワーを浴びるような感覚。
 ・・・。
 は、あまり湧き起こらず。
 強い日光に晒されたような熱も、蜂に刺されたような痛みも感じない。

 ・・・

 ・・・・・・

「なんにも。
 起きませんが」

「起きてる」

「起きてません」

「自然治癒力が強くなってる」

「強くなってません」

「自然治癒力が強くなってる。
 とんでもなくちょっとだけ」

「とんでもなくちょっとだけ、かよ!」

「ガヴリエルじゃなくて、ごっついおっさんが降臨したのかも」

「気持ち悪いからやめて」

 一瞬想像しそうになったが、全力でイメージをかき消す。
 変なイメージが固着して、治癒術使えなくなったらどうすんだよ。

「冗談。
 絶対的な魔力量が少なかっただけ。
 魔力量を増やしていけば、効果を実感できるようになる。
 治癒術の習得訓練はこれで完了。
 闘技場の次のランクをクリアしたら、次のステップに進むから」

 あぁ、またいつもの生活に戻るのか。
 長いような短いような休息期間だった。
 しみじみ。

「先生、最後に質問いいですか」

「なに?」

「私の描いたガブリエル様に髭(ひげ)が生えてますが、何故ですか?」

「ガヴリエルに、ごっついおっさんが降臨したから」





***** ***** *****





【魔術補足】 高度な治癒術





「エレナ、体のほうは大丈夫?」

「もう完全絶好調だよ。
 一ヶ月くらい休んでたしね」

「よかった」

「ノムの治癒術のおかげだよ。
 こんなに早く、完全復活できるって思わなかった」

「私の治癒術は、怪我の初期処置のときだけだし、エレナの自然治癒力がすごかった、とも言える」

「そんなにすごいのかな?」

「治癒術で自然治癒力を高めてたから、っていうこともあるけどね」

「リカバリプラスっていう治癒術だよね。
 最初は、ほんとうに効果が有るのか無いのか・・・いや無い、って感じだったけど。
 実際、早く治ったってことは、効果あったってことなのかも」

「今回エレナに教えた魔法は、自然治癒力を少しだけ上昇させるだけの術。
 傷が目に見えるほど、すぐに治るような魔法じゃない。
 でも、もうちょっと上達すれば、効果を実感できるようになる」

「んー、そーなんだ。
 でも前、三点収束の習得練習で怪我したときにノムにかけてもらった治癒術は、怪我がみるみるうちに治っていったよね。
 あれはリカバリプラスじゃないの?

「原理はリカバリプラスと基本同じ。
 魔力量が大きいだけ。
 対象の自然治癒力を急激に上昇させて、目に見えるほどの速さで怪我を治すレベルの治癒術。
 それは、ヒーリングと呼ばれる。
 つまり、多くの人が想像するような普通の回復魔法は、このヒーリングにあたる。
 でも、ヒーリングレベルの治癒術を実現するのは、魔術技能的に高度。
 エレナがヒーリングを使えるようになるのは、もう少し後になるかな」

「うーん。
 でもはやく覚えたいな」

「治癒術に頼りすぎるのは、あまり良くないかも。
 薬草学とか、医学とか。
 そういうことも勉強すれば、もっと効率よく怪我を治したり、コンディションを整えたりできる。
 特に、エレナが冒険者として旅をするなら、薬草学は覚えておいたほうがいい」

「うーん、そーするー」

「あと、治癒術には欠点があるの。
 それは、消費魔力が大きいこと。
 だから、相手の攻撃で瀕死のダメージを受けて、それを回復しようとしたら、体力は回復したけど、今度は魔力がなくなってしまう。
 そうなったら、相手から攻撃を受ける一方になって、また瀕死になる」

「それは嫌だね」

「だから、自分より相手のほうが強かったら、戦闘中に治癒術はそんなに使えない。
 残り魔力量にも気配りしながら使わないといけない」

「治癒術ってどこまでの怪我を治せるの?
 いや、例えば、切れた腕をくっつけるとか。
 破損した臓器を復元とか、死んだ人を生き返らせるとか」

「一応、全部できる」

「えっ、できるんだ」

「でも、腕が切れてからとか、死んでからの時間が問題になる。
 時間が経つとどんなに優秀な治癒術師(ヒーラー)でも回復不可能になる。
 だから、重症を負ったらすぐに治癒したほうがいい」

「私もできる?」

「無理そう。
 基本的な治癒術は自然治癒力を高めることで怪我を治す術。
 単純な怪我はそれで治る。
 でも複雑な怪我や病気はそれでは治らない。
 高度な技能をもつヒーラーは、それ以外の技能を使って治癒術を実現する。
 それは、とても難しいの」

「・・・」

「難しい理由は、『封魔防壁』があるから。
 封魔防壁は、『相手の魔法を自分の体内に入れさせない』働きをする。
 普通の治癒術は、その魔力が『私は攻撃魔法ではないですよ』という情報を持っている。
 でも、複雑な治癒行為を行う場合は、比較的攻撃魔法に近い魔力の種類になる。
 だから、それを治療対象体内に持って入ることが難しく、結果、実現が難しい。
 これは、呪術の防壁通過性という話と関連してくる」

「ごめん、よくわかんなくてちょっと寝てた。
 でも、ノムが魔術の理論に対して、いろんな知識や持論を持ってることはわかったよ。
 私もいつか、それをちゃんと聞いてあげられるくらいになりたいかな」

「ふふっ、楽しみにしてる」





***** ***** *****





「午後から、ランクD2にエントリーしない?」

 約1月(つき)の休息期間を経て完全復活。
 実戦の感覚を取り戻すため、闘技場の次ランクD3へ出場した私。
 午前中にランクD3を余裕で撃破し賞金の25000$(ジル)を受け取ったところで、受付のお姉さんからそのような提案を受ける。
 1日で10連戦になるのですが。

 露出された肩や、その肩にかかる程度の長さの紫色の髪は美しいが、そこはかとなくニヤニヤとした表情が、どうも不信感を醸し出す。
 しかし、そんな不信感を、『休息期間で遅れた分、早く次のステップに行きたい』という気持ちが上書きする。
 
 ランクD2、5戦目、本日10戦目。
 入場してきた相手モンスターは、出っ張った口、硬そうな肌、鋭い爪、威圧感のある目を持ち合わせている。
 見覚えがある。
 確か、イモルタの実戦を観戦したとき。
 イモルタを半殺しにした、凶悪なデーモン系モンスターだ。
 色違いだけど。

 イモルタの戦いを見ておいてよかった。
 初めて対戦する魔物に対し、およその対策が構築できている。

 試合開始のアナウンスとともに、相手のデーモン系モンスターが炎術の収束を開始する。
 遠距離からは魔術攻撃、近距離では鋭い爪による物理攻撃。

 ならば。
 私は。

 相手の炎術攻撃を軽々とかわしながら、間合いを詰めながら。
 先日の、ノムとの一戦を思い出す。

 魔術の威力、威圧感。

 魔術収束の速度。

 狙いを外さない放出と制御の技能。

 属性を悟らせないオーラセーブの技能。

 どの評価項目をとっても、ノムには遠く及ばない。

 ああ。
 弱すぎる。

 武器の槍に雷の魔力を込める。
 そして、槍の長いリーチを利用し、相手の物理攻撃の間合いの完全に外側から、雷の矢を放った。

「サンダーランス!」

 本来は、先日ノムに喰らわせる予定であった雷と槍の武具収束術技。
 雷撃が相手を貫く。



 ・・・。



 立て続けての追撃の発動準備に入ったところで、アナウンスが流れる。
 試合終了のアナウンス。

 戦闘体制から沈静状態へ戻る過程でため息が漏れる。
 さすがに10連戦は疲れますね。
 見上げた空は青く澄み渡っている。
 その青さが、青髪少女の顔を思い起こさせる。

 まだまだ、こんなものじゃ彼女には届かない。
 新たな決意を心に留(とど)め、私は闘技場を後にした。
 
 
 
 
 
*****





「おいっ!」

「ん?」

 背後から、声をかけられた?
 誰?
 闘技場での10連戦でお疲れなので、呼び止めたりしないでほしい。
 聞こえなかったふりをしよう。

「おまえ。ちょっと待て」

 ダメだ。
 ここままだと、駆け寄ってきて、肩に手をかけてきそうな雰囲気。
 振り返り、顔を確認する。

 この人・・・。
 誰だ?

 ・・・

 が、何か、見覚えがある気もしなくもない。
 脳内の記憶を掘り起こす。

 あー。
 そういえば。
 この前、目が合った。

 会話をした訳ではない。
 たまたま、目が会った。
 それが、『たまたま』ではなかったとしたら
 そうすると、最近感じていた誰かに見られているような感覚も、今声をかけられている理由も、全て説明がつく。

 人間観察を開始する。
 性別、男。
 年齢は20歳前後か。
 黒い短髪、目が隠れる程度の前髪、赤い瞳、痩せ型、黒っぽいコートを身につけている。
 武器を持ってはいないが、魔術を使えそうな雰囲気を、これでもかと漂(ただよ)わせている。
 あと、目つきが怖い。

 『人を見た目で判断してはいけません』と誰かが言っていた気がする。
 そんな教訓を無視させるほど、相手から感じる『嫌な感じ』。
 その感覚は正体不明すぎるくせに、私の第六感に確実に働きかけている。
 その違和感が、さらに私の危機感を煽る。
 ストレスすごい。
 無意識に体が戦闘態勢に移行し始める。

 私が狙われる理由って・・・。
 ・・・。

「最近、私のこと見てましたよね」

「いや・・・。
 見てたといえば見ていたが」

「『私が可愛いすぎて、ついつい見てしまった』とかっすか?
 そっちがその気なら、相手するっすよ」

「・・・っ」

 見た目からの判断では、相手は純粋な魔術師。
 ならば、近距離戦に持ち込む。

「行きます!」

 本日11戦目の戦闘開始。
 相手の意表をつくため、私は一気に距離を詰めた。
 
 
 
 

*****





「この人、強い」

 私の先制奇襲攻撃を軽々とかわし、牽制の風術で応戦する相手。

 その風術の解放魔力から、相手の魔力の高さを感じ取る。
 先のデモンクリーチャーよりも断然強く、ノム先生より断然弱い。
 そして、私よりも強い。

 それなりに威力があったはずの私の三点収束雷術(トライスパーク)も、相手の魔導術で相殺されてしまった。

 風術はまだマシ。
 この魔導術はヤバイ。
 まともに喰らったら、文字通り終わってしまう。

 相手との間合いが取れた段階で、レジストの魔術を重ねがけする。
 念入りに。

 先ほどの魔導術が脳にこびりつき、足が前に出ない。
 相手の出方を伺う。
 動向を確認するため、武器の槍を構えたまま相手を凝視する。
 同じく私を見つめる黒の魔術師。
 相手も、こちらの出方を伺っているように感じる。

 ひととき。
 静かな時間が訪れる。

 ・・・

 ・・・

「ぬ」

「ぅおう!!!!」

 完全に無警戒の後方から声がして驚嘆(きょうたん)する。
 瞬時に振り返ると、見知った青髪がちっちゃく手を上げていた。

「ノム、いたのか!」

 気配がなすぎて、心臓に悪いわ。
 反射的に攻撃するところだったぞ。
 ひとしきり心の中で文句を言うと、心臓が徐々に落ち着きを取り戻す。
 同時に、戦闘態勢も解除される。

 そう。

 もう、私が戦う必要はない。

「どうしてここがわかったの?」

「1年以上エレナと一緒にいたから。
 近くでエレナが戦っていたら、それをすぐに感知できる。
 なんか苦戦してるみたいだったから、心配になった」

「うー!
 ノムー、大好きさ~」

 気付いた時には、彼女に軽く抱きついていた。
 衣服の中に隠されている彼女の筋肉は、柔らかさと逞(たくま)しさを兼ね備えている。

「で」

 本題に戻ろう、と言った調子で、ノムが1文字呟く。

「うん。
 なんか、この人に最近見られてたみたい。
 それに・・・。
 ほんのちょっと、邪悪な感じがする」

 私が彼に感じていた違和感の正体が少しだけ分かってきたような。
 それが、『邪悪』という言葉で表現された。

「たしかに邪悪な顔」

「聞こえてるぞ」

 いつも通り、切れ味抜群の返答。
 クールそうな相手の男も、これにはさぞかしイライラしただろう。

「じゃなくて、闇魔術を使ってる感じがする」

「闇魔術!?」

 違和感の正体が解明される。
 その瞬間、納得感と不安感が同時に湧き上がる。
 知識の乏しい私にもわかる。
 闇魔術はまずい。

「エレナに執着する理由を聞き出す必要がありそうかも」

 そう言うとノムは私を追い越し、男性と向かい合う。
 やっちゃってください先生!

「だから話を聞けって!」

「わかった。
 でも。
 ちょっと、ぶっとばしてから聞くことにする」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「し、瞬殺」

 あまりにもあっけない幕切れ。
 ノムの放った炎術を、相手が同じく炎術で去(い)なす間に、ノムは次撃の収束を完了していた。

 ああ。
 これが。
 私を1ヶ月の療養生活に追い込んだ。
 ノム必殺の。
 神聖術(セイントクロス)。

 炎術と炎術が衝突して発生した黒煙が静まる間も無く、相手魔術師を大量の光が包む。
 『ぐっ』という鈍い声を発すると、彼は俯(うつむ)き、跪(ひざまず)く。

「ちょっと雑魚だった」

「ちっ・・・。
 こいつ、戦闘前は全然魔力を感じなかったが。
 オーラセーブか・・・。
 これだけ魔力を持ちながら」

 この人でも、ノムの魔力的な実力は判断できなかった。
 だからこそ油断した。
 改めて、ノムのオーラセーブの能力の高さを感じる。

 さてさて、いろいろと話して頂きましょうかね。
 私は男性に向かって1歩近づいた。

「エレナ!!
 下がって!」

 刹那。
 ノムが、今まで聞いたことのない大声で制す。
 反射的に1歩下がろうとする。
 と、何かにぶつかる。
 ノムの手だ。
 ???

 ノムは男とは逆側、後方の1点を凝視している。
 それはもう、目で魔物を殺すような勢いだ。
 後ろなの!?
 若干混乱しながら、男性に近づく方向に移動する。

「こんな感じでいい」

「・・・」

 無言のノムを一旦見つめ。
 少し心が落ち着いたところで、ノムの見つめる先を共有する。

 女性。
 女性がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「エルノア」

 男性が、私とノム越しにその名前で呼ぶ。
 ノムはその彼女から視線を外さない。
 その光景が、ある程度のことを予測させた。

「ふふっ、アリウスどうしたの?」

 今度は女性が私とノム越しに、男性に話しかける。

 もし2人が知り合いならば、ボロボロになった彼を見て、もう少し焦ったり、心配したりするものではないのか。
 しかし、そうではない。
 その余裕が、彼女が只者ではないことを物語っている。

「ああ。
 少し話しかけただけのつもりだったが。
 嫌がらせてしまったらしい」

「それはアリウスが悪いわ。
 ただでさえ目つきが悪いんだから。
 笑顔をつくって、『お嬢さん、少し、よろしいでしょうか』というのが紳士的よ」

 それもそれで怖い。

「で、この子たちに何か用があったの?」

 これ以上近づくとノムが行動に出ると感じたのか。
 彼女は足を止めた。
 美しい桃色の長髪、エメラルドカラーの瞳、優しげな表情。
 それに相反するような、漆黒のローブが全身を包んでいる。
 その美しさに気を緩めて近づくと殺される。
 ふと、そんなフレーズが浮かんだ。

「あー。お前」

「はい」

「これ落としたぞ」

「えっ?
 イカソーメン?」

「お前のだろ」

「あ、ほんとだ。
 なくなってる」

 細長い袋に詰まったそれは、見覚えのある食べ物。
 嫌な予感がひしひしと。
 もしかすると。
 私は。
 してはいけない勘違いをしていたのでは。

「もしかして、これを私に届けるために?」

「届けるためだ」

「いやー、それなら言ってくれれば~・・・。
 ・・・。
 ・・・・・。
 本当にごめんなさい」

「別にいい。
 俺にも悪かったところがある」

 いい人だった。
 わずか100$(ジル)のイカソーメンを、わざわざ、ご丁寧に届けてくれた。
 私はそのいい人に喧嘩を売って、あまつさえ用心棒のノムを使って半殺しにしてしまったのだ。

 よし。
 とりあえず、ご機嫌を取っておこう。

「いやー、いい人っすね、見かけによらず」

「見かけによらずは余計だ」

「解決したみたいね。
 ごめんなさいね、アリウスが怖がらせてしまったみたいで」

「・・・」

 和解に向かう2人と、終始穏やかな表情の女性。
 にもかかわらず、ノムの表情と視線の先は、先ほどから一向に変わらない。

「私も、あなた達に危害を加えるつもりはないんだけど」

 ノムに眼を飛ばされ続ける女性が、温和な笑顔で伝え。
 長い髪をなびかせながら、振り返り、背を見せる。

「ふふっ。
 アリウス行きましょうか。
 それじゃあね。
 でも。
 また近いうちに会うような気がしてるけど」

 そんな言葉を残し、2人は、ノムが見つめ続ける方向へと去って行った。
 2人が完全に見えなくなったところで、私はノムに声をかける。

「ノム。
 闇魔術師は、彼女のほうだったみたいだね」

 私も、多少なり、オーラサーチが得意になってきたようで、彼女から男性が放つあの邪悪な感覚が漏れ出ていることを感じ取った。
 彼女がそれを制御し、漏出を可能な限り抑え込んでいること。
 男から感じる感覚は、元は彼女の所有する魔力であること。
 並の魔術師には、彼女の放つ、あの感覚を感じ取ることはできないこと。
 そんな予測の正誤を知りたくて、説明をくれるであろうノムを見つめる。

「しかも、ただの闇魔術師じゃない。
 たぶん。
 死霊術師(しりょうじゅつし)。
 屍(しかばね)使い」

 ノムの口から、とんでもない単語が発された。
 そんなを稀有(けう)な存在に出会ったことも驚きだが。
 死霊術という言葉の響きと、女性の優しい笑顔が醸し出す雰囲気の、コントラストが高すぎる。

「外見は、すごく綺麗だったけど。
 いい匂いしたし」

 だがしかし。
 本当の本当に気になっていることは。
 そんなことではないのだ。

「ノムと、どっちが強い?」

 最強の先生(ノム)より強いかもしれない存在。
 久しくなかった体験が、不謹慎な興奮と好奇心を湧き起こさせた。

「同等」

 ノムはまだ、女性が消えて行った先を見つめていた。
 彼女と戦闘になった場合のシミュレーションをしているのかもしれない。
 全知全能な先生でも、短時間では戦略を構築できない。
 そんな、得体の知れない可能性を、彼女は持っているのだ。

「でも、イカソーメン届けてくれたし。
 2人ともいい人っぽかったけどね。
 そう信じたいよ」

「そうだね」

 張り詰めた空気を和(なご)ませたい。
 そんな私の気持ちを察してくれたノムが、小さくつぶやく。

 きっと。
 ノムと彼女が戦うことはないだろう。
 明確な根拠もなく、そんな気がした。




















Chapter12 魔導書




 雪の女王への謁見のため、訪れた僻地ノースサイド。
 果てし無く広がる白銀の世界は、なぜここに人が住もうとするのかという疑問を与えてくる。
 その疑問は晴れぬまま、美しく荘厳(そうごん)な城が姿を現す。
 我が華の王国、アルトリア城とも並ぶ程の。
 その城の佇(たたず)まいから、雪の女王の人となりを想像。
 しばし考え込んでしまう。

「早く、中に入ろうぜフラン。
 凍えるから。
 死ぬから」

 月の従者の女性、エステルが急かす。
 彼女の長いポニーテールは、髪らしい柔らかさを失い、氷結し垂れ下がっている。

 一方、私の従者ノルドは押し黙っている。
 寒さに強いのか、はたまた我慢をしているのか。
 計り知ることはできない。
 さすがは、鉄壁の重騎士と呼ばれるだけはある。

 重厚な扉を押し開けると、雪の従者らしき女性が、謁見の間へ案内してくれる。
 城の中は、人間が住むのに支障がない程度の温度が確保されている。
 ここでなら、しばし待たされても不快を感じることはなさそうだ。

 雪の女王とは如何なる存在か。
 月の女王クレセントの、あの神々しい姿を見た後であることもあり、否が応でも期待が高まる。

「だめです、リレス様!
 そのような格好で人前に出られては!」

 雪の従者らしき人物が制止する声も聞かず、雪の女王が姿を現す。

 もこもこした白い寝巻き。
 かぶったフードには、目らしき点が2つ付加されている。
 雪だるま、がモチーフなのかもしれない。
 幼さを感じさせる顔立ちは、低い身丈と相まって、子供らしさを演出している。

 呆れる私とノルド。
 女王の向こうにいる雪の従者と思われる女性は、軽く頭を抱えている。
 その一方で、月の従者エステルは二ヘラとした表情だ。

「我は氷の女王リレス。
 要件がないなら帰りなさい。
 あっても帰りなさい。
 面倒です」

 私たち3人がこの場所に来た目的は、近日の中央大海の異変の調査協力を雪の王国に申し出ること。
 その使命を果たすまで、引き返すことはできない。

「女王、お聞きください」

「華の人間、暑苦しい。
 溶ける」

 溶けねぇよ。
 こいつハラタツ。

 嗚呼。
 ダメだ。
 私のクールなイメージが崩れてしまう。
 苛立ちが沸点を越えると、歯止めが効かなくなる。
 これは私の性格の欠点。
 私は、彼女と。
 華の女王シルヴィアとは違う。
 違うということを示さなければならない。

 ヒートアップする思考をなだめ、再度雪の女王に向かい合う。

「深窓の女王よ。
 私は華の女王シルヴィアの第一従者フラン。
 このたびは、あなた様の国に協力を要請したく、遥々(はるばる)この地までやって参りました。
 近日、中央大海近辺で、魔物が凶悪化する事案が多く発生しております。
 その真因を探るため、あなた様の力をお借りしたいのです」

「・・・。
 ごめん、聞いてなかった」

 ああ・・・。
 エステルに任せよう。
 ここままだと、この城ごと全てを焼き尽くしてしまいそうだ。

 ヒクつく口元と眉間を最大限抑えながら。
 エステルにアイコンタクトを取る。

 最高に面白いものを見たかのような。
 こみ上げる笑いを最大限抑えようとする彼女と目が合う。
 ああ。
 本当に。
 こいつもこいつで、イラダチスゴイ。

 ・・・

 ・・・・・

 あれっ。
 ここで終わりか。

 物語の世界から抜け出し、深いため息をつく。
 おかえり現実。

 私が読んでいる書籍は、『三魔女時代』と呼ばれる時代の歴史書だ。
 雪、月、華の3人の絶大な魔力を持った女王が、世界の広範囲を支配していた時代。
 物語は、華の都アルトリア編から始まり、月の学術都市クレセンティア編へと続く。
 私が今読んでいたのは、その続き。
 雪の僻地、雪の女王が統治するノースサイド編の冒頭だ。
 さて。

「ノム~。
 次きが気になるんだけど」

 宿屋のベットに寝っ転がりながら、同じく読書中である先生に懇願する。

 私が読んでいた書籍は、この街にある図書館で、ノムが借りて来てくれたものだ。
 図書館に行けば読めるのだが、闘技場で一定以上のランクを持っている人は、書籍の貸し出しサービスを受けることができる。
 私はまだそのサービスを受けられないため、代わりにノムに借りて来てもらっている。

 読書に没入している先生。
 私の懇願は聞こえたのか聞こえなかったのか。
 聞こえていてかつ無視しているのか。
 ノムが読んでいるのは、そんなに面白い本なのか。
 本のタイトルなんだろう。
 そんなこんな考えていると。
 ノムが反応を示した。

「雪の女王リレスは協力の条件として、城の地下の調査を要請するんだけど、協力したくないリレスは、自身の雪の精霊を操る能力を使ってフラン達の邪魔をするの。
 結局は、雪の第一従者のユキの力も借りて、力ずくで協力させる流れになる」

「ネタばれしろとは言ってない。
 次の巻を借りてきてほしいんだけど。
 ベットの上で読みたいし」

「もうエレナも貸し出しサービスを受けれるランクだと思うけど」

「あれ?
 そうなんだ」

 ちょうど一緒に図書館に行きたいと思っていたところなの。
 魔術関連の書籍について教えたいから。
 貸し出しサービスの手続きもあるし、さっそく今から行こうか。





*****





 図書館に来ました。
 来るものを拒まない解放された大きな扉の前で見上げると、どれだけ大きく絢爛(けんらん)な建物かがよくわかる。
 この図書館は闘技場オーナーの所有するものであるそうだ。
 そのオーナーが、どれだけの富を有しているかが鑑(かんが)みられる。

「エレナ、貸し出しの手続きを先にやろう。
 名前とか書いて貰う必要がある」

 了解~。





*****





 貸し出し手続きを終えた私たちは、図書館の中を一通り見て回ることにしました。

「いろいろな本があるな・・・。
 魔術の基礎の本とか。
 炎術師入門とか、炎術による魔導基礎習得とか、炎術大全とか。
 ・・・。
 炎術ばっかだな」

「エレナ。
 今からエレナに必要そうな書籍をピックアップしていくから。
 メモを取っておいて」

「ぅいっす」

「本棚の順に見ていくけど。
 ・・・。
 まず、このあたり」

「歴史書かー」

「冒険者として旅をするなら、世界史を知っておくと便利なことが多いの。
 まあ最初はざっくりした内容だけ知ってればいいから。
 エレナ、今はどれくらい知ってる?」

「うーん、有名な時代の話なら。
 まずは、『マリーベル統治時代』。
 凶悪な魔物が世界各地に蔓延(はびこ)り、人類がそれに怯(おび)えながら暮らしていたとき。
 救世主マリーベルが、それらの魔物を退治し、世界の平温が保たれた」

「うんうん」

「次が、『三魔女統治時代』。
 雪、月、華の3人の絶大な魔力を持つ女王が世界を三分して統治していた時代。
 まあ、雪の女王は北部の雪の降る僻地に住んでたから実質は二分。
 これはまさに今本を読んでるし、話し出したらきりがないかも」

「ぬ」

「次が『魔石戦争時代』。
 世界が一番破滅に近づいた時代、と言われている。
 ある闇魔術師が他の闇魔術師達を操り、世界を手中にしようとする。
 それを、聖騎士とよばれる王国の魔導騎士が、マリーベルが残したと言われる12個の魔石の力を借りて撃退した。
 今私達が無事に生きていられるのは、彼らのおかげとも言える」

「そうかも」

「その後は特に何もなく平温。
 表歴史的には。
 みたいな感じかな」

「エレナ、結構詳しいね。
 歴史好き?」

「そうかも。
 神話はもっと好きだけどね。
 子供の頃にいっぱい読んだし」

「神話関連の本も、ここにはいくつかあるみたい。
 あと、このあたりには今の世界情勢や世界中の遺跡の本もあるから。
 余裕があるなら、そういう本も読んでみるといい」





*****





「次はこのあたり」

「植物とか生物とか医学とか、治癒術の本もあるね」

「一番重要なのはこれ」

「危険な魔物図鑑、と書いてます」

「遭遇率と魔物の強さから、危険度を算出してるの。
 闘技場で相手となる魔物も載ってるから」

「なるほど!
 それは確かに重要だ」

「対人の場合は前もって相手を知ることは難しい。
 けど対魔物の場合は、こうやって知識を前もって得ておくことが可能。
 特に見てもらいたいのが、この部分」

「おー!
 弱点属性が書いてる!
 この本は一番最初に読んでおいた方がよさそうだね」





*****





「次はここ。
 魔導工学関連の書籍。
 魔導工学とは、魔力エネルギーを制御する媒介、道具や機械などについて科学する学問。
 主に武器や防具を作るための知識を学ぶことができる」

「私、武器を作るつもりはないけどね」

「武具を作らなくても、その性質を知っておくのは重要。
 他にも、鉱石や宝石の本もあるから、読んでみると役に立つかも」





*****





「最後にここ。
 魔術関連の書籍。
 魔術の基礎を説明するもの、各属性ごとの魔術を紹介するもの、三点収束や多属性合成などの項目に特化したものなど、様々な書籍がある。
 この辺りの本は私が詳しいから。
 私がいるときに聞いてくれれば、良い本を教えるから」

「『雷術・超完全版』みたいな本ないの」

「どうだろう。
 雷術をメインで使う人が少ないから。
 たぶんないかも」

「うーん。
 一応探してみるかなー」

「エレナ、今から自由行動ね。
 読みたい本を自分で探してみて」

「わかったー」





*****





 とりあえず、危険な魔物図鑑を見てみることにしたのですが。

 エヴィルデーモン。
 闇魔術を使いこなす凶悪なデーモン。
 倒せたとしても、闇魔術の後遺症が残り、死に至ることがある。

「怖えーよ」

「エレナ!」

 小声ではあるが、はっきりと聞こえる私の名前を呼ぶ声。
 その声に反応して振り返ると、自由行動中であったはずのノムが、私の至近距離まで近づいていた。
 その表情から、ふざけた応答をすべきてはないことが読み取れた。

「どうかしたの?」

「後ろ、見て」

 ノムを壁にするようにして覗き込む。

「・・・。
 げっ!」

 体を包む漆黒のローブ。
 そして、それとは対照的な長く美しい桃色の髪と横顔。
 エメラルドグリーンの瞳。
 昨日の、死霊術師の女性だ。
 これだけ近くにいながら、全く気づかなかった。
 彼女はノムと同レベルにオーラセーブの能力に長けているのだ。
 そう確信した。

 一通り事態を把握したところで、ノムを見つめ、『どうしよか』という気持ちを表情で伝える。

「たぶん、さっき来たんだと思う。
 ・・・。
 気づかれないうちに帰ろうと思うんだけど」

 至極ごもっともな選択。
 世の人にとって、闇魔術とはそれほどに危険なものなのだ。
 その事実は、先ほどのエヴィルデーモンに関する解説文からも明白。
 そして、死霊術はその闇魔術の上位にあたると言っても過言ではない。

「ノム」

「何?」

「彼女に、会ってきたらだめ?
 昨日のこと、もう一回ちゃんと謝っておきたいし」

 死霊術師の女性の持つ温和な雰囲気がそうさせるのか。
 はたまた、私の頭がおかしいのか。
 自分でもよくわからない。
 ただなんとなく。
 また会話して見たい。
 そう思ったのかもしれない。

「・・・」

 ノムは難しい表情で私を見つめる。
 否定の結論も肯定の結論もすぐには出せず、その答えを探しているようだ。

「それに、こんなところじゃ魔力を開放できないし。
 攻撃を仕掛けてきたりはしないと思うんだよね」

「でも。
 死霊術師は危険すぎる」

 私の説得を噛み砕いた上で、ノムは否定の結論を出した。
 同時にノムも危険になる可能性がある以上、これ以上強い説得はできない。
 ノムの選択に了承したことを示すため、微笑みの表情で彼女を見つめる。
 その表情を見て、ノムの緊張が少しだけ緩んだように感じた。

 昨日、そして今のノムの対応から、改めて死霊術師というものの恐ろしさを感じる。
 だからこそ、死霊術師という存在の、その詳細が気になった。

「死霊術師って死体を操作したりするの?」

「それもできますけど。
 それ以外にも、死者と会話したり、死体から魔力を吸収したりできます」

 ノムって詳しいな。
 という思考の直後に戦慄が走る。
 それはノムも同じだ。

 まるで瞬間移動をしたかのように、桃色の闇魔術師が退路を塞ぐ。
 聖母のような笑顔の温もりを、桃色の髪の間から見えるエメラルドグリーンの瞳の威圧感が冷却する。

「いつのまに!」

 いつになく、ノムから溢(あふ)れる漏出魔力。
 『そっちがその気ならいつでも殺ってやる』という気迫を感じる。
 それは間違いなく、闇魔術師の女性にも伝わっているだろう。

「大丈夫。
 危害を加えるつもりはないから。
 ・・・。
 でも。
 まさか一度会っただけで私が死霊術師とわかるなんて。
 あなた、すごい魔術師ね」

「そういうの。
 得意なので」

 『真実を知ったからには死んで貰うわ』というフレーズが脳内を支配する。
 そのせいか、彼女の言葉と笑顔を、どうしても信用できない。

「・・・」

「・・・」

 しばしの冷戦状態が精神をすり減らす。
 それに耐えられなくなり、私は今作り得る最大限の笑顔で女性に話しかけた。

「あの。
 エルノアさんでしたよね」

「はい。
 あなたの名前は?」

「私はエレナです。
 こっちはノム。
 今日は、黒髪の男性は一緒じゃないんですか?」

「いいえ、彼も来ています。
 あっちのほうにいますよ。
 彼に何か用があるの?」

「はい。
 昨日のこと、もう一回謝っておきたくて」

「それなら、直接会ってきたらいいわ。
 彼もあなたに危害を与える気なんかない。
 私が保証します」

「・・・」

 もしも彼女とノムが戦闘になった場合、ノムは私を庇(かば)いながら戦う必要があるかもしれない。
 私は戦力になるどころか、マイナス要素にしかならない。
 だからこそ、今私はここにいるべきではない。
 それはきっと、ノムも理解している。

「ノム。
 大丈夫かな」

 その選択で、きっと大丈夫だよ。
 そんな意思を込めた微笑みを、青髪少女へ向ける。
 その笑みを横目で見ていたであろう、その彼女から漏出する刺々(とげとげ)しい魔力が少しづつ減っていく。

「ふぅっ・・・。
 わかった。
 行って来ても大丈夫。
 ・・・。
 気をつけて」

 私を気遣う言葉を呟いたその瞬間だけ、視線が闇魔術師の女性から外れる。
 ノムと女性に小さく会釈をし、2人の元を離れた。
 
 
 


*****





 ノムと別れた私は、魔術関連の書籍が並ぶ区画で、探していた黒髪の男性を見つけた。

「あのっ・・・。
 えーと」

 名前なんだったっけ。
 話かけようと近づいた後に気づく。

「ああ、昨日の」

「・・・。
 名前、なんでしたっけ」

「アリウス」

 私の不躾(ぶしつけ)な質問にも、怒った感じなく答えてくれた。
 優しい感じでもないが。
 とにかく、目つきが鋭い。

「私はエレナです。
 昨日のこと、ちゃんと謝りたくて。
 ごめんなさい。
 あなたの話、ちゃんと聞くべきでした」

「いや。
 別にいいんだ」

 どうやら本当に怒ってはいないようだ。
 少し安心した。
 その安心感で緊張が和らぎ、その分、好奇心が生まれる。

「あの女性って、彼女ですか」

「違う」

 少しの動揺も感じ取れない、抑揚のない即答。
 本当に恋仲ではなさそうだ。
 残念。

「もったいない。
 あんなに綺麗な女性なのに」

 嘘を見抜かんとする瞳で男性の赤い瞳を見つめる。
 恋人でなければ、2人はどういう関係なのか。
 知人、友人以上の関係を、特に意味もなく期待してしまう。

「この町に滞在しているのは、何か目的があるからですか?
 もしかして、闘技場で資金稼ぎとか?」

「いや、探し物をな。
 エルノアの。
 ある本を探していて、俺はそれに付き合っている」

 死霊術師の女性が、何故わざわざ人の多いこの図書館にいるのか、と思っていたが。
 なるほど。
 謎が解明されたことによる達成感が、私の好奇心を押し上げる。

「探している本って、死霊術の本ですか?」

 彼にしか聞こえない小さな声で伝えたその質問に対し、男性が一瞬反応を示す。
 少し考えるような素ぶりを見せた後、逆に質問を返される。

「なぜそう思った。
 ・・・。
 あー、あの青髪か」

 私が質問に回答する前に、一人で納得されてしまった。
 ただ、『青髪』というその単語だけで、彼の解釈がおよそ妥当であることを理解できる。

「まあ、そんな感じっす」

「この町にあると噂を聞いてきたが、やはり、この図書館にはないようだな」

 まあ確かに。
 そんな危険なものが大衆が集まるこんな場所にあられても困る。
 死霊術や闇魔術は、マリーベル教により使用が禁止され、監視されている。
 使用すれば教会内最強の機関である退魔師団に目をつけられ、最悪討伐される。

 それにしても、この男性は意外にあっさりといろいろと教えてくれる。
 ノムがいればどうせ全てが筒抜けているだろうから、隠してもあまり意味がない。
 そのように考えているのかもしれない。
 もしくは私の愛想がいいからか。
 とか言ってみる、心の中で。

 一通りの私の質問が終わると、今度は逆に男性の方から質問をしてきた。

「ところでお前、トーナメントには出ないのか?」

「トーナメント?」

 知らないのか?
 闘技場のトーナメント戦。
 対魔物ではない、人対人のトーナメント戦。

「人対人のトーナメント戦!」

 なんとなく聞いたことはあったが、私には関係ない話だと思って気にも留めていなかった。
 対魔物相手に四苦八苦している現状で、知能で勝る人間を相手に善戦できる気がしない。

「いや、私なんか、まだまだ全然弱いですし。
 ランク的にもまだD2ですし。
 出場できないんじゃ」

「D2ならばすでに出場可能だ。
 お前の実力ならば、おそらく勝ち抜けるだろう」

「そうっすかねー」

「出場する相手次第なので、絶対とは言えないが。
 例えば、エルノアが突然『出る』と言えば、絶対無理だな」

「言いそうなんすか?」

「もしエルノアがあんなところで暴れたら、確実に町を追放されるな」

「エルノアさんのことあんまり知らないですけど、なんとなくわかる気がします」

「だから俺が出ている。
 トーナメントの報酬が魔導書のこともある」

 探していると思われる死霊術関連の魔導書。
 そんな特殊なものだからこそ、賞品となりうるのかもしれない。

「まあ俺としては、お前にはあまり頑張って欲しくはないがな」

「あなたと戦うことになる可能性もあるから、ってことですよね」

 初めて男性が笑みを見せる。
 その笑みから言葉の真意を推測し、私も笑みで返す

「そのときは、勝たせてもらう」

「じゃあ、そのときまでにアリウスさんより強くなるしかないですね」

「『さん』付けじゃなくていい」

「ありがとう、アリウス。
 それじゃ、ノムのところに戻ります」

 軽く会釈をし、魔術書の区画を後にする。

 今この時点で、私は彼よりも弱い。
 だが、ノムという遥か遠くの存在ではない、手が届かなくはない強敵との戦いが、私が強くなるために足りないものが何であるかを、いくぶんはっきりさせてくれた気がした。
 ノムに近づくためには、こんなところでのんびりしてはいられない。
 そのために。
 まずは彼を越える必要がある。





*****





「プレエーテル、エーテル、アンチエーテル。
 3状態それぞれで魔力は情報を持つ。
 その情報は自分のものという所有、従属の情報を含む。
 だから、魔導構成子が術者の魔力であるか術者以外の魔力であるかを識別できる。
 結果、自分のアンチエーテル攻撃が相手のアンチエーテル防壁に衝突したときは抑制の反応を起こし、相手の封魔防壁が弱体化する。
 逆に、自分のアンチエーテルの魔力同士を集めても抑制、反発反応は示さない」

「でも、封魔防壁をプレアンチエーテルという4つ目の状態とする理論もあるわ。
 まあ、どちらにしても、魔力が情報、意思、思いを持って、死者から放出されたその魔力の情報を読み取るのが死者会話、ってことは確かね」

「エルノア、詳しい。
 従属情報やアンチエーテルの理論は、まだ未解明の部分が多いのに」

「子供のころ、魔導書に囲まれて生活してたから。
 でも、ノムのほうがもっと詳しいわ」

 先ほどまでの冷戦状態から一変。
 むっちゃ、しゃべってるし。
 しかも、2人とも何言っているか全くわからん。
 およそ2人の議論のキリが良いかなと思った段階で声をかける。

「ノムー、帰ってきたよー。
 仲良くなった?」

「んー。
 エルノアの魔術の理論と私の理論がすごい近かったの」

「仲良くなりましたよ。
 彼女もおおよそ戦闘体勢を解いてくれましたし。
 私が安全な人間だってわかってもらえました?」

「それはない。
 エルノアなら1日でこの町を死の海にできる」

「そんなことしません」

 できないとは言わないのね。
 ノムが言った冗談は、冗談ではなく事実なのだろう。
 怖すぎる。

「でも。
 悪い人ではないと思う」

 ノムがポツリと呟(つぶや)く。
 今までの彼女の態度を一変するその呟(つぶや)きに、私だけでなくエルノアも驚いているように感じる。

「なぜそう思うの?」

「わからない。
 なんとなく。
 魔力的に」

「あなたは魔力感知が得意なのね。
 でも、魔力でそんな繊細なことまでわかるなんて、聞いたことはないわ。
 しかし、先程あなたとした議論からすると、絶対的に不可能ではない」

「絶対にできないことはできない。
 けど、とてつもなく難しいことならできる。
 ほんとに私がそれをできてるのかは、わからないけれど」

 魔力感知能力に長ける彼女だからこそ、理解しうる感覚があるのだろう。

「私もエルノアさんはいい人だと思います。
 いい匂いだし、美人だし」

「ありがとう」

 感謝を述べたエルノアが、笑みをたたえて私を見つめる。
 エメラルドの瞳を見つめていると、まるで何か、思考や魔力や生命力を吸い取られるのではないか。
 そんな思考が湧き起こるも、不快な感覚は生まれない。
 本当に。
 いったい何故この人は。
 ・・・。

「それじゃあ、私はこのあたりで。
 エレナ、ノム、また会いましょう」





*****





「エレナ、言ってなかったけど」

 エルノアと別れた後。
 図書館を後にし宿に帰る途中、ノムが話し出した。
 うーん。
 まだ聞いていなかったことといえば・・・。

「トーナメントに出ます、とか?」

「なんで知ってる?
 せっかく秘密にしてたのに」

「いや、なんで秘密にすんのさ」

「エレナの驚く顔が好きだから」

「告られたー」

「そういうつもりではない」

「アリウスに教えてもらった」

「むー」

 すごく不愉快そうな先生。
 アリウスに対する評価がさらに下がったと思われる。

「アリウスから、『お前なら大丈夫』って言ってもらった」

「私も同意見。
 でもエントリーしてくる相手次第なところもあるから。
 絶対とは言えない」

「アリウスより強い人が出てくる可能性はある?」

「ない、と思う」

「・・・。
 私、アリウスよりも強くなれるかな」

「もちろん。
 というより・・・。
 昨日エレナがあのままアリウスと戦っても、エレナが勝ってたと思うけどね」

 そんな空想が真実かはわからないが。
 トーナメントに対する恐怖感はさほどなく。
 本当に。
 闘技場に初めて訪れたあの日に比べ。
 私が強くなったのか。
 その答えがここにあるのだと。

 そう思ったとき、トーナメント出場の決意は固まった。


 
 
 
*****





 トーナメント、当日。

 闘技場の外に設置されたチケット売り場には行列ができ、所々に人だかりができている。
 闘技場の前の太い街路には出店が並び、なにやら甘そうなお菓子やら、煌びやかなアクセサリーやら、武器防具やらが売られている。

 そんな日頃ない賑わいに、つい周りをキョロキョロと見渡してしまう。
 鎧を着た屈強そうな男、ローブを纏(まと)う魔術師、ガラの悪そうな若者、血の気の多そうな親父。
 このうちの何人かは、トーナメントの出場者かもしれない。

 ここで私は、特に人が密集している区画があることに気づく。
 そこには、大きな木製看板にトーナメント表が張り出されていた。
 どうやら優勝者を当てる賭けに興(きょう)じているようだ。

 トーナメント出場の登録は前日に済ませてある。
 私の対戦相手もすでに決定している。
 出場するのはどうせ知らない人だけだから、トーナメント表にあまり興味はないが。
 初戦の開始時間と所属するブロックくらいは確認しておこう。

「エレナ、トーナメント表は闘技場の受付で確認できるから。
 早めに中に入ろう」

 私の思考を先読みしたノムから提案を受ける。
 彼女は何かしらの紙をピラピラしながら、それを闘技場の入り口の方に向けている。
 どうやらトーナメントの観戦チケットのようだ。

「何かアドバイスとかある?」

「相手の攻撃を先読みして、逆にこっちの攻撃は悟らせない。
 以上」

 すごく端的、だけどノムっぽい回答。
 まあ、対戦相手がどんな人かもわからないし、アドバイスのしようもないか。

 闘技場の受付の前まで来たところで、ノムは『上で見てるから』とだけ伝えて観客席に向かった。

 心配とか、あまりしてくれていない。
 というよりも、『心配する必要もない』といった感じか。

 それは私自身が妙に落ち着いているからかもしれない。
 トーナメント出場者達が並んでいる受付を見つめる。
 引き返したい気持ちは全く生まれない。

 全部倒す。

 そんな闘争心を心にしまい、私は受付へ向かった。






*****






「ミーティアです」

 紫の髪のいつもの受付のお姉さん。
 出場の受付が先か、今日の予定の確認が先かと考えていたところで、その両方ではないアクションを受ける。
 少しばかし予想外で、発言の意図を噛み砕けずキョトンとしてしまう。

「私の名前」

「あ、どうも。
 エレナです」

 今日まで、出場登録で何度も名前を記述してきたのだから、お姉さんが私の名前を知っているのは当然。
 それがわかっていても名乗ってしまった。
 それが礼儀かな、とか思ったのかもしれない。
 知らんけど。

 お姉さんはいつもどおりのニヤニヤした表情。
 露出した肩が艶ぽい。

「ついにトーナメント出場ですか。
 これでやっと、あなたの本気の戦いが見れますね」

 そう言うと、お姉さんは見覚えのある紙切れをうれしそうにピラピラさせた。
 トーナメントの観戦チケットだ。

「今日は私も観戦しますよー。
 結構楽しみだったんですよね。
 この半年で、あなたがどのくらい強くなったのか」

 闘技場の受け付け係として、この半年間お世話になっている。
 だからこそ、私の成長、絶対的魔力量が増えていくのを日々感じていたはずだ。
 期待以上なのか、期待以下なのか。
 それはわからないけど。
 だからこそ、あまり過度に期待されても困ったりして。

「期待させておいて、死んじゃったらごめんなさい」

「それよりも、逆に殺しちゃわないように気をつけてね」

 私の冗談に対し、お姉さんが冗談で返す。
 私は改めて、このお姉さんが只者ではないことを実感した。

 お姉さんから、トーナメントのルールと初戦開始時刻について説明を受ける。
 合わせてトーナメント表を確認。
 改めて、知った名前が書かれていないか確認する。

 イモルタと言う名前を見つける。
 武器屋のおっさんだ。
 それは、まあどうでもいいです。

 とにもかくにも、アリウスの名前がないことに安心。
 と同時に、少しだけ残念なような。
 そんな感覚が残った。






*****






「ひ・・・。
 人が。
 観客が、すごい」

 トーナメント初戦が始まる。
 私は今、闘技場のステージの上。
 西の入場門から入場し、東の入場門から相手が来るのを待つ。
 ステージを取り囲む観客席は半分以上埋まっている。
 人の壁が作り出す圧迫感。
 押し寄せる歓声の波に体が震わされるようだ。

 これだけの人の中から、ノムを探し出すのは不可能に近いだろう。
 と思ったら。
 私の正面、東の入場門の真上当たりに、青髪を発見した。
 なかなか良い席を確保されたようで。

 その隣にも見覚えのある人が座っている。
 先ほど話をした紫髪のお姉さん、受付嬢のミーティアさん。
 目が合ったようで、大きく手を上げて応援の声をかけてくれる。
 さらに隣には武器屋のおっさん。
 は別にいいです。

 観客席全体を見渡す。
 と、桃色の長い髪が目に入り、強制的に視線が止まる。
 エルノア。
 アリウスも一緒だ。
 ・・・。
 とりあえず、手ー振っとくかなー。

「ただいまから。
 Cランクトーナメント1回戦を始めます」

 そのアナウンスで前方を向き直す。
 対戦相手は、すでにステージに上がっていた。

 相手は、おっさん。
 筋骨隆々とし、肩当て、胸当てなどの防具を身につけている。
 武器は剣。
 大剣ではなく、普通のサイズの剣。
 その点からすると、特に魔術が得意なようには思えない。
 漏出魔力の感じからも、魔力を隠しているようには思えない。

「相手は、女。
 しかもまだガキか。
 ついてるな。
 さっさと終わらせるか」

 突っ込んでくる。
 確率99%ってとこで。

「両者前へ」

 そのアナウンスの時点でおよその対策は完了。
 本当に。
 信じられない程に。
 負ける気がしない。

「はじめっ!!」

 試合開始のアナウンス。
 トーナメント戦の幕が上がった。








*****










「勝負あり!!」

 予想どおり突っ込んで来た相手に対し、放った1発のトライバーストの魔術が勝負を決めた。
 完全に油断しきった相手は、何の躊躇(ためら)いもなく爆撃を直撃してくれた。
 さすがに次からはこうはいかないでしょうが。

 ただ、観客達にとって、私の勝利は予想外だったようで。
 私の勝利とともに大きな歓声が上がった。






「勝者の方は、2回戦開始までロビーか観客席でお待ちください」

 西の入場門まで戻ったところで、係員の人が声をかけてくれる。
 さて、ノムのところにでも行くかな。





*****



「どーだった?」

「かっこよかったよー」

 ノムに対する私からの質問に対し、ミーティアさんが答える。

「エレナ、強いね」

「ミーティアさんのほうが私より強いじゃないですか」

「わかる?」

「わかります」

 このお姉さん。
 たぶん、アリウスよりも強い。
 かすかに漏出する光の魔力とその容姿が、彼女の戦闘スタイルを暗示する。

「ノム的にはどうだったー?」

「相手が雑魚すぎてわかんない」

 ある意味予想どおりの感想。
 まあ、そりゃそうだ。

「これなら、初出場ながら初優勝できそうだね」

「まあ今回は無理だがな」

 そんなことを言うのは、武器屋のおっさん、イモルタだ。
 ニヤニヤしながら少し間を空けてその理由を説明する。

「俺も出てるからな」

「エレナ、不戦勝が1つ増えただけ」

 先生の毒舌攻撃。
 仲が良いのやら悪いのやら。

「言ってろ。
 怪我しても文句言うなよ」

 そう言って、いつも通りのニヤニヤした表情で私を見つめてくるイモルタ。

「お手柔らかに」

 特に意味のない返答。
 彼もまた、先ほどの私の戦いを見ていたはずだ。
 だからこそ、手を抜いてくれるはずがない。
 それでも。
 ここでこの人に負ける未来は見えない。





*****





「エルノアさん、来てたんですね」

 ノム達との会話の後、私は先ほど見つけていたエルノアの元を訪ねた。

「アリウスが、今日エレナが出場するかもしれないと言っていたから。
 見に来てみたの」

「お前の戦術も見ておきたかったしな」

「それ、やだなー」

「術師としては当然のことだ」

 かと言って、手を抜くわけにはいかないし。
 仕方なし。
 今度アリウスがトーナメントに出場したときに、そのぶん分析してやろう。

「私、勝ち抜けそうっすか?」

「まあな。
 ・・・ただ」

「今やってる人は、少し厄介よ」

 若干緑がかった黒いローブを身に纏(まと)い。
 先端に緑色のコアが取り付けられた槍からは、殺傷力を持った風が生み出される。
 風圧。
 風の刃。
 風の矢。
 その風は様々な姿に形作られ、相手を翻弄する。

 そして、集中の切れた相手を、容赦ない槍の一撃が襲う。

「げっ、やられた。
 あー、相手の人大丈夫かなー」

「おそらく、全治2ヶ月程度だな」

「とんでもないっすね」

「当たり所が悪かったら死んでたわね」

「2人して、私のこと脅してるんすか」

「もしエレナが死んだら、亡骸は私が引き取ってあげるから」

「エルノア、黒いオーラ出てるよー」

 天使のような笑顔で冗談を言うエルノア。
 あなたが言うと、その冗談、笑えないです。
 
 
 
 
 
*****





「Cランクトーナメント準決勝。
 試合を始めます」

 2回戦、3回戦と勝ち進んだ私。
 4回戦となる準決勝まで駒を進めた。

 見つめた先、東の入場門には見知った顔。
 赤黒い長戦斧(ちょうせんぷ)を持った軽装、金髪の男。
 イモルタ、勝ち残ったのか。

「おう、エレナ。
 手加減しねーからな」

 その宣言に対し、軽い会釈と笑顔で返す。
 武器の槍を彼に向けると、試合開始がアナウンスされる。

「いくぜっ!!」





*****





「マジ、かよ」

 イモルタの斧が地に落ち、金属音を響かせる。
 近距離から放たれた雷撃は、不死身の男から戦闘意欲を削ぎ落とした。

 イモルタの戦闘スタイルは、火炎撃主体の近距離攻撃に、遠距離からの炎術攻撃が加わっていた。
 3回戦までの相手とは比にならない厄介さ。
 それでも、私に一撃も与えることはできなかった。

「おっさん、大丈夫っすか?」

 イモルタの体の強靭(きょうじん)さからして、さほど心配はしていないが。
 これだけの数の魔術を被弾させると、それなりの申し訳なさがある。

「お前・・・。
 このやろう。
 まだまだ余裕ってか?」

「まだ、あと1戦あるんで」

 心はすでに次の決勝戦に向いている。
 次の相手は、同じようにはいかない。
 それははっきりとわかっている。

「・・・。
 ・・・負けんなよ」

 激励に力強く頷き、勝利を誓う。
 治癒のスタッフに抱えられる彼を背にして、最後の休息に向かった。





*****





「緊張してる?」

 闘技場のロビーで決勝戦開始の時を待っていると、声をかけられる。

「ノム、来てくれたの?」

「暇なときは思考がネガティブになる気がする。
 体、動かしたら?」

「そうだね」

 ノムの気遣いに感謝と同意を示し、腕をぐるぐると回す。

 少しでも、彼女に近づくため。

 そして、自分の成長を示すため。

「ノム。
 私、勝つからね」





*****





「Cランクトーナメント決勝戦を始めます。
 両者、前へ」

 相手は予想どおり。
 風術と槍術を操る魔術師。
 緑がかった黒いローブ。
 そのローブのフードが彼の表情を覆い隠すも、その感情は相手の漏出魔力を通して伝わってくる。

 開始と同時に殺ってやる。
 そんな殺気を感じさせるように、試合開始前から鋭い魔力が漏れ出す。

「無事に帰れると思うな」

「嫌です」

 相手の挑発に笑顔で返すと、殺気が倍増する。

 ノム・・・。
 見ててね。

「決勝戦、はじめっ!!」





*****





 風。
 それが様々な姿となり、私を襲う。

 近距離戦では敏捷性で勝る私が有利。
 その事実にいち早く気づいた相手は、遠距離からの魔術戦を選択する。
 風術の連撃は、私の動きを抑制。
 防戦を強いられる。
 
 一撃。
 その直撃を許せば、済し崩し的に削られていくだろう。
 それだけの威力を持つ。
 だからこそ。
 私は一撃一撃を丁寧に捌(さば)いていく。

 冷静さ。
 一瞬でもそれを失わなければ、戦況が相手有利に傾くことはない。
 そう確信できる。


 ・・・


 徐々に。
 理解が深まっていく。

 相手の風術は、3つのパターンに分類できる。

 1つ目は、牽制用途で使われる風圧攻撃。
 風魔力を広範囲で拡散させ、風の圧力を発生させる。
 まずこの魔術で相手の体勢を崩すところから一連の攻撃が始まる。

 2つ目は、風の刃による攻撃。
 三点収束風術、トライウインド。
 牽制としてもダメージ源としても有用なその魔術は、この魔術師の攻撃の核となるものだ。

 3つ目が、特に注意すべき。
 槍と風の武具収束術技、風の矢を放つウインドショット。
 武具に収束された魔力を一気に解放するその攻撃は、人間の体を貫かんほどの威力がある。
 この攻撃を直撃されることは、すなわち私の敗北を意味する。

 ここまでの考察は、本日の観戦、そして今相手の戦いを観察し、分析を行った結果である。
 
 相手は風術を自由自在に操る。
 その表現は若干間違っている。
 攻撃のパターン化は、対応に必要となる精神力、魔力量の削減に効果を発揮する。

 風圧攻撃はダメージ源にはならず、風刃攻撃はこちらの風刃攻撃で軌道を逸らす。
 ウインドショットは攻撃での相殺は難しいが、攻撃モーションが大きいため回避するのは難しくない。
 逆に、こちらも攻撃射程が比較的長い光術レイショット、魔導術トライエーテルで牽制。
 相手はこれをステップで回避、もしくは魔導防壁で防御する。

 さーて。
 そろそろ。
 相手もイライラし始めたのではないでしょうか。
 その考察が正しいと示すように、相手の攻撃のペースが上がる。
 苛立ちの感情は表情にも溢(あふ)れている。
 怒りに任せた荒い攻撃。
 もう。
 これ以上の攻撃のバリエーションは、なさそうだ。
 相手は本当に『風術師』なのだ。

 ならば。
 もうこれ以上、様子を伺う必要はない。
 
 終わらせる。

 遠距離からの魔術の打ち合いから一転。
 その思考で、前へ踏み出す。

 相手の攻撃が止まる。
 次の瞬間、武器の槍へ風の魔力が集まっていくのを感じ取る。

 風と槍の武具収束で迎え撃つ。

 そんなことはもう、最初からわかっている。

 発動タイミング、モーション、威力、放出速度、そして有効攻撃範囲。
 それらは、今までの遠距離戦で十分に理解できた。

 相手の槍から放出される解放魔力が。
 魔力収束完了のタイミングを教えてくれる。

 来る!!

 体勢を低くし、体を捻(ひね)る。

 相手の武具収束術技は必殺の威力を持つ。
 だからこそ。
 その攻撃の発動を感じ取れば、相手は必ずこれを大きく避ける。
 そう考える。
 だから。
 その思考を、逆に利用する。

 相手のウインドショット。
 その有効攻撃範囲ギリギリを狙って回避。
 体を捻(ひね)って内を向いた私の背中に風の矢がかすり摩擦を産む。
 しかし、侵攻のスピードは衰えない。

 風が通り抜けた後。
 前を向くと、魔力放出後、隙だらけの風術師と目が合う。
 私の武器の槍には、十分に収束された雷の魔術。

 その槍を相手に突き出し。
 雷の矢を撃ち放つ!

 バギッ!
 ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!!

 雷の矢は鋭い音を立てながら相手との間合いを一瞬で埋め、反射的に防御姿勢をとった相手を貫通する。
 電撃は一瞬の鈍い悲鳴を産ませ、男の体を駆け巡る。



 ・・・



 静寂。
 その静かな時間の長さが、勝負の結果を暗示して。


「勝負あり!!!!」

 試合終了のアナウンスとともに、今日一番の歓声が上がる。
 それは本当に。
 大地を揺らすような。
 そんなエネルギーがある、が心地よくもあり。



 この勝利を伝えたい。
 その彼女へ近づく、大きな1歩になったのだと。

 東の入場門、その上の観客席を見つめる。

 これだけの距離があれば、表情のその繊細な部分までは見極められないけれど。
 微笑み、私を見つめている。
 それだけはしっかりと感じ取ることができた。

「Cランクトーナメント!
 優勝は、エレナ・レセンティア!!」




















Chapter13 幻魔召喚魔術




 闘技場のトーナメントはCランク、Bランク、Aランクがあり、私が出場したCランクは、最も低いランクである。
 優勝はできたものの、まだまだ先は長そうだ。

「Bランク、Aランクって、やっぱり相手は手ごわいの?」

「エレナはもうBランクのレベルには十分達してる」

「ほんとかな?」

 戦いと簡素な祝勝会を終え、宿へ戻るとすぐに眠気が襲い。
 陽光まぶしく眼を覚まし。
 何をするでもなく宿でまったりし。
 読書中のノムと雑談したり。
 いつもの日常に戻っていく。

「Aランクはまだ全然無理だけどね」

「ノムみたいのがで出てきたりするの?」

「それはない。
 Cランクは1週間に1回、Bランクは1ヶ月に1回くらい開催されるけど。
 Aランクは半年に1回程度しか開催されない。
 その分報酬が豪華で、それを求めて世界各地から冒険者たちが集まってくる。
 そして、その強者達の戦いを見るために、さらに観客が押し寄せる。
 だから、その日の前後は、町の人口が増加するの」

 なるほど。
 言われてみたら、街の雰囲気が変わる期間があったように思う。

「報酬ってお金?」

「賞金に加えて、武器、装飾品、宝石などの希少品が賞品として用意される。
 優勝者の能力をさらに高めるマジックアイテム、古代、紀元前の宝珠、歴史的な価値のあるものなど」

「書籍、ってこともある?」

「ん?
 あるかもだけど。
 魔力の宿った書籍、グリモワールとかだったりしたこともあったらしい。
 でもなんで?
 書籍が気になるの?」

「エルノアが探してるらしいんだよね。
 たぶん、闇魔術か死霊術の本だと思うんだけど」

「ふーん。
 可能性はあるかも。
 ただし、闇の魔導書だと素人目には判別できないものである必要があるけど。
 この街のマリーベル教会の監視の目をくぐり抜けれる程の代物であるならば」

「そのときは、相手にエルノアが出てくるのか・・・」

 出場者名簿に、その名前があった時点で即棄権。
 待った無し。

「うーん。
 連れの男のほうが出場するとは思うけど」

「あー、そういえばアリウスがそう言ってたかも。
 で。
 ちなみに、ノムは出ないの?」

「エレナが出場するのなら、同じトーナメントに私も出場してもいい」

「やめてください」

 キツ目の冗談でニヤニヤしたりヒヤヒヤしたりしていると、ほのかな違和感を感じる。
 ・・・。
 なんだろ。

「なんか・・・。
 忘れてるよね」

「トーナメントの報酬をもらっていない」

「それっ!
 もらってない!」

 もしかして、貰い忘れた!?
 時効なの?
 気づいてたんなら早く言ってよ!

「報酬は当日じゃなくても、後日でももらえる」

「よし!
 さっそく、もらいに行こう!」





*****





「こちらが賞品になります」

 闘技場スタッフの男性が、優勝賞品を渡してくれる。
 さてさてさてさて。
 期待がワクワク。
 如何なる宝珠か、魔道具か~。

「・・・。
 書籍?
 グリモワール、じゃないよね」

「違うと思う。
 魔力は感じない」

「うん、確かに」

 赤い装丁のビンテージ感のある書籍。
 ざっと300ページくらいはあろうか、それなりの重厚さ。
 その見た目から、降魔書籍グリモワールであることを一瞬だけ期待したが、手で触れてみても魔力は微塵も感じない。
 表紙には『九尾の狐伝説』と書かれている。
 著者名は確認できない。

 その表紙をノムに向け、彼女の記憶の片隅に関連情報が落ちていないかを確認する。

「知ってる?」

「東大陸の東の果ての島国、和泉(いずみ)の国というところの伝説、だったはず。
 それ以上のことは知らない」

「神話みたいなものかな?」

「うーん、どうだろう。
 伝説だったか、実話だったかハッキリしない」

 その真実は、この書籍の中に記されているに違いない。
 まずは中に目を通してみよう。
 パラパラ~っと。

「『炎の尾を持つ妖狐は、美しき女の姿に変化した』、
 だって・・・。
 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。
 普通の本じゃんか!!」

「残念」

 残念とかつぶやきながら、そこはかとなく嬉しそうなノム。
 そして、イラダチすごいエレナ。

「闘技場の人っ!
 これって普通の本ですよね!
 普通ですよね!
 古本屋とかにあるやつですよね!
 ですよね!」

 一言ごとにズイズイと近寄りながら、眼鏡をかけた男性スタッフを問い詰める。
 この人には何の非もない。
 そんなことは知らん。

「見る人が見れば高価なものらしいです。
 歴史を研究する方とか。
 そういう方にお売りになれば、高値が付くと思います。
 ただ、そのような方は、この町にはいないかもしれませんが」

「だめじゃん」

 これ以上責めると、私がいちゃもんオヤジのレッテルを貼られてしまう。
 スタッフさんのいい人オーラが、その気持ちに拍車をかける。

 ノムはまだ若干ニヤニヤしている。
 まあ、かわいいからいいけど。
 そんな彼女を見て少し落ち着いたようだ。

 ・・・。
 まあとりあえず、帰って読むか。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 今まさに、このとき。
 京(きょう)の町を飲み込まんとする妖弧(ようこ)。
 その妖怪は、過去数回この世に姿を現し、その度(たび)に、暴虐と享楽の限りを尽くしたのだ。
 しかし、その独善的な支配は永遠ではない。
 妖弧が跋扈(ばっこ)せんとするを許さなかった、退魔師達の働き。
 それがあったからこそ、今日の平穏があるのだ。

 だからこそ。
 その退魔師の一人が残したこの巻物が、
 京、いや和泉(いずみ)を危機から救うための術(すべ)を記してくれているはずだ。
 多大な期待、希望を込め、巻物を開く。
 それは記す:

 
 妖弧は九つの尾を持つ。
 その尾は、妖弧の魔力の蓄積庫となるものだ。
 かつ、その複数の尾は、個々、異なる意味合い、特性を持つ。
 この尾に、それぞれの特性に対応する赤橙黄緑青藍紫、白黒の9つの色を割り当てる。

 まず、第一第二、白と黒の尾。
 これらは、妖弧の生命力を司(つかさど)る。
 二尾は、そのどちらかが欠けてもならず。
 二尾の内の一尾を落とすことで、妖弧の命を絶つことができる。

 しかし、その他の尾が残った状態でこの尾を断った場合、
 その残った尾が生命の尾に成り代わる。
 つまり、妖弧を討伐するには、その尾の数を一以下にする他ない。
 白黒の二尾は、それ自体に戦闘の能力は持たない。
 それゆえ、二尾しか持たぬ妖弧は、恐るるに足らず。
 魔力を吸収し、三つ目の尾を持つことで、その脅威を急増させる。

 第三、赤の尾は、妖弧に武神の力を宿す。
 これにより妖弧は、武術と魔術の力を手にし、敵対者への反抗を行うようになる。
 さらに、これに加え、元より持つ炎の力が絶大なものとなる。

 第四、橙(とう)の尾は、妖弧に式神を扱う能力を付与する。
 自身より力の弱い妖怪を使役することが可能となる。
 これにより妖弧は兵力を持つ。

 第五、黄の尾は、妖弧に幻術を使う能力を与える。
 この幻術が含む範囲は、自身の変化(へんげ)の能力に始まり、人の感情を操作する術までを含む。
 これにより妖弧は、人を騙(だま)し、操る能力を手にする。

 第六、緑の尾を持つことで、妖弧は天変地異を操る。
 風を操る能力で、人の兵を翻弄し、民衆を恐怖で支配する。

 第七、青の尾は、魔を封じ打ち払う能力に当たる。
 つまり、退魔師の封魔術法に対する高い防衛能力を妖弧に与えることとなる。

 第八、藍の尾は、妖弧に分身の能力を与える。
 幻術による『見せ掛け』ではない、魔力的脅威を持った分身は、妖弧の戦闘能力を倍増する。

 第九、紫の尾は、妖弧に闇と死の能力を与える。
 妖弧が九つ目の尾を持つことは、この国の死を意味する。

 これら色彩を持つ尾は、それが紫に近づくほどに、その脅威を増す。
 故に、妖弧が九つの尾を取り戻す前に、これを退けることが望まれる。
 
 打ち払われた妖弧は、岩と化し、無力化する。
 しかし、岩となった妖弧は魔力を吸収し、その力を取り戻そうとする。
 そして、その岩が破壊されるとき、妖弧は復活する。
 妖弧の輪廻(りんね)を断ち切る、その手立てが求められる。
 が、それは私には見えず。
 ただ、この岩と化した妖怪が、復活せぬよう。
 見守ることしかできない。


 ・・・


 巻物は、ここで終わっている。
 
 今、この時代に存在する妖弧は、麗しく妖艶な女の姿。
 そしてそれが変化(へんげ)する前、狐の尾の数は五つであった。
 第五、黄の尾の幻術の能力で、我が国の帝(みかど)は操られ、
 第四、橙(とう)の尾の能力で操る妖弧の僕(しもべ)が、国の官職として入り込んでいる。
 第六以降の尾を取り戻すその前に、決着をつける必要がある。
 
 そして、願わくば。
 妖弧の輪廻を断ち切る、その術を。
 


 ・・・

 ・・・

 ・・・


「と、
 いうわけで。
 宿に帰ってきて賞品の書籍を読んでいるのですが。
 ・・・。
 うーん。
 けっこう面白いかも」

 この書籍の主人公は、和泉の国の退魔術師。
 九尾の妖弧が国を乗っ取り、そして完全に力を取り戻そうとすることを妨(さまた)げんとしている。
 狐が黄の尾を取り戻し、絶世の美女に化け、国の帝(みかど)をたぶらかす。
 この妖弧。
 悪者ながら、すごくいいキャラをしている。
 非常に独善的で快楽主義。
 その一方、気まぐれで優しさを持つこともある。
 凶悪な戦闘能力と、女性としての品格も併せ持つ。
 どこか憎めない魅力を持っているように感じる。

 そんな感想等あれこれ考えていると、徐々に現実に引き戻される。
 お手製の栞(しおり)を挟み、書籍を閉じる。

 ・・・

 何か。

 何かがおかしい。
 
 その何かを探るため、思考を巡らせる。
 その答えは脳内にはなく。
 今この場所にある。
 見える何かではなく、第六感で感じるものに異常を感じる。
 これって・・・。

「ノム!
 ・・・。
 って、いないし」

「ノムは今帰ってきたよ。
 どーしたの?」

「これ」

 今、私が読んでいた本。
 その赤色の表紙が彼女に見えるように掲(かか)げる。
 さすがの先生は、一瞬で私が言わんとすることを理解する。

「魔力が・・・。
 本から魔力を感じる」

「私も今気づいた。
 さっきまでは、まったく感じなかったよね」

 博識の先生が押し黙り、考え込む。
 私は、その考察の結果を待つ。

「感じなかった。
 ・・・。
 たぶん、魔力が集まってきたんだと思う」

「集まってきた?
 なんで?」

「わからない。
 おそらく、ある程度の魔力を持つ人間が所持すると、魔力が集まる。
 そんな仕組み、なんだと思う」

「そんなことって、あるの?」

「ありえない話ではない。
 この書籍を作った技工士が特に有能であったか。
 特殊な魔力がこの書籍に封じられたか。
 信じられないことには変わりないけどね」

 グリモワールではない。
 と見せかけてグリモワールだった。
 この書籍は、当たりだ。
 良い意味か悪い意味かはわからないが。

「もしかして、危ないかな」

「わからない。
 でも今の時点では、集まっている魔力量も大きくないから、問題ない。
 もし危なくなったら、私が処理するから」

「んーじゃあ。
 危なくなる前に読破しちゃおうかなー」





*****





「明らかに、魔力が強くなってるんだけど」

 書籍に宿る魔力は徐々に蓄積されていき。
 私が書籍を読み終えた時点で、本に宿る魔力は、ハッキリと感じることができるまでに達していた。

「たぶん、炎の魔力。
 ・・・。
 もしかして。
 本当に九尾の狐がこの本に封じ込められているんじゃ」

 この書籍には、九尾の狐の傍若無人ぶりがありありと書かれていた。
 もし本当に復活でもされたら・・・。
 まずはじめに、私が消し炭にされてしまう可能性が高い。
 早めに処分した方がいいのではないでしょうか。

「うーん、そこまでは魔力も強くないし。
 魔力から凶悪な感じも受けない」

 ノムはあまり焦った様子はない。
 私はそんな頼もしい先生の後ろに回り込み、おそるおそる書籍を覗き込む。

「もしかしたら」

「もしかしたら?」

「召喚の書かも」

「召喚の書?」

「そういえば、召喚魔術の話はしてなかったような。
 ちょうどいいから、今から説明してもいい?」

「うん、お願い」






*****





「召喚魔術って聞いたことはある?」

「神話の中ではよく聞くけど。
 炎の大帝イーフリートとか、海獣リヴァイアサンとか。
 って!
 この本もそんな代物だっていうの!?」

「この本の魔力の感覚からすると、そんな大それた物ではない。
 でも世界のどこかには、そんな幻想レベルの降魔書籍もあるらしいけど」

「そーなんだ」

 神話に聞く召喚魔術とは、その一撃で数千の兵を薙ぎ払えるほどの威力を持っている。
 そんな強大な力を手に入れられるのかと。
 一瞬だけ期待した。
 が、次の瞬間には。
 そんな代物であったとしても、私の魔術素養ではどうせ使いこなせないだろうという結論に達する。
 まあ、どちらにしても、この書籍はそんな危険なものではないようだが。

「『召喚』と聞くと、別空間に存在する対象を呼び出す、というイメージがあるかもしれない。
 でも実際はそうではなく、魔力を宿す何かしらから魔力を引き出し、その引き出された魔力は決まった姿に成型される。
 瞬間移動はできない。
 これはこの世界の、絶対的物理法則なの」

「なるほど。
 転移させるんじゃなくて、本などの何かに宿る魔力を引き出して戦うっていうわけだね」

「召喚魔術には様々な形態があるけど、共通しているのは、魔法のエネルギーが人や動物などの姿をしていることなの」

「召喚魔術を使う魔術師が、そういう獣などの姿形に魔力を収束させるってことだよね」

「ちょっとちがう」

「ちがうの?」

「基本的な召喚魔術では、本に収束された魔力が『対象の形』という情報を持っている。
 その魔力を収束すると、半自動的にその決まった姿が形成される。
 ただ、完全に術者自身の制御のみで形成させることもできなくはない」

「ノムはできる?」

「できないことはない。
 けど、魔力のコントロールが難しいから、造形するのに魔力が必要になる。
 だから、基本的には魔力の無駄。
 でも一方で、さっき言ったような、魔力自体が形状情報を持つ場合は別。
 勝手にその形になるのだから、魔力も必要ない。
 というよりも、単純に魔法を使う以上の攻撃力になることが多い」

「なるほどなー」

「召喚され形成された魔力が形作る獣は、本物の獣ではなく、魔力の塊。
 その理由で、この召喚獣を、『まぼろしの魔獣』という意味で、『幻魔(げんま)』と呼ぶ。
 そしてこれを呼び出すことを、『幻魔召喚魔術』と呼ぶ」

 魔導学のノートに『幻魔召喚魔術』と記述。
 よろしければ、是非とも習得したい魔術だ。
 なんか、言葉の響きがかっこいいので。
 続いて、ノムが幻魔召喚魔術の詳細について説明してくれる。

「さっき、『召喚魔術には様々な形態がある』と言ったけど、召喚魔術はその魔力を呼び出す方式によって、複数の種類に分類できる」

「うん」

「まずさっき話に出た、『自分で造形するか、勝手にその姿になるか』という分類。
 前者を『幻術召喚』、後者を『純粋召喚』と呼ぶ」

「うんうん」

「次に『純粋召喚』の場合で、召喚前の魔力が留(とど)まっている場所による分類。
 本に定着している場合を降魔書籍召喚魔術。
 本以外で、それほど大きくない物に定着している場合を降魔装具召喚魔術。
 場所、巨大な物体に留まっている場合を、地精召喚魔術、もしくは地霊召喚魔術と呼ぶ」

「降魔書籍、降魔装具、地精・・・」

「さらに、物ではなく、術者自身に魔力を定着し続けるケース。
 これは、術者定着魔術、幻魔降臨魔術と呼ばれる」

「・・・。
 いろいろあるんだね。
 で。
 この本をどうするか~、だけど」

「本当に召喚の書なら、九尾の狐を召喚できるかもしれない」

「・・・。
 ノム。
 私が、やってみたらダメ?」

「まあ。
 そんな危険でもないと思うし。
 ・・・。
 もしかしたら。
 やっておくのもいいかもしれない。
 たぶん失敗するとは思うけどね」

「ありがとう、ノム」





*****





 街外れの草原に来ました。

「ノムー。
 早速やってみるねー」

「いつでも大丈夫」

 書籍の真ん中あたりのページを開き、そのページに日が当たるように持つ。
 九尾の狐をイメージして。
 書籍に留まる魔力を解放していく。
 あまりに凶悪な妖孤に登場されても困るので、少し幼いくらいの狐を想像する。

 ・・・

 本から。
 魔力が放出されていく。
 ・・・。
 私がその魔力を収束させている、のではなく。
 知りもしないはずの収束法を、いつの間にか覚えていたような。
 そんな感覚に陥る。

 ・・・

 炎が・・・。
 炎が集まって・・・。

「動物の姿になってきてる」

 さらに、炎が集まり。

 そして。

 ・・・

 ・・・

「か・・・。
 かわいー!
 かわいーじゃんか!!」

「これが、九尾の狐?」

 ノムは呆気(あっけ)にとられたような表情でつぶやく。

 収束された炎の魔力は、『幼い』と書いて幼孤(ようこ)の姿を形成した。
 九尾、ではなくシッポは2本しかない。
 書籍が綴(つづ)るような凶悪さは微塵(みじん)も感じない。

「撫でていいかな」

「それ炎だよ」

「そーだった。
 召喚、成功したのかな」

「成功、だと思う。
 本の中の魔力が、全部ここに集まってる」

「このあと、どうなるのかな?」

「この狐を操作して、相手に突撃させる」

「そんなかわいそうなことできません」

「んー。
 じゃあ、本の中に魔力を帰してみようか。
 収束した魔力を少しづつ放出したら、自動的に本の中に魔力が帰っていくはずだから」

「わかった。
 その前に、この娘に名前つけようよ。
 ノム、何がいいかな」

「炎の使い魔、とか」

 それ名前じゃないじゃんか。
 うーん・・・。
 んじゃあ『紅玲(くれい)』で」

「紅玲(くれい)?」

「九尾の狐が人間の女性の姿のときに使っている名前。
 じゃあ、紅玲。
 本に戻ってね」

 私は、紅玲の魔力を解放していく。
 紅玲の体がユラユラ揺らめき、炎が上がる。

<<ゴーーーーーーーッ>>

「げっ!
 こっちきた!!」

  次の瞬間、紅玲は炎を巻き上げながら、私に向けて突進してきた。
  不意打ちなの?!
  可愛い顔して、狡猾(こうかつ)なの?
  アンチエレナなの?

「エレナ!」

 迫り来る熱に耐えるため、とっさに防御姿勢を取り、目を瞑(つぶ)る。
 真っ暗な視界の中、ノムが呼ぶ声だけが聞こえた。

 ・・・

 あれっ?
 熱くない・・・かも。

「なんで?」

 目を開けると、狐に化かされたような顔をしたノムと目が合う。
 たぶん私も、同じような顔をしているはずだ。

「私が聞きたいって。
 炎が、私の中に入り込んできた感じ?」

「エレナの中にいるってこと?」

「たぶん。
 これって、さっきノムが言ってた分類からすると、
 術者定着とか、幻魔降臨っていう状態だよね」

「たぶん。
 召喚魔術なんて、ほとんど見たことないから、イマイチわからないけど。
 でも、もし今紅玲の魔力がエレナの中に存在するのなら、エレナが念じることで、狐を具現化できるはず」

「やってみる」

 両手を前に突き出し、魔術発動の姿勢を取る。
 単点バーストの発動と同時に、先ほどの幼孤の姿をイメージする。

「紅玲・・・。
 来て」

 収束につれ、その形状を明らかにする炎の魔力。
 音と熱を放ちながら。
 私から、狐が産まれました。

「すごい。
 私がやってたら、こんなふうになっていたかわからない」

 珍しく驚きを隠さないノム。
 博識の先生でも稀にしか見ないような現象が、今私の体を通して発現している。

「本に戻してみようか。
 紅玲、本に戻って」

 再度、本への魔力再定着を試みる。
 すると、今度こそ幼孤は、私の指示通り書籍へ向けて体を預ける。

「消えていく。
 ・・・。
 本に戻った」

 魔力再定着の成否を確認するため、ノムの表情を伺う。

「通常、書籍召喚は、本から呼び出して、本に返す。
 グリモワールを武具として使う召喚魔術師の基本的な戦闘スタイル。
 でも、今のエレナの場合は、本ではなく、エレナ自身に乗り移った」

「・・・。
 体、乗っ取られるかと思った」

「エレナの魔力が強くなった証拠だと思う。
 エレナの魔力が、妖狐の魔力を従属させた、ということ。
 もしくは、単に紅玲がエレナのことを気に入ったのかもね」

「そうなのかな」

「でも、エレナの戦力がアップしたことは間違いない。
 闘技場に行く前に召喚の書から魔力を引き出しておけば、紅玲がエレナのことを守ってくれるかも」

 そんなノムの言葉に、素直に喜べない自分がいる。
 その原因は、紅玲に対する不信感ではない。
 意志を持つ魔力。
 その存在を凌駕し、制圧し、制御することができるのか。
 逆に凌駕され、制圧される。
 その可能性の恐ろしさが、脳内のどこかに引っかかって、不快な圧をかけてきているようだ。

「魔力を制すには、自身の魔力を高めるしかない。
 今、エレナが行なっている鍛錬を。
 ただひたすらに、地道に、前向きに」

 私の心を見透かしたようなノムの言葉。
 その言葉で改めて。
 もっと強くなる必要がある。
 そう、強く感じた。





***** ***** *****





【魔術補足】 幻術





「九尾の妖孤、って聞いてたから、最初は怖かったけど。
 実際は、癒し系だったね」

 紅玲の一件から数日後、改めて炎狐召喚の光景を思い出す。

「もしくは、今はまだ力が弱まっているだけ、という考え方もある」

 なるほど、確かに。
 召喚した紅玲の尾の数は2本であった。
 もしも、この書籍の綴(つづ)る内容が正しいのなら。
 尾を取り戻すに連れ、凶暴化し、手がつけられなくなるのではないだろうか。
 ・・・。

「力が戻ったら、私食べられたりしないよね」

「こんがり焼けて、ちょうど食べごろ」

「やっぱり本、捨ててこようかな」

 このようなノムの軽いノリから察すると、まだ私が焼死する案件になる可能性は低そうだが。

「でも、かなり鮮明な狐だったよね」

 召喚された妖孤は、炎の魔力で形作られていた。
 しかしその姿は、細部に至るまで再現され、狐であることを十分に視認できた。

「それだけ『意志が強い』魔力が封印されていたってこと。
 魔力が持つ情報の濃度が高いほどに、その魔力が凝縮して生成された塊は。
 まるで、生命が宿ったように。
 生きているかのように」

「逆に、私自身の収束と制御の力で、この幼孤を、巨大な魔獣に『見せかける』ことはできないのかな」

「魔力を自分で造形し、魔獣、魔人の姿を形作る魔法は、『幻術召喚魔術』であると説明したけど。
 今エレナが言っていることは、これに対応する。
 これは『召喚術』という分類よりも、『幻術』という分類に入ると思う」

「幻術かー」

「幻術は、そこには存在しないものを、あたかも存在しているように見せる術。
 基本的には、光術で実現される。
 相手へ到達する視覚情報を光術で操作する。
 また、封魔術との混合術として実現されることもある」

「なんか、よくわからないかなー」

「実践してみせようか」

 そういうとノムは収束を始める。
 祈りを捧げるような、祈祷(きとう)収束の姿勢。
 次第にノムの体が光りを帯び始める。
 光がノムの姿を消してゆき。
 残像が、彼女の左右に揺らめいて。
 左右に2つの像が形成される。

「うおっ!!!
 ノムが2人いる!」

「エレナ、本当の私はどっちでしょう?」

 線対称でポーズをとる2人のノムが、抜き打ちクイズを出してくる。

「目を凝らして真実を見極めんとする。
 ・・・。
 必要もなく」

「左でも右でもなくて、真ん中」

「・・・。
 やっぱり、わかる?」

 2人のノムは残念そうな表情をした直後に消滅し、中間位置から、本物のノムが姿をあらわす。

「なんか、ぼやけてたし」

 作り出された2人のノムの真ん中で、光がユラユラしているのを見落とすことはできなかった。
 2人のノムは幻(まぼろし)で、本物のノムは光の迷彩効果で姿を消していたのだ。

「幻術は私、あんまり得意じゃないから。
 ぼやけて見えるぐらいにしか実現できない」

 つまらなそうなノムに逆行して、私は大満足なのですが。

「でもすごいよ!
 両側のノムからも魔力を感じたし。
 本当に3人ノムがいるみたいだったよ!」

 先生の求める理想が高すぎるだけで、今のは今ので十分凄い。
 金を取れるレベル。
 見世物的な意味で。

「まあ、本物と同じように見せるのはかなり難しいけど。
 相手の防御のタイミングをずらしたりするのに使われることもある。
 幻術を使う人は多くはないけど。
 そういう魔術もあることだけは覚えておいて」

「そんなことをやってくる相手だったら厄介だなー」




















Chapter14 六点収束魔術




 『デュアルフェニックスシュート』
 高圧収束された炎の魔力で形作られた2匹の不死鳥を飛ばし、相手に衝突させて大爆発を巻き起こす炎術。

 『ユニヴァース』
 空間中の多数地点に、雷、光、封魔の魔力を収束限界を超えて収束させて暴発させる多属性法陣魔術。

 『アブソリュートゼロ』
 強大な封魔術の力で、空間中の魔力をすべて無力化する特殊な法陣魔術。

「例えばさー。
 ノムってこんな魔術も使えたりするの?」

 これらの魔術は、3魔女の時代の各女王が使う奥義。
 そんな空想上の産物を、果たして実際に実現することができるのか。

「できる、できないじゃなく、『威力が足りない』ということになるはず。
 炎を不死鳥の形に成形ものを2つ作る。
 そのこと自体は可能。
 だけど、それが高い威力を持つかは別の話。
 単純にバーストを放ったほうが強い。
 華の魔女シルヴィアが使うそれと、同列では括(くく)れない。
 ただ似せただけじゃ、本物とはいえない」

 たぶん本物といっても誰も文句は言わないだろうが。
 謙遜されているが、普段から十分に最強の魔女っぷりを発揮している。

「でも、3人の女王じゃなくて、その構成員が使っていた魔術なら使えるかも」

「そんなのあるの?」

「それぞれ華術(かじゅつ)、月術(つきじゅつ)、雪術(ゆきじゅつ)と呼ばれる。
 特に月術に関しては、魔導書が残っている可能性が高い。
 でもその魔術の多くは、高等魔術に分類される、習得難度の高い魔術」

「そもそも『高等魔術』って、具体的にはどういう意味だっけ?」

「『高等』という言葉は、魔術習得の難易度を表すもの。
 純術、つまり単純なバーストやエーテルと同レベルの習得難易度の魔術を『初等魔術』。
 三点収束魔術よりも難易度が高い魔術を『中等魔術』。
 六点収束魔術よりも難易度が高い魔術を『高等魔術』と呼ぶ」

「ということは、私はまだ1つも高等魔術を使えないってことだよね。
 六点収束って、まだ習ってないし」

「紅玲(くれい)の召喚は、高等と言っていいレベル」

「なら、私もそろそろ六点収束を習得可能なレベルになりそうなの」

「その通り。
 そろそろ話をしようと思っていたところ。
 ちょうどいいから、今から話をしようか」

「おー!
 ついに私も高等魔術師(ハイウィザード)の門を叩くのか」






*****







「六点収束魔術は基本的に三点収束と同じ。
 6個コアを作って合わせることで実現される」

「まあ、そりゃーまーそーだよね」

「ただし、『6個の点を作る』というイメージよりも、『上三角の三点収束と下三角の三点収束を合わせる』というイメージのほうがやりやすい。
 ここまで何回も三点収束魔術を発動してきたから、それを2つ作って組み合わせてやればいい。
 ちなみに、上三角と下三角が合わさると六芒星(ろくぼうせい)が描かれる。
 それ故に、六芒星は高等魔術、さらには『魔術』を表す記号として使われるようになったの」

「なるほど。
 たしかに魔法といえば六芒星ってイメージだよね」

「六芒星の各頂点にコアを作り収束。
 と、言葉で言うのは簡単だけど・・・。
 でもこれ、想像以上に難しい。
 収束時のコアの反発力は、三点のときを大きく越える。
 また、収束できる絶対魔力量も増えるから、その分さらに反発力が大きくなる。
 魔力が多い分、収束するのに時間もかかる。
 だから。
 『補助収束』を行う」

「『補助収束』・・・。
 ってはじめて聞くな。
 名前どおり収束を補助する、みたいな感じ?」

「説明する。
 例えば、エレナがトライスパークの魔法を使うとき、エレナはトライスパークを使うことを意識して、トライスパークを使うために魔力を収束させる」

「もちろん」

「補助収束というのは、ある魔法の使用に限定して魔力を収束するのではなく、任意の魔法を使うことを想定し、使用する魔術を限定しないで魔力を収束すること。
 ただ単純に魔力、プレエーテルを集めるイメージ」

「へー、そんなことできるんだ」

「難しいけどね」

 でました、いつもの『難しいやつ』。
 もう、なんでも来いって感じです。
 その困難、時間で解決してやる。

「うーん、また特訓する必要がありそうだね」

「せっかくだし、今からやる?」

 無言の相槌で返す。
 そしてすぐに魔術発動の姿勢をとる。
 一発で成功しないかしら。

「とりあえず、何にも考えないで魔力を集めてみて」

「てぅぃーっす」

 無心。
 その言葉を心に抱き、魔力を集める。
 何かしらの魔術。
 一瞬浮かびそうになる、そのイメージが雑念となる。

「ストップ。
 ・・・。
 スパーク」

「なんでわかんのさ!」

 まあ、確かに。
 収束された私の魔力は、そこそこの量の雷の魔力を含んでいる。

「スパークとか、特定の魔法を放とうとしたらだめ。
 何にも考えたらだめ」

 考えているつもりは、1mℓも1mgもないのだが。
 脳内で思い描くように現実が動かない。

「うーん。
 じゃあ、もっかい」

 再び魔力収束を開始する。
 が。

「ストップ。
 ・・・。
 スパーク」

「いやいや、今回はほんとに何も考えてないって」

 とか言い訳するも、確かにスパーク。
 若干、雷の魔力に変換されている感じがする。
 これ、想像以上に難しいぞ。

「今までは、『できるだけ速く発動したい』という意志を持って魔法を発動していたはずだから。
 とにかく速くエーテル変換や、四元素変換を行うことが癖になっている。
 だから、属性変換をしないでプレエーテルの状態で止めることが難しい。
 でも。
 今のは今ので補助収束にはなってるの」

「どういうこと?」

「『雷の魔力を補助収束した』と言えるの。
 これを『属性限定補助収束』っていう。
 属性非限定の場合よりも簡単。
 でももちろん、その状態から他の属性に変換することはできない」

「雷の補助収束をしてるって相手に気づかれたら、雷術に対する身構えをされちゃうしなー」

「だからこそ、属性非限定の補助収束を練習しておくのがいい」

「ぬーん。
 じゃあ、もっかいやる」

「・・・・・・。
 だめ。
 スパーク」

「だめだ」






*****






「・・・。
 ・・・・・・。
 ちょっとスパーク。
 でも、この程度なら全然問題ない」

「おー!
 意外とできた」

 訓練開始から5時間程度で、及第点をいただけた。
 数日はかかるかなー、と思っていたが。

「ちなみに、プレエーテル70%、スパーク15%、魔導8%、封魔3%、光2%、炎1%、風1%って感じ」

「そこまでわかるのかよ!」

「あんまり正確じゃないけどね。
 このように、プレエーテル以外の魔力が含まれる場合、発動魔術の属性以外の魔力は『雑味』成分となる。
 言い換えると、その分魔力を無駄にしているような状態。
 だから、理想はプレエーテル純度100%が望ましい」

「そこまでの境地に達するのは、まだまだ先になりそうだね」

「むー、でもこれは時間かかると思ったのになー」

 自身の予測が外れ、ムスッとした表情の先生。
 いや、そこ喜ぶところですよ。

「かかんなくていいから。
 繊細な魔術制御が必要で、精神的にすごく疲れたし。
 あーでも、まだ本題の六点収束魔術習得が残ってるんだよなー」

「六点収束の習得開始は、もう少し魔力が強くなってからがいいかな。
 闘技場で、もう少し修行してきて。
 魔導学概論に習得開始条件を書いておくから。
 炎の六点収束魔術『ハイバースト』を覚える。
 『ハイ』は『高等』を意味する。
 いつものとおり、条件が整ったと感じたら私に声を掛けて」

「うーん。
 またしばらくは闘技場メインの生活になりそうかな」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 1、2、3。
 上三角の三点収束。
 4、5、6。
 そして逆三角の三点収束を合わせる。
 補助収束により蓄積した魔力を6等分し、6つのコアを構成。
 6つのコアが六芒星を描く。

 そこから、さらに魔力を増幅させながら。
 炎術への変換と、6コアの合成を並列で実施する。

 6コアの合成で発生する反発力は、三点収束や三点多属性合成を優に越える。
 なぜここまで、ノムがこの魔術を私に教えなかったのか。
 そんな疑問を少しも感じさせないほどの実現難度。

 それでも。

 それを習得せんとする私も、昔までの私ではない。
 昨日まで、全くと言ってよいほど纏(まと)まりを持たなかった6つの魔力球が、1回の施行ごとに、一体化していくのを感じる。
 それは、魔力の制御力が上昇したということだけでなく、魔力が語る些細(ささい)な変化を感じ取ることができるようになったということを意味していた。

 6つのコアから感じる魔力。
 それが1つのコアから感じる魔力に変わり。
 炎の魔力球が完成する。
 それは、今まで感じだことのない。
 圧倒的な存在感を持った魔力球。

 これで、意図通りの収束であったのか。
 疑問の解を得るため、ノムを見つめて。
 彼女の笑顔が、その答えを教えてくれる。

 そして、再び前を向く。

「はっ!」

 魔力球放出。
 ワンテンポ挟んで炸裂。
 熱風と轟音を、空間中に撒き散らす。

 私が闘技場初戦で、エーテルゴーレムに対して放った一撃とは比べるまでもなく。
 あの日、初等魔術師(プライマリーウィザード)であった私は。
 ついに今、高等魔術師(ハイウィザード)にランクアップした。

「できました!」

「ぐっと」

「実はただの派手なトライバーストでした、とか言う?」

「6つのコアは、正常に合成されている。
 何より、威力十分」

「想定より早く習得できたかも」

「エレナ、飲み込みが早くなってる」

「でも、これはすごい威力だ。
 私もだいぶん強くなってきたんじゃないでしょうか」

「イモルタくらいなら瞬殺できる」

「まあ、ノムまではまだまだだけどね」

 そんなこんな、いつものやりとり。
 そんな流れを断ち切るように。
 青髪少女が表情を変え、振り向き背中を向ける。

「エレナは・・・。
 たぶん、あと1年くらいしたら。
 私より強くなる」

「ないです」

「エレナのほうがきっと。
 私より。
 もっと上までいける」

「・・・」

「魔術のほうも・・・。
 私が教えられるのも、もう少しだけ。
 きっと1人でもやっていけるから」

 その背中だけでは、彼女の表情まではわからない。
 それでも、私が伝える言葉は変わらない。

「私は。
 その後も、ノムと一緒にいたいな。
 ・・・。
 だめ?」

 彼女は私に魔術を教えてくれる。
 これが当初、私がノムについてきた理由。
 2人で旅をしてきた理由。
 でも。
 もう少し一緒にいたいと。
 そう思ったのでした。

 そんな、私の言葉に対し。

「いいけど」

 彼女は、小さく呟(つぶや)いた。




















Chapter15 魔導工学




 まさか、こんなに何回も通い詰めることになるとは。
 大きな樽に雑に詰め込まれた安物の剣を眺めながら、しみじみと回顧する。
 もはや見慣れたイモルタの武器屋。
 扱う武具、その性能と価格、およそ把握済み。
 本日は、新武器の購入の目的で来店。
 新商品がないかしら、などと思考を巡らせながら店内を散策する。

「この武器屋にも、結構お世話になってるなー」

「私はなってない」

「ノムも買えばいいんじゃないの?
 お金もってるし」

「むー。
 私の今持ってるこの杖より強い杖が売ってないの」

「その杖、そんなにいいやつなんだ。
 なんて名前?」

「聖杖(せいじょう)サザンクロス」

「仰々(ぎょうぎょう)しいね」

「うーん、でもせっかくだし、私も何か新しい武器を買ってみようかな。
 前から、杖以外の武器も握(にぎ)ってみたいって思ってたし」

 槍、刀、斧、剣。
 謎の基準で選別しては、グリップ部を握っては離し、を繰り返す先生。
 ノム先生の心をつかめる相手は現れるのか。

「んじゃ、これで」

「斧かよ!」

「駄目?」

「似合わない。
 ・・・。
 あー、でもそのミスマッチ感も逆にいいかも。
 ノムー、ポーズとってみてー」

「こう?」

 赤黒い色の長戦斧を前に突き出し。
 左手は腰に当て、ポーズを取る。

「おー、いいっ!
 すごくいい!
 ノムー。
 『私の斧に、あなたの血を捧げなさい』って言ってみて」

「ばーか★」

 ひどく適当なノムいじりが終わると、本題に戻る。

「んじゃあ、私も選ぶか。
 ぬぅーん、どうしようかなー」
 
 槍、斧、杖、大剣、刀。
 ここまで、魔術と相性が良いとされる5種類の武器を扱ってみたが、どうやら、槍が一番私に合っている気がする。
 得意の雷術攻撃の射程が伸び、中距離からでも相手に致命的なダメージを与えることができる。
 私は槍が陳列されている区画で品定めを始める。

 トライデント   70,000$(ジル)
 ダイアコアスピア   100,000$(ジル)
 聖騎士の槍   300,000$(ジル)

 私の武術、魔術の実力、及び所持金から判断し、数本を見繕(みつくろ)う。
 『自身の能力以上の性能の武器を買っても、扱えるかは分からない』。
 そんなノムの言葉を思い出す。

「ノムー」

「ぬ?」

「この武器、私に使いこなせるかなー」

 見繕(みつくろ)った武器を指差しながら尋ねる。

「大丈夫だと思う。
 というよりも。
 この武器屋にある武器は、ほとんど使いこなせるんじゃないかな?」

「ってことは、私もそろそろ、ノムと同じく。
 この武器屋は御役御免、みたいな状態になるのか」

「ここにある武器も、結構いいものが揃ってはいるんだけどね」

 改めて武具店を見渡す。
 当初、価格的な理由で手にするのも怖かった武器たちが、今は通り過ぎた場所に存在する。
 名前も知らなかった彼らだけど、今はその人となりを語れる。
 価格が高くなるにつれ、魔術相性も高くなり、同時に、特徴的な性能を持つようにもなる。
 それらの武器を眺めているだけで、多角的な考察が、自然と次々に浮かんでくるのだ。

「うちの商品にいちゃもんつけてんのか?」

「イモルタ、いたの?」

 無愛想、無愛嬌な口調。
 それでも特に不快感はなく。
 顧客という立場ながら、友達のような感覚。
 取り囲む武具達だけでなく、この人にも、それなりの愛着を感じている自分がいる。
 それなりの。

「いや、ここ俺の店だから。
 いるだろ」

「エレナが、もっといい武器いれろー、だって」

「言ってないって、そんなこと」

「そーいや昔。
 『もっといい武器いれろ』、って言ってきた奴がいたな」

「誰?」

「お前だよ」

「むー」

「俺の店は、以前は杖は扱ってなかったが、おまえが『入れろ入れろ』言うから、扱うようにしたんだ。
 そしたらお前、それ以来、全然店に来なくなりやがって」

「ちょっと杖が見たかっただけで、そもそも買うつもりはなかったけど」

「冷やかしかよ!」

 私の知らない過去を2人で共有しやがって。
 という、謎の敗北感。

「むー。
 それじゃあ、今日はこれを買うから」

 ノムは、先ほど選定したブラッドカラーの長戦斧をイモルタに手渡す。

「斧って!
 似合わねー」

「む」

「まあ買ってもらえるなら文句は言わねーよ。
 毎度」

 眉間にシワを寄せるノムを宥(なだ)めるように、イモルタは微笑を浮かべフォローを入れる。
 金銭と物品が交換されたのち、話題が巻き戻される。

「そういや。
 ここの武器屋で取り扱う武器より、もっと強い武器が欲しいんだって?」

「いや、まあ。
 将来的には、って話ですけど」

「俺の知り合いを紹介しようか?
 武器の仕入先の一人なんだが。
 ちょうど今からそいつのとこに仕入れに行くことになってるから。
 一緒に行くか?
 っていっても、あいつは基本的に人に会いたがらないし。
 まあ駄目だとは思うが」







*****







 イモルタに連れてこられたのは・・・

 闘技場!?

 スタッフオンリーの掲示がしてある通路を、さも当たり前のように通過し。
 現在、闘技場の地下1階。
 闘技場の地下にこんな空間があることも驚きだし。
 イモルタが立ち入り禁止区域にガンガン進んでいくのも驚きだし。

 これ、あとで怒られないの?
 軽犯罪なの?

 キョロキョロと視線を動かし、警備の人間がいないかを確認する。
 すると、大きな扉の前まで来たところで、先導するイモルタがその足を止める。
 ここになんかあるの?

「シエルー、いるかー?」

 荘厳(そうごん)な扉は無言を貫く。
 そんな反応にも、イモルタは表情を変えない。
 よくあることなのかしら。

「かってに入るぞー」

「って、いいんすか?」

「鍵がかかってない。
 っつーことは。
 いる、ってことだ」

 観音開きの扉の右半分を、少しの体重を掛けてゆっくりと開くと、異様な空気が室内から流出するような感覚を得る。

「おじゃましまっす」

 誰も聞いていないかもしれないが、軽めの挨拶をし。
 イモルタ、ノムに続き、恐る恐る室内に侵入した。





*****





「・・・。
 ゴ・・・。
 ゴーレムがいる」

 埃(ほこり)っぽく薄暗い大部屋に入ると、何度も闘技場で戦ってきた、宿敵、エーテルゴーレムが姿を表す。
 1体、2体ではない。
 見渡せば見渡すほどに、私の視界にゴーレムが入ってくる。
 優に20体はいるのではないでしょうか。

「尋常じゃないくらいいるし。
 怖っ!」

「これは、すごい」

 ノムが感嘆のため息を吐く。
 簡単に周囲の確認をすませると、1体のゴーレムに近寄り、至近距離からの分析調査に入った。
 これぞ、食い入る。
 
 一方、イモルタは誰かを探している様だ。

「シエルいるかー」

 ・・・

「シエルー」

 ・・・

「探すか。
 お前らも手伝え。
 俺、むこうのほう見てくるわ」

 そう言い残すと、イモルタは指さす先の方向に行ってしまった。
 兎も角。
 『シエル』という人物を探せば良いらしい。
 らしいのだが・・・。

「手伝え、って言われてもなー」

 ゴーレムが気になって、それどころではないのですが。
 ・・・。
 それにしても。
 本当にすごい数のゴーレムだ。
 種類も複数。
 一番多いのはノーマルタイプ、紫塗装のエーテルゴーレム。
 次に多いのが、灰色のアイアンゴーレム。
 茶色いのが耐火ゴーレム。
 それに加え、まだ見たことのないカラーリングのゴーレムもいる。
 ・・・。
 いやこれ、大丈夫なの?

「このゴーレム、いきなり襲ってきたりしないよね」

 ゴーレムに張り付いているノムの耳元まで接近して確認する。

「それはない。
 ゴーレムは、基本的には動かす人間、魔術師が存在して、初めて動く。
 一度魔力を与えたら、勝手に、自律的に動き続けるわけじゃなくて、離れた場所から遠隔操作をしてる」

 その説明を聞いて、思いつくことがある。
 闘技場のゴーレム戦で、相手の入場口である北の入場口の上方から、なにかしらの魔力を感じていた。
 なるほど。
 その場所から、どなたかの魔術師がゴーレムを操作していたのね。
 日頃からの違和感の正体が解明。
 スッキリ。

 ノムはゴーレムに視線を向けたまま、動作の仕組みを説明し始める。

「ゴーレムに対して、エーテルの魔力とアンチエーテルの魔力を流す。
 それらの魔力を、ゴーレムの機構に用いられる材質とうまく反応させることで、ゴーレムを動かす。
 と。
 なんかの本に書いてたような。
 なかったような。
 わからんないけど」

 心ここに在らずのノム。
 まるで、魂をゴーレムに吸い取られたような。
 どうやら、すごく面白いらしい。
 彼女の純真無垢な瞳がそれを物語る。
 蘇る童心。
 なんかかわいい。

「よくよく考えれば。
 ゴーレムを作ってるなんて話、ここ以外では聞いたことないよね。
 3魔女の時代、月の構成員の魔術師さんが作っていたっていうけど」

「フローリア、だったっけ」

「そう、フローリア。
 でもそれ以降は、ゴーレムに関する記述のある文献なんて見たことないし。
 やっぱり、こういう物体制御の魔術は、難しいんだよね」

「・・・。
 動かしてみたい、これ」

「いや、だめっしょ。
 怒られるって」

 いくら魔術制御に優れるノムであっても、これだけの数のゴーレムやらメカニカルな何かしらが密集する場所で適当なことをやらかせば。
 ・・・。
 これ多分、結構、高価だよね。
 借金地獄の入り口が見えるぜ。

 そんな私が鳴らす警鐘を、彼女が聞くはずはあろうか、なかろうか。

「ゴーレム!
 エレナを、ちょっとだけ殺(や)っちゃえ!」

「いや、ちょっ!
 危ないって!」

 茶目っ気たっぷりで、『殺(や)っちゃえ』とか言うノムちゃん。
 いくら可愛くても、殺しちゃダメ。

「冗談」

「に聞こえない!」

 彼女なら、数分もなくゴーレムを自由自在に操作し始めるだろう。
 改めて言うが、彼女の持つ魔力を精密制御する技術は、間違いなく世界レベルだ。
 ノムの操るゴーレムが、私の関節をキメる映像が脳内に浮かぶ。
 その映像内の彼女はとても楽しそうだ。
 ドSですね。

「おい!」

 突然の呼び声が、自虐的な妄想をかき消す。
 キョロキョロ。
 この声は何処から・・・?

「勝手に触るな」

 ・・・?
 ・・・?

「エレナ、前」

 ノムの助言でやっとこさ気づく。
 想像想定よりも対象が小さく、発見までに時間がかかってしまった。

「子供?」

「子供っていうな」

 目の前で明らかな不快感を示す『おとこのこ』。
 その体の非成熟具合に相反し、私をまっすぐと睨みつける瞳は鋭い。
 間違いない。
 第一印象は最悪、相互(そうご)に。

「ここは闘技場関係者以外立ち入り禁止なはずだが」

「イモルタに連れてきてもらったんだよ」

 イモルタが探していた『シエル』が、この男の子である前提で話を進める。
 そんな気がする。
 ならば、逆にこの子は、イモルタのことを知っているはずだ。
 たぶん。
 予測の正誤は、この子の返答で判断する。

「あいつ、誰も連れてくるなって言っておいたのに。
 んで、何の用?
 俺、忙しいんだけど」

「イモルタは『武器を仕入れに来た』って言ってたけどね」

「それはわかってる。
 お前達は?
 社会見学か?
 それとも遠足か?」

 刺々しい質問。
 ある意味、途中からは工場見学で正解なのだが。
 本来の訪問目的を伝えるべきであろう。

「シエル君が、武器を作るのが上手だって聞いてですね。
 よろしければ、私の武器を作ってもらえないかなー、って」

「わかった!
 快(こころよ)く引き受けよう」

「おおっ!」

「と、言うとでも思ってる?」

「まあ、そうだろうね。
 出会って5秒くらいでそう思ったよ」

 逆にここで従順さを見せてきたら、キャラ不安定だねってなるレベル。
 ここまでの彼との会話で、それなりのキャラ設定が完了している。
 クール。
 頑固。
 1つのことに集中するタイプ。
 周りを気にしない。
 ちょっとクソガキ。

 さて、ここからどうやって、武器開発まで交渉をもっていくか。
 それとも諦めるか。
 ・・・。
 諦めようか。
 イモルタに頼もうにも、慕われてなさそうだし。
 たぶん無理かな。
 帰ろう。

 そんなことを考え、ぼーっとしていると、当のシエルくんは、私の持つ武器に興味を示しだした。

「今どんな武器使ってる?
 緑は。
 まあ普通のだな」

「一蹴だね」

 どこの武器屋にでも置いてある、そこそこの値段がして、そこそこの能力がある槍。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 あと、人に名前とか聞かないの。
 私、緑なの。

「青はー」

 次の色に移ったシエルは、青髪の武器を眺め始めた。
 その後、徐々に彼と杖との距離が近づいていく。

「聖杖サザンクロス!」

「わかる?」

「1世代昔の名工、リジド・カルバナルの最高傑作の1つだ。
 中心のコアと4つの十字が、書籍で見たものに酷似している。
 いや、似ているだけ、なのかもしれないが」

 私の市販の槍のときとは明らかに異なる反応。
 この子、武器マニアなの?
 興奮対象なの?

 そんな興奮状態のシエルは、ノムの持つ聖杖に熱視線を送ったまま。
 しばらく黙りこくっていたが。
 考えがまとまると、ノムと向き合った。

「ちょっと、見せろ」

「む」

「見せて」

「む」

「見せてください」

「む」

「見」

「む」

「何と言っても、だめか」

 何と言っても顔を縦に振らないどころか、横にすら振らないノムが、否定語と思われる『む』を連発する。
 人に渡すことができないほどに高価で高尚な杖なのだろうか。
 その聖杖(せいじょう)なにがしは。

「・・・。
 交換条件」

 おお!
 ノムが呟(つぶや)くその言葉が意味することは!
 つまり、交換条件でエレナの武器を作ってくれ、ってことだよね!

「ゴーレムを、動かしてみたいかも」

「違うしっ!」

「全然いいけど」

 私のツッコミが空間を切り裂く。 
 そんなことお構い無しに、ノムは何の躊躇(ためら)いもなく聖杖(せいじょう)をシエルに手渡す。
 即、分析が開始される。

「中心のコアは、希少宝珠で封魔のエレメントでもある半透過クリスタルだな。
 これだけでもその金銭的、魔導工学的な価値は計り知れない。
 でも、それよりもこっちのほうがすごい。
 このコアの周りの4枚の半透明の板。
 よく見ると、模様が見えるだろ。
 これは魔導回路っていう魔導工学の技術で。
 まあゴーレムにもこの技術が用いられているんだが。
 ゴーレムで使う回路に比べて、板の大きさは小さいのに、その回路の規模はとても大きい。
 この小さい板の中に、とても微細な別の物質の線が埋め込まれている」

「そうなんだ」

 なんかすごい。
 そんな感想です。

「でも、最も重要な部分は、これ以外の場所なんだ。
 青いの、わかる?」

「筐体の素材?」

「そう。
 筐体とは、武具の内、刀身やコアなどの魔導要素以外の部分、全てを指す言葉。
 でも、さらに細かく言えば。
 着目したいのは、柄、シャフトの部分」

「確かに。
 武器のシャフトは、術者とコアを結ぶ重要なパーツ。
 この部分の品質が悪いと、術者とコアの魔導距離が離れてしまって、魔力制御の効率が下がる。
 魔導技工士の能力が一番現れるのはシャフトの部分、っていうよね。
 特にグリップの部分」

「そのとおり。
 まあ実際、それがどのようにして実現されているかは、『中』を見てみないと、完全にはわからないけど。
 ・・・。
 ばらしてみたいな」

「ばらしたら、シエルをばらばらにするから」

「冗談だよ」

 ノムの危なっかしい冗談を去(い)なし、笑みを浮かべる少年。
 恐れる様子は全く見せず。
 肝、座ってんな。

「でも詳しいな、青いの。
 名前なんていうの?」

「ノム、っていう」

「ノムね
 これ、ありがとう」

「ぬ」

 シエルは満足したようで、杖をノムに返す。
 どうやら2人の間に信頼関係が構築されたようで。
 蚊帳の外感、半端ない。

「ゴーレムを動かしてみたいんだったよね。
 ここじゃ危ないから。
 闘技場に行く?」

「いいの?」

「交換条件、だろ」

「ありがとう」

「で。
 私の武器の件は・・・」

「それはいやだ」

 だんだん友好的になってきた、と思っていたが。
 子供って言ったの、まだ根に持ってるの?
 心の中でクソガキって言ったの、バレてるの?

「今は、武器は作らない。
 イモルタに武器を流しているのは、昔、世話になったから。
 それだけ。
 それに。
 ノムの武器以上のものは、俺には作れない」

「いやいやいや。
 そんなすごいのじゃなくっていいからさ。
 簡単なことなら、手伝うから」

 ここまでのノムとのやりとりから察すると、彼が本当に魔導工学的な天才である可能性が高い。
 食い下がる価値はあると思われる。
 へりくだる。
 年下相手でも。

 すると、そんな私のエセ真剣さが伝わったのか、シエルが私がを見つめ返してくる。

「緑、名前は?」

「エレナ」

「・・・。
 やっぱり。
 アシュターが言ってたのはおまえだったのか」

 よくわからんが。
 何か呟(つぶや)いて、1人で納得されてしまった。
 一通りの考慮が終わると、シエルが笑みを浮かべる。
 何か。
 そこはかとなく。
 嫌な予感がする。

「そういえば。
 ノムがゴーレムを動かすにしても、相手がいないとつまらないよな」

「んー、別にそこまでしてもらわなくても。
 まあ、いればいるに越したことはないけど」

「ゴーレムは初心者が扱うと結構危ないんだ。
 俺達も、対戦相手にできるだけ致命傷を負せないように配慮してるんだが。
 だから適当なやつ捕まえてとか、闘技場スタッフ相手にってわけにはいかない。
 死の可能性あり。
 だから」

「そっか!
 私も、エレナ相手なら全力でいけるかも」

「なんでだよ!!」

 納得すんなよ!
 『死の危険性あり』のフレーズの後に、『エレナなら』っておかしいだろ!

「でもお前、そこそこ強いんだろ?
 それに、ちょうど俺も『改良版』を試してみたかったし」

「私は実験材料か」

「交換条件。
 俺がお前の武器を作ることに時間を割く。
 お前は俺の実験のために時間を割く」

「まあ。
 一応、お願いしてるのはこっちだから。
 それでいいけど。
 ちゃんと手加減してくれるよね」

「嫌」

「ノムには聞いてない」

「魔術戦では、いつも手加減して本気が出せなかったけど。
 今回は本気が出せそう、かも」

 ワクワクが溢れ出す先生。
 間違いなく。
 シエルよりも、こっちのほうが危険だ。





*****





「アシュター、フレバス。
 すまないな、休みだと言うのに」

 ゴーレム試運転ため、闘技場にやってきたエレナ、ノム、シエルの3人。
 それにしても。
 勝手に闘技場使っていいの?
 もしかしてシエルって偉いの。
 なんか明らかに年上相手に呼び捨てだし。

「いえいえ、師匠ー。
 お待ちしてました」

「だから師匠っていうの、やめろって」

「まあでも、実際師匠ですからね、我々の。
 でも、シエルが他人にゴーレムを触らせるなんて珍しいですね」

「まあ、いろいろあってな」

 現在地はステージの外。
 北の入場門から入ってきて、ステージ端まで来た地点。
 そこに、2人の男性がスタンバイしていた。
 年は私達よりも少し上くらいか。
 一人は、見覚えあり。
 先日、紅玲(くれい)の書籍を渡してくれた闘技場スタッフ。
 メガネを掛けた優しそうな男性。
 漏出魔力の感じからすると、魔術がそこまで得意そうには感じない。
 が、体は鍛えてある印象。

 一方、もう一人は白衣を着た背の高い痩せ型の青年。
 正直、貧弱そうに見える。
 魔導術と封魔術の魔力が漏出していなければの話だが。
 この人、間違いなくそれなりの魔術師だ。

「よろしく、お願いします。
 ノムです」

「エレナです」

「アシュターっす」

「フレバスと言います」

 白衣の男性がアシュター、眼鏡の男性がフレバスと名乗った。

「日頃は、この2人がゴーレムを動かしてるんですね」

 突然、ノムがそのような推測を口にする。

「なんでそう思う?」

「魔力が、そんな感じ」

「魔力が、っていうのはよくわかんないけど。
 まさしくその通り」

「自分が初級ランク担当。
 闘技場の警備と雑務を担当しています」

「俺が中級担当。
 普段は、救護班っす」

「で、俺が上位ランク。
 ゴーレムの作成とメンテナンスが仕事」

「すべてのランクで師匠が操作するってのはかなり労がいるから。
 俺たち2人で手伝ってる感じ」

 この時点で、私が以前から感じていた1つの疑問の答えが見つかる。
 闘技場のあるランクから、突然ゴーレムが強くなったのだ。
 ゴーレムの種類は同じであるにも関わらず。
 それは、『操作者』が変わったからだ。
 眼鏡の男性と比較して、白衣の男性の方が魔術のセンスが数段高い。

 そして、そこから連想される事実。
 それは。
 シエルが操作するゴーレムは、今まで私が戦ってきた白衣のアシュターが操作するゴーレムよりも強い、確実に、ということ。
 で。
 私はそのゴーレムを今日相手する、と。
 うーん、難儀。

「自己紹介はこんな感じで。
 じゃあまず『手本』からだな。
 フレバス、簡単に説明しながら操作してみてやってくれ。
 で、エレナはその相手をしてくれ。
 早速準備して」

 言いたいことはいろいろあるが。
 聞いてもらえる気はしない。
 
 私は闘技場のステージに上がり、南の入場門に近い位置で相手を待つ。

 続いて、見慣れた灰色のゴーレムが登場する。
 首を持たない魔導兵士。
 一般的な大人の男性よりも大きな鋼鉄の体。
 腹と背中には魔法陣が刻まれている。
 拳の先には太い棘が複数付いており、鋼の剛腕と相まって、その一撃の威力を物語る。

 一撃を喰らってもいけないが、かと言って速攻で倒してしまうとノムに怒られそうだ。 
 まあ。
 適当に、やりますかね。
 
 
 


*****





【**ノム視点 **】



「まあ、こんな感じです。
 どれほど、伝わりましたかね?」

 エレナとゴーレムの戦闘が終わると、操作者フレバスが聞いてくる。

「わかりやすかった」

 ゴーレムの一つの動作ごとに、フレバスはその操作方法、魔力の流し方を説明してくれた。
 エレナのほうもそれは分かっていたようで、ゴーレムの攻撃をかわしながら、適当に時間を潰してくれていた。

「でもゴーレムの操作技術に関しては、私はまだまだのようですね。
 一撃も、彼女に与えることはできませんでしたし。
 まだまだ当分の間は、初級ランクの番人、ということになりそうです」

 というよりも、ゴーレム慣れしたエレナの回避能力が高すぎるだけなのだが。

「それじゃあノムさん、やってみますか」

「ちょいまちっ!」

「アシュター?」

「次。
 俺やる」

 白衣の男が割り込んできた。
 チャラい。

「と、言ってますが。
 シエル、どうします?」

「・・・。
 いいんじゃない?」

「いよっしゃっ!」

 ほんの僅か、考え込んだように見えたシエルは、すぐに承認の結論をだした。
 喜ぶ白衣。

「エレナちゃーん!
 次は俺が相手するからさー」

 ステージ外の4人のやり取りは、ステージ上のエレナには完全には伝わっていないと思われるが、エレナは相槌を打つ。
 そんな適当な対応にも、白衣は満足そうである。
 オーラサーチからの判断では、フレバスよりも白衣の方が魔術能力が高いと考える。
 先程のフレバスの操作よりも、より滑らかな動きを見ることができるだろう。

 それにしても、この男。
 エレナを見る目が、そこはかとなくいやらしい。
 あんまりいやらしい目で見続ける場合は、爆破しますので。





*****





 エレナの放ったトライスパークが直撃し、耐火ゴーレムがステージに倒れ込む。

「全然駄目だわ。
 エレナちゃん、強すぎ」

「でも、自分よりは善戦してますよ」

 白衣の操作するゴーレムは、フレバス操作時よりも、動きが機敏で無駄がなく、相手の攻撃を防御、回避する能力が強化されていた。
 が、それでも、エレナに対し、ほんの一撃も加えられなかった。

 その一戦を、シエルは無言で見つめ、何か思考を巡らせているように思えた。
 戦闘後も押し黙っていたが、一通り考えがまとまったのか、表情が戻る。

「じゃあ次、ノムな」

「ぬ」

「エレナー!
 ノムが練習するから、少し待ってくれ」

「ぅいっすー」

 エレナがやる気のない返答をすると、ここで、紫色のゴーレムが登場し、ステージに上がる。

「ノム。
 ゴーレムに、魔導と封魔の魔力を流してみて。
 最初は、適当にでいいから。
 壊さない程度の少なめの魔力量で」

「どういう風に、流せばいい?」

「動かしたい部位に魔力を流して。
 それ以外は自由。
 ゴーレムの操作訓練は、とにかく魔力を流してみて。
 こういう魔力を流すと、こう動いて。
 別の感じで流すと、こう動いて。
 っていうのを、体で覚えていくのが一番早いんだ。
 魔導術のみを流したり、封魔術のみを流したり、両方を同時に流したり。
 できるだけ多くのパターンを試してみてくれ」

「やってみる」

 壊さないように。

 魔導属性の魔力を、ゴーレムの腕を目標地点として少量飛ばす。
 すると、その腕が、僅かな反応を示す。

「おおっ!
 ちょっとだけど、動いた!」

 ゴーレムを間近で見ていたエレナが、感嘆の声を上げる。

「うん、いい感じ。
 もっといろいろやってみて」

「ぬ」

 体の前方、後方、上腕、前腕、手、腰、脚部、足先。
 魔力を流す部位、そして流す魔力によってゴーレムの反応が変わる。
 少しづつ、入力と反応の関係を頭にインプットしていくと、徐々に操作のコツが掴めてくる。

 うん。
 ちょっと。
 ・・・。
 楽しいかも。







*****






 腕に魔力を流して通常攻撃(ジャブ)。
 一旦溜めてからだと大攻撃(ストレート)。
 基本的、動きは遅いけど。
 瞬間的に間合いを詰めるだけなら。
 足に魔力を多めに流して、相手に向かってステップ、して距離を詰める。

 で。
 すぐに右腕操作で攻撃。
 間を開けずに。
 脚操作でバックステップ回避。
 両腕操作で防御姿勢。

「完璧に使いこなせている」

「こいつ、なにもの?」

「まあ、ノムならすぐにマスターするとは思ってたけど。
 さすがに速いな」

「みんなのおかげ」

 1時間程訓練にのめり込むと、おおよそ自由自在にゴーレムを操れるようになっていた。
 術者からゴーレムまでは距離が離れているため、術者の近傍に魔力を集めて操作する場合に比べ、魔力操作は遥かに難しい。
 しかし、この辺りの繊細な魔力制御は、私が最も得意とするところだ。
 ゴーレムの仕組みを体得するにつれ、より人間に近い動きを実現できるようになった。

 が一方で、操作に慣れればなれるほど『限界』も感じる。
 それは、どう操作しても、これ以上の良い動きは実現できないという、ゴーレムの物理的な制約、メカニカルな性能限界。
 もう少し『良い』ゴーレムならば、さらに高い戦闘能力を実現できるかもしれない。

 そんな私の考えを察したのか、シエルが1つの提案をくれる。

「ノム。
 ゴーレムのバージョンを上げてみようか。
 性能も操作性も高い、別のゴーレムに」

「でも、壊したらまずいし」

「大丈夫。
 壊れても、修理する」

 なら遠慮なく。
 もしも、これ以上の性能のゴーレムを扱えるのなら。
 エレナを倒せるかもしれない。

 そんなことを考えながら見つめた当の彼女は、すごく嫌そうな顔をしていた。
 その嫌な予感、当たるかもね。





*****





【** エレナ視点 **】


 試行を繰り返すごとに、上達するノムのゴーレム操作。
 一時間程で完璧にマスターしてしまった。
 先ほど相手にしたアシュターが操作するゴーレムよりも、さらに俊敏かつトリッキーな動きを見せている。
 ・・・。
 ノム、うまくなりすぎ。
 てか、うまくなんなくていいし。

 何?
 私、これと戦うの?
 が。
 その予測は、半分外れる。

 ノムが操作していた紫色のエーテルゴーレムがステージ外に引っ込み、彩度高めの青色塗装のゴーレムが登板した。
 塗装だけでも金かかってるんじゃないの。
 嫌な予感しかしない。

 すぐさま、ノムによる試運転が始まる。
 その動きは、紫色のゴーレムではあり得なかった滑らかさ。
 ぬるぬる動くよ。
 そして機敏。
 超動きいいし。

 バージョンが上がったゴーレムの機動性に、ご満悦そうなノム。
 精神的にも、物理的も、のめり込む。
 一通りのウォーミングアップが完了すると、私に向けて宣告する。

「エレナー!
 準備いい?」

「よくなーーい、帰りたーい!」

「じゃあスタート!」

 『お前の準備が良かろうが悪かろうが、知ったことではない』、ということらしい。
 ゴーレムに魅入られ心を奪われたかのようなノムは、問答無用で戦闘態勢に入る。
 なんかもう、やるしかないみたいです。




*****




「ありがとう、楽しかった」

「全然、俺らより扱えてるし」

「逆に勉強になりました」

 そんな呑気な感想を言い合う外野。
 一方、私は、肉体疲労と精神疲労の合わせ技で死にそうだ。

 直撃ではなかったが、数発の鉄拳を喰らってしまった。
 操(あやつ)り人形のくせして、フェイントとか掛けてくるのだもの。
 体がズキズキと痛み、呼吸が荒くなる。
 しかも、私の魔術攻撃はことごとく回避されるし。
 魔力浪費からくる精神疲労も半端ない。

 ああ。
 つらかった。
 帰りたい。
 もう。
 勘弁してくれ。

「エレナちゃん、疲れてるっぽいけど。
 大丈夫なの?」

「大丈夫、エレナはまだ全然余裕」

「みたいだな」

 アシュターが私のことを気遣ってくれたようだ。
 が、ノムとシエルはそうでもないらしい。
 お前らなんなの。
 似た者同士なの。
 マッドサイエンティストの組合かなんかなの?

 そんな、マッドサイエンティスト2号なシエルが声を上げる。

「エレナ!」

「終わり?」

「次は俺」

 でしょうね!

「そんな私のこといじめて、楽しいっすか、S共(ども)」

「これが終わったら、エレナの武器作るって、ちゃんと約束する。
 だから、本気で行くぞ」

「くんなー!」

 そんな私の願いに反し、新しい魔導兵士が登場する。

 ・・・

 黒か。

 今までで一番美しい機体。
 基本的な構造は今までのゴーレムと同じだが、細部に違いが見れる。
 今までのゴーレムよりも制御可能な部分が多く、より細い指令を出すことができるのだろうと予測。
 また、ゴーレム自体から感じる魔力も大きい。
 もしかすると、バリアー機能とかもあるんじゃないか。

 そして、デモンストレーションが始まる。
 その動きは、天才ノムを遥かに凌(しの)ぐ、玄人(くろうと)が作り出す芸術的な動き。
 俊敏さ、滑らかさ、動きの多様さ、鉄拳の速度。
 私が相手をしてきたアシュターが操るゴーレムが、雑魚当然に思える。
 全てが未知のレベル。

 あー。
 たぶん、これは駄目だ。
 死ぬわ。

「いくぞ、エレナ!!」

 もう。
 反論する気力もなく。

 くるんなら。
 こいよ。
 やってやる!





*****




 ゴーレムの弱点、欠点。
 それは遠距離攻撃ができないこと。

 ならば当然、こちらは遠距離戦に持ち込む。
 射程の長い風術トライウィンド、光術レイショットなどの魔術で相手を削る。

 その作戦は、戦闘開始すぐに破綻する。

 速い。

 想定以上の敏捷性。
 魔導工学の天才が制御する黒いゴーレムは、間合いを確保することを許さない。
 私の発動する魔術を回避しながら、瞬間的に懐(ふところ)に潜り込んでくる。

 これ、本当に機械なの?

 その動きは、人間に近いのではなく、人間を優に超えている。

 武器の槍で鉄拳を防ぎながら後方にステップする。
 ここで、ある判断に至る。

 槍が邪魔だ。

 私は、敏捷性を少しでも高めるために、武器の槍を捨てる。
 武器が地面に落下した音に気を配る余裕もなく。
 鉄拳による連撃を回避し、隙を見て一気に距離を取る。

 そのような努力により、中距離程度の間合いが確保される。

 ひとまずの休戦。
 相手も様子を伺っているようだ。



 下手な魔術を放っても回避される。
 ここまでの相手の応答速度を考えれば、そのような考察に至る。

 何か作戦はないか。
 ・・・。
 ゴーレムの操作者を潰すとか。
 は冗談として。

 地道に魔術で削りながら、隙を伺うしかないか。
 その思考で、魔力の収束を開始。
 先日習得した属性非限定の補助収束。
 相手の出方次第で、属性を変える。

 私の魔力収束を察した瞬間、ゴーレムが活動を再開。
 私に向けて、一気に間合いを詰めてくる。
 移動速度が速すぎて、トライバーストやトライスパークが成立する程の魔力が集まらない。
 魔術を発動する余裕を与えてもらえない。

 ゴーレムの鉄拳が攻撃に向けた溜め動作に入り。
 右のストレート。
 鋭く重い一撃が繰り出される。

 隙がないのなら。
 作るしかないのです。

 私はその一撃を体を屈(かが)めて躱(かわ)し、さらに前へ出る。
 ゴーレムを通り抜け振り返ると、その背中の魔法陣を確認できる。

「いけっ!」

 今収束できている全魔力を集結し、一点収束雷術をお見舞いする。
 雷撃が炸裂。
 ゴーレムがよろめき、バランスを崩す。

 そう見えた。
 次の瞬間、私の右から鉄の塊が襲ってくる。
 攻撃被弾から、ノータイムの回転攻撃。
 遠心力で加速した鉄の拳が、反射的にのけぞった私の顔面を掠(かす)める。

「あっぶな!」

 とにかく間合いを!
 バックステップで間合いを稼ぐ。

 視線を上げ、敵を確認する。
 ゴーレムは仁王立ち。
 損傷した様子は見て取れない。
 これ。
 私の攻撃、効いてないよね。

 初等魔術レベルでは効果は薄く、高等魔術だと発動の余裕を与えてもらえない。
 ぬーん。
 なるほど。
 詰んだ。

 少しのインターバルの後、ゴーレムが活動を再開。
 私の卑屈な思考と苦笑いは強制的にかき消され。
 私は黒い兵器との戦闘を再開した。





*****





「ふぅ・・・。
 エレナ、もういいよ」

 その言葉を境に、ゴーレムが活動を停止。
 動力源が断たれ、覇気を失った。
 
 嗚呼。
 やっと、終わった。

 満身創痍、疲労困憊。
 体力も、気力も、魔力も搾り取られ、その場にへたり込む。

 ヒットさせた攻撃の数。
 ゴーレムから私に対しては3発。
 私からゴーレムに対して12発程度。
 
 細かく攻撃を重ねていった私。
 しかし、何発攻撃を加えても、相手の外観と機動性に、変化は生まれなかった。
 体力ゲージというものが存在するのならば、いったい私の攻撃で何パーセント程削ることができたのか。
 その答えは私には分からない。
 一方、ゴーレムの一撃は、私の魔術10発分くらいのダメージがあるのではないでしょうか。

「エレナ、ありがとう。
 すごく良い試験になったよ」

 ステージに上がってきたシエルが、そんな言葉を掛けてくれる。
 よくわからんが、どうやら良かったらしい。
 
 シエルに続いて、ノム、アシュター、フレバスもステージに上がり、労(ねぎら)いの言葉を掛けてくれる。
 ああ。
 本当に疲れた。
 もうしばらく、ゴーレムの顔は見たくない。
 いや、顔ないけど。

 ため息をつきながら、青く澄み渡った空を見上げる。


「シエルくーーーーーーん」


 突然響く、明るい女性の声。
 無観客状態の闘技場は、音の反射力がすごい。
 すぐに視界に入ってきた、紫色の髪の女性。
 大きく手を振りながら、高速で接近してくる。
 
「げっ!
 ミーティア!」

 笑顔のミーティアに反し、嫌悪感が言葉の端からにじみ出るシエル。

「フレバス、アシュター、すまん。
 後を頼む。
 俺、帰るから」

 フレバス、アシュターの返答を聞かずして、シエルはミーティアの進行方向とは逆方向に走って去(さ)っていった。
 無言の4人。
 シエルに代わって、ステージに上がってきたミーティア。
 走ってきた割に、息切れしていない。

「シエル君は?」

「帰ったけど」

 アシュターは、シエルが逃走した方角を指差して答える。

「なんでよ」

「知らぬよ」

 呆れ気味、冷ややかに答えるアシュター。
 その瞳を、ジト目で見つめ返すミーティア。
 
「まあいいや。
 私はシエルくんを追いかけるから。
 んじゃ」

 そう言うと、ミーティアはアシュターが指差す方向に走っていき、あっという間に消えてしまった。
 速い。

 よくわからんが、とりあえずわかったのは、ミーティアはシエルに対して好意的であるが、シエルはミーティアに対して敵対的なようだ。
 まあ、どうでもいいけど。
 
「帰ろうか」

 残された4人の考えが一致して、私達は闘技場を後にした。




















Chapter16 神聖術・闇魔術




「ノムー。
 近々、マリーベル教会の図書室に行くって予定あったりする?」

「なんで?」

 私の唐突な質問に対し、ノムが可愛らしく首をかしげる。

「実はさー。
 昨日エルノアとアリウスに会ったんだよね。
 街でばったりと。
 それで、エルノアが探している闇魔術の本。
 それが教会の図書室にないかどうか見てきてくれないか、って頼まれちゃって」

「教会の図書室に、闇魔術の本なんてないから」

「まあ、そうですよね」

 まじ正論。

「あー、でも・・・。
 『対闇魔術』の本はあるかも。
 そういうのではないよね?」

「うーん、どうだろう。
 私がエルノアから聞いた本の特徴は・・・。
 表紙の色は黒ずんだ赤で、タイトルなどは書かれていない。
 グリモワールではなく、魔力を宿したりはしていない。
 あと、内容が『古代文字』で書かれてるってこと。
 それくらいかな」

 私はエルノアから受け取った古代文字のサンプルが書かれた紙切れをノムに見せる。
 ノムはその紙切れを覗き込むと、首を軽く縦に振る。
 さすがは先生。
 謎多き古代文字にも馴染みがあるようだ。

「頼まれたはいいけど、私は教会の図書館には出入りできないだろうし。
 『ノムに相談してみるー』って、エルノアには伝えてるんだけど」

 とかいいながら、この時点で、ノムがYesと回答するとは思っていないのですが。
 怪しげで曖昧で、危険な香りが充満する依頼。
 まあ、拒否ですよねー。

「ぬ、わかった。
 探す」

「あれっ、やるんだ?」

「教会の図書館。
 近々、エレナを連れて行きたいと思ってたところなの。
 対闇魔術や神聖術の本もあるから。
 一見の価値あり」

「神聖術って、なんか昔聞いたような気がする」

「じゃあ、さっそく行こうか」

 思いついたら即実行。
 ノム先生は無口に見えて、超行動的なのでした。





*****





 マリーベル教会、ウォードシティー支部。
 それは街の中心部にそびえ立つ、美しく巨大な建物だ。
 教会にあるのは礼拝堂だけでなく、怪我の治療室、図書室、さらに多くの教員が食事、宿泊できる施設もあるらしい。
 また、周囲には大噴水がシンボルの広場があり、こちらも美しく整備されている。
 ここまでの観察から、マリーベル教会の規模、勢力の大きさが読み取れる。
 さながら城のようである。
 事実、マリーベル教会は一小中国以上の統治力を持つのだ。

 教会正面の大扉を開けると、荘厳な礼拝堂が現れる。
 礼拝堂の最奥には等身大サイズの聖女マリーベル像が佇(たたず)み、扉をくぐった礼拝者を見つめている。
 醸し出される神聖な雰囲気に呑まれ、私語が躊躇われる。
 私はノムにピタッとくっつき、彼女の耳元に向けて質問を吐いた。

「っていうか・・・。
 私もノムも、マリーベル教信者じゃないよね。
 勝手に教会に入っても良いのかね?
 さらには、図書室になんかに入れてもらえるのかね?」

 私の質問を無視して教会の奥へ進んでいくノム。
 構内に靴音を響かせることにさえ、申し訳なさを感じるような静寂。

「ノム様!」

 静かな空間を切り裂く、すこぶる明るい声。
 反射的に声の方向に視線を送ると、天使のような笑顔をたたえた女性が、両手をちょこんと上げて、こちらに駆け寄ってくる。
 その仕草がえらく可愛い。
 顔も可愛い。
 短めの金髪、修道女らしい清楚な濃い藍色のローブ。
 私達より少し高いくらいの身長。
 年も2、3歳年上ぐらいか。

「お久しぶりです、ノム様」

 知り合いか?
 なんかわからんが、彼女はとても嬉しそうだ。

「お久しぶりです、ソフィアさん。
 可能であれば、また図書室を利用したいのですが」

「はい!
 是非、ご利用ください」

 なんか、めっちゃ慕われてるし。
 おそらく年上と思われる女性から様付けで呼ばれるノム。
 謎の上下関係があるらしい。

「この子は、私の友人なのですが。
 彼女も一緒に連れて入ってもよろしいでしょうか?」
 
 ノムが修道女さんに私を紹介してくれる。

「はい、大丈夫です」

 まあ、あっさりと。

「ありがとう。
 行こうか、エレナ」

「えっ、あー、そだね。
 おじゃましまっす」

 修道女さんに複数回頭を下げ、慣れた様子のノム先生に続いて奥の部屋へ進んだ。





*****





「ヴァルナ教とマリーベル教は比較的友好関係にある。
 そんな縁で、私も昔、ヴァルナ教の使者として、この教会に訪れたことがあった。
 ソフィアさんとも、このとき面識ができて。
 その頃のことを、ありがたいことに、彼女は覚えててくれた。
 という感じなの」

「単に面識があるだけの慕われっぷりではなかった気がするけどね」

 察するに、悪霊を退治した、などの何かしらのノム武勇伝が介在したのかもしれない。

「ちなみにヴァルナ教には、『宗教勧誘をしたらいけない』っていう決まりごとがある、って知ってた?」

「知らないって、そんなこと。
 そーなんだ」

「まあ、だからいつかヴァルナ教は消えてなくなるだろうけどね」

「ノム、それでも元ヴァルナ教員かい?」

 そんな会話の後、図書室に到着。
 扉を開けると、莫大な数の蔵書が現れた。
 部屋の中、ぎゅうぎゅうに本を詰め込んだ感じ。
 天井に近い高さの本棚に、隙間なく書籍が並べられている。
 部屋に誰もいないことを確認した上で、ノムに視線を送る。

「この図書室には、聖書や歴史書、特にマリーベル時代の歴史書が多い。
 でも、このあたりの本は今はまだ読まなくても後からでいいから。
 まずは、神聖術と対闇魔術の本から」

「神聖術かー」

「簡単に説明する。
 神聖術は光術と封魔術の合成術。
 光術はピンク色の光を放つけど、神聖術はおおよそ白色の光。
 そこにピンクから、紫、青を通って水色、その辺りの色の光が雑味成分として含まれる。
 神々しい光が敵を消し去る。
 昔から、よく、そのように形容されるけど。
 ここには、封魔の魔力が相手の防壁を弱らせることで、光のエネルギーが骨の髄まで到達する、っていう裏話が隠れている。
 神聖術の王道となるものは、『セイント』、『ハイセイント』、『アークセイント』の3つ。
 ハイセイントは別名セイントクロス。
 アークセイントは別名グランドクロスって呼ばれる。
 グランドクロスは教会の幹部クラスが使うようなレベルだけど」

「で、そのグランドクロスをノムは使えるのね」

「ぬ」

 私の問いにあっさりと頷くノム。
 半分冗談のつもりで聞いたのだが。
 先ほどの修道女さんから崇拝されているのも深く頷ける。
 元ヴァルナ教最年少かつ最強のプリーストの名は伊達ではない。

「で次。
 対闇魔術。
 その前に闇魔術の話から。
 ある魔術が闇魔術かどうかの定義は教会が決めている。
 厳密には、マリーベル教会の退魔師団。
 闇魔術は、教会が使用を禁止している魔法の総称。
 人を呪う呪術。
 対象を毒などの状態にする瘴気(しょうき)術。
 自分に悪霊を憑依させる憑依術、等。
 あと死霊術」

「なるほど、死霊術は闇魔術に含まれるのね」

「闇魔術を使用し続けていくと、使用する術師が魔力に精神を奪われていく現象が起こることがあるの。
 これが一番危険。
 だから教会だけでなくて、魔術師全体として、これらの魔法を禁術として使用禁止にしているの。
 三大禁術と呼ばれたりもするけど」

「三大禁術って?」

「呪術、憑依術、死霊術の3種の術こと。
 話、変わるけど。
 三大魔術奥義って、知ってる?」

「奥義?
 なんか、すごいやつ?」

「そう、すごいやつ。
 飛行術、召喚術、蘇生術の3つ。
 飛行術は、空を飛ぶための術」

「えっ!?
 空、飛べんの!?」

「封魔術の翼を作り、魔導術との反発力を利用して空を飛ぶらしい。
 と、言葉で表現すればそうだけど。
 今、この世界に飛行術を使える人間がいるかどうかも定かではない。
 そんな、習得難度極高の術」

「今度挑戦してみよー」

「次の召喚術は説明不要だよね」

「ってことは・・・。
 紅玲を召喚できる使える私って、実はすごいんじゃ?」

「今の紅玲程度の魔力では、ここでいう召喚術には当てはまらないけどね。
 もっと巨大な魔獣を呼び出せるレベルのものでないと」

「まあ、そうだろうね」

「3つ目の蘇生術。
 これも言葉そのまま。
 死んだ人間を生き返らせる術」

「これもすごいな」

「でもこれは治癒術の延長上だから。
 死んですぐなら、それなりのレベルの治癒術でも蘇生可能。
 死んでから時間が経過するにつれ、蘇生難易度が急激に上昇する。
 例えば死んでから1日くらい経っていたら、どんなに高位の治癒術師でも蘇生は不可能、と言われる」

「できるだけ早く治療する必要があるわけだね」

「その通り。
 じゃあついでに、この流れで。
 三大秘術って知ってる?」

「知らんです、当然」

「秘術と言うのは、『絶対に使用不可能』と考えられている術のこと。
 創造術、時術、呪殺術の3つ」

「ふんふむ」

「創造術というのは、無から有をつくる。
 何もない所から、何かを作る術。
 魔術というのは、術者体内の魔力を、攻撃エネルギーに変換して発動されるもの。
 体内に蓄えている魔力を燃料とする。
 だから無から何かを作っているわけではない。
 『無から有を作れない』という、この世界の法則とも言える」

「うんうん」

「時術は時を操る術。
 時間を進めたり、戻したり、速めたり、止めたり。
 物語や神話の世界では、ときたま時間操作の術が描写されているけど。
 現実世界では、そんなことは実現できない。
 『時間を操作することはできない』という、この世界の法則とも言える」

「ぬぅん」

「呪殺術というのは、ただ念じるだけで相手の命を奪う術。
 一見呪術と似てるけど、違うものを指す。
 呪術では、ちゃんと魔力が術者から対象に移動している。
 魔力が別空間に瞬間移動しているわけではない。
 あくまで魔力は空間中を移動して、相手のところまで到達している。
 呪殺術では、魔力が瞬間移動している。
 ただ念じればその通りになるのではなく、何らかの現象が存在している。
 『魔力や物体の瞬間移動はできない』という、この世界の法則とも言える」

「瞬間移動の魔術は存在しないのね、残念」

「この3術が秘術、つまり実現不可能な術であることを知っておくことは重要。
 例えば、相手魔術師が瞬間移動のような術を使ったとしても、それを信じてはいけない。
 それはおそらく、幻術を使ったマヤカシであると想定できる。
 秘術は実現不能、魔術奥義は実現可能、と覚えておいて」

「なるほどね。
 ちなみに、細かい話だけど。
 何で『3大』なの?
 4つ目って無いの?」

「『魔術師は3っていう数字が好きだから』、というだけだと思われる」

「気持ちの問題ですか」

「あとは6、12、24とかの数字も好き。
 雪月華3属性、基本6属性、6大武具、擬似12属性とか。
 何かと使われる」

「24時間、12星座とかもあるしねぇ」

「闇魔術の話はこれで全部。
 とにかく、闇魔術に手を出さないようにして」

「うぃっす」

「で次に、対闇魔術の話ね」

「うーん、真剣に聞かないとなー」

「闇魔術に対抗すべく、マリーベル教会退魔師団が開発した防衛魔術。
 もしもエレナが、エルノアと戦うことになれば、習得が必須となる」

「戦いません」

「瘴気(しょうき)術で毒になったら、基本的には魔力強めのフィジカルキュアで治せばいい。
 闇魔術で、特に厄介なのが呪術。
 呪術で呪いをかけらせたら、フィジカルキュアじゃ治療できない。
 これは対呪術というカテゴリになって、かなり高度な、特殊な魔術が必要。
 『呪い』。
 それは、対象に邪悪な魔力を無理やり憑依させることで実現される」

「とんでもないことするね」

「体力が低下したり、魔力が衰えたり。
 憑依させる魔力の持つ性質に従って、異なる結果となる。
 最悪の場合、精神が崩壊したりすることもある。
 ただ、簡単な呪いなら、マリーベル教会で祓(はら)ってもらえるけど。
 解呪術は、憑依させられた邪悪な魔力を、封魔の魔力で無力化することで実現される。
 黒魔力の持つ従属情報を消去する封魔術。
 通称、浄化魔法。
 教会退魔師団員の必須スキルと言える。
 元聖職者だけあって、私もかなり得意としている」

「それは心強い」

「最後に、対死霊術。
 残念ながら、私はあんまり詳しくないから説明できない」

「詳しかったら逆に怖いよ」

「死霊術に関する書籍なんて、そんじょそこらには落ちてない。
 ・・・。
 ・・・・・・。
 なので。
 エルノアの探している本とやらに、すごく興味がある。
 そんなこんなで今ここにいる」

「中身見る気まんまんなのね」

「元プリーストとして、防衛のために必要な知識なの。
 それに、あまりにも危険な内容の場合は、本をエルノアに渡すわけにはいかない。
 さっさと燃やす必要がある」

「それは確かにだけど。
 ・・・。
 まあ、そもそも本が見つかるかどうかもわかんないけどね」

「んじゃ、手分けして探す」

「私はこっちの書棚から見て回るから。
 ノムは逆側からお願いね」

「ぬ」





*****





 なかった。
 小一時間念入りに捜索したが、疑わしき書籍は見つからず。
 がしかし、教会の図書館にどんな種類の本が置いてあるのか見て回れたので退屈はしなかった。
 特に聖書、神話、歴史書、医学、薬草学、農学などの書籍が充実しており、ウォードシティの図書館とは扱う内容が少し異なっていた。

 探索が終わると、ノムは2冊の本を持ってきてくれた。
 1冊は神聖術に関する書籍。
 白い表紙に黒字で『マリーベル教における神聖術法』と書かれている。
 もう1冊は対闇魔術に関する書籍。
 黒い表紙に白字で『退魔師団監修 闇魔術に対する防衛魔術』と書かれている。

 2冊を受け取ると、夕方まで読書の時間となった。
 ノムも気になった本を数冊見つけたようで、私の前に座ってページをめくり始めた。
 本のタイトルは『聖水生成法』『マリーベル教聖地 オルティア編』『応用封魔術』。
 あとで要約だけ教えてもらおう。

 読書の時間はあっという間に過ぎ、夕刻。
 しかし私は、まだ1冊目の神聖術の本を読み終えていなかった。
 ノムと相談した結果、2冊の本を借りさせてもらうことに。
 くだんの修道女さんにお断りし、私たちは教会を後にした。





*****





「結局、本、なかったね」

 宿への帰り道、私はノムに話しかける。

「赤い本、結構たくさんあって大変だったし。
 グリモワールなら探すの簡単なんだけどなー。
 本から溢れる魔力を感知すればいいし。
 ・・・。
 って、死霊術のグリモワールなんて、教会にあったら大事だよな」

「マリーベル教会の本部にならあるかも」

「あんの!」

「対死霊術開発のため、だろうけどね」

「ノム、マリーベル教の本部に行ったことあるの?」

「私は子供のころ、他のヴァルナ教員達と一緒に、世界中のマリーベル教の施設を訪問して回ったことがあるの。
 ウォードシティの教会も立ち寄ったけど、私達が今いる西世界のマリーベル教会ミルティア本部、山を越えた先の東世界のマリーベル教会オルティア本部にも訪問した。
 ミルティア本部、オルティア本部は教会の2つの総本山。
 その佇(たたず)まいは、教会というより城に近い」

「中程度の一国の城よりも大きい建物らしいね」

「実際、マリーベル教は、一国よりも強い兵力と権力を持つ。
 世界中に教会が立てられ、世界中に多くの信者がいる。
 この世界で最も信仰者の多い宗教」

「マリーベルって、どんな人だったの?」

「マリーベルは教会の言う救世主。
 混沌の世に現れ、秩序をもたらしたもの。
 秩序の女神とも呼ばれる。
 紀元前、凶悪な魔物が世界中に跋扈(ばっこ)していた時代。
 救世主マリーベルはそれらの魔物を次々と退治していった。
 そして混沌の元凶、大悪魔ネレイドと戦い勝利。
 世界に平和が訪れた。
 これが、聖書に書かれている内容」

 マリーベル教信者ではない私も、マリーベル教の聖書は読んだことがある。
 紀元前の魔物との戦いの記録、マリーベルの残した遺産、救世主として現世にも存在し続け、信じるもの、祈りを捧げるものを救済する旨が記載されている。

「聖書によると、封魔術や神聖術はマリーベルが作り出した魔術なんでしょ」

「そう言われている。
 封魔術はマリーベルの起こす奇跡だと考える人もいるくらい。
 でも紀元前の歴史書があまり残っていないから、正確なことはわからない。
 ただしマリーベルが封魔術を得意とし、これを体系化したことは確かと思われる。
 だから魔術学者達からは封魔術の大家(たいか)として敬(うやま)われている。
 また、封魔術以外にもマリーベルは様々な遺産を残している。
 12個の魔石がその具体例」

「封魔術が得意な学者気質の聖女とか、ノムそっくりだね」

「わたしは聖女って柄じゃないけど。
 エレナは教会の師団については詳しい?」

「教会騎士団とか、退魔師団とかだよね」

「そう。
 教会には重要な役割ごとにいくつかの師団が存在しているの。
 秩序を守るための兵力を持つ教会騎士団。
 呪われ暴走した魔物や闇魔術師と戦う退魔師団。
 マリーベル教を布教したり対外的な役割もある使節団。
 各教会施設間で情報を渡すための伝達師団などがある。
 退魔師団は少数の精鋭部隊。
 団員1人1人の能力は、教会騎士団員とは比較にならない」

「闇魔術師と戦うってことは、神聖術や封魔術が得意で、対闇魔術のエキスパートってことだよね」

「その通り。
 今日エレナが借りた2冊の本は、退魔術師の必読書。
 エレナが退魔師団に入団したいのなら、熟読する必要がある」

「そんな気はないですけどね」

 マリーベル教について、そんなこんないろいろと話しながら宿へ歩を進める。
 とここで、見覚えのある桃色の長い髪と漆黒のローブが目に入る。

「おっ、エルノアがいる。
 あそこのパン売ってるとこ。
 ちょうどいいし、報告に行ってくる」

「私も行く」





*****





「あ・・・」

「エルノア」

「エレナ、また会ったわね。
 それにノムも」

「エルノア、教会の図書室に本がないか見てきたんだけど。
 やっぱりなかった」

「そうですか。
 手に本を持っているから、もしかしたらとは思いましたけど」

「あー、これは神聖術の本と対闇魔術の本。
 私が読むために借りてきたんですよ。
 まあさすがに、対死霊術の本はなかったですけどね」

 そう言って本の表紙をエルノアに見せる。

「では、何かお礼をしないといけませんね」

「いやいや、本見つかりませんでしたし。
 お礼とかそんな」

「そうですね。
 例えば、私の知る死霊術の極意をお教えしましょうか。
 エレナさんは魔術素養が高そうですし。
 良い死霊術師になれますよ」

「要(い)らんです」

「そうですか、残念です」

 天使の微笑みで邪の道に誘うエルノア。
 彼女のお茶目な一面が出たようだ。

「ではお礼はまた今度会ったときまでに考えておきますね。
 では私はこれで失礼します」

 去っていく彼女を見送った後、私たちも宿へ足を進めた。





*****





 夕食後、宿に戻った私は早速、お借りした神聖術の本から読み始めた。
 タイトルは、『マリーベル教における神聖術法』。
 マリーベル教会の教会騎士団の魔術師育成院が監修している。
 はじめの1章に神聖術の概要、マリーベル教会や教会騎士団の簡単な説明があったのち、
 2章では封魔術と光術の習得、発動に関する解説、
 3章では最も簡単な神聖術である『セイント』、及び次レベルの『セイントクロス』の習得に関して、
 4章では神聖術と槍術の武具収束術技に関しての詳細が記述されていた。

 特に私が重視すべきは3章の内容だ。
 『セイント』は光と封魔術の合成術。
 光光封(こうこうふう)の三点収束により実現される。
 光のコアを左上と右上に、封魔のコアを下に配置する逆三角収束が推奨されている。
 また放出法にも特徴がある。
 魔力球を相手に向け飛ばした後、
 相手に衝突した時点、もしくは衝突前に十字型に炸裂させる。
 これは十字放出と呼ばれる放出法とのこと。
 以前、ノムに『何で十字に放出するの』と聞いたら、『見た目的に神聖な感じがするから』との回答であった。
 もちろん多少威力も上がるそうだが。
 また最後に、術者によっては、光光封封(こうこうふうふう)の四点収束で実現する方が、習得難度や効率的な観点で良好となる場合がある、という補足が添えられていた。

 次に『セイントクロス』。
 これは光光光封封封(こうこうこうふうふうふう)の六点収束で実現する。
 封魔のコアで上三角形、光のコアで下三角を作り、
 これが合わさって六芒星が描かれる。
 収束法は術使用者から離れた地点に魔力を収束する『スフィア収束』。
 術使用者と相手の間に収束点を置く。
 そして放出は『十字放出』。
 地面に水平の十字型に放出させるが、この十字の4つの方向のうち相手に向かう方向に魔力を強く放出し、魔力を相手に衝突させる。
 『セイント』よりも、さらに十字が大きなものとなる。

 さて、神聖術の本を読み終えたことをノムに報告すると、次のステップのクリア条件を提示される。
 条件は『セイントクロス』の習得。
 いつものように魔導学概論のノートに魔術習得の条件を記載してくれた。

 光23、封魔23、収束18、放出21、制御25。

 熟練が必要な属性も光と封魔の2種類であり、収束、放出、制御の3技能もすべて高いレベルが必要とされる。
 さらに収束法は『スフィア収束』、放出法は『十字放出』と、これまた特殊。
 まさに、今までノムから習ってきたことの集大成のようだ。

 セイントクロス習得開始前にもう少し魔力を向上させておきたかったので、私は闘技場の次ランクC1にエントリー。
 問題なしの5連勝を飾った後、セイントクロス習得に取り掛かった。





*****





 習得訓練と闘技場エントリを並行して繰り返し、およそ2週間が経過。
 セイントクロスの習得は既に完了し、現在はその威力と見た目を改善する作業に入っている。
 いい感じに仕上がってきました。

「要点を復唱しながら、ゆっくり集中してやってみて」

 ノム先生からの指示を受け、セイントクロス発動を開始する。

「まずは、6芒星の頂点にプレエーテルを集める。
 術者から離れた位置に収束する『スフィア収束』」

 遠距離への収束は、術者近傍位置への収束とは比較にならないほど大変だ。
 余分に集中力と魔力が必要になる。
 
「プレエーテルの収束が完了したら、属性変換。
 封魔で上三角形、光で下三角形を描くように。
 かつ、同時に6コア合成開始」

 属性変換と合成が完了したコアは白く輝いている。
 合成成功が確認できた。
 さあ、問題はここからだ。
 
「放出は『十字放出』。
 これが難しいんだよね」

 セイントクロスの実現で、一番苦労している点がこの放出動作。
 事前脳内シミュレーション通りの綺麗な十字にならず、ノム先生が付ける芸術点の点数も易々とは向上しなかった。
 もう見た目とかどうでもいいんじゃない?
 
 収束完了から、集中のため一端間を置く。
 深く息を吐いたのち、神聖の魔力を開花させる。
 
<<キキキキキキキキキキキキキキキキキキキン>>

 キンキンという甲高い音を立て、魔力が大きな十字を描く。
 白色光が弾け飛び、空間を焼いていく。
 その音と光が消えた後、ノム審査委員長の判定を待った。
 
「とっても、ばっちり」

「よーし!合格だ!」

 緊張感で凝り固まった体をほぐすため、両手を挙げて体を伸ばす。
 草原の空気もたくさん吸って、筋肉を緩和させるように努める。

 苦労過多だが、今回も無事にステップアップすることができた。
 次のステップは何だろう。
 いまだ余力を残している私は、そんな思考を抱きノムを見つめた。
 
 すると、彼女も私を見つめ返す。
 そのまま少しの時間が流れる。
 吹き抜ける風や、空間の静けさ、太陽の温かさを感じる。

 そして、ノムが口を開く。
 
「エレナがこの街に来て、8ヶ月くらい経つかな」

「そうだね」

「最初は・・・。
 ここまで到達するのに3年はかかる予定だった。
 そして次に教える魔術は、きっと教えられないと思っていた。
 でも、教えることができる。
 それは、エレナが頑張ったから」

 私をまっすぐに見つめる彼女の紫の瞳。
 彼女をまっすぐに見つめる私の青の瞳。

「ノムのおかげだよ」

 これまでになく長時間、視線の交換を堪能した上で。
 私は感謝を伝える。

「そう、思ってる?」

「もちろん」

「じゃあ、私の願いを聞いてほしい」

 ほんの少しのやわらかい微笑が、ほんの少しの真剣な表情に変わる。

「エレナ。
 今から教えるのが・・・。
 私の教えられる、最後の魔術」

「そうなんだ」

「エレナは、これを習得する。
 そして、もっと強くなる。
 強くなって。
 私と同じくらい」

「ノム」

「私と同等に強くなって・・・。
 そして。
 ・・・。
 私と、本気で勝負してほしい!」




















Chapter17 法陣魔術




「あー・・・。
 昨日は『本気で勝負』、とかなんとか言ったけど。
 あんまり気を構えなくっていいから」

「なんだよそれ」

 神聖術習得の次の日。
 昨日の彼女の発言で少しばかりソワソワしている私に、ノムが告げた。
 ノムからの信頼を感じて、純粋に嬉しかった。
 それと同時にやってくる恐怖、トラウマ。
 爆破されたり、消滅させられかけたりした過去。
 その過去を、闘技場での修行で得たものが、どれだけ上書き更新してくれるのか。
 などと考える。

「私はただ自分の訓練の相手が欲しいだけ。
 この街でエレナは強い魔物や魔術師と戦って、8ヶ月で急激に強くなった。
 でも私は、自分より強い人と戦えない。
 世界には私より強い人間なんて、何人だっている。
 でも私がその相手と戦うことになるときはおそらく、生死をかけた戦いであると思われる。
 それに、強敵がいても、なかなか『相手をしてください』とは頼めないでしょ」

「エルノアに勝負してくれって言うようなもんだもんね」

「だからエレナばっかり強くなって、たいへん不公平」

「不公平って」

 ムスッとした表情を浮かべるノム。
 そんなことを言われても困ってしまう。

「でも・・・。
 エレナが私に近づいてくれれば、いろんな魔術の訓練ができる。
 私はもっと強くなれるはず。
 そうしたら。
 ・・・。
 エレナのことも守れるし」

 ムスッとした表情が微笑に変わり、心を撫でる。

「ノム・・・。
 約束する。
 ノムと同じくらい強くなるって。
 ノムの相手するって。
 今までみたいに、ノムを怖がってるばっかりじゃなくて」

 ノムのこそばゆいような優しさに心を打たれ、私も彼女の願いに答えたくなった。
 何年かかるかはわからないけれど。
 いつか必ず。
 
「『同じぐらい』、というよりも、私はノムよりも強くなるからね」

「ばーか」

「本気なのに」

「じゃあ、最後の術を教える」

「よろしく」






*****







「これが私が教える最後の魔術。
 その名前は、『法陣魔術』」

「法陣魔術?」

「魔術の使用の際に『魔法陣』を用いる」

「魔法陣って、よく魔導書の類(たぐい)に載ってるアレだよね。
 術を使う前に地面に魔法陣を彫ったりするの?」

「『魔術光』で描く」

「魔術光?」

「その前に、法陣魔術の原理から説明する。
 以前、『12点収束は有用ではない』って話をしたの覚えてる?」

「覚えてる。
 三点収束、六点収束ときたから、次は12点収束になりそうだけど、そうでもないって」

「確かに、収束点を12点に増やすことで効率が上がることも確かなの。
 また、描かれる図形が円に近づく。
 魔力にとって円というのは一番安定した図形だから、さらに効率が良い。
 しかし逆に、点を増やすことでコア同士の反発がとてつもなくなり、魔術摩擦が激増、結果的に効率を上げることが難しくなる。
 また、点数が増えれば、その分制御も難しい」

「なるほど」

「しかし、六点収束以上に魔術の威力を上げる方法が存在する。
 それが法陣魔術。
 まず初めに、法陣魔術では点収束を行わない」

「どういうこと?」

「地面に魔法陣を描き、その魔法陣に多量の魔力を集める。
 1点に魔力を収束するのではなく、魔法陣全体に魔力を流す。
 そして魔力が十分に集まったら、魔法陣全体に対し放出制御を行い、魔法陣内で、もしくは魔法陣の外へ向けて、エネルギーを放出する。
 これが高等魔術のさらに上位。
 超高等魔術である法陣魔術」

「点でなく、魔法陣に集めるって感じか」

「ちなみに、魔法陣がなければただ魔力を捨てているのと同じ。
 魔法陣があって初めて、多くの魔力を制御できるようになる」

「で、魔法陣はどうやって作るの?」

「『魔術光』で描く。
 魔術光というのは、エーテルとプレエーテル、そして対応する属性の魔力が合わさって生成される光。
 魔導が紫、炎が赤、光が桃色、風が黄緑、雷が青、封魔が水色に光る」

 魔法陣を地面に彫って実現する場合、魔法陣描画完成までに多大な時間がかかる。
 しかしこれを魔術で作成できるのなら、前準備時間を大幅削減できると思われる。

 ここで頭の中で、魔法陣描画をイメージしてみる。
 まず、大きな丸を描く。
 が、この後どう描けば良いかがわからない。

「魔法陣って、具体的にはどんなのを描くの?
 外周の円だけ?」

「その辺を、今からやる。
 じゃあこれ、魔導学概論とペンね」
 
 ノムからノートとペンを受け取る。
 するとノムは、もう1冊本を取り出す。
 使い込まれた感のある、厳(おごそ)かな雰囲気を持った本だ。

「私のノート。
 図書館にはあんまり良い法陣魔術の書籍がなかったから、私のノートを使う。
 これに、6つの属性ごとの基本的な法陣魔術の魔法陣のデザインを描きとってるから。
 エレナのノートに描き写して」

 ノムのノートを受けとり、パラパラとめくっていく。
 図を織り交ぜながら、手書きの文字でびっしりと埋まっている。
 魔術に関するノムの知識、その努力の結晶、知的財産が、この1冊に詰まっているのだ。
 少しの感動を抱きながら。
 途中までページを送ったところで魔法陣が現れる。

 魔法陣の上には、『魔導』『アークエーテル』と書かれている。
 次のページの魔法陣の上には『封魔』『グレイシャル』と書かれている。
 さらに続いて『炎』『光』『風』『雷』と、全部で6種の異なる魔法陣を確認した。
 円形であることは共通だが、属性ごとに魔法陣のデザインが異なっている。

「属性ごとにデザインが違うんだね。
 法陣魔術は、これとまったく同じデザインじゃないと発動できないの?」

「そうではない。
 でも、このデザインは、過去様々な魔術師が法陣魔術を使い、結果をフィードバックして洗練させてきたもの。
 だから、最初はこのデザインから始める方がいい。
 自分なりのデザインに変えることは後からでもできる。
 だから、これらの魔法陣のデザインは、ちゃんと暗記して」

 ここまでの説明に納得し、私は魔法陣の複製を開始する。
 1つ目の魔導属性の魔法陣を描き写す。

「魔法陣のデザインは複雑だけど、この中で重要な2つの要素がある。
 1つは『スコア』と呼ばれるもの。
 これは、魔法陣の外周に沿って刻まれるルーン文字で書かれた文章。
 この文章は、魔法の詳細を表している。
 もう1つが『主図形』と呼ばれるもの。
 これはスコアの内側に刻まれる、魔法陣中で最も大きな図形のこと。
 これは魔術の放出をイメージした図形に対応する。
 この2点を確認しながら描き写してみて」

 スコア、主図形の順に書き写し、その後その他の細かい部分を複写していく。
 複写が完了したのを確認して、ノムが説明を再開する。

「今描き写した魔法陣は、魔導術の法陣魔術『アークエーテル』のための魔法陣」

「アーク?」

「『アーク』という接頭語には、『大天使』、『大天使級』という意味が込められている。
 天界神話の大天使が使う魔法であることから、この言葉が用いられるようになったらしい」

「神話レベルの魔法ってことか。
 すごいな」

「世界広しといえど、法陣を使える魔術師はなかなかいない。
 エレナも今まで見たことないでしょ」

「ないと思う」

「今回のステップの目標は『法陣魔術を覚える』。
 今までの修行の集大成。
 持てるすべての力と知識を注ぎ込んで」

「習得、できるんかいな?」

「法陣魔術習得のためには、まだ魔力が足りないから、もう少し闘技場で鍛えてもらうことになる。
 でもその前に一度、法陣魔術がどういうものかを見せておきたい。
 あと、私が本気で魔法を使うところも、一度見せておきたいし」

「おー!
 見たいかも」










*****









 いつもの平原から北東方向に3時間の登り道。
 徐々に標高が高くなり、遠くを見晴らせるようになる。
 そして、一段高く広々とした丘に到達。
 小さな白い花が無数に咲き誇る。
 吹く風は、ウォードシティ外れの草原のものよりも、強く、冷ややかに感じる。
 
 遠く、東の方向には高い山脈群がそびえる。
 中央山脈、グレートディバイドと呼ばれる、私たちが今いる西世界と向こう側の東世界を分断する、世界最大の山脈だ。
 この山脈により東西は分断され、東と西で大きく異なる文化が形成される要因となった。
 この山脈はただ広大で標高が高いだけでなく、危険な魔物が生息する場所になっている。
 それ故に、この山脈を越えるためには、冒険者として高い知能、技能が必要になってくるのだ。
 ウォードシティーの冒険者ギルドにも、この山脈を越えるための護衛の依頼が多く出されているようで、この護衛職を生業(なりわい)とする冒険者もいるそうだ。
 
 山脈の先の世界に思いを馳(は)せていると、ノムが声を掛けてきた。
 
「時間も限られてるから、早速、法陣魔術を見せる。
 エレナ、よく見ていて。
 最初に見せるのは、アークレイ。
 光属性の法陣魔術」

「よろしくお願いします」

 緊迫感を受信し、畏(かしこ)まった返答をする。
 
 広大な緑の丘。
 その上に、1人の少女が佇(たたず)み。
 陽光に照らされ、光り、輝く。
 その光景は。
 私には、物語の一節のようにも見えた。

 白銀の杖が高く掲げられ。
 次の瞬間、その杖のコアを中心に、魔力が爆発的に噴き出した。
 間違いなく過去最大級。
 一瞬で、これから発動される魔術の規模が想像できる。
 
 直径10メートル程度。
 ノムの前方に、巨大な桃色に光る魔法陣が現れ。
 その魔法陣上の空間が桃色に輝きだす。
 魔力の解放を続けるノム。
 その魔力は法陣内に蓄積するように制御されているが、その内の幾分かは法陣の外に漏れ、逃げ出てしまう。
 その漏出した魔力が私まで飛来し、後方へ退きたくなるような圧力を与えてくる。
 さらには、この圧力から、現在の法陣の中の魔力密度が自動計算され。
 その計算結果が、畏怖の念を産み出す。

 トリハダスゴイ!
  
 魔力収束が進むにつれ、法陣内の光が強くなるにつれ、私に到達する魔力圧は増え続ける。
 まるでリミッターが外れたかのように、小さな大魔術師から放出され続ける光の魔力。
 この小さな体のどこに、これだけの魔力が隠されているのか。
 信じられない現実を目の当たりにし。
 ノムが口にした『本気』という言葉に嘘偽りなし。
 最強の魔術師。
 その存在が今、目の前にいる。

「収束完了」

 ノムの声が聞こえたが、それを無視して魔法陣を見つめ続ける。
 可能な限り、魔法陣を目に焼き付ける。
 ノムはそのための時間を十分に取ってくれる。
 そして。

「アークレイ!」

 声高々に、その名前を叫んだ。 
 その瞬間。
 魔法陣が、さらに強烈な光を放ち。
 無数の光の槍が天に伸びる。
 ギギギギという甲高い音を響かせて。
 その光槍は止め処(ど)なく。
 空間中を貫いていった。

 迫りくる魔力圧と風圧に耐え、必死にその現象を捉える。
 もはや人間のなす業(わざ)にあらず。
 天災の域に入っていると感じた。
 
 
 

 そして、光の雨が止み。
 彼女から溢れる解放魔力も消滅した。

「まあ、こんな感じ」

 あまりの出来事で、魂を持ってかれそうになった私に、徐々に興奮の波が押し寄せる。

「すごい!すごい!
 なんだよ、これ!?
 攻撃範囲広すぎだし!
 敵に逃げる場所ないじゃん!
 ノム、無敵じゃん!」

 直径10メートルの超広範囲攻撃。
 大規模自然災害級の威力。
 彼女が敵対する相手だったと考えるとゾッとする。

「そうでもない。
 まず、効果範囲は広いけど、1人の相手に与えられるダメージは、六点収束とそこまで大きく変わらない。
 次に、魔力消費量が莫大。
 そして何より、収束に時間がかかり、そこで隙が生じてしまう。
 結構、弱点が多いかも」

「威力すごくあったよ!
 ノムそんなに疲れてないよ!
 収束、十分速かったよ!」

 一般的に考えると弱点があるが、ノムにはその一般論は通用しない。
 そのように捉えた。
 興奮でニヤニヤがとまらない状態。
 この魔術があれば、相手が何人いようと関係ない。
 軍隊とだって戦える。
 
「んーじゃあ、次、いってみようか。
 封魔術の法陣魔術、アークダイアブレイク。
 別名、グレイシャル」

「ほら!
 やっぱり疲れてないじゃんか!」

 あれだけの魔術を発動しておきながら、あれと同等レベルと思われる魔術を連続発動するらしい。
 ノムはすでに、聖杖(せいじょう)を天に掲げている。
 その状態で一時静止。
 天から降りそそぐ光を存分に浴びたのち。
 魔力収束が開始される。

 水色の魔法陣。
 先ほどと比較して小型、直径5メートル級。
 しかし、そこに注ぎ込まれる魔力量は、先ほどの桃色法陣を超えている。
 魔法陣から溢れ出す解放魔力から、それを明確に判断できる。

 空の色と同系色の、封魔属性が産み出す水色の光。
 魔法陣の上部空間のみ、空の色が濃くなっていくようなに感じる。
 封魔魔力による太陽光の反射。
 封魔魔力自体の発光。
 それらが合算され、私の目に届く。
 色、光、魔力圧。
 リミットが存在しないかのように増加し続け。

 そして。

 再度ふたたび、トリハダスゴイ!

「グレイシャル!」

 発動!
 バギバギッという氷が割れるような音を響かせ、魔法陣から巨大な氷山群が出現。
 空間を突き破り、魔法陣の範囲を大いにはみ出し、天高くそびえ立った。
 
 そして、氷塊が最も高く成長したとき。
 一瞬の間。
 その間を置いて、氷塊は一気に砕け散った。

 ・・・

 砕け散った氷塊は、太陽光を反射し煌めきながら、空間中に溶けていき。
 何もなかったかのように、消滅した。

「こんな感じです」

「ここは北極ですか!」

 その魔法が『グレイシャル』、つまり『氷河』と呼ばれる理由は良く分かった。
 最大級大げさに言えば、『神の御技(みわざ)』だ。
 
 ・・・。
 これを、私が習得すんの?
 マジで?

 威厳を示してくれた大先生が、私に近づいてきた。
 若干、彼女がいつもより大きく見える。
 心理的に。

「法陣魔術のコツを教える。
 まず、魔法陣はある程度大きいほうがいい。
 小さいと、描画が詰まって描きづらく、また魔力が魔法陣の外に漏れやすくなる。
 魔法陣が描けないと話にならないから、まず最初は、魔術光で魔法陣を描く練習から始める。
 これが描ければ、収束については法陣の上に魔力をありったけ流すだけ、といえばだけ。
 難しいのは放出動作。
 いままで一ヶ所のコアに行なっていた操作を、魔法陣全体に対して行う必要がある。
 これはもう、とにかく、ひたすら練習するしかない。
 と、いうことで。
 じゃあ、さっそくやってみて」

「できません!」

 改めてノム先生との実力差を痛感した一日。
 まだまだその差は海溝級。
 海溝を埋め立てるため、再び闘技場生活が始まるのでした。





***** ***** *****





【魔術補足】 特殊な法陣魔術





「ノムー、本ありがとう」

 先日の法陣魔術の講義の際、私はノムが自身で綴ったノートを見せてもらった。
 そこには法陣魔術のデザインのみならず、魔術に関する様々な事柄が書かれており、今魔術を学んでいる私からするとお宝本であった。
 さっそくこれをレンタルし、朝から晩まで読みふけったのである。

「有用だった?」

「やっぱり、ノムすごいね!
 知らないこと、いっぱい書いてあったし。
 ただ、今の私の知識では理解不能なことも多かったから、また間を空けて、後日再度見せてもらえるとうれしいかも」

「ぬ」

「でさ、法陣魔術の話なんだけど。
 私が教わった6つの法陣魔術の他にも、いろんな種類の法陣魔術があるみたいだね」

「そのとおり。
 6属性の基本法陣は、みんな円形の『円法陣』だけど。
 その他にも、四方法陣、六方法陣、八方法陣など多角法陣というのもある。
 人によって、円法陣よりも多角法陣のほうが使いやすかったりするらしい」

「ノムのノートにも四角い魔法陣が載ってたよね」

「また、神聖術の法陣魔術、グランドクロスでは『十字法陣』と呼ばれるものを用いる」

「十字法陣?」

「十字型の法陣。
 でも、ただデザインが十字なだけではない。
 その十字の中心に術者が立つ。
 術者自身に魔力を収束し、術者を魔術発動の中心にして術が実現される」

「死ぬって」

 まったく持って意味不明。
 自分に対して魔法を放つようなものであり、自殺行為そのものだ。

「そう思うでしょ。
 私だって、今でも不思議。
 でも実際に、それを私は使っている」

「どういう理屈なの?」

「私も完全に理解はしていない。
 ただ、『従属情報の強さ』が関係するらしい。
 自分に収束される魔力が、従属情報により自分という対象を認識し、攻撃の対象から外してくれる。
 ただ単に豊富な魔力を持つだけでなく、従属情報の緻密制御ができて、初めて実現できる」

「従属情報かー」

「そこまでのリスクを負って実現されるこの魔術は、それに見合う以上の、絶大なる威力を誇る。
 私が使える術の中で、最も高威力な魔術。
 普通の人間に対して使ったら、消えちゃうと思う」

「消えちゃうって何だよ!」

「だから、エレナも速く私のグランドクロスを受け止められるようになって」

「私を消す気か」





***** ***** *****





「今月は、魔術強化月間とします」

 宿へ戻ってきた後、ノムがそう宣言した。
 疑う余地なく、私はまだ法陣魔術を習得可能な魔力レベルに達していない。
 そこで、先生との面談を行い、結果、魔術の鍛錬に集中する期間を設(もう)けることにした。
 
 次の日、私はさっそく闘技場の次ランク、B3にエントリー。
 このランクは以前ノムと一緒に観戦した、武具店店主イモルタがエントリーしたランクであり、相手モンスターの面は割れている。
 1戦目、槍を操る灰色の人獣、アッシュコボルド。
 2戦目、巨大な黒い蛇の魔物、グロウスネーク。
 3戦目、赤い体毛を持つ狼、レッドクリミナル。
 4戦目、風術を操る死霊、メイジ。
 5戦目、物理攻撃も魔術攻撃もで可能な魔物、レッサーデーモン。
 事前に立てた対策どおりに事が運び、問題なくクリアすることができた。

 次の日、続いて闘技場の次ランク、B2にエントリー。
 1戦目、槍を自在に操る金色の人獣、エンゼルコボルド。
 2戦目、見た目によらないパワーとスピードを持つ白いモグラの魔獣、パコタロス。
 3戦目、さらに続いて赤いモグラの魔獣、ギガパコタロス。
 4戦目、雷の魔力の結晶、雷の魔術を使う精霊、ヴォルト。
 そして5戦目。
 現れたのは、先日ノムが操作した、青色塗装のエーテルゴーレム。
 このときは、闘技場ステージの外側で操作を行なっていたが、本日は本来の持ち場、北門上部に陣取って操作を行うはず。
 故に、操作者が誰なのかを確認はできない。
 しかし、操作者はアシュターではなくシエルであると予測した。
 動き始めたゴーレムの動きを見ての判断である。
 ただ、先日の戦闘時と比較すると、若干手加減されている気がした。
 なんか癪(しゃく)。
 まあ、闘技場のランクに合わせてレベルを調整しているのであろう。
 そんなこんなで無事撃破。

 そして私は次の日から、魔力を強化するためにランクB3とB2へのエントリーを繰り返す。
 また空いた時間で魔術光で魔法陣を描く練習を行った。

 1週間程闘技場へのエントリーを繰り返すと、お財布事情がたいへんほっこりしてきた。
 検討の結果、私はそのお金を『エレメント』につぎ込むことに。
 理由は2つ。
 1つ目の理由は、エレメントは武器のように荷物にならず収納持ち運びが容易なので、今後の旅にも持って回りやすく、またお金が欲しいときにはこれらを売ってしまえばよい。
 宝石でもあるエレメントは、資産運用法として最適であったのだ。

 最初に、封魔のエレメントであるレアクリスタルを15,000$(ジル)で購入。
 立て続けに、炎のエレメントであるフレアエレメントを30,000$(ジル)で、
 光のエレメントである翡翠(ひすい)を70,000$(ジル)で、
 魔導のエレメントであるダークレギオンを100,000$(ジル)で、
 風のエレメントである蒼碧(せいへき)の宝珠を300,000$(ジル)で購入。
 内に秘めた私の収集欲が爆発し、大散財する結果となってしまった。

 2つ目の理由は、ズバリ新術習得だ。
 私は、今習得可能であろう新術の習得条件をノムに教えてもらっていた。
 覚えたい術の属性を重点強化するため、エレメントが必要であったのだ。

 まず習得すべきは基本六点収束魔術。
 炎の六点収束魔術であるハイバーストは既に習得済み。
 魔導、封魔、光、風、雷の六点収束魔術は未習得だった。

 魔導の六点収束、ハイエーテルは、通称デモンシザーズ。
 習得条件は『魔導Lv22、収束Lv19、放出Lv20』。
 悪魔の爪のような巨大な魔導属性の刃が空間を切り裂く魔術だ。

 封魔の六点収束、ハイダイアブレイクは、通称ハイフリーズ。
 習得条件は『封魔Lv23、収束Lv23、放出L23、制御Lv23』。
 巨大な氷塊が砕け散る、見た目も美しい魔術だ。

 光の六点収束、ハイレイは、通称ブロードレーザー。
 習得条件は『光Lv22、放出Lv21』。
 極太のレーザーを放出し、空間を焼き尽くす魔術だ。

 風の六点収束、ハイウィンド。
 習得条件は『風Lv21、収束Lv19、放出Lv24』。
 空間全域に風の刃を発生させる、超広範囲攻撃魔術だ。
 
 雷の六点収束、ハイスパーク。
 習得条件は『雷Lv23、収束Lv23、放出L20、制御Lv25』。
 実現には高い魔術制御技能が求められる、超高火力魔術だ。

 六点の基本魔術を習得後、さらに応用的な魔術に取り掛かる。
 風風雷(ふうふうらい)の三点合成魔術、スパークウェイブ。
 習得条件は『風Lv23、雷Lv21、放出Lv23』。
 攻撃力は劣るが、広範囲に雷の魔力を拡散し攻撃することができる。
 また、風風風雷雷雷(ふうふうふうらいらいらい)の六点で収束することでさらに強力になる。

 炎の応用三点収束魔術、ファイアサークル。
 習得条件は『炎Lv18、収束Lv16、放出Lv16、制御Lv16』。
 術者の周囲に炎の輪を発生させる。
 敵から自分を隔離することができるので、防衛用魔術としても有用だ。
 また、六点で収束することでさらに強力になる。

 炎と封魔の混合術、双龍波。
 習得条件は『炎Lv23、封魔Lv23、放出Lv25、制御Lv22』。
 炎と封魔の2つのコアを同時に収束。
 合成せずに同時放出することで、2匹の龍に見立てた魔術の槍を放つ。
 並列収束になり魔力効率は下がるが、相手は炎と封魔の2属性を防御する必要があり、魔術的防衛が難しくなる。

 雷の応用六点収束魔術、ヘヴィスイープ。
 習得条件は『雷Lv26、放出Lv25、制御Lv23』。
 一点収束のライトスイープの強化版。
 術者前方に雷の魔力を拡散放出する。
 射程は狭いが、攻撃範囲は広い。

 魔導と雷の合成魔術、グラヴィティ。
 習得条件は『魔Lv25、雷Lv24、収束Lv25、制御Lv23』。
 魔導属性は制御力が高いため、より高い制御性を持った雷を生成することができる。
 これを広範囲に拡散放出することで、相手の動きを一時的に封じることができる。
 
 ここまでで全属性バランスよく新術習得ができた。
 ここからさらに、槍の武具収束術技の習得に乗り出す。

 まずは、Cランクトーナメントで相手の風魔術師が使用していた、ウィンドショットをラーニング。
 高圧収束した風の槍を放つ、高射程の術技だ。

 さらに、私の最も得意な技である雷の術技、サンダーランス。
 槍に込めた雷の魔力を、相手に向けて槍のように飛ばす術技だ。
 六点収束雷術を習得したことで、この術技をさらに強化することに成功していた。
 ウィンドショット程ではないが、雷の術の中では長い射程を持ち、間合いを取って戦いたい場合に非常に有用な術技となっている。
 

 ここまでの術と術技を習得した時点で、魔術強化月間は終了。
 並行して行っていた魔術光での魔法陣描画も習得し、充実した一ヶ月となった。
 さてさて。
 そろそろ、いけそうかな?





*****





 ノムから法陣魔術習得の許可をもらった私は、再び北東部の緑の丘にやってきた。
 ただし、今回は荷物が多い。
 この場所に拠点を置き、泊りがけで習得訓練を行うのだ。
 つまりは野宿。
 9ヶ月ぶりに旅の荷物を引っ張りだし、久しく忘れていたサバイバルの知識を思い出した。

「雨降ってきたらどうしよう」

「今日は降らない」

「まあ、今日は、ね。
 とにかく、がんばるっきゃないか」

 数日で習得できるとは思っていない。
 だからこそ、少しの時間も惜しい。
 私は早速、修行の準備に取り掛かった。

「んじゃ、全属性一通りやってみて」

「了解」

 魔導術から、順々に。
 魔法陣を描き、そこに魔力を流していく。
 魔法陣の描画に関しては、事前準備の甲斐あり問題なし。
 しかし、魔法陣内に魔力を流しても、魔力が収束されている感じがしない。
 1回魔術を試みるだけで、ありったけの魔力を消費してしまう。
 魔法を放っていないのに、魔力があっという間になくなる。
 魔力を捨ててる、とも表現できる。

 自然魔力治癒力による自動回復をゆっくりと待ちながら、次の属性を試していく。
 しかし、どの属性でも、結果は同じであった。

 最後、雷の法陣魔術も失敗。
 想像以上の苦戦。
 魔力枯渇からくる疲労感で、私は限界を迎えていた。

「あかん」

「んー、でも法陣はちゃんと描けるようになってるね。
 すごい、すごい」

 ノムは小さく手を叩きながら、労いの言葉をかけてくれる。

「結構、がんばったからね」

「どの属性がやりやすかった」

「雷術、アークスパークかな。
 やっぱり得意属性なだけはあるよ。
 魔力消費は激しいけど、これが最適解な気がする」

 些細な違いではあるのだが、雷術のときが一番魔力を収束できているような気がした。

「んじゃ、アークスパークを習得する方向で」

「その前に、休憩させて。
 しんどい」





*****





<<バギギギギギバギギッギ!!!!>>

 空間を切り裂くような炸裂音が響き渡る。
 生成された青い稲妻が暴龍のように暴れまわる。
 その龍に一度捕まれば、身動きを封じられ、そのまま身を焼かれるだろう。
 これが、雷術の秘奥。
 アークスパークだ。

「うん、まあ結構、いい感じ」

「そりゃあ。
 ノム先生が発動しているからね」

 ノムがお手本としてアークスパークを見せてくれたのだ。
 残念、私ではありませんでした。

「私も、ただ見てるだけじゃつまらない。
 せっかくこんな街から離れたとこまで来たんだから。
 法陣魔術の訓練なんて、なかなかできないし。
 私も一緒に練習する」

 休憩後、私はアークスパークに数回挑戦した。
 が、変化なし。
 辺りを見渡すと、もう日も暮れかけていた。
 夕日に照らされる丘陵も美しい。
 オレンジ色のまんまるを視界の中心に置き、私は癒しを求める。
 そして、深くため息をついた。

「はぁ・・・。
 やっぱり、一日じゃあ無理かー」

「それが普通」

 野宿決定。
 私達は、晩御飯の準備に取り掛かった。





*****





 アークスパーク、チャレンジ開始から1週間が経過。

 ・・・

 残念。
 持ってきていた食料が底を尽きました。

「どうしようか」

「んじゃ、街に帰る」

「まあそうだよね。
 ごめんねノム。
 なんかこんなのにつき合わせちゃって」

「大丈夫。
 これもこれで、結構楽しい」

 私が修行をしている間、ノム先生は自分も魔法の練習をしたり、持ってきていた本を読みふけったり、散歩したり、食べられるものを探しに行ったり、私を適当に応援したりしていた。
 あまり苦になっていないようで安心した。

「ありがとう、ノム。
 でも、希望がない、わけでもないんだよね。
 少しづつ、進歩している」

 この1週間で、私は魔法陣に魔力が収束されてきている感覚をつかんでいた。
 まだ、完璧にはほど遠いが。
 しかし問題は収束ではなく、『放出』にある。
 収束後の魔力を放出しようとしても、うんともすんとも言わないのだ。
 『エレナはアークスパークの魔法を唱えた、しかし何も起こらなかった』、状態だ。
 この感じからすると、習得まで後2ヶ月はかかるであろう。
 1回の遠征で1週間なので、あと7回ここに来ないといけない計算。
 なんとか、楽ができる裏道はないのかしら?

「前から思ってたんだけどさ。
 私の描いた魔法陣に、ノムの魔力を流すとどうなるの?」

「どうにもならない。
 私の魔力を、エレナは操作できない」

「なんで?」

「魔力が従属情報を持つから。
 私が生成した魔力には、『私のもの』という所有情報が書き込まれている。
 その魔力をエレナが操作しようとしても、所有者が異なるという理由で操作対象にはならない。
 エレナの魔力は、エレナしか操作できない」

「ぬぅん」

 私の描いた魔法陣に、ノムの魔力を流し、私が放出動作を行うことで、魔力的に楽をしようという企(たくら)みは、脆(もろ)くも砕け散った。
 『地道に正攻法でいくしかない』という結論に納得したところで、私たちはウォードシティーへ帰還した。





*****





 法陣魔術習得開始から、2週間経過。
 収束動作に関してはおよそ完璧。
 放出動作に関してはわずかに魔力が反応を示すようになっていた。

 3週間が経過。
 放出動作により、微弱ではあるが雷の魔力が音を立てるようになってきた。

 4週間が経過。
 法陣の部分部分で、単点収束レベルの雷が発生するようになった。

 5週間経過。
 法陣のおよそ全体で雷が炸裂。

 そして、6週間目、最終日。
 一晩しっかりと睡眠を取り、魔力を最大回復。
 次の1回の試行に、今までの全てを注ぎ込む。

「エレナ。
 改めてポイントを復唱しながら、ゆっくり、集中してやってみて」

「うぃっす」

 多く息を吸い込み、深く吐き出す。
 武器の槍を高く掲げ、精神統一を行う。

「まずは、魔法陣描画。
 魔術光を操作し、青い光で魔法陣を描く。
 大きさは直径5メートル程度。
 描画完了を確認し、魔力、プレエーテルをこの中に流していく。
 魔法陣全体に魔力が行き渡るように」

 魔法陣の上の空間が青く輝きだす。
 その視覚情報から、収束動作が正常であることを確認できる。
 さあ、私が持つすべての魔力。
 この魔法陣に集まりなさい。

「今までで一番いい感じ」

 収束完了。
 美しく輝く魔法陣は、暴発寸前なほどの魔力で満ちている。
 あまり長くは保てない。
 さあ、最後に放出だ。
 
「プレエーテルの属性変換と放出動作を同時に行い、魔法を発動する」

 魔術成功に祈りを込めて。
 今、私のすべての経験を。
 この1撃に!

「アークスパーク!!」

 高らかに、その魔術名を叫ぶ。
 瞬間、魔法陣が青い光を拡散させる。
 バギバギッという炸裂音を響かせて、蒼(あお)の稲妻が溢(あふ)れ出す。
 その稲妻は、美しくも恐ろしい蒼の華。
 空間中を支配して。
 埋め尽くして。
 雷の監獄。
 内部からは、決して逃れられない。
 
 発動される魔法を、襲ってくる魔力圧に耐えて観察しながら、様々な思考が湧いて出てきた。

 ・・・

 そして。
 青の火花は儚く消えて。
 まるで、夢の中にいるような。
 そんな気持ちから覚醒し。

 奥底から沸き起こる興奮は。
 伝えたい彼女へ向けて。
 
「できたーーーーー!!」

 彼女に駆け寄り、強く抱きしめる。
 自分の抱く感謝の念を、言葉以外の方法で伝えようと。

「すごく良かった」

 短い祝福を耳元で囁き、彼女も軽く抱きしめ返してくれる。

「ありがとう。
 ノムのおかげだよ」

「そうだね。
 でも、エレナも頑張った」

 その優しい声に心が落ち着く。
 そっと目を閉じると、過去の出来事が思い出された。

 長いような、短いような。

 つらかったような、楽しかったような。

 複数の感情が交錯し。

 ・・・

 これが『最後の』魔術であることが。
 とても惜しく感じられ。

 ・・・
 
 しばしの抱擁のあと彼女から離れると、私は提案する。

「ノムにお礼がしたいから、何か欲しい物があれば言って。
 プレゼントするからさ」

「むー、どうしよう・・・」

「かたたたき券とか?」

「なにそれ」

 私の適当な冗談の後、ノムは思考を巡らせ始めた。
 何が出るかな。
 何が出るかな。
 何が出るかな。
 テレレレン。

「そうだ」

「なになに?」

「じゃあ、『蓮華(れんげ)の腕輪』がいい」

「『蓮華の腕輪』・・・ってどこに売ってるの?
 あんまり高いと買えないかもだけど」

「売ってない」

「んじゃあ、どこで手に入るの?」

「・・・。
 闘技場。
 闘技場、Bランクトーナメント」




















Chapter18 武具収束奥義




 Bランクトーナメント。
 出場登録を済ませるため、闘技場受付前へとやってきた。

 今日は、Bランクトーナメントの前日。
 予選が明日、そして本選が明後日。
 かなり遅いタイミングで来てしまったようで、他の参加者は見当たらない。
 受付カウンターも無人の状態だ。
 誰かいないのかしら。

「すみません!
 Bランクのトーナメントに出場したいんですけど」

「はーい!
 ちょっと待ってくださいね★」

 軽い調子の明るい声がロビーに響く。
 そして受付の奥の部屋から、紫色の髪の女性が現れた。

「あれっ、エレナじゃない。
 ついに、Bランクのトーナメントに出るんだ。
 明日のだよね」

「ミーティアさん、どうもです。
 ミーティアさんが言う通り。
 Bランクトーナメントにエントリーしたいんですけど」

 するとミーティアは、一枚の用紙をカウンターに配置する。
 様々な異なる筆跡で名前が羅列されている。
 『Bランクトーナメントエントリー』とタイトルをつけられた用紙。
 参加登録は、この用紙への署名で成立する。
 Cランクのときと同じだ。
 迷うことなく、一覧表の最下に、私の名前を記入する。

「Bランクトーナメントエントリー、エレナ・レセンティア」

 記載内容が復唱され。
 これでトーナメントの登録は完了。
 そう思った、次の瞬間。

「Bランクトーナメントエントリー、ミーティア・ユークレス」

 お姉さんが、彼女の名前を、私の名前の下に追加した。

「は!?」

 どゆこと?
 理解に苦しむ展開に、混乱するエレナ。
 そしてニヤニヤするミーティア。
 そんな彼女は、

「エレナと戦ってみたいと思ってたんだよねー」

 とか言い出した。

 この1年ほどで私も成長し、戦わずにして相手の実力がわかるようになっていた。
 相手から漏出する魔力を感知することで、相手の魔力的な実力がわかるのだ。
 だからこそわかる。
 このお姉さんは『玄(くろ)』だ。

 『あの、今回どうしても優勝したいので、出場取り消してもらえないですか?』
 と念のため聞こうとしたが、

「エントリー用紙に記入した後は、訂正できません」

 と、先に釘を刺されてしまった。

「エレナ?」

「ん?
 あっ、アリウス」

 いろいろややこしいことになり、慌ただしくアワアワしている後ろから声をかけられた。
 なぜ彼がここにいるのか?
 その理由は聞きたくはない。

「もしかして明日のトーナメントに出るのか」

「いや、その・・・。
 どうしようかなーみたいな」

「そうか。
 ・・・。
 実は、俺も出るんだ」

「嘘でしょ!」

 ほんの一瞬だけ考え込む仕草を見せたアリウス。
 その直後、まっすぐな視線を私に送ってくる。

「本当だ。
 エントリーしていいか?」

 ミーティアに依頼をし、用紙を受け取り。
 流れるような動作で署名を行った。

「Bランクトーナメントエントリー、アリウス・ゼスト。
 登録、受理されました★」

 なんだこれ。
 実は楽勝で勝ち抜けられるつもりで楽観視していた、先ほどまでの自分を殴りたい。
 一瞬で、難易度が中から∞へ上がった。
 呆気にとられすぎてよだれが出そうだ。
 うぇえぇ~。

「エントリー用紙、見せてもらってもいいか?」

「どーぞ~★
 ほんとはよくないけど」

 私たちが記名をした用紙に加えて、それより連番が若い数枚の用紙も合わせてアリウスに渡る。
 アリウスは、順に、名前を確認していく。
 最後に記された自分の名前まで確認すると、考察を述べる。

「セリス。
 こいつは強いな」

「セリスちゃんですね。
 私もこの娘には勝てるかどうかわかんないですね」

 この2人より強い人もいるのかよ!
 優勝どころか、予選突破も危うくなって来た。

「かといって、登録しちゃいましたし」

「そうだな」

「私、出場やめたいけど」

「明日が楽しみね★」

「エレナ、手加減はしないからな」

 そう言うと各自解散していく2人。

「何故、こんなことに」

 取り残された私は、一人呟いた。






*****






「エレナ、登録してきた?」

「うーん・・・」

「むー。
 なんか出かける前はやる気全開で張り切っていたのに、帰って来たらやつれている。
 その間で何があったのか。
 説明を求める」

「アリウスとミーティアが出るらしい」

「なるほど。
 おもろい」

 お気楽なノムちゃん。
 見ているだけでいいのなら、そりゃあ私も楽しいのですがね。

「プレゼントするの、難しいかも」

「大丈夫、勝てる勝てる」

「しかも、2人より強い人もエントリーしてるそうな」

「なんていう名前?」

「セリスさん、って人」

「むー、知らない」

「怖いなー、怖いなー、怖いなー」

「今から、私が特訓してあげようか」

「余計自信なくなりそうだから、いいっす。
 ・・・。
 って思ったけど、お願いします。
 このまま宿にいても、なんかネガティブになっちゃいそうなんで」

「特訓・・・。
 ちょっと、面白そう」

「試合前に選手を叩きのめしたらダメだからね」





***** ***** *****





【魔術補足】 従属情報と空間魔力収束


「エレナ、何の本読んでるの?」

 私は読んでいた本を閉じ、改めてそのタイトルを確認する。

「『基礎魔術原理』だって。
 魔法の基本原理を説明する内容、みたいな」

「エレナもだんだん、難しい内容が理解できるようになってきたみたいだね」

「でもこの本には、今までノムに教えてもらった範囲の内容しか書いてないけどね。
 まあ、復習、みたいな」

「具体的にはどんな内容?」

「『魔術はどうやって実現されるのか』、について書かれてる。
 まず、この世界の空間中には、およそどんな場所にも、プレエーテルが存在している。
 ちなみにプレエーテルは、物体でなく、気体でもない。
 『エネルギー体』って言われている。
 触れることのできないエネルギー。
 接触不能、攻撃不能なエネルギー、と表現されたりする」

 ノムは特に不思議な顔はせず、わずかに頭を縦に揺すっている。

「魔術師はプレエーテルを体内に取り入れる。
 体内でプレエーテルは『魔力』に変換されて蓄積される。
 魔術を使うときは、その魔力を再びプレエーテルに変換する。
 そこから、例えばエーテルの魔術を使うとしたら、エーテル変換でプレエーテルをエーテルに変換する。
 攻撃魔法としての役目を終えたエーテルは、再びプレエーテルの状態に戻って、空間中に拡散してゆく。
 こんな感じで、プレエーテルが体内で魔力になって、体外でエーテルになって、最後にまたプレエーテルに戻るサイクルを『魔力輪廻(りんね)』っていう。
 ・・・。
 ・・・。
 もしかして今、私、ノムに『魔術』を教えた!?」

「今の話は、全部知ってたけどね」

「さようですか。
 ・・・。
 でも、ということは。
 私が今説明したことは、間違ってない、ってことだよね」

「魔術の原理については厳密には解明されていないから、絶対とは言えないけど。
 おそらく、今の説明で正しい」

「はい!
 先生、ここで質問があります」

「ぬ」

「何で一回わざわざ体内に魔力を蓄積しないといけないの?
 空間中にプレエーテルがあるんなら、それを使って魔術を実現すればいいんじゃないのかね?」

「じゃあ、やってみたら?」

「え、あれ?
 どうやってやればいいんだろ?
 全然イメージできない」

 体内の魔力は私の意思に従って、その姿形を変化させてくれる。
 しかし、空間中の魔力に向けて『動け』と念じても、『イエス・マム』とは言ってはくれない。
 空間中の魔力に対するアクセス制限がある状態。
 コミュニケーション能力の欠如。

「エレナが魔術を実現するとき、体内に蓄積された魔力は、比較的思うとおりに操作できるよね」

「うん」

「でも空間中の魔力は操作できない。
 それは魔力が『従属情報』を持つから、と言われている」

「従属情報?」

「体内への魔力の蓄積は無意識的に行われるけど、このときに魔力自体に『この魔力は私のものです』という情報が、自動的、無意識的に書き込まれる。
 そして自身の従属情報を持った魔力、つまりプレエーテルは、操作することができる。
 でも空間中の魔力は、従属情報を持っていないから操作することはできない。
 さらに従属情報は、攻撃後、つまりエーテルがプレエーテルに戻るときに消滅してしまう。
 攻撃後のプレエーテルは、空間中のプレーテルと同じように従属情報をもたない状態となり、空間中に戻ってゆく。
 だから、魔術使用後に空間中に残ったプレエーテルを、直接再利用することはできない。

「そうなんだ」

「再利用するには、従属情報を書き込む目的で、術者体内に魔力を蓄積させる必要がある。
 故に、空間中の魔力を使って魔術を使い放題、っていうことはできない。
 ちなみに、余談だけど。
 収束、放出、制御を行うときには、魔力に対して収束情報、放出情報、制御情報という情報を書き込む。
 これらの収束情報、放出情報、制御情報、及び従属情報を合わせて『情報構成子』と呼ぶ。
 一方で、その情報を書き込む対象である魔力、プレエーテル、エーテル、アンチエーテルのことを『魔導構成子』と呼ぶ。
 以上、余談でした」

「なるほどねぇ」

 体内に取り込める魔力には限界がある。
 結果的に人間の成せる魔術にも限界があるのだ。
 なんでもかんでもできるわけではない。
 
「が、しかし。
 この話には続きがあるの」

「ぬぇ?」

「『空間中の魔力を収束できない』、と思われていたのは最近までであって、実は空間中の魔力を直接収束する方法があることがわかってきた。
 それが『空間魔力収束』。

「空間魔力収束?」

「空間中のプレエーテルを体内に蓄えずに、そのまま使用する魔術実現法。
 従属情報の仮説が正しいのなら理屈は簡単で、空間中の魔力は術者の従属情報を持たないから操作できない。
 ならば、従属情報を持たせればよい」

「そんなことできるの!?」

「実際、私もちょっと前にできるようになった。
 でも、習得はかなり大変。
 最初は、収束できる魔力量も微々たるものだったから、本当に従属情報が書き換わっているか、っていう判断ができなかったから。
 実際今も、どうやって実現しているかをうまく伝えられない。
 それに収束できる魔力量も微小でしかない」

「『無限の魔力』みたいにはならない?」

「それは無理そう。
 空間魔力の従属情報書き換えは、体内に蓄積して書き換える方法よりも遅い。
 現状では、魔力収束に時間がかかる。
 どこまで上達するかは、これからの訓練次第と思われる」

「そっか」

「でも空間魔力収束を使えれば、体内の魔力をほぼ消費しないで魔法を使える。
 体内の魔力を使い切っても魔術を使用できる」

「それって、MP(マジックポイント)が増えた、とも言えるよね」

「さらに従属させた空間魔力を自身の体付近に持っていけば、体付近に吸収しやすい魔力が集まって、結果的に魔力の自然回復力を高めることができるらしい。
 これを『空間魔力吸収』という」

「つまり、魔力を意識的に回復できるってことじゃんか!
 すごい!」

「まあ、回復できる魔力は、最初は微々たるものだけどね」

 ノムでも習得に苦労する技術ではあるが、それを習得したときのリターンは大きそうだ。
 今度から練習してみようと思います。

「また、さらに効率的に空間魔力を収束させる方法が存在する。
 それが『強制従属』。
 これは空間中の魔力の従属情報を書き換えずに、自身の魔力で空間魔力を押さえつけて制御できるようにする技能」

「・・・」

「強制従属に使用しやすい魔力の種類が存在する。
 それが残留魔力。
 例えば、比較的大きな魔力を持った魔術師が亡くなったとき、情報を多く持った魔力が空間中に残される。
 これが残留魔力となる。
 この残留魔力を用いた魔術を何って言うか、わかる?」

「知らない」

「黒魔術。
 つまりは闇魔術。
 残留魔力を使用し続け、特にその魔力を空間魔力吸収し続けると、術者の人格がだんだん変化してくる。
 魔力に精神を侵食される、とも言う。
 多くの場合、多量の魔力を残留させる魔術師は、あんまり良い魔術師でないことが多いの。
 だから、黒魔力、つまり残留魔力を用いる人間の人格は悪しきほうに流れてゆく。
 と言われている」

「だから、マリーベル教会で禁止されているんだね」

「結論。
 強制従属には手を出さないこと。
 まあ、普通は出来ないけどね」

「でも、エルノアはできるのね」

「そういうこと。
 黒魔術を使ったからといって、必ず人格に支障をきたすって訳ではないみたい。
 使い方とか、術者の免疫とかも関係する」

「うーん、まあ使わないに越した事はないかな」





***** ***** *****





 闘技場トーナメントBランク、当日。
 本日は予選。
 2回戦まで行われ、32人の出場者が8人にまで絞られる。

「えーっと、予選のトーナメント表はー、っと」

 闘技場の受付でトーナメント表を探す。
 一際人が集まっている区画にそれは設置されていた。

 アリウス&ミーティアとは、別のブロックでありますように。
 聖女マリーベルに祈りを込めて。
 A、B、C、D、E、F、G、H。
 8つに分けられたブロックを1つづつ確認していく。


 アリウス、Aブロック。
 セリスさん、Dブロック。
 ミーティアさん、Eブロック。
 エレナ、Hブロック。


 よかった、よかった。
 戦力がうまく分散した。

 そんで、わたしの1回戦の相手は誰かな~、と。
 私の隣に書かれた名前は・・・。

 『イモルタ』

 ・・・。
 失礼な話だが。
 正直、ちょっとほっとしました。





*****





「また・・・強くなってやがる」

 得意の炎術に加え、風術や光術を習得していた武具店店主。
 戦略のバリエーションは、数倍倍増されていた。
 
 しかし、それらはあくまで牽制用途。
 攻撃威力は高くなく、防衛魔術でいくらでも対応できる。
 致命的なのは炎と斧の術技、強化火炎撃のみ。
 その点は以前と変わらない。
 
 一方で私は、六属性の六点収束をバランスよく操り、相手の体力ゲージをジワジワと削っていった。
 私が扱うほぼすべての魔法が、対人戦初使用。
 未知であることの恐怖が作る混乱が、相手の策略を打ち砕いた。

 卑屈な笑みをたたえ睨みをきかすイモルタに向けて一礼。
 確かな手ごたえを握りしめた掌(てのひら)の中にしまい込み、私はステージを去った。






*****








「エレナ、どうだった?」

 2回戦も危なげなく勝利をおさめ、帰宿の途に着こうとした時点。
 闘技場の入り口で先生が待っていた。

「ノム、今日は見てくれてなかったの?」

「なんか弱い人が相手みたいだったから。
 他のブロックもあって、試合間、結構待ち長そうだったし」

「さようですか」

 まあ確かに、大して苦労はしなかったのだが。
 ノム先生の予想通りとも言える。

「でも明日は見る。
 可能ならば、エレナ対アリウス戦、エレナ対ミーティア戦、両方見たい」

「それ、私にとってはワーストケースだね。
 そっちの分岐を回避できるように、今日はマリーベル様にお祈りしてから寝ようかな」





*****





 Bランクトーナメント、本選。
 本選出場者は8人。
 その対戦組み合わせはくじで決定。
 そして、トーナメント表が以下のように出来上がった。

 Aブロック
  セリス vs ガスト
  ディルガナ vs フェンデル

 Bブロック
  ミーティア vs エレナ
  アリウス vs コーファ

 張り出されたトーナメント表を冷静に見つめ、内容を自分の脳に落とし込む。
 なるほど、なるほど。
 最悪だ。
 ミーティア、アリウス、セリス嬢。
 全員あたるし。

「これは面白いかも」

「面白くないし!」
 
 隣で見ていたノムが、お気楽そうに楽しそうな感じ。
 日頃ないワクワク感が表情にほんのり浮かぶ。
 たのしそうな。

 そんなノムの向こう側から、当の対戦相手がやってきて、トーナメント表に視線を向ける。
 その確認動作は一瞬で完了し、すぐにその視線は私に送られる。

「エレナ、よろしく~」

 私と同じくアリウス、セリス嬢との対戦がほぼ確定しているにも関わらず、彼女はいつもどおりの弱卑猥顔である。

「準決勝がアリウスで、決勝がセリスだからね。
 初戦のエレナで油断して削られすぎないように、最初からぶっ飛ばしていくからね」

「あははー。
 安全運転の方がいいと思いますよ」

 緊張感はまるでなく。
 試合前とは思えない落ち着きぶり。
 それは視覚情報からだけでなく、オーラサーチを受けての判断である。
 改めて、『読みにくい』人物だと感じた。
 イモルタとは比較にならない厄介さが、間違いなくそこに存在している。
 




*****





 Aブロックの試合が始まった。
 と、思った次の瞬間には試合が終わっていた。
 マジで!?

「勝者、赤、セリス!」

 私は今、東の入場門の前で待機中。
 その門から威風堂々と入場した戦士ガスト氏は、セリス嬢の速攻により一撃で沈められてしまった。
 本当に一瞬の事で、状況確認、情報収集が間に合わなかった。
 推測するに、雷の魔術だと思われる。
 この点、上から観戦しているはずのノムに、後で確認を取りたいところだ。
 とにかく、セリス嬢が只者ではないことだけは分かった。
 もう少しガスト氏が粘ってくれていたら、敵情報も増えていたのだが。
 残念。

 ガスト氏が救護班によって場外に搬送されると、すぐに第二試合が始まる。
 東西、両門から選手が入場。
 西のディルガナ氏は、魔術師。
 武器は杖。
 遠距離戦にはめっぽう強そうだ。
 東のフェンデル氏は、重騎士。
 武器は大剣。
 近距離戦にはめっぽう強そうだ。
 相反する2者。
 勝ち進んだのは。
 
「勝者、赤、ディルガナ!」

 魔術師ディルガナ氏が勝利した。
 敗因を一言で言えば、フェンデル氏が重すぎたのだ。
 勝因を一言で言えば、ディルガナ氏が身軽であったのだ。
 敏捷性の差が勝敗を分けた。
 結局、フェンデル氏の剣は、一度もディルガナ氏に届かなかった。
 さらにディルガナ氏は6属性のバランスも良い。
 攻撃のバリエーションの多さがフェンデル氏の思考回路を焼ききったとも言える。
 なかなかに厄介な相手だ。

「本戦Bブロック、第一試合出場者の方、お入りください」

「さて、次は私か」



*****




 か・・・。
 観客がすごい。
 Cランクの比じゃない。
 立ち見の人もいるし。

 溢れんばかりの観客が、闘技場を埋め尽くし。
 割れんばかりの声援が、地面と建物を揺らしていた。
 
「ミーティアちゃん、がんばってー!」

「ミーティアちゃーん、付き合ってくれー!」

「ミーティアちゃーん、殺(や)っちゃえー」

 驚くべきはミーティア人気の高さだ。
 私の人気がない、とも言う。
 哀愁すごい。

「エレナ!
 全力で行くからね」

 闘技場受付のお姉さん。
 その肩書きは今はなく。
 圧倒的な桃色のオーラを放ち、第六感を大きく揺さぶる。
 笑顔の威圧。
 若干の恐怖。

 本当に。
 この人に私は勝てるのか。

 卑屈が心を支配して。
 逃げ出しそうなそのときに。

 あの日と同じ、東の入場門の真上。
 その絶好のポジションで、青髪少女を見つけた。

 プレゼント・・・するからね。

「私も、全力で行きます!
 ミーティアさんを倒します!」

 決意は固まり、声高々に宣言する。
 
「上等!!」

「本選Bブロック、第一試合、はじめっ!」





*****





【** ミーティア視点 **】


 敏捷性。
 それがこの試合の勝敗を決める。

 本日まで、彼女の闘技場での振る舞いを観察してきて感じたこと。
 それは、『彼女は私より遅い』ということだ。

 おそらく彼女は今まで、自分より『速い』人間を相手にしたことはないだろう。
 今まで用いてきた戦術が一気に破綻する。
 そして、新しい戦術を立てられる前に倒す。
 だからこそ。

 先制!

 私は試合開始の合図と共に、一気に間合いを詰める。
 対するエレナは、防戦の構え。

 さあ、見せてあげましょう。
 私の戦法を。

 私が右手に握った金属性の棒管(バトン)。
 『レイブレード』と呼ばれる、最新鋭の武器だ。
 術者の光の魔力を高圧収束し、光の刃、光刃(こうじん)を作り出す。
 世界数多(あまた)、この種の武具を所持し、扱いこなす人間はそうそう存在しない。
 では。
 何故、私がこのような価値の高い武器を所持しているのか。
 そもそも私は、刀の扱い、及び光術が得意な魔導闘士であった。
 しかし、『刀』『光』の2つは、比較的相性が悪い。
 ここで。
 愛(いと)しのシエル君が登場する。
 彼が私のために、『光と相性の良い刀』の特注を受けてくれたのだ。
 私だけのために!

 この『レイブレード』と私の戦闘スタイルの相性は抜群。
 武器が軽量なため敏捷性が損なわれず、かつ攻撃力も絶大。
 重い大剣を弾き飛ばすほどのエネルギーを持っている一方、羽のように軽い。

 そのような武具の特性もあり、私とエレナの距離は一瞬で縮まった。
 この距離は、私の間合い。
 高圧収束した光刃(こうじん)を、エレナに向けて叩き付ける。
 彼女は槍を両手で持って構え、防御を固める。
 光刃と槍のシャフトが接触した部分から、無数の火花が空間に舞う。

 ノータイム。
 続けざまに連撃を叩き込む。
 そのたび、『キンキン』という甲高い音を立て、火花が飛び散る。

 5撃目の後、エレナは大きくバックステップし間合いを確保した。
 彼女の鋭利な視線が私を貫く。
 劣勢ながら、一瞬も隙は見せず。
 次の一撃を見据えている。

 ・・・。

 ここまでの一連の攻防を受け、2点の考察が生まれる。

 1点目。
 それは、『私がエレナを侮(あなど)っていた』、ということ。
 私の速攻にも怯(ひる)まない、常人離れした反射神経。
 対人戦の経験は少ないはずであるが、戦い慣れはしている。
 
 2点目。
 それは、『やはり、エレナよりも、私のほうが速い』、ということ。
 武器の槍のサイズ感から判断して、私の裏をかく瞬撃は放てないだろう。
 エレナと槍は相性が悪い。
 中距離からの雷槍撃のみ注意を払えば良い。
 近距離では、私が圧倒的に有利だ。
 
 ならば、遠距離からの時間稼ぎは無意味と判断。
 攻め、一辺倒。
 次で全てを決める。
 絶対に防げない攻撃。
 それを、あなたに見せてあげる。

 そんな思考を持って笑みを向けるも、エレナの表情は頑(かたく)な。
 精神攻撃は無効。
 物理攻撃で勝負!
 再度、レイブレードを強く握りしめ。
 地を蹴り、間合いを詰める。
 すぐさま、攻撃の間合いに到達。
 光刃を、見せつけるように大きく振りかぶる。
 そう、それは。
 剣(つるぎ)を天に突き上げ、掲げるように。

 対し、彼女は防御姿勢を取る。
 その動きに、一切の無駄はない。

 しかし、残念。
 その動作自体が、無駄なのよね。

 光の斬撃を浴びせる。
 そのタイミングで。
 単点収束光術の3地同時収束を開始。
 高速収束は私の十八番(おはこ)。
 一瞬で収束された光の魔力が、彼女に向かって放たれる。

 斬撃と光術3発の、多方向同時攻撃。
 防げるものなら、防いでみなさい!

 !!!
 
 『ギギギン』という甲高い音を立てて火花が上がる。
 と同時に、『ジジジッ』という焼けるような音も拾った。
 エレナは光刃の衝撃で後方へ弾き飛ばされるも、よろめきながらステップを踏み、なんとか体勢を整える。
 そこまで、一瞬の出来事で、状況判断に時間を要される。
 フル回転した私の脳が、その結論をたたき出した。

「防がれた!!!?」

 彼女から滴り落ちる血の量が、私が予想していたソレと大きくかけ離れている。
 ダメージ量が少なすぎる。
 考察。
 予想するに、ディヒュージョン。
 封魔術による光術拡散魔術を瞬間的に繰り出したエレナ。
 3点同時発射の光術を、粗く粉砕したガラスのような封魔術の魔力が拡散し、彼女へ到達する光のエネルギーを削減した。
 いや、しかし。
 いくらなんでも、ディヒュージョンの発動が速すぎる。
 今の一瞬で光術の防衛が必要であると判断し、封魔魔力を収束し、そして拡散放出した。
 天才的な判断力と実行力。
 そして、理解力と吸収力。
 斬撃と光術の同時攻撃、その感覚、回避のための『勘』のようなものをつかんだであろう。
 この娘(むすめ)、やりますわね。

 予想を超える結果を受け、笑いがこみ上げてくる。
 嗚呼、本当に。
 これは、なかなか、楽しめそうね。





*****





 体感、試合開始から10分ほどが経過しただろうか。
 防戦一方のエレナ。
 しかし、斬撃と光術の同時攻撃を見切った彼女は。
 遠距離からの光術も、流れるような光刃(こうじん)の連撃も、多点同時攻撃も。
 適切に捌(さば)き続けた。

 私のほうが彼女より速い。
 その事実が曲がらない限り、私が有利なのは依然変わらない。
 しかし、攻めあぐねているのも事実。
 ならば・・・。
 今度は、『ゴリオシ』で行きますわね。

 深く空気を吸い込んだ後。
 レイブレードを握る力を強め、魔力を込める。
 魔力が注(つ)ぎ込まれるたび、形成された光刃(こうじん)が、ビリビリと反応する。

 その光景を確認する、エレナの顔色が変わる。
 本当に。
 彼女の第六感は優れている。
 でも、対処しようがなければ無意味なのよね。

 収束完了。
 これで、決める。
 その強い意志を持って地面を蹴り、彼女へ向けて突撃する。
 
 彼女は防御か回避かを迷っている様子。
 しかし、時既に遅し。
 私は、レイブレードに収束した全魔力を、一撃に込める。

「はあぁぁぁっ!」
 
 光の鞭。
 そんな様相で、彼女に振るわれた渾身の一撃。
 それを彼女は槍の1点で受け止めた。
 しかし、莫大なる光のエネルギーは防壁を突き破り、槍ごと彼女を吹き飛ばした。

「ぐっ!」

 低い呻(うめ)き声を吐き出して、地面に叩き付けられたエレナ。
 土煙が舞い、私はその様を静観する。
 久々に、観客の喝采に意識を向ける余裕が生まれる。

 その喝采が落ち着いてきたのと共に。
 内に秘めた闘志をたぎらせて。
 戦士エレナは、再び、ゆっくりと立ち上がった。

 ・・・。

 が、しかし。
 
「勝負ありね」

「げっ」
 
 彼女の闘争心は折れなかったが、彼女の武器の槍は真っ二つに折れていた。
 槍の刃を含む上部、残る柄の下部、その2つに分離したような形。
 その2つのパートは彼女の手から溢(こぼ)れ、金属音を響かせながら地面に転がった。
 私の放った一撃に、市販品の武具は耐えることができなかったのだ。

 私の勝利を確信し、観客席全周から歓声が沸き、溢れる。
 その歓声に反するように、静かに、呆然と立ち尽くすエレナ。
 脱魂したように、地面に落下した武器の槍を見つめている。
 
 あとは、彼女が『参りました』と言えばいい。
 ただ、そのイベントが残るのみ。

 どう、考えたって。

 彼女が、1歩2歩前へ出る。
 そして、折れた武器、その片方。
 槍の刃を含む上部のほうを掴み、拾った。

 その片翼をじっと見つめるエレナ。
 そのまま。
 しばし、静かな時間が流れる。

 ・・・。

 そして。
 そして、彼女は。
 折れた槍の切っ先を、私に向けて突き出した。
 
 その瞬間、私の体に悪寒が走る。

「冗談」

 理解の範疇外の出来事を受け、卑屈な笑いが零れ落ちた。
 狂っているとしか思えない。
 しかし、彼女は笑っていた。
 まるで、『今度は私の番ですね』と言わんがごとく。

 彼女は動き出す。
 地を蹴り、私に向け、一気に間合いを詰める。
 
 速い!
 先ほどよりも敏捷性が向上している。
 リーチが短くなった壊れた槍は、片手で扱えるサイズになっていた。

 次の瞬間、中距離の間合いから風の槍が襲ってくる。
 ウィンドショットだ。
 その風槍(ふうそう)は、壊れた武器から発されるとは思えないほどの威力を誇っていた。
 
 脳内が考察で溢れ判断が遅れるも、反射的にサイドステップし、風槍を回避。
 この時点で、エレナは私の目の前まで到達していた。

 『一旦逃げろ』。
 その思考を脳内で復唱し、バックステップ。
 一気に間合いを取る。
 次の瞬間、さきほど私がいた場所に、雷の魔力が拡散放出される。
 ライトスイープ!
 
 そのまま私は、闘技場ステージの端まで退避した。

 ・・・

 間合い確保を確認後、深く息を吐く。
 お株を奪われたような連撃。
 しかも、風、雷、異属性。
 異属性連続にも関わらず、風と雷の間のインターバルが短すぎる。

 そして、私の考察を断絶させるようにやってきた悪寒。 
 第六感が、相手の魔力収束開始を検知。
 感覚を研ぎ澄ますも、魔術属性を判定できない。
 エレナは全属性の魔術を扱える。
 この時点で、攻撃属性を限定することはできない。
 魔導術か?
 光術か?
 複数の可能性が脳内で衝突し、防御モーションのイメージを確定できない。

 そんな混線状態のまま、6つの点に風の魔力が収束され、即合成される。
 風術!

「はぁっ!」

 瞬間。
 彼女の生成したコアが前方に打ち出され、コアの魔力が空間中に拡散される。
 その攻撃の効果範囲は広大。
 私を囲む空間全体に拡散され、私に逃げ場なし。
 ただし拡散された分、威力は落ちるはず。
 私は、咄嗟(とっさ)に魔導属性で、自身を囲む球状の防壁を生成。
 防御。
 『ギリギリ間に合った』。
 そんな。
 一瞬の安心感が、致命的であった。

「!!」

 彼女の風術と私の魔導防壁で悪化した視界の先から、雷の槍が飛来する。
 『回避!』、という命令を出した時点で、既に私はそれに貫かれていた。

「いっ!」

 全身が痺れる。
 私が出来たことは、封魔術で封魔防壁を強化することだけ。
 その封魔防壁を突き破る雷(いかづち)。
 重い。
 体に碇(いかり)を打たれたようだ。



 ・・・



 ちょっと、油断しただけ。
 制御性の劣化した体に向け、強めの命令を出し、大地を踏みしめる。
 視線の先のエレナは、冷ややかにこちらを見つめている。

 最大限の強がり。
 私は彼女に向けて笑みを向ける。
 彼女はそれに答え、笑みを返してくれる。
 2人だけの空間。
 もう、後は。
 戦いを、楽しむのみだ。





*****





【** エレナ視点 **】


「勝者、青、エレナ!」

 そのアナウンスを受け、観客席は本日最大に沸きあがる。
 外周の熱に反するように、私は冷静に本戦闘について振り返る。
 彼女に与えた一撃の雷槍(らいそう)が、彼女の敏捷性を奪い、結果的に彼女と私の敏捷性が逆転する結果を生んだ。
 これが戦況を大きく変えた。
 あの一撃が存在しなければ、勝敗はどちらに転じたか、わからない。

「ミーティアちゃーーーーん!」

「ミーティアさん、大丈夫ーーー?」

「俺のミーティアちゃんに傷をつけたな、コノヤローが!」

 ミーティアを気遣う声多数。
 私、マジ悪者扱いで超不憫。
 私の雷撃を複数回被弾した彼女は、体の制御が正常に効かないらしく、地に尻餅をつく形で座り込んでいる。
 深い傷はないと思うが、『無事』と呼ぶ、そんなわけにはいかない状況。
 さすがに心配になり、声を掛ける。

「ミーティア、大丈夫?」

 私の問いかけに反応を示したミーティアは、なんとかかんとか起き上がり、足を引きずりながら、私の方に数歩近づいた。
 その間も、彼女は笑顔を絶やさなかった。
 体の痛みは相当あるはずだが。

「あー、負けちゃった負けちゃった。
 残念、残念。
 この前までは、余裕で勝てるー、と思ってたのになー。
 エレナ。
 また強くなった?」

「いや~、わかんないっすけど」

 適当な回答で誤魔化す。
 『強くなったと思います』、とは言えなかった。
 なんとなく。

「ふふっ。
 でも、楽しかったわ。
 ・・・。
 あと。
 ちゃんと優勝すること」

 いつもの小馬鹿にした感を含む嘲笑ではなく、すがすがしい笑顔を向けて激励してくれる。
 応(こた)えたい。

「わかりました」
 
 激闘を共にした彼女に向けて、私は率直に、力強く答える。
 残り、あと2戦。
 全力で。





*****





 ミーティアが救護班のアシュターからヒーリングの魔法をかけてもらう様を見届けたあと、東の入場門から退場し。
 門の真下まで到達した時点で、改めて、左右の手に1本づつ握った折れた槍を、それぞれ見つめた。
 ・・・。
 さて。
 やばい。
 武器が壊れてしまった。
 
 私は脳内にアクセスし、取りうる案を検討していく。

 案1。
 宿に予備の武器があるので、早急に、これを取りに帰る。
 懸念点は、次の1回戦の最終戦と準決勝Aブロックの2戦が終わるまでに帰ってこれなければ、対戦相手、おそらくアリウスの不戦勝になってしまうこと。
 この2戦が長引いてくれればなんとかなるが、長引く保障はどこにもない。
 リスクが高すぎる。
 
 案2。
 イモルタの武器屋で槍を購入する。
 この案なら、この折れた槍と、全く同じ武器を入手できる。
 イモルタは予選で敗退しているので、今日は武器屋にいるかもしれない。
 しかし、今日の試合を観戦しに来ている可能性もあり、武器屋が開いていない可能性もある。
 本案もリスクが高い。

 案3。
 臨時出展の武器屋で適当な武器を購入する。
 闘技場のトーナメント開催中は、闘技場前の広場で、多々露天が開かれる。
 その中には、武具店や防具店も多少ながら存在する。
 残念な点は、取り扱う武器が安物しかないことだ。
 だがしかし、丸腰でアリウス戦に望むよりは多少なりマシだろう。

 脳内会議の結果、案3を採用することとする。
 以上。
 その決断を下した瞬間。
 幸運にも、案4が向こうからやってきた。

「エレナ!」

 私を呼ぶ声がする。
 その声の方向に視線を送ると、その視線はそのまま下方へ移動。
 背丈の低い、水色の短髪の少年。
 魔導工学の天才。シエルだ。

「シエル?
 どうしたの?」

「作ったぞ」

 何を?
 弁当?
 そんなキョトン顔をしていると、シエルは『わかれよ、バカ』と言わんばりの苛立ちを表情に乗せてきた。
 いや、そんな顔されても、困るです。

「受け取れ」

 ぶっきらぼうにそう言うと、彼は鞘(さや)に入った剣を、ポイっと投げて渡してくれた。
 一目で尋常じゃなく高価なものだと見抜いたよ。
 その割に、ゾンザイな扱い。
 しっかりと両手でキャッチすると、細部までその姿を確認していく。
 通常サイズの剣より、一回り小さい。
 かといって、小剣、短剣と呼ぶには大きすぎる。
 
 早速、鞘から剣を抜いてみる。
 その剣には、多くの意匠(いしょう)が凝らされている。
 一番の特徴は、鍔(つば)の部分。
 大きな1つの青い宝珠、そしてその下に小さな3つの青い宝珠がはめ込まれている。
 鍔(つば)の形状は黄金色、小さな龍の翼のようなデザイン。
 また刀身の中心部は、青。
 そして、刀身の鍔(つば)に近い部分にはルーン文字と思われる刻印。
 美術品としても価値がありそうな。
 まごうことなき、一級品。
 ・・・。
 これ、私にくれるの?

 疑問に満ちた表情を浮かべ、目をパチクリしていると、

「約束しただろうが」

 と言われてしまった。
 『俺がお前の武器を作ることに時間を割く』、『お前は俺の実験のために時間を割く』。
 確かに、そんなやりとりは行ったが。

「いや、でも。
 こんな高級そうなもの。
 私、代金払えないかも」

「金は要らないよ」

「そんな」

「その代わり、またゴーレム試運転の実験台になれ」

「体で払うのね」

 なるほど。
 かなり高くつきそうだ。
 前回の試運転。
 間違いなく、シエルは手加減していた。
 次回は、さらに激しく扱(しご)かれるのだろう。
 恐ろしい。

「1つ質問してもいいですか」

「なんだよ」

「『剣は魔法と相性が悪い』ってノムに聞いたけど、この剣って魔術に向いてなかったりするの?」

 この街に来て、初めに教わった教訓だ。
 それならば、なぜシエルは『剣』を作ってくれたのだろうか?
 そのような疑問が生まれた。

「剣は魔法と相性が悪い。
 その表現は、確かに正しい。
 剣と魔法の相性が悪いのは、剣は魔導加工を施し難(にく)いからだ。
 ルーンを彫ったり、コアを鍔(つば)の部分に取り付けるのが、比較的難しい。
 が、しかし。
 『難(にく)い』とは言っているが、『できない』とは言っていない。
 つまりは、武具の作り手側の問題であって、作り手が十分な魔導工学的な技能を持っていれば問題ない」

「なるほど」

「それに、エレナのための武器を『剣』にしたのには理由がある。
 エレナとゴーレムで戦ったとき、エレナは武器の槍を躊躇なく捨てて、魔法だけで戦い始めた。
 そのときに思った。
 重量のある武器は、エレナには合わない、と。
 軽量で片手でも扱える剣を武具にすべき、だと考えた。
 ついでに、雷属性が得意そうだったから、雷のコアを複数付加することで、雷属性の魔力を増幅制御しやすく設計してある。
 あと、エレナの敏捷性を損ねないように、最大限軽量化してあるから」

 あのときの一戦で、そこまでのことを考えてくれていたとは。
 素直に感嘆。
 さすが。
 魔導工学の天才と言われるだけはある。
 仕事に対する拘(こだわ)りは、他の追随を許さない。

「ちなみに、名前も付けてある。
 『蒼の剣・ブルーティッシュエッジ』。
 『ブルーティッシュ』の名は、暴れ舞う雷(いかづち)の暴龍をイメージしてのものだ」

 『蒼の剣』という冠をつけられたその剣。
 右手で握り、適当に2回素振りしてみる。
 ブンブン。
 この2振りで、『最大限軽量化』という言葉に納得。
 見た目以上に軽い。
 次に、少量の魔力を剣に流してみる。
 魔導摩擦での魔力浪費が、今まで扱ってきたどの武器よりも少ないように感じる。
 イモルタの武器屋には間違いなく売っていない、一品。
 最高の性能。
 最高の魔導効率。
 しかも、槍、斧、大剣、刀、杖以外の武器であるので、その値打ちは、さらに上がる。

「ありがとう、シエル。
 なんか、ミーティアがシエルのことを好きな理由がわかった気がするよ」

「お前がミーティアみたいに追っかけてきたら、ぶっ飛ばすからな」

 根は優しい子。
 ちょっと口、悪いだけ。

「はいはい、了解です」

 改めて、蒼の剣を凝視する。
 あまりの美しさに、吸い込まれそうになる。
 かなり久しぶりに剣を握ったが、私の体はすぐに過去を思い出してくれるだろう。
 おそらく。
 私とこの剣の相性は抜群だ。
 コイツとならば。
 アリウスを倒せる。

「エレナ。
 ここまでやったんだから、絶対に優勝しろよ」

 そんな彼の激励に深く頷き。
 私はノムが待つ観客席に向かった。
 




*****

 



「試合、ちゃんと見ててくれた?」

「見てた」

「どうだったー?」

「抜群によかった」

 無表情の先生がサムズアップ。
 日頃見れないアクションに、最高の賛辞の言葉を添えてくれる。
 素直にうれしい。
 次も頑張ろう。

「あと、エレナに文句言ってる奴等がいたから、軽く爆発させておいた」

「なにしてんの!」

「冗談」

「怖い冗談だね」

 軽いのか重いのかわからん冗談が飛び出したところで。
 ノムの醸し出す雰囲気が変わり。
 話題の重さが180度回転する。

「エレナ、それよりも。
 セリスが強い。
 予想外。
 想像以上。
 間違いなく、アリウスの上を行く」

「もう一人。
 セリスの相手になる、ディルガナさんって人は」

「雑魚」

「さようですか」

 真剣な表情のままの先生から、2文字で即、切り捨てられた男性。
 そうなると、Aブロックで勝ち抜けるのはセリス嬢だ。
 と。
 ここでノム先生が、とある違和感に気づく。

「エレナ、その剣、どうしたの?」

「秘密裏に、シエルが作ってくれてたんだよー。
 私エレナのためだけにカスタマイズされた特注品。
 それが、たまたま、武器が壊れたタイミングで納品された。
 と、いうことです」

「なるほど。
 気持ち悪いくらいにタイミングが良かったね」

「それ、本当にそう思うよ」

 蒼の剣を鞘から抜いてノムに見せる。
 その剣に、彼女の視線は釘付けになる。
 魔導工学的な技術が散りばめられたその剣は、見所満載のようだ。

「そういえば、アリウス戦は?」

「もう終わった。
 即。
 アリウスの勝ち」

「アリウスの戦術に関して、何か気づいたことはない?」

「前回戦ったときよりも魔力が強くなっているように感じる。
 でも戦術は同じ。
 風術で牽制して、魔導術で致命的ダメージを与える流れ。
 あとは不明。
 相手が、相手にならなかったから」

「うーん、残念」

 アリウス戦。
 最初に、ある程度の様子見が必要かもしれない。
 シミュレーションが勝手に始まる。
 そのタイミングで、二回戦開始前のアナウンスが流れた。

「そろそろ戻らないといけないかな。
 行ってくるね」

「エレナ、ちょっと待って。
 これ、セリスの試合、見ていったほうがいい」

「でも、今から戻らないと私の試合開始に間に合わないかも」

「遅れても大丈夫。
 ちょっと怒られるだけ。
 それよりエレナ、始まるみたい」





*****





 本戦Aブロック準決勝が始まった。
 怒られる、ことは一旦忘れ。
 先の決勝戦を見据え、可能な限り多くの情報を収集しようと試みる。
 まず、最初に私の注意を引きつけたもの。
 それは。

「セリスさんの武器。
 アレ、なに?」

 セリス嬢は、摩訶不思議な形状の武器を持っていた。
 無理やり一言で言えば、『刃のない斧』。
 長いシャフトの先に、2つの『牙』。
 動物の牙のようなものが2本。
 先端に1本、そこから少し降りた位置にもう1本。
 この2本の牙を相手に刺して攻撃、は不可能。
 牙の先端は内向きに曲がり、2本が向かい合う形。
 肉食獣の口。
 斧を叩きつけても、牙の側面が相手に当たることになる。
 ・・・。 
 何故、このような殺傷能力が下がる形状であるのか。
 その違和感は、不安感に変換される。
 嫌な、感じがする。
 
「ミーティアのレイブレード。
 その雷術版。
 雷の魔力を、あの武器で制御、増幅している。
 2本の牙の間で雷を発生させる、のだと思う。
 その雷は、大男を一撃で撃沈させる威力。
 彼女はエレナと同じく、雷系の術が得意みたい」

「そうなんだ」

 試合開始直後から、セリスに対するディルガナ氏は、遠距離からの魔術攻撃を繰り返す。
 相手に間合いを詰めさせない連続攻撃。
 魔術の属性に変化を持たせ、攻撃がワンパターン化しないように努めている。
 セリスを自分に置き換えて、自分なら攻撃をどのように捌(さば)くかを考える。
 対処できない攻撃はないが、全くもって油断はできない。
 ディルガナ氏は、手強(てごわ)い。
 しかし、それでも。

「遊ばれてるね」

 セリスは、すべての魔術を回避、もしくは防御しており、トータルダメージはゼロを貫いていた。
 激化する攻撃。
 ディルガナ氏の焦りの感情が、こちらにも伝わってくるようだ。
 それでも、セリス嬢は落ち着き払っている。
 と。
 ここで、ノムが何かを察知する。

「エレナ。
 今、セリスの武器に、魔力が蓄積されていっている感覚、わかる?」

「・・・。
 わかる、気がする。
 武具収束術技、だよね」
 
「これは・・・。
 武具収束術技、ではない」

 そして『攻』と『防』が切り替わる。
 セリス嬢は、相手ディルガナ氏に向けて侵攻開始。
 ここから。
 絶対に、目を離してはいけない。
 視線をセリス嬢に確実に固定した状態で、横からノムの解説が聞こえてくる。
 
「戦闘中。
 常時継続して武器に魔力を流し続け、魔力を徐々に蓄積してゆく。
 魔術を蓄積しながら戦闘を行う。
 そして。
 相手に隙が産まれた、そのときに。
 その魔力を。
 相手に。
 全て、叩きつける」

 侵攻を食い止めるべく、ディルガナ氏は魔術攻撃にて迎撃。
 しかし、その全ての攻撃は既視。
 完璧に見切られ。
 そして、あっという間に、2者間の距離がおよそゼロになった。

「そう、それが・・・」

 セリスが武器を振り上げる。
 そして。
 武器から、雷のエネルギーが無際限に溢れ出し。
 相手に叩きつけられる、それは。
 大地を抉(えぐ)る、天空から落とされる災(わざわ)い。

<<バギヂッギガガガギギギバビガビバッ!!!!!>>

「武具収束奥義!」

 雷(いかづち)が、相手に絡(から)み、包み、焼き焦がす。
 青い光を放ち炸裂する空間。
 その光が私まで到達し、目に焼き付いていく。
 それは観客席にいる全員にも届いているはずで。
 その圧倒的な光景にあてられて、場内は静寂に包まれた。

 相手は倒れ。
 倒れながらも、雷に追いかけられる。

 ・・・

 十分量の静寂の時間が確保されたのち、セリスの勝利を告げるアナウンスが場内に発される。
 それを受け、歓声が、大きな波を生む。
 セリスが放った一撃の持つ圧倒的攻撃は、場内の皆に伝わった。
 その事実が、歓声の大きさとなって表現される。
 もちろん、それは私にも伝わっていて。
 呆気に取られ。
 勝利が確定した後もステージに残る、彼女の立ち姿を見つめていた。
 恐ろしく、かつ美しい。
 そのまま彼女が退場門をくぐるまで視線を送り続け。
 完全に姿が消えたあと、ノムに問う。

「今の、何?」

「斧と雷の武具収束奥義、『オーバーヴォルトストライク』。
 斧に雷の魔力を蓄積し続け、物理攻撃と同時に、一気に解放する。
 武具収束奥義と武具収束術技とで異なる点は、戦闘を継続しつつ、別の術を放ちつつも、奥義のための魔力を、別途蓄積し続けること。
 通常の攻撃用の魔力、奥義用の魔力を並列で、別のものとして扱う。
 それを実現するためには、途方も無い魔術制御力が必要になる。
 しかも、今回は雷術。
 制御が特に難しい雷術で、あれだけ莫大なエネルギーを蓄積可能であることから考えて。
 やはり彼女、只者ではない」

 『武具収束奥義』。
 見せつけられた、圧倒的な力。
 恐怖と現実を、突きつけられる。

「相手の人、大丈夫かな」

 撃沈したディルガナ氏。
 ボロボロになり突っ伏した彼の姿と、未来の自分の姿を否応なく重ねてしまう。
 周りには複数の白衣。
 救護班の方々の渾身的な処置が続いている。

「ちょっと、危険な状態かも。
 エレナも。
 あの一撃だけは直撃しないように気をつけて」

「棄権していい?」

「致命傷さえ受けなければ、私が治癒するから大丈夫」

「だからー!
 その致命傷を受けそうだ~、って言ってんの!」

 



*****





「エレナ、来たか。
 棄権したのかと思ったぞ」

 強敵セリスの情報収集をギリギリまで粘ったのち、西の入場門に直行。
 係員の人から小言をいただきながら、スピードを一切落とさずに門をくぐると、そこで、アリウス・ゼストが待っていた。
 『デートに遅刻』というフレーズが浮かんで、すぐ消えた。

「それも考えましたけどね」

 アリウスは強い。
 でも。
 そんなことを言ってたら、セリスさんには絶対勝てない、かな。

 新鮮な空気を取り入れ。
 間を取り。
 自分なりの精神統一。
 内なる闘志を沸かしなおし、前へ。

「でも、やっぱり、私が勝ちます!」

「俺も、負けるつもりはない!」

「本戦、Bブロック準決勝・・・。
 はじめっ!!」





*****





【** アリウス視点 **】


 真っ二つに折れたはずの槍。
 それは、蒼穹の剣(つるぎ)に姿を変えていた。
 その事実から思い起こされる考察は全て、自分に不利なものである。

 先ほどのミーティア戦、終了後。
 たった一時間以下のその時間で。
 少女エレナは、戦闘能力を格段に向上させてきた。
 重量のある槍により抑制された敏捷性がその枷を外して捨て、かつ、彼女お得意の雷槍(らいそう)の射程と実現速度は、下がるどころが上がっていると予想される。
 今は、少しでも、情報が欲しい。

 試合開始が告げられるも、俺とエレナは一歩も動かずの静観。
 『まずは相手の出方を伺う』という戦術が一致した結果だ。

 初手。

 魔力収束を開始。
 牽制の三点収束風術。
 様子見の一発。
 
 緑色の魔力球が完成、即放出。
 風の刃は、すぐに彼女まで届く。
 と同時に、同等威力の風が発生し、俺の牽制攻撃はかき消された。

 『威力の低い術なら、相殺される』。

 次。

 紫色のコアが先端に付加された槍。
 右手に掴んだその槍に魔力を流し、コアに蓄積していく。
 ついで、蓄積した魔力を分割し、空間中に6つのコアを配置。
 即、合成。
 即、放出。
 6点収束魔導術、デモンシザーズ。
 鋭利な紫の翼にて、彼女を切り裂かんと試みる。

 しかし、彼女は横方向に大きくステップし、これを回避。
 すぐに、次撃に備え体制を整える。

 生まれる考察。
 『回避動作開始が速すぎる』。
 おそらく、魔術収束開始のタイミングで、既に彼女は攻撃属性を推測していたと思われる。
 先の風術の場合も同様。
 属性を先読みし、対応策を余裕持って絞り込む。
 相手の魔術を察知する『オーラサーチ』の能力。
 その点において、彼女は俺の上を行く。
 ならば・・・。

 次。

 『避けれない攻撃』、ならば、どう対応する?
 その疑問を解くべく、俺は魔力収束を開始。
 槍は使わず。
 空間に直接魔力を集める。

 炎。
 炎。
 そして、風。
 3コア同時生成。
 そして、合成。
 炎炎風、三点収束バーストストーム。
 橙、黄色側に少し寄った、赤色のコア。
 今回は、即放出せず。
 相手に見せつけるように空中に浮かべる。
 バーストストームの攻撃範囲の広さは、彼女も知っているはず。
 敏捷性の高い彼女でも、回避は不可能。
 防御を選択するにしても、被害をゼロには抑えられない。

 いくぞ!

 心の中で叫び、魔力球を放出。
 予定通り、空間中を突っ切って飛び。
 予定通り、エレナを圏内に含んだ位置で爆発した。

 爆煙が空間を埋め、エレナを視覚確認できない。
 左右に避けたようには感じない。
 防御動作を取った。
 その予測を持ち、爆炎が収まるのを待つ。
 瞬間!
 爆煙の中から、真っ直ぐ、こちらに向かって何かが飛び出してきた。
 距離が一気に縮まる。
 エレナ!

 考察。
 彼女は、魔術が発動された時点で、その爆発が処理可能なレベルであると判断し、その爆発に、自分から飛び込んだ。
 狂っているとしか思えない。
 そんな、無駄な思考が邪魔をして、次の動作の意思決定が定まらない。
 そのまま、間合いが完全に縮まり。
 彼女は、武器。
 それを持っていない、逆、左手から、雷の魔力を拡散放出する。
 反射的に後方にステップした俺。
 雷術は回避成功。
 今の魔術は、『ライトスイープ』。
 雷術師が、牽制用途としてよく使用するその魔術。
 『牽制用途』。
 ならば、次は。
 本命の攻撃が、やってくる。

 雷槍だ!

 青の剣には、既に十分量の魔力が収束完了の状態。
 俺が雷に貫かれる映像が、俺の脳内に浮かぶ。
 バックステップ直後。
 まだ、体は、大きくは動かせない。
 回避は、間に合わない。

 そんな僅かな思考が、結論を絞り出す。
 俺は可能な限り、風の魔力を集める。
 エレナが槍を引き。
 突き出す。 
 雷槍、その発射のタイミング。

 風術発動。
 風の補助を利用し、大きく上空へ飛躍した。

 次の瞬間には。
 跳躍した俺の下を、雷槍、および彼女自身が通過していく。
 その様を空中で眺め。
 着地。
 それは、想像以上にうまくいき。
 即。
 そのまま前方に数回ステップし、彼女との間合いを広く取った。

 ・・・

 観客の歓声に気を配れるようになった時点で、相手と視線が合う。
 彼女は『しくじったか』と言わんばかりの、苦い笑みを浮かべていた。

 意図的な大きな呼吸を行うと、冷静さが返ってくる。
 様子見をしている余裕はない。
 最初から、全力でいかなければ。
 殺(や)られる。
 それが、よくわかった。

 ならば。

 次。

 その魔法を、見せるしかない。





*****





【** エレナ視点 **】


 『しくじったか』。
 雷槍を避けるならば、左か、右か、後方か。
 その3択で考えていたが。
 まさか、上に飛ばれるとは。

 アリウスの敏捷性は、並。
 その平凡さを、風術でカバーしてきた。
 自身の身体運動を風術で補助する、エリアルステップの魔術。
 彼が魔導術だけでなく、風術も得意であることが功を奏した形。
 もし、彼が得意とする属性が魔導術のみであったなら、先ほどの雷槍一撃で終わっていた。
 得意属性が多いということは、攻撃のバリエーションだけでなく、防御、回避のバリエーションも増補してくれる。

「ふぅ・・・。
 そー簡単にはー、いかないよねー」

 息を大目に吐いたのち。
 さて、アリウス。
 次は、どう出る?
 彼の一挙手一投足に注意を払い、かつ合わせて、魔力の動きにも注意を払う。
 そして。
 先に情報を拾ったのは第六感。
 魔力に動きあり。

「えっ!?」

 思わず声が漏れる。
 アリウスから魔導属性の魔力が漏れる感覚を掴んだ、そののち。
 彼の持つ槍の先端から、黒紫色(こくししょく)の『液体?』があふれ出てきた。
 なんぞ?
 ドロドロ、プルプルとして。
 その姿は、まるで、ゼリー状のモンスター、『ウニ』。
 止(とど)まることなく溢れ出す黒い液体は、子供程度の大きさまで成長し、ステージ上に次々産み出されていく。
 ・・・。
 8体。
 いや、連結しているものもあるので厳密ではないが。
 6、7、8体の黒塊が、ウゴウゴ蠢いている。
 それは、いわば、
 
「『闇の使い魔』、って感じかな?」

 既視の感覚のない魔法。
 蠢くそれからは、魔導のエネルギーを感じる。
 攻撃魔法。
 なめてかかったら、喰われる。
 
 1点、感じる違和感。
 それは、『エーテルが長期間空間中に存在し続けている』、ということだ。
 通常、放出されたエーテルの魔力は、すぐにプレエーテルの状態に戻る。
 長期間エーテルの状態が保たれている、今、目の前で起きている状況は異常だ。

 使い魔達はずもずもと動き、ゆっくりとした速度で、私に近寄ってくる。
 そして、1体の使い魔が、私の目の前まで到達した。
 魔力とお見合いする。
 何?
 なんだよ?

<<ブシュ!!>>

 瞬間。
 使い魔は破裂炸裂。
 鋭利な歯をシコタマ侍らせた肉食動物の口。
 そんな形状に変化(へんげ)し、私に襲いかかる。

「あっぶねぇ!」

 私は瞬間的にバックステップ、同時に、魔導術を高速収束して相殺。
 使い魔は消滅。
 プレエーテルの状態に戻ったのだろう。

 特攻兵に気を取られている間に、他の使い魔達は私を取り囲むようなフォーメーションに移行済み。
 それはまるで、軍隊を相手取っているかのごとく。
 連携を取りながら私に襲い掛からんと、様子を伺っているようにも思えた。
 なにこれ?
 反則じゃない?

 卑屈な笑みが溢れたあと。

 アリウス軍の侵攻が開始される。
 前から、横から、後ろから。
 連続攻撃あり、同時攻撃あり。
 対する私は、適宜、回避、相殺。
 使い魔の数を、確実に、1づつ減らしていく。
 が、しかし。
 何度数えても、使い魔の総数が変わらない。
 それはアリウスが、闇の使い魔を産み出し続けているから。
 多産(たさん)なお母さんですこと。
 アリウスが自然魔力治癒力で魔力を回復する限り、使い魔は永遠に生成される。
 切がない。
 ならば。
 使い魔達は無視。
 マザーを、直接狙う。
 その目論見を阻止するように、アリウスの前に立ちふさがる使い魔達。
 邪魔!
 3点収束封魔術、トライダイアブレークでなぎ払い、道をこじ開ける。
 それを受け、壁が足りないと考えたのか、わからないが。
 アリウスは、使い魔達を、彼と私の間の位置に集合させる。
 集合し次第、使い魔達は合体。
 全ての使い魔が合わさり、1体の巨大な使い魔が、私の前に立ちはだかった。

「どきなさいって!」

 使い魔は、縦に横に、膨張を始める。
 それは、巨大な壁のように広がり。
 そして。
 侵攻を一旦停止した私を包み込み、飲み込む荒波のように、こちらに倒れかかってきた。
 逃げ場なし。
 が、しかし、残念でした。
 縦横に膨張したということは、その壁の厚みが薄くなったということ。
 この程度の魔力量ならば、防衛術で無害化できる。
 意思決定は完了し。
 私は、魔導防壁を張る準備に取り掛かった。
 その瞬間。

「目隠しかよ!」

 私の第六感は、その壁の先からやってくる、ヤバイ何かを感じ取った。
 可能な限り体をよじり、同時に、封魔術で封魔防壁を強化する。
 取れたアクションは、精々その程度。
 目の前の壁を突き破ってやってきた魔導術の矢に、私は脇腹を貫かれた。

「うわぁっ!」

 体に走る鋭い痛み、そして意表をつかれたことによる驚嘆。
 その2つを受け、声が漏れる。
 使い魔を囮に使ってきた。
 本命は、アリウス自身が仕掛けた、槍と魔導術の術技。
 ぽっかり穴が開いた壁の向こう側に、槍を突き出したアリウスが見える。

 脇腹を押さえ、膝(ひざ)をつく。
 それでも、闘志はまだ消えず。
 『やって、くれますね』。
 そんなが強がりが浮かんだ。
 
 ・・・

 膝をついたまま、状況を確認。
 邪魔な壁が完全消滅したタイミングで、使い魔達は既に全体復活済み。
 抜かりなし。
 次の侵攻の開始は間もなく。
 クリティカルを受けた私は、使い魔達の波状攻撃に対処するのは難しいだろう。



 ・・・


 なら。

 攻めてみる?





*****





【** アリウス視点 **】


 『ナイトリキッド』。
 そう呼称される、魔導属性の魔法。
 魔導術は6属性中で、最も制御が楽な属性だ。
 刃や矢の形状に整形するのみでなく、訓練すれば、このように液状の塊にすることも可能。
 基本的には、プレエーテルをエーテルに変換すると、すぐにプレエーテルに戻ってしまう。
 しかし、制御の技能を極めれば、長期的に魔力を空間中に存在させ、操作することが可能になる。
 
 このナイトリキッドは、エルノアが得意とする魔術。
 『液体としての魔導術』を攻撃用の魔法として確立したものだ。
 俺は、これを見て学び、自分のものとした。
 エルノア程に扱えているとは言えないが。
 相手を取り囲むように展開することも、先ほどのように壁を作ることも、自由自在。
 非常に高い自由度は、相手の戦略を打ち崩すのに最適だ。

 そして、まさに今、エレナの戦略を打ち崩した。
 その考えの正しさを証明するかのように、彼女は地に膝をつく。
 深い傷を負った彼女は、先ほどまでのように軽やかには動けないだろう。
 これで、チェックメイト。
 俺の勝ちだ。

 この戦況で。
 さあ、エレナ。
 どう出る?

 膝をついた状態のまま、彼女は動かない。
 彼女の行動再開に合わせ、いつでもナイトリキッドを動かせる状態。
 
 ・・・

 ・・・

 ・・・

 光。

 青い光。

 青い光が地から湧く。
 ステージのいたるところから。
 その光を視線でなぞると、光が巨大な円を描いていることに気づく。
 その円の中心に、俺がいる。
 エレナに動きはない。
 動きは。
 考察の結論が固まらない。
 勝利を確認したことによる安心が、この場に留まることを許容する。
 しかし。
 『その選択は間違っている』。
 その結論に達したのは、青に光の作る円の内に、大量の魔力が収束され終わった後だった。

「法陣魔術か!!」

 魔術収束に集中し、無防備な状態のエレナに向かって全力で駆け出す。
 しかし、描かれた法陣の効果範囲は広大で、その制限時間内には効果範囲を抜け出せず。
 そして。
 魔法陣から、雷の魔力が産み出され、解放される。

「アーク・スパーク!!」

 エレナの叫び声が俺の耳に届くや否や、脚に蛇が絡まりつき動きが阻害される。
 雷の蛇。
 すぐに脚から胴、頭を突き抜けて、天空へ。
 地から際限なく産み出され、空間中をランダムに進む稲妻。
 青で埋め尽くされた空間。
 止まらない炸裂音。

 状況を認識できたのはここまで。
 俺の意識は、ここで途絶えた。





*****





【** エレナ視点 **】


「勝者、赤、エレナ!!」

 勝利のアナウンスを受け、闘技場観客席の盛り上がりは最高潮へ移行。
 その高潮の中にいる青髪少女へ勝利を自ら伝えたくて、高く右手を突き上げた。
 それに対し彼女は、拍手で返してくれる。
 遠距離コミュニケーションが成立したのち。
 私は、アリウスの元へと駆け寄る。

「アリウス!
 大丈夫っすか?!」

 加減の余裕なく、全力を持って解き放った法陣魔術。
 アリウスの魔術防御力は高い方だと考えているが。
 そんな彼を気絶させてしまう程の威力があったのだ。
 彼はうつ伏せで地に倒れこんでいる。
 救護班の人が駆け寄ってくるのが横目で見える。
 しかし、彼から漏れる魔力、漏出魔力が、彼はまだ死んでいないことを占めていており。
 体がピクリと動いたかと思うと。
 握りこぶしを作り、その拳で全力で地面を押して、ゆっくりと体を起こし、片膝を地についた。

「っつ・・・。
 大丈夫だ」

 今はまったくもって大丈夫そうには見えないが、治癒術をかけてもらえば数日中には回復するだろう。
 並みの魔術師ならば全治何とか、のところ。
 元の魔法防御力の高さもあるが、プラスして、雷を浴びる瞬間にその防御力を魔術で増補していた。
 そんな気がする。

「なんかすいません。
 自分でやっておきながらですけど」

「法陣魔術なんて、いつ覚えたんだ」

「いや、最近」

「間合いさえ取っておけば・・・。
 そう思って油断した。
 俺も、まだ、未熟だ」

 彼は俯(うつむ)く。
 どちらが勝ってもおかしくない試合であった。
 悲観する必要性は全くない。
 彼の力は、間違いなく本物だ。

「俺のことは気にするな」

「いや、なりますって、さすがに」

「大丈夫ですか?
 救護を行いますので」

「エレナちゃん、超ー素敵だったよー。
 よかったら、今度お茶しない?」

「こら、アシュター。
 仕事しろ」

「うーっす」

 アシュターを含めた救護班の人が来てくれた。
 彼らの技量は、本日、観客席から何度も見せてもらっている。
 後は、彼らに任せよう。

「エレナ、いいから戻れ。
 決勝まで、体を休めろ。
 次の相手は、強い」

「そうっすね。
 ごめんなさい。
 また今度、話しましょう」

「俺と?」

「アシュター!」

「それじゃ」





*****





「1時間の休憩を挟んでの決勝になります。
 5分前までに、東側の入場門へお越しください」

「わかりました」

 係員さんからの説明を受け。
 さて、ノムのところにでも行こうかな。

「ぬ!」

「って、ノム!
 いたの!?」

 振り返った瞬間に青髪。
 下階まで降りてきてくれていた。
 お出迎え感謝です。
 少しの間、見つめ合い。
 その後、彼女は、ゆっくりと私に近づき。
 そして私の体を、その双腕で包み込む。

「えっ?」

 突然の抱擁。
 体がぽかぽかと温かい。
 じんわりと、癒されていく感じ。
 すごく、落ち着く。
 ノムの体温で温かい。
 それだけではない。

「ヒーリング、かけといたから」

「おー、ありがとう。
 体、少し楽になったかも」

 アリウスから受けた魔導の矢の痛みも、かなり和(やわ)らいだ。

「法陣魔術、使っちゃった」

 頭を掻きながら、申し訳なさそうに報告した。

「いいんじゃない?
 でも、これで、エレナも間違いなく有名人」

「おおっ!」

「すべての対戦相手から細かくデータを取られる。
 相手が、最初から全力で臨(のぞ)んでくるようになる」

「最悪だね」

「でも、勝ちたかったんだよね。
 だからしょうがない」

「まあねー」

 私の上を飛んでいた、2人の魔術師達。
 その存在を乗り越えて。
 私は2段、高い位置に登ったように思う。
 そして。
 残るステップは、あと1段。

「もう、腕輪とかどうでもいいから」

 ノムは、『どうでもいい』とかいいながら、笑みを見せてくれる。

「棄権しろって?
 まあ、ここまできたら、もう引くつもりないけどね」

「そうじゃない。
 勝っても、負けてもいいから。
 私に近づいてるとこ、見せて。
 見たいから」

「おうっ!」





*****




 ずっとノムに守られてばかりだった私。
 考えてみれば、昔から。
 ずっとそうだったな。

 早く、もっと、強くなって・・・

 ノムの、隣(となり)に並びたい!

「エレナさん、時間です」

「行くかっ!」





*****





 相手は既に待ち構えていた。
 セリス。
 赤黒い色の長髪。
 ダークブラウンのロングコート。
 短い丈のショートパンツ。
 黒色網々のオーバーニーストッキング。
 100人に聞けば100人が美女と答えるであろう、端正な顔立ち。
 紫色の瞳。
 私を貫く鋭い視線に、神秘的な何かを感じ取る。
 私の容姿確認が完了し、お互いの視線が再度交わった後、彼女は口を開く。

「お願いしたいことがある」

「なんですか?」

「棄権して」 

「断ったら」

「そう。
 なら・・・。
 死んでも、向こうで文句を言わないで」

 強烈な宣告。
 それが冗談ではないことは、私にも伝わっている。
 私と彼女は、しばし見つめ合う。

 ・・・
 
 きれいな人だなー。

 彼女の表情の冷たさが、氷の華を思わせて。
 怖いとか、なんかそんな気持ちが、上書きされて消えてしまった、のかもしれない。
 
「文句は、言わないっすよ。
 死なないんで」

「そう」

 説得を諦めた彼女にスイッチが入り。
 武器の雷斧(らいふ)が、バチバチと音を立てた。

 始まる。

「本選決勝・・・。
 はじめっ!!」





*****





 脚線美、からの、くびれた胴、膨らみ、美貌。
 無駄なものが排除された彼女の体躯。
 そこから、無際限に生み出され続ける雷。
 並みの魔術師ならば、既に魔力切れになっているはず。
 無限の魔力。
 そう例えても遜色ない、彼女の連撃。

 雷のコアを彼女の前方空間、横一列に5つ生成し、雷の槍を連続放出するマルチサンダーランス。
 私の頭上、天に魔力を収束し、それを地に落とす雷撃、六点収束、ハイサンダー。
 遠距離不利の判断を持って私が距離を詰めると、雷の魔力を拡散放出するヘヴィスイープで引き離される。
 これらの攻撃、全て、一撃必殺。

 一方、私の俊敏性は前2試合を終え、さらに高まっていた。
 雷を回避しながら、収束が速くて射程が長い、レイショット、トライエーテルの魔術や、ウィンドショット、サンダーランスの術技で応戦。
 魔力量と攻撃力では圧倒的に負けている。
 しかし、全属性の魔術を使える点が理由となり、戦術の幅の広さに関しては私に軍配が上がる。

「実力は互角くらい、かな?」

 本戦、初めて笑みが生まれる。
 視線が合うも、精神攻撃は相手に通じず。
 彼女の精神は、終始、凪いでいた。





*****





 様子見の攻防が数分続いたところで、相手の手が止まる。
 それが静寂の引き金となって。
 闘技場全体が、彼女の思考を追いかける。
 それは当然、私も同じ。

 推測。

 戦術が変わる。
 
 彼女から漏れる、流れ出す魔力に、細心の注意を払う。
 第六感を主として、その他五感も合わせて研ぎ澄ました。

「仕方、ないか」

 聴覚が、彼女の呼吸のような呟(つぶや)きを拾う。
 視覚で、彼女が深く呼吸をする様を認識する。
 味覚が、生唾の味を教えてくれる。
 この情報邪魔。

 そして、彼女は瞳を閉じた。
 そこはかとない、毛羽立つ感覚。
 やばい・・・、感じがする。

「私の中に在る魔力。
 枷(かせ)を外してあげる。
 存分に、力を示しなさい!」

「なっ!!」

 瞬間!
 溢れ出す雷の魔力!
 青い稲妻。
 彼女から全周囲に乱雑に放出され、炸裂音を撒き散らす。
 トリハダスゴイ!
 これは、やばい!!

「これで終わらせる!」

 防衛本能が過去最大級の警鐘を鳴らす。
 彼女の雷斧(らいふ)に、魔力が集まる。
 急速に、際限なく。
 
<<バチバチバチバチババチッ>>

 凶撃が、私に向けられる。
 極太の雷槍(らいそう)が空間を貫く。
 収束開始から、放出完了までの時間が短すぎる。
 これではおそらく、私の体は、脳からの命令を完全には受理できない。
 そんな思考が生まれる中、私の体は既に大地を蹴っていた。
 反射反応による、サイドステップ。
 『軽く回避しただけだと避けきれない』。
 防衛本能が無意識で生み出した予測が的中し、私は命をつなぐ。
 気を抜いた瞬間に殺(や)られる。
 安心は死。
 逃げる私を追いかけるように、雷槍(らいそう)が止め処なく放たれる。
 先程までの彼女の攻撃とは比較にならないネチッこさ。
 一撃必殺なのは同様。

 ここでやっと、違和感の正体の解明が開始される。
 セリスの魔力が上がった!?
 ノムみたいに、魔力を、オーラセーブで隠してた、のか?
 でも、この感覚は、ノムのソレとは異なる。
 その感覚に、明確なラベル付けができないまま、私は青の暴龍を相手に逃げ回る。

 しかし。
 私のスバシッコサが想定以上であったことを理解した彼女は。
 決めに来る。

「死になさい!」

「来る!!」

 今度は上からだ!
 第六感は、実にいい仕事をする。
 私の上方空間に収束された18個のコアが、6個単位で即合成され、即1発打ち落とされる。
 間髪入れず、残り2発。
 ハイサンダー。
 しかも、連続放出かよ!

<<ババババババチバチババババチババババババババババババチバババッ!!>>

 もはや反則級(チート)。
 重いのに、速い。
 戦略的思考が纏(まと)まらない。
 今の私は、逃げることしかできない。

 ・・・。

 ・・・。

 逃げることしか、できないのだが。
 逃げれている。
 私が奥底に秘めていた回避能力、敏捷性は、私自身の想像を超えてきた。
 やりゃ、できんじゃん!

 それでも。
 どれだけ雷槍、雷撃を放っても。
 セリスの攻撃は衰えることなく。

「むしろ、徐々に威力が、上がってるんじゃ、ないかい」

 恐怖を興奮で上書きする。
 このタイミングで訪れた、一瞬の静寂。
 瞳の先に映る。
 相対する、美しい彼女の瞳。
 そこに反射する光は。

「消えろ」

 その小さな呟(つぶや)きに合わせ、消え失せた。





*****





「はぁ・・・、はぁ・・・」
 
 息が切れ、体が重い。

 あれから、何分経過しただろうか。
 時間を知覚する余裕はなく。
 ただひたすら。
 『避ける』という行為のみを。
 それでも。
 止む気配のない連撃。
 かつ、その威力は、単調増加。

 ・・・。

 さて。
 では、なぜ、私は。
 現時点で、まだこの場所に立っていられるのでしょうか?

 ・・・。

 その答えは、感じ続けている違和感の中にある。

 何か・・・。
 何かがおかしい。

<<ババババババチバチババババチバ!!>>

 必殺の雷槍が飛来。
 私はそれをサイドステップで回避。
 雷槍が放出された直後に蹴り出せば、問題なく避けられる。
 絶対に直撃を受けることはない。
 そんな。
 数mgの余裕が、問いの答えを導き出す程度の脳の回転を生んだ。
 
「命中率が下がってるね」

 単調増加の攻撃力に反比例し、命中精度が明らかに下がっていた。
 攻撃が単調になり、回避行動に余裕が出てきた。
 また、攻撃が私から反れることも多くなり。
 それも、それで、違和感であり。
 改めて。
 攻撃の起点である彼女を見つめる。

 様子が・・・、おかしい?

 焦点が定まっていない瞳。
 それは、まるで。
 雷斧(らいふ)を振り続けるだけの操り人形。

 意識が・・・、無い?

「セリス!!」

 名前を叫ぶ。
 しかし、彼女は寸分も反応を示さなかった。  
 ここから導き出される結論。

 『大いなる魔力は、術者自身を飲み込む』。
 その教訓、そのものだ。

 その教訓が。
 過去の記憶を呼び覚まして・・・。
 そして。
 私は。

「セリス!!」

 地を蹴って、飛び出す。
 ここまでの観測で、粗くなった彼女の攻撃は、大方見切っている。

 機械的に飛んでくる雷槍、雷撃に丁寧な対応をしながら、彼女との距離を詰めて行く。
 私の侵攻を受けても、彼女の表情は変わらない。
 しかし、攻撃は激化。
 彼女の防衛本能がそうさせるのか。
 はたまた、何かしらの導きか。
 アンチエレナなのか。
 それは、わからないけれど。

「セリス!
 正気を取り戻して!」

 もう、彼女の目の前。
 しかし。
 近距離から放った言葉すらも、奪い去られた彼女の精神は拾い上げてはくれなかった。

「け・・・、す・・・」

 消え去るような声。
 まるで彼女という人格も、一緒に消えてしまいそうな。
 そんな儚い感覚は。
 私の。
 心の奥に、強く突き刺さった!

 だから!

<<ババババババチバチババババチババババババババババババババヂヂ!!>>

「ぐっ!!」

 至近距離からの雷槍が、私の胴を掠(かす)める。
 しかし、退かない。
 至近距離まで近づいた。
 そんな私に次に向けられる攻撃は。
 ヘヴィスイープ。
 そんなことは、既に、わかっている。

<<ババババババチバチババババチババババババババババババババヂヂ!!>>

 雷が拡散放出される。
 と、同時に。
 風術エリアルステップを利用して強く大地を蹴り、大きく前方に飛翔し、これを回避。
 そして。
 そのまま。

<<ぎゅっ>>

 飛びついて。
 彼女を、力いっぱい抱きしめた。

「セリス、落ち着いて」

「・・・け・・・、・・・す・・・」

「大丈夫・・・だから」

 私の言葉が聞こえたのか、そうでないかはわからない。
 しかし彼女は、私に体を預け。
 気絶した。

 相対的に冷たい。
 少しでも、私の体温が、あなたに移行すれば。
 まだまだ熟練度の低い私の回復魔法が、少しでも足しになれば。
 彼女の心拍が、私の体を振動させる感覚を知覚する。
 たぶん、たぶん、大丈夫だろう。
 不安、安心、そして、再び不安へ。
 得体の知れない、何かを感じる。
 それは、これから起こる出来事を、暗示しているのかもしれない。

 その何かを見定めんと。
 私は静まりかえった闘技場の入場門、その先の暗闇を、まっすぐと見つめた。




















Chapter19 特殊武器・特殊魔法




 優勝はエレナ・レセンティア。 
 なんだかんだあれこれあったBランクトーナメントも無事に閉幕し、帰宿。 
 勝利からくる高揚感、疲労からくる睡眠欲。
 それにも勝るのが、懐疑心。

「あの後、正気を、取り戻した、けど。
 セリス・・・。
 戦ってて感じたけど。
 たぶん、あれは・・・。
 魔力に意識を、奪われてた。
 そんな、気がする」

「ありえない話、ではない」

 観客席から見ていたノムも、私の推測に対して異存なし。
 戦闘中、常に、何かしらの異質さを感じ続けていた。
 
「精神をトランス状態にして魔力を高める。
 そういった類(たぐい)のもの、だと、最初は思ったけど。
 最後は、完全に、意識を飲まれてた。
 それは、相手をする側だけでなく、自己も危険な状態にする程。
 ・・・。
 もしかして、『闇魔術』かな」

「それは、違う、気がする」

「もしくは、幻魔の介在。
 私が紅玲(くれい)を自身の体に定着させたように。
 なんらかの魔力、幻魔が、セリスの中にも存在したのかな、って
 そして、宿した幻魔の魔力が強大すぎて、制御しきれずに精神の操舵権を奪われた、とか」

「それは、ありえる。
 召喚魔術で幻魔を使役しようとして、逆に精神を奪われたり。
 そういった話を、聞いたことはある」

 『私の中に在る魔力、枷(かせ)を外してあげる』。
 彼女の言葉が思い出される。
 強大な魔力を宿す代償は、あまりにも大きかった、のかもしれない。

「危険を犯し、制限を外している、みたいな」

「その話、そっくり、エレナにお返しするの。
 エレナも無茶しすぎ。
 術師に抱きつくなんて、自殺行為。
 無防備すぎる」

 ほんのりと眉根にシワを蓄えて、ノムが顔を近づけて諭した。
 反論なし。
 自分でも、なぜあんな無茶を犯したのか。
 冷静になった今現在の自分が、過去の自分を叱責する。

「いやー、なんか必死になっちゃて。
 それにほらー、賞品もゲットしたしー!
 『蓮華の腕輪』。
 もらえるの、明日だけど」

 ノム先生の心が煮えるのを避けようと、話題を変えてみる。
 と思ったが、すでに先生の眉間のシワは、既に消えていた。
 それほど怒ってはいなかったようです。
 そのままの流れで、腕輪の話に移行する。

「『蓮華の腕輪』・・・。
 これ、防具だよね」

「武器」

「投げて、攻撃、みたいな?」

「杖、みたいな」

「杖じゃないでしょ」

「腕輪に魔力を収束するの」

「腕、もげるって」

「なので、使いこなすのにテクニックが要る。
 要訓練」

「うーん」

「さて、ここで問題です。
 最初に腕輪を武器として使った歴史上の人物は、誰でしょうか?」

「わかりません」

「華の女王シルヴィア」

「あー、そっか!
 そうだった!
 腕輪だった」

「プレゼントしてもらったら、実際に使って、試してみるつもり」

「腕、もげないようにしてね」

 プレゼントで怪我されるのとか嫌。
 まあ、ノムならば大丈夫だろうが。

「そういえば!
 優勝祝いに、ミーティアさんがご馳走してくれるんだって。
 いまから!
 せっかくだし、ノムも一緒に行こうよ!」

「じゃー、行く」





*****





 行きつけの酒場にやってきた、エレナ&ノム。
 既にビールを1人で飲み始めているミーティアを発見。
 ジョッキを天に掲げて、居場所をアピールしてくれる。
 私達もとりあえずビール。
 それが到着した上で、祝勝会(割り勘)が始まった。
 『ご馳走する』、じゃなかったのかよ。

「でも、びっくりしたー。
 エレナ、いきなりセリスに抱きつくんだもん」

「いやー、いろいろあって」

「あれさー。
 エレナがセリスに抱きついて、全身の骨を折って倒したってことになってたよ」

「まじですか!」

「冗談だけどね~」

 危うく『エレナちゃん・マジ・マッチョ説』が流行するところであった。
 心象風景を美化したいのです。
 人気が欲しいもので。
 ミーティアの人気者っぷりを見て、改めてそう思ったのだ。

「でも、ミーティアさん、すごい人気ですよね。
 歓声がすごかったですもん。
 私、なんか文句言われたし」

「そーかなー。
 トーナメントエントリーは久しぶりだったしなー」

「ミーティアは、かなり人気あるぜ。
 『闘技場の舞姫』とか、持て囃(はや)されてたもんな」

「おー、イモルタ」

 武具店店主イモルタが、ミーティアの隣に座ってきた。
 ミーティアは気にした様子なし。
 ニヘラニヘラとしたまま、彼を見向きもせず、ビールを追加注文した。
 どうやらこの2人、年の差の割りに仲がよいらしい。
 呼び捨てだし。

「おっさんも飲みに来たんすか」

「この店は、お前らより俺のほうがよっぽど常連だ」

 おっさんは居座る気まんまんのようで。
 ミーティアの注文に続けて、モゲラのから揚げを追加した。
 
「ミーティアは闘技場の華だからな。
 闘技場に通う輩(やから)で、知らない奴はいない。
 Bランクトーナメントでも、何回か優勝している。
 舞うようにレイブレードを振るい、華を散らすように光術を乱射する。
 その優美な戦闘スタイルも、こいつの人気を加速させる要因だ」

「うんうん、苦しゅうない」

 おっさんのべた褒めに、まんざらでもないミーティア。
 何?
 おっさん、ミーティアの追っかけなの?
 ファンなの?
 それとも、持ち上げるだけ持ち上げといて、から揚げおごらせるつもりなの?
 その答えを見定めんとイモルタを見つめていると、彼とぴったりと視線が合う。
 そして話題の矛先が私に向いた。

「つーか、お前。
 いつの間に法陣魔術なんて覚えたんだよ」

「そーそー、思った」

「ノムに教えてもらったんで」

「ノム、そんなに強いんだ」

「こいつは強えーぞ。
 鬼だ」

「こんなにかわいいのに」

 ミーティアはノムを覗き込むように観察する。
 まあ、ノムは本当にかわいいから、仕方ないね。

「ノム、トーナメントには出ないの?
 今度のAランクトーナメントとかさ。
 相手してみたい」

「死にますよ」

 速攻で忠告。
 この時点でミーティアがノムの真の実力に気づいているか、それは判断できない。
 冗談かもしれない。
 もしくは、頭がおかしいのかもしれない。

「おっ、いた!
 エレナちゃーーーん」

 若い男性の声。
 名前に対して条件反射で振り向くと、見知った白衣のお兄さん。

「今日、すごいよかったよー、エレナちゃん」

「アシュターさん、どうもです」

 白衣のアシュター。
 そして、その後ろには、眼鏡のフレバス氏。
 どうやら、ミーティアが声をかけていたらしい。

「シエル君はー!?」

「『ミーティアがいるから行きたくない』、だそうです」

「ぶー」

 期待に満ちた満面の笑顔が、渋いしかめっ面に変わる。
 すごい顔面落差。
 『やってらんねぇ』とでも言わんばかりに酒をあおりだしたミーティア。
 ヤケ酒、いくない。

「エレナちゃん、隣座ってもいい?」

「えっ?
 はい、いいですけど」

「おっし」

 隣に座ってきたアシュター。
 彼の顔や衣服などをより詳細に観察しようとしたとき。
 見つめた彼、その先にある酒場の入り口。
 そこに立つ1人の男性に、私の視線は釘付けになった。

「ごめん、ちょっと外出てきます!」

「どうした、エレナ?」

「いや、ちょっと。
 ごめんなさい、すぐ戻ります」

 不思議な顔をしたノム、およびその他の面々にお詫びをし、私は酒場の外に出た。





*****





「アリウス!
 どうしたんですか?」

 そこにいたのは、アリウス・ゼスト。
 私の法陣魔術を受けて沈んだ彼。
 そのダメージも、かなり回復している印象。
 しかし。
 彼が、何故ここに?

「話がある」

「治療代払え、とかっすか」

 私の冗談に対し、少しばかりの笑みを見せてくれた彼。
 しかし、それは、すぐに消える。

「エルノアからの伝言だ」

「はい」

「この街に、死霊術師が入り込んだ可能性がある」

 無言の驚愕。
 その瞬間、一気に酔いが覚める。
 本日、セリス戦後に感じた、何の理由も理屈もない漠然とした不安。
 それが、現実のものとなってしまった。

「もちろん、『エルノア以外の』、だ。
 ただ、まあ、今のところは目立った動きはみられないが。
 『注意するように』、とのことだ」

「そう、っすか」

「すまないな、楽しんでいるところ。
 どうしようかと思ったのだが。
 できるだけ早く知らせたほうがいいと思ってな」

「いやいや、ありがとうございます。
 助かります」

 あのエルノアが注意勧告するレベルの魔術師。
 巡らされた様々な憶測が、私の精神をジワジワとすり減らした。
 
「セリス。
 あの戦い方から、俺は、何かを感じた。
 もしかすると・・・」

 私をまっすぐに見つめ、彼が告げる。

「関係ない、とも言い切れない、ってことですか」

「わからん。
 とにかく、ノムにも伝えておいてくれ」

「わかりました。
 ありがとう。
 アリウスも気をつけて」

「ああ」





*****





「ノムー、どこ出身~?」

「なんでタコが嫌いなんだ?」

「その杖、とても良いものですね。
 なんていう杖なのですか?」

「エレナちゃんってー、何が好きなの?」

「いや、あの、えーっと・・・。
 むーーーーーーーん」

 酒場の席に戻ってきたエレナが見たものは、質問攻めにされるノム先生。
 日頃ない困惑した様子の彼女、超新鮮。
 かわいいかわいい、という思考を巡らせながら、遠目からその様子を微笑ましく見つめる。
 なごむわー。

 アリウスの話。
 明日でいいか。





*****





「死霊術師、か」

 翌日、早朝。
 起床後、とある場所に赴いた後、寄宿して、それを伝えた。
 重要な話ほど、早めに連絡しておく必要がある。
 これを受け、ノムは深い熟考状態に突入した。

「ノムのオーラサーチでもわからない?」

「エルノアが気を付けろと言うくらいだから、相手の魔力はかなり強いはず。
 強大な魔力なら、離れた位置にいてもオーラサーチで違和感を見つけられる。
 だけど、今のところ、判断がつかない」

「そっか」

「魔力的な動きがあれば、感知して、すぐにエレナに伝えるから」

「とにかく、気をつけることしかできないか」

 エルノアも、『今のところ動きはない』と言っていた。
 今の私達にできることは、小さな異変を見逃さないこと。
 それだけだ。

「ところで」

「む?」

「これっ!
 もらってきたよー」

 テッテレー!
 テレレレー!
 テー、テ、テー、テ、テレテレー!
 天に掲げたそれは、トーナメントの優勝賞品、蓮華(れんげ)の腕輪。
 ルーン、及び炎の華と雪の結晶の模様が刻まれた白銀の腕輪。
 窓から差し込む光を反射して煌(きら)めく。
 朝一番に闘技場行ってもらってきたのだ。
 ノムの反応も上々。
 少しばかりの驚きの感情を読み取れる。
 ちなみに、入手した腕輪は『2つ』。
 左右、両の手首にひとつづつ装着する。

「ほんとに。
 なんとかかんとかプレゼントできたよ」

「エレナ。
 ありがと」

 珍しく告げられた素直な謝礼の言葉。
 そして、聖女のような微笑み。
 喜んでもらえたようで、なにより。
 かわいい笑顔を見れたことで、私の苦労は報(むく)われた。





*****





「せっかくだし、今からさっそく使ってみようかな」

 そんなノムの提案で、街外れの平原にやってきた。
 彼女は、先日買った斧も持ってきていた。
 ブラックブラッド。
 そんな禍々(まがまが)しい名前を付けられた長戦斧(ちょうせんぷ)は、文字通り赤黒い血の色をしている。
 炎の魔術の制御を補助する魔導武具だ。

「これも使ってみる」

「ノム、武器を杖から斧に変えたりしないの?」

「他の武器の方が使いやすければ、可能性としてはあるかもしれない。
 とにかく、腕輪から使ってみる」

「腕輪に魔力を収束させるの?
 でも、そんなことしたら、腕もげちゃうよね」

「最初は、あんまり魔力を出ださないでやってみる。
 んじゃ、ダイアブレイクで」

 両の手首に白銀の腕輪を装着したノム。
 杖は地面に丁寧に置き、赤黒い斧はホイッと放り捨てた。
 扱いの格差。
 手ぶらになった両の手を前に突き出す。
 そして、掌(てのひら)から、封魔の魔力を放出し、水色のコアが生成される。
 そのコアの出来栄えをしげしげと観察したのち、放出動作を行った。
 氷塊が砕け、太陽光を反射しながら空間中に溶けていった。

「どう?」

「ちょっと、待って」

 ノムは腕輪を外し、再度封魔の魔力の収束を始めた。
 放出まで行うと、実験結果が発表される。

「腕輪があったほうが、魔力収束時に体内から体外へ魔力を流しやすい気がする。
 魔力効率がアップする」

「おお!
 使えるんじゃないの!」

「でも、杖のほうが断然使いやすい」

「さようですか」

 落胆の結論が導き出された。
 しょぼーん・・・

「この腕輪の能力が私の杖より低いものあるけど。
 何よりも、私がこの腕輪を、真の意味で使いこなせていない、というのが大きい。
 装備するだけで魔力効率は上がるけど、それだけではサブアクセサリーとしての役割しか果たせていない。
 真の腕輪の能力を引き出せてはいない。
 腕輪自身に魔力を収束させることもできる、かもしれない。
 でも、使いこなすには、相当量の訓練が必要。
 あと、なんとなく。
 私に合ってないような気がする。
 エレナ、私って何の武器が合ってると思う?」

「ノムは何の武器を持ったって、かわいいよ」

「見た目のことは、聞いてない」

「武器って何があったっけ?
 槍、斧、大剣、刀、杖以外で」

「他にも、いろいろあるけど、まず最初に挙げたいのは、『弓』。
 槍、斧、大剣、刀、杖に続く『第6の武器』と言われる。
 使ってる人も、結構たくさんいる」

「弓かー」

「魔術との相性も良い。
 特に、光術との相性は抜群。
 弓闘士の戦闘スタイルは、初心者は矢に魔力を収束させて放出、っていうのが多い。
 このとき、基本的に矢は使い捨て」

「まあ、矢の使い回しはできないよね」

「でも、矢を使わないで、シュート系の放出魔術を魔法の矢として使用する戦闘スタイルもある。
 弓の持つの魔力増幅効果と魔力制御補助効果が得られるから、通常の魔術使用よりも高効率。
 そして最終的には、基本は魔法の矢で攻撃して、強力な攻撃を実現するために実物の、魔導工学的な細工が施(ほどこ)された矢を使う、という戦闘スタイルとなる」

「実物の矢の本数が少なくてすむなら、1本にそれだけのコストを掛けられるよね」

 杖と同じく後衛向けの武具。
 遠距離から一方的に攻撃できる利点は計り知れない。

「弓の次にポピュラーな武器は?」

「うーん。
 弓の次となると、マイナーなものになってくるかな。
 列挙すると・・・
 普通の剣、短剣、腕輪、ガントレット、グリモワール、弩(いしゆみ)、棒、メイス、魔石、印譜(いんぷ)、鞭、薙刀(なぎなた)、大鎌。
 エトセトラ」

「いろいろあるね」

「と、いうよりも。
 それ自体が殺傷能力を持たなくても、魔力が宿っていれば武器になる。
 グリモワールがその典型だけど。
 つまり、どんなモノだって武器になる。
 魔力の宿ったぬいぐるみが、凶悪な魔力を持っていた、みたいな話もある」

「建物とか?」

「動物とか」

「人とか」

 半分冗談のつもりで言った言葉。
 それをノムは否定しない。
 非道な禁呪は確かに存在しているのだろう。
 湧き起こる畏怖の念。
 想像することもためらわれる。
 ここでノムが話題を変えてくれる。

「魔力が宿った武器を、降魔武具、魔武具と言う。
 逆に、魔力を制御しやすいように魔導加工された武具を、魔導武具と言う」

「魔剣とか魔槍って言われるのとか、まさに前者だよね」

「武器に魔力を宿すというのは、世界有数の魔導技工士ですら難しい」

「魔剣っていうのは現代の技術で造れるものじゃない、っていうよね」

「つまり、古代に現代の技術をしのぐ技術、文明が存在した。
 その証拠になりうるものかもしれない」

「神話の中では、魔剣を贈り物として上納する、みたいな描写がでてくるけど。
 もしかすると、そんな神秘的な過去があったのかもしれないね」

「ぬ」

 武具の話が終わると、ノムは腕輪を外し、赤黒い長戦斧(ちょうせんぷ)を装備した。

「腕輪は、このくらいでいいかな。
 次、斧使ってみる。
 んじゃあ、まあ、適当に」

 『ちょっと散歩行ってくる』程度のノリで準備に入るノム。

「オーバー・ヴォルト・ストライク!!」

<<バヂバヂバババッバババッバババッバババッ!!>>

 繰り出された、雷の武具収束奥義。
 それは、雷姫(らいき)セリスと比べても、全くもって遜色ない。
 圧倒的再現力。

「いきなり武具収束奥義かよ!」

「うーん、セリスみたいにはいかないか」

「いや、いい勝負してたって!
 っていうかノム、斧、合うんじゃない!?」

「やっぱ、やめる」

「なんで」

「生理的に受け付けない」

「なら最初からやめときなよ」





***** ***** *****





【魔術補足】特殊魔法





「今までノムに、魔術に関するいろんなことを教わったよね」

「ぬ」

「二翼魔術、四元素魔術。
 三点収束、六点収束。
 多属性合成魔術。
 治癒術、防衛術。
 召喚魔術、幻術。
 神聖術、闇魔術。
 そして、法陣魔術。
 こんなにやってたんだなー。
 魔導学のノート、もうちょっとで最後のページだし」

「私が教えたのは、各項目の基礎的な導入部だけだから。
 応用にあたる部分とか、その他の細かいものを含めれば、教えられることはまだいっぱいあるけどね」

「魔導学のノート、2冊目作らないとなー。
 そういえば。
 属性って、教わったのは6属性だけど、その他の属性ってないの?」

「ない、と言われている。
 封魔術は別として、魔導、炎、風、雷、光は、この世界に存在するエネルギーの形態に対応する。
 エネルギーの形態が別に存在するなら、別属性が存在するかもしれない。
 でも、今現在の科学では、その存在は確認されていない。
 ちなみに、この世界のあらゆる物体には重力が加わっているけど、魔術では重力の操作はできない。
 魔導術と雷術の合成術は擬似加重魔術とも言われて、攻撃対象に重圧を与えることができるけど、厳密にはこれは重力ではない。
 ただし、魔導術と封魔術の合成である治癒構成子や、黒魔力で実現される魔術を7つ目以上の属性としてカウントするケースはある。
 でもこの2つは基本6属性と並列に並ぶものではない」

「うーん。
 結局、『属性は6つ』なんだね」

「三魔女の時代には、雪、月、華の3属性、その後の一時期には擬似12属性とか、神話などでは炎、氷、雷、風、光、闇の6属性だったり。
 その時代時代で、基本の属性数は変わってきたけど。
 それらの属性っていうのは、現在の6属性を応用して実現されているだけであり、そういう意味では二翼、四元素の6属性というのは、古来から変わっていないと言える。
 例えば雪術も、実際は封魔術で実現される氷術。
 氷のように見えるけど、封魔属性なの」

「本物の氷で攻撃はできないの?」

「通常は、空間中に魔法を実現できる程度の氷、つまり水が存在しない。
 存在しないものは魔術として扱えない。
 実現不可能と考えられている術、秘術の創造術に対応してしまう。
 一方、もしも空間中に水がたくさん存在するとしても、その水を用いて攻撃を実現した場合は『操作術』という範疇となる。
 つまり氷という『物体』を術で『操作』している状態になる」

「『操作』、ってどうやるの?」

「物体を操作する方法には、基本的には2種類ある。
 1つは風術を用いる場合。
 風術は空気の運動のエネルギーを発生させる。
 うまく空気の圧力を操れば、物体を移動させたりできる。
 ただし。
 精密に動かすのは、とんでもなく難しい」

「じゃあさ。
 封魔術で空間中に存在する水蒸気のエネルギーを急激に下げて氷を生成して、それをハイウインドで吹き飛ばせば、リアル・ブリザードが実現できるよね」

「ブリザードは封魔術と風術の合成術として存在する。
 本物の氷ではないけれど、わざわざ水蒸気を凍らせるより、こっちのほうが断然効率的」

「さようですか」

「物体を動かすもう1つの方法は、魔導術と封魔術の反発力や、魔導術、封魔術と物質特性の作用を利用する方法。
 これはエーテルゴーレムを動かす仕組みに利用されていて、魔導工学的な技術として確立されている。
 ゴーレム側の機構がしっかりしていれば、比較的簡単に動かせる。
 そのかわり、魔導術、封魔術と反応する物体しか動かせない」

「ふーん。
 他に私がまだ教わってない魔法って何かあるかな」

「あとは、攻撃・防衛の範疇に入らない魔術とか。
 暗いときにあたりを照らす光術の『グローライト』、火種がないとき炎術で薪に火をつけたり、封魔術で物体のエネルギーを奪って冷やしたりとか」

「風術をうまく使えば、団扇(うちわ)の代わりになって涼しいとか」

「それはやめたほうがいい
 風術中にはエーテルのエネルギーが少量含まれるから、怪我をするまではなくても髪の毛が痛んだりする」

「残念」

「これから、エレナが見ることになる魔術は、今までに教えたこと、もしくはそれを応用したものであり、そうでないものはほぼ間違いなく存在しない。
 魔術戦で重要なことは、相手の攻撃パターンを読むこと。
 相手が見たことのない魔術を使ってきても、それはほぼ必ず理論的に理解できるものだから。
 その魔術はどういう仕組みで実現されているのかを正しく理解できれば、相手の特性がわかる。
 そして、相手の攻撃を完全に理解し見切れれば、勝利はエレナにやってくる」
 
 
 
 
 
***** ***** *****
 
 
 
 
 
 ついに到達した頂。
 闘技場の最高ランク、A1。
 自身の成長を確かめるため、私は今、その扉を叩く。

 第一戦。
 相手はうにょうにょと動く軟体モンスター、ウニ。
 しかしその体は、黒っぽい金属質。
 メタリックウニと呼ばれる、ウニの突然変異種だ。
 鋼鉄の体に物理攻撃は効きづらく、柔軟性と堅牢性を兼ね備える相手に苦戦を強いられる。
 しかし、私は炎術や雷術をメインに攻めていき、そして無事に撃破した。
 
 第二戦。
 相手はウィスプ系モンスターの最上位。
 神聖の魔力の結晶である聖霊(せいれい)。
 物理攻撃は無効。
 相手の放つ神聖術の攻撃力は強烈。
 
 しかし、こちらができることは決まっている。
 『ウィスプ系モンスターの弱点属性は封魔術』という定石に乗っ取り、丁寧に回避と攻撃を繰り返す。
 そして数発のハイフリーズを被弾させると、空間中に霧散した。

 第三戦。
 相手は手足顔のない死霊、レイス系モンスターのウォーロック。
 なんと、封魔術を除いた5属性の魔術を自在に操る。
 魔物とは思えない知能を持ち、シチュエーションに合わせて攻撃を変化させる。
 
 立案した作戦は、『様子見』、『相手の魔術の全てを理解する』である。

 立て続けに魔術が放たれる。
 
 風術、トライウィンド。
 光術、レーザー。
 雷術、スパークスイープ。
 炎術、マルチファイアブレッド。
 魔導術、エーテルスフィア。
 風術、ウィンドショット。
 光術、レイスプレッド。
 雷術、サンダー。
 炎術、バーストスイープ。
 魔導術、デモンシザーズ。

 その全てを、体に覚えさせる。
 
 遠距離、中距離、近距離、拡散、集中、全てに対応可能。
 魔術のバリエーションも、その威力も、確かに高レベル。
 
 しかし、人間の知能の方が勝っている。
 垣間見られる攻撃の単調さ、少しの命中力の低さが勝機となる。
 発動前に属性を予測。
 魔術の発動タイミングを見計らう。
 徐々に間合いを詰めていき。
 そして、蒼の剣でその身を貫いた。

 第四戦。
 相手はデーモンの上位種、グレーターデーモン。
 その知能は、先ほどのウォーロックを優に超える。

 使用可能な魔術の属性は魔導、炎、風の3種。
 しかし、こいつには鋭い爪での物理攻撃もある。
 そして執拗(しつよう)なまでの攻撃性。
 物理攻撃と魔術攻撃を織り交ぜながら、その攻撃の手を休めない。

 相手が魔術の収束動作に入る。
 オーラサーチ。
 属性予測。
 導き出された予測結果は、炎、風。

「バーストストームだ!」

 その瞬間的な判断で回避を諦め、防御壁を構築する。
 魔導防壁作成と封魔防壁増強の二重防御。
 その壁の厚みが、相手の爆撃の影響を最小限に抑えた。
 まさかの多属性合成魔術。
 意外すぎて判断が遅れるところであった。
 額に流れる冷や汗を拭(ぬぐ)い、相手を凝視する。

 確かに、相手は強い。
 しかし。
 ただ1つ言えること。
 『相手は、ミーティアよりも、アリウスよりも、セリスよりも弱い』、ということだ。
 撃ち破ってきた強敵達が、私に自信を与えてくれる。
 勇気を持って踏み出す一歩。
 今度はこちらの攻撃だ。

 相手は再び魔術の収束に入る。
 その瞬間に光の魔力を収束開始。
 最速で単点収束レイショットを発動し、相手の魔術発動を妨害する。
 相手が怯(ひる)んだ隙に、一気に間合いを詰める。
 同時に蒼の剣に雷の魔力を収束することも忘れない。

 相手は物理攻撃の構えを見せ、前へ踏み出した。
 
 勝負!

 先攻は私。
 突撃してくる相手へ向けて、蒼の剣から雷槍(らいそう)を放つ。
 相手は体をよじり、ギリギリでこれを回避。
 モンスターとは思えない洗練された動き。

 そして後攻。
 相手の鋭い爪が襲ってくる。
 攻撃を完全に避けるイメージがつかめない。
 そして、相手の爪が脇腹に掠(かす)る。
 襲ってくる鋭い痛み。
 
 そんなものを感じない程の狂気的な集中。
 戦闘という行為に取り付かれた私は、まったく怯(ひる)まない。
 体勢を崩す相手の頭を左手で鷲掴み。
 そして、ゼロ距離からの雷槍をお見舞いした。



 ・・・



 そして、第五戦。
 闘技場制覇の最後の門番。
 その名は、GXガーラント。

 感じ取る、馴染みのある魔力。
 
 シエル。

 彼の操作する黒色のゴーレムだ。

 試合開始直後から手加減なし、待ったなしの突撃。
 流れるような連撃。
 堅い守り、華麗な回避。
 先日の戦いを超越する敏捷性、潤滑性、安定性、攻撃性、堅牢性。
 
 完全に私が押されている。
 相手の鉄拳が私に直撃すると、少しの時間だけ試合が中断される。
 シエルによる配慮のようだが、Bランクトーナメント優勝で高まっていた自尊心が、メッコメコにされていくようだ。

 ただ、そんな私もただサンドバックにされているだけではない。
 今の私には密(ひそ)かな目標がある。
 それは、『武具収束奥義を覚える』だ。
 セリスの放ったオーバー・ヴォルト・ストライク。
 これを、ラーニング(自分のものと)する。
 今まで扱ってきた市販の武器では、耐久性、魔力蓄積性能の観点から実現できなかった武術の秘奥。
 しかし、この蒼の剣を持ってすれば、それを実現できる。
 そう確信していた。
 まあ、さすがに今日一日で習得するのは無理だと思うが。
 今度はシエルに実験台になっていただきますね。

 ここまでの戦闘で受けた攻撃の痛みも、全力で動き回ったことによる体の疲労も、観客の大きな声援も。
 全て忘れてしまいそうな。
 そんな没入感。

 時間を忘れて。
 私は戦った。
 ただひたすらに。
 
 

 ・・・。



 そして、もう被弾させた魔術の数を数えることも諦めたころ。
 黒い兵器はその動作を停止させる。

 そして響きわたる、一段と大きな歓声。
 勝利を告げるアナウンス。
 
 その声たちを背中に受け。
 私は闘技場を後にした。









*****







「セリス!」

 闘技場から宿へ帰る途中。
 赤色の長い美しい髪が風になびく様が目に入りると、私は深く考える前に、声をかけて引き止めていた。

「エレナ」

「いやー、あのー。
 この間はどうも。
 ・・・。
 今、少しお話しできます?」

「すまないが、忙しい」

 煩(わずら)わしそうにあしらう。
 そんな彼女、お構いなしで話を続ける。

「『私の中に在る魔力、枷(かせ)を外してあげる』。
 そのあなたの言葉通り、現実が動きました。
 中に在るのは『ナニモノ』ですか?」

「あなたには関係ない」

「私の知人が、言ってました。
 強大な魔力を定着させることで、力を得る。
 その反面、魔力が持つ莫大な情報に精神を支配されてしまうこともある」

「・・・」

「セリス。
 あのとき、精神を飲まれていた。
 詳細は知らずとも。
 このまま、魔力(ソイツ)を使役し続けるのは、危険だと思う」

「あなたに、心配してもらう必要はない」

「でも」

「消えて」

 冷たさを持った言葉が、場を静まりかえさせる。
 確かに、これは彼女の問題だ。
 それがわかっていても、気にかけてしまう。
 その理由は、はっきりとは、私にもわからない。

「それよりも、あなたは自分の心配をしたほうがいい」

「えっ?」

「この街から、去ったほうがいい。
 ・・・。
 警告は、したから」

 彼女の言葉を受けての思案で、脳以外の機能が一旦停止し。
 彼女が背を向けて歩き出したことを認識するまでに時間を要する。

「セリス、待って!」

 私の呼びかけに対し、彼女は一度も後ろを振り返ることなく。
 遠ざかって行く彼女の背中を、ただ見つめることしかできなかった。




















Chapter20 古代魔術




 月の従者、エステル。
 雪の従者、ユキ。
 雪の女王、リレス。
 鋼の傭兵、ノルド。
 闇の従者、ティリス。
 フラリウス族のビット。
 元帝国兵の小物、アーヴァイン。
 遺跡荒らしの小悪党、クレア。

 あの日、たった一人でアルトリア城を発(た)った自分に、今はこんなにも仲間がいる。
 だからこそ今、目の前にいる炎の破壊神、華の女王シルヴィアにも、恐れることなく対峙することができる。
 彼女と過ごした幼少期の記憶が思い出される。
 あの頃の彼女は、もっと純粋で。
 小さな花を愛でる少女であった。

 その、彼女を取り戻す。
 それが。
 俺に課せられた宿命(しゅくめい)だ!

「シルヴィア!
 正気を取り戻せ!
 俺を!
 思い出せ!!」

 彼女の中にも存在するはずの共有してきた記憶の数々。
 それらを呼び起こさせる、俺は大声で叫んだ。

 彼女は俺をまっすぐに見つめる。
 雪月華の聖霊に自(おの)ずから飲み込まれ、ただ力のみを求める破壊神と化した彼女。
 しかし、俺達2人の間にある絆は、そんなものを超越する。
 きっと。
 届くはずだ。
 
 ゆっくりと。
 彼女は、俺に近づいてくる。
 そして。

 炎を纏(まと)わせたその拳で、俺の顔面を思いっきりぶん殴った。





 吹っ飛ばされた俺。
 黒煙を上げながら、硬い地面に叩きつけられ。
 鈍い悲鳴と唾が口から放出された。

 そして、気づいた。
 ああ。
 そうだ。
 こいつは、昔っから。
 人の話なんか、聞いちゃいないかった!!!!

「おらっ!
 クッソアマ!
 ぶっ飛ばしてやる!」

「やばい、フランがキレた!」

 過去最大の憤怒(ふんぬ)が脳内を支配して、俺の理性を焼き尽くす。
 そして、俺と彼女は視線を交差させ。
 開戦だ。
 戦おう。
 どちらかの、炎が尽きるまで。





*****





「読破~」

「何を?」

「三魔女の本」

 3人の魔女が世界を統治した『三魔女時代』の歴史書。
 華の都、アルトリア。
 月の都、クレセンティア。
 雪の僻地、ノースサイド。
 3つの世界を巡るフラン達の冒険談も、黒幕と化した華の女王シルヴィアとの決戦で幕を閉じる。

「というか、まだ読んでたの?」

「2周目だし」

「2周目なの?」

「ノム、決めた。
 私は月の従者、エステルになる!」

「がんばれがんばれ」

 抑揚のない、超適当な返しをしてくるノム。
 私の本気度はまったく伝わっていない。

「エステルは月(つき)術だけでなく、古今東西、あらゆる術を使えたらしい。
 エレナはまだまだ、全然未熟。
 そもそも、月(つき)術さえ使えない」

「ということでー、早速。
 月(つき)術を勉強しようと思って、図書館から本を借りてきたんだー。
 が、しかし。
 難解で全く読めないのです。
 そこでー。
 ノムに翻訳してほしいんだけど」

「こんな本、あったんだ。
 気づかなかった」

 先生が食いついてきた。
 先生クラスになると、図書館の全書籍のタイトル程度はインプットされているだろう。
 その広大な情報網から、抜け出した魚であったようだ。

「読める?」

「半古代語、かな」

「半古代語?」

「『半古代語』っていうのは、マリーベルの時代から三魔女の時代くらいまでに使われていた言語。
 マリーベルの時代よりも前に使われていた言語は『古代語』と呼ばれる。
 三魔女の時代以降、魔石戦争時代あたりからの言語が『現代語』」

「そりゃー読めないわ」

「でも、実はそうでもない。
 現代語は、半古代語が長い時間を経てだんだん変化したものなの。
 だから、現代語と半古代語には共通していることがとても多い。
 また半古代語も、古代語が変化してできたもの」

「古代語→半古代語→現代語、っていう流れだね」

「だから古代語を学習する前に、まず半古代語から始めるのが良い。
 半古代語なら、私が教えられるから。
 でも、古代語は難解すぎて、私では教えられない。
 ちなみに、そんな古代語をも理解する女性が存在する。
 さて、誰だったでしょうか?」

「誰だっけ?」

「エルノア」

「なるほど、そういえば!
 エルノアが探してた死霊術の本。
 あれ、古代語だったね」

「私も、いずれは解読できるようになりたいって思ってる。
 現在、勉強中の身。
 古代に書かれた魔術書には、現在は使われない、いわば『忘れ去られた魔術』の使用方法が記されている、こともある。
 それらは、『古代魔術』と呼ばれる」

「古代魔術、かー」

「古代魔術、っていう言葉の定義は、かなり曖昧だけどね。
 アークバーストなどの各属性の基本的な法陣魔術よりランクの高い魔術や、多属性合成での法陣魔術のことを古代魔術と呼ぶことが多い。
 ちなみに、私の使える神聖魔術のグランドクロスも古代魔術にカテゴライズされる」

「さすが先生。
 エインシェント・ウィザード、というわけですね」

「グランドクロスは、マリーベル教会の幹部ならみんな使えるけどね。
 この魔法は、聖女マリーベルが創り出したとか、古代に使用させていたものをマリーベルが蘇らせたとか、複数の解釈がある」

「古代魔術って、他にもあるの?」

「最も有名なものは、魔導術と炎術の合成法陣魔術である『カオスフレア』。
 続いて、『ユニヴァース』、『アブソリュートゼロ』。
 でもこれらは実現方法が高度すぎて、使いこなせている人を見たことはない」

「月、雪の女王が使う最終奥義だよね」

「ユニヴァースは、封魔、光、雷の合成法陣魔術。
 消滅(イレイズ)系の最高位魔術。
 発動すると、魔力が暴発し、効果範囲中の全対象が消滅する」

「月の女王クレセントって、普段は綺麗なお姉さんとして描写されているけど。
 改めて、最強の魔女だと痛感させられるね。
 そして、そのユニヴァースの詳細な使用方法が、この本に載ってるーっと」

「それはないから。
 古代魔術の本なんて、そんじょそこらには落ちてない。
 この書籍も、たぶん、月の一般的な構成員が記したものだと思う。
 まあそれでも、たいへんレアなものだけどね」

 そう言うと、ノムは月術の本をペラペラとめくり始めた。
 半古代語で書かれたその本は、私には読めない。
 先生に翻訳してもらって、後で教えてもらおう。
 そんな下心を抱き、先生の読了を待機する。
 先生のページめくりは徐々にゆっくりになり、そしてあるページでそれは止まった。
 そこからしばらく、そのページに顔面を吸収された先生。
 顔面を引き剥がすと、それは高速で私のほうに向いた。

「どした?」

「書いてる」

「何が?」

「ユニヴァースの使用方法、書いてる!」

「ほんと!?」

「でも、どうだろう?
 私も半古代語を完全に読めるわけじゃないから。
 それに記述も、少し曖昧な感じ、は、するけど」

 珍しく取り乱す先生。
 あたふたした顔もかわいいよ。

「なんて書いてる?」

「雷、光、そして純粋な封魔のエネルギーを法陣上に集める。
 このとき各属性の魔力量を均等にすること。
 また封魔のエネルギーが高純度であり、魔導のエネルギーを含まないこと。
 その後、その3属性の魔導構成子を可能な限り細かく分解する。
 ついで、細かく分解した小さな魔導構成子を3つ集めて、1つのペアを作る。
 そして、そのペアを空間上の多くの点で同時に衝突させて魔力を爆発させる。
 ・・・。
 そりゃ無理だぁ!」

「ノムが突っ込んだ!」

 なんかテンションがおかしい先生。
 両手を天に突き上げ、文字通りお手上げ状態なのでした。

「ノムでも使えなそう?」

「無理。
 求められる制御が細かすぎる」

「そうなの」

「でもおかしい。
 一般的な月の構成員は、『光』や『雷』という言葉は、あまり好んで使わない。
 『月術』という属性の魔術と考えていたから。
 二翼四元素での属性表現を用いるのは、魔石戦争時代あたりからなの」

「だからこれを書いた人は、月の構成員ではない、ってことだよね」

「逆、かも。
 月の一般的な構成員でなく、もっと上位の幹部クラスの人物が書いた可能性がある。
 ユニヴァースの使い方も詳細に書いてあるし。
 たぶんこれを書いた人は、クレセントのユニヴァースを近くで見たことがあるのかもしれない」

「まあ、クレセント本人が書いたとは思えないし。
 とすると、月の幹部?
 といえば、フローリア。
 あとは・・・。
 もしかして、エステル?」

「分からない。
 けど、ざっと読みの所感ですら、かなりの腕の魔術師が書いたと判断させられる。
 エレナ。
 先生権限として、この書籍の一時接収を要求します」

「翻訳、よろしくねー」

「ダメ。
 エレナもそろそろ半古代語の勉強をすべき。
 自力で頑張る。
 人は機会を与えられないと、頭よくならない」

「ぐげぇ~」

 その後、ノム先生から半古代語の辞書と半古代語で書かれた書籍を受け取る。
 厳しい育成方針の再来。
 そしてここから、かつてない悪戦苦闘の日々が始まるのでした。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 Bランクトーナメントが終わり、2週間ほどが経過していた。
 その間私は、闘技場のランクA3、A2、A1に再エントリーしたり、シエルのゴーレム実験に駆り出されたり、武具収束奥義の特訓をしたり、半古代語の勉強をしたり、ミーティアと買い物に行ったり。
 などなど、息つく暇なく過ごしていた。

 一方でノムも、先日の月(つき)術の本を読んだり、その他の本を図書館や教会の図書室から借りてきて読んだり、私の闘技場を観戦しにきたり、イモルタの店に冷やかしに行ったり。
 などなど、息抜きしながら過ごしていた。

 だからこそ。
 私達がこの街に滞在することに、何の違和感もないと思えた。
 しかし、ノムから最後の魔術を教わった今、私も近く、この街から巣立つ時がくるのだろう。
 この街の居心地の良さに流されて、忘れられていたその予感。
 そして、その結論を、今まさに。
 彼女から告げられるのでした。





*****





「聖書で語られる天界神話では、悪魔と呼ばれる存在の脅威から、神、そしてその使いである天使が、人間を守護してくれている。
 でも、それは創作の話であり、現実の話ではない。
 ・・・。
 エレナは・・・。
 天界神話って、作り話だと思う」

「まあ、そりゃーね」

「私は・・・・・・」

「えっ?
 ノム、信じてるの?
 ノムって、あんまりそんな超常的なものは信じない派だと思ってたのに。
 『理論的なこと以外は、ありえない、キリッ』。
 みたいな」

「まあ、基本的には無いとは思うけど。
 全部が虚像なのかなー、って。
 エレナ、神話に詳しそうだから、何か知ってないかなって?」

「私は、創作された話しか読んだことないから。
 古代時代の実際のナンラカはわかんないよ。
 あー、でも。
 『グランドホール』ってところを悪魔が拠点にしてて、今でもそこに悪魔が住み着いている、かも。
 みたいな話は聞いたことあるかなー」

 そんな伝説を利用した観光地、だとも言われている。
 人が大自然の脅威を感じる場所には、自然と物語が後付けされるものだ。

「じゃあ。
 ほんとに悪魔がいないか、見に行こうか」

「にゅ?」

「グランドホールって、実はここの近くにある」

「そうなの!
 神話好きの私としては、是非行きたい!」

「んじゃ、さっそく行こうか」

「行くー!」





*****





 ウォードシティーから北東に歩いて3時間。
 『穴』のような存在は、全く視界に入らず。
 たどり着いたのは、ノムと一緒に法陣魔術の特訓をした、白い花の咲く緑の丘。
 あの日と同じく、涼やかな風が吹き抜け、東を向けば偉大なる中央山脈が、その奥の世界をひた隠す。
 目的地はまだ先なのか?
 ちょっとここらで休憩したい。

「まだ歩く?」

「いや、ここでいいよ」

「よくないし。
 ここ、凹(ぼこ)じゃなくて凸(でこ)でしょ。」

「よい」

「だめ」

「大丈夫」

「大丈夫じゃない」

「ここなら十分離れてる」

「何がさ?」

 噛み合わない会話。
 それが違和感を膨張させていく。
 そして、事実が告げられる。

「エレナ。
 ・・・。
 グランドホールって、実は、ここからもっと東の国にあるの」

「東の国って、中央山脈を越えた先でしょ!」

 つまり、本日中に到達することは不可能であったということであり。
 つまり。
 
「なんで、嘘ついたのさ」

 嫌な予感が私を包み、苦い笑みが零(こぼ)れ出る。
 そう、きっと彼女が求めていることは・・・。

「約束、覚えてる?」

「覚えてないよー」

「私と同じくらい強くなる、そして。
 私よりも強くなるって」

「それは、まだ先の話」

「エレナがどれくらい強くなっているのか。
 本当はそんなことは、戦わなくてもわかってる。
 ・・・。
 けど」

「ならやめよう!」

「でも。
 エレナじゃなくて、『私』がどれくらい強くなったかは分からない。
 ずっとわからなかった。
 比較する対象もなかった。
 強敵と戦う機会も無かったから。
 でも、それは、今日わかる」

「戦わなくても大丈夫。
 ノムは最強の魔術師だよ」

「エレナはまだ、世界を知らないだけ。
 私なんて、世界的に見ればまだまだ弱者。
 上は、もっといる。
 でも、いつまでも弱いままでいるつもりはない。
 エレナのことも守れないし。
 エレナと・・・。
 エレナと2人なら。
 もっと強くなれる」

「ノム」

「私と戦って欲しい。
 今。
 全力で!」

 白銀の聖杖(せいじょう)が私に向けられる。
 天から降りそそぐ陽光が反射し、キラキラと煌(きらめ)く。
 二人の間を吹き抜ける風。
 丘を覆うグリーングラスがなびき、白い花びらが宙に舞う。

 彼女の願いを受け、私ができること。
 それは。
 全力で。

 今の私を見せることだ!

「ノム。
 やるからには、負けないから!」

「急に生意気」

 彼女へ向けた蒼の剣。
 そこに決意と感謝を込めて。
 さあ、始めよう。
 私の成長を示すために。





*****





 永遠に続くかのような時間。
 そこに終点を設けることが、強く躊躇(ためら)われる。

 撃てば返し、返せば撃つ。
 魔術と魔術が共鳴し、響き合い、相殺し、弾(はじ)け、舞い踊る。

 そして、計ったかのように2人の足が同時に止まる。
 久しくなかった静寂の時間が訪れる。
 澄んだ空気をめいいっぱい吸い込んだのち、それをゆっくりと零(こぼ)していくと同時に、脳内に溜め込んだ考察も、いっしょに零(こぼ)れ落ちた。

「ふぅ・・・。
 ノムに本気を出させるには、まだもうちょっと強くなんないと駄目かな」

 もちろん、彼女が多少の加減をしてくれているのはわかっている。
 しかし、それでも。
 『私の成長を示せている』。
 そう感じれることが、なによりもうれしいのだ。

 だから、私は笑みを見せる。
 彼女へ向けて。
 伝えたい、感謝の気持ちを込めて。







「・・・ふふっ。
 ・・・。
 ふふっ、あはっ、あははははははっ」

 彼女は笑った。
 目を固くつむり、肩を揺らして。
 光り輝く緑の丘に響き渡る、屈託のない笑い声。
 その、陽光のように明るい微笑みを。
 私は、様々な思いを心に馳せ眺める。

「楽しかった?」

「ふふっ。
 とても、楽しかった。
 というより。
 楽しいよ、エレナと一緒にいて」

 優しい声。
 それが私の心を撫でてくれる。
 今は穏やかな微笑みで、私を見つめてくれている。

「ノムー、たまにはかわいいこと言うね」

「そうだね」

 一段と強い風が吹き抜けると、東、中央山脈の方向を向き、そして声を響かせた。

「私が教えられることで、重要なことはすべて教えた。
 闘技場のランクも制覇した。
 エレナ。
 そろそろ、この街を出ようと思ってる」

「そうなんだ。
 で、これからどうするの?」

「星降りの学術都市、クレセンティアに行ってみたい、って思ってる。
 東世界、オルティア。
 中央山脈を越え、さらに海を渡った遥か遠い場所。
 ・・・。
 エレナ。
 ・・・。
 私と、一緒に、行かない?」

「私は、いっつも連れてって、って言ってるじゃん。
 もちろん、行くよー」

 私の同意に、笑顔で返してくれるノム。
 新しい約束が結ばれて。
 そして。
 新しい旅が、また始まるのだ。




















Chapter21 死霊術




 この世界は、『死海』および『中央山脈』により、『西世界』と『東世界』の2つに分割される。
 今私達がいるのが西世界の東端の街、ウォードシティー。
 ここから中央山脈を越えて東世界に入る。
 東世界に入り大陸を東に一直線に横断すると海に行き着く。
 そこは生海(せいかい)と呼ばれる大海。
 この海を船で越えれば、目指す星降りの都、クレセンティアにたどり着く。

 そこへ至るための最初のステップ。
 それが中央山脈の横断だ。

 行くものを拒む大自然。
 ところどころにある断崖絶壁を進むため、馬車は利用できない。
 徒歩で2週間の長丁場。
 そして、そこに住み着く危険な魔獣。
 冒険者としての経験が試される。

 幸運なことは所々に湧き水があり、水の補給ができること。
 西側は荒涼とした岩場が続くが、山脈の東側は緑が豊富で、知識さえあれば食料も調達できる。
 山脈を越えた先はウェストエンド大森林。
 その大森林の入り口にあるミュウリィという町が終点となる。
 この町は森林地帯にあるにも関わらず、交易の重要拠点として大きく栄えている。

 この山脈越えのため、私達は初めてウォードシティの冒険者ギルドにお世話になることになる。
 山脈越えを行う一団に同行させてもらうのだ。
 ギルドには何度も中央山脈を越えてきた熟練者もいると聞く。
 経験不足な私達にとっては頼もしい存在だ。
 ギルドを訪問し、山越え護衛の依頼があった場合に情報を渡してもらう約束を取り付ける。
 
 さあ、あとは山越えのための物資を調達すれば、準備は完了だ。





*****





「うーん、じゃあこの街ともさよならかー」

 必要な旅の物資を用紙にリストアップしながら、しみじみと呟(つぶや)く。
 長かった闘技場生活もこれでおしまい。
 宿屋のベットの固さも、今となればいい思い出だ。
 
「この街は、東世界と西世界とを行き来するときは必ず通るから、またいつかは来るはずだけどね」

「そっか~。
 でも、みんなに挨拶くらいしないとなー。
 で。
 出発はいつ頃になりそう?

「今度、闘技場でトーナメントがあるから、それを観戦してから行こうかなって。
 Aランクのトーナメント」

「あれっ、もうそんな時期だっけ。
 っていうか、私出なくていいの?」

「そろそろ、あんまり目立たないほうがいいかなって。
 Aランクのトーナメントは西世界、東世界含めて、様々な人が見に来るから。
 冒険者、マリーベル教員、どこぞの国の騎士、お金持ちの商人、権力者。
 優勝とかしたら、結構面倒くさい」

「って、私、優勝できるの?」

「わからない。
 大会ごとに、参加者のレベルが違うから。
 でも、ここ数回の開催では、同じ人が優勝してる。
 その人の名前は、ヴァンフリーブ。
 ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン」

「名前が強そう!
 私じゃ勝てないかな?」

「良い勝負はできると思うけど、勝てるかどうかは微妙なライン」

「ノムより強い?」

「それはない」

「いつものことだけど、そこは譲らないよね」

「でも、私より強い人が出てくる可能性も、ないわけではない」

「そうなったら、まず優勝は無理だね。
 まあ今回は観戦だけかな。
 ヴァンフリーブさん達を見て勉強しないとね。
 じゃあさっそく、観戦のチケット買って来ようか。
 2枚でいいよね。

「ぬ。
 お願いします」

「じゃあ行ってくるね」





*****





 観戦のチケット購入のため、闘技場へやってきた私。
 受付にはいつものミーティアお姉さん。
 が、しかし。
 見知った顔があと2つ。

「あれっ?
 エルノア、それにアリウスも。
 闘技場に何か用があったんですか?」

「エレナ、久しぶりね」

 優しい笑顔。
 品性のある仕草。
 かぐわしい香り。
 醸(かも)し出される癒し。
 そして、極わずかな黒の魔力。

「Aランクのトーナメントにエントリーしてきたのよ」

「エルノアが出るの!?」

「まさか。
 アリウスが出ます」

 なら安心。
 なような、エルノアの戦闘シーンを見てみたかったような。
 若干の怖いもの見たさ。

「お前は出ないのか?」

「私はでないっす」

 アリウスからの質問に即答。
 それを受け、彼は若干残念そうな顔をしたように感じる。
 
「アリウスが出るってことは、賞品は『本』っすか?」

「そういうことね」

「だが、探している本ではないようだ」

「あれっ?
 そうなんすか?」

「グリモワールらしい。
 しかも闇魔術関連の、だ」

「そんなものが賞品なんですか?」

「外面では闇のものとは分からないらしい。
 並みの者にとっては、ただのグリモワールとしての能力しか持たない。
 と、エルノアが言っている」

「エルノア。
 もしかして」

 感じた違和感、その断片。
 それらがつながり、1つの仮説が生まれる。

「このグリモワールを求めて、例の死霊術師がやってきたんじゃないか、ってこと?」

「そう。
 その可能性は十分にあるわ。
 だから当日は私も闘技場に赴(おもむ)いて、その人物が現れないか監視するつもり」

「もし、現れたら?」

「何もしないなら、逃がします。
 行動に出れば、場合によっては殺します」

「でも、居てくれるほうが安心できるよ。
 あんなに人がたくさんいるところで、エルノアみたいな人が暴れたら、と考えたら・・・」

「いっぱい死にますね」

「そだね」

 優しい微笑みを崩すことなく、冷酷な現実を突きつけるエルノア。
 想像される惨状は、身の毛もよだつ感覚を産み出す。
 その感覚を紛(まぎ)らわせるためか、自然と苦笑いが漏れる。
 全くもって笑えないが。

 様々な考察を行なっていると、エルノアが私をじっと見つめていることに気づく。
 視線が交わり、見つめ合う。
 何か、伝えたいことがあるようだ。

「エレナ」

「はい?」

「お願いがあるの」

「なんですか?」

「トーナメントに出て欲しいの」

「えっ!?」

 あまりに唐突で意外な依頼。
 私は、その真意を求める。

「アリウスだけじゃ、優勝できるか不安ですし」

「・・・まあ。
 実際お前に負けたわけだしな」

「でも今回の賞品って、探しているものとは別のものなんですよね」

「念のため、本当に違うのかを確認したいから」

「そうなんだ」

 そこから、しばし考える。
 すぐには答えは出せない。
 いくつかの懸念事項が思い起こされる。
 しかし、彼女の期待に応(こた)えたい気持ちもあり。
 そして何より、私の実力を試したい気持ちもあり。
 それぞれの事由を天秤(てんびん)に掛ける。

「・・・。
 わかりました。
 まあ、ノムがなんていうか分からないですけど」

「ノムは、トーナメントには出るな、って言ってるの?」

「出るな、っていうか、目立つな、みたいな」

「ノムらしいわね」

「なので、まだわからないですけど」

「ごめんなさいね。
 報酬もちゃんと払うわ」

「いや、いいっすよ報酬なんて」

「だめよ。
 依頼に対して報酬が払われる。
 冒険者業の基本よ。
 エレナ、もうこの街を出るんでしょ」

「なんで、わかったんすか?」

「そうなのか?」

「なんとなく、ね。
 この街を出たら、いや今もそうだけど・・・。
 あなたは世界中に存在する冒険者の中の1人になるの。
 だから、貰っておいて。
 でないと、今度は私が何かしてあげないといけなくなってしまう、でしょ」

「んー・・・。
 わかりました」

 私の同意に対し、エルノアは笑顔を見せる。
 アリウスも小さく頷(うなず)いている。
 私は、彼の顔を覗く。
 先日の彼との激戦。
 それを越える戦いが、繰り広げられる可能性がある。
 私は笑みを浮かべ彼に伝える。

「アリウスと、当たらないこと祈ってます」

「負けてやる、つもりは無い」

「はい!
 それじゃ、ノムが待ってるんで」





*****





「だめ」

「えー」

 エルノアの依頼をノムに伝えた私は、たった2音でバッサリと切り捨てられた。

「エルノアが、死霊術師がこの街に潜伏しているって話してたの、忘れた?
 その賞品の本が目的に違いない」

「だからエルノアが闘技場に来て、監視してくれるんだって」

「・・・。
 知ってて、出るって言ってるのか」

 呆れ混じりの先生がため息をつく。
 私を見つめなおすと、改めて続けた。

「でも、だめ。
 死霊術師は危険、しかもエルノアが危ないって言うほどの。
 もちろん、トーナメントの観戦も中止。
 すぐに、この街を出よう。
 ・・・。
 エレナに、目を付けられる可能性だって、ないとも言えないんだから」

 ノムの言うことに異論はない。
 それでも何故か、引き下がる気にはなれなかった。

「ねっ!
 今回だけ!
 お願い!」

 手を合わせ、片目をつむってのおねだり。
 そんな私の可愛い(当社比)仕草にしてやられたノム。

「あんまりよくないし、まだ認めたわけじゃないけど。
 とりあえず様子を見てから。
 でも、あまりにも危険だったらアウトだから。
 即刻脱出する」

「ありがとー、ノム!
 大好きさー」

 感謝の抱擁で駄目押し。
 なんとか、頑固なノム先生を攻略できたようだ。

「無理したら・・・駄目だからね」

 体が密着した状態で、彼女は耳元で弱々しく囁いた。





***** ***** *****





【魔術補足】死霊術


 今日はノムと一緒に、エルノアが泊まっている宿屋に来ました。
 ノムがどうしてもエルノアと直接話をしたいと言ったためだ。

「エルノア、悪いけど。
 あまりにも『酷い』魔術師だったら、私達は逃げるから」

「もちろんわかってます。
 あなた達が死んで、私のせいにされるのも嫌なので。
 あなた達が逃げる道くらいは、ちゃんと作りますよ」

「ありがとうございます。
 でも、相手はどんな魔術師なの?」

「わからないわ。
 わかるのは、『いる』、っていう感覚だけ。
 あと、危険な感じがします」

 未知は恐怖。
 しかも、私よりも上位の魔術師が、ここまで明確に『わからない』と言う。
 少しでもいいから情報を。
 不安感を希釈するために。

「死霊術師って、どんな魔術を使ってくるのかな?」

「そうですね。
 では、まず『死霊術』について簡単に説明しましょうか」

「よろしくお願いします」

「まずはじめに、『闇魔術』と『黒魔術』の違いはわかる?」

「闇魔術はマリーベル教会の退魔師団の幹部が定める禁止された魔術。
 黒魔術は悪しき思想を持った魔術師の残留魔力を用いて実現する魔術だよね」

「闇魔術は正解ですが、黒魔術は違いますね。
 黒魔術は、収束する魔力の種別は関係なく、魔力中の従属情報を書き換えないで収束するという、『強制従属』という収束法で実現される魔術のことです。
 だから黒魔力だからといって、その元の持ち主が悪い魔術師、という訳ではないです。
 残留魔力は強制従属することが、そうでない魔力に比べて簡単だというだけ」

「そうなのかー」

「次に死霊術ですが、これも闇魔術と同じで定義は教会が定めています。
 死霊術は大きく分けると2つに分類できます。
 1つ目は残留魔力に着目するもの。
 2つ目は死体自体に着目するものです。
 前者で有名ものは『死者会話』、つまり死者と会話するというものです」

「そんなことができるの!?」

「残留魔力には生前の術者の思念が情報として含まれます。
 この情報を読み取ることができれば、それは『死者の情報を聞き取ることができた』、ということになります。
 だだし、この情報は非常に微弱なうえ、その情報を読み取るには高度で繊細な魔力制御、感知の技術が必要です。
 つまり難しい」

「うーん」

「そこで、通例、2択の質問形式で行います。
 術者は質問を用意し、その回答を残留魔力から感じ取ります。
 イエスかノーか、どちらを強く感じたか。
 それで会話が成立します」

「でもそれって・・・。
 エルモアの勘違いだったりするんじゃないの。
 回答を感じ取ったって言っても、なんとなく、でしょ」

「確かに普通の人から見れば、占いみたいなもので、信憑性が心許(こころもと)ないですね。
 つまり、私をどれだけ信用するか、という話になります」

「正直、あんまり信用できないです」

「私は、他の死霊術師に比べると、残留思念感知は得意なんですけどね」

 魔力に残された意志。
 そんなものは、今まで魔術を使ってきて感じたことはない。
 死者会話。
 それは限られた者のみが使用できる特殊技能なのだ。

「そして、次に死体自身を用いる魔術です。
 これは死体を操る術、『死体操作術』が有名です。
 腐敗した肉体を持つ場合がグール、骨だけの場合はスケルトンと呼称されます。
 スケルトンよりグールのほうがより詳細な操作が可能です。
 操作は術者が遠隔操作することが基本ですが、残留魔力の持つ攻撃意志を利用し、自律的に動かすという方法もあります。
 これは強制的にウィスプやレイスを造(つく)っていることと同じですね」

「世界征服するには便利そうですね。
 ちなみに、生きた人間は操作できないの?」

「人間の体は封魔属性の防壁に守られていますので、それが操作用の魔力をはじいてくれます。
 しかし死んでしまうと、その防壁は霧散消滅するので、操作が可能になります」

「なるほど」

「まあ、あまりにも魔力差が大きい場合は生きたまま操作できますけどね」

「さようですか」

「最後に1つだけ注意があります」

「はい」

「絶対に真似をしないでください!」

「しません!」





***** ***** *****





 ついに明日、Aランクトーナメント開催。
 といわけで、遅れましたが参加登録に来ました。

「エレナがいなくなっちゃうのは寂しいなー。
 まあ、最後は綺麗に優勝を飾ってよ」

「まあ、なんとかがんばります」

 トーナメントの登録手続きを依頼する前に、私はミーティアさんにこの街を去る意志を伝えた。

「んじゃあ、これ。
 登録用紙ね」

 手渡されたのは出場者の一覧表。
 記載された名前の数は、Bランクよりも圧倒的に多い。
 私は用紙の最後尾に、自分の名前を記入した。

「どーも。
 ちなみに、今回はどんな人が出るんすか?
 私登録にくるのが遅かったんで、もうみんな登録済みなはずですよね」

「まあでも締め切りまでもうちょっと時間あるから、あとちょい増えるかもだけどね」

 個人情報保護の観点が働いたのか、ミーティアさんはそれ以上の話はしてくれない。
 しかし私は、ミーティアさんに個人情報保護の観点があるとは思っていない。
 もう少し粘ろう。
 私は登録用紙を上から眺めていく。

「えーっと、知ってる人は・・・
 アリウス。
 あと、イモルタ」

 そして見つけた、探していた名前。
 
「セリス、出るんだ・・・」

 もし、彼女を倒したら、今度こそちゃんと話がしたい。
 そんな新たな目標を胸に秘める。

「いよっし!
 闘技場を知り尽くした私が、今回のトーナメントのポイントを教えてあげよう!」

「是非に、よろしくお願いします」

 普通に教えてくれるようだ。
 それにしてもこのお姉さん、ノリノリである。

「まずは、この人!
 元西大陸の王国の騎士。
 騎士団長になれると言われながらも、若くして退役。
 その後は世界中を放浪し、更なる力を求め、技を磨く。
 剣技では右に出る者はいない!
 そしてイケメン!
 聖騎士、クレスト・エルストル!!」

 『聖騎士』という肩書きからして、武術に長けた人物であることが予測される。
 護身用で始めて、途中からは我流の私の剣術が、どこまで通じることやら。
 魔術で攻めるのがよさそうだ。
 勝手な騎士様イメージを脳内で構築し、イメージトレーニングを開始する。
 
「あとはー、もう一人有名な人がいるんだけど・・・。
 まだ登録してないなー。
 街で見かけたから、絶対に出る、はずなのに、なぁ」

 ミーティアは選手一覧用紙を数回見返す。
 意中の名前がないことに納得すると、残念そうな表情を見せる。
 と、思いきや。
 その表情が180度反転。

「と、噂をすれば。
 来ましたね!
 過去トーナメント出場3回中、優勝3回。
 無敗の最強魔術師。
 そして、超イケメン!
 女性人気No1!
 (でも私にはシエル君がいるから、どうでもいいけど)。
 ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン!!
 通称、ヴァン様!」

 背中から感じる漏出魔力。
 その魔力は、私の第六感にかつてない種別の刺激を与える。
 即、振り返り、視覚情報を得る。
 イモルタよりも落ち着いた色の短い爽やかな金髪。
 ほぼ同色の金色の鋭い瞳。
 なるほどイケメンな整った顔立ち。
 判断が難しいが、わずかに笑みをたたえているように見える。
 体を覆う黒のコート。
 そのコートの袖からは、両手首共に金色の腕輪、および青から紫色のルーンが刻まれた白のグローブが確認できる。
 私は、この装備が彼の戦闘スタイルを暗示するものだと判断する。

「この人が」

 まじまじと凝視する私には目もくれず。
 真っ直ぐにミーティアに接近する男性。
 放たれる圧倒的存在感で、後ずさりさせられそうになる。
 
「以上、優勝候補2人。
 ヴァン、アンド、クレスト。
 覚えた?
 ちなみに、Aランクトーナメントの司会は私なのです」

「そうなんだ」

 受付カウンターを挟んでミーティアと対峙した彼は、その口を開く。

「俺の噂話か?」

「トーナメントの登録ですか?」

「そうだ」

「では、こちらの用紙に名前を記入してください。
 今回も優勝したら、4連続ですよ!」

「『したら』、じゃない。
 『する』、だ」

 彼は自信家であるようだ。
 『大口を叩く奴にたいした奴はいない』というあるあるを、真っ向から否定する存在。
 近くに寄れば寄るほど、彼の隠し持つ魔力の大きさを感じ取れる。
 ノム大先生に匹敵する可能性すらある。
 そして。
 そんな彼に全く臆することないミーティアにも賞賛。
 改めてこのお姉さん、強者(つわもの)。

「クレストさんも出ますよー」

「知っている。
 今しがた、宣戦布告されたばかりだ。
 前回、決勝で負けたのが、よほど悔しかったらしいな。
 まあ、久しぶりに得るもののあった試合だった。
 だが、甘い。
 あいつは魔術が糞(くそ)だ。
 自身の剣技に、魔術技能が追いついてない」

「だから、今回はそこを埋めてきたそうですよ」

「はっは!
 それはいい!
 さらに楽しめそうだ!!」

「ちなみに、この娘も強いですよー」

「げっ!
 ミーティアさん!」

 絶妙なお節介。
 今はあまりパーソナルな情報を与えたくない。
 『弱っちい乙女の振りして不意打ちの一撃でKOする』、という私の作戦に支障が出る。

「貴様も、でるのか女?」

 『貴様』って、あんた。
 扱いゾンザイすぎない?
 私の女の魅力伝わってないの?
 ホモなの?

 そんな心の内はひた隠し。
 無知な少女を演出してみたりして。

「えっ?
 はい、一応」

 怖がっている風な態度で返す。
 かつ同時に漏出する魔力を最小限に留める。
 オーラセーブ。
 ノムとずっと一緒にいたからか、私も彼女が得意なその技術が、六部咲き程度に開花していたのだ。
 おそらく彼は、私の魔力的な実力を判断することはできない、と思われる。

「読みづらいな」

 ボソッと呟(つぶや)いたヴァン様。
 すると、なぜか知らんが私にジワジワと近き。
 目の前まで近寄ると、そこからさらに顔を近づけてきた。

 何!?
 近いって!
 さっさとどっか行きなさいよ!

 息もかかるほどの近距離からの凝視攻撃。
 石化しそう。
 眉間のシワが目に入る。
 反射的に視線を逸らせる。
 苦い笑みが零れ出る。
  やましいことはないのだが、取調べを受けている感覚。
 ・・・。
 その時間が5秒ほど続き。
 私を釈放した彼は、
 
「ふっ」

 そんな鋭く短い笑いを、私に向けて放った。
 不遜。

「どうですかー?
 エレナちゃんっていうんですけど」

「少しは楽しめそうだそうだな」

「おおっ!」

 ミーティアが手を叩き、驚嘆の声を上げる。

「勝ち残ったときは相手をしてやる。
 まあ、勝ち残ったら、だがな」

 そんな言葉を吐き捨てて、彼は闘技場を後にした。
 その背中をホゲーっと見つめる。

「行っちゃった」

「エレナ、すごいじゃん!
 普通ならヴァン様は、雑魚とか、粕とか、糞(くそ)とか、ド阿呆とか、馬鹿とか、ゴミとか、生ゴミとか、クソ虫とかしか言わないのに。
 『楽しめそう』って言わせたってことは、結構認めてたってことだよ!」

「強そうな人でしたね。
 魔力も、そして自信もすごい」

「でもあれは、わざとああいう風に見せてるだけで、実際の戦闘のときは至極冷静沈着だから、気をつけてね。
 優勝するんでしょ。
 ってことはクレストも、ヴァン様も倒さないと、だよね」

「そうですね」

「おっしゃ!
 じゃあ最後に一言。
 私はエレナを応援してるからね!」

「ありがとう!
 がんばりますよ!」





*****





 ついに始まったAランクトーナメント。
 これは5日間かけて行われる
 まず最初の2日は予選。
 予選1日目で60人の選手が32人まで絞られ、予選2日目で、その32人が8人まで絞られる。
 3日目が本選の1回戦。8人が4人まで減る。
 4日目が準決勝。
 そして最終日が決勝だ。

 Aランクトーナメントは、試合後にしっかりと魔力を回復できるように、日数をかけて行われる。
 1つの試合で魔力を使いきっても大丈夫。
 そのかわり、毎試合毎試合、自分も相手も全力で戦うことになる。

 抽選により決定された予選ブロックの対戦相手。
 1人目、魔法を使えない大剣と鋼の鎧を装備した戦士。
 2人目、炎術を得意とする杖装備の炎術師。
 3人目、風術と魔導術と炎術を扱う刀装備の魔導闘士。
 で、あった。
 私は、そんな短い説明しか思いつかないほどに、あっさりと彼らを撃破していった。
 この予選で私が気になっているのは、私の対戦相手のことではない。
 試合が終わるや否や、私はノムの待つ闘技場の観客席へ向かった。





*****





「ノムー、どうだった?」

「うん、エレナに言われたとおり、ちゃんと見てた。
 知ってるかもしれないけど、エレナがチェックしてた人は全員、明日の本選に進んだ」

 私が気になっていたのは、本選で戦うことになる強敵。
 その戦闘スタイル。
 事前に可能な限りの情報を得るため、ノムに試合の観戦をお願いしておいたのだ。

「うん。
 一応、私も自分の試合の合間で見てたんだけど。
 ノムの感想としてはどうだった?
 誰が手ごわそう?」

「じゃあ、手ごわい人は後に残して、比較的に弱いと私が思う人から挙げていくね」

「よろしく」

「まずはアリウス。
 弱い、と言っている訳ではない。
 彼も前回に比べると格段に強くなってる。
 もし、エレナとあたったら、本気で勝ちに来ると思う」

「そうだね」

「クールな顔しているけど。
 実際、エレナに負けたのが相当悔しかったんじゃないかな」

「そうかな?」

「アリウスの戦闘スタイル。
 特筆すべきは『ナイトリキッド』。
 魔導の魔力で使い魔、のようなものを創造し操る、厄介な魔術。
 がしかし残念ながら、アリウスの対戦相手が雑魚すぎて、今回ナイトリキッドは見れなかった。
 私がアリウスの立場ならば、『本選まで力を温存できた』って言うかな」

「本当に残念だ」

「槍に魔導の魔力を収束する武具収束術技『エーテルショット』。
 3戦とも、これがトドメの一撃となっている。
 Bランクのときにエレナも一発喰っているし、特に要注意な攻撃」

「あれは痛かった」

「もう1点だけわかったことがある。
 アリウスは炎術もそこそこいける。
 つまりアリウスが使えるのは魔導術、風術、炎術の3つになる。
 私のオーラサーチの結果からすると、残りの3属性は不得意だと思われる。
 ただし、『不得意』であって、『使わない』ではないから注意して。
 炎術と風術が使えると、広範囲で比較的攻撃力もある『バーストストーム』なども注意に入れないといけない。
 炎術1つで、戦略は一気に増える」

「なるほど。
 Bランクのときは、さほど炎術は使わなかったもんね」

 Bランクトーナメントから3週間ほど。
 たったそれだけの期間で、彼はどこまで強くなっているのか。
 不安と期待が入り交じり、いびつな笑みが産み出された。

「次は、クレスト」

「ヴァンフリーブさんが、『あいつは魔術が甘い』って言ってたけど」

「その考えは危険。
 ヴァンフリーブと比較すれば甘いのかもしれない。
 しかし、彼は神聖術を使う。
 光と封魔の合成術。
 当然、光術と封魔術も使える。
 魔術攻撃力も十分にある」

「厄介だね」

「もちろん、最も警戒すべきはその卓越した剣術。
 通常の剣よりも少し大きめな白銀の剣(つるぎ)は、十分な魔導加工が施された一級品。
 剣だけの勝負ならば、エレナに100%勝ち目はない。
 必然的に遠距離、中距離からの魔術戦に持ち込むことになる。
 相手は常に間合いを詰めてくる。
 敏捷性はエレナに分があるから、どれだけ間合いを確保できるかが鍵になる」

「なるほど」

「ここで厄介になるのが相手の神聖術。
 剣と神聖術の武具収束術技、『神聖十字斬り』。
 単純な物理攻撃では実現できない射程と威力を兼ね備える。
 この攻撃を見切れるかどうかが、勝負を分けるのかもしれない」

 ここまで武術を極めた人物との戦闘は、私は初めて。
 怖気づくような気持ちもあり。
 私の魔術がどこまで通用するのか、試してみたい気持ちもあり。

「そして、ヴァンフリーブ。
 正直、ここまで強いとは思わなかった。
 しかも、かなり頭がキレる」

「ミーティアさんも、似たようなこと、言ってた気がする」

「剣も槍も持っていない、完全なる魔術師タイプ。
 武器は腕輪。
 この腕輪に魔力を収束、蓄積することで、高威力な魔術や流れるような連撃を実現する。
 そして、彼は六属性全てを得意としている。
 彼が予選で使用した魔術を列挙する。
 1戦目は、炎術ハイバースト、ただ一発で試合が決まった。
 2戦目は、牽制の光術レーザーを放った直後、風雷合成スパークウェイブの直撃で勝負有り。
 3戦目は、魔導術エーテルスフィアとトライエーテルの連撃で追い込んだ後、封魔術ハイフリーズが炸裂した。
 一方的に攻撃を繰り出し、三戦で一度も相手を近づけさせることはなかった。
 対戦相手の実力から考えて、六属性全てを確認できたことが幸運と考えるべき」

「そうだね」

「ここからは想像でしかないけど、扱える魔術の種類はエレナよりも多いと思われる。
 攻撃前に魔術種別を予測することが非常に難しい。
 全属性強力。
 軽視できる属性はない。
 あえて言うなら、2戦目で使用した『スパークウェイブ』にポイントを置きたい。
 ヴァンフリーブは相手の魔術防御力の低さを瞬時に見抜き、攻撃力はそこそこだけど攻撃範囲が広いスパークウェイブの魔術を選択した。
 これは敏捷性が高い代わりに魔術防御力が比較的低いエレナに対しても有効となる。
 その他、広範囲攻撃である『ハイウィンド』、『バーストストーム』も使えるはずだから、常に注意が必要となる」
 
 魔力で圧倒されてしまうと、避けられない低威力広範囲攻撃でも体力を削れてしまう。
 まさに、ノムの言うとおりだ。

「昨日と今日の試合で見せた術。
 それ以外、それ以上の術も使えるはず。
 読めないところが多い」

「わたしじゃ勝てない?」

「でも。
 私はエレナのことも読めない。
 エレナはいつも、私の予想を越えてくる。
 だからこそ、彼との試合を見てみたい。
 そして。
 エレナが、勝つところを見たい」

「まあ一応、優勝するつもりだからねー」

 笑顔に笑顔。
 一瞬緩んだ雰囲気。
 それは、すぐに引き締まることとなる。

「でも・・・。
 今回のトーナメント、一番の強敵は他にいる」

 ノムの表情が一段と険しいものに変わる。
 その理由は、私にも、既にわかっている。
 私も今日、その人物の戦いを見ていたからだ。

「エレナが優勝するために、倒す必要のある人物」

「セリス。
 まさか、この数日であんなに強くなってたなんて。
 魔力量が、増えていた。
 というよりも・・・」

「あのときは本気ではなかった、ってこと、かもしれないの」

「セリスの体中に存在する魔力が、より効率よく引き出されている、とか」

 昨日と今日の彼女の戦いを脳内リプレイする。
 3試合ともに、たった一発の雷撃で終わってしまった。
 そんな彼女は一瞬の笑みも見せず。
 勝利の瞬間も、無表情のまま。
 彼女は何を思い、何を抱えているのだろうか。

「でも・・・。
 このままだとセリス、危ない気がする。
 無理してる気がするんだよね」

「かも、しれない」

 改めて、過去の彼女に思いを馳せる。
 あのときの、死んでしまったかのような彼女の瞳。
 それが、私の脳内に強く焼きついている。

「エレナ、無茶したらだめだからね」

「わかってる」

「エレナの、『わかってる』、は信用できない。
 エレナがセリスのこと、気になるのはわかるけど。
 私は、エレナが・・・」

「まー、とにかく今日は宿に帰って明日の予行練習。
 イメージトレーニングでもしようかなー。
 誰にあたってもいいように、さっ!」

 ノムの言葉を途中で遮(さえぎ)り、明るく振舞う。
 もう引き返すつもりはない。
 誰が相手になろうとも。
 全てを退(しりぞ)ける。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
「みなさーーーーーーーーーーーーん!
 元気してるーーーーーーーーーーーー!!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 闘技場に響く、すこぶる明るい声。
 司会のミーティア・ユークレス。
 観客席、南側の入場門の上部、最前列で立ち上がり、右手を大きく振り上げて場を盛り上げる。
 場慣れしれいる、玄(くろ)のお姉さん。
 それに返す観客たちの溢れんばかりの歓声。
 観客席はすべて埋まり、通路さえ立ち見の観客で埋まる盛況。
 この街最大の祭りと化した、異様なまでの盛り上がり。
 その声は空間を伝わり、私の肌と鼓膜にビリビリとした刺激を与えてくる。

 私を含め、本選出場の8名は今、闘技場のステージの上に集められている。
 北にセリス。
 北東には、白銀の鎧と白銀の剣を待つ騎士。
 東にはヴァンさん。
 南東には、いかにも屈強そうな、黒い鎧、黒い斧を装備した重戦士。
 南に私。
 南西にアリウス。
 西には、凛々しい顔、美しく長い銀髪をなびかせる騎士風の女性。
 北西には、いかにも弱そう、風変わりな身なりをした杖装備の男性、おそらく魔術師。

「今からAランクトーナメント本選を開始しまーーーーーーーすっ!
 そして私は、今回のトーナメントで司会進行、実況を勤めます!
 ミーティアです!
 よろしくーーーー!!!」

 その宣言で、盛り上がる場は、最高潮。
 『かわいい!』とか『好きだー!』とか『結婚してくれ!』という声もチラホラ。
 ミーティアの人気の高さが伺(うかが)い知れる。

「そして~、予選を勝ち抜いた8組の出場者によるーーー、厳正な抽選の結果ーーーーーっ!
 トーナメント表が決定しました!!
 まずはAブロック。
 第一試合。
 リリア・ディアラム対、クレスト・エルストル!!

「きゃーーーーーーーーーーー!」

 一段と女性の歓声が大きくなる。
 イケメン騎士クレストに向けられたものと思われる。
 黄色い悲鳴で表現された人気。
 クレスト氏は左手を突き上げて歓声に答える。
 一方、リリア嬢は無反応。
 鋭い目つきで、真っ直ぐにクレストを見つめている。
 私としては、女性のリリアさんを応援したいところだ。
 がんばれリリアさん。

「続きまして、Aブロック第二試合。
 ゴッサム・ポートリオ対、セリス・シルバニア!!

「わーーーーーーーー!!」

 黒い鎧の男性が、その黒い斧を天に突き上げる。
 一方のセリスは微動だにせず。
 じっと地面を見つめたままだ。
 まあまあ、予想通りの反応。

「続いてっ!
 Bブロック、第一試合!
 フォゾン・イーノルマータ対、ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン!

「きゃーーーーーーーーーーー!!」

「ヴァン様ぁーーーーーーーーーーーー!!」

 クレストを超える圧倒的な歓声。
 その波動を受けたヴァンフリーブ氏は、ほのかな笑みを浮かべる。
 ちなみに、なんか弱そうな魔術師と思われる男性がフォゾン氏のようだ。
 覇気のない表情。
 大物なのか、頭がおかしいのか。
 現時点ではわからない。

「そして最後にー!
 Bブロック、第二試合!
 アリウス・ゼスト対、エレナ・レセンティア!!!」

「わーーーーーーーー!!」

 どうしても歓声の大きさをクレストやヴァン様と比較してしまう。
 人気では明らかに負けてはいる。
 私の魅力が観客に、まだキチンと伝わっていないらしい。
 見てらっしゃい。
 目にもの見せてあげますわ。
 私は低く掲げた両手を横にプラプラさせて、その声援に応える。

 視線。
 北の方角から感じる殺気。
 セリスがこちらを見つめていた。
 少しばかし、私のことを気にしてくれているらしい。
 ・・・。
 とりあえず、手ーふっとこー。
 笑顔を向けると、彼女は視線を外した。

 全選手の紹介が終わった。
 ついに、トーナメントが始まる。

「さぁーーーて、ここで!
 サープライズゲスト、本試合の解説者の登場だ!
 世界を渡り歩き、魔術の真理を手に入れんとするもの。
 魔術の知識に関して、右に出る者はいない。
 向かうところ敵なしの最強魔術師!
 人呼んで、『無音の大魔術師』。
 ノム・クーリア!!」

「わーーーーーーーーーーーーー!!」

「ぬ!」

「なにやってんの!!!!!」

 ちょこんと掲げられた右手。
 実況のミーティアの右隣に現れたのは、ノム大先生。
 いや、あんた人に『目立たないほうがいい』とか言わなかったっけ!
 最悪に目立ってんだけど!
 本当にサプライズや。
 いつの間にこんな話になってたんだよ。
 
 私はノムをニヤニヤとした表情で睨みつける。
 彼女は私に視線を合わせると、『してやったり』と言わんばかりの悪い笑みを浮かべる。

 出場者全員がノムを見つめている。
 あのヴァン様やセリスですら。
 さすがに、『無敵の魔術師』とか紹介されたら、どんなやつだよって思うわな。

 そんな先生のサプライズ登場もありながら、オープニングセレモニーは閉会されたのでした。





*****





【** ノム視点 **】


 ここからは解説ノム・クーリアでお送りします。

「ではさっそく第一試合!
 西、赤の門から入場するのは、氷華(ひょうか)の女騎士、リリア・ディアラム!
 東、青の門から入場するのは、流浪(るろう)の聖騎士、クレスト・エルストル!」
 
「きゃーーーーーーーーーーー!」

「クレスト様ぁーーー!」

 鼓膜を揺るがす黄色い歓声。
 若いなぁ。
 とか、思ったり。

「解説のノムさん。
 この試合、どう見ます?」

 ミーティアが私に振ってくる。

「剣術ではクレストが勝っている。
 リリアの刀術も高いレベルとは思うけど。
 しかし、魔術ではリリアの方が一段上。
 クレストの神聖術は強力。
 でも使用できるのは光と封魔の2属性のみ。
 一方、リリアは封魔、光、雷、風と4属性を扱う。
 この2属性の差に注目したい」

「なるほど!
 リリアの魔術攻撃に注目したいと思います!」

 ステージに2人が登壇。
 準備が整った。

「では・・・。
 試合、開始!!」

 ミーティアの合図を受け、即、侵攻を開始するクレスト。
 リリアは構えた水色の刀に魔力を集める。
 封魔の魔力。
 そして、相手が間合いに入る前に、刀の切っ先から複数の氷の刃を放った。
 しかし、クレストはその氷刃(ひょうじん)の間を縫うように回避。
 あっという間に斬撃の間合いに入る。
 
 1撃。
 2撃。
 3撃。
 4撃。
 5撃。
 6撃。

 流れるような剣撃。
 何発の斬撃が繰り出されたのか。
 その数を数えるだけで脳が溢れる。
 リリアはこれらを自身の刀で受け流す。
 が、じわりじわりと後方に押しやられ。
 連撃を振り払うように、封魔術の拡散放出魔術、ダイアスイープを放つ。
 クレストは後方にステップ。
 これを回避した。

「クレスト、一方的な連撃!
 しかしリリアも封魔術で応戦だーーー!」

「クレストの剣術に賞賛。
 しかし、リリアも負けていない」

 今のような剣でのやり合いが続けば、勝負の結果は明白。
 それがわかっていたからこそ、リリアはここで大きく動く。
 リリアの刀の切っ先から、封魔の魔力が拡散放出される。
 その魔力は光を反射する雪の粒が作る霧。
 相手のクレストを包み込み、そしてそのまま、ステージ全体をカバーするほどに広がった。
 
「リリア選手、魔術を発動。
 ノムさん、これはいったい何でしょうか?」

「封魔術の広範囲拡散放出魔術、ダイアミスト。
 封魔の魔力を霧のように拡散する。
 しかし、魔力の感覚から判断すると、威力がある攻撃ではない。
 封魔防壁を強化していれば、ほぼ無害化できる。
 霧の濃さからしても、視界を悪化させるほどのものでもない。
 何か、別の意図がある。
 クレストの光術の拡散が目的か。
 あるいは・・・」

「なるほど」

「しかし、これはただのダイアミストではない。
 魔力の空間滞在時間が長い。
 通常は魔力を放出すると、すぐに消えて霧散してしまう。
 これだけ長く空間中に滞在できるのは異例。
 彼女の魔術の熟練具合が窺(うかが)い知れる。
 これは同じく本選出場者のアリウスの得意な魔術『ナイトリキッド』に類似する。
 しかし、ナイトリキッドのように、放出後に術者が自由自在に操作できるものではないと思われる」

「遠めで見てそこまで詳細がわかるノムさんも、すごいですけどね」

 様子を伺っていたクレスト。
 相手の魔力に殺傷力がないと判断すると、攻撃を再開する。

「おおっと!
 クレスト選手が動いた!」

 その瞬間、何もない空間に氷の華が咲く。
 クレストは持ち前の反射神経でこれを回避。
 左に大きくステップ。
 しかし、ステップした位置に生成される新たな氷の華。
 クレスト、再度ステップ。
 氷の華は避けるクレストを追い続ける。

「でたーーー!
 リリア選手の連続氷撃。
 これこそ、彼女が氷華(ひょうか)の女騎士と呼ばれる所以(ゆえん)だーー!」

「自身から離れた位置に魔力を収束する『スフィア収束』。
 封魔術の単点収束ダイアスフィア。
 それにしても収束が速い。
 スフィア収束は近傍収束に比べ魔術的労力が大きい。
 それをこの速さで、そして連撃で実現しているのは見事」

 氷の華に踊らされるクレスト。
 しかし、彼女も完全にはしとめ切れない。
 絶妙な反射反応で、全ての氷撃を回避し続ける。

 リリアは遠距離戦を望んでいるはず。
 しかしクレストとの距離は少しづつ縮まっている。
 クレストが魔術を見切りつつある。

 氷撃の実現速度は確かに速いが、一撃一撃の攻撃力がまだまだ甘い。
 それが、クレストに幾ばくかの余裕を生んでいる。
 彼女の魔術センスは素晴らしい。
 これから彼女は、もっともっと伸びるだろう。

 クレストとリリアの間合いが十分に縮まる。
 彼女から彼に向けて放出された、一撃の華。
 それは彼女と彼の間で美しく炸裂する。
 が、しかし。
 彼はその華へ向けて一歩を踏み出した。

「強行突破だ!!!」

 ミーティアが叫ぶ。
 魔術の威力はクレストも既に把握済み。
 封魔防壁である程度、解決できるであろう。
 その予測のとおり、彼は氷の壁を突破する。
 肉を切らせて骨を絶つ。
 そんな言葉に従って。
 クレストは剣を高く振り上げた。

 一瞬の笑顔。

 それが『彼女』から零(こぼ)れ落ちた。

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 リリアの構えた刀の切っ先から、封魔の魔力が溢れ出る。
 高速で構築された魔術。
 氷が飛び散り、クレストに突き刺さる。
 直撃。
 その結果を受け、クレストは攻撃から防御へ展開する。
 バックステップで後方退避。
 大きく間合いを広げた。 

「決まったーーー!
 カウンターのダイアブレイクだーーー!!」

「前撃から次撃発動までの時間が短すぎる。
 超高速収束。
 もしかすると、拡散放出したダイアミストを魔力源として利用している可能性もある。
 しかし、残念ながら収束した魔力量が少なかった。
 致命傷にはなっていない」

 私のその言葉が正しいことを示すように、クレストは状態を立て直し前を向く。
 そして臆することなく、次の攻撃に移行した。
 リリアも即、応戦の構え。

 とても調和の取れた戦い。
 この試合、最後までその結果はわからない。





*****





「クレスト選手の神聖術が炸裂!
 リリア選手、大きく退(しりぞ)いたーーーーーーー!」

 一進一退。
 クレストの剣術に思考の多くを奪われていたリリアは、突如として放たれた彼の神聖術『セイント』に対応できなかった。
 しかしここまでに、彼女の封魔術もクレストに多大なダメージを与えている。 
 両者、息を切らせ、満身創痍。
 ながらも、相手の次の動きを見抜かんと、冷静な眼差しを交わしていた。
 さあ、この戦いも終盤だ。

「両者、動かず。
 にらみ合いの様相を呈しています。
 この拮抗状態を打ち崩すのは、いったいどちらだ!」

「霧が・・・
 濃くなってるね」

 リリアが産み出す封魔の霧。
 それは、試合が進むにつれ、濃くなっていた。
 霧の空間滞在時間は有限。
 時間が経つにつれ空間中に霧散消滅していく。
 そのはずなのだ。
 しかし、リリアはこの戦闘中、減少量を上回るペースで霧を補充し続けていた。

「この霧には、彼女のダイアスフィアの発動効率を上昇させる効果があるらしい。
 ならば、霧が濃くなれば濃くなるほど、魔術の効率は上がるということ」

「試合が長引けば長引くほど、リリア選手が有利になるということですね」

 ここでリリアが動く。
 封魔術拡散放出、ダイアミスト。
 それは今までのソレと比較して、さらに高濃度の氷の霧を生成。
 白い霧がクレストを包み込む。
 視覚情報が完全に阻害されるほどの濃度ではない。
 しかしそれでも。
 その謎多き霧は、彼にかつてない不安感、危機感を与える。
 だからこそ彼は、攻撃を選ぶ。

 地を蹴り、前へ。
 一気に間合いを詰める。
 そのタイミング。
 氷塊が生まれる。
 しかし、一輪ではない。
 無数の煌めく氷塊が、クレストを取り囲んだ。
 
「ダイアスフィア、多地同時収束!」

 氷の華が壁となり、クレストの前後左右、進路、退路を塞ぐ。
 魔術発動に応じて、クレストは前進を停止。
 動作を防御に切り替える。
 彼女のダイアスフィアの攻撃力の程度から考えれば、封魔防壁の強化だけで致命傷は避けられる。
 そんな彼の思考が読み取れる。

 ダイアブレイクの名の言われ。
 生成された氷塊が、粉々に砕け炸裂するという意味を持つ。
 しかし、彼女の作った氷塊は砕けず、そのソリッドな形態を維持していた。
 それは、通常ではありえないこと。
 氷解の状態で止(とど)めることには、高い魔術制御が必要であり、通例、氷塊はすぐに炸裂するものなのだ。
 氷塊の炸裂に備え、防御のタイミングを見計らうクレストが浮かべる疑惑の表情。
 一瞬の静寂。

 この戦況が暗示すること。
 それは。

 この氷華は牽制!

 リリアの刀に集まる封魔の魔力。
 急速収束されたソレは、氷の刃となり、彼に向けて放たれる。
 そのタイミングとほぼ同時。
 静寂を保っていた氷塊たちが、美しい華を咲かせ。
 次の瞬間。
 氷刃(ひょうじん)が、クレストをその封魔防壁ごと切り裂いた!

「氷刃(ひょうじん)と氷華(ひょうか)の同時攻撃。
 氷と刀の武具収束術技、氷紋刹(ひょうもんせつ)!」

「決まったーーーーーーーー!!」

 ミーティアの実況の白熱ぶりが、氷刃(ひょうじん)の威力を物語る。
 それは決定的な一撃。
 誰もが、そう思ったはず。

「まだ終わってないの!」

 検知した、クレストの剣に神聖属性の魔力が急速に収束される感覚。
 彼はまだ死んでいない!
 神聖十字斬りだ!
 濃い氷の霧の中で、彼が剣を左に構えるのが確認できる。





 しかし。
 終わっていなのは、彼だけではなかった。






 リリアに集まる風と封魔の魔力。
 氷紋刹(ひょうもんせつ)放出からノータイム。
 その魔力の収束が、彼の神聖魔力収束速度を上回った!

「ブリザーーード!!」

 刀を天に掲げ、リリアが叫ぶ。
 その瞬間、ステージ上に拡散されていた霧が、クレストに向けて一気に集まり凝縮される。
 風と封魔の合成術。
 晴天の闘技場に、氷の嵐を巻き起こす。
 実現された広範囲攻撃を前に、逃げ場なし。
 先の氷紋刹への対応で使い果たした彼の封魔防壁は、彼女の最後の切り札に対応するための余力を残してはいない。

 ステージを包む氷の粒。
 その粒が光を反射することにより生まれる煌(きらめ)きが徐々に弱まり。
 彼女が作る霧も、全て晴れたとき。

「勝負あり!
 勝者、リリア・ディアラム!!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 ミーティアの勝利アナウンスで闘技場が沸き上がる。

「最後はリリア選手のブリザードが炸裂しました。
 私には、クレスト選手の神聖術が先攻するかと思われたのですが。
 彼女の最後の魔力収束は速かったですね、ノムさん」

「前の氷紋刹で収束魔力を使い果たしていたにも関わらず、次撃のブリザードの実現速度はとてつもなく速かった。
 おそらく、これは彼女が作り出した霧を利用したのだと思う。
 空間中に放出した氷の霧を利用することで、魔力量を補った。
 しかし、一度空間中に放出した魔力を法陣を使わずに再度収束するなんて技術、聞いたことはない。
 彼女の魔術センスは非常に高い。
 1試合目から非常にレベルの高い試合だった。
 両者、大絶賛なの」

「本当にそうですね!」





*****





 先ほどの試合の興奮も冷めやらぬまま。

「Aブロック、第二試合を始めます。
 西、赤の門から入場しますは。
 黒斧(こくふ)の重戦士、ゴッサム・ポートリオ!!」

「うおーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 ステージに上がると、雄たけびを上げるゴッサム。
 漏出する魔力は、炎。
 斧と炎術の使い手だ。

「続きまして・・・。
 西、青の門から登場します。
 雷神を宿す美女、セリス・シルバニア!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 闘技場内から歓声が上がる。
 彼女はBランクのトーナメントに数回出場したことがあるようだ。
 その試合を見た観客は、彼女の実力を知っている。

「さてノムさん。
 この試合、どう見ます?」

「セリスの雷術に注目。
 以上」

「なるほど。
 さて両者準備が整ったようです。
 ・・・。
 では、試合開始!」

 その瞬間。
 闘技場に出現する青色の魔法陣。

 想定を完全に外れた現象に、相手のゴッサムは状況判断に遅れを取る。
 ようやく全てを理解すると、セリスに向けて突撃を開始した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 斧を振り上げ、重厚な鎧を揺らしながら全力で前進するゴッサム。
 しかし。
 もう全てが遅すぎる。

 巨大な魔法陣が青く発光する。

「アーク、スパーク」

 拾ったその呟(つぶや)きの直後。
 この場にいる全ての人間の目が青で支配される。
 暴龍のような電撃。
 それが魔法陣の中でぐちゃぐちゃに暴れ舞う。

「法陣魔術だーーーーーーーーーーーー!」

 ミーティアの叫びをかき消すほどの炸裂音。

 ・・・

 その攻撃は、私の想定よりも短い時間で終わった。
 それは彼女が若干の手加減をしたことを意味している。
 しかし、相手を焼き尽くすには十分であった。

「し、勝負あり!
 勝者、セリス・シルヴァニア!」

 前の試合とは真逆、あっという間の決着。
 実力差がかけ離れすぎていた。
 焦った様子で救護班の数名がゴッサムに駆け寄る。

 彼女の実現した法陣魔術。
 さすがの私も言葉を失うその威力。
 何よりも、その収束速度の速さに驚いた。
 そして、その魔術は。
 エレナへ向けられた脅迫のメッセージのように感じた。





*****





「いよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっし!
 本選を再開しまーーーす!」

 本日最高潮のテンションでミーティアが叫ぶ。
 午前中のAブロックの2戦が終わり、昼食休憩が取られ。
 そして今、Bブロックの戦いが始まった。

「Bブロック、第一試合。
 西、赤の門から入場するのは、謎多き奇術師、フォゾン・イーノルマータ。
 そして対するは、前回大会優勝者!
 東、青の門から入場するのは、魔術の帝王、ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン!!」

「キャーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「ヴァン様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「ヴァン様ーーーーーーーーーーっ、かっこいいー!」

 全方向から女性の悲鳴。
 この場にいる人の多くが、否、ほぼ全てが、本大会の優勝候補は彼だと考えているだろう。
 まあ、私の方が強いけど。
 こんな生猪口才(なまちょこざい)には負けない。

「さてさてノムさん。
 この試合、どう見ます?」

「フォゾン選手。
 オーラセーブが得意みたい。
 へにゃへにゃに見えるけど、裏がある。
 しかし、ヴァンフリーブに届く程かというと悩ましい。
 相手の裏を付く何かしらの秘策があれば、もしかすると、があるかもしれない」

「おお!
 フォゾン選手も意外に好評価。
 これは楽しみです!」

 そんな私の発言を聞いたフォゾンが苦笑いを湛(たた)え私を見てくる。
 『余計なこと言うな』とかなんとか言い出しそうだ。
 そんなことは知らぬ。

「それでは・・・。
 試合スタートでーーーーーーす!!」

「はーーーーーーーーーい、降参。
 降参しまーーーす!」

「はぁっ!?」

 会場全体の気持ちが一致した。
 驚愕と落胆。
 試合開始直後、フォゾン選手は両手を挙げ、降参を宣言した。

「え、えーっと・・・
 それでは、えーっと。
 勝者~、ヴァンフリーブ」

 困惑の声色混じりにミーティアが宣言した。
 ざわつく闘技場内。
 
 両者が逆方向に退場していく。
 その途中でまた、フォゾンがニヤついた嫌な笑いを浮かべ私を見つめてきた。

 だから、知らんって。





*****





【** エレナ視点 **】


 東の入場門の前で待機する私。
 その門からヴァンフリーブの戦いを可能な限りうかがわんと目を凝らしていたが。
 まさかの不戦勝。

「嘘でしょ」

 残念すぎる。
 フォゾン、あんにゃろう。

 ヴァンフリーブがこちらに引き返してくる。
 門の真下まで到達したところで、呆気に取られてボケーっとステージを見続けていた私と目が合う。

「エレナだったか」

「はい、エレナっす」

 そう言うと、急に近寄ってくるヴァン様。
 そして先日と同じように、さらに顔を近づけてきた。

「よく見ると」

「はい?」

「よく見ると、なかなか整った顔をしているな」

 『よく見ると』ってなんなんだろ?
 要らなくない。
 『かわいいな』でいいじゃん。
 ツンデレか。

「試合、見させてもらうぞ。
 必ず勝て。
 俺を倒して、優勝するんだろ」

「そうっすね」

 前回王者から発破を掛けられる。
 そして、私はそれをモチベーションに変換する。
 やってやろうじゃないの!

「ふっ!
 やってみろ!
 楽しみにしている!」

 そういって彼は去っていった。
 ああ見えて、実は結構いい人なんだなー、と気づく。
 
 そう、明日ヴァンさんと戦うために。
 倒すべき人がいる。





*****





「ついに本日最終戦。
 Bブロック第二試合!
 西、赤の門から入場。
 宵闇を操る者、アリウス・ゼスト!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「そしてーー・・・。
 東、赤の門から入場するのは・・・。
 神速の雷姫(いかずちひめ)、エレナ・レセンティア!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 私と彼は、壇上に上がり見つめ合う。
 私の目的はエルノアへの賞品の献上。
 その目的は彼でも果たせる。

「アリウス。
 念のため聞きますけど。
 私、棄権したほうがいいっすか?」

「全力でこい。
 勝った方が、強いほうが残ったほうが、優勝できる可能性は高い。
 そして、俺は、負けるつもりは無い。
 ・・・。
 お前と戦うのも、これで最後になるかもしれない。
 お前がこの街を離れれば、もう二度と、会うことも、ないかもしれない。
 だから最後は、俺が勝たせてもらう!」

「勝ち逃げっすか?
 でも、私も負けるつもり無いんで。
 いろんな、約束があるから」

 懸念点は消滅し、意志が強固となった。

 アリウスを倒す!
 全力で!!

「本選Bブロック第二試合・・・。
 はじめーーーーーっ!!」





*****





【** ノム視点 **】


「さて、ノムさんに、この試合の見所を聞いていきましょう」

「2人は、先日のBランクのときにも顔を合わせてる。
 そのときエレナは法陣魔術アークスパークで勝利を収めたけど、今回は相手も警戒しているはずなので厳しいと思われる。
 エレナは本大会随一の敏捷性を誇り、繰り出す雷術の威力も高い。
 一方、アリウスは魔術の制御力で一歩抜きん出る。
 接戦が予測される」

「なるほど」

「エレナの弱点は、広範囲攻撃。
 素早い虫を引っ掛ける、大きな蜘蛛の網のイメージ」

「なに人の弱点教えてんだよ!!」

 エレナがこっちに文句を言ってくる。
 おもろい。

「一方、アリウスの弱点は接近戦。
 敏捷性と剣技で上回るエレナが有利。
 アリウスの持つ槍は、意味合い的には杖に近い。
 物理攻撃というよりは、魔術の増強と制御力向上が目的」

 アリウスもこっちをじとっとした目で見つめる。
 これで御相子(おあいこ)なの。

「ノムさん、ありがとうございます!
 さて、試合はどちらが先に動くでしょうか!」

 ならば私が。
 そう言わんが如く、エレナによる侵攻が開始された。
 近距離戦では彼女が有利。
 その原則に乗っ取るために。

 当然、相手アリウスも反応を示す。
 今回は様子見なし。
 ひた隠すことなく最初から発動される、その術。

「ナイトリキッドだーーー!」

 黒紫色の魔力がうねうねと溢れ出し、エレナの前に立ちふさがった。
 そしてエレナが間合いに入ると、黒の魔力は彼女に向けて鋭利な波と化し、彼女を襲う。
 エレナ、バックステップでこれを回避。

 そこで私は気づく。

 アリウスはこの2週間、エレナに勝利するためのシミュレーションを、何度も、何度も繰り返してきたはず。

 しかし。

 それはエレナも同じであるということを。

「回避だけじゃないの!」

 バックステップと同タイミング。
 エレナの真上の空間に収束される6個の魔力コア。
 それらはあっという間に合成、属性変換され、雷属性のコアが完成。
 そして、即、それは、彼に向けて打ち落とされる。

「ハイサンダーだ!」

 雷音轟く。
 圧倒的破壊力を持つ雷。
 自然現象に匹敵するほどのインパクトが地をえぐる。
 しかし、相手の身はまでは削れず。
 ギリギリでの回避を許してしまう。

「アリウスも、さすがの反応速度なの」

「一瞬、勝負が決まったかと思いましたね!」

 エレナのニヤニヤが心情を物語る。
 『一発ならず』、オア、『やりおる』、その周辺。

 一方のアリウスは肩を撫で下ろす。

「アリウスのナイトリキッド。
 それは邪魔な壁になる。
 だから、エレナはその壁の上から狙ってきた。
 しかも、ちょうど壁がエレナの姿を隠してくれたから、さらに意表が付けた。
 これで彼の使い魔による防御を掻(か)い潜(くぐ)ることができる。
 彼女は前の彼との試合後から、対策を考え抜いていた。
 彼女は近距離戦だけじゃない。
 今のサンダーを直撃させれば、勝利は彼女にやってくる」

 再度、アリウスの表情を伺う。
 危機回避による混乱と混沌は静まり。
 今はエレナを一点に見つめている。

「今度は、こちらからいくぞ!」

 柄(がら)になく、アリウスが叫ぶ。
 直後、魔導の魔力が収束されていく。

 エレナもその感覚を第六感で拾い、瞬時判断。
 属性非限定の補助収束を開始した。

 私が考える攻撃予測、ナイトリキッドを多量生成しこの場を支配する。
 彼の体から、黒紫の液体が噴出することを予感する。

 そして、その予測は半分だけ外れる。

「遠隔収束!
 スフィアなの!」

 次の瞬間、エレナの周囲を、3体の闇の使い魔が取り囲む。
 前方、右後方、左後方。
 そして、それらの使い魔は連携を取り、その進軍を開始する。

 突然の襲撃。
 この時点で、彼女がとりうる行動を予測してみる。

 第一案。
 封魔防壁の強化、もしくは魔導防壁を張る。
 全ての攻撃を受ける代わりに、そのダメージを可能な限り軽減する。
 
 第二案。
 現在収束中の属性非限定の魔力を封魔の魔力に変換し、全ての使い魔を攻撃し消滅させる。
 しかし、相手攻撃開始までの短い時間で、3体へ対応できるのかが疑われる。

 第三案。
 とにかく回避。
 1体1体の攻撃を見切り回避する。
 成功すればダメージはゼロの大博打。

 本大会随一の反射神経を誇るエレナの対応が試される。
 さあ、エレナ。
 どう出るの?

 第一撃。
 エレナの右後方の使い魔が彼女に向けて弾(はじ)ける。
 その瞬間、彼女は前方の使い魔に向けて間合いを詰める。
 と同時に、属性非限定で収束していた魔力を封魔に変換。
 彼女自身を球状に囲む、封魔術による魔導防壁を生成。
 そのまま、前方の使い魔に向けて突進した。

「強行突破なの!」

 彼女の防壁と、魔導の使い魔が衝突。
 激しい魔導衝撃が発生する。
 しかし、彼女はその歩みを止めない。

 ダメージは確実に受けているはず。
 その痛みを無視して。
 彼女は。
 攻撃を選んだ!!

 封魔防壁を引き換えに、使い魔を破壊。
 そして休む間もなく、雷の魔力を蒼の剣に収束し始める。
 信じられない程のスピードで縮まっていく間合い。
 雷槍(らいそう)だ!
 
「エレナ選手、強行突破だーーー!」

「ちっ!」

 そんな、アリウスの舌打ちが聞こえてきそうだ。
 彼は再びナイトリキッドで壁を作り始める。
 それは高速で突進するエレナの前に立ち塞がった。

 応じて、行動を切り替えるエレナ。
 雷槍(らいそう)のために剣に収束していた雷の魔力を、彼女の頭上に収束し始めた。

 二度、同じ手は喰らわない。
 そんなアリウスの心の声が聞こえてくる。
 彼はすぐに天空に収束される雷の魔力球を凝視。
 回避のタイミングを見計らった。

 闘技場全員が、その魔力球に視線を奪われる。
 ただ一人、私だけを除いては。
 
「フェイクなの!!」

 その瞬間、天空の魔力球が消滅。
 そして、闇の使い魔が作る漆黒の壁を、雷(いかずち)の槍が貫く。

 それはあっという間にアリウスに到達。
 その身を真っ直ぐに貫いた。

「がぁっ!!」

 彼の鈍い悲鳴が地面に反射する。

 壁越しの魔導の槍。
 Bランクでアリウスが使ってきた戦法。
 異属性ながら、それを完璧に再現してきた。

 軽やかなる戦術は、見ている全てを魅了する。
 これこそが。
 私を虜(とりこ)にするエレナ・レセンティアだ。

「サンダーランス!!
 決まったーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 一段と大きなミーティアの実況が響き渡る。
 アリウスは右膝を付き、苦悶の表情を浮かべるも。
 左膝は付かず、顔を上げ、目線はエレナの方向へ。
 サンダーが飛んでくること予測して封魔防壁を強化していたのが幸いした形。
 今の一撃は決定打にはならなかった。
 しかし、彼の自由を奪うには十分すぎるであろう。
 もう、この時点で降参しても、全くおかしくはない。
 
「まだだ」

 アリウスの重い呟(つぶや)き。
 それはきっとエレナにも届いているだろう。

 不屈の闘志を滾(たぎ)らせて。
 アリウス・ゼストは立ち上がった。

 武器の槍をエレナへ向けて構える。
 その槍が、『まだ勝負は終わっていない』と告げる。
 
 エレナは微笑み、そして蒼の剣を付き返して答える。

 そう。
 2人の戦いは、ここからだ。





*****





 ナイトリキッドの遠隔収束。
 相手の裏を付けるその攻撃は、堅実にエレナの体力を削っていった。
 しかし、ダメージを受けるエレナも、全く攻撃の手を緩めない。
 射程の長いサンダーランス。
 相手の上方から攻撃できるハイサンダー。
 そして、近距離で広範囲を攻撃できるヘヴィスイープ。
 3種の雷術を巧みに操り、被弾数を増やしていった。

 両者、互角の戦い。
 体力的にも、精神的にも、そろそろ限界が近いはず。
 『決着のときは、すぐそこに』。
 そんな考えが2人にもあったかはわからない。
 しかし、戦いはここで大きく動いた。

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 アリウスが唸(うな)り声を上げる。
 その瞬間、彼から溢れる、本戦最大量の魔導の魔力。
 それはすぐに液体の形態をとり、アリウスの体から流れ出していく。
 彼の周囲に闇の液体が集まり、取り囲んでいく。

「全魔力を、一気に放出するつもりなの!」

 そんな考察は当然、エレナも行っているだろう。
 『そっちがその気なら、こっちもやってやる』。
 そんな意志を込めた笑みを浮かべ、彼女は雷の魔力を蒼の剣に集め始めた。

 この一撃で勝負が決まる。
 力VS(たい)力。
 魔力VS(たい)魔力。
 単純明快な勝負。

 吐き出され続ける魔力圧の絶大さを感じ取り、観客は固唾(かたず)を呑む。
 それには、ミーティアも、私も含まれる。
 緊張が走り。
 そして。
 その時間の終焉(しゅうえん)が訪れる。

「いくぞ!エレナ!」

 次の瞬間。
 アリウスは周囲に垂れ流した大量の闇の液体を1箇所に収束した。
 それは、ただの6点収束では実現できない威力。
 6点収束、高等魔術を超える、魔術の秘奥(ひおう)だ!

「ナイトメア!!」

 彼がそう叫んだ瞬間、収束された巨大な液体が、エレナに向けて放たれる。
 圧倒的な魔力量。
 それは人間の第六感に大いなる警鐘を与えるに違いない。

 それなのに。
 彼女。
 エレナ・レセンティアは。

 全く持って臆することなく。

 その魔力に向かって、侵攻を開始した!

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 凄(すさ)まじい雷撃。
 それが彼女の剣から放たれる。
 それは、もはや私が知っている彼女ではない。
 いつも彼女は私の予想を超えてくる。


 そして、衝突する2つの魔力。
 発生した災害級の衝撃が、闘技場全体を包み込み。
 ここにいる全ての者の状況判断を阻害した。

 闘技場に巻き上がる、視界を遮(さえぎ)る砂煙。


 
 私は情報を得ようと、オーラサーチを開始する。
 エレナとアリウスの魔力を感じる。
 2人とも無事。
 つまりは相殺。
 2人の攻撃は、奇跡的に同威力であった。
 ここにいる誰よりも早く、その結論に至る。

 だからこそ。
 次の展開にも、いち早く感づいた。

「まだ終わってないの!」

 巻き上げられた砂煙の合間から、エレナ・レセンティアが現れる。
 もうアリウスとの距離は埋まっている。

 彼女は蒼の剣を構える。

 しかし、アリウスもまだ死んでいない。
 天才的な状況判断力で槍を掲げ、防御の姿勢を作り上げた。

 2人とも、魔力は残っていない。
 最後は、物理の勝負だ!
 
 そして、やっと観客がその状況を判断したとき。

 エレナは再度、私の予測を超えてくる。

「カモン、紅玲(くれい)!!」

 そして。
 彼女から、炎の狐が生み出された!

「なん、だと!」

 そんな絶望の表情を、凛々しい炎狐(えんこ)が焼き尽くす!
 構えた彼の槍を突き破って。
 炎の使い魔がぶちかました!

「しっ・・・
 召喚魔術だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 ミーティアの驚嘆が会場を包む。
 そして。

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 最大級に沸き立つ会場。

 黒煙を上げ、地面に吸い込まれるアリウス。

 彼女のもとに戻ってきた紅玲(くれい)の頭を撫でる素振りをするエレナ。

 そんな彼女を見つめる紅玲(くれい)。

 そして、私、ノム・クーリアは。
 心の中で、最高の賛辞を彼女に伝えるのでした。

 『ありがとう、ここまで来てくれて』
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 【** エレナ視点 **】


「紅玲(くれい)、ありがとう」

 勇敢に戦ってくれたお礼を述べると、彼女は私の体の中へ戻っていった。
 密(ひそ)かに練習していた紅玲(くれい)の召喚。
 そのとっておきの切り札が勝負を決めた。
 本来なら、決勝まで秘密にしておきたかったんだけどね。
 それほどにアリウスは強かったのだ。

 紅玲(くれい)召喚に関して残念な点がある。
 それは、『常時』紅玲(くれい)を空間中に存在させることはできないことだ。
 彼女を召喚できる時間は限られている。
 ある程度の時間召喚すると、彼女の魔力が尽きてしまう。
 その魔力を回復するには、一度彼女を元の書籍に戻し、徐々に魔力が回復するのを待つしかない。
 故に、ここぞのピンポイントでしか彼女の力を借りることはできないのだ。

「うぐっ!」 

 低いうめき声が聞こえる。
 アリウスがその重い体を必死で起こそうとしていた。
 そんな彼を、駆けつけた救護班の男性が支える。

「アリウス、私、絶対優勝するんで。
 エルノアに、本、届けます」

「すまないな、俺がもっと強ければ・・・
 俺は、いつもエルノアに守られている。
 俺自身は、さして強くはないんだ」

 そんな悲観的な言葉を呟(つぶや)いて、彼は大地を見つめる。
 そんな彼とは対照的に、私は楽観的な笑顔を浮かべた。

「まあ、私もノムに守られてるっすからねー。
 意外と共通点?
 っすかね」

 そんな適当な冗談が。
 彼の心には届いたようだ。

「ふっ・・・。
 そうだな。
 すまない、愚痴っぽくなってしまったな」

「いいですよ」

「また・・・
 いつか相手をしてくれるか?」

「もちろん」

「それまでには必ず、お前より強くなる」

「そのときも、負けませんから」

 彼の顔に笑顔が戻る。
 『私が強くなれたのは、あなたのおかげです』。
 それは、言葉にしなくても伝わっている。



「さぁーーーーーーーーーーーーーーーーて!
 これで明日の準決勝へ進む、ベスト4が出揃いましたぁーーーー!
 なんと4人中3人が女性!
 しかも3人とも初出場です!
 その挑戦者を迎え撃つは、前回王者ヴァンフリーブ!
 その存在に、彼女達はどう立ち向かうのかぁ!?
 さて、解説のノムさん。
 最後に本日の試合の総括をお願いします!」
 
「リリアのダイアミスト。
 セリスの法陣魔術。
 アリウスのナイトリキッド。
 エレナの召喚魔術。
 この1日で、多くの魔術の深淵を、この目で見ることができた。
 そして、ヴァンフリーブも、いまだ真の実力を見せていない。
 明日以降も、とても楽しみなの」

「あーーーーりがとうございまっす!
 では、本日のトーナメントはこれで終了です。
 明日、またお会いしましょう!」





*****





「エレナ、おめでとう」

 闘技場のステージから引き上げてくると、そこには桃色の髪の依頼主が待っていた。

「どうもです。
 なんとか優勝して、賞品を渡せるようにがんばります」

「エレナに1つ言っておきたいことがあって」

「なんですか?」

 日頃から笑顔を絶やさない彼女。
 その表情に霧がかかる。

「セリスには気をつけて」

「セリスが魔力を覚醒させてるのって、やっぱり闇魔術ですか?」

「おそらく違うわ」

「セリスが、例の死霊使いの可能性もある、ってことっすかね」

「それはないわ、感覚的に。
 でも・・・
 残念ながら、関係があるだけのは確かね。
 感覚的に」

「そう、っすか」

 エルノアは魔術が持つ情報を読み取る。
 その彼女の予言は、信じたくはないが、信じざるを得ない。

「私も、セリス戦のときはすぐにエレナを助けに行けるようにしておくけど。
 いつ、何が起こるかはわからない」

「わかりました」

「それじゃあ、明日がんばってね」

 労(ねぎら)いの言葉をかけ、去っていくエルノア。
 私は彼女とは逆、闘技場のステージのほうへ視線を向ける。
 明日、そこにいるであろう。
 儚(はかな)げな憂いを湛(たた)える、彼女を思い。





*****





「みんなぁーーーーーーーーーーーーーーっ!
 盛ーり上がってるかーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「ついにトーナメントも準決勝!
 今年も、史上最強の魔術師、魔術の帝王ヴァンフリーブが制するのか!?
 それとも、凍てつく視線痺れる、氷華(ひょうか)の女騎士リリアか!?
 神秘的な魅力、雷神を宿す美女セリスか!?
 よく見るとかわいい、神速の雷姫(いかずちひめ)エレナか!?」

「どいつもこいつも、『よく見ると』ってなんだよ!
 なんなんだよ!」

「本日は、先日に引き続き。
 解説はノム・クーリアさんにお願いします。
 さらにスペシャルゲストとして、見事準決勝に進みましたエレナ・レセンティアさんにもお越しいただいています」

 私の突っ込みを無視して進行するミーティア。
 その右に、昨日に引き続き、やる気まんまんのノム。
 私はミーティアの左に陣取った。

「でぇーーーは、さっそく参りましょう!
 準決勝、Aブロック!
 選手入場!
 西、赤の門より!
 氷華(ひょうか)の女騎士、リリア・ディアラムっ!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「そして、東、青の門より。
 雷神を宿す美女、セリス・シルバニア!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 絶世の美女といっても過言ではない2人が入場すると、闘技場が昨日にもまして沸きあがる。
 こんなにも美女だと、それなりにかわいい私が霞んでしまうので困る。
 営業妨害。

「氷の美女と雷の美女。
 そんな対決になりました!
 さて、ここで解説のノムさん、一言お願いします!」

「リリアの作る氷の霧は、戦いの時間が長引くほどに濃くなっていく。
 セリスとしては短期決戦に持ち込みたいところ。
 彼女の放つ雷撃、その1つ1つが必殺の威力を持つ。
 この攻撃をリリアがどれだけ見切れるか。
 それがこの試合のポイントになる」

「エレナさんからも一言もらえますか?」

「セリス、彼女は豊富な魔力を持ち、雷術の同時収束も連続攻撃もできます。
 放出のバリエーションも多彩です。
 さらに、法陣魔術による超広範囲攻撃も、武具収束奥義による超高威力攻撃も、リリアさんは考慮に入れなければなりません。
 魔術放出前に相手の攻撃の種類を判定する。
 そんな『勘』みたいなものも必要でしょう」

「なるほど、ありがとうございます」

 両者、出揃った。
 さあ、試合が始まる。

「それではーーーっ!
 準決勝ーーーーー・・・
 はじめーーーーーーーっ!!!!」





*****





 氷華と雷龍が舞う美しい戦い。
 見るものを魅了する演戯。

 しかし、それは突然のフィナーレを迎える。

 セリスの斧に収束されていく雷の魔力。
 それは、まるでリミッターが外れたように際限なく蓄積されていった。
 そして。
 その斧が高く掲げられる。
 その瞬間、天空に巨大な青の魔力球が出現した。

「ハイサンダー!」

 私とノムが同時に叫ぶ。
 そして、十分な思考を構築させる間もなく、その魔力が相手に向かって打ち落とされる。
 通常なら、ここでジ・エンド。
 しかし、リリアは攻撃の行く先を先読み。
 風の魔力の収束を完了していた。
 エリアルステップ。
 雷撃が地面を突き刺すタイミングを見計らい、風の魔力を利用して大きく後ろにステップ、これを回避した。
 天空から打ち落とされた雷が、轟音を響かせ大地を揺らす。
 狂気的破壊力。
 誰もがその巨大な落雷に釘付けにされる。

 だからこそ。
 リリアその人も含め、誰も彼女を見つめてはいなかった。  

「連続攻撃だ!」

 私のその叫び声が会場に響き渡る。
 エリアルステップで大きく浮遊した体が、大地に戻る、その瞬間。
 彼女は、雷神の槍で貫かれた!




 斧を突きつけるセリス。
 そして、声なく地面に倒れこむリリア。
 彼女の刀が滑り落ち、金属音を響かせる。

「しっ・・・
 勝負ありっ!
 勝者、セリス・シルバニア!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 圧倒的な攻撃力による2連続攻撃。
 『雷神を宿す』とは、あながち冗談ではない。

「ノムさん、どうでしたか、この試合」

「セリスの魔力はまるで無際限。
 ハイサンダーで使い果たしたと思っていた魔力は、実は半分しか使っていなかった。
 武器に収束した魔力を2回に分けて放出した。
 それでも1撃の威力は必殺級」

「そうですね」

「しかし、リリアも大絶賛。
 魔術のセンスは素晴らしかった。
 あとは絶対的な魔力量を増やす。
 そのための地道な鍛錬が求められる」

「ありがとうございます。
 エレナさん、お願いします」

「決勝で彼女と戦えるように頑張ります」

「応援しています!
 では、午前の試合は終了です。
 Bランク準決勝は午後からになります!」





*****





「調子はどう?」

 お昼のランチはいつものパスタ。
 くるくるっと巻いたパスタを口に運ぶ私を見て、ノムが尋ねる。

「たぶん。
 本当にたぶんだけどさ。
 昨日くらいからだけど。
 すごい調子いい。
 絶好調なんだよね」

 過去最高のパフォーマンスを発揮できたアリウス戦。
 それが私に確かな自信を与えてくれる。

「死霊術師のことは心配しないで。
 私とエルノアに任せて。
 エレナは試合に集中して」

「ありがと、ノム。
 ・・・。
 勝つからね」

「ふふっ。
 がんばって、エレナ」

 右手に掴んだフォークを彼女に向けて宣言する。
 緊張感は特になく。
 優勝まで、あと2戦。
 絶対に勝つ!





*****





「みなさーーーーーーーーん!
 長らくお待たせいたしましたーーーー!
 準決勝第二試合を開始しまーーーーーーーーーーーす!」

 ミーティアの実況が響き渡る。


「西、赤ゲーーーート!
 魔術の帝王!
 ヴァンフリーブ・ウェルシュトレイン!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーっ」

「ヴァン様ぁぁっぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」

 今大会最大級の声援。
 圧倒的人気。
 倒したら恨まれそうなレベル。
 今からボッコボコにするけど、許してーね。

「そして、東、青ゲーーーート!
 神速の雷姫(いかずちひめ)!
 エレナ・レセンティア!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「エレナーーーーーーーー、負けんな!」

「エレナちゃーーーーーーん!
 大好きだーーーーっ!」

「アシュター、恥ずかしいからやめてください!」

 あれっ?
 結構、声援があるかも。
 そうこれが。
 ここまで私がこの闘技場で積み上げてきた実績。
 振りまいてきた愛嬌。
 天性の愛らしさ。
 顔面偏差値の高さ。
 やっとそれが、みなに伝わったのだ。
 
 たぶんね。
 






 
 私が負けられないのは。
 エルノアのため?
 ノムのため?
 それとも・・・。

 観客席をざっと見渡す。
 一段と強い漏出魔力が、その存在を教えてくれる。
 セリス。
 真っ直ぐに、こちらを見つめている。

 もし、決勝で会ったら。
 もう一度。
 もう一度だけでも。

「レセンティア!」

 彼は私の姓を呼び。
 そして、内に秘めた魔力を解放する。

 すごい、魔力だ。

 押し寄せる魔力の波。
 防衛本能が強制覚醒させられる。
 反射的に身構える。
 
「お前は、魔導書が目的のようだな」

「・・・」

「俺の目的も、その魔導書だ。
 つまり、俺に勝たなければ、望みのモノは奪われる」

「大丈夫です。
 ヴァンさん、倒すんで」

 彼の脅迫めいた口撃(こうげき)も、今の私には効果なし。
 最大級に爽やかな笑顔で笑い飛ばしてやった。

「はっ!
 いいだろう!
 全力で潰(つぶ)してやる!」

「いきます!」

「試合ーーーー、開始っ!!」





*****





「ノムさん、この試合の見所をお願いできますか?」

「いまだ、真の実力を見せていないヴァンフリーブ。
 6属性全ての魔術を、高いレベルで実現する。
 彼の魔術の変幻自在さに、エレナの神懸かった反射神経がどれだけ対応できるか。
 一瞬も目が離せない」

「そうですね」

「エレナの雷術の攻撃力は高いけれど、ヴァンフリーブの封魔防壁の堅牢性も非常に高いレベル。
 魔導防壁を張る技術も高度と思われる。
 彼女が今まで戦ってきた相手のように、雷術での一撃必殺とはいかない。
 一方、エレナの魔術防御力は、彼に比べると低い。
 クリティカルは一撃も許されない」

 そんなノムの解説が終わるのを、ご丁寧に待ったのち。
 エレナちゃんのターン。
 もはや定番となった、雷の魔力を蒼の剣に収束しながらの侵攻開始。
 そんな単純明快な選択を、彼は許してくれない。

 光!

 その属性の魔力が彼から漏れる。
 その後、即、発射される光の矢。

 エレナ、軽やかなるステップでこれを回避。
 しかし、次弾はすぐにやってくる。
 それは既に想定済み。

 この程度の攻撃、何発でもきやがれ!

 回避を繰り返しながら、間合いを詰めていき。
 そして、雷槍の射程に入る。
 そのタイミング。

 今度は炎!

 収束開始される炎の魔力。
 一瞬で収束は完了。
 放たれた劫火(ごうか)。
 それはこちらまでは到達せず、彼を取り囲む壁を形成した。

「ファイアーサークル!」

 キープアウト、進入禁止。
 炎のバリアが行く手を遮る。

 ならば、上から入りますね。
 
 雷槍のために収束していた魔力を、天空に向け移動制御する。
 6点収束、合成、変換!
 くらいなさい!

「ハイ・サンダーだ!」

 円環状に生成された炎の穴に、雷を落とす。
 逃げ場なし。
 そのまま潰されちゃいなさい。

<<バヂィヂィッ!>>

 その瞬間響いた炸裂音。
 そして私の雷の魔力が消滅。
 相殺されたか!

 そして攻守交代。
 次の瞬間、薄れゆく炎環の中から、魔導の刃が飛んでくる。
 1撃。
 右後ろにステップして回避。
 2撃。
 左後ろにステップして回避。
 間髪入れず。
 属性が変わり、光術レーザー。
 風術、トライウィンドが、1、2、3発。
 
 ファイアサークルから数えて、なんと合計8発。
 立て続けに魔術が放たれ、そのたびに後方にステップし、彼との間合いを空けていく。

「魔力豊富すぎない!?」

 私を追い続ける連撃。
 しかも異属性混合。
 回避のためにすり減らされる神経がハンパない。

 相手を見据え、考える。
 少し様子を見るべきか。
 リスク無視で近接戦へ持ち込むか。
 だが、その問いへの選択権は私側にはなかった。

「今度はこちらの番だな」

 殺気。
 戦慄(わなな)く私の第六感。
 防衛本能が正常に仕事をする。
 
 凝視、アンド、オーラサーチ。
 少しの情報も見落とさない。

 炎、魔導。
 私の第六感が拾ってきた情報。
 2属性なの!?
 予測。
 属性合成、『フラン』だ!

 一瞬だけ見えた気がした3つの炎のコア、同じく3つの魔導のコア。
 それは瞬時に高速で回転しながら合成され、赤黒い巨大なコアを生成。
 完成したそのコアを、見せつけるように空間中に漂わせている。
 回避の準備はできている。
 くるんなら早く来てよね。
 焦らしプレイか!
 変態なの?

 そして、たっぷりの間を取った後、放たれたその魔力球は。
 明後日の方向に飛んでいった。

「は!?」

 予想外の出来事に全身が脱力する。
 ノーコンなの?

 飛んでいった魔力球を眺める。
 すると、その魔力は。
 突然軌道を変えてきた!

「カーブかよ!!」

 円弧を描き、到来する魔力球。
 脱力した体に力を戻すまでに時間を要する。
 そして、まるで吸い込まれるように標的私を見定めた。

 跳んでくれ!
 自分の体に一生懸命命令を出す。
 爆撃の直前にその命令は聞き入れられ。
 ジャンプ一発、飛翔回避を試みた。

 爆音、衝撃。
 それは、左後方から。
 ギリギリだった。
 右前方に着地した私は、すぐに次弾を見据える。
 予想通り。
 すでに完了していた炎×魔導の魔力球。

 今度は右からだ!
 
 再び魔力が円弧を描く。
 崩れた体勢を無理やり立て直し、今度は左に回避した。

「避けづらい!
 なんだこれ」

 その答えは解説のノム先生が教えてくれる。

「上位の放出技能、カーブ放出。
 仕込まれた制御の情報構成子により、その軌道は円弧を描く。
 ただし、単純な炎術は制御力が低い。
 そこで魔導術の登場となる。
 炎と魔導の合成魔術、『フラン』。
 六点収束で『ハイ・フラン』。
 制御力の高い魔導術と合成することで、高い制御力を持った炎が実現される。
 しかし、こんなに『曲がる』魔術、今まで見たことがない。
 魔術を極めたヴァンフリーブだからこそ可能な見事な曲芸。
 いいもの見れたの」

 ありがとうございます先生。
 先生の解説が終わった時点で、彼は既に次の『フラン』を発射準備完了状態まで持ってきていた。
 円弧の軌道をイメージし。
 より軽やかな跳躍を。
 今はこの攻撃を見切るしか、対策はありえない。

 くる!

「ストレートかよ!」

 左曲がりでも、右曲がりでもない。
 直線軌道の炎弾が左脇腹を抉(えぐ)る。
 完全にタイミングをずらされた。

 この私としてはありえない失態。
 私の武器である『回避』と『勘』。
 それを過信しすぎていた。
 『やってしまった』という後悔が、苦い笑いを誘発する。

 しかし、そんな私に余暇(よか)を与えてくれる相手ではない。
 余白なし。
 既に収束完了した合成魔力。

「しかも、2つかよ!」

 左手に魔力、右手にも魔力。
 それは美しいシンメトリーな円弧軌道を描き、放出される。

 もう笑うしかない。
 そして。
 抗(あらが)うしかない。





*****





 もう、卑屈な笑みさえも消えうせて。
 全身を覆う鈍い痛み。
 かつてない疲労感。
 それらは、私から攻める意志を奪い去り、脳内はただ防ぎ、避けることのみで埋め尽くされる。

 直線軌道と円弧軌道のフランは徐々に見切りつつある。
 その一瞬の希望が、絶望に変わる。

 ヴァンフリーブから放たれた風雷合成『スパークウェイブ』。
 それが私の足を絡め取る。
 広大な攻撃範囲は、私から『回避』という選択肢を奪う。
 魔導防壁は張っている。
 封魔防壁も強化している。
 しかし、それを突き破ってくる相手の攻撃。
 一般的には比較的低威力と呼ばれるその攻撃も、彼にかかれば有効打。

 詰んだ。
 若干の余力を残しながらも、終わりのイメージが浮かび離れない。
 奇跡的な挽回策が脳内に降臨することを期待する。
 聖女マリーベルよ。
 私に力を貸してください。




 そして。
 その祈りは。
 逆に天罰となって発現した。
 信心深くないの、バレたの!?

 ヴァンフリーブが静止。
 瞬間、彼の両手の2つの腕輪。
 そこから、炎の魔力が溢れ出す。
 それは止め処なく、際限なく、無限の魔力。
 そんな言葉を連想させる。

 私が惚けている間に、膨れ上がる赤の魔力球。
 しかも2つかよ!
 左手の先に1つ。
 右手の先に1つ。
 2つの巨大な魔力球が天に掲げられる。
 
 腕輪に魔力を収束していたんだ!
 『武具収束奥義』だ!
 そこで、私の思考は止まる。

 ああ、終わった。

「イフリート・キャレス!」

 彼の叫びに応じて、侵攻を開始する2つの炎の魔力球。
 それは私の左前方と右前方から襲ってくる。
 巨大すぎて回避もできない。

 じゃあ、あれっ?
 どうすればいいんだっけ?

<<ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!>>

「きっ、決まったーーーーーーーーー!
 ヴァンフリーブ選手の凄(すさ)まじい炎術が直撃!
 これは勝負あったかーーーー!」

「エレナ!」

「ノムさん、エレナ選手大丈夫でしょうか!?」

「わかんない、わかんないの!」
















 爆煙。
 それが静かに引いていくと。
 そこに残ったのは、腕を交差させ、防御の姿勢を取った私。
 そして私は。
 静かに右膝をついた。

 静寂。
 長い時間が流れているはずなのに、私の思考は停滞したままだ。
 まだ戦えるのか。
 それともここで終わりなのか。
 もう何もわからない。

 彼の地獄の炎撃で昂(たかぶ)った観客の興奮は冷めやり、静まり返った会場。
 私の荒い呼吸音が鮮明に聞こえる。
 そんな時間がしばし続いた後。

 彼は。
 理解不能なことを言い出した。

「30秒だけ待ってやる!」

 『ありがとう』なのか、『要らんお世話だ』なのか。
 『お前何言ってんの』なのか、『もうちょっと待ってよ』なのか。
 全く結論がでない。

 そんな脳内の混濁が永遠と続き。






 そのまま20秒ほどが経過した頃だろうか。

 そのとき私は。
 自分でも信じられない言葉を吐き捨てた。

「さっき私を殺さなかったことを、後悔させてやる!」

 その言葉をトリガーにして。
 私は魔力の収束を開始する。
 属性は魔導。
 そして封魔。
 2属性。
 そう。
 それは。

「ヒーリング!」

 魔導と封魔が合成された魔力を、自分自身に浴びせる。
 私の体がキラキラと光り輝く。
 鋭い痛みが、鈍い痛みに変わる。
 それでも、活動再開には十分だ。

「治癒術!
 エレナ選手、回復魔法です!」

 そして、約束の30秒。
 私に残された時間は、再度武具収束奥義のための魔力が収束完了されるまで。
 一刻の猶予もない。

 ぶっとばす!

 どこから湧いてきたのかわからない闘争本能。
 それに一番驚いているのは私だ。

「長く待った甲斐があったぞ!」

 同時に彼も活動再会。
 すぐに魔力の収束を開始する。
 デュアル・ハイ・フラン!
 発動前に、完全にその魔術名を予測する。

 嫌というほど見せつけられたその魔術。
 おかげさまで、その発動モーションが脳内に完全再現できる。

 予測どおり赤黒い2つの魔力球が完成する。
 しかしそれは先ほどの『イフリート・キャレス』とやらに比べればちゃっちく見える。
 そして放たれた2つの魔力球は、私の勘の通り、対称形の円弧軌道を描く。
 ならば。
 
 真ん中を抜ける!

 用意しておいた風の魔力を放出。
 エリアルステップ。
 その補助魔法の効果で、一気に前方へ踏み出した。

 私の後方で爆発する魔力球。
 その衝撃を完全に無視して。
 ヴァンフリーブ、ただ一点を狙い澄ます。

「エレナ選手、魔炎の包囲網を抜けたーーー!」

 収束するのは、雷術。
 を、キャンセルして光術!

 高速収束した単点光術レイショットで、相手の次弾収束を妨害する。
 風術の加護もあり、一気に縮まった間合い。
 そして、ここで。
 収束するのは封魔の魔力。

「小賢(こざか)しい!」

 寄ってくる虫を一掃する攻撃。
 バーストスイープ。
 その魔法が、私と彼の間に展開される。
 しかし。
 私は侵攻を止めない。
 収束した封魔の魔力を魔法防御力に変換し、そのまま炎に突入していった。

 炎の壁を抜けると、そこにはもう隔(へだ)てるものは何もない。

「やっと間近でお会いできましたね」

 狂気を孕んだ笑みで相手を威嚇し。
 蒼の剣が円弧を描き。
 その軌道が、彼の胴体を掠(かす)める。
 
 そこから立て続けに数発の斬撃を繰り出す。
 彼はその全ての攻撃を、体スレスレで回避していった。

 その回避動作と同時に収束される炎の魔力。
 それが一定量溜まったことを確認して、私は一気に後方にステップした。
 その瞬間、発動されるバーストスイープ。
 私達の間に、中距離程度の間合いが確保される。

「頭脳派の引きこもり系と思いきや、意外に動きも俊敏でいらっしゃる」

「はっ!
 小癪(こしゃく)な!」

 いやらしい笑みが衝突する。
 即、笑みを殺して、決意を固める。
 次で決める!
 私は蒼の剣に雷の魔力の収束を開始する。

 と同時にオーラサーチ。
 相手が収束を開始したのは炎の魔力だ。
 その魔力の収束が完了する前に、こちらから仕掛ける。
 一歩を踏み出すと同時に、雷の魔力が収束された剣を引き、雷槍(らいそう)発動のモーションに入る。

 この時点で相手は、雷槍の回避、及び炎術での相殺の2つの選択肢を取れる。
 どちらを取られてもダメージを与えることはできない。
 ならば。
 別の手段を取りますわね!

「来て、紅玲(くれい)!」

 突き出した左手から、炎の妖狐を産み落とす。
 炎の使い魔は彼を見据え、今にも飛び掛らんとする。

「ここで召喚魔術だーーーーーー!!」

 その瞬間、相手は回避のモーションに入る。
 全く驚いた表情は見せない。
 アリウス戦で彼女をお披露目してしまったことが災いした形。
 結果、意表をついたはずの炎撃は、彼の予測の範疇に入ってしまった。







 ここまではね。


 
 その瞬間、炎狐が2つに分裂する。
 炎が左右に展開し、相手ヴァンフリーブを挟む壁のように広がった。
 回避先を失った彼。
 見たかったよ。
 困惑したその表情。

「いっけーーーーーーー!」

 即、迷いなく、真っ直ぐと雷槍を打ち出す。
 それは彼を貫く。




 その寸前に、炎の魔力と衝突し、爆音を轟かせる。

 ほんのわずか、遅かった。
 彼は炎術の収束を完了していた。
 本当に、魔力収束が速すぎる。

 雷術と炎術がぶつかっての相殺。
 その結果が導き出される。
 彼の安堵した表情は、爆煙によって包み隠される。
 魔術の帝王。
 その壁の高さを思い知らされた。







 なーんてね!

 彼を挟むように展開した紅玲(くれい)による炎の壁。
 それは彼を通り抜けた後、再び一箇所に集まる。
 そしてその姿は、再び狐に化けたのだ。

「雷槍は囮!
 真の狙いはこっちなの!!」

 バックアタック。
 完全無防備な彼の背後から、炎の使い魔が襲いかかり。
 そして、その存在を、慈悲なく包み込んだ!

<<ゴゴォーーーーーーーーーーーーーーーーフ!!>>

「ついに、エレナ選手の一撃が決まったーーーーーーー!」

 凄まじい熱、音、衝撃。
 それが空間を通して私に伝わり、ステップして後方に退く。
 と同時に。
 ミーティアの実況に掻き立てられた観客たちの歓声が、怒涛の如く押し寄せる。




 そしてその役割を果たしてくれた紅玲(くれい)は、空間中に消えていく。
 より厳密には炎の魔力がプレエーテルに変換されて戻り、そして紅玲(くれい)の情報を持ったそのプレエーテルが私の体内に自然と戻ってくるのである。

「お帰り。
 ありがとう、助かったよ」

 勇敢なる炎狐に謝意を伝えて。
 そして再度、戦況を見つめる。
 黒煙を上げるヴァンフリーブ。
 いかに彼の封魔防壁が強固堅牢であっても、今の攻撃は効いたであろう。

 いや、頼むから、効いててくれ。
 嗚呼。
 嘘でしょ。

 彼は仁王立ち。
 跪(ひざまず)くことなく、しっかりと大地を踏みしめている。

 化け物かよ。

 そして俯(うつむ)き下を向いていた顔を上げ、しっかりと私を見据えなおす。
 そして、高らかに宣言したのだ。

「今日は、これくらいでいい。
 終わりだ」

「はい!?」

 彼は両手を軽く掲げて笑う。
 そして判定を司(つかさど)るミーティアにアイコンタクトを送った。

「し・・・。
 勝者、エレナ・レセンティアーーーーーーーーーーーーー!!」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 「こんなに楽しめたのは久しぶりだ」

 ヴァンフリーブは笑みを零(こぼ)しながら賛辞の言葉を送ってくれる。
 その余裕に満ちた表情が、彼がまだ戦えることを暗示していた。

「結構、まだ元気そうですね。
 もしかして手加減しました?」

「ふっ、どうかな。
 てめぇで考えな。
 どちらにしても、俺もまだ甘(あめ)ぇ、ってことだな。
 自身の理想と現実には差異が存在する。
 ただ今の戦いで、その差異の形が少し見えた。
 礼を言う」

 これだけの力量を持ちながら、それに奢(おご)ることなく、正直に自分の弱さを認めることができる。
 同じ魔術師として、真に尊敬できる人物であると感じた。
 あなたと戦えたこと、尊(とうと)く思います。

「魔導書、頂きますね」

「魔導書が欲しかったのは、そこに自分に足りないものを求めたからだ。
 強くなれれば、手段はなんだっていい。
 別を探す」

 そして彼は、とある一点を真っ直ぐに見つめる。

「半年だ」

「・・・」

「あと半年で、あそこにいる青髪を倒せるくらいに強くなる」

「それは結構、難しいっすよ」

「俺にも目指す理想がある。
 公言した以上、意志は曲げない。
 次に会ったときは、完全に潰す。
 青髪も、お前も。
 覚悟しておけ!」

「はい!」





*****





「疲れたぁーーーー」

 決勝戦への切符を手にした私。
 ボロボロになった体を救護班のアシュターに治癒してもらい。
 もう辺りは暗くなっている頃。
 私はノムと一緒に宿へ帰る。

「エレナ、おめでとう」

「ありがと、ノム」

「エレナ、強くなった。
 もう、私も全力でエレナの相手をしても大丈夫なくらい」

「無理だから」

 後は夕飯を食べて寝るだけ。
 明日の決勝戦に向け、可能な限り、体力と魔力を回復する。

「はぁ・・・。
 早く帰ってご飯食べたいけどー。
 なんだけどー」

 私はノムと顔を見合わせる。
 それが意味すること、それは・・・。

「後、つけられてる?」

「つけられてる」

 2人の意見は一致した。
 先ほどから、同じ漏出魔力が私達の後をぴったりとついてくる。
 しかし、その漏出魔力の醸し出す感覚は、私の記憶の中に確かに存在するものであった。





*****





「セリス」

 ノムと話をした結果。
 私達はそのストーカーと顔を合わせることにした。
 漏出魔力が、その相手の名前を教えてくれていたからだ。

 彼女は普段と変わらず、感情が消え失せた、無の表情でこちらを見つめる。
 そして静かに、口を開いた。

「エレナ」

「はい」

「悪いけど、明日のトーナメントは棄権して」

「どうして?」

「答えられない。
 ただ・・・。
 時間がないの」

 色のなかった彼女の顔が、悲痛に満ちた表情に変わる。
 彼女を理解してあげたい。
 でも、今の彼女は、もう何も聞き入れないだろう。
 そう思った。

「嫌だ、と言ったら」

「嫌と、言わせないようにする」

 その瞬間、溢れ出す雷の魔力。

「エレナ下がって!
 私が相手する!」

「ノム!
 うんお願い!
 私、サポートするから」

 セリスの強さは把握済み。
 しかし、それでもノムには敵わない。
 それがわかっていたから、心配することなく任せられる。

<<バチバチバチバチ、バヂッ!>>

 セリスの武具に雷の魔力が集まっていく。

「魔力が、さらに強くなっている」

 その魔力は、本日のリリア戦での容量を超越する。
 さすがのノムでも、少し苦戦するかもしれない。

「消えて」

 ノムに向けて放たれる雷撃。
 彼女は大きくステップし、これを回避した。

「超高威力。
 でも攻撃は少し単調。
 問題ない」

 すぐに理解する。
 セリスは、また暴走しかけている。
 このままじゃ、あのときと同じだ。

 ・・・

 一瞬の静寂。
 そして、次の瞬間。
 セリスは、そのリミッターを外した。

「これは!?
 魔力が、すごい速度で集まっている!」

「エレナ!
 セリスから離れて!!」

 必死のノムの警告に従い、私は後方に大きく退避した。
 私とセリスの間に立つノム。
 その彼女は、普段見せない焦りの表情を浮かべていた。

「こんな魔法、見たことない」

 バチバチという炸裂音を響かせて、無限に収束されていく魔力。
 それは、過去経験のないレベル。
 『雷神を宿す』と呼ばれた彼女だが。
 もはや彼女は、雷神そのものだ。

「来る!」

 瞬間、ノムが身構える。
 回避か、防御か、相殺狙いの攻撃か。
 ギリギリまで先延ばしにした、その判断の決定を下すとき。

 予測された神の一撃。
 それは。
 やってこなかった。

「セリス!?」

「魔力が減衰してゆく・・・。
 これは、たぶんあのときと同じ」

 収束していた莫大な魔力は、空間中に霧散して。
 そして彼女は、瞳を閉じ、地面に吸い込まれていった。

「セリス!
 しっかりして、セリス!」

 私は彼女のもとへ駆けつける。
 そして体を抱き上げて、声を掛けながら体を揺すった。
 しかし、物理的にも魔力的にも一切反応はない。

「大丈夫、気絶しているだけ」

 ノムが状況を判断する。
 その言葉で私にも気持ちの余裕ができたようだ。

「セリス、『時間がない』、って言ってた。
 たぶん、たぶんだけど」

「・・・」

「セリスが、『魔力に精神を完全に飲み込まれるまで』、ってことだと思う」

 私の予測に対し、無言で頷(うなず)くノム。

 どうして彼女が。
 そんな疑問は不安に変わり。
 その不安に抗(あらが)うように、私は空を強く睨みつけた。




















Chapter22




「ごめんねノム。
 セリスを宿で看病するなんて無理言って」

「大丈夫。
 それに、セリスには聞きたいことがあるから」

 セリスの襲撃から一晩経過し、今は早朝。
 彼女は今、私のベットで深く眠っている。
 昨日の無理がたたったのだと思われる。
 おそらく大丈夫だとは思われるが、しかしやはり心配だ。

「エルノアが言ってた。
 セリスが例の死霊術師と関係があるって」

「私も、そう思う。
 確かな理由はないけれど。
 だからこそ、確かめる必要がある」

 静かに眠っているセリスを、ノムは険しい表情で見つめる。
 その表情を崩さず顔を上げると、私を見つめてきた。

「エレナ、前、私がマリーベル教の人と面識があるって話したよね」

「うん」

「昔、教えてもらったことがある。
 マリーベル教、退魔師団が、最も危険と位置づける闇魔術師達。
 『指定闇魔術師』」

「指定闇魔術師」

「もし、セリスと関係がある魔術師の名前が、その中にあるとしたら」

「私達では、敵わない、ってことだよね」

「わからない。
 でも、私より強いかもしれない」

 この世界で最も強大な力を持つ機関だと言っても過言ではないマリーベル教の退魔師団。
 その退魔師団の幹部となれば、それはノム以上の力を持つ魔術師であると想定できる。
 そんなトンデモ軍団から『危険』とカテゴリされる人物。
 人を超越する邪神か。
 人の道から外れたキリングマシーンか。
 私達2人、いやこの街にいる全ての人物を持ってしても、対処できるのかは不明。
 不安感が、顔面のいろんな部分から溢れ出す。

「だから、応援を呼んである」

「えっ!?
 そうなの?」

「実は、この街のマリーベル教会に、応援を要請するように頼んであるの。
 どれくらい強い人が来てくれるのかはわからないけど。
 エルノアにも話をしてある」

「おお!心強い!」

「でも、残念。
 到着まで、あと1週間はかかるらしい」

「さようですか。
 もし、死霊術師の目的がトーナメントの賞品の魔導書なら、応援は間に合わないよね。
 っていうか、もしもその本が目的なら・・・」

「闘技場の優勝者が決まる今日、現れる可能性が非常に高い」

「んっ」

 深刻な事態を想定し静まり返った宿。
 そこに産まれた苦しげな声。
 口をつぐんだ、エレナとノム。
 ならば、声の発生源は一点に絞られる。

「セリス!」

「ここは・・・。
 はっ!くっ!」

 セリスは即、状況を把握し、体を起こそうとする。
 しかし、まだ体の状態が万全ではないらしく、動かせたのは上半身のみであった。

「セリス、大丈夫?」

「やはり昨日のが、かなり残ってるみたい。
 こっちには好都合だけど。
 ・・・。
 セリス、悪いのだけれども、質問に答えて」

「答える、つもりはない。
 解放しろ」

 ノムは結論を急ぐ。
 しかし彼女は強く反発し、無理やり体をベットから離そうとした。

「いやセリス、今は動かないほうがいいって!」

「あなたの後ろにいる、死霊術師の名前を教えて」

 飛躍したその問いに対し、彼女はわずかな反応を見せる。
 しかし、口は動かさない。
 ノムは厳しい口調で尋問を続ける。

「あなたが戦う目的は?」

「・・・」

「答えて」

「・・・」

「答えなければ、殺します」

 狂気的な発言。
 それとは正反対の優しい声。
 それが私達の後方、宿部屋の入り口から聞こえてきた。

「エルノア!?」

 なぜか、そこにいたのは桃色の髪の死霊術師。
 その後ろにはアリウスの姿も確認。
 私たちに笑顔を見せ、軽く会釈すると、彼女はゆっくりとセリスに近づいた。

「私もあなたに聞きたいことがあるわ。
 お願いだから答えてね」

「殺せるものなら、殺せばいい。
 だが・・・。
 ここで死ぬわけにはいかない!」

「セリス!」

 その瞬間、溢れ出す解放魔力。
 彼女は強制的に戦闘態勢へと移行する。
 しかし最凶の死霊術師は、全くもって動じなかった。

「ふふっ。
 復讐が目的なのね」

 明示的な会話なく、『復讐』という単語が産み出された。

「何故、そう思う」

「私は、魔力から憎しみや怒りの感情を読み取ることが得意なの。
 そしてそれが、どの方向に向けられているのかも。
 この中の誰かではない。
 なら・・・。
 殺したいのは、その死霊術師?」

 その瞬間、セリスの表情の変化を確認できる。
 エルノアは魔力を読み取り、彼女の心を言い当てたのだ。

「あなたの復讐を、手伝わせてくれない?
 未だに、相手のことは詳しくわからないけど、大災害級の危険人物であることだけはわかる。
 このまま野放しにしておくことはできないの」

「あいつは・・・。
 私が、倒す。
 そうでなければ・・・、意味が、ない」

 戦闘態勢は解除され、俯(うつむ)き呟(つぶや)く。
 瞳に込められた力が抜けるも。
 計り知れない憎悪の感情がその奥に隠されている。
 その理由はわからないけれど。

「ふふっ。
 なら、トドメはあなたに譲るわ。
 それならどう?」

「お前達に、手出しはさせない」

「そう、それならそれでいい。
 私達は私達で対抗させてもらうわ。
 でも。
 せめて、相手の名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」

 セリスはしばし考え込むも、結論を出す。

「相手を知れば、対抗する意志も消える、という考えもあるか」

 ノムとエルノアはセリスを凝視する。

「ランダイン・・・。
 ランダイン・ネガルジット」

 その瞬間、2人の魔術師が息を飲み驚嘆。
 即、顔を見合わせた。

「指定闇魔術師、死霊術師ランダイン。
 死体に魔力を定着させることで、無尽蔵に魔力を増幅させるという、死体定着魔術を操る」

「ノム!
 彼の目的は、死霊術の魔導書ではないわ!
 彼の目的は!」

 その瞬間。
 感じた悪寒。
 その感覚を、この場の全員が共有する。
 同時に、その感覚の『震源』も把握する。

「今のって?
 北の方角から魔力が!?」

「エルノア」

「現れたみたいね。
 行きましょう」

「私は一度教会に立ち寄ってから行く。
 すぐに合流するから」

 ノムは教会の人と話をするらしい。
 相手が死霊術師ならば、神聖なる教会も黙ってはいないはずだ。

「おっし!私も!」

「エレナは駄目」

「え!?」

「危険すぎる。
 エレナは昨日の疲れもあるし。
 それに、セリスの看病するんでしょ」

「私も行く」

 ここでセリスが割り込む。
 しかしまだ体が痛むようで、低い声を漏らして再度俯(うつむ)いた。

「セリス、まだ動いたら駄目だって」

 私は彼女に駆け寄り、体をさする。
 どうやら思いとどまってくれたようで、行動の意志は引いている。
 そこまで確認した時点で振り返ると、そこにはもうノムもエルノアもアリウスもいなかった。
 窓の外を見つめると曇天。
 その空の濁りが、不吉さを象徴しているように感じる。

 私は、私がどうするべきかの結論を出せず。
 この場に留まり、ただ祈ることしかできなかった。





*****





【** アリウス視点 **】

「彼の目的は、墓地に存在する無数の死体。
 基本的に、自分以外の物体に魔力を収束することはできない。
 しかし、『特定種の魔力を特定の物体に』、というケースなら、逆に収束しやすい場合があるわ。
 死体に魔力を定着し、その魔力を自身の魔力として吸収する」

「『死体定着収束』、『死体定着吸収』ってやつか」

「ここなら死体はいくらでもある。
 しかも、冒険者として生きた、屈強な者の死体であればあるほど、その魔力効率は高い」

 俺達はウォードシティーの墓地に到着した。
 無数の墓石が点在する。
 そして同時に、多くの『生きた』冒険者達が確認できる。

「異変を感知して、人が集まってきているな」

「これはまずいわね。
 死体が新しければ新しいほど、魔力収束が高効率になる。
 ランダインはこれを狙っていた。
 冒険者が集まる街であるが故、優良な死体が揃っている。
 そして、優良な死体を、今から作り出せる。

「こいつらが死ねば死ぬほど、ランダインは強くなるのか」

 最悪のシナリオが脚色される。
 人道を外れた外道。
 人でありながら悪魔。
 その存在は、きっと、すぐそこに。

「アリウス下がってて。
 ごめんなさい、道を開けてください」

 エルノアが冒険者の集団をかきわけて、墓地の奥へ進んでいく。
 『下がっていて』とは言われたが、俺はその後を追った。

「ランダイン・ネガルジットですね!」

 エルノアがその名を叫ぶ。
 やっとその対象を、視覚的に確認できた。

 肩まで届きそうな白髪。
 相手を射殺す鋭い目。
 肌の質感からして年齢は30代から40代と思われる。
 俺よりも高い身長。
 薄汚れた黒の道着と帯。
 その衣服には、いくつもの紋様が描かれている。
 武器という武器は持っていないが、手にはルーンと魔法陣が描かれたグローブを装着している。

「死霊術師の気配がすると思っていたが、まさか女とは」

 墓地に響く低い声。
 エルノアに向けられる威嚇の言葉。

「答えろ。
 わが儀式の邪魔をするか。
 我に魔力を差し出すか」

「どちらにしても、生かして帰してくれるつもりはないみたいね。
 まあ・・・。
 私も生かして帰す気はないですけど」

 ランダインから溢れる闇の魔力。
 しかし。
 感知したのは、彼からエルノアへ向けたベクトル、それのみではない。
 逆方向。
 奴に向けて魔力が集まっていく、その感覚も同時に感じる。
 つまり。
 死体から魔力を吸収している。
 そして、既に相当量の魔力を吸収済み。
 そのような予測が立てられる。
 これ以上こいつに、魔力を吸わせてはいけない。

「あいつって、死霊術師か?」

「倒して、マリーベル教会に報告したら、褒章金とかもらえんじゃねぇか?」

「てめぇら行かねぇなら、俺がいくぜ!」

 今までエルノアとランダインのやり取りを見つめているだけであった冒険者達が、その冒険心に火をつける。
 これはまずい。

 そのとき、解放された魔力。
 過去経験したうちでも最大級の魔力圧。
 その震源は当然、目の前の死霊術師。

「なっ!」

「なんて魔力だ!」

「贄(にえ)となるがいい!!」

 ランダインから放たれる黒く光る魔力。
 黒魔術だ!
 それは、エルノアを含めた冒険者達の集団に襲い掛かる。
 しかし、エルノアが彼らを救う。

「ダークシザーズ!」

<<ガォオオオオオオオオーーーーーーン>>

 黒魔力で実現された六点収束魔導術、デモンシザーズ。
 その魔術により、無事に相殺された。

「エルノア!」

「皆さん下がってください!
 私が、殺(や)りますので!!」

 幸運であったことは、冒険者達が見極めたことだ。
 ランダインの放った一発の黒魔術。
 その殺傷力、破壊力を、ここにいる全ての人間が理解した。

「なんだよこれ」

「やばい、逃げたほうがいいか」

 冒険者達が後方に退避していく。
 忸怩(じくじ)たる思いだが、ここはエルノアに任せるしかない。

「逃がさん!」

 しかし、ランダインは逃避を許さない。
 次の黒魔力の収束が始まった。

「また来る!」

 違う!
 この感覚は、先ほどとは違う。
 それに最も早く気づいたのは、エルノアだ。

「皆さん!下です!」

<<ドガッツ!ドドドッ!ドドドド!>>

「なっ!」

「死体が這い出てきた!」

「死体が!
 死体が生き返った!」

 固い大地を突き破り、無数の死者が蘇った。
 腐った肉を持つグール。
 骨のみで動くスケルトン。
 産み出された2種のアンデットモンスター。
 俺たちを取り囲み、今にも襲い掛からんとする。
 明確な攻撃の意志を持ったエネミー。
 それは最上位の死霊術師のみが成せる業だ。

「死体制御術か!」

 その一体一体で考えれば対処のしようはある。
 グールはまだしも、スケルトンは特に知能が低い。
 しかし、いくらなんでも死体の数が多すぎる。
 このままでは、今ここいる冒険者たちが次々に死んでいく。 
 それはランダインに更なる力を与えることを意味している。
 今取りうる行動案。
 可能な限り、敵の数を減らすしかない。

「彷徨(さまよ)える魂よ。
 我に隷属せよ!」

<<フォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーン>>

「魔法陣が!?」

 この場を取り囲む、巨大な白色の魔法陣が出現。
 それは神々しい光を放つ。
 こんな芸当が可能な人間は1人しかいない。
 エルノアだ。

<<グッォォォォォォォォォーーーーン!!!>>

 数十体のグールたちが一斉に雄たけびを上げる。
 また、スケルトンにも何かしらの反応が見られる。
 混乱する冒険者達。
 それは俺も同じだ。
 そして、事態は動き出す。
 
「死霊が死霊を攻撃し始めたぞ!」

 死体たちが同士討ちを始めた。
 エルノアの仕業か。
 ランダインの死体操作術に対抗し、彼女も死体操作術で返した。
 エルノアの魔力に魅了された死者たちは、ランダインの操る死霊を攻撃し始めたのである。

 しかし操れているのはおよそ半分以下か、さらに少ないか。
 死体操作という技能に関しては、ランダインに軍配が上がる。

「やはりすべてを制御はできない。
 三分の一くらいね」

 エルノアは魔法陣に魔力を供給し続けている。
 この魔力の供給を止めれば、また全ての死体はランダインの操作対象となってしまうのだろう。
 しかしこれでは、エルノアがランダインに対応できない。

 ならば。
 取れる行動は1つしかない。

「エルノア!
 俺が出る」

「アリウス!」

「なんかあの姉ちゃんが、すげぇ!」

「みんな、あの女性を守るんだ!」

「みなさん!」

 冒険者達が、状況を把握し始める。
 ランダインは死体から魔力を吸収する。
 ならば、俺達ができること。
 それは、エルノアを守ること。
 そして、死体を破壊することだ。

 一斉にモンスターに向かって侵攻を開始する冒険者達。
 エルノアの法陣で、戦況は若干マシになった。
 しかし、俺の計算からすると、圧倒的に戦力が足りない。
 もっと『力』があれば。

「はっ!
 おもしれえことやってるみたいだな。
 黒髪、俺にもやらせろ!」

 声がする方向。
 そこには短い金髪、金色の瞳の魔術師が立っていた。

「ヴァンフリーブ!」

 そして。
 白銀の鎧、白銀の剣を携える青年。

「ヴァンがやるのなら、自分も戦う」

 氷華の女騎士。

「力を貸す」

 筋骨隆々の武具店店主。

「俺に任せろ」

 紫髪の受付嬢。

「私もいるよー!」

 そして、魔導工学の天才少年。
 およびエーテルゴーレムの軍団。

「すまない、遅れてしまった」

 歴戦の猛者(もさ)達が一堂に会(かい)す。
 この街を守りたい。
 その1つの言葉を合言葉に、共同戦線が張られたのだ。
 
「あらあら、これは頼もしい」

 エルノアが彼らを見つめ、笑みを見せる。
 そして魔導工学の天才が、開戦を宣言するのだった。

「よし!
 ゴーレム達!
 思いっきり暴れろ!!」
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 【** エレナ視点 **】


「ノム、大丈夫かな」

 『おとなしく宿で待機している』という選択肢を選んだ私。
 北の方角から感じる不穏な魔力の感覚を受信し続け。
 ノムのことが心配で仕方ない。

「逃げたほうがいい」

「セリス?」

「彼女達2人では、ランダインには敵わない。
 命と魔力を奪われるだけだ」

「それは、セリスも同じっすよね」

 セリスの宿す雷神の力を持ってしても、ノムには敵わないだろう。
 そのノムですらランダインに劣る。
 その2つの論理は、セリスを殺す。

「私は、いい」

 俯(うつむ)き、悲哀の表情を見せ。
 絶望の淵を彷徨(さまよ)い。
 焦点、定まらず。
 憂い。

「どうせ、もうすぐ魔力に全てを飲まれてしまうから、っすか?」

 私の推測に対し、彼女は正誤を返さず。
 静かに。
 内に秘めた信念を口にする。

「私は、あいつを倒さなければならない。
 これは、絶対。
 死んでも、絶対。
 その瞬間まで・・・」

 彼女の心の内が、少しづつ伝わってくる。
 少しばかりの心の欠片(かけら)を共有する。

「私は一度、ランダインに敗北している。
 だから、奴の強さは知っている。
 倒せなくてもいい。
 最後まで戦いたい!
 だから!!」

 決意を秘めた言葉を吐き捨て、彼女は雷の魔力の収束を開始する。
 
「エレナ、私は・・・。
 あなたを殺したくない!
 だから、行かせて」

 悲痛、悲哀、焦燥感。
 そして、わずかな優しさを含んだ声色で、私に伝える。

「嫌です。
 精神を魔力に奪われた術師が、他の術師に意思を操られることもある。
 魔石戦争時代、多くの闇魔術師が精神を奪われたように。
 セリスがランダインに支配されるかもしれない。
 行かせるわけにはいかない!」

「それでも!
 私には!
 これしか!
 これしか、ないの!」

 彼女から、悲痛な嘆きと涙、そして雷が放出される。
 激しい炸裂音が宿の部屋に響く。
 それは、私に向けられたものではなく。
 何もない空間中で炸裂した。
 しかし、不意をついたその雷撃は、私の注意を妨害するには十分であり。
 セリスは私を振り払い、宿の外へと駆け出した。

「しまった!
 追わないと!」





*****





【** エルノア視点 **】


「こいつ、まるで、魔力を無限に持っているかのようだ。
 死体が存在する限り、無敵ってことか」

 ランダインの攻撃を掠(かす)めたアリウスが、その患部に触れながら呟(つぶや)く。

「厳しいわね」

 あれから複数の人間が、代わる代わるランダインに相対していた。
 アリウス、クレスト、リリア。
 そして今は、一番の実力を持つヴァンフリーブが相手をしている。
 しかし、それでも彼は止まらない。

「贄(にえ)は・・・。
 贄(にえ)らしくしていろ!!」

<<ダダダダダッダダダダダアダアダダダダダッ!!>>

 炎の黒魔術、ハイダークフラン。
 地獄の業火が、ヴァンフリーブに襲いかかった。
 絶対的な潜在魔力の差。
 それがそのまま、勝負の結果として現れている。
 このままでは、間違いなく全滅する。

「ちぃっ!」

「ヴァン、大丈夫か」

 クレストがヴァンを庇う形で割り込む。

「次は消す」

 その2人、同時にあしらうように。
 ランダインが次の魔術の収束に入る。
 固唾を呑んだのは、俺だけではなく、きっと、ここにいる全員。
 瞬間。
 感じた『封魔』の魔力。
 そして、天使が舞い降りる。

「来たわね」

「むっ」

「法陣!?」

「グレイシャル!」

 ランダインを囲み生成された水色の魔法陣。
 そこに大量の封魔の魔力が高速収束され。
 『氷河』を生み出し、ランダインを飲み込んだ。

「次は、私が相手」

「青髪!」

「ノム!」

「遅れてごめんなさい。
 後は、私がやる」

 傷を負ったヴァンフリーブを庇(かば)うように、彼の前に立つ。
 そして、白銀の聖杖(せいじょう)をランダインに突きつけた。

 ノムの法陣魔術を直撃したはずのランダインは、顔色一つ変えず。
 ダメージが通っているのか、いないか。
 判断はつかない。
 そして彼は、一瞬でノムの実力を理解する。

「ふっ。
 良い贄(にえ)が来た。
 その魔力、我がモノとなることを、光栄に思うがいい」

「こいつ、気持ち悪いの」

「ダーク・シザーズ!」

「セイント・クロス!」

 互いに向けられた強大な魔術攻撃。
 それは完璧な調和を持って相殺された。

「相殺したか」

 これはアリウスの言葉。

「実力は五分か。
 だが相手は」

 ヴァンが述べ。

「死霊が存在する限り、無敵。
 ならば、俺たちにできることは」

 クレストが続く。

「よぉし!お前ら!
 死霊達を土に返すぞ!!
 俺達は俺達で戦って、彼女の援護をするんだ!」

 冒険者たちが、打倒ランダインに向けて結束を固める。
 これは、とても頼もしいですね。





*****





【** アリウス視点 **】


「小賢(こざか)しい!!」

 ランダインの強烈なハイダークスパークが彼女(ノム)の体を掠(かす)める。
 しかし、それでも彼女は怯(ひる)まず、ランダインに向かって侵攻を開始した。
 完全な魔術師タイプ。
 そんな彼女としてはありえないはずの、『近距離戦』という選択肢。
 しかし、彼女はこれを選択する。

「くっ!
 これくらい、なんともない!
 収束完了!
 十字法陣!」

 彼女を中心として十字型に溢れ出す白の魔力。
 地面に描かれた巨大な十字型の魔法陣。
 これが、これこそが。
 プリーストの最終奥義。

「グランド・クロス!!!!」

<<ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギン!!!!!!!>>

 相手を消滅させんが如き神々しいい光のエネルギー。
 それは見るもの全てに信仰心を植え付けた。
 ノムという信仰対象に対して。

 近距離から放たれたその攻撃は、明らかに相手にダメージを与えている。
 誰もが、俺たちの勝利を確信した。

「やったか」

 明らかに戦闘不能状態と思われる。
 体中に傷を負った死霊術師。
 しかし。

「なっ!!」

「傷が癒えてゆく!」

 ランダインの体を光が包み、そして。
 みるみるうちに傷が姿を消していく。
 急速回復。
 死体から吸収した魔力を用いた治癒術。
 つまり、彼が死体から魔力を吸収する以上、彼は不死身ということだ。

「今度は、こちらの番だ」

 彼に集まる、炎と魔導のエネルギー。
 赤黒く光る魔法陣が、先のグランドクロスで魔力を消費しきったノムを包み込んだ。

「ノム!」

「カオス・フレア!!」

<<ダダダダグァダダダッダアッダグァダダダグァダダグァ!!>>

「うぁッ!!」

 残る魔力を全て注いだ彼女の封魔防壁も、彼の闇の炎の前には無力。
 悲痛な悲鳴をあげ、悪魔の炎でその身を蹂躙され。
 地面に倒れこんだ。

「ノムでも駄目か」

「本当に、無敵とでもいうのか?」

 ここにいる全員が彼女の力を認めている。
 だからこそ訪れた絶望。
 指定闇魔術師。
 それは、この世で最も畏怖すべき存在なのだと。

「そんなことないですよ」

 そんな戦況の中、たった一人だけ、笑みを絶やさなかった人間がいた。

「ノムがここまで頑張ってくれたのだから。
 少し休ませてあげないとね」

「エルノア」

「彼は死霊から魔力を吸収しています。
 しかし、みんなさんでたくさん死体を崩しましたので、操作可能な数は減少しています。
 だから、もう私の死霊操作は必要ない」

 展開されていた白の魔法陣が消滅する。

「次は、私が相手をします」

 エルノアが、ノムを介抱する俺の前に出る。

「可愛いお友達を痛めつけてくれたお礼は、存分にさせていただきます」

 杖を突き付け、宣戦布告。
 不謹慎ながら、エルノアの本気の戦闘を見れることに、幾ばくかの興奮を覚える自分がいる。

「ふっ、お前は我の力を見誤っているぞ」

 悪寒。
 その発生源はランダインからのみならず、この墓地空間上全て。

「死霊達よ!
 怒りを解放せよ!
 自身に死を与えたものへ、報復せよ!」

 地響き。
 そして再び地底から湧き出す不死の者たち。
 さらに、崩れたはずのグールやスケルトンの一部が復活した。

「また増えやがった」

 同時に、辺りがより暗くなる。
 黒の霧、瘴気が、空間中に満ちていき、視界が悪化する。

「あまり良い状況ではないですね」

 エルノアの表情が陰る。
 と同時に、白色の魔方陣が再度展開される。
 死体操作術の再会。
 死体と死体の同士討ち。
 しかし、支配率は先程より低く。
 エルノアが手を抜いている訳ではなく。
 ランダインの支配力が向上していると判断。
 襲いくるグール、スケルトン。
 ここにいる生存者全員が、その対処に負われる。
 苦しい状況だ。

「倒しても、倒しても、きりがない」

 瘴気がさらに濃くなり、戦況が確認できない。
 ここでヴァンフリーブが気づく。

「おいっ!
 ランダインがいないぞ!」

 何故!?
 死者復活の混乱に乗じて、敵死霊術師は姿をくらました。
 闇討ちの可能性を考慮し、その魔力を捜索する。
 しかし、周辺に対象となる魔力は存在しない。
 得体の知れない不安感が噴出し、結論のでない考察を繰り返した。

「あまりいい予感はしないな」

「追わなければ、しかし」

「死霊達の数が、はんぱじゃない」

「私が、追う!」

 そう叫んだのは、ノムだった。
 先ほどの攻撃を受け、まだ体を起こせるはずのない彼女が、エルノアに向けて訴える。
 常に冷静な彼女にはありえない必死さ。
 それは絶対に守りたい何かの存在を暗示していた。

「だめよ、ノム!
 あなた、さっきの攻撃の傷が癒えてない」

「行かせて!
 ランダインがセリスのところに行った可能性も捨てられない!
 エレナが危ないかもしれない!」

 彼女の悲痛な叫びが心に突き刺さる。
 それでも彼女を今、ここで行かせるわけにはいかない。
 今の彼女では何もできはしない。
 それが、みな、わかっているから。

「ノム様!」

 後方から声。
 それはマリーベル教の修道女たちだった。

「教会の」

「少しだけ、少しだけ時間をください。
 可能な限り、治癒術をかけます。
 私達にできることは、それくらいしかありませんので。
 やらせてください」

 それが今取りうる最良の選択肢。
 冷静な思考ができない状態のノムも、なんとかそれを理解した。

「わかりました。
 頼みます」

 ノムは遠くの彼方を見つめている。
 そこにいる。
 大切な者の無事を祈って。





*****





【** エレナ視点 **】


 私はセリスの後を追いかけた。
 途中で見失いそうになったが、そのときは彼女から溢れる漏出魔力を手掛かりにした。
 やっと彼女に追いついたとき、私たちは闘技場の前まで到達していた。

 なぜ墓地ではなく、闘技場のほうに向かっているのか?
 しかし、その疑問の答えもすぐに見つかる。
 闘技場の中から、強大な魔力を感じる。
 まさか、闘技場の中にランダインが!?
 みんなは、まだ墓地のほうにいる感じがするのに。

 詳細な理由は不明だが、セリスはランダインの魔力、その発生源を感知できるのであろう。
 だからこそ、この場所にたどり着くことができた。
 そう。
 決着をつけるつもりだ。

「セリス!」

「こないで!」

「今のセリスが行っても・・・。
 どれだけ魔力を引き出せても、それを正常に制御できなければ。
 相手には、届かない」

 今の彼女はもう、魔力に精神を飲まれ、理性が消えかけている。
 既に、勝負の結末は見えている。

「なら・・・。
 やってみる?
 エレナのこと、嫌いじゃないけど。
 私は、ここで立ち止まるわけにはいかないから。
 ごめん。
 消えて」

 感情が死滅したと思われていた彼女は、涙を流した。
 悲痛な、哀愁を帯びた、消え失せそうな声で。
 私に語りかける。

 だから私は思ったのだ。
 絶対に。



 絶対に、運命を変えてやる!





*****





 セリスとの決着は、もう一瞬でついた。
 私の雷槍で複数回貫かれた彼女は、力なくうなだれる。
 武器の電気鋸(でんきすい)が地面に落ち、金属音を響かせる。

 もう彼女の中には何も残っていない。
 戦意も、希望も。

「セリス」

「私だって・・・わかってる。
 ランダインには敵わない、ってこと」

 彼女が心を見せてくれる。
 私はそれを優しく見守った。

「以前私は、ランダインと戦った。
 なぜ、彼はあのとき、私を殺さなかったのか。
 ・・・。
 可能性。
 私が、魔力に飲み込まれるのを待ち、道具として利用するため。
 そんな可能性も、考えなかった、わけじゃなかった」

 彼女がランダインを憎悪する理由。
 それは大事な人を殺された復讐なのかもしれない。
 危険人物を野放しにできないという正義感なのかも知れない。
 しかし、そんなものは今は関係ない。

「エレナ。
 お願いがある」

 彼女の中にいる雷の魔力。
 それが胎動を始める。

「私は、もう。
 駄目だから」

 その魔力は、ゆっくりと、私に近寄り。
 そして、包み込む。

「だから」

 そして、静かに。
 静かに、語りかけるのだ。

「私を」

「聞こえる」

「エレナ?」

「私は、聞こえるから!」

「聞こえてる、だから」

「セリスは黙ってて!」

 心を込めたセリスの言葉たち。

 私はそれを。

 完全に無視した。

「聞こえる!
 あなたの声が!
 彼女の中にいる、あなたの声が!」

「聞こえるか、私の意思が」

 そして今、確信に変わる。

「あなたは?」

「私は。
 雷帝。
 雷帝、ガドリアス」





*****





 私は闘技場のステージに登壇する。
 そこには、黒の魔力に覆われた死霊術師が待っていた。

「セリスは役に立たなかったか。
 魔力を奪われおって。
 我が傀儡(くぐつ)となる名誉を与えてやろうと思っていたのだが」

 ランダインがベラベラと喋り出した。
 やはりセリスを支配して操る計画があったようだ。



 こいつ、マジで殺す。




「女、選らばせてやろう。
 我が傀儡(くぐつ)となるか。
 身を焼き滅ぼされるかを。
 これだけの魔力を、その身一つに定着させることができる者は、そうはいない。
 我が、主の力を最大限・・・」

<<ババババッババババババ!!>>

 その瞬間、ノーモーションの私から、極太の雷槍が放たれる。

「くっ。
 馬鹿め、自ら死を選らぶとは」

「いや、ごめんなさい。
 私も話は最後まで聞きたかったんすけど。
 でも。
 なんか、私の中の『雷帝さん』が暴れたいって言って聞かなくって。

 そして私は、先ほどの出来事を思い返した。





*****





「セリスから、出て行ってくれません?」

 私は、セリスの中に存在している魔力に対して話しかける。
 セリスは何が起こっているかわからない様子で、口を開けて私を見つめていた。
 私の提案に対し、彼女の中の魔力は無言という回答を選ぶ。

「嫌、だと」

「私の力は、この女では完全には発揮できない。
 もっと、もっとだ!
 もっと力を解放させろ!」

 駄々をこねる魔力。

「うーん。
 つまり、『暴れたい』、ってことっすか」

「その通りだ」

「でも、セリスの体は限界が近いし。
 ・・・。
 ・・・。
 じゃあ・・・。
 私の体(とこ)、来ます?」





*****





 そんな成り行きで、私は雷帝と契約を結んだ。
 学術的に言えば、『幻魔降臨』という状態だ。

「ふっ。
 魔力と会話したとでも言うのか。
 おもしろい。
 力ずくで、我が力としてやる。
 光栄に思うがいい」

 ランダインが魔力の収束を開始する。

 ガドさん、もうちょっと待って。
 私は心の中で雷帝にブレーキをかける。

「死霊術というのは死体が多ければ多いほど力を発揮する。
 墓地というのは、非常に良い環境だ。
 だが、さらに優れた環境がある」

 死霊術師が語り始める。

「多くの者が殺し合い、多くの怨念が集まる場所。
 つまり。
 闘技場、まさにこの場所だ。
 ・・・。
 見せてやろう。
 我が、最高の死霊術!
 無限の魔力にひれ伏すがいい!!」

<<ゴゴゴgフヴヴヴヴヴヴウヴv!!ガッガガガg!ビッブイブイb!>>

 始まった。
 ガドさん。
 力を貸してくださいね。
 思いっきり暴れていいんで。

 枷を外し、私は雷の魔力の収束を開始する。
 まるで体が浮き上がるような感覚。
 体験したことのない、際限なく溢れ出す魔力。
 まるで、雷の魔力が無限に存在するみたいだ。
 もう、笑いが止まらない。
 これなら。
 いける!

<<バババババババッバババババ!>>

 私は雷の魔力を解放させる。
 それを受け、ランダインの顔色が変わる。

「セリス以上に魔力を引き出せている。
 おもしろい!
 ますます、欲しくなったぞ!!」

 ロリコンクソ野郎が。
 ぶっとばしてやる!

 ・・・

 荒ぶった感情を、ここで一旦クールダウンする。
 すると、自然と過去の出来事が思い起こされた。

 私、ここで長い時間を過ごしたんだよね。
 ノム、エルモアの思い。
 セリスの思い。
 闘技場(ここ)を守りたいという、みんなの思い。
 そして、私の思い。

「この場所は、絶対あなたに渡さない!
 あなたを、倒します!!」

 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 吐き気を催(もよお)すような、黒の魔力。
 それが闘技場のステージ全体を覆いこんでいる。
 ランダインが魔力を放出することで、それはさらに強くなる。
 このため私は、常に封魔防壁を強化した状態であることが求められる。
 しかし雷帝ガドリアスの加護により、それは容易に実現できた。

 ランダインは黒魔力の収束を開始する。
 属性は炎。
 炎の黒魔術、ハイダークファイアだろう。

 その予測は的中する。
 しかし。

「数が多すぎるって!」

 彼の収束した魔力球は1つではない。
 2つ、3つ、4つ・・・。

 数えることも難しいほどの魔力球が空間中に出現した。
 そして、それらの全てが、同じタイミングで、私に向かって放出された。

 やばい。
 私はそれら全ての魔力球の動きを見切らんとする。
 しかし、それでも完全に避けることはできない。
 そもそも逃げる場所なんて存在しなかった、とも言える。

 一発の炎弾が私に直撃。
 裂傷から血が流れ、鋭い痛みを知覚する。
 早く回復を。

「ヒーリング!」

 『痛みは残っても、これで敏捷性が損なわれることはないだろう』。
 そんなことを考えながら。
 被弾後、即実現した、その魔法。
 しかし訪れた現実は、私が想像しないものであった。

「すごい!
 全ての傷が塞(ふさ)がった!」

 つまり、完全回復である。
 ガドリアスの加護は、攻撃のみならず、回復力をも格段に引き上げてくれた。
 これなら、かなり無茶な戦い方ができる。
 私は脳内で展開するストラテジーを再構築していく。

「小賢(こざか)しい」

 私が完全回復したのを見届けたランダインは、次の侵攻を開始する構え。
 今度はこっちの番だっての!

 私は蒼の剣に雷の魔力を収束していく。
 それは、信じられない速度で蓄積される。
 相手の攻撃を妨害するため、私は雷槍を繰り出した。

「はっ!」

 速度重視で実現したその雷槍は、過去最高のエネルギー量を誇っていた。
 これ、本気で魔力を収束したら、どうなるんだよ!

 ランダインは即座に収束した黒魔術でこれを相殺してきた。
 そして再度、黒魔力の収束を開始。
 無数の黒い炎の魔力球を作り上げた。

「全部撃ち落とす」

 その時点で、私も雷の魔力球を収束済み。
 襲ってくる炎弾を雷の槍で撃ち落としていった。
 闘技場内が、凄まじい爆音と震動で溢れる。

 ランダインの攻撃は止まらない。
 今度は雷術だ!
 圧倒的速度と正確性を誇るオーラサーチにて推測を立てる。
 『雷術で私に挑もうなんざ、100年早いぜ!』
 そんな攻撃的思考で闘争心を高め、再度雷の魔力の収束を始める。

 そしてやってくる黒い雷撃、複数発。
 私はそれらを、丁寧に回避、そして撃ち落として行った。
 その対処動作中で、一瞬の余裕が生まれる。
 私は一発の雷槍をランダインに繰り出した。
 手応えあり。
 雷槍がランダインを貫く。
 そして、私の鋭い観察力が全てを見抜いた。

「あえて避けなかったのかよ」

 彼は明らかにダメージを受けている。
 しかし、全く焦る様子もなく。
 即座に治癒術を実現し、ダメージを無に帰した。

「ちょっと削ったぐらいじゃ、倒せないわけね」

 私が置かれた状況がよく理解できた。
 相手の魔力が尽きるまで、何度も攻撃を与え続ける必要があるようだ。
 無限の魔力。
 そんなものはありえない。
 測定することができなくても、それは有限だ。
 ならば、勝機はある。

 ランダインはここで、空間中に黒魔力をさらに放出し始めた。
 アリウス・ゼスト、リリア・ディアラム。
 彼らの扱う『ナイトリキッド』、『ダイアミスト』。
 それらに近いものであろう。
 彼らの戦いが、今の私の戦いの糧(かて)となっているのだ。

 相手の放出する魔力。
 それは一言で言えば『瘴気』。
 ただその場所にいるだけで、体を蝕(むしば)んでいく。
 その考察を持って、私は封魔防壁をさらに強化した。

 ステージ上に産み出された黒い液体と霧。
 それは私たち2人の視界を急激に悪化させた。
 このような状況で大切になってくるもの。
 それが『オーラサーチ』。
 もはや現時点では、視覚情報よりも役に立つ。
 最大限にソイツを研ぎ澄まし、私はランダインの位置を確認した。

 そして、収束される黒魔力。
 目をつぶっていてもわかる。
 属性は魔導。
 いつでも来い!
 さあ、ここからが本当の戦いだ!





*****





 対人戦闘における重要事項は『相手の特性を見抜く』ことである。
 それは今回の戦いにおいても例外ではない。
 だからこそ、私は思考を全力で回転させた。

 考察結果1。
 相手はこちらの攻撃を避けるつもりがない。
 防壁の堅牢性は非常に高く、またダメージを与えても治癒魔法ですぐに回復できるためだ。
 そのため相手の体術的な技能は現時点ではわからない。
 あまり、すばしっこいようには見えないが。

 考察結果2。
 周囲を取り囲む黒い魔力について。
 これは魔導のエネルギーを強制従属したものと思われる。
 ランダインはこれらの魔力を吸収し続け、無限の魔力を実現している。
 これは彼の死霊術のなせる技のようだ。
 今は可能な限り相手に攻撃を放たせ、かつこちらからダメージを与えて回復魔法で魔力を消費させるしかないようだ。

 考察結果3。
 攻撃の属性について。
 彼の用いるのは黒く輝く魔力、黒魔力。
 ただ、黒魔術というのは厳密には属性ではない。
 黒魔力で実現した、つまり強制従属した魔導のエネルギー、炎のエネルギーなのである。
 黒魔術であろうと、魔導は魔導、炎は炎。
 その意味では普通の術師と変わらない。

 彼の放った今までの攻撃は、魔導、炎、風、雷の4種。
 光と封魔の攻撃は一度もなかった。
 想定するに、黒魔術と光、黒魔術と封魔、その2種は相性が悪いのだと思われる。
 そう考えると、2属性を考慮に入れなくてよくなる。
 これだけでも相手の戦術を大きく絞り込める。
 
 さらに魔導、炎に比べると、雷、風の魔術の威力は弱い。
 単純にランダインの得意・不得意が関係しているのか。
 もしくは魔導、炎は、黒魔術と相性が良いのかもしれない。

 結論としては魔導、炎を最大級に警戒。
 風、雷に関しては多少対処行動が遅れても、なんとかなる。

 以上、考察終わり。
 私は再びオーラサーチを開始する。

 私の考察に沿うように。
 彼から溢れる炎と魔導の魔力。
 フランだ!

「燃え尽きよ!」

 そして彼から放たれる魔炎術。
 その魔術は、明らかな既視の感覚を孕んでいた。

「曲がる!」

 魔術が放たれた瞬間に判断できる。
 私の想定どおりの円弧軌道を描き、私に向け発射される。

 ヴァンフリーブ、感謝します。
 最高の特訓相手でありました。

 一瞬の焦りもなく、右前方にステップして回避した。
 これにはさすがのランダインも若干の苦い表情を見せたように思う。
 ざまあみろ。

 その後、数回のフランによる攻撃が繰り出される。
 しかし私は全てこれを回避し、反撃の雷槍をお見舞いした。

「粋がるなよ、小娘!」

 その瞬間、空間から伝わる悪寒。
 ステージ全体に存在する黒の魔力がざわめいているようだ。
 私は、それらの魔力にも気を配る。

 そして、ここで。
 死霊術の真髄を見せ付けられる。

「悪霊たちよ!
 現世に顕現せよ!」

 その言葉を引き金に、私の周囲に邪悪な感覚が出現する。
 私は視覚情報の取得を急ぐ。
 そこに存在するのは、『ガスト』。
 ウィスプ系モンスターの亜種。
 魔導のエネルギーの結晶体。
 その黒魔力バージョンといったところか。
 その魔力体は複数確認できる。
 1匹、2匹、3匹、4匹・・・。
 しかし、そのカウントは、魔力体の侵攻によって妨害される。

<<ヴヴヴヴヴうv>>
 
 エーテルの魔術が放たれる。
 それは、私が知っているガストの攻撃力ではない。
 生物の身を抉(えぐ)り取る、高い殺傷能力をもった刃だ。

 緊急回避した私。
 しかし、次撃はすぐにやってくる。
 敵が多すぎる!

 脳の処理限界を超えた私は、『とにかく1匹づつ消していく』という選択しかとれない。
 一体のガストに向けてトライスパークを打ちつける。
 魔力と魔力が衝突し、魔力体は消滅。
 しかし、あとこれを何回繰り返せばよいのか。

 そんな考えが頭をよぎったとき。
 私は背後からの魔導刃に体を引き裂かれた。

「がっ!」

 緊急で回復魔法を試みる。
 しかし最低限、血が止まるまで。
 今、回復のみに魔力を使っては、敵の総攻撃に対処できない。
 とっさの判断が生命をつなぎとめる。

 『視覚情報にとらわれるな!』

 誰かがそんなことを言ったような気がした。
 私の中に存在する雷帝ガドリアス。
 彼が助言をくれたのだ。
 おかげで心が落ち着いた。
 ありがとうございます。

 視覚は捨てる。
 私は目を瞑(つぶ)り。
 そして、オーラサーチを開始する。
 脳内にマップが形成される。
 1体。
 2体。
 3体。
 4体。
 5体。
 6体。
 7体。
 8体。
 9体。
 10体。
 11体。
 12体。
 そこでカウントがストップする。
 全てのガストの存在を捉(とら)えた。
 しかし、私は攻撃にはでない。
 一体づつ対処するには数が多すぎる。
 うざったい。
 まとめて消す!

 私は脳内で青の魔法陣を描き。
 そしてそれを、現実世界に転送した。

 魔力収束にかかる時間。
 それを敵が見逃してくれるはずはない。
 ガストから次々と魔導刃が繰り出される。
 しかし、それらの攻撃も、全て脳内のマップに転写されている。

 目を瞑(つぶ)ったまま、私は回避を繰り返す。
 と同時に、雷の魔力を魔法陣に流していく。
 魔術発動までのタイムラグが欠点となる法陣魔術。
 そんな法陣魔術が、あっという間に収束完了した。

「アークスパーク!」

 魔法陣から溢れる雷の魔力。
 それらが私を中心として外側に放射される。
 脳内から魔導体の反応が一体、また一体と消えていく。
 そして、最後にはランダインただ一人だけの反応が残った。
 私は目を開け。
 その存在に向けて笑みを向け、煽(あお)る。
 彼の顔から、苛立ちの感情を引き出した。
 効いたみたいね、精神的に。
 
「これで終わりだと思うな」

 今度はなんだよ。
 細心の注意を払い、彼を見据える。

 そして、私は。
 本日一番の衝撃を受ける。

「脱ぎだしたよ」

 彼は自分の道着を脱ぎ始めた。
 露出狂なの?
 変態なの?
 陰気露出ロリコンなの?
 
 そして彼は、その道着を空中に放り投げる。
 しかし、それは地面には落ちず。
 重力に反し、空間中に漂っている。

 そして、周囲に展開された黒魔力が、その道着に向けて収束されていく。

「出でよ、死霊の王よ!
 うぬが憎悪で、全てを飲み込め!」

 呼び起こされる死霊の王。
 目覚めと同時に、黒の圧力を解き放ち、私は1歩後退させられる。

「リッチですか!」

 図書館で見た、危険な魔物図鑑。
 そこに載っていた最強最凶の魔物。
 出現頻度極低、危険度極高。
 『死をもたらす者』。
 その災いが、産み出されてしまった。

 ・・・

 数秒の静寂の後。
 リッチは魔力の収束を開始する。
 黒魔力による魔導。
 属性の判断はできた。
 雷の魔力を剣に収束しながら、動向を見守る。

 巨大な魔力球。
 それが空間中に構築されていくであろう。
 そう予測していた。
 しかし、相手が実現するは想定外の攻撃手段。
 黒の魔力がリッチの『腕』に際限なく集められ、その腕は無限に肥大化を続けていった。
 その腕が巨大な翼のように広げられる。
 伝説の龍、バハムートの翼を思い起こさせる。

 そして肥大した右腕が、水平に振り払われ、私を襲う。
 その攻撃に、あえて名前を付けるならば、

「死神の鎌(デスサイズ)!」

 瞬間的な判断で、私は風の魔力を収束開始。
 それは相手の一閃が私を掠(かす)める寸前に完了する。

 エリアルステップ。
 風術の力を利用して、大きく宙に舞い上がる。
 そして私の真下を、死の一撃が通過した。
 危なかった。
 その安心感が油断となり、判断を遅らせる。

 リッチの左腕には、まだ強大なる魔力が残されている。
 それに私が気づいたのは、その攻撃が放たれた後であった。

「今度は縦だ!」

 私の反射神経は過去最大級の仕事をしてくれる。
 ほぼ無意識的に体が動き、その縦に振られた一閃を、横向きに構えた蒼の剣で防御。
 が、その瞬間。
 私は後方に吹き飛ばされる。
 攻撃の重圧に対し、私の体は軽すぎた。
 このまま地面に叩きつけられれば死ぬ。
 その思考が風の魔力を選択する。
 一気に収束した風の魔力で私の体を包み込み、激突の衝撃を最大限緩和した。

「ぐっ!」

 吹き飛ばされた私は、そのまま場外、観客席下の壁まで達していた。
 私は自分の生存本能に感謝する。
 普通の人間ならば、今の短い時間だけで3回死んでいた。
 よし、私強い。

 死霊の王を睨(にら)みつける。
 視線を合わせたくても合わせられない。
 相手には『目』がないから。
 慈悲の欠片もない殺人兵器。
 相手の目的はただひとつ。
 死ぬまで殺す。
 それだけ。

 再びその腕に黒い魔力が集まっていき、デスサイズが放たれる。
 しかし、場外まで吹き飛ばされたことが功を奏した形。
 相手までの距離が確保され、先ほどよりも回避が楽になった。
 私は場外をぐるりと回るように、次々と繰り出されるデスサイズを回避していった。

 ステージを半周程度回ったところで、考察のまとめに入る。
 相手のデスサイズは、左手、右手の二撃までしか連続で発動できない。
 威力は必殺だが、魔力の収束には比較的時間がかかる。
 その収束時間、デスサイズの発動タイミングなどを脳内で何度も繰り返しシミュレーションする。
 よし。
 もう見切ったよ。

 どれだけ威力がすごかろうが。
 当たらなければ意味はない。
 エレナ・レセンティアの敏捷性、なめんじゃないよ!

 右腕のデスサイズが襲ってくる。
 私は、さらに場外を旋回し回避する。
 まだだ。
 まだ、次の一撃がある。
 そして想定どおり、左腕のデスサイズが、間髪を入れず繰り出された。

 ここだ!

 私は軽快なステップにて、これを回避。
 そして。
 リッチに向けて侵攻を開始した。
 対するリッチも、次のデスサイズに向け魔力を収束開始。

 私が闘技場のステージに飛び乗った時点で。
 相手は収束完了。
 そして、私に向けられる横向きのデスサイズ。
 脳内の想定通りに現実が動く。
 私は先ほどと同様、風術の補助を利用して大きく天に踏み出した。

 もちろん次撃が襲ってくることはわかっている。
 リッチは魔力の収束が完了した右腕を後方に構える。
 対称的に私も、蒼の剣を持った右手を後方に構える。
 力と力で、勝負しましょう。
 ニヤリと笑い。
 その瞬間。
 私の剣から溢れ出す、無際限の雷の魔力。
 それは。
 この戦いが始まってから地道に蓄積してきた。
 長期的魔力収束が可能にする超高威力攻撃。
 そう、これが!

 武具収束奥義だ!

「オーバー・ヴォルト・ランス!!」

 私がそう叫んだのと同じタイミングで、相手から放たれるデスサイズ。
 その2つの魔力は衝突し。
 そして。







 雷が死を超越した。

 その身を貫通、破壊し、消滅させる雷。
 死霊を浄化する、神撃。

「バカな!!!」

 ついに勝ち取った驚嘆。
 驚いているところ悪いけど、次あんたの番だからね。
 そんな攻撃的思考を孕んだ微笑で、ランダインを真っ直ぐに見つめ。

 そして。

 エレナのターン。

 まずはステップ1。
 私は魔力を収束する。
 雷、ではない。
 魔導のエネルギー。
 それを空間中に拡散放出した。

「なんだ」

 黒の霧がさらに濃くなっていく。
 私とランダインの視界が奪われる。
 しかし、私は確信している。
 今の私に、視覚情報は不要だ。
 研ぎ澄まされたオーラサーチの能力が実現する『心眼』。
 それは、先ほど実験済みである。

 そして、続いてステップ2。
 私は空間中に雷の魔力を収束していく。
 遠隔放出。
 空間中に12個の雷の魔力球が作成された。

「なんのつもりだ」

 そして、最後にステップ3。
 私はノム直伝のオーラセーブの技能を最大限に発揮した。

「消えた!?」

 視覚情報を封じられたランダイン。
 そこから私は、『第六感』も奪う。
 今の彼が感じているのは12個の雷の魔力のみ。
 そう、これは『案山子(スケアクロウ)』だ。

 よく見えていますよ。
 圧倒的な魔力を放つランダイン。
 だからこそ、彼の居場所は目を瞑(つぶ)っていてもよくわかる。

 アサシンステップで彼の背後に回りこむ。
 ランダインは私が空間中に生成した雷の魔力に向けて黒魔術を放出していく。
 その様子は、私の脳内マップに描かれる。

 そこじゃないぜ!

 私は背後から雷槍をお見舞いする。
 手ごたえあり。
 低い悲鳴が響く。

 すぐに私が攻撃した方向に黒魔術が飛んでくる。
 そんなことは既に先読みしている。

 次は左から!

 続けざまの雷槍。
 それがランダインを貫く。

「なめるな!」

 その瞬間感じ取る、黒魔術による炎と風の魔力。
 バーストストーム。
 広範囲攻撃で吹き飛ばす、そんな彼の思考が簡単に読み取れる。

 だから私は、退避せず。
 ランダインに向けて踏み出した。

 そして私を掠(かす)める炎風合成の魔力球。
 それは私を通過した先で爆風を起こす。

 その爆風を加速に利用し。
 私は一気にランダインに飛び掛った。

 一撃。
 雷の魔力をこれでもかと込めた剣撃が、ランダインの体を切り裂く。
 視覚情報が遮断されているが、返り血が私を染めていることを、その血の温かさで知る。

「うぁがぁぁxっぁぁぁx!!!」

 その瞬間、ランダインから放たれる黒魔力。
 その衝撃で、私は後方に吹き飛ばされる。

 そして、感じる邪悪な気配。
 空間中の魔力がさんざめき、上昇気流を発生させる。

 この場を支配していた黒の霧が、天空に吸い込まれていく。
 最悪だった視界が晴れ、状況を把握できるようになる。

 その黒の魔力を目で追い、点を見上げると。
 魔法陣。
 強大な赤の魔法陣が、曇天の空を覆っている。
 天空法陣。
 忘れ去られた古代の秘奥。
 それが、今蘇ろうとしている。
 先、衝撃で後退させられたこともあるが、何より、魔力収束が速すぎて、対処が遅れる。
 そして。
 黒の霧を構築していた魔力が、全て天に昇ったとき。
 その魔法陣は、慈悲なく起動される。

「メテオ・スォーム!!」

 沸点を越えた憤怒(ふんぬ)の感情が込められた言葉。
 それは無数の炎の隕石を召喚する引き金となる。

 それは人の成せる業ではない。
 それを成せるものは。
 神か、悪魔か。

 そして隕石群が闘技場に降り注ぎ、全てを破壊、蹂躙していった。
 灼熱。
 それが一切の余白なく空間を埋め尽くす。
 避けるという言葉に意味はなく。
 その天災は、『受け入れる』という選択肢しか許さない。


















「何故だ・・・。
 何故、生きている!!」

 隕石の豪雨を防ぐため、私は封魔の魔力による魔導防壁を何重にも張った。
 持てる全ての魔力を防衛魔術に注ぎ込む。
 多層防御。
 そう呼ばれる高位の防衛術。

 その決死の選択が、かろうじて命をつなぎとめた。
 消え失せそうな意識に向けて、『まだ行くな』と激励を送る。
 ズタボロになった体。
 しかし、今はさほど焦燥感はない。
 私にできることは、よく理解できているから。

「ヒーリング・サークル」

 以前、ノムに使ってもらった、小さな法陣を用いた回復魔法。
 雷帝の恩恵を受けたその魔術は、瀕死状態の私を完全に復活させた!

 ・・・

 傷も癒え。
 ここで訪れた。
 まるで時間が止まってしまったかのような感覚。
 ゆっくりと、誰かが。
 私の脳内に語りかける。

 誰?

 私は私に問いかける。
 その答えは言葉ではなく、感覚として伝達された。

 あなたは、『闘技場、そのもの』なのですね。

 私に話しかけてきたのは『闘技場』。
 そこに宿る無数の魔力たち。
 どうやら彼らはランダインに、この神聖なる場所を荒らされ、ご立腹のようだ。

 だから、彼らは。
 私に、知られざる魔術の秘奥を教えてくれた。

 ・・・

 そして、時が動き出す。
 私はすぐに魔力の収束を開始した。

 剣に、ではない。
 この闘技場という『場所』に向けて。
 地精召喚魔術。
 この地に存在する魔力たち。
 それを、この闘技場のステージに集める。
 
 この一年間過ごしてきた愛着。
 それを、この場所も返してくれる。
 今、この場所全てが私の味方だ!

 圧倒的。
 常軌を逸した熱量の魔力が、この場所に集められる。
 さあ、終わりにしよう。
 あとは、その名前を叫ぶだけだ!

「アーク・スパーク!!」

 その言葉をトリガとし、闘技場に収束した魔力が動き出す。
 天から降り注いだ隕石群をも越える。
 これが、本物の。
 神の雷(いかずち)だ!

「ばっ!馬鹿なぁ!!」

 神雷は、轟音と共に全てを飲み込み。
 静寂のみを残して消え去ったのだ。





*****





「まだ!
 まだ、こんなものではない!
 まだ、魔力を吸収できる!
 まだ・・・。
 まだだぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ランダインが獣のような咆哮(ほうこう)をあげる。
 その瞬間、失われていた黒の魔力が、闘技場内に再び溢れ出す。
 黒の液体、黒の霧。
 それが、闘技場を、再度、埋め尽くしていく。

 あれだけの雷を浴びておきながら、まだ戦おうとする死霊術師。
 信じられないし、信じたくもない。
 何が彼をそこまで掻き立てるのか。
 黒の魔力に取り付かれた状態では、その答えを知ることはできないだろう。

 先ほどの法陣魔術で、魔力を使い果たした私。
 しばらくは、威力ある攻撃は放てない。
 ここから訪れる防戦を覚悟する。

 しかし、ここで事態は一転する。

「なっ!なんだこれは!?」

 空間中の黒魔力がざわめいたかと思うと、それはランダインを侵食し始めた。
 魔力が・・・暴走している!

「我の体が魔力に飲み込まれてゆく!
 違う!
 隷属しているのは我だ!
 我が全ての魔力を所有しているのだ!
 くっ、くるなぁ!
 く・・・。
 が・・・。
 ぐっぁぁぁぁあぁぁああぁxxっぁぁぁぁ!!!」

 ランダインが黒の魔力に飲み込まれ、あっという間に闇に埋もれ、消えてしまう。
 大いなる咆哮(ほうこう)が消えうせると同時に、彼という存在自体も消滅した。

 そして、彼の周辺のみではなく、闘技場全体が黒の魔力に包まれていく。
 制御を失った魔力が、次々に闘技場ステージから湧き出してくる。
 やばい。
 一刻も早くここを離れる必要がある。
 ガドさん、頼みます!

「私は満足した、礼を言うぞ。
 すばらしい器だった。
 これで、魔力輪廻に帰ることができる。
 さらばだ!」

「いや!待って!
 まだ帰らないでぇ!
 あとちょっと待って!!」

 そんな私の必死の懇願は受け入れられず。
 戦いの終わりを確認した雷帝ガドリアスは、魔力輪廻に還って行った。
 私の体から魔力が失われる。
 それと同時に、尋常ではない痛みと疲労が、私の体を縛り上げた。

「だめだ、体に力入らない。
 黒い魔力が・・・体に・・・。
 体が重い。
 魔力が、吸い取られて。
 ・・・苦しい・・・。
 駄目、かも」

 黒の魔力が私の体を包み込んでいく。
 私はそれに抗(あらが)うことはできず。
 徐々に意識が薄れていく。

「ごめん・・・。
 ノム・・・。
 ・・・私・・・。
 約束・・・。
 守れなかった・・・」















「エレナぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 私の叫びが闘技場に木霊(こだま)する。
 目の前に広がる黒の魔力。
 私はその現実の理解を急ぐ。

「これは、魔力が充満していてる。
 エレナは!
 くっ・・・。
 充満している魔力が強すぎて、エレナの魔力を見つけられない。
 エレナーーーーーーーーーーー!
 返事をしてーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 どれだけオーラサーチを試みても、彼女の気配は溢れる黒の魔力にかき消される。
 この魔力は瘴気のようなもの。
 ただこの場所にいるだけで、人間の体は長くは持たない。
 もしエレナがこの魔力の中にいるのならば。
 もう一刻の猶予もない。
 このままだとまずい。

 私は全力で考える。

 どうすれば。
 エレナがどこにいるのか、わからない。
 魔法で、この黒の魔力を吹き飛ばす。
 エレナがどこかにいるかもしれないのに?
 それに、私の魔力で。
 これだけの魔力を吹き飛ばせるの?
 それとも、もっと集中してエレナの魔力を。
 感知すべき?
 それとも。
 他に方法はないの?





 でも。
 ほんとうは。
 ほんとうは、わかってる。
 私の、今の魔力では、この溢れる魔力には対応できないことを。
 私のオーラサーチの能力では、エレナを探し出すことなんて、できないことを。
 全て、もう、わかっているのだ。

 私は両膝を地面につけ、俯(うつむ)く。
 力なく握られた杖が地面にぶつかって、金属音を響かせた。






「でも」

 それでも。

「お願い」

 だとしても。

「お願い!」

 だって。

「お願い!!」

 私は。

「お願い、私の魔力!」

 エレナが。

「どんな魔法でもいいから!」

 エレナのことが。

「私は、どうなってもいいから!」

 大好きだから。

「だから!
 彼女を!
 エレナを、守ってよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」





































































































































































































































































「いやーーーーーー。
 さすがに死んだと思った」

「無茶しすぎ」

 優しい彼女の表情、声。
 再び、それに会うことができた。

「うーん、でも最後はやっぱりノムに助けられちゃったね。
 ノムー、大好きだよー。
 ありがとう、ぎゅーっ」

 私はノムを抱きしめる。
 どうして死を免(まずが)れたか、わからないが、とにかく。
 彼女に命を救われて、私は今、生きている。

「私は、エレナの先生なんだから、あたりまえ。
 ・・・。
 でも。
 それも今日で終わり」

 ノムは私から離れると、背中を向け、そして語りだした。

「私の生徒は今日で卒業。
 でも、私は。
 もっと、エレナと一緒にいたいから」

「ノム」

「先生じゃなくなっても、絶対にあなたのこと守るから。
 エレナのこと。
 好きだから」





*****





「今度こそ、街を出るのね」

「はい、東のほうに行こうかなーって。
 ノムと一緒に」

 ついに私達は、この街を去る。
 別れの言葉を伝えるため、私はエルノアの元を訪ねた。

「そう。
 私達もそろそろ離れようと思ってるわ」

「エルノア、ごめんね。
 セリスのこと」

「やはり、まだ魔力定着の影響があるみたいだから、様子を見たほうがいいわね。
 だから、セリスのことは私に任せて。
 大丈夫、3ヶ月ほどあれば十分によくなるわ。
 それまで一緒にいるだけ。
 それを、今回の報酬ということにしてちょうだい」

「ありがとうございます」

 セリスの精神と体を飲み込まんとしていた雷帝ガドリアスの魔力は、魔力輪廻へと還っていった。
 しかし彼女には、まだその影響が残っているようであった。
 そこで私は、エルノアにセリスの面倒を見てもらうことにした。
 彼女ほどの魔力技能を持つ人間であれば、安心して任せることができる。

「で、報酬の魔導書って。
 探していた本物でした?」

「偽物でした」

「げっ!
 なんか、すいません」

「いいのよ、気にしないで」

「セリスのこと、よろしくお願いします」

「ええ、いつかまた会いましょう」





*****





「エレナ」

「ごめんなさい。
 ランダイン、消しちゃいました」

「そうね
 これで私の目的は、達成されないまま、消滅してしまった」

 セリスはそう呟(つぶや)くと、橋の下に流れる小川を見つめた。
 目的を失い、喪失感に包まれているようだ。
 しかし、その寂しげな表情は、徐々に消えていく。

「でも。
 エレナは、私のことは気にしなくていいから。
 もう大丈夫だから。
 それより、あなたは大丈夫なの?
 あんな無茶をして」

「いや、無茶しようとしてたのはセリスもじゃないですか」

 セリスが私を気遣ってくれる。
 強大なる雷の魔力に精神を飲み込まれていた彼女も、徐々にその本来の感情を取り戻していくのだろう。

「そうね。
 死ぬはずだったのに、一度生き延びてしまった。
 この一度の生(せい)。
 あなたにあげる」

「え!?」

「貸しを作るのは嫌だから。
 あなたのこと、一度だけ命をかけて守ってあげる。
 でも、今、私にそんな力はない。
 だからいつか・・・。
 それまで、死なないで。
 約束して」

「ってことは、セリスも、っすよ」

「わかった」

 初めて見る彼女の笑顔。
 私は彼女から、最高の報酬をもらったのだ。





*****





 ランダイン戦の傷も疲労も回復した。
 荷物の準備も整った。
 一緒に山越えをするギルド会員のメンバーへの挨拶も済ませた。
 今、私達は出発する。

「最初は、どこ行くんだっけ?」

「まず中央山脈を越えて東世界(オルティア)へ。
 それから南方のグランドホールとマリーベルの聖地に寄り道する。
 それから海を渡り、目指す最終目的地はクレセンティア」

 目指すは遥か彼方の地、クレセンティア。
 目的地は定まった。

「いよーーーーっし!!
 出発だ!」

「行こう!」

 東に見える巨大な山脈群に向け、大きな声を響かせて。
 その最初の一歩を踏み出した。








 こうして私は。

 魔術師の修行を終えました。

 長くて短い、濃密な1年の冒険談。

 でも、これは始まりでした。

 ノムと2人で歩む、長い旅の物語の。










primary wizard ............end






























Appendix1




 俺、アリウス・ゼストは思い出していた。
 過去、複数の時の点。


 1。
 魔王様からの勅命(ちょくめい)。
 この国を支配できるだけの力。
 魔王様をも凌駕(りょうが)するだけの力を手に入れろ。
 その言葉。

 魔王様の命令は、俺の行動原理そのものだった。
 『盲信』ではなく。
 単純に疑う理由がなかったのである。
 彼の指示は、常に冷静で、空間的時間的全体最適性を持っていた。
 しかし、今回の命令。
 それは心に違和感と呼べる何かを残留させた。

 俺がどれだけの期間、この国から不在となるか。
 それは明白であったからだ。
 自身の仕事に自負はあった。
 俺の持っていた内政の仕事は、下ではなく、上に降られるであろう。
 魔王様自身の手数を増やすことになる。

 それでも魔王様は、『世界を見ろ』、そう言った。
 その真の意図は曖昧なまま。
 それ以上の言葉は引き出せなかった。


 2。
 魔王様を越える力を得る。
 その手立て。
 その答えが自分の脳内にない限り。
 俺が取れる行動は限られている。

 俺が知っている、魔術の深奥(しんおう)を覗きしもの。
 魔王様を除いて、それは1人しかいない。

 エルノア・フィーンド。

 魔の国の外れに住む、闇の魔女。
 俺の昔馴染。
 迷うことなく、俺は彼女の元を尋ねた。

 魔術の教鞭と実技指導の依頼は断られた。
 しかし、彼女の旅に同行し、その深淵を垣間見ることは許された。

 自身の知の泉にないもの。
 それを拾い集めること。
 新たなる可能性を産み出さなければ。
 そして、エルノアを越えなければ。
 魔王様には、到底届かない。

 長い旅になってほしい。
 そう思った。
 今の俺と彼女の実力差は、短期間では埋まらない。
 それは嫌になるほどに明らかだったから。

 そして、その願いは叶うことになる。

 12巻。
 その巻数に当たる、1冊の書籍。
 闇の魔導書。
 それをエルノアは宝物のように扱っている。

 そこから判断できること。
 それは、『前巻にあたる書籍が11冊ある』と言うことだ。
 これらを探し出すこと。
 それがこの旅の目的だ。


 3。
 旅の途中、世界を越えた先で出会ったのは、一人の少女だった。
 緑色の美しい髪。
 少しでも多くの知を得るため、闘技場を観戦に来ていた俺は、その美しく舞う緑の髪に強く惹きつけられた。
 まだ未熟ながら、非凡なる魔術戦闘の才能を感じさせる。
 俺が追い求めている、その何か。
 それが彼女の中にあるような気がして。

 しかし、俺が送るその熱視線は、彼女に不快な違和感を感じさせてしまっていたらしい。
 結果、少し痛い目をみることとなった。


 4。
 闘技場、Aランク。
 その舞台の上で、俺は空を見上げていた。
 身体中を襲う焼けるような痛み。
 そんなものを無視できるほどに、脳内に何も想起されず。
 ただ、流れ行く雲を、ぼんやりと眺めていた。
 その視界に入ってきたのは、緑の髪の少女。

 俺の悲観的な発言を、彼女なりの冗談で笑い飛ばしてくれた。
 そして、俺の心にさわやかな気持ちがやってくる。
 1つの約束を交わし、俺たちは別々の道を進んでいく。


 魔王様のご命令。
 それが、今までの俺の行動原理の全てであった。
 しかし、この時初めて俺は。
 俺自身の意志を持って。
 強く。
 強く願ったのだ。

 『彼女の、隣に立っていたい』

 追い越すのではない、見えない先を進まれるのではない。
 同じ高さで。
 同じ視線で。
 今ある世界を。
 2人で。
 見つめたいと。
 そう、願ったのだ。





*****





 ウォードシティーから西へ。
 新しい書籍を探して。

 その旅に同行するようになったのは、セリス。
 そしてヴァンフリーブ。
 ウォードシティー出発の際、『俺も混ぜろ』と声をかけてきた。

 俺は、賛同しかなかった。
 エレナに近付くには、少しでも俺よりも強い人間と時を共有すべきだと考えたからだ。
 そして、その考えは、ヴァンフリーブが旅に同行したいと言った理由そのものでもあった。

「賑(にぎ)やかになってきましたね」

 エルノアが微笑む。
 それにつられて、セリスも微笑みを見せる。
 魔力の呪縛から解放され、徐々に本当の彼女が芽生えてくるのだろう。





 その出発の前日。
 宿にて。
 エルノアは、エレナが勝ち取り、彼女へと贈られた魔導書を読んでいた。
 その本が、探している書籍ではないことは、すでに彼女から知らされている。
 しかし、その書籍を見つめるエルノアの表情は、普段彼女が見せる作り物の笑顔ではなく。
 まるで愛おしいものを見つめるような、そんな温かな何かを感じさせた。
 大事そうに本を抱え、ゆっくりとゆっくりとページをめくっていく。

 そして、全てのページを読み終え。
 彼女は。
 その書籍を炎術で燃やしてしまった。

 驚くことはない。
 偽物の魔導書を燃やす。
 これはいつものこと。
 彼女なりの、何かの儀式のようなものなのだと。

 俺は。
 ほんの先ほどまでは思っていた。

 しかし、今は違う。

「エルノア」

「何?アリウス」

「本当のことを教えてくれ」

「はい」

「お前が今、そして今まで燃やしてきた魔導書達。
 それらは。
 『本物』なんだろ」

 その言葉を受け、エルノアは目を閉じた。
 静かな時を創造し。
 そして言葉を紡ぐ。

「そうね。
 そろそろ、本当の事を話しましょうか」

 そして彼女は、真実を語り出したのである。




















Appendix2




 奇術師フォゾンは、激戦の煽(あお)りを受け、大きな損害を受けた闘技場を一人見つめていた。
 そして思い出す。
 この場所で行われた、近年最も神話(ミソロジーレイヤー)に近づいた、2人の魔術師の戦いを。

「ほんと、今この街が無事なことが信じられないですね」

 そして、振り向き、偉大なる上官を招き入れる。

「ご足労いただきありがとうございます、副団長様。
 しかし、残念ながら、事は全て終わっております。
 少し到着が遅かったようですね」

「何事もないのならば、それで構わん。
 それとも不幸があることを、お前は望んでいるのか?
 記録者としての仕事は多くなるからな」

「私も、仕事はそんなに好きではありませんよ。
 今回も突然、『トーナメントに出ろ』などとご命令をいただき、たいへん困惑いたした次第です」

「お前も、戦えるときはちゃんと戦っておけ。
 俺はお前を戦闘要員としてカウントしている」

「私は伝達師団に所属する『観測者』でございますよ。
 戦うことが仕事ではありません。
 この街の住人が死滅しても、知ったことではないのですよ」

 副団長と呼ばれた男は、改めて、大きく損傷した闘技場を見渡す。
 簡単な連絡はすでに受けている。
 しかし、それでは納得はできない。
 それほどに『指定闇魔術師』というのは、この世界で最も凶悪な部類の人間であるのだ。

「さて、観測者。
 お前が見たもの。
 それを全て話してもらおう」

「もちろんでございます。
 それこそが、私のお仕事でありますからね」

 そう言って、奇術師フォゾンは、この場所で起きた全てを、詳細に語り出した。

 ・・・

「エレナ・レセンティアか・・・。
 彼女はどこへ行くと?」

「クレセンティアに行くらしいですよ」

「そうか。
 ならメリィに言伝(ことづて)を。
 エレナ・レセンティアの情報を可能な限り収集するように、と」

「承(うけたまわ)りました。
 それこそが、我が伝達師団の本業でございます。
 決して、『武闘』ではありませんよ。
 では、私はこれで」

 そう言うと、奇術師フォゾンは霧のように消えてしまった。
 彼の使う幻術のなせる技だ。

「さて、新しい戦力は、是非我がマリーベル教に引き入れなければな」

 副団長と呼ばれた男は笑みを見せた。
 闇魔術師達との戦いに向け、新しい可能性を感じ取れたからだ。

 そんな笑みは、エレナには届かない。
 そして彼とエレナは、クレセンティアの地で合間見える。
 それは、また別の話である。